自治体文化資本論のためのスケッチ

文化振興課主任調査員研究レポート
得、ひいては学歴等に及ぼす
影響を論じた。
ブルデューの理論では、文
化資本は、家庭環境で自然と
身につく「身体化された文化
資本」、絵画や書物などの「客
体 化 さ れ た 文 化 資 本 」、 資 格
や学歴などの「制度化された
文化資本」の3つに分類され
る。そしてブルデューは、文
化資本が社会的地位と経済的
利益をもたらすことで、出身
階層(高学歴層、特権階層な
ど)による社会的・経済的格
差が再生産されるとした。
イ スロスビーの定義
文化経済学者のデイヴィッ
ド・スロスビーは、文化資本
を経済学的視点から分析し、
文 化 資 本 を、「 そ れ が 有 す る
経済的価値に加え、文化的価
値を具体化し、蓄積し、供給
する資産」と定義(注5)し、
「文化資本は文化的価値と経
済的価値の双方を生み出すの
に 対 し て、『 普 通 の 』 資 本 は
経済的価値しかもたらさな
い」(注6)とした。
ま た ス ロ ス ビ ー は、「 多 様
性は、文化資本の重要な属性
である。なぜなら、それは新
しい資本を生み出す能力を
持っているからである。たと
えば、創造的な活動が文化資
源の既存のストックを踏まえ
ているのであれば、資源が多
様であればあるほど、将来生
み出される芸術作品も、より
多様でより文化的に貴重なも
のになるだろう。」(注7)と
述べている。
文化資本は社会・経済活動
とも結びついていることか
ら、「 文 化 遺 産 を 老 朽 化 さ せ
た り、 人 々 に ア イ デ ン テ ィ
ティの意味をもたらすような
文化的価値を支え損ねたり、
有 形・ 無 形 の 文 化 資 本 の ス
トックを維持したり増大させ
たりするために必要とされる
投資を怠ったりするなど、文
化資産をないがしろにする
と、文化システムを危険にさ
らすことになるだろうし、シ
ステム崩壊を引き起こして厚
生 的・ 経 済 的 産 出 の 喪 失 と
いう結果になるかもしれな
い。」(注8)とも記している。
執筆
文化観光局文化振興課主任調査員
鬼木 和浩
(注1)「横浜市文化芸術創造都市施策
の 基 本 的 な 考 え 方 」( 平 成 年 月 発
行 横 浜 市 文 化 観 光 局 ) P 4、 太 字 は
筆者。
( 注 4) ブ ル デ ュ ー & パ ス ロ ン 著 石 井
洋二郎監訳「遺産相続者たち学生と文
化」藤原書店1997年P
( 注 3) こ こ で は 広 義 の 文 化 政 策 を 指
す。文化芸術のみではなく広義の文化
を対象。行政のみではなく、様々な民
間団体、個人が行っていることを含む。
( 注 2) 文 化 の 定 義 と し て は 本 稿 で は
広義の文化を指し、ユネスコによる次
の 定 義 に 基 づ く。「 文 化 と は、 特 定 の
社会または社会集団に特有の、精神的、
物質的、知的、感情的特徴をあわせた
ものであり、また、文化とは、芸術・
文学だけではなく、生活様式、共生の
方法、価値観、伝統及び信仰も含むも
の で あ る 」( ユ ネ ス コ 文 化 的 多 様 性 に
関する世界宣言2001より)
12
ど、 広 義 の 文 化 を ス ト ッ ク
(資産)としても分析するこ
とで、文化政策(注3)の射
程の全体像を明らかにできる
と考えるためである。
2 自治体文化資本とは何か
❶文化資本概念
これまでの社会学や経済学
で 用 い ら れ て い る「 文 化 資
本」とは何を指すか。これに
ついては、以下の2人が提示
した概念が代表的なものであ
る。
ア ブルデューの定義
「最も恵まれた学生たち
は、自分の出身環境から、勉
学に役立つようなもろもろの
習慣、訓練、姿勢などを受け
取るだけではない。彼らはま
た、知識やノウハウ、嗜好や
『良い趣味』をも受け継ぐの
であり、それらは学校におい
て、間接的ではあるが前者に
劣らず確実な利益をもたら
す」
。
(注4)社会学者のブル
デューは、このように、文化
資 本 が 人 格 形 成、 教 養 の 獲
(注5)デイヴィッド・スロスビー著、
