文化振興課主任調査員研究レポート 得、ひいては学歴等に及ぼす 影響を論じた。 ブルデューの理論では、文 化資本は、家庭環境で自然と 身につく「身体化された文化 資本」、絵画や書物などの「客 体 化 さ れ た 文 化 資 本 」、 資 格 や学歴などの「制度化された 文化資本」の3つに分類され る。そしてブルデューは、文 化資本が社会的地位と経済的 利益をもたらすことで、出身 階層(高学歴層、特権階層な ど)による社会的・経済的格 差が再生産されるとした。 イ スロスビーの定義 文化経済学者のデイヴィッ ド・スロスビーは、文化資本 を経済学的視点から分析し、 文 化 資 本 を、「 そ れ が 有 す る 経済的価値に加え、文化的価 値を具体化し、蓄積し、供給 する資産」と定義(注5)し、 「文化資本は文化的価値と経 済的価値の双方を生み出すの に 対 し て、『 普 通 の 』 資 本 は 経済的価値しかもたらさな い」(注6)とした。 ま た ス ロ ス ビ ー は、「 多 様 性は、文化資本の重要な属性 である。なぜなら、それは新 しい資本を生み出す能力を 持っているからである。たと えば、創造的な活動が文化資 源の既存のストックを踏まえ ているのであれば、資源が多 様であればあるほど、将来生 み出される芸術作品も、より 多様でより文化的に貴重なも のになるだろう。」(注7)と 述べている。 文化資本は社会・経済活動 とも結びついていることか ら、「 文 化 遺 産 を 老 朽 化 さ せ た り、 人 々 に ア イ デ ン テ ィ ティの意味をもたらすような 文化的価値を支え損ねたり、 有 形・ 無 形 の 文 化 資 本 の ス トックを維持したり増大させ たりするために必要とされる 投資を怠ったりするなど、文 化資産をないがしろにする と、文化システムを危険にさ らすことになるだろうし、シ ステム崩壊を引き起こして厚 生 的・ 経 済 的 産 出 の 喪 失 と いう結果になるかもしれな い。」(注8)とも記している。 執筆 文化観光局文化振興課主任調査員 鬼木 和浩 (注1)「横浜市文化芸術創造都市施策 の 基 本 的 な 考 え 方 」( 平 成 年 月 発 行 横 浜 市 文 化 観 光 局 ) P 4、 太 字 は 筆者。 ( 注 4) ブ ル デ ュ ー & パ ス ロ ン 著 石 井 洋二郎監訳「遺産相続者たち学生と文 化」藤原書店1997年P ( 注 3) こ こ で は 広 義 の 文 化 政 策 を 指 す。文化芸術のみではなく広義の文化 を対象。行政のみではなく、様々な民 間団体、個人が行っていることを含む。 ( 注 2) 文 化 の 定 義 と し て は 本 稿 で は 広義の文化を指し、ユネスコによる次 の 定 義 に 基 づ く。「 文 化 と は、 特 定 の 社会または社会集団に特有の、精神的、 物質的、知的、感情的特徴をあわせた ものであり、また、文化とは、芸術・ 文学だけではなく、生活様式、共生の 方法、価値観、伝統及び信仰も含むも の で あ る 」( ユ ネ ス コ 文 化 的 多 様 性 に 関する世界宣言2001より) 12 ど、 広 義 の 文 化 を ス ト ッ ク (資産)としても分析するこ とで、文化政策(注3)の射 程の全体像を明らかにできる と考えるためである。 2 自治体文化資本とは何か ❶文化資本概念 これまでの社会学や経済学 で 用 い ら れ て い る「 文 化 資 本」とは何を指すか。これに ついては、以下の2人が提示 した概念が代表的なものであ る。 ア ブルデューの定義 「最も恵まれた学生たち は、自分の出身環境から、勉 学に役立つようなもろもろの 習慣、訓練、姿勢などを受け 取るだけではない。彼らはま た、知識やノウハウ、嗜好や 『良い趣味』をも受け継ぐの であり、それらは学校におい て、間接的ではあるが前者に 劣らず確実な利益をもたら す」 。 (注4)社会学者のブル デューは、このように、文化 資 本 が 人 格 形 成、 教 養 の 獲 (注5)デイヴィッド・スロスビー著、 中谷武雄・後藤和子監訳「文化経済学 入門」 ( 日 本 経 済 新 聞 社 2 0 0 2) 前 掲書P (注6)スロスビー前掲書P (注7)スロスビー前掲書P 73 ■ 文化振興課主任調査員研究レポート 24 31 80 98 81 自治体文化資本論のためのスケッチ 12 1 はじめに 文化は、自治体の財産であ るとともに、自治体の本体そ のものでもある。 平成 年 月に策定された 「横浜市文化芸術創造都市施 策の基本的な考え方」には、 「今後は、都心部のみならず 市内全域において、様々な文 化 資 本( 文 化 施 設 や 文 化 団 体、アーティスト、歴史、自 然、 景観など)をさらに発掘・ 蓄 積・ 支 援 す る 」 ( 注 1) と ある。 本稿は、自治体自身の文化 的な資産(有形・無形)の総 体を「自治体文化資本」と位 置付け、その概念の意義を掘 り 下 げ よ う と す る 試 み( ス ケッチ)である。(注2) 「資本」という概念に着目 するのは、文化政策をフロー (原因と結果、事業実施と評 価、収支等)としてのみ分析 するのではなく、堆積する歴 史、徐々に醸成され空気のよ うに存在する市民意識、多層 的で持続的なネットワークな 24 自治体文化資本は、経済活 動のみならず、市民自らの創 造活動や社会的活動等様々な 活動によって資本自体が蓄 積、再生産される。自治体文 化資本の根本的な創出の源は 市民そのものであるから、意 欲ある市民がいる限り、資本 創出の可能性は尽きることが ない。 ウ 他の自治体との差異化 自治体文化資本は他の自治 体との差異を形づくる。自治 体文化資本の増大は自治体と しての独自性を強める。 ブルデューの文化資本概念 と自治体文化資本を比較する と表1のようになる。また、 経済資本との比較は表 のと おりである。自治体文化資本 は、 市 民 が 自 己 決 定 で き る 点、公共性が高い点で、他の 資本概念と区別される。 3 自治体文化資本の構成要素 自治体文化資本は、以下に 見るような多様な要素により 構成されている。具体的な事 例がすべて類別できるわけで はなく、複数の要素を兼ねて いる場合もある。これらの要 素が有機的に結びついて、全 体として自治体文化資本を構 成する。多くの要素は、政策 や事業のアウトプットという よりは、アウトカム的なもの である。 ❶社会的文化資本 ア 地域固有の慣習、市民 意識・気質 イ 社 会 関 係 資 本( ソ ー シャル・キャピタル) (注 ) ウ 社会構成(年代分布、 新住民、外国にルーツ を持つ人々等) エ 地域における政治思 想、宗教構成 オ 都市イメージ/都市ブ ランド ウの社会構成は、多文化 共生の取組等を経て、文化 的多様性をもたらすものと なり得る。 ❷経済的文化資本 ア 地場産業、特産物等そ の土地独自の経済活動 イ コミュニティ経済(地 域経済としての商店 街、小規模書店、直販 所等) ウ 創造的産業(都市の創 造性に着目して集積す る企業等) 10 ❸空間的文化資本 ア 地理特性(自治体の大 きさ、隣接地の状況、 交通状況) (注8)スロスビー前掲書P ( 注 9) 平 田 オ リ ザ 氏 は、 日 本 の 文 化 行 政 予 算 の 少 な さ に つ い て、 「緩慢な る 文 化 破 壊 」 と 指 摘 し、「 現 代 社 会 に おいて文化は、不断の努力によって持 続させなければ、やがては衰退する」 と 述 べ て い る。( 平 田 オ リ ザ 著「 新 し い広場をつくる─市民芸術概論綱要」 岩波書店2013年P3) 99 (注 )社会関係資本(ソーシャル・キャ ピ タ ル ) は、 「人々の間の協調的な行 動を促す『信頼』 『互酬性の規範』 『ネッ トワーク(絆) 』をさす。 」と定義され ている。(稲葉陽二著「ソーシャル・キャ ピタル入門 孤立から絆へ」中公新書 2011年P ) 23 ❷自治体文化資本 では自治体の文化資本とは 何か。ブルデューが定義した 文化資本では、社会的/経済 的格差の再生産の源となる が、 自 治 体 が こ れ を 備 え る 時、それは社会的に共有され た財産であることから、自治 体自身の社会的/経済的活動 を触発する。 