10~12月期GDP)

Jan21, 2016
No.2016-002
伊藤忠経済研究所
Economic Monitor
主任研究員 武田 淳 03-3497-3676 [email protected]
主任研究員 須賀 昭一 03-3497-3678 [email protected]
在庫と過剰設備の調整局面が続く中国経済(10~12 月期 GDP)
2015 年 10~12 月期の実質 GDP 成長率は、7~9 月期からやや伸びが低下し、前年同期比+6.8%
となった。工業生産と在庫の伸びの低下は、在庫調整の着実な進展を表しているが、生産者物価
の低下が続いていることから、製品需給の改善には至っていない。今後も設備投資や不動産投資
の抑制は続くものの、個人消費は引き続き底堅く、輸出は持ち直しが期待されるため、需要拡大
の下で在庫調整が進展する見込み。
2015 年の成長率は概ね目標通りの減速
1 月 19 日に発表された 2015 年 10~12 月期の実質 GDP 成長率は、前年同期比+6.8%となり、7~9 月期の
6.9%からやや伸びが低下した。また、2015 年通年では当社の予想通り前年比+6.9%と、政府目標である
+7%「前後」を概ね達成したものの、2014 年の+7.3%から経済成長のスピードは一層鈍化し、中国は
まさに、緩やかに成長スピードを落として構造転換を進める「新常態」への移行期にあることが示された。
実質 GDP について産業別の動きを見ると、三次産業は
実質GDP(産業別)の推移(前年同期比、%)
引き続き前年同期比+8%台の高い伸びで推移してお
16
り(7~9 月期+8.6%→10~12 月期+8.2%)、新たな
14
成長のエンジンとなりつつある状況である1。
12
GDP全体
2次産業
工業生産
1次産業
3次産業
10
一方で、二次産業は建設業(7~9 月期前年同期比+
8
2
5.8%→10~12 月期+7.3%)の拡大 が寄与し、伸び
6
がやや高まった(7~9 月期+5.8%→10~12 月期+
4
6.1%)ものの、製造業は 10~12 月期も 7~9 月期に
2
0
続いて全体を下回る 5.8%にとどまった。工業生産も
2010
伸び率は鈍化しており、
(4~6 月期+6.3%、7~9 月
2011
2012
2013
2014
2015
(出所)中国国家統計局
期+5.9%、10~12 月期+5.9%)
、従来の高成長をけん
在庫の推移(前年同期比、%)
引してきた製造業は明確に停滞している。
電気機械
電子通信機器
化学製品
鉄鋼
合計
30
しかしながら、他方で工業生産の伸びの低下は、在庫
25
調整を進展させ、製品需給の改善を促すことにもなる。
20
15
実際に、在庫の伸びは、2014 年 8 月に前年同月比+
10
15.6%まで高まった後、縮小が続いており、直近 11 月
5
には+4.6%まで低下するなど在庫調整は進んでいる。
主な品目では、深刻な生産過剰状態にある鉄鋼で前年
同月比マイナス(8 月▲4.7%→11 月▲4.7%)が続い
▲ 10
2010
ており、電子通信機器もスマートフォンの国内販売の拡
1
0
▲5
2011
2012
2013
2014
2015
(出所)
財務省、日本貿易会
(出所)中国国家統計局
(備考)各四半期は2、5、8、11月の値。
なお、三次産業の伸び率低下は、夏以降の株価下落を受けた株式売買高の減少による金融サービス業の伸び率低下(7~9 月期
+16.1%→10~12 月期+12.9%)が主因と考えられる。
2 内訳は明らかではないが、後述する固定資産投資の内訳において伸びているインフラ関連が中心と考えられる。
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、伊藤忠経済研
究所が信頼できると判断した情報に基づき作成しておりますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告
なく変更されることがあります。記載内容は、伊藤忠商事ないしはその関連会社の投資方針と整合的であるとは限りません。
Economic Monitor
伊藤忠経済研究所
大一服などから在庫の伸びが鈍化(8 月+24.7%→11 月+16.1%)するなど、総じて在庫水準を適正化す
る動きが続いている。
ただし、製品需給は依然として明らかな改善には至っ
ていない。製品需給のバロメーターとなる生産者物価
(企業間の取引物価)は、12 月も前年同月比▲5.9%
生産者物価の推移(前年同月比、%)
10
8
工業製品
うち生産財
うち消費財
6
となり、5 ヵ月連続で同じマイナス幅となった。内訳
4
を見ると、川上の生産財物価は、12 月▲7.6%、川下
2
の消費財物価は 12 月▲0.4%と、どちらも 3 ヵ月連続
0
▲2
で同じマイナス幅が続いており、物価の下落圧力に変
▲4
化は見られない。
▲6
▲8
2010
個人消費は底堅く推移
2011
2012
2013
2014
2015
(出所)中国国家統計局
需要動向に目を転じてみると、まず、個人消費は底堅く推移している。個人消費の代表的な指標である小
