日本語母語話者の英語書字音韻変換

日本語母語話者の英語書字音韻変換-1 音節偽単語の場合
山田 惠
(北海道薬科大学薬学部)
キーワード: 音読、1音節英語偽単語、書字音韻変換
Graphophonological strategies on English pseudo-words
Yamada Megumi
(School of Pharmacy, Hokkaido Pharmaceutical University)
Key words: reading aloud, monosyllabic English pseudo-words, graphophonological strategy
本研究では、日本語母語話者の英語習得に伴う英単語の書字
音韻認知方法の特徴を、偽単語材料を用いた音読課題を通して
検討した。日本語の音節文字は、拗音などの特殊音節を除き一
対一で音韻と対応させて読むことができる。これに対し英語の
音節綴りは、重母音や重子音書字を含む書記素と音素の一対一
の対応の他にいくつかの下位の書字音韻対応関係を含む。その
ため、綴りと発音が語彙記憶にない英単語を正しく読むには、
英語の書字音韻対応関係についての知識が必要となる。この知
識はリーディング学習や経験の中で、英語母語話者では小学校
4年生くらいまでに(Coltheart & Leahy, 1992)、外国語とし
て英語を学習する日本語母語話者でも大学入学時までにほぼ
習得される (山田, 2005)。また、日本語母語話者では、英語
母音書字音韻変換には日本語の音節文字による CV 分節の影響
が、母音書字音韻の妥当な読みには変換方法の調整プロセスが
加わっている可能性が示されている (山田, 2011)。そこで、
日常的に良く使用される1音節の英単語の音読を用いて日本
語及び英語の母語話者の音節内書字の処理を比較したところ、
英語母語話者も CV を手掛かりに変換処理を行っていることが
示された (山田, 2012)。Scheller (e.g., 2007)は、英語母語
話者での CV による音読促進を、語頭の書字の重なりの効果
(onset priming/segmental overlap effect) の表れであると
している。そこで本研究ではさらに偽単語を用いて、日本語母
語話者での書字音韻変換における語頭 CV の効果を検討した。
方法
参加者 実験参加者は日本語母語話者 16 名(女子 13 名、男子
3 名)であった。彼らは日本の大学に在籍し、日本の中・高等
学校の 6 年間で外国語としての英語の基礎を習得した者であり、
標準化テスト(TOEIC)を用いた一般的な英語力測定での平均
得点は 491.88 ポイント(SD = 103.10)であった。
刺激 ターゲット刺激には 4~6文字からなる C1VC2 構造の単
音節英語偽単語 96 個が用意された。これらの 96 個は 24 個の
異なった VC2 を 1 セットとする 4 セットで、各セットの偽単語
は C1 のみが異なった。プライム刺激にはターゲット刺激と同構
造の英語実単語 64 個が次の 4 条件で整えられた。1)C1VC2 の V
が同音異綴り母音の実単語 16 個(例、nust と come)
、2)ター
ゲット刺激と C1V が同じ綴りの実単語 24 個(例、pust と pure)、
3)ターゲット刺激と VC2 が同じ綴りの実単語 24 個(例、fust
と must)
、4)統制刺激として綴りと同文字数のシャープマーク。
手続き 各参加者は、11 インチ MacBook Air のディスプレイに
提示されるターゲットをなるべく早く音読するように教示さ
れた。参加者は個別に、4 通りのプライム条件(同音異綴り母
音の実単語、C1V 同綴りの実単語、VC2 同綴りの実単語、####
の順)で整えられた刺激セットを音読した。刺激は条件ごとに
ランダム提示された。
音読 1 試行の刺激提示の順序は注視点 500
ms、プライム刺激 65 ms、マスク 100 ms、ターゲット刺激 3000
ms で、提示時間内に音読があれば PC が反応してターゲット刺
激は消え、1000 ms を置いて次の試行の注視点が現われた。参
加者は最初に英偽単語 6 個で練習した。ターゲット刺激は大文
字、プライム刺激は小文字の 72 pt 太字ゴシックで提示された。
結果
音読反応の正誤判断では、英語母語話者による発音の範囲内
にある音読を正答、日本語 CV 音節文字的音読(ローマ字読み)
を誤答 A、それ以外の音読を誤答 B とした。この正誤判断のた
め、刺激偽単語からランダムに 24 個の VC2 の1セット分を抽出
し、音読課題として英語母語話者 10 名に実施し、8 名以上で一
致した発音を正答とした。ただし、発音の一貫しない VC2(例、
-ead)は、3 名で音読が一致すればその発音も正答とした。本
実験の分析において、参加日本語母語話者 1 名の反応が全て誤
答 B を示したので、この 1 名は除外した。日本語母語参加者 15
名の 4 つのプライム条件での正答率を図 1 に示した。正答率は
同音異綴母音プライム条件と VC プライム条件で有意に低かっ
た。また 4 つのプライム条件での正答潜時を図 2 に示した。
図1.プライム 4 条件の正答率
図 2.プライム 4 条件の潜時
考察
日本母語話者における英単語音節下位の書字音韻認知の特
徴を、4 通りのプライム条件による偽単語音読の比較をもとに
検討したところ、語頭 CV 綴りの正答反応への促進効果が示さ
れた。一方、誤答反応では、いわゆるローマ字読みの誤答 A が
大部分を占めた。その他の読みによる誤答 B には、偽単語を実
単語の発音で反応したもの(例、brike を break)のほか、英
単語音節下位 VC2 の書字音韻対応から、特定の書字の発音を一
般化して当てはめたと思われるものが含まれた。例えば、boud
の-oud を could の-ould のように、tilk の-ilk を talk の-alk
のように読む反応である。英語母語話者の標準的音読では、実
単語との混同や VC2 部分の読み誤りは見られなかった。日本語
母語話者では更に、いずれの条件でも、u や ou や ow の母音書
字を持つ刺激で最も誤答 A が多かった。これらの母音書字は実
単語音読でも誤答を引き起こす。本実験の結果は、日本語母語
話者における VC2 書字ボディ-ライムの対応関係についての知
識が、実単語を基に独特に形成されていることを示唆する。英
単語音節下位の書字音韻関係が読みの経験から推論され、獲得
されることは、Berent & Perfetti (1995) や Fletcher-Flinn &
Thompson (e.g., 2001) の英語母語話者でも指摘されている。
日本語母語の英語学習者も、まず母語からの書字音韻関係の知
識をトップダウンで用い、次に蓄積した英語語彙からボトムア
ップで書字音韻対応を仮説し、それを一般化して用い、読みの
経験を通して一般化の可否を吟味し、やがて一定の書字音韻対
応の知識を獲得する。CV はこの関係把握に両義的に作用する。