また、 スロスビー の唱える文化資本を自治体に あてはめると、自治体に蓄え られた経済資本以外の様々な 価値(文化的価値)を示すこ とになる。 自治体文化資本に含まれる 要素は、資本と呼ばれる以上 は、一過性のものではなく、 持続した存在であることが必 要である。 ❸自治体文化資本の特徴 ア 社会経済情勢による影響 からの一定の独立 自治体文化資本は、人口減 少、景気低迷などの社会経済 情勢から一定の独立を保って いる存在である。とはいえ、 自治体文化資本は、独自性を 保持する指向に対する外的阻 害要因(グローバリズム、東 京一極集中、過度な市場化な ど)に絶えずさらされてお り、投資を見送る等放置すれ ば減少傾向へ向かう。(注9) イ 持続可能な資源 表2 経済資本と自治体文化資本の比較 10 2 表1 ブルデューの文化資本 と自治体文化資本の比較 調査季報 vol.175・2014.12 ■ 74 ソーシャルインクルージョ ン(注 )を推進するため の社会機関(注 )として の位置づけを要請されてい る。東日本大震災の際に、 いわき市の「いわき芸術文 化交流館アリオス」は、避 難所として緊急的に被災者 の受け入れを行いながら、 文化芸術によるコミュニ ティの回復を目指す活動を 継続した(注 )。 かった。その地で育った人 材であれば文化資本に加え ることができる。 ❻時間的文化資本 ア 過去の歴史的出来事、 建造物等 イ 地域の伝説、昔話、古 い地名 ウ 将 来 の 計 画( オ リ ン ピック等大型イベント 開催、周年事業) イ 文化芸術創造活動や市 民活動に対する支援制 度(官民問わず) ウ アウトリーチ等文化活 動へのアクセス保障 エ 様々な団体等によるプ ラットフォーム オ 芸術的才能を生み出す 大学、養成所、お稽古 事の教室等 カ コ ン ク ー ル、 コ ン ペ ティション等次世代発 掘育成システム エでの代表例としては横 浜市芸術文化教育プラット フォームを挙げる。学校で の芸術文化体験を実施する ための市内諸団体、施設等 が参加するネットワークで ある。 ❾情報文化資本 ア データ(オープンデー タ、アーカイブ等) イ 図書館所蔵資料、歴史 資料・郷土資料 ウ デジタルネットワーク 上のコミュニティ(地 域を拠点とするもの) インターネット上のデー タは必ずしも地域固有のも のではないが、それが発信 元たるリアルな地域と結び ついている場合には情報面 での文化資本と成り得る。 (注 )倉敷市都市景観条例は平成 年1月1日施行 22 (注 )一般財団法人地域創造が平成 年3月に発行した「災後における地 域の公立文化施設の役割に関する調査 研究報告書―文化的コモンズの形成に 向 け て ─ 」 で 提 示 さ れ た 概 念。 「地域 の共同体の誰もが自由に参加できる入 会地のような文化的営みの総体」を文 化的コモンズと定義。 11 ( 注 ) 社 会 的 包 摂 の こ と。 様 々 な 境 遇にある人たちに社会参加の機会を提 供する。 26 (注 )場所を貸す施設というだけで はなく、社会と積極的に結びつき、地 域住民とのかかわりを深めていくこと をミッションとする。 ( 注 ) ニ ッ セ イ 基 礎 研 究 所、 い わ き 芸術文化交流館アリオス著「文化から の復興 市民と震災といわきアリオス と」 文 ( 化とまちづくり叢書 2012 年 に ) 詳しい。 (注 ) エコール・ド・パリには、マルク・ シャガール (ロシア) 、アメデオ・モディ リアーニ(イタリア)、藤田嗣治(日本) ら外国出身の画家が多数含まれていた。 (注 )PMF:パシフィック・ミュー ジック・フェスティバル。札幌市で毎 年夏に開催されている国際教育音楽祭。 75 ■ 文化振興課主任調査員研究レポート 14 15 12 13 14 15 16 17 イ 都市景観(自然環境、 緑地、歴史的建造物、 街並みなど) ウ パブリックアート(街 の景観に対するアート による関与) 倉敷市では都市景観条例 (注 )を制定して都市景 観を守っている。