特集:鶏却の科学とその利用 F e a t u r eA r t i c l e 5:Scienceon巨995andI t ' 5U t i l i z a t i o n A n t i b o d yE n g i n e e r i n ga n dT r a n s g e n i cT e c h n o l o g yi nC h i c k e n s ニワトリにおける抗体エンジニアリング ニックテクノロジー とトランスジ z 堀内浩幸叫山下裕輔自)西国憲正b) 古 津 修_ a,b) 松田治男叫 c h i YusukeYamashita KenshoN i s h i d a S h u i c h iFurusawa HaruoMatsuda 目)広島大学大学院生物闇科学研究科免疫生物学研究室 東広島市鏡山 1・4-4 Laboratoryo fImmunology ,G raduateSchoolo fBiosphereSCience ,H iroshimaU n l v e r s i t y 1 4 4 , Kagamiyama ,H i g a s h i h i r o s h i m a s h i,Hiroshima739-8528,Japan b ) 広島照産業科学技術研究所 ・32 東広島市鏡山3・10 HiroshimaP r e f e c t u r a l l n s t i t u t eo fI n d u s t r i a lScienceandTechnology ・ 32,Kagamiyama,H i g a s h i h i r o s h i m a s h i,Hiroshima739-0046,Japan 3-10 上の特徴に注目し、基礎から応用へ向けた研究を展開し 1.はじめに てきた。そして 1989年にモノクローナル抗体の利用技術 を、ニワトリでも可能とした九ニワトリは哨乳動物よ ニワトリはその卵に代表されるように、産業動物とし りも進化的に下等な動物として位置づけられているが、 て極めて優れた特性をもつが、研究対象としても古くか 免疫能力は精織であり抗体産生能力においては、日前乳動 ら発生生物学分野において格好の実験動物として用いら 物よりも優位な点さえ保持している。またこのことは、 れてきた。また免疫学の研究分野では、ニワトリを用い ニワトリ抗体を研究や産業に応用していく上でマウスや た研究が基礎免疫学の発展に大きく貢献してきたことは ヒト型の抗体を凌ぐ特性を獲得することに繋がってい 周知の事実である。このようにニワトリは、膨大な基礎 る。さらに著者らは、ニワトリの免疫系サイトカインの 研究成果の蓄積を提供しつつ、私たちの生活に密着した 研究の過程で、マウス怪性幹 稀な生物種で、あるといえる。 L I F ) をニワトリで発見し 2)、 であった白血病阻害因子 ( 著者らは早くから、ニワトリの持つユニークな免疫学 ( E S ) 細抱の培養に必要 ニワトリ E S 細胞株の樹立に向けた研究を展開している。 9 4 8 FoodsFoodl n g r e d i e n t sJ .J p n .,Vo. 1211,No.11,2006 著者らは、将来ニワトリの抗体作製技術と ES 細胞を利 用途に合わせた有用抜体を選抜したい場合には、ノック 用したトランスジェニック作製技術を融合させ、さらに アウトマウスの利用など免疫動物の工夫が必要となる。 ニワトリ抗体の応用範国を拡充させるための研究を推進 著者らは P r P の免疫動物にニワトリを用いることで、こ している。本稿では、ニワトリ抗体の有用性から著者ら れまでに多数種のニワトリモノクローナル抗体を作製し が有する抗体エンジニアリンクキの技術及ひ'ニワトリ ES ており 3 ..)、これらの中には P r P のウエスタンプロッテイ 細胞を用いたトランスジェニックテクノロジーについ 検査用マウスモノクロ一 ング解析において、国内の BSE て、これまでの研究成果を中心に紹介したい。 ナル抗体よりもパックグランドが少なく、また検出感度 が優れている抗体も存在していた(掴 1 )。このように、 哨乳類動物闘で高度に保存された抗原に対して抗体を作 2 . 