中谷武雄・後藤和子監訳「文化経済学
入門」
( 日 本 経 済 新 聞 社 2 0 0 2) 前
掲書P
(注6)スロスビー前掲書P
(注7)スロスビー前掲書P
73 ■ 文化振興課主任調査員研究レポート
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自治体文化資本論のためのスケッチ
12
1 はじめに
文化は、自治体の財産であ
るとともに、自治体の本体そ
のものでもある。
平成 年 月に策定された
「横浜市文化芸術創造都市施
策の基本的な考え方」には、
「今後は、都心部のみならず
市内全域において、様々な文
化 資 本( 文 化 施 設 や 文 化 団
体、アーティスト、歴史、自
然、
景観など)をさらに発掘・
蓄 積・ 支 援 す る 」
( 注 1) と
ある。
本稿は、自治体自身の文化
的な資産(有形・無形)の総
体を「自治体文化資本」と位
置付け、その概念の意義を掘
り 下 げ よ う と す る 試 み( ス
ケッチ)である。(注2)
「資本」という概念に着目
するのは、文化政策をフロー
(原因と結果、事業実施と評
価、収支等)としてのみ分析
するのではなく、堆積する歴
史、徐々に醸成され空気のよ
うに存在する市民意識、多層
的で持続的なネットワークな
24
自治体文化資本は、経済活
動のみならず、市民自らの創
造活動や社会的活動等様々な
活動によって資本自体が蓄
積、再生産される。自治体文
化資本の根本的な創出の源は
市民そのものであるから、意
欲ある市民がいる限り、資本
創出の可能性は尽きることが
ない。
ウ 他の自治体との差異化
自治体文化資本は他の自治
体との差異を形づくる。自治
体文化資本の増大は自治体と
しての独自性を強める。
ブルデューの文化資本概念
と自治体文化資本を比較する
と表1のようになる。また、
経済資本との比較は表 のと
おりである。自治体文化資本
は、 市 民 が 自 己 決 定 で き る
点、公共性が高い点で、他の
資本概念と区別される。
3 自治体文化資本の構成要素
自治体文化資本は、以下に
見るような多様な要素により
構成されている。具体的な事
例がすべて類別できるわけで
はなく、複数の要素を兼ねて
いる場合もある。これらの要
素が有機的に結びついて、全
体として自治体文化資本を構
成する。多くの要素は、政策
や事業のアウトプットという
よりは、アウトカム的なもの
である。
❶社会的文化資本
ア 地域固有の慣習、市民
意識・気質
イ 社 会 関 係 資 本( ソ ー
シャル・キャピタル)
(注 )
ウ 社会構成(年代分布、
新住民、外国にルーツ
を持つ人々等)
エ 地域における政治思
想、宗教構成
オ 都市イメージ/都市ブ
ランド
ウの社会構成は、多文化
共生の取組等を経て、文化
的多様性をもたらすものと
なり得る。
❷経済的文化資本
ア 地場産業、特産物等そ
の土地独自の経済活動
イ コミュニティ経済(地
域経済としての商店
街、小規模書店、直販
所等)
ウ 創造的産業(都市の創
造性に着目して集積す
る企業等)
10
❸空間的文化資本
ア 地理特性(自治体の大
きさ、隣接地の状況、
交通状況)
(注8)スロスビー前掲書P
( 注 9) 平 田 オ リ ザ 氏 は、 日 本 の 文 化
行 政 予 算 の 少 な さ に つ い て、
「緩慢な
る 文 化 破 壊 」 と 指 摘 し、「 現 代 社 会 に
おいて文化は、不断の努力によって持
続させなければ、やがては衰退する」
と 述 べ て い る。( 平 田 オ リ ザ 著「 新 し
い広場をつくる─市民芸術概論綱要」
岩波書店2013年P3)
99
(注 )社会関係資本(ソーシャル・キャ
ピ タ ル ) は、
「人々の間の協調的な行
動を促す『信頼』
『互酬性の規範』
『ネッ
トワーク(絆)
』をさす。
」と定義され
ている。(稲葉陽二著「ソーシャル・キャ
ピタル入門 孤立から絆へ」中公新書
2011年P )
23
❷自治体文化資本
では自治体の文化資本とは
何か。ブルデューが定義した
文化資本では、社会的/経済
