化学Ⅱ 第10章 ハロアルカンの求核置換反応 1.求核置換反応のメカニズム 1.1. ハロアルカンのアルコールへの変換 1.2. SN2反応 1.3. SN1反応 1.4. SN2反応とSN1反応の比較 2.反応の競合と脱離反応 2.1. SN2反応とSN1反応が混在する場合 2.2. 脱離反応(E1反応とE2反応) 2.3. ザイツェフ則 2.4. カルボカチオンの転移 1.1. ハロアルカンのアルコールへの変換 ハロアルカンへの求核置換反応 R3 R2 C R3 X + Nu R2 R1 Nu + C X R1 Xはハロゲン:F, Cl, Br, I; Nuは求核剤 C F C Cl C • ハロゲン化された炭素(ハロアル カン)は誘起効果により正電荷に 偏っている • ハロアルカンは求核攻撃を受けて 置換反応を起こす • 放出されるXを脱離基、付加する Nuを求核剤という Br C I 原子 電気陰性度 C 2.55 F 3.98 Cl 3.16 Br 2.96 I 2.66 1.1. ハロアルカンのアルコールへの変換 求核置換反応の二つの反応様式 R1 R2 R2 R1 Br HO Br HO R3 HO R1 R2 + Br R3 R3 遷移状態 R2 R1 R2 R1 + Br R3 Br OH R2 R1 OH R3 R3 中間体 遷移状態 エネルギー 出発物 出発物 生成物 反応経過 中間体 生成物 1.2. SN2反応 SN2反応 H H Br H H + H + OH H OH Br (ブロモメタンと水酸化物イオンの反応) HH HH Br HO H HH Br HO H + HO H 遷移状態 • 求核剤がハロアルカンに求核攻撃することで遷移状態を経由 して生成物が生じる • 求核攻撃から臭化物イオンの脱離までの共有結合の形成と 切断が同時に進行する ⇒ 一段階反応 Br 1.2. SN2反応 SN2反応の特徴 • ハロアルカンの置換数による反応性 H H H C Br > H3C C Br > H3C CH3 C H H H メチル 一級 二級 Br CH3 >> H3C C Br CH3 三級 SN2反応は置換基が少ない方が反応性が高い HH HH OH Br H H HO HH Br CH3 + HO Br H H 遷移状態 置換基が多いと ・ 求核攻撃をする隙間がなくなる(反応確立の減少) ・ また遷移状態でも窮屈で不安定な構造となる(活性化エネルギーの増加) 1.2. SN2反応 SN2反応の特徴2 • 生成物の立体化学 R2 R1 Br R3 + R1 R2 + OH HO R2 Br SN2反応では生成物の立体化学が反転する H3C H3C H H OH H3CH2C Br HO H Br CH2CH3 HO CH3 + CH2CH3 遷移状態 脱離するハロゲンの逆側から求核剤は攻撃するため、新しく作られる結合 は元々の炭素-ハロゲン結合と炭素を挟んで逆側になる。 Br 1.3. SN1反応 SN1反応 H3C H3C CH3 Br H3C + CH3 + OH H3C OH Br (tert-butyl bromideと水酸化物イオンの反応) H3C CH3 H3C Br H3C CH3 + CH3 Br OH H3C CH3 OH H3C 中間体 • ハロアルカンからのハロゲンの脱離が起きて中間体が生じる • 求核剤が中間体に求核攻撃して生成物が生じる • 結合の切断と形成が順番に進行する ⇒ 二段階反応 1.3. SN1反応 SN1反応の特徴 • ハロアルカンの置換数による反応性 H H H C Br < H3C H メチル C Br << CH3 H3C C H H 一級 二級 Br CH3 < H3C C Br CH3 三級 SN1反応では置換基が多いほど反応性が高い CH3 H3C C CH3 Br 超共役の効果で置換基が 多いほど中間体のカチオン が安定化する (不安定なカチオンは出来 