古くから の景観を守ることは土地の アイデンティティにつなが る。横浜赤レンガ倉庫は、 100年前の経済資本を文 化資本としてよみがえらせ た 例 で あ る。 市 民 の 手 に よって守られている自然は 文化資本と言える。 ❼催事的文化資本 ア 地域に根差した文化芸 術イベント(公演、展 示 会、 フ ェ ス テ ィ バ ル、文化祭、発表会等) イ 地 域 固 有 の お 祭 り、 伝 統芸能、恒例行事等 一定程度恒例行事となっ ているものが文化資本とし て認識される。アでは幅広 いジャンルでの様々な催し にアクセス可能性が高いほ どその自治体の豊かさにつ ながる。札幌のPMF(注 )や瀬戸内国際芸術祭な ど地域を代表するイベント は、その地域のイメージ形 成に大きな役割を果たす。 ❽制度的文化資本 ア 文化振興や環境保護、 地域まちづくり等の条 例・計画等 17 13 ❺人的文化資本 ア 自ら様々な活動をして いる市民、サークル、 文化団体、NPO イ 観客、 参加層、支援者、 コレクター ウ ア ー テ ィ ス ト、 ク リ エーター、職人 エ プロデューサー、コー ディネーター、ファシ リテーター等 オ 当該自治体とつながり が深い国内外の市外の 個人、団体 カ 地域貢献を行う企業、 法人 キ 言語(方言やその土地 で発祥した言葉等) 世紀初頭のパリには、 「エコール・ド・パリ」(注 )と呼ばれたアーティス ト集団が生まれたが、必ず しもパリ出身とは限らな 20 16 11 ❹拠点的文化資本 ア 公立文化施設(狭義の 芸術文化施設だけでな く、教育、青少年、科 学等も含む) イ 民間、個人による文化 拠点(コミュニティカ フェ、ギャラリー等) ウ 学校、教育機関、研究 機関 エ 寺社、 教会、 自治会館、 病院・福祉施設 オ 文化的コモンズ(様々 な拠点や市民団体等の ネットワーク) 近 年、 文 化 施 設 は、 文 化 的 コ モ ン ズ の 拠 点( 注 ) 、あるいは文化による 12 ❿芸術文化資本 ア 美術品、市民によるコ レクション、市が所蔵 するコレクション イ 仏像、天井画等美術品 としての文化財 ウ 当該自治体固有の歌、 伝統的な踊り、衣装、 食・料理、家具等 エ 当該自治体を象徴する 美術品や文学作品 「横浜市歌」などがウの 典型例。エの美術品として は葛飾北斎の「神奈川沖浪 裏」 、文学作品としては大 佛次郎の「霧笛」等。 自治体文化資本がもたら 4 す利益 経済資本は経済的利益を意 図 す る が、 自 治 体 文 化 資 本 は、 都市的利益、 コミュニティ 的利益、経済的利益、個人的 利益をもたらす。 ❶都市的利益 文化は人と人、都市と都市 をつなぐので、世代や立場、 地域的な関係を超えて、自治 体の外へ向けた交流の窓とな る。文化によって地域イメー ジが向上し、都市ブランドが 形成され、シビックプライド (注 )が生まれる。 ❷コミュニティ的利益 18 文化を核とした一体感の醸 成から地域コミュニティの形 成に寄与する。文化的多様性 が実現されることで、小規模 な活動や少数派グループの存 続を可能にする。価値観の多 様化が生きづらさの緩和につ ながり、高齢者や障害者、青 少年、ひきこもり等様々な市 民に居場所を提供する。 ❸経済的利益 文化活動そのものの経済活 動(出演料、作品製作費、技 術スタッフ人件費、舞台装置 費、楽器費等)によって雇用 や 生 産、 消 費 活 動 が 生 ま れ る。集客や実績、評判による 影響によって経済波及効果が 生じる。 ❹個人的利益 文化活動は、感動、癒し、 あ る い は 反 発、 混 乱、 内 省 等、様々な心の動きを生じさ せる。これらによって、自己 実現、市民満足度の向上など がもたらされる。 以上の利益の発現パターン は次のように分類できる。 ア 直接的利益:文化芸術 の も た ら す 感 動、 驚 き、満足等 イ 間 接 的 利 益: 経 済 効 果、文化活動により健 康になる効果等 ウ 隠れた利益:一見効用 がないように見えて、 実は利益があるもの エ 遠方の利益:自治体自 身が気づきにくい遠方 での利益 オ 後世の利益:数年後、 数十年後、数百年後の 効用。