売販売額(社会消費小売総額)は、12 月は前年同月比+11.1%となり 11 月の+11.2%よりやや伸びが低
下したが、四半期(前年同期比)で見ると、4~6 月期+10.2%、7~9 月期+10.7%、10~12 月期+11.1%
と、個人消費は緩やかに伸びが高まっていることが確認できる。
小売販売額の 2 割以上を占める乗用車販売はさらに増勢を強めている。12 月は前年同月比+18.5%と、3
ヵ月連続で二ケタの伸びが続いており、四半期(前年同期比)で見ても、7~9 月期(▲1.9%)から 10~
12 月期は+18.6%とプラスに転じるとともに大きく伸びが拡大している。当研究所試算の季節調整値でも、
乗用車販売台数(年率)は 10 月以降史上最高水準を更新しつつ拡大し、12 月は年率 2,551 万台となった。
この背景には、メーカーの価格競争による値下がり期待を強めた消費者の買い控えがそれまでの販売不振
につながっており、10 月に導入された自動車購入税の引下げをきっかけとして従来の拡大トレンドに戻っ
たと考えられる。
自動車販売台数の推移(季節調整値、年率、万台)
社会商品小売総額の推移(前年同期比、%)
19
2,800
18
名目
実質
17
16
2,600
2,400
自動車販売台数
うち乗用車
2,200
15
14
2,000
13
1,800
12
1,600
11
1,400
10
1,200
9
2010
2011
2012
2013
2014
2015
(出所)中国国家統計局
(出所)中国汽車技術研究センター
固定資産投資は底入れするも回復力に欠ける
内需のもう 1 本の柱である固定資産投資は、都市部の 1~12 月累計で前年同期比+10.0%となり、1~11
月累計の+10.2%から 0.2%ポイント低下、単月ベース(当研究所試算)でも 11 月の前年同月比+10.2%
2
Economic Monitor
伊藤忠経済研究所
から 12 月は+8.3%へ伸びが低下した。ただし、四半期で見ると、10~12 月期は+9.3%で、7~9 月期の
+8.7%から伸びが高まっており、固定資産投資は底入れの兆しが見られる。
業種別に見ると、
全体の約 4 分の 1 を占める不動産業(7~9 月期前年同期比+0.9%→10~12 月期▲0.9%)
は前年比で減少に転じたが、全体の約 3 分の 1 を占める製造業(7~9 月期+6.2%→10~12 月期+7.6%)
が持ち直した。なお、政府の財政出動による景気下支えが期待されるインフラ投資3(7~9 月期+16.4%
→10~12 月期+16.6%)の伸びはやや高まっている。
なお、主要 70 都市の新築住宅価格を見ると、前月と比べて価格が上昇した都市数が増加しており(11 月
33 都市→12 月 39 都市)
、一部の大都市において政府の度重なる金融緩和や住宅市場下支え政策の効果も
見られるが、一方で中小都市では住宅在庫が大きく積みあがるなど、大都市と中小都市の間で価格の格差
は拡大しており、不動産市場全体としては回復への足取りは重い。そのため、今後も不動産業の投資回復
は期待薄であろう。
主要70都市の新築住宅価格の推移(前月比、%)
固定資産投資の推移(前年同期比、%)
35
2.8
30
2.3
一線都市
25
1.8
二線都市
20
1.3
三線以下都市
15
0.8
10
0.3
5
-0.2
0
▲5
▲ 10
2011
2012
製造業
不動産業
-0.7
インフラ投資
固定資産投資
-1.2
2013
2014
2015
(出所)中国国家統計局
2011
2012
2013
2014
2015
(出所)中国国家統計局
(注)一線都市は北京、上海、シンセン等の直轄市等の大都市、二線都市はその他省都等
の主要都市、三線都市はその他比較的発展している中小都市
そのほか、製造業は少なくとも在庫調整の終了までは過剰生産能力の抑制が続き、政府が景気対策として
の積み上げに慎重なインフラ投資は大幅な拡大を見込み難いため、固定資産投資が持ち直し、増勢を強め
ていく姿をイメージすることは困難である。
輸出の足取りは緩慢ながら一部に明るい材料も
内需の動きが底堅さを見せる一方で、輸出は持ち直しつつあるも足取りは緩慢である。12 月の輸出額(通
関ベース、ドル建て)は前年同月比▲1.4%と 6 か月連続のマイナスとなったが、11 月の▲6.8%より大幅
にマイナス幅が縮小した。当研究所試算の前期比(季節調整値)でも、12 月は+5.3%と、11 月(▲0.9%)
からプラスに転じ、四半期で見ても 10~12 月期は+3.4%と 7~9 月期(+7.8%)に続いてプラスの伸び
を維持している。
仕向地別に前期比(季節調整値)で見ると、ASEAN 向け(シェア 11.6%、7~9 月期+9.2%→10~12 月
+2.5%)は持ち直し傾向を維持したほか、韓国向け(シェア 4.3%、7~9 月期+1.1%→10~12 月+8.5%)
や香港向け(シェア 15.5%、7~9 月期+3.0%→10~12 月期+15.1%)が増勢を強めるなど、アジア向
けは引き続き底堅く推移している。一方で、EU 向け(シェア 15.8%、7~9 月期+1.0%→10~12 月期+