にくい) H H CH2 H2C H C H2C H CH2 H H + H CH2 H2C H C CH2 H CH2 C CH2 H2C C + H CH2 H CH2 + H 1.3. SN1反応 SN1反応の特徴2 • 生成物の立体化学 R2 R1 Br R3 + R1 R2 + OH HO R2 Br SN1反応では生成物の立体化学は混ざってしまう HO CH3 CH3 CH3 HO H3C CH3 CH3 OH H3C CH3 OH H3C 中間体 中間体の左右どちらから求核剤が攻撃するかが立体を決定する ・ 中間体は平面上分子なので、左右の確率は変わらない 1.4. SN2反応とSN1反応の比較 SN2反応とSN1反応の比較 SN2反応 SN1反応 反応性 メチル>一級>二級≫三級 メチル<一級≪二級<三級 立体化学 反転 混ざる まとめると、ハロアルカンが求核置換反応を起こす場合 H H CH3 H C Br H3C C Br H3C C Br メチル、一級、二級 の場合はSN2反応 H H H で立体化学が反転 メチル 一級 二級、三級の場合はSN1反応 H3C 立体化学は混ざる(S体とR 体が両方できる) 二級 CH3 C H 二級 Br CH3 < H3C C Br CH3 三級 2.1. SN2反応とSN1反応が混在する場合 SN2, SN1反応両方が可能な二級のハロアルカンは? その他の色々な要因によりSN2反応が優先されるか、 SN1反応が優 先されるかが決まります。 SN2反応とSN1反応を決定する因子 • 出発物の構造 メチル、第一級=SN2反応 二級= SN2反応とSN1反応 三級= SN1反応 • 反応に使う溶媒 極性溶媒 (水、アルコールなど): SN1反応 非極性溶媒 (四塩化炭素、飽和炭化水素など): SN2反応 • ハロゲンの種類 ヨウ素>臭素>塩素>フッ素 の順にSN1反応が進みやすい ハロゲン以外の求核置換反応を起こす置換基と水酸化物 イオン以外の求核剤 H H H + H X H Nu + Nu H X X:脱離基 OH2 Nu:求核剤 I Br OSO2R Cl F NMe3 RO N ROH N RNH2 ハロアルカンと水酸化物イオン以外の組み合わせでも置換反応 や脱離反応の仕組みは同じ 求核置換反応 どんな構造が脱離基として働くのか? (脱離反応を起こす分子はどのような構造 をもっているのか?) 脱離基の性質を知る前に 分子の平衡と偏り 偏りには大きな差があるが、分子は平衡状態で存在している。 + H3O NH4 H2SO4 H2O HO NH3 NH2 2 SO4 HSO4 HBr H2 C Br CH3 + H O C H H H O C H H H + H 脱離基の性質を知る前に 共役酸と共役塩基 水分子の平衡状態をブロンステッドの酸塩基理論に当てはめると + H2O H3O HO H2OはHO-との平衡が成立している際は「酸」 H2OはH3O+との平衡が成立している際は「塩基」 HO H2O + HO + H2O + H3O H2O + H また酸と塩基の平衡を逆に考えると 「 HO- 」は『塩基』 「 H3O+ 」は『酸』 として扱えることが分かる それぞれ 共役塩基 共役酸 と呼ぶ 補足 復習:ブロンステッドの酸塩基の定義 酸: 水素イオン(H+)の供与体 (塩酸、硫酸、酢酸など) 塩基: 水素イオン(H+)の受容体 (アンモニア、炭酸ナトリウムなど) 酸 HA 塩基 B + H2O A + H+ HO + BH+ 求核置換反応 酸・塩基平衡と脱離基としての働き HO Br O O CH3 CH O3 S O O O OH + H2O Cl S CH3 O + - HCl + HO O + OCH3 O + H2O Br HO O S CH3 O CH3 + HO S O 脱離して溶液中に放出されてた構造が、その共役酸よりも安定に存 在できる構造の場合、脱離基として働く。 