文化遺産の価値 の将来への継承、次世 代育成等 カ 少数者の利益:ごく限 られた効果しか生まな いが、自治体の特定の 構成員にとって重要な もの キ 予想外の利益:自治体 の利益に一見反するよ うに見えて、実は長期 的には回復されるも の、またはその逆 自治体文化資本による利益 には、このように多様な発現 パターンがあるため、一見理 解不能な存在であっても、そ れがもたらす様々な可能性を 排除せずに分析、評価しなけ ればならない。 自治体文化資本の維持と 5 形成 ❶担い手=自治の主役 自治体文化資本は、経済資 本と異なり、構成員である市 民による可塑性が高い。自治 体文化資本は、市民自らが選 び取った自治体の姿なのだと も言える。また、自治体文化 資本自体が次世代の担い手を 育み、自治体自身の持続可能 性を支える。 市民が主体的に自治に参画 しようとするのはなぜか。そ れは自らの地域に愛着/執着 を持つ、すなわち帰属意識が あり、この地域でよりよく生 きようとするからである。社 会学者のリチャード・フロリ ダは、創造都市が創造階級に よって「選ばれる」ことで、 人口が流入するという論を展 開 し た( 注 )。 確 か に 創 造 階級と呼ばれる人たちにその ような傾向はみられるかもし れない。しかし実態としては 住む場所を選び取るのではな く、帰属意識によって「住み 続け」ている市民が少なくな い。この帰属意識を生み出す のが、他ならぬ自治体文化資 本なのである。市民は自治体 文化資本を自らの望む形に変 えながら、帰属意識を自ら高 めつつ住み続けるのである。 ❷蓄積方法=文化の形成 文化資本は行政資金の投入 によってのみ蓄積をもたらす わけではない。人と人とのつ ながりをつくろうとする市民 のボランタリーな活動や民間 の企業活動等からも生み出さ 19 ( 注 ) シ ビ ッ ク プ ラ イ ド: そ の 土 地 に対する市民自身の誇りや愛着のこと ( 注 ) リ チ ャ ー ド・ フ ロ リ ダ 著、 井 口典夫訳「クリエイティブ都市論」 (ダ イヤモンド社2009年)他 18 19 調査季報 vol.175・2014.12 ■ 76 ❸芸術文化の役割 これまで述べた自治体文化 資本の様々な側面の中で、狭 義の芸術文化(注 )には特 別な役割があると考えられ る。芸術文化は、創造力が最 も強く反映された存在である とともに、人が対峙した際最 も強く感化されるものの1つ である。その感動体験が共感 を喚起する源になり、文化資 本の求心力と独自性の中核を 担 う こ と に な る。 芸 術 文 化 は、自治体文化資本の全体の 力を押し上げることに貢献す るだろう。 「自治体文化資本」概念 7 の可能性 治と住民自治である。すなわ ち、団体自治は、法令等で定 められた基盤をなす基本的な 構造(議会制民主主義等)で あり、地方分権、大都市制度 などの議論は、団体自治につ いての議論である。一方住民 自治は、住民自らの意思に基 づき自らの地域を治めること である。 団体自治については、基本 的には規模の差を除いてどの 自治体でも同じ構造である。 ある自治体を他の自治体から 区別し得るのは、住民自治に よる政策の要素であり、この 部分は、これまで述べた自治 体文化資本そのものであると 考えられる。 自治体文化資本の量が多く 価値が高いほど、自治体とし ての個性/独自性が強くな る。一方、自治体文化資本が 減少すると、住民の自発的な 発意と責任に基づく住民自治 が弱まる。文化資本が少ない 自治体は、日本国民にとって の生活保障、全国の分割統治 と地方分権という意味での行 政区分としての画一的な「地 方公共団体」に留まるのでは ないか。 カ フ ェ、 子 育 て 支 援 サ ー ク ル、 多 文 化 共 生 の 取 組 み な ど、豊かな自治を構築しよう とする市民の活動が大きな流 れになってきている(注 )。 このような取組の多くは、個 別の行政ジャンルを超えて、 相互に密接な関係を築きつつ ある。