的格差の再生産の源となる
が、 自 治 体 が こ れ を 備 え る
時、それは社会的に共有され
た財産であることから、自治
体自身の社会的/経済的活動
を触発する。
また、
スロスビー
の唱える文化資本を自治体に
あてはめると、自治体に蓄え
られた経済資本以外の様々な
価値(文化的価値)を示すこ
とになる。
自治体文化資本に含まれる
要素は、資本と呼ばれる以上
は、一過性のものではなく、
持続した存在であることが必
要である。
❸自治体文化資本の特徴
ア 社会経済情勢による影響
からの一定の独立
自治体文化資本は、人口減
少、景気低迷などの社会経済
情勢から一定の独立を保って
いる存在である。とはいえ、
自治体文化資本は、独自性を
保持する指向に対する外的阻
害要因(グローバリズム、東
京一極集中、過度な市場化な
ど)に絶えずさらされてお
り、投資を見送る等放置すれ
ば減少傾向へ向かう。(注9)
イ 持続可能な資源
表2 経済資本と自治体文化資本の比較
10
2
表1 ブルデューの文化資本
と自治体文化資本の比較
調査季報 vol.175・2014.12 ■ 74
ソーシャルインクルージョ
ン(注 )を推進するため
の社会機関(注 )として
の位置づけを要請されてい
る。東日本大震災の際に、
いわき市の「いわき芸術文
化交流館アリオス」は、避
難所として緊急的に被災者
の受け入れを行いながら、
文化芸術によるコミュニ
ティの回復を目指す活動を
継続した(注 )。
かった。その地で育った人
材であれば文化資本に加え
ることができる。
❻時間的文化資本
ア 過去の歴史的出来事、
建造物等
イ 地域の伝説、昔話、古
い地名
ウ 将 来 の 計 画( オ リ ン
ピック等大型イベント
開催、周年事業)
イ 文化芸術創造活動や市
民活動に対する支援制
度(官民問わず)
ウ アウトリーチ等文化活
動へのアクセス保障
エ 様々な団体等によるプ
ラットフォーム
オ 芸術的才能を生み出す
大学、養成所、お稽古
事の教室等
カ コ ン ク ー ル、 コ ン ペ
ティション等次世代発
掘育成システム
エでの代表例としては横
浜市芸術文化教育プラット
フォームを挙げる。学校で
の芸術文化体験を実施する
ための市内諸団体、施設等
が参加するネットワークで
ある。
❾情報文化資本
ア データ(オープンデー
タ、アーカイブ等)
イ 図書館所蔵資料、歴史
資料・郷土資料
ウ デジタルネットワーク
上のコミュニティ(地
域を拠点とするもの)
インターネット上のデー
タは必ずしも地域固有のも
のではないが、それが発信
元たるリアルな地域と結び
ついている場合には情報面
での文化資本と成り得る。
(注 )倉敷市都市景観条例は平成
年1月1日施行
22
(注 )一般財団法人地域創造が平成
年3月に発行した「災後における地
域の公立文化施設の役割に関する調査
研究報告書―文化的コモンズの形成に
向 け て ─ 」 で 提 示 さ れ た 概 念。
「地域
の共同体の誰もが自由に参加できる入
会地のような文化的営みの総体」を文
化的コモンズと定義。
11
( 注 ) 社 会 的 包 摂 の こ と。 様 々 な 境
遇にある人たちに社会参加の機会を提
供する。
26
(注 )場所を貸す施設というだけで
はなく、社会と積極的に結びつき、地
域住民とのかかわりを深めていくこと
をミッションとする。
( 注 ) ニ ッ セ イ 基 礎 研 究 所、 い わ き
芸術文化交流館アリオス著「文化から
の復興 市民と震災といわきアリオス
と」 文
( 化とまちづくり叢書 2012
年 に
) 詳しい。
(注 )
エコール・ド・パリには、マルク・
シャガール
(ロシア)
、アメデオ・モディ
リアーニ(イタリア)、藤田嗣治(日本)
ら外国出身の画家が多数含まれていた。
(注 )PMF:パシフィック・ミュー
ジック・フェスティバル。札幌市で毎
年夏に開催されている国際教育音楽祭。
75 ■ 文化振興課主任調査員研究レポート
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17
イ 都市景観(自然環境、
