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商品開発・マーケティングセミナー(2 回シリーズ)
第 1 弾「超成熟市場での価値創造の新たなマーケティング」
第3部
林氏のコーディネーションによる講師と会場参加者とのディスカッション
コーディネーター
HHP有限責任事業組合代表
中国・西安交通大学管理学院客員教授
同志社大学大学院ビジネス研究科アカデミック・アドバイザー
林 廣茂氏
講師
味の素冷凍食品株式会社 代表取締役社長
吉峯 英虎氏
海外展開成功のカギは、人や商品の現地への文化的帰化にこそあり
林「吉峯さんのお話の中には、5 つの論点がありました。一つは事
業領域と自社の得意分野との整合性、二つめは商品戦略。三つめは
販売マーケティングで、その国の食生活に合う商品を消費者が買え
る場所・値段で売ること、つまり味の素が重視する Applicable(食
の 好 み に 合 わ せ た )、 Available ( 気 楽 に 買 え る 場 所 で )、
Affordable(手ごろな値段で)という 3A 主義の実践です。四つめ
がそのプロセス、そして五つめは人の活用です。この五つの進化の
過程、すなわち、人や商品が現地に文化的に帰化するプロセスの中
に、同社のアメリカにおけるビジネスがあると思うのです」
吉峯「そのことを重視してやってきたつもりです」
林「参加者の方から『過去 3 回の参入失敗の要因は何だったのか』
というご質問がありますが、どのようにお考えですか」
吉峯「タイミングの問題と、親会社のコミットメントの有無だと思
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います。
林「結果、味の素(株)におけるアメリカビジネスの尖兵になられま
した。ただそこに至るまでには大変な苦労をなさっていますよね。
『撤退の基準はあったのか』というご質問も頂いています」
吉峯「親会社から『帰りなさい』と言われるまでは戦い続けようと
思っていました。伸びが止まっていたら撤退を申し出たかもしれま
せんが、メインストリームにおける販売と OEM、餃子・焼売の 3 事
業が伸びている限りは、絶対にどこかでプラスになるという確信が
ありました」
現地で経験を積めばマインドセットは変えられる
林「ここからは先ほど挙げた 5 つの論点に関する議論に移ります。
まず人材の活用ついて『アメリカの人とコミュニケーションを図る
中で感じた、日本人との価値観の違いは何か』というご質問です」
吉峯「ジョブ・ディスクリプション(職務記述書)によって個々の
仕事内容を明確にする必要があること、上司の指示しか聞き入れな
いため、指揮命令系統を明確にしなければならないこと。日本人と
の大きな違いはこの 2 点に尽きます」
林「同じ日本人でも個々の価値観は異なり、それらをまとめること
はなかなかできません。そういう意味では日本もアメリカも大きな
変わりはなく、重要なのは、目的を共有することなのでしょうね」
吉峯「その際、難しい英語を使う必要はありません。アメリカ大統
領は多くの人から理解を得るために平易な英語で話しますが、それ
と同様、分かりやすいオペレーションを心掛ければ大丈夫です」
林「実際、各部門のトップを現地の人に任せる“現地化”を行った
わけですが、そのことに関して、『日本の経営者に現地のエンドユ
ーザーの声が届かなくなるのでは』というご意見を頂いています」
吉峯「アメリカ人であっても部下は部下。現地化というのは日本人
が何もやらないということではなく、現地の人を部下として活用す
るということです。アメリカの市場を知らない日本人があちこち聞
いて回るよりも、現地の従業員が聞く耳を持ち、こちらも聞くアン
テナさえ持っていれば、はるかに多くの情報が得られます」
林「私も同感です。こういう質問もありますね。『事業シフトにあ
たり最も難しいのは人心を一新することだと考えています。そのた
めに取り組まれたことはありますか』」
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吉峯「アメリカでは、経営者は正しいことをしていると思わせるこ
と、経営者の旗振りで会社が良くなっていることを見せることしか
ありません。コミュニケーションの問題ではないように思います」
林「『マインドセットを変えるとは、文化を変えることですか?』と
いうご質問もありますが、私の経験から申し上げると、異文化に慣
れることで、必要に応じて無意識にマインドセットを切り替えられ
るようになるのだと思います。吉峯さんは、その切り替えができる
ようになるほどに、現地で訓練を積まれたのだなと感じました」
超成熟企業におけるイノベーション創出に向けて
林「今後について『アメリカでの成功事例は欧州でも適応可能とお
考えか』とのご質問を頂いています」
吉峯「アメリカは広いですが、地域ごとに大きな違いがあるわけで
はありません。しかしヨーロッパは、国によって食文化も流通の仕
組みも異なり、ヨーロッパ全体を一つとして捉えることは難しい。
次の展開としてヨーロッパ市場への本格参入を考えていますが、ア
メリカと同じビジネスモデルではいけないという気がしています」
林「ぜひヨーロッパモデルと言える新たなビジネスモデルを構築し
てほしいですね。日本市場に関するご質問もあります。『日本国内
における冷凍食品の可能性は、あるとすればどのようなものか』
」
吉峯「食生活の変化に伴って冷凍食品に求められるものも変化して
いて、今は一食分の商品に対するニーズが高まっていますよね。た
だ、右肩あがりの経済だった昔のようにフルラインアップでいろい
ろな分野に参入することはせず、あくまでも得意分野で磨いていき
たいという思いがあります」
林「国内商品の戦略について、『特にデザートについてどう考えて
おられますか?』
」
吉峯「デザートは面白いですね。国内のビジネスで最も可能性があ
るのは、冷凍デザートだと考えています」
林「私から最後の質問です。第 1 部の概要説明の中で触れた“守破
離”の“離”に相当する部分になりますが、日本という超成熟市場
においてイノベーションを生み出す秘訣は何でしょうか」
吉峯「そのことについては今、頭を悩ませているところです。現在
携わっている仕事の中で最も難しいと感じているのが、日本でどの
ような事業を創造するかということ。アメリカとは違い、日本では
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ほぼ全てのスーパーに当社の製品が並んでいます。売上は900 億円
ほどで、例えばそれを 10%伸ばすためにはイノベーションが不可欠
なのですが、おそらく継続的なものではなく、破壊的なイノベーシ
ョンでなければいけないだろうと思っています」
林「イノベーションは日本の食品メーカーにとって喫緊の課題です
が、欧米の企業であれば、今の日本にはない商品を開発し、イノベ
ーションを起こせるのかもしれないと感じることがあります。それ
と同様に味の素だからこそ、アメリカという超成熟市場において、
きっと様々な食のイノベーションを起こすことができるだろうと思
っています。日本の食市場は今まさに、外国の企業から狙われてい
るのかもしれませんよね。そういう意味ではまだまだチャンスがあ
ると言えるでしょうし、その実現に大いに期待したいと思います」
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