Economic Monitor

Jan19, 2015
No.2015-002
伊藤忠経済研究所
Economic Monitor
所
長 三輪裕範
主任研究員 河合良介
03-3497-3675 [email protected]
03-3497-3655 [email protected]
ベトナム経済:内外需の回復により成長スピードが速まる
10~12 月期の実質 GDP 成長率はスマホや衣料品の輸出が好調な製造業がけん引して、前年同期
比+6.8%の高成長に。2014 年通年では政府目標(+5.8%)を上回る+6.0%成長を達成した。中
銀は昨年 6 月に続いて、今月 7 日にも通貨ドンの切り下げを実施しており、引き続き輸出拡大が
期待される。内需も回復傾向が鮮明。先行きに関しても、物価の安定に伴う実質購買力の上昇か
ら個人消費の回復持続が見込まれるほか、海外からの FDI が増加に転じており、固定資産投資の
活発化も期待できる。インフレ懸念の後退により追加利下げの可能性も高まる中、2015 年も 2014
年と同様、6%程度の安定成長軌道をたどる公算が大きい。
2014 年の実質 GDP 成長率は政府目標(+5.8%)を上回る+6.0%に
ベトナム経済は成長スピードを上げている。昨年末に公表された 2014 年 10~12 月期の実質経済成長率は
前年同期比+6.8%と、7~9 月期の同 6.4%から伸びが高まり、2011 年以降で最も高い伸び率を記録した。
業種別の成長寄与度を見ると、後述のようにスマートフォンや衣料品などの輸出が好調だった製造業が同
+1.4%と全体をけん引した。また、商業(ホテル・レストラン含む)は同+1.1%と、西沙諸島を巡る中国
との関係悪化の余波から観光業への悪影響が懸念されたものの、個人消費の堅調さを反映して健闘し、サ
ービス業全体では同+2.6%の寄与となった。以下、鉱業が同+0.8%、農林水産業が同+0.8%、建設業が同
+0.6%と、回復の動きは広範な産業にわたっており、需要項目別データの開示はないものの、内外需とも
に回復している状況を示している。2014 年の実質 GDP 成長率は+6.0%となり、前年実績(+5.4%)を上回
るとともに、政府目標(+5.8%)もクリアした。
実質GDP(供給側)成長率の推移(前年同期比、寄与度、%)
サービス業
製造業
実質GDP成長率
10
8
建設業
鉱業
電気・ガス・水道
農林水産業
鉱工業生産指数の推移(前年同期比、%)
13
鉱工業
12
製造業
11
6
10
9
4
8
2
7
0
6
5
-2
Q1 Q3 Q1 Q3 Q1 Q3 Q1 Q3 Q1 Q3 Q1 Q3 Q1 Q3 Q1 Q3
2007
2008
2009
2010
2011
2012
2013
(出所)Genera l Sta ti s ti cs Of f i ce 〈CEIC〉
2014
4
2013/3
2013/6
2013/9
2013/12
2014/3
2014/6
2014/9
2014/12
(出所)Genera l Sta ti s ti cs Of f i ce 〈CEIC〉
また、鉱工業生産は 2014 年 3 月を底に、おおむね月を追うごとに増勢が強まっており、10~12 月期も前
年同期比 10.0%増と力強い伸びを示している。とりわけ、製造業の伸びは同 12.0%増と目覚ましく、中
でも電子部品は 20~30%増が続いている。
輸出拡大の原動力はスマホと縫製品
景気が加速している主な要因は外需によるけん引である。10~12 月期の輸出額(通関ベース)は前年同期
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、伊藤忠経済研
究所が信頼できると判断した情報に基づき作成しておりますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告
なく変更されることがあります。記載内容は、伊藤忠商事ないしはその関連会社の投資方針と整合的であるとは限りません。
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比 12.6%増と、6 月以降 2 ケタの伸びが続いているが、品目別に見ると、
「電話及び同部品」
(2014 年輸出
シェア 16.1%)が前年同期比 19.0%増と大きく伸びた。これは韓国サムスン電子の携帯電話・スマート
フォンが大半を占め、赤字基調だった貿易収支を黒字転化させた立役者1であるが、2014 年 3 月にサムス
ン電子のベトナム第 2 工場が北部タイグエン省に完成しており、さらに輸出拡大に貢献したと見られる。
また、従来からの主力輸出品である「繊維・縫製品」
(同シェア 13.8%)も、ベトナムの TPP(環太平洋
連携協定)加盟を見越して、中国からベトナムに生産移転する動きもあって、同 8.1%増と堅調に伸びて
いる。輸出復調の背景としては、米国をはじめ先進国の景気回復に加えて、ベトナム国家銀行(中央銀行)
による 2014 年 6 月の通貨ドンの対ドル為替レート 1%切り下げも後押ししている。
通関輸出額の推移(前年同期比、%)
70
(138%)
輸出入・貿易収支の推移(前年同期比、%)
50
輸出合計
40
4.0
輸入
輸出
貿易収支(右)
3.0
60
縫製・服飾
50
電話・同部品
20
コンピュータ・電子部品