緑地、歴史的建造物、
街並みなど)
ウ パブリックアート(街
の景観に対するアート
による関与)
倉敷市では都市景観条例
(注 )を制定して都市景
観を守っている。古くから
の景観を守ることは土地の
アイデンティティにつなが
る。横浜赤レンガ倉庫は、
100年前の経済資本を文
化資本としてよみがえらせ
た 例 で あ る。 市 民 の 手 に
よって守られている自然は
文化資本と言える。
❼催事的文化資本
ア 地域に根差した文化芸
術イベント(公演、展
示 会、 フ ェ ス テ ィ バ
ル、文化祭、発表会等)
イ 地 域 固 有 の お 祭 り、 伝
統芸能、恒例行事等
一定程度恒例行事となっ
ているものが文化資本とし
て認識される。アでは幅広
いジャンルでの様々な催し
にアクセス可能性が高いほ
どその自治体の豊かさにつ
ながる。札幌のPMF(注
)や瀬戸内国際芸術祭な
ど地域を代表するイベント
は、その地域のイメージ形
成に大きな役割を果たす。
❽制度的文化資本
ア 文化振興や環境保護、
地域まちづくり等の条
例・計画等
17
13
❺人的文化資本
ア 自ら様々な活動をして
いる市民、サークル、
文化団体、NPO
イ 観客、
参加層、支援者、
コレクター
ウ ア ー テ ィ ス ト、 ク リ
エーター、職人
エ プロデューサー、コー
ディネーター、ファシ
リテーター等
オ 当該自治体とつながり
が深い国内外の市外の
個人、団体
カ 地域貢献を行う企業、
法人
キ 言語(方言やその土地
で発祥した言葉等)
世紀初頭のパリには、
「エコール・ド・パリ」(注
)と呼ばれたアーティス
ト集団が生まれたが、必ず
しもパリ出身とは限らな
20
16
11
❹拠点的文化資本
ア 公立文化施設(狭義の
芸術文化施設だけでな
く、教育、青少年、科
学等も含む)
イ 民間、個人による文化
拠点(コミュニティカ
フェ、ギャラリー等)
ウ 学校、教育機関、研究
機関
エ 寺社、
教会、
自治会館、
病院・福祉施設
オ 文化的コモンズ(様々
な拠点や市民団体等の
ネットワーク)
近 年、 文 化 施 設 は、 文
化 的 コ モ ン ズ の 拠 点( 注
)
、あるいは文化による
12
❿芸術文化資本
ア 美術品、市民によるコ
レクション、市が所蔵
するコレクション
イ 仏像、天井画等美術品
としての文化財
ウ 当該自治体固有の歌、
伝統的な踊り、衣装、
食・料理、家具等
エ 当該自治体を象徴する
美術品や文学作品
「横浜市歌」などがウの
典型例。エの美術品として
は葛飾北斎の「神奈川沖浪
裏」
、文学作品としては大
佛次郎の「霧笛」等。
自治体文化資本がもたら
4 す利益
経済資本は経済的利益を意
図 す る が、 自 治 体 文 化 資 本
は、
都市的利益、
コミュニティ
的利益、経済的利益、個人的
利益をもたらす。
❶都市的利益
文化は人と人、都市と都市
をつなぐので、世代や立場、
地域的な関係を超えて、自治
体の外へ向けた交流の窓とな
る。文化によって地域イメー
ジが向上し、都市ブランドが
形成され、シビックプライド
(注 )が生まれる。
❷コミュニティ的利益
18
文化を核とした一体感の醸
成から地域コミュニティの形
成に寄与する。文化的多様性
が実現されることで、小規模
な活動や少数派グループの存
続を可能にする。価値観の多
様化が生きづらさの緩和につ
ながり、高齢者や障害者、青
少年、ひきこもり等様々な市
民に居場所を提供する。
❸経済的利益
文化活動そのものの経済活
動(出演料、作品製作費、技
術スタッフ人件費、舞台装置
費、楽器費等)によって雇用
や 生 産、 消 費 活 動 が 生 ま れ
る。集客や実績、評判による
影響によって経済波及効果が
生じる。
❹個人的利益
文化活動は、感動、癒し、
あ る い は 反 発、 混 乱、 内 省
等、様々な心の動きを生じさ
せる。これらによって、自己
実現、市民満足度の向上など
がもたらされる。
以上の利益の発現パターン
は次のように分類できる。
ア 直接的利益:文化芸術
の も た ら す 感 動、 驚
き、満足等
イ 間 接 的 利 益: 経 済 効
