BT 菌の殺虫性タンパク質を人為的に進化させる方法で 「タンパク質殺虫剤」というジャンルを生み出す 大学院生物システム応用科学府 1.はじめに -タンパク質殺虫剤を創ろう世界の人口がいよいよ70億に達し、食料 の増産はますます人類にとって急務となっ てきた。できれば化学殺虫剤など使わない食 料を食べたいが、殺虫剤がなければ地球の人 口を賄えないのが現実だ。しかし、望みはあ る。土壌細菌BT菌が作る様々なタイプの殺虫 性タンパク質に学んで、人に優しく地球を汚 すことのない「タンパク質の殺虫剤」を作れ ば良いはずだ。 BT菌の電子顕微鏡写真。矢印が殺虫性タンパク質。 BT菌の殺虫性タンパク質は、あるグループ の昆虫に対しては毒性を発揮するが、ヒトや 他の動物、あるいは少し離れた関係の昆虫に さえも毒性がない。また、BT菌はどこの土壌 にもいる、地球にとってはヒト以上になじみ の深い生物だ。だから、この菌はオーガニッ ク殺虫剤として50年以上昔から使われて きた。しかし、開発費が高く、害虫に対応す る品ぞろえが容易でなく、化学殺虫剤に比べ て効き目の強いものが手に入りにくいなど、 課題がたくさんある。そこで、我々は進化分 子工学の手法を用いて、BT菌の殺虫性タンパ ク質を出発材料にして、それを目的の害虫に 効くものに自在に進化させる原理を考案し た。これが実現すれば、どんな害虫に対して も自在に殺虫剤が開発できるようになる。つ まり、安心安全な「タンパク質殺虫剤」が生 まれるのだ。 2.殺虫性タンパク質の進化分子工学の基盤 技術が完成した 進化分子工学を実施するには、変異体タン パク質をその遺伝子とセットで選抜するシ ステムが必要だ。我々はそれをT7ファージに 変異体タンパク質を提示させる「ファージデ ィスプレイ」と言う方法で実現し特許を申請 した。 次に、昆虫の細胞上にある、殺虫性タンパ ク質が結合して作用の足場になる分子(受容 体)を同定する必要がある。「進化」とはこ 教授 佐藤令一 の分子により馴染むようにする(結合性を上 げる)ことなのだ。検討の結果、受容体とし て働くタンパク質には2種類あることが分 かった。一つ目は、以前から注目されてきた カドヘリン様タンパク質であるが、その受容 体としての力は弱かった。2つ目は、ABCト ランスポーターC2(ABCC2)と呼ばれる毒物 排泄に関わるタンパク質で、その力はカドヘ リン様タンパク質に対し1000倍も強かった。 さらに殺虫性タンパク質が受容体に結合 する部位を決めることが必要だ。殺虫性タン パク質の分子進化はこの部分の変異によっ て生じるはずだからだ。これに関してはまだ 道半ばだが、現在のところ「ループ」(下図 参照)と呼ばれる領域が重要であるとの感触 を得ている。 殺虫性タンパク質の分子モデル。→はループを示す。 3.カドヘリン様受容体に対して進化させた が活性は生じなかった 進化分子工学で、カイコに効く殺虫性タン パク質に、チャイロコメノゴミムシダマシの カドヘリン様タンパク質に対して結合性を 持たせたが、殺虫活性は生まれなかった。や はり、カドヘリン様受容体の重要性が低いか らだろうか。 4.ABCC2 に対して進化分子工学を実施す る準備 最も重要な受容体と思われる「ABCC2」に 対して進化分子工学を実施するために、現在 ABCC2の大量精製法を構築している。バキュ ロウイルスシステムと呼ばれる方法では確 かに殺虫性タンパク質が結合する精製標品 を手に入れることができたが、進化分子工学 に必要な絶対量を取るにはお金がかかりす ぎることが分かった。そこで今度は酵母の発 現システムを試みている。
© Copyright 2024 ExpyDoc