二ワトリ抗体の有用性 製したい場合、ニワトリは格好の免疫動物となる。特に 近年、ヒトの疾患モデルとして様々な変異マウスが作製 ニワトリ抗体は I gM、Ig Yおよび1 9Aが知られているが、 されているが、このようなマウスの病態解析等にモノク 特に I g Y は系統発生学的に哨乳動物I g Gとは加のクラスタ ローナル抗体を利用したい場合など、ニワトリモノクロ g Yクラスタ ーに分類され、他の鳥類や両生類とともに I ーナル抗体は強力なツールになると考えられる。著者ら ーに属している。ニワトリ抗体の有用性のひとつは、ニ のグループは、このニワトリの免疫動物としての特性と ワトリが晴乳動物と遺伝的距離が離れていることに起因 モノクローナル抗体作製技術を用いて、 P r P以外にも している。すなわち、抗原となるタンパク質が晴乳動物 問では高度に保存されている場合が多いが、このような A.パックグランドの比較 タンパク質もニワトリでは相同性が低い場合が多い。こ 箆内 B SE検変用 のようなタンパク質に対する抗体を作製する場合、捕乳 マウス抗体 ニワトリモノ クローナル銃体 動物聞で抗原を免疫しでも産生される抗体のバリエーシ ョンは狭められてしまう。これに対して、ニワトリを免 疫動物として用いれば、産生される抗体のバリエーショ ンの拡大が見込まれ、晴乳動物では作製できないような 抗体を得ることができる可能性が高い。このニワトリ抗 体の有用性を示す良い例として、ヒトのクロイツフェル ト・ヤコブ病や牛海綿状脳症 ( B S E ) の原因タンパク質 として知られる、プリオンタンパク質 ( P r P ) が挙げら P r Pは晴乳動物聞のアミノ酸の相同性において、 約9 0%と高度に保存されたタンパク質であるが、ニワト リP r Pとは 40%前後の相同性に止まっている(表1)。国 れる。 B .検出感度の比較 2 . 51 . 3 0 . 6 0 . 3 0 . 1 5 (mgb r a in/lan 直) 検査用抗体として用いられている 4 4 B 1抗体など 内の BSE は、マウスモノクローナル抗体であるが、これらは P r P 国内 B SE検査局 マウス銃体 の遺伝子を排除したノックアウトマウスを利用して作ら れている。もちろん野生型マウスにヒトやウシの P r Pを 免疫しでも抗体を作製することは可能ではあるが、多種 多蟻なエピトープを認識する抗体を作製し、その中から ニワトリ マウス ヒ ト 3 7 . 5 ヒ ト 3 9 . 7 8 7 . 5 り ' 幽 3AnM マウス ウ幽組制部 表1 . 異種動物聞における PrPの相同性(%) ニワトリモノ クローナル抗体 図1 . BSE 脳サンプルを用いたウエスタンブロッティング解析 SE 検査用マウス抗体とニワトリモノクロ 同一サンプルを、臨内 B ーナル抗体を用いてウエスタンブロッティング解析を行い、検出 後のパックグランド (A) と検出感度 (B) を比較したもの。 9 4 9 F F IJOURNAL,Vo. l211,No.11,2006 様々な抗原に特異的な有用抗体群をすでに保有してい りから得られる牌蹴リンパ球との細胞融合に使用する、 る 。 チミジンキナーゼ欠失ニワトリ B細胞株の樹立が大きく ニワトリ抗体は、免疫動物としてのニワトリの有用性 貢献した九その後、この B細胞株は、さらに改良が加 以外にも、検査抗体として優れた特性を示すのではない えられ、融合効率などが改善されている。この手法を用 かと注目されている。検査抗体で重要な問題点は、抗体 いることで、国内外でいくつかの有用なニワトリモノク の非特異的反応であり、この非特異的反応が検査抗体の ローナル抗体が作製されてきたが、この細胞融合法の最 精度に大きく影響する。抗体を用いて免疫組織化学染色 大の欠点は、マウスの系と比較して抗体産生量が劣るこ やフローサイトメトリー解析を行う場合、細胞に抗体を とであった。マウスの場合、細胞融合法により作製した 反応させるため細胞膜表面に存在する Fc 受容体が問題と 抗体産生ハイブリドーマをマウス腹腔内に移植すること なる。 