果、文化活動により健
康になる効果等
ウ 隠れた利益:一見効用
がないように見えて、
実は利益があるもの
エ 遠方の利益:自治体自
身が気づきにくい遠方
での利益
オ 後世の利益:数年後、
数十年後、数百年後の
効用。文化遺産の価値
の将来への継承、次世
代育成等
カ 少数者の利益:ごく限
られた効果しか生まな
いが、自治体の特定の
構成員にとって重要な
もの
キ 予想外の利益:自治体
の利益に一見反するよ
うに見えて、実は長期
的には回復されるも
の、またはその逆
自治体文化資本による利益
には、このように多様な発現
パターンがあるため、一見理
解不能な存在であっても、そ
れがもたらす様々な可能性を
排除せずに分析、評価しなけ
ればならない。
自治体文化資本の維持と
5 形成
❶担い手=自治の主役
自治体文化資本は、経済資
本と異なり、構成員である市
民による可塑性が高い。自治
体文化資本は、市民自らが選
び取った自治体の姿なのだと
も言える。また、自治体文化
資本自体が次世代の担い手を
育み、自治体自身の持続可能
性を支える。
市民が主体的に自治に参画
しようとするのはなぜか。そ
れは自らの地域に愛着/執着
を持つ、すなわち帰属意識が
あり、この地域でよりよく生
きようとするからである。社
会学者のリチャード・フロリ
ダは、創造都市が創造階級に
よって「選ばれる」ことで、
人口が流入するという論を展
開 し た( 注 )。 確 か に 創 造
階級と呼ばれる人たちにその
ような傾向はみられるかもし
れない。しかし実態としては
住む場所を選び取るのではな
く、帰属意識によって「住み
続け」ている市民が少なくな
い。この帰属意識を生み出す
のが、他ならぬ自治体文化資
本なのである。市民は自治体
文化資本を自らの望む形に変
えながら、帰属意識を自ら高
めつつ住み続けるのである。
❷蓄積方法=文化の形成
文化資本は行政資金の投入
によってのみ蓄積をもたらす
わけではない。人と人とのつ
ながりをつくろうとする市民
のボランタリーな活動や民間
の企業活動等からも生み出さ
19
( 注 ) シ ビ ッ ク プ ラ イ ド: そ の 土 地
に対する市民自身の誇りや愛着のこと
( 注 ) リ チ ャ ー ド・ フ ロ リ ダ 著、 井
口典夫訳「クリエイティブ都市論」
(ダ
イヤモンド社2009年)他
18
19
調査季報 vol.175・2014.12 ■ 76
❸芸術文化の役割
これまで述べた自治体文化
資本の様々な側面の中で、狭
義の芸術文化(注 )には特
別な役割があると考えられ
る。芸術文化は、創造力が最
も強く反映された存在である
とともに、人が対峙した際最
も強く感化されるものの1つ
である。その感動体験が共感
を喚起する源になり、文化資
本の求心力と独自性の中核を
担 う こ と に な る。 芸 術 文 化
は、自治体文化資本の全体の
力を押し上げることに貢献す
るだろう。
「自治体文化資本」概念
7 の可能性
治と住民自治である。すなわ
ち、団体自治は、法令等で定
められた基盤をなす基本的な
構造(議会制民主主義等)で
あり、地方分権、大都市制度
などの議論は、団体自治につ
いての議論である。一方住民
自治は、住民自らの意思に基
づき自らの地域を治めること
である。
団体自治については、基本
的には規模の差を除いてどの
自治体でも同じ構造である。
ある自治体を他の自治体から
区別し得るのは、住民自治に
よる政策の要素であり、この
部分は、これまで述べた自治
体文化資本そのものであると
考えられる。
自治体文化資本の量が多く
価値が高いほど、自治体とし
ての個性/独自性が強くな
る。一方、自治体文化資本が
減少すると、住民の自発的な
発意と責任に基づく住民自治
が弱まる。文化資本が少ない
自治体は、日本国民にとって
の生活保障、全国の分割統治
と地方分権という意味での行
政区分としての画一的な「地
方公共団体」に留まるのでは
ないか。
カ フ ェ、 子 育 て 支 援 サ ー ク
ル、 多 文 化 共 生 の 取 組 み な
ど、豊かな自治を構築しよう
とする市民の活動が大きな流