10
1.0
0
0.0
40
30
30
2.0
-10
-1.0
-20
20
-2.0
-30
10
-3.0
-40
0
-50
-4.0
1Q 2Q 3Q 4Q 1Q 2Q 3Q 4Q 1Q 2Q 3Q 4Q 1Q 2Q 3Q 4Q 1Q 2Q 3Q 4Q
-10
2013/03
2013/06
2013/09
2013/12
2014/03
(出所)General Statistics Office 〈CEIC〉
2014/06
2014/09
2014/12
2010
2011
2012
2013
2014
(出所)General Statistics Office 〈CEIC〉
他方、10~12 月期の輸入額(通関ベース)も同 13.1%増と、内外需の回復に歩調を合わせ、前期の 12.5%
増から増勢を強めている。品目別には、製油所の稼働開始と原油価格の下落によってガソリンなど石油製
品が大きく減少する一方で、投資、生産の持ち直しから縫製機などの資本財や鉄鋼製品などの中間財が増
えているほか、さらに消費回復を反映して自動車が増加している。
それらの結果、2014 年 10~12 月期の貿易収支(通関ベース)は、2013 年 4~6 月期以来、6 四半期ぶりに
赤字に転落した2。
内需も回復傾向が鮮明に
翻って内需動向を見ると、総じて復調した姿をうかがうことができる。まず、個人消費の動きに関連して
小売販売(ホテル・レストランを含む)を見ると、2014 年 7 月の前年同月比 1.6%増をボトムに、10 月
12.1%増、11 月 19.1%増、12 月 18.5%増と、足元で増勢が強まっている様子が分かる。
また、乗用車販売台数(MPV、SUV 含む)も、昨秋以降、前年比 4~5 割増のペースで拡大が続いている。
当社試算による季節調整値も、足元で増勢がやや鈍化しつつあるものの、9 月以降、年率換算ベースで 8
万台超の高水準を維持している。
後述のようにインフレ率の低下に伴い家計部門の実質購買力は確実に向上していると見られる中、雇用情
勢も景気回復を受けて着実に改善に向かっていることから、個人消費は当面、堅調な回復を期待できよう。
2009 年に韓国のサムスン電子が北部バクニン省に進出したことを契機に携帯電話やパソコンなど電子製品の輸出が急増。2012
年には 19 年ぶりの貿易黒字に転じた。
2 ただし、2014 年通年では、3 年連続の黒字となった。
2
1
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伊藤忠経済研究所
小売販売額の推移(10億ドル)
自動車販売台数の推移(季節調整済、年率換算)
90,000
280000
80,000
270000
260000
SUV
70,000
2014
60,000
250000
240000
50,000
2013
MPV
40,000
230000
30,000
220000
2012
210000
20,000
200000
10,000
190000
0
乗用車
180000
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
月
(出所)Central Statistics Office 〈CEIC〉
(出所)V i etna m A utomobi l e Ma nuf a cturer A s s oci a ti on 〈CEIC〉
固定資産投資に関しては、前述の GDP 統計における建設業の動き、
すなわち 1~3 月期の前年同期比+0.2%
から、4~6 月期+0.3%、7~9 月期+0.5%、10~12 月期+0.6%と、徐々にプラス幅が拡大している状況か
ら、底堅く推移している様子をうかがうことができる。
また、昨年来、低迷が続いていた海外からの直接投資(FDI)の新規認可額は 10~12 月に一気に増加した。
けん引役となったのは製造業であり、10~12 月には 58 億ドルと前期の 21 億ドルから急拡大。不動産も前
期の 7 億ドルから 21 億ドルへと、大きく伸ばしている。国別に見ると、韓国及び香港の企業からの投資
が急伸した。その結果、2014 年通年では 156 億ドルと、2 年連続で前年実績を上回った。
中国における人件費高騰や政治リスクを回避する、いわゆるチャイナプラスワンの受け皿として、また、
ベトナムの TPP 参加を先取りした動きとして、ベトナムへの外資流入は今後とも増える公算が大きい。実
際、例えば、ナイキやアディダスといったグローバル企業が、シューズの生産拠点を中国からベトナムに
移している。
海外からの直接投資の推移(百万ドル)
消費者物価指数の推移(前年同月比、%)
10,000
25
+23.0(2011/08)
9,000
8,000
20
7,000
6,000
15
5,000
+1.8(2014/12)
4,000
10
3,000
2,000
5
1,000
0
2009
2010
2011
2012
2013
0
2010/01
2014
2011/01
2012/01
2013/01
2014/01
(出所)General Statistics Office 〈CEIC〉
(出所)F orei g n Inv es tment A g ency 〈CEIC〉
後退するインフレ懸念