Fc 受容体は、抗体の抗原特異性とは無関係に抗体 で高濃度のモノクローナル抗体を含む腹水が得られる のFc 部位と結合してしまい、これが非特異的反応となっ が、この手法もニワトリでは確立されていない。そこで て現れる。しかし、ニワトリ抗体は晴乳動物細胞の Fc 受 著者らは、この問題点を克服するために、ニワトリの抗 部位による非特異反応、 容体に結合しないため、抗体の Fc 体産生ハイブリドーマの培養方法の改良を行うととも を回避できるわけである。 に、遺伝子工学的にニワトリモノクローナル抗体を作製 する方法を確立した。 その他、ニワトリ抗体は晴乳動物の補体系を活性化し ニワトリ抗体は、遺伝子工学的に応用しやすい、遺伝 ないなどの特徴を有しており、今後の研究の進展次第で これらの点もニワトリ抗体の有用性として注目されるか 子構造上の特徴を有する。抗体の多様性は、抗原結合部 もしれない。 位を構成する H鎖可変部 ( V H ) とL鎖可変部 ( V L ) のア ミノ酸配列に依存するが、 VHとVL の構造の多様性は、 、D、J ) の組み合せ これらをコードする遺伝子断片 (V 3 . ニワトリ抗体エンジニアリ や、体細胞突然変異によって生み出される。マウス抗体 ングと令後の課題 遺伝子の場合、最初に複数種のV遺伝子と 1 2種の D遺伝 子及び6 語のJ 遺伝子の遺伝子再構成により機能的な抗原 結合部位を構成することから、この領域を PCR で増幅し ニワトリモノクローナル抗体の作製には、免疫ニワト A .マウス抗体遺伝子(遺伝子再構成) . . l o o . . . l o o . . . l o o . ‘ 町 ー 司町田 司... B .ニワトリ抗体遺伝子(遺伝子変換) ‘ 町 ー ~2. マウスおよびニワトリにおける抗体の多様性獲得機様の比較 マウス抗体は遺伝子得権成 ( A ) によって抗体の多様性を獲得するため、目的の抗体遺伝子がどのV遺伝子と J 遺伝子を使潤しているかわからない。 そのため再織成した VOJ 遺伝子を士要領するためには、複数種のプライマーを必要とする。ニワトリ抗体 1 .1:遺伝子変換 ( 8 ) によって抗体の多綴性 を獲得するため、 1種のV遺伝子とJ遺伝子を使用している。そのためニワトリのVOJ遺伝子を増幅するためには,基本的に 1 種のプライマーを準 儀すればよい。 950 FoodsFoodI n g r e d i e n t sJ .J p n .,Vo . l211 ,子~O.ll , 2006 組換え抗体として利用するには、複数種のプライマーセ に色努めていきたいと考えている o ットを準備する必要がある(図 2A)。これに対してニワ トリ抗体遺伝子の場合、 1 種のV遺伝子と控数種のD遺伝 4 . トランスジヱニックニワト 子及び 1種のJ 遺伝子から構成され、抗体の多様性はV遺 リ開発の現状 p s V ) の一部が、 伝子の上流に複数存在する偽遺伝子 ( ランダムにY遺伝子内に挿入される遺伝子変換によって 獲得している。すなわちニワトリの場合、基本的に抗原 鶏卵は、高タンパク質食品として知られているように、 結合部位遺伝子の両端は 1 種の遺伝子であるため、この 鶏卵成分中の約 13%がタンパク質である。また卵白中に 領域を PCRで増幅し組換え抗体として利用するには、 1 はIgMやI g A が、卵黄中には高濃度の I g Y が存在する。こ 種のプライマーセットを準備するだけで良い(図2B)。 れらの抗体はすべて母親由来であり、この抗体の卵黄へ 著者らのこれまでの経験からも、目的のマウス抗体遺伝 の移行能を利用して、産卵鶏に抗原を免疫し特異抗体を 子をクローニングするには、かなりの苦労を強いられた 卵に蓄積させることが可能である。この現象を利用し、 が、ニワトリ抗体遺伝子の場合、比較的容易にクローニ 抗原検出用のポリクローナル抗体を鶏卵で作製したり、 ングすることが可能であった。 細菌や細菌成分に対する特異抗体が蓄積した鶏卵を機能 まず著者らは、このニワトリ抗体遺伝子の特徴を利用 性食品や家畜の飼料へ応用することが既に行われてい し、ファージ発現型の組換え抗体の作製技術の開発に着 る。