3
鉄道輸送業、道路輸送業、水利・環境・公共施設管理業の合計。
3
Economic Monitor
伊藤忠経済研究所
0.8%)はプラスの伸びを維持しつつも伸びが縮小し、米国向け(シェア 16.9%、7~9 月期▲1.5%→10
~12 月▲2.3%)や日本向け(シェア 6.4%、7~9 月期▲1.2%→10~12 月▲1.8%)は減少が加速するな
ど、主要先進国向けが総じて不振である。
財別の通関輸出の推移(季節調整値、百万ドル)
仕向地別の通関輸出の推移(季節調整値、百万ドル)
1,100
日本
EU
1,000
50
米国
アセアン
40
900
30
800
20
700
10
600
0
500
▲ 10
400
▲ 20
300
▲ 30
鉄鋼
事務用機器
衣類・装飾品
通信・音響機器
▲ 40
200
2010
2011
2012
2013
2014
2015
(出所)中国海関総署
2011
2012
2013
2014
2015
(出所)中国海関総署
(注)最新期は10-11月期
また、11 月までの実績が確認できる財別の動向を見ると、シェアの大きい品目のうち、スマートフォンな
どの通信・音響機器(2014 年シェア 12.0%、7~9 月期前年同期比+6.5%→10~11 月+4.1%)はプラス
で推移しているものの伸び率は縮小している。また、事務用機器(シェア 9.5%、7~9 月期▲13.4%→10
~11 月▲20.6%)や衣類・装飾品(シェア 8.0%、7~9 月期▲9.4%→10~11 月▲12.2%)はマイナス幅
が拡大しており、特にこれら減少が続いている分野は、他の新興国と比べて価格競争力が低下している可
能性がある。また、鉄鋼(シェア 3.1%、7~9 月期▲14.2%→10~11 月▲27.6%)は落ち込みを加速させ
ており、前年の輸出ドライブの反動が引き続き現れている。
なお、人民元建てで見ると、輸出は 7 月の前年同月比▲9.7%以降、マイナスの伸びが続いていたが、12
月は+2.3%とプラスに転じている。昨年 8 月以降に加速した人民元安によって輸出企業の業績に一筋の
光明が差している点は明るい材料と言えよう。
株価下落リスクは予断を許さない状況が続く
上海総合株価指数の推移(1990年12月19日=100)
2015 年 6 月から 8 月にかけて大幅に下落した株価は、
政府の下支えもあり、秋以降は小康状態が続いていた
5500
5000
が、年明けから連日下落、上海総合株価指数は 2015
4500
年末の 3,539 ポイントから 1 月 20 日現在では 2,977
4000
ポイントまで約 15.9%下落した。背景には、更なる景
3500
3000
気の悪化や人民元安4に伴う資金流出への懸念、政府に
2500
よる株価テコ入れ策の効果低下5 やサーキットブレー
2000
カー制度導入直後の停止に見られる政府の市場管理
1500
能力への不信感があると見られる。現時点においても、
(出所)上海証券取引所
4
5
人民元相場の下落の影響については、2015 年 12 月 21 日付「新常態への移行により『まだら模様』が続く中国経済」参照。
政府は 1 月 8 日に期限を迎えた「大株主に対する株式売却規制」を事実上継続(少量の売却のみ容認)。
4
Economic Monitor
伊藤忠経済研究所
信用買い残高の水準は高く6、株価の水準も PER で見ると特にシンセンは割高感が顕著7なため、株式市場
は依然として売り圧力に晒されている。今後の株価の下げ止まりには、企業業績の改善、人民元相場の安
定が必要となろう。
信用買い残高の推移(上海)(左軸:兆元、右軸:億元)
PER(株価収益率)の推移(上海・シンセン)(倍)
1.6
2,000
80
1.4
1,800
70
1,600
60
1,400
50
1.0
1,200
40
0.8
1,000
30
0.6
800
20
600
10
400
0
1.2
残高
新規(右目盛)
0.4
0.2
200
0.0
0
(出所)上海証券取引所
上海
シンセン
(出所)上海証券取引所
需要拡大の下で在庫調整の進展に期待
以上のように減速が続く中国経済であるが、需要は内需を中心に徐々に底堅さを増しているため、今後も
需要拡大の下で生産を抑制し続け在庫調整が一段と進展すれば、製品需給、ひいては景気の悪化に歯止め
が掛かることが期待される。株式市場や人民元相場の混乱もあり、その時期がいつ頃となるのか現時点で
見通し難いものの、少なくとも言えることは、現在の景気の停滞が金融危機の類の経済崩壊へ向かってい
ることを意味するわけではなく、在庫調整という短期的・循環的な下押し圧力に、過剰投資・過剰設備の
削減という中長期的・構造的な下押し圧力が加わった、やや深い調整局面を迎えているに過ぎないという
ことであろう。
6
7
1 月 20 日終値時点で 5,820 億元と、株価上昇直前の 2014 年 6 月末の 2 倍以上。
1 月 20 日終値時点で 43.2 倍
(リーマンショック直後の 2008 年 11 月から株価上昇直前の 2014 年 6 月末までの平均は 29.8 倍)
。
5