求核置換反応 補足例:水酸基の場合 OH + HO H3C 中性 × CH3 H3C O CH3 + 酸性 OH + HO H3C CH3 H H3C O CH3 水酸基は中性では脱離基として働かないが、酸性では脱離基 として働く。 + HO H3C O H H3C O H + HO CH3 H3C O CH3 + O H CH3 H3C O CH3 + O H H 遊離する脱離基が異なる。 H HO + H2O H2O + H2O H2O + HO + H3O + HO 求核置換反応 化学平衡と求核剤としての働き H3C Br + 塩基性 HO CH3 H3C O CH3 H3C O CH3 酸性 H3C OH + HO CH3 酸性 HO CH3 + H Acid 塩基性 HO CH3 + Base H2O CH3 + Acid O CH3 + Base-H 平衡の中で求核性高い方の分子種(より電子が余っている 方)が求核攻撃を行う。 2.2. 脱離反応(E1反応とE2反応) 脱離反応 H - CH3 CH3 HO 付加反応 H3C Br H3C - HO H OH CH3 脱離反応 H3C H 脱離基と求核剤を用いた反応では、求核剤が炭素に求核攻撃 する付加反応ではなく、脱離基に隣接する水素原子に対して 求核攻撃することで起きる脱離反応も進行する。 脱離反応にも二種類の反応過程が存在する。 2.2. 脱離反応(E1反応とE2反応) 脱離反応 E1反応 H H H3C H HO CH3 Br H H3C H H H3C H CH3 H CH3 中間体 ハロゲンの脱離により中間体がつくられ、その後隣の炭素から塩基によって 水素原子が引き抜かれると同時に二重結合がつくられる E2反応 HO H H3C H H CH3 Br HO H H3C H H CH3 Br H3C H H CH3 ハロゲンの置換している炭素の隣の炭素から、塩基により水素原子の引き抜 き、二重結合の形成、ハロゲンの脱離が連続して起こる(協奏反応) 脱離反応の特徴 脱離反応の立体選択性 E1反応:立体化学(E体、Z体が生成する) H H3C H H CH3 Br CH2CH3 H3C H H3C H CH3 CH2CH3 H H3C H3CH2C CH3 Z体 H CH3 中間体 CH2CH3 H CH3 H H C 軸で回転 3 CH2CH3 H3C CH3 H H3CH2C E体 脱離反応の特徴 脱離反応の立体選択性 E2反応:立体化学( E体、Z体は元の立体化学に依存する) HO H H3CH2C H CH3 Br CH3 HO H H3CH2C H CH3 Br CH3 H H3CH2C H3C CH3 E体 - HO H CH3 H H3CH2C Br CH3 HO H H3CH2C CH3 H H3CH2C Br H3C CH3 CH3 H Z体 脱離する水素原子(H)と脱離基(Br)は必ずアンチ配座になって いる必要があるため、最初の立体配置に依存してE体、Z体が 生成する。 2.3. ザイツェフ則 脱離反応による生成物の選択制(ザイツェフ則) B H H CH CH2 Br 二級のハロゲンからの脱離反応では二種類の生成物が生じる可能性がある > 二種類の生成物のうち、二重結合でのアルキル置換基の数が多 い異性体の方が優先してつくられる ザイツェフ則 2.4. カルボカチオンの転移 アルキル基の転移反応 出発物 Br 二級カルボカチオン 三級カルボカチオン OH 生成物 OH 転移反応 ・SN1反応、E1反応の中間体カルボカチオンにおいて、隣の炭素か ら水素原子(教科書参照)やアルキル置換基が移動してくること ・転移反応が起こるのは基本的に転移後にカルボカチオンが安定 化される場合 ・小さい原子団ほど転移しやすい(H > Me >> 他)
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