しかし、鶏卵中に移行する抗体は全てポリクローナ 手し、ファージ発現型抗体的、またそこから単鎖型抗体 ル抗体であり、その特異性の面において個体差が生じる ( s c F v ) やF a b 型と p った可溶型抗体の作製、さらに遺伝 可能性がある。また、これらの抗体を産業へ利用するた g Y 型ニワトリモノクローナル抗体の大量生産 子組換え I めには、抗原の大量調製と持続的な供給が必須となる。 系を構築した。最近、非免疫ニワトリの牌臓細胞からナ もし抗原に対して均一な特異性と高親和性を有したモノ イーブ抗体ライブラリーの作製に成功し、免疫からモノ クローナル抗体を鶏卵中に蓄積できれば、鶏卵抗体の用 クローナル抗体作製までの期間を数ヶ月から数週間に短 途はさらに拡大するものと思われる。この技術を可能に 縮することを可能にしている。またニワトリ抗体の汎用 するのが遺伝子組換え技術を活用したトランスジェニッ 性の拡大を計るために、抗原結合部位のみをニワトリ抗 クニワトリの開発である。もちろん、ニワトリにおいて 体由来にしたキメラマウス化、もしくはキメラヒト化抗 汎用性のあるトランスジェニック技術が開発されれば、 体の作製も可能にしているヘ近年、抗体は単に抗原の 鶏卵の高い生産性を背景に有用タンパク質生産の新産業 検出や診断薬としての利用だけではなく、抗体医薬とし の創出も可能で、あると考えられる。 て非常に注目されている。医薬品として抗体を利用する 1 9 8 0年に世界で初めて遺伝子導入マウスの作製の成功 ためには人体に投与する必要があり、抗原性の面から考 が報告されて以来、他の動物種でも同様の技術が可能か えてもヒト型抗体であることが望ましい。そこで著者ら どうか研究が進められてきた。これはニワトリでも例外 は、ヒト抗体遺伝子の抗原認識に必要な最小限の領域 ではなく、種々の方法が試行錯誤されてきた。一方、マ (CDR) のみをニワトリ抗体に置換する方法也、すでに ウスを用いた実験系では 1 9 8 1年に ES細胞株が樹立され 構築している九 ると、単なる遺伝子導入だけではなく相同遺伝子組換え これまで述べてきたように、ニワトリ抗体はマウス抗 を利用したジーントラップ法が可能となり、ゲノムの狙 体とは異なる側面で極めて有用なツールとして利用可能 った位置に遺伝子を導入したり、特定の遺伝子のみを削 であり、またその技術もほぼ確立されている。しかし、 除(ノックアウト)することが可能となった。このマウ ニワトりを普段活用していない人たちにとっては、ニワ スES 細胞を用いたジーントラップ法は、その後の遺伝 トリの取り扱いを合め実際的でないために、自らニワト 子機能解析法の主流となっている。一方、その他の動物 リ抗体を作製することまで考えが至らないという実態が では、 1 9 9 7年のヒツジを問いた体細胞クローン技術が開 ある。一方、抗体カタログをつぶさに眺めると如何に数 発され、トランスジェニック動物作製に利用されている。 多くのニワトリ抗体が市販されているかという点にも気 ニワトリでは、旺、が卵黄上に位置し、また多精子受精で 付くであろう。今後著者らは、より有益なニワトリモノ 複数の雄性前核が存在するため 1 細胞期の核操作が極め クローナル抗体の開発を進めるとともに、そのアピール て困難であり、マイクロインジェクションよる遺伝子導 9 5 1 F F IJOURNAL,Vo. l211,N o.11,2006 入や体細胞クローン技術は成功していない。ニワトリで 5. はこれまでに、 トランスジェニックニワトリの成功例と ワトリ LIF の発見 して 3 つの方法が報告されている。ひとつ目は、精子ベ クタ一法と呼ばれる方法で、導入したい遺伝子を精子認 ニワトリにおいて、初めて ES 細胞が報告されたのは 識抗体を介して精子に結合させ、受精時に遺伝子を導入 1 9 9 6 年の P a i nらの論文である 1九ニワトリは晴乳動物と する方法である 8)。この方法を開発したBio Ag r i 社はすで、 発生様式が異なるため、マウスや霊長類ES 細胞で用い に陣内外のいくつかの製薬メーカーと共同でタンパク質 られる眠盤胞の内部細胞塊が存在しない。