れになってきている(注 )。
このような取組の多くは、個
別の行政ジャンルを超えて、
相互に密接な関係を築きつつ
ある。私は、これら広義の文
化に含まれる活動を網羅する
自治体文化資本という概念
が、多様な主体による取組の
有機的な相互作用や、時間を
超えて降り積もる効果等を把
握するとともに、持続可能性
の高い自治体像を描くことを
可能にするのではないかと考
えている。
自治体文化資本を市民自ら
が育むことは、住民自治の強
化につながるとともに、自治
体としての本当の豊かさ、す
なわち、文化的多様性が構築
され、細やかで多層的なネッ
トワークを備えた社会を、誰
ひとり排除することなく実現
する大きな流れにもつながっ
ていくはずだ。すべての文化
政策は、自治体文化資本の価
値の増大を目指すことになる
だろう。そのような文化政策
の 方 向 性 に つ い て は、「 自 治
体文化資本論」として、別の
機会に詳述したい。
ス ロ ス ビ ー は、「 文 化 資 本
が時間が経つにつれて価値を
9
(注
(注
)文化財として指定する等
)ここでは、芸術そのものを指す。
)スロスビー前掲書P
(注 ) 藤 本 實 也 著「 原 三 溪 翁 伝 」 思
文閣出版(2009年)P281
92
(注 ) 文 化 観 光 局 の 事 業 で あ る 地 域
文化サポート事業「ヨコハマアートサ
イト」でも、福祉、環境等地域課題に
向き合うアートプロジェクトが多数実
施されている。
(注
(注 ) セ ン タ ー 北 駅 の ア ン ゴ ラ の 壁
画を活かした「都筑アートプロジェク
ト2014」参照(ヨコハマアートサ
イ ト 2 0 1 4 参 加 企 画 )。 第 4 回 ア フ
リカ開発会議(2008年)時に設置
された壁画を、地域資源として活用し
た。
20
21
22
23
24
す。茲に如何なる最新の計画
をなさろうとも、又如何なる
名画を御書きなろうとも、総
て皆様の御自由であります。
今日は最新の文化を利用する
に於て千載一遇の機会を天よ
り賦与せられたものと言わね
ばならぬ」(注 )
この言葉は、当時と、現在
と、そして未来において、自
治体文化資本は市民自らつく
りあげることができる、そし
てそうしなければならないと
いう希望と責任を示している。
25
落とすがままにしておくこと
もできるし、それを維持する
こともできるし、あるいは増
大させることもできる」
(注
)と書く。自治体文化資本
にこれを置き換えると、自治
体文化資本の今後のあり方
は、自治体、そして自治体を
構成する市民に託されている
といえるのではないだろうか。
1
8 おわりに
かつて横浜で、自治体文化
資本のこととは意図せずに、
だが今から見れば自治体文化
資本のことについて真摯に語
られた言葉を引用してこの小
論を終えたい。1923年(大
正 年) 月 日に発生した
関東大震災によって、横浜は
開港以来築いてきた異国情緒
あふれる街並みや都市の基盤
を失い、多くの市民の命が失
われた。しかし壊滅した横浜
で震災直後に発足した横浜市
復興委員会委員長に就任した
原富太郎(三溪)は、同年
月 日の第 回目の会合で次
の よ う に 述 べ た。「 横 浜 市 の
本体は厳然として尚存在して
居るのであります。横浜市の
本体とは市民の精神でありま
す、市民の元気であります。
(中略)現在の横浜は全く一
枚の白紙となつたのでありま
77 ■ 文化振興課主任調査員研究レポート
れるし、位置づけを与えるだ
け で も 蓄 積 さ れ る( 注 )
。
過去の遺産に頼る必要はな
い。最近地域に付加されたも
のでも、それを育てようとい
う意欲さえあれば、後世に残
す文化資本とすることができ
る( 注 )
。広義の文化を形
成するための取組は、すべて
文化資本の蓄積につながる。
自治体文化資本の様々な要素
が、相互補完/依存関係を構
築することによって、自治体
は文化的多様性と多様な価値
観への寛容性を獲得する。
地方自治体と地方公共団
6 体
横浜では今、コミュニティ
25
9
1
20
地方自治の本旨は、団体自
22
24
12
30
21
23