気管切開がある重症心身障害児の腹臥位を考える -変形・拘縮のある一事例での取り組み- 竹信清美,池田さやか,伊藤亜紀,諏訪加代子,溝内育子,大島瑞穂,逸見恵子 国立病院機構南岡山医療センター つくし 1 病棟 【はじめに】 重症心身障害児(者) (以下重症児)に対し、腹臥位を実施している施設は多くある。当病棟でも緊張緩和 や排痰目的で実施している。対象となる重症児は、筋緊張の異常で骨や膝関節の変形や拘縮が進み、下肢を 伸展する事が困難であり、腹臥位をとることにより加重がかかることで骨折の危険性が考えられた。さらに 気管切開チューブ挿入ということで、チューブの閉塞・抜去の恐れから、日常生活の援助に腹臥位を容易に 取り入れることが出来ていなかった。先行研究では、長期間実施された腹臥位によりリラクゼーション・緊 張緩和や脊柱側彎変形の進行遅延などが報告されている。成長期に大きく進行していく変形や拘縮に対し、 予防は難しいが遅らせることが可能であれば取り組んでいく必要があると考え、対象にとって安全・安楽な 腹臥位を、理学療法士(以下 PT)と共に検討したのでここに報告する。 【目的】 ・気管切開のある重症児にとって安全・安楽な腹臥位がとれる。 ・看護師が安全に腹臥位を継続してできる。 ・腹臥位によりリラクゼーションが得られる。 【研究方法】 1. 対象 <患者紹介> 10 歳、溺水後遺状態、無酸素脳症、症候性てんかんの男児。呼吸障害あり気管切開中。混合型四肢麻痺 あり、大島分類I。鈴木スコア 32 点の超重症児である。遠城寺発達レベルは 4.5 ヶ月である。 <臨床症状> 身長;103cm 体重;13.9kg、痰量が多く、時に、SpO292%未満になり酸素 0.5 ㍑で吸入している。38℃ ~39℃の発熱が月に 1 度程度ある。側彎は 18 度であるが、胸椎第 10、腰椎第 1-4 で回旋がはじまって いる。両股関節脱臼あり、左膝関節屈曲位となっている。 5 月:リオレサール 5mg から 10mg、リボトリール 0.4g から 0.6g へ増量となる。 8 月:リボトリール 0.6g から 0.8g へ増量となる。 <倫理的配慮> 対象は未成人であるため倫理規定に従い、保護者に対し研究の趣旨・児への利益や不利益、写真撮影に ついて十分説明し、承諾を得た。安全確保のため、バスタオルで保護することの承諾も得た。 2. 研究期間 平成 19 年 7 月 12 日~9 月 30 日 3. 実施方法 医師、PT を交えて安全・安楽な腹臥位について検討する。 ・小児科医:気管切開部に注意して行うこと。 ・整形外科医:側彎は進んでいないが脊椎の回旋は始まっており、骨折に注意して行うこと。 ・PT:左膝関節屈曲があるため、重力に逆らわず腹臥位で全身的屈曲パターンがとれるような高さ (縦;30cm 横;19cm 高さ;24cm)の上で行うのが好ましい。 4. *使用する枕は、気切部位がくり抜かれたもの *頸部は前屈位がとれること *肩甲骨は外転位となること *接触する支持面は広く保つこと 評価・分析方法 ・腹臥位が対象児の身体に与える影響について、バイタルサイン(血圧、心拍数、呼吸数、SpO2)を、腹 臥位前、腹臥位開始から 5 分間隔で 30 分までと、終了後 5 分に測定する。 ・バイタルサインの測定結果は、t 検定を用いて腹臥位前後の差を比較検討する。 ・第二段階では心拍揺らぎ解析システム(MemCalc/Tarawa)を用いてリラクゼーションの有無を調べる。 ・腹臥位枕を使用しての看護師の意見を聞き、安全性について検討する。 ・PT と共に安全・安楽な腹臥位であるかどうか検討する。 ・身長・体重、関節可動域を測定することで児の変形を知る。 5. 腹臥位の実施手順評価・分析方法 1) 13 時の注入終了 30 分後、体調が良いとき(心拍数 140 未満、体温 37.8℃以下)に、当日受け持ちと看 護師 1 名が行い、実施中は見守る。 2) 吸引して痰を取る。 3) 緊張を取るために体を 2~3 分間左右にゆらゆらする。 4) 緊張が取れたら腹臥位枕に身体を乗せ、頸部は前屈位になるようにする。 5) 頭部保持枕を置く。 6) 身体と枕を固定するためと包まれている安心感が得られるようにバスタオルで身体と腹臥位枕を巻く。 7) 顔は側彎に沿って右向きにする。 8) 手、足の緊張が取れたら支えの枕をそれぞれに置く。 