物価はさらに安定傾向が顕著となっている。12 月の消費者物価上昇率は前年同月比+1.84%と、前月の同
+2.61%をさらに下回り、2009 年 11 月以降の現行統計で最も低い伸びにとどまった。
20%を超える高インフレに悩まされた 2011 年以来の物価抑制策が機能しているうえ、足元の原油価格急
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落の影響がさらに水準を押し下げた結果、2014 年通年でも+4.09%と、7%以下という政府目標を大きく下
回ることとなった。
すでにベトナム政府は、物価抑制から成長率引き上げに経済政策の力点をシフトさせているが、インフレ
懸念の後退によって、ベトナム国家銀行(中央銀行)にも政策運営上、選択肢の幅が広がっている。2014
年中には 3 月に一度、リファイナンス金利の引き下げが実施されたが、今後、消費テコ入れによる景気押
し上げを目的に、もう一段の利下げに踏み切る可能性が高いと見られる。
政策金利の推移(%)
18
16
対ドル ドンレートの推移(ドン/ドル)
リファイナンス金利
短期金利
21,500
21,400
14
12
10
21,200
8
21,100
6
4
2
公表レート
21,300
実勢レート
21,000
20,900
1
9
17
25
33
41
49
57
65
73
81
89
97
105
113
121
129
137
145
153
161
169
177
185
193
201
209
217
225
233
241
249
257
265
273
281
289
297
305
313
321
329
337
345
353
361
369
377
385
393
401
409
417
425
433
441
449
457
465
473
481
489
497
505
513
521
529
537
545
553
561
569
577
585
593
601
609
617
625
633
641
649
657
665
673
681
689
697
705
713
721
729
737
745
753
20,800
2012
(出所)Sta te B a nk of V i etna m 〈CEIC〉
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(出所)General Statistics Office 〈CEIC〉
そうした中、中銀は 1 月 7 日、通貨ドンを米ドルに対して 1%切り下げた3。通貨切り下げは中越間の緊張
の高まりからドン売り圧力が強まった昨年 6 月 19 日以来の実施となる。前述のように、10~12 月には 6
四半期ぶりの貿易赤字に転落しており、ドル高によって他の ASEAN 通貨が総じて下落する中、輸出を支
援する狙いがある。
2015 年も 6%程度の安定成長となる公算大
以上、見てきたように、ベトナム経済は物価が安定する中、内外需とも回復傾向にある。2015 年について
も、インフレ懸念の後退により追加利下げの可能性もあることなどから、2014 年と同様、6%程度の安定
成長軌道をたどる公算が大きい。
ただし、いくつか留意すべき点がある。第 1 に不良債権問題である。政府は 2014 年に、資産買取会社
(VAMC)を設立するなど不良債権処理への取り組みを始めたばかりであり、金融機関の貸出態度の好転
にはつながっていない。また、2013 年 1 月に分類基準を厳格化したにもかかわらず、不良債権比率は低
下傾向にあるが、2015 年 3 月末までの適用猶予期間が終了した後に、再び同比率が上昇に転じる可能性
を否定できない。金融セクターが多額の不良債権を抱えたままでは、円滑な信用創造に支障が発生し、金
融緩和の効果を低下させてしまうことで、景気回復の動きに水を差す懸念がある。
第 2 に、国営企業改革の遅れである。政府は国営企業の一部を民営化する計画を進めているが、必ずしも
進捗状況は芳しくない様子である。国営企業が事業を独占しているインフラなどの分野では、外資企業が
参入する際の障害となり得るうえ、こうした非効率なセクターの存在自体が経済成長の足かせとなる可能
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ベトナムの為替制度は事実上、米ドルと連動するドルペッグ制。実勢レートを考慮しつつ、中銀が定めた変動幅の範囲に保っ
ている。
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性もある。
第 3 に、産業集積の薄さである。輸出回復の原動力となったのは、前述のようにスマホをはじめとするサ
ムスン製品である。今後とも輸出拡大のけん引役を期待されているものの、中国製の廉価品との競争が激
化する中で、すでに伸び悩んでいるとの報道も見られる。産業集積の厚みを欠いた、
“スマホ一本足打法”
とも言うべきベトナムの現状は、この先、サムスン製スマホの売れ行きが細った際に、成長にブレーキが
かかってしまうリスクを抱えている。やはり、ベトナム経済が中長期的に健全な発展を遂げるには、新た
な成長分野を確立するとともに、それを担う地場企業の育成が不可欠であり、そのための具体策の実行が
急務である。
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