私は、これら広義の文 化に含まれる活動を網羅する 自治体文化資本という概念 が、多様な主体による取組の 有機的な相互作用や、時間を 超えて降り積もる効果等を把 握するとともに、持続可能性 の高い自治体像を描くことを 可能にするのではないかと考 えている。 自治体文化資本を市民自ら が育むことは、住民自治の強 化につながるとともに、自治 体としての本当の豊かさ、す なわち、文化的多様性が構築 され、細やかで多層的なネッ トワークを備えた社会を、誰 ひとり排除することなく実現 する大きな流れにもつながっ ていくはずだ。すべての文化 政策は、自治体文化資本の価 値の増大を目指すことになる だろう。そのような文化政策 の 方 向 性 に つ い て は、「 自 治 体文化資本論」として、別の 機会に詳述したい。 ス ロ ス ビ ー は、「 文 化 資 本 が時間が経つにつれて価値を 9 (注 (注 )文化財として指定する等 )ここでは、芸術そのものを指す。 )スロスビー前掲書P (注 ) 藤 本 實 也 著「 原 三 溪 翁 伝 」 思 文閣出版(2009年)P281 92 (注 ) 文 化 観 光 局 の 事 業 で あ る 地 域 文化サポート事業「ヨコハマアートサ イト」でも、福祉、環境等地域課題に 向き合うアートプロジェクトが多数実 施されている。 (注 (注 ) セ ン タ ー 北 駅 の ア ン ゴ ラ の 壁 画を活かした「都筑アートプロジェク ト2014」参照(ヨコハマアートサ イ ト 2 0 1 4 参 加 企 画 )。 第 4 回 ア フ リカ開発会議(2008年)時に設置 された壁画を、地域資源として活用し た。 20 21 22 23 24 す。茲に如何なる最新の計画 をなさろうとも、又如何なる 名画を御書きなろうとも、総 て皆様の御自由であります。 今日は最新の文化を利用する に於て千載一遇の機会を天よ り賦与せられたものと言わね ばならぬ」(注 ) この言葉は、当時と、現在 と、そして未来において、自 治体文化資本は市民自らつく りあげることができる、そし てそうしなければならないと いう希望と責任を示している。 25 落とすがままにしておくこと もできるし、それを維持する こともできるし、あるいは増 大させることもできる」 (注 )と書く。自治体文化資本 にこれを置き換えると、自治 体文化資本の今後のあり方 は、自治体、そして自治体を 構成する市民に託されている といえるのではないだろうか。 1 8 おわりに かつて横浜で、自治体文化 資本のこととは意図せずに、 だが今から見れば自治体文化 資本のことについて真摯に語 られた言葉を引用してこの小 論を終えたい。1923年(大 正 年) 月 日に発生した 関東大震災によって、横浜は 開港以来築いてきた異国情緒 あふれる街並みや都市の基盤 を失い、多くの市民の命が失 われた。しかし壊滅した横浜 で震災直後に発足した横浜市 復興委員会委員長に就任した 原富太郎(三溪)は、同年 月 日の第 回目の会合で次 の よ う に 述 べ た。「 横 浜 市 の 本体は厳然として尚存在して 居るのであります。横浜市の 本体とは市民の精神でありま す、市民の元気であります。 (中略)現在の横浜は全く一 枚の白紙となつたのでありま 77 ■ 文化振興課主任調査員研究レポート れるし、位置づけを与えるだ け で も 蓄 積 さ れ る( 注 ) 。 過去の遺産に頼る必要はな い。最近地域に付加されたも のでも、それを育てようとい う意欲さえあれば、後世に残 す文化資本とすることができ る( 注 ) 。広義の文化を形 成するための取組は、すべて 文化資本の蓄積につながる。 自治体文化資本の様々な要素 が、相互補完/依存関係を構 築することによって、自治体 は文化的多様性と多様な価値 観への寛容性を獲得する。 地方自治体と地方公共団 6 体 横浜では今、コミュニティ 25 9 1 20 地方自治の本旨は、団体自 22 24 12 30 21 23
© Copyright 2025 ExpyDoc