しかし、ニワ 製薬の試験生産を始めていると聞いているが、方法論自 トリでは、放卵査後の臨盤葉細胞を他の怪へ移植するこ 体を疑問視する研究者も多い。 2つ目は、トランスジェ とで生殖系列キメラが作製できることが知られており、 ニックニワトリの成功例として最も知られている、ウイ ES 細胞の候補と考えられていた。 P a i nらは、この眠盤葉 ルスベクタ一法である。外来遺伝子を複製欠失のレトロ 細胞をマウス ES 細胞の改変培養用培地をもとに長期継 ウイルスに導入し、ウイルスの感染能を利用してニワト 代培養に成功し、また培養初期の旺盤葉細胞から生殖系 リ腔に遺伝子を導入する方法であり、縁色蛍光タンパク 列キメラニワトリの作製に成功していた。筆者らは、こ 質である EGFP や特異抗体を発現するトランスジェニッ の論文が発表された当初からひとつの疑問を持ってい クニワトリが作製されている 9.則。しかし、ウイルスベ た。それは彼らが使用していた培地に添加するサイトカ クターの安全性が完全に保証されていないため、食品や インがすべて晴乳動物由来であった点である o 著者らは 医薬品への応用は、まだまだハードルが高そうである。 ニワトリ免疫系サイトカインの解析から、ニワトリと晴 3つ目は、長年、ニワトリ ES 細胞の開発に取り組んでい 乳動物のサイトカインではその相同性が極めて低いこと たE t c h e sらのグループが、培養可能にしたニワトリ始原 を認識していた。すなわち、ニワトリの細胞を培養する 生殖細胞に EGFPを導入し、トランスジェニックニワト のに晴乳動物由来サイトカインでは効果がないのではな リの作製に成功したと報告している11l。 トランスジェニ いか、ということである。この疑問を解決するために著 ック動物を作製する際、重要なのは改変遺伝子が次世代 者らは、マウス ES 細胞の未分化維持に必要である LIFを にも反映されることであり、生殖細胞に改変遺伝子が導 ニワトリでクローニングした九その結果、著者らの予 入されていなければならない。彼らの技術は、生殖細胞 では、アミノ酸レベル 想通りニワトリと暗乳動物の LIF 用性の高いトランスジェニックニワトリの作製に道が開 容体の結合による細胞内情報伝達物質である STA T3のリ けると考えられる。但し、彼らの研究成果で残念なのは、 ン酸化が重要であるが、マウス LIFを怪盤葉綴胞に作用 培養可能な始原生殖細胞を用いているにもかかわらず、 させても経盤葉細胞のST A'百のリン酸化が詩噂されない ランダムインテグレーションで遺伝子を導入しているこ ことも突き止めた(図的。すなわち、 P a i nらがES 綱胞の とである。 トランスジェニック動物を作製するのに ES 培養に使用していたマウス由来LIFは、ニワトリ ES 栂胞 細胞や培養可能になった始原生殖細胞(怪性生殖細胞; の未分化維持には機能していなかった可能性が高い s 一 EG 細胞という)を用いる最大の利点は、ジーントラッ 方で最近、再生医療への応用へ向けた霊長類 ES 組組抹 3 今 QU あり、ジーントラップ法が可能な ES やEG 細胞株が作製 3 今 Qロ レ レ グレーションによる遺伝子導入のみを可能にした技術で TT AA TT a z J 列記したが、これらの方法は、いずれもランダムインテ 酸 ン に報告されているトランスジェニックニワトリの現状を a e プ法が可能かどうか興味深い点である。以上、これまで 司 ‘ ‘ 計一 4 プ法が可能となる点であり、彼らの手法でジーントラッ 示 、 によるマウス ES 細抱株の未分化維持には、 LIFとLIF 受 手,q ・ 、 d lシ での相同性が 40%前後であることが判明した。また LIF dw の元となる始原生殖細胞の培養を可能とし、その細胞に 遺伝子導入を行っているため、この技術が成熟すれば汎 されれば、一気にトランスジェニックニワトリの活用が 広まるものと期待される。 図3 .L lF刺激旺銭葉細胞における STAT3のリン酸化 放卵直後の~精卵から回収した怪盤葉細胞を、マウスもしくはニ ワトリLlFで30分間刺激後、細胞内のリン酸化 STAT3をウエスタ ンプロッティング法により検出したもの。リン酸化STAT3は、ニ ワトリLlFで刺激した座盤薬品目胞のみで検出された。 