9) 緊張により頭部が回旋、または肘を上げて筋緊張が生じた時(心拍数 140 以上)にはすぐに中止する。 *5) 6) 8) は第一・二段階のみ実施。 【結果】 第一段階での安全性の評価は、枕と児との支持面が少なく緊張による反り返りがあると枕からズレ落ちそ うになった。t検定によるバイタルサインの評価は、腹臥位前の呼吸数・心拍数・血圧・SpO2 値と腹臥位後 5 分、30 分のそれぞれの比較では有意差はなかった(p>0.05) 。 第二段階では、枕の高さによる不安定さから児の体位の安定感は得られなかった。バイタルサインの評価 は、第一段階と同様に有意差はなかった(p>0.05)。また、リラクゼーションの評価として、心拍ゆらぎリ アルタイム解析システムを行った結果は、副交感神経成分を表す HF の上昇はみられなかった。第三段階で は、児が緊張で反り返っても、枕との支持面が広くとれ児がズレ落ちそうになることはなかった。また、実 施中に眠ることもあった。バイタルサインの評価は、呼吸数で有意差がみられ(p<0.05) 、心拍数・血圧・ SpO2 値では有意差はなかった(p>0.05) 。 【考察】 今回の対象児は、膝関節の変形・拘縮と反り返りが強いために腹臥位をとることができていなかった。し かし、専門である PT を交えることで対象児の体型に合った腹臥位を細かく微調整することが出来たと考え る。江草は「変形の状態や筋緊張の状態によっては、不安定な姿勢となりやすいので、枕やクッション・ロ ールや場合によっては姿勢保持用具などを用いて、姿勢を安定させる工夫が必要である」1)と述べていること より、ビーズクッションを用いての腹臥位保持は、支持面が上半身全体に密着することと反り返りがあって も支持面がずれることはなく、さらにマイクロビーズが適度に体圧を分散して安定感が得られ緊張の緩和へ 繋がったと考える。下肢の変形に対して殿部を挙上することで、重力に沿って両股関節屈曲位・膝関節屈曲 位となり適切な姿勢保持が可能となった。また、気管切開チューブの閉塞、抜去の恐れもなく安全面が確保 できたことで看護師が継続して行うことができる腹臥位であったと考える。身体に与える影響としては呼吸 数に有意差がみられ、腹臥位中に眠ることも見られたためリラクゼーションが図れたと考える。 対象児に対し 30 分の腹臥位を実施したことは、江草によると「姿勢保持では、一つの姿勢の持続時間は 30 分程度、長くて 1 時間、限界は 2 時間としてなるべく頻回な姿勢変換が必要」2)とあり、身体に与える影 響も少なかったため実施時間 30 分は妥当と考える。 関節拘縮に関しては数値上では著しい改善はみられなかった。このことは長期間実施していくことで明ら かになってくることであるため今回の研究の限界である。しかし、腹臥位をとることで、脊柱側弯変形遅延 出来るならば全力で取り組んでいく必要がある。 【おわりに】 今回の研究は、腹臥位をとることで、緊張が緩和され、変形・拘縮が遅延することを最終目標とし、対象 児の現在の体型に合った安全で安楽な腹臥位について PT を交えて検討することが出来た。腹臥位による脊 柱側弯変形遅延についての分析は行えていないが、さらに長期的に児にあった腹臥位を、メディカルスタッ フで検討を重ね実施していく必要があり、筋緊張による変形や拘縮に関しての評価については今後の課題と したい。 【文献】 1) 2) 江草安彦;重症心身障害療育マニュアル第 2 版,医歯薬出版 2005 3) 廣田とも子;重症心身障害児・者の健康状態に腹臥位が及ぼす影響について 4) 岡本弘美;筋緊張の強い重症心身障害児(者)にリラクゼーションを試みて 5) 川口幸義;脳性麻痺児の姿勢 JOURNAL OF CLINICAL REHABILITATION 6) 今川忠男;重度脳性麻痺児の呼吸・摂食障害に対する理学療法 療育 45 号 医療 57 巻増刊 Vol.15 看護技術 2006 第8号 1991 Vol.49(6) 2003 8) 太田康雅;筋緊張が強い意識障害患者に対しリラクゼーションが有効であった一例 Vol.22(1) 2003 2006 PT ジャーナル第 25 巻 7) 前田文代;重症心身障害児(者)の看護ケアとしての用手呼吸理学療法 2004 BRAIN NURSING
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