952 FoodsFoodI n g r e d i e n l sJ .J p n .,Vo. l2 1 1,N o . 1 1,2006 の樹立が相次いでおり、その解析が盛んに行われている。 ることもわかった(図4 )。培養匪盤葉細胞の LIFmRNA それらの研究成果によると、霊長類 ES細胞は、その未 の発現解析を行ったところ、培養開始1日目に強く発現 分化維持に LIFは効果がないことが示されている。霊長 していることから(図5 )、どうやら培養睦盤葉細胞は培 類 ES 細胞に LIFを作用させるとSf AT3のリン酸化は正常 養開始産後に自ら LIFを産生し、オートクラインに作用 に起こっているにもかかわらず、未分化維持にはその他 していることが強く示唆された。すなわち、旺盤葉細胞 の要因が関係しているようである。このように、 LIF の は培養開始からしばらくの問、自らが産生する L I F Iこよ ES細胞に対する未分化維持活性は、動物種により異な り未分化状態を維持していることになる。これはP a i nら ることが考えられる。そこで著者らは、ニワトリ LIFに が培養初期の臨盤葉細胞から生殖系キメラニワトリの作 よるSf AT3のリン酸化が、経盤葉細胞の未分化維持に重 製に成功していることと一致しているものと思われる。 要であるかどうかを試験した。著者らは、ニワトリ LIF これらの研究結果は、ニワトリ ES細胞を未分化のまま の検出のために作製したモノクローナル抗体の中に、ニ 長期に培養を続けるには、外部からニワトリ LIFを継続 ワト l J L I Fによる訂'AT3のリン酸化を特異的に阻害する 的に供給しなければならないことを示唆している。 抗体が含まれていることを発見したω。そこで、この抗 体を匪盤葉細胞培養系に添加して細胞の形態を観察した ところ、抗体添加群すなわちSf AT3のリン酸化を阻害す 6 . トランスジエニックニワト リの今後 ることで、匪盤葉細胞の分化形態である嚢胞性眼様体が LIFのみを添加したものより早く出現することがわかっ た。また、ニワトリ LIF 非添加群に限寄抗体のみを添加 現時点で安定的にトランスジェニックニワトリを作製 した経盤葉細胞では、嚢胞性経様体がさらに早く出現す する方法は、ウイルスベクタ一法に限られているようで 培養 5日目 あるが、前述のとおりウイルスベクタ一法では遺伝子改 変技術が遺伝子導入に限られ、また、その応用範囲も限 局されてしまうことは否めない。これらの現状を打破す るには、生殖細胞に分化可能でi nv i t r o で、安定に培養可能 ニワトリ LIFのみ なESもしくは E G細胞株の樹立が必要であると考えられ る 。 Etchesらのグループは昨年、数種のニワトリ ES 細胞株 からヒト抗体を産生するキメラニワトリの作製に成功し ニワトリ LIF + 阻害抗体 たと報告している凶。しかし残念ながら作製されたキメ ラニワトリはいずれも体細胞キメラのみで生殖系キメラ 体は作製できておらず、 トランスジェニック体にはなっ ていなかった。すなわち、彼らの培養系では ES細胞株 が生殖細胞への分化能を保持してないことを示してい る。これまでの研究成果から、ニワトリ ES細胞の候補 培養日数 阻害抗体のみ 3 6 9 NC L l FmRNA s-actinmRNA 国4 ニワトリLlFや STAT3の 1 )ン酸化阻害抗体を加えて培養 した任盤葉細胞 ニワトリlIFやSTAT3のリン酸化阻害抗体を加えて 58閑培養した 庇盤業細胞の増殖形態。陸害抗体を加えて培養したものには、座 援葉級胞の分化形態である嚢胞性Iff様体(矢印)が出現していた。 と阻害抗体を同時に加えたもので培 嚢胞性座様体はニワトリlIF 養4日後から、阻害抗体のみを加えたものでは培養3日後から観察 された。 図5 . 培養匪盤葉細胞を用いたLl FmRNAの発現解析 培養座盤葉級胞から継時的 l こmRNAを回収し、 RT-PCRによりLlF mRNAの発現解析を行った。 cDNA量は、ハウスキーピング遺伝 子の 1 種である β a c l i nの発現量をもとに均一化した。LlFmRNA は培養 1日目で最も強く検出された。 NCI!cDNAを含まない陰性 対照。 953 F F IJOURNAL ,Vo . l2 1 1,N o . 1 1,2 0 0 6 l . a i , HL10,C T .H s i a o, L Brown, J .J r .B o l e n, HI .Huang , P Y . 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N i s h i d a ,S .Aki t a ,H .Matsudaa n dS .Furusawa,D e v .Comp. , . I30, 5 13 -5 2 2( 2 0 0 6 ) . Immuno u, MC.v a ndeL a v o i r , J .A l b a n e s e,DO.Benhouwer , PM. 1 4 ) LZh C a r d a r e l l i, S .C u i s o n, DF.Deng, S .Deshpande, J H .Diamond, L Green,ELH a l k,B S .Heyer ,R M : .Ka y,A K e r c h n e r ,PA L e i g h t o n,CM.Mather,SLMorrison,ZLN i k o l o v,DB. Passmore,A Pradas-Monne,B T .P r e s t o n,V S .Ra ngan,M. r i n i v a s a n,S G .Whi t e,P .W i n t e r s D i g i a c i n t o,S . S h i,M.S Wong ,W.Zho ua n d悶.E t c h e s,N a t .B i o t e c h n o , . I 23,1 1 59 1 1 6 9( 2 5 ) . である怪盤葉細胞中には、生殖細胞への分化能を有して いる細胞が存在することが明らかであり、報告された ES細胞株は生殖細胞の前駆細胞が含まれていなかった のか、もしくは培養中にその分化能が消失してしまった ものと思われる。彼らは著者らとは異なり、ニワトリ ロFを使用しない培地で、 ESもしくはEG 細胞株の作出に 取り組んでおり、このことが実験結果に反映されている かどうかはまだ不明であるが、著者らが培養している眠 盤葉細胞と彼らが培養している ES 細胞とでは、明らか に増殖形態が異なるようである。いずれにしろマウス ES細胞と同等のニワトリ ESや EG細胞株が作製されれ ば、ニワトリでもジーントラップ法が可能となり、基礎 研究分野への貢献と鶏卵を用いた新規産業への応用展開 が十分に期待される。著者らは現在、ニワトリ LIFを用 いた培地を基盤に上記要件を満たした ES 細胞株の樹立 に取り組んでいるところである。 本稿で紹介した筆者らの研究成果は、新技術・新分野 創出のための基礎研究推進事業(生物系特定産業技術研 究支援センター)および知的クラスター創成事業(文部 ∞ 科学省)などの支援により、広島大学生物園科学研究科 免疫生物学研究室並びに広島県産業科学技術研究所松田 プロジェクトで行われたものであり、関係各位に感謝の 意を表すもので、ある。 引用文献 1 )S .N i s h i n a k a ,H .Matsuda叩 dM.Mura 句, l n t .Arc h .A 1 I e r g y . IIm muno , . I89 , 416419( 1 9 8 9 ) . App 2 )H .H o r i u c h i,A T a t e g a k i,Y .Y a m a s h i t a,H .H i s a m a t s u,M. Ogawa ,T .Noguchi,M.A o s a s a,T .Ka washima ,S .Akit a ,N . .M i t s u i,S .Furusawaa n dH .Matsuda, ] .B i o . I N i s h i m i c h i,N Chem., 279 , 2 4 5 14 2 4 5 2 0( 2 0 0 4 ) . .Mitsuda,N .Nakamura,S .Furusawa,S . 3 ) H.Matsuda,H MohriandT .K it a m o t o,FEMSImmuno .Med.M I i c r o b i o , . I 23,1 8 9 -1 9 4 ( 1 9 9 9 ) . .Hojyo,M.Shimokawa,K . 4 )N .Nakamura,A Shuyama,S Miyamoto,T .Kawashima,M.Aosasa,H .Horiuchi,S . FurusawaandH .Matsuda, ] .Ve t .Med.S c i .,66,8 0 7 ・8 1 4 ( 2 0 0 4 ) . .Miyamoto,S .Hojyo,H . 5 )N .Nakamura,M.Shimokawa,K Horiuchi,S .FurusawaandH.Matsuda,] .ImmunoI. , 280,1 5 7 1 6 4( 2 0 0 3 ) . Methods .Shimamoto,N .Nakamura,M.Shimokawa, ・ 6 )N .N i s h i b o r i,T H .H o r i u c h i,S .FurusawaandH .Matsuda ,B i o l o g i c a I s ,32, 2 13 2 1 8( 2 0 0 4 ) . .H o r i u c h i, S .F u r u s a w aandH .Matsuda,Mo . I 7 )N .N i s h i b o r i,H Immuno , . I43, 6 3 2 6 4 2( 2 0 0 6 ) . .Chang, J .Q i a n, M.J i a n g , YH.L i u, MC.Wu, CD.Chen, CK . 8 )K 954 FoodsFoodI n g r e d i e n t sJ .J p n ., Vo. l211,No.11,2006 P R O F I L E 堀内浩幸 広島大学大学院生物園科学研究科 免疫生物学研究室 広島県産業科学技術研究所 助手 学術博士 1988 年広島大学生物生産学部卒業、 1990 年同大学生物圏科学研究科修了、 1992 年 同大学大学院生物圏科学研究科助手、現 一学学農 輔一開盟社 裕一冊即判 下一園生 f 一科物 院 学 大 学 大 島 広 u 一物疫 U一 生免 在に至る。 2003 年広島大学生物生産学部卒業、 2005 年同大学大学院生物園科学研究科修了、 現在、同研究科博士課程後期に進学し研 究中。 -術工 正一関揖仕 憲一即即朝 産 田 一 特 西 一 群 県 島 広 1997 年広島大学工学部卒業、 2001年同大 学大学院先端物質研究科博士課程修了、 年独立 日本学術援興会特別研究員、 2002 行政法人水産総合センター瀬戸内海区生 産研究所研究員、 2004 年財団法人ひろし ま産業振興機構広島県産業科学技術研究 所研究員、現在に至る。 古津修一 広島大学大学院生物園科学研究科 免疫生物学研究室 広島県産業科学技術研究所 教授 医学博士 1979 年東邦大学理学部卒業、帝京大学医 学部助手、 1981年ハーバード医科大学研 究助手、 1985 年ニューヨーク大学医学部 年同客員準教授、順天 主任研究員、 1990 堂大学医学部助手、 1992 年農林水産省家 年広島大 畜衛生試験場主任研究員、 1995 年同大学大 学生物生産学部助教授、 2004 学院生物園科学研究科教授、現在に至る。 松田治男 広島大学大学院生物園科学研究科 免疫生物学研究室 広島県産業科学技術研究所 教授 農学博士 1970 年山口大学農学部卒業、 1975 年大阪 府立大学農学研究科(獣医学)博士課程 修了、 1976 年大阪大学微生物学研究所助 年徳島大学医学部助手、 1980 年 手 、 1977 岡山大学医学部助手、 1981年広島大学生 物生農学部助教授、 1994 年同大学生物生 産学部(現同大学大学院生物園科学研究 科)教授、現在に至る。 955
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