●小論文ブックポート 113 〈連載〉小論文ブックポート 22 12 8 12 秋には玄関脇の楓と、ななかま どの紅い実と美しい屋根が調和 するというふうに、瀟洒な佇ま いの家だった。本書のタイトル でもある「小さいおうち」であ る。 年後の東京オリンピック と万国博覧会の同時開催も決ま り、お祭りムードの年だった。 平井家の暮らしは、モダンそ のもの。例えば小児麻痺で足が 不自由となった恭一ぼっちゃん の端午の節句にと、「ハムライス にオムレツにコロッケに伊勢え 本五十六連合艦隊司令長官の戦 死と、アッツ島の玉砕が大々的 に報じられるようになると、皆 が「決戦状態」を理解するよう になる。そんななか、タキは昭 和 年 月、東京大空襲の前に 山形に帰郷。集団疎開の子ども たちの世話に尽くすことになる。 そ し て 現 代 が 舞 台 の 最 終 章。 タキの死後、その「秘密」を明 かすべく健史がたどり着いた結 末は、「予想外」のものだった。 『小さいおうち』の時代の人々 とは異なり、戦後生まれの私た ちは自らの行く末を選び取れる 環境にある。だが著者は近年の 状況から、人々の「現実への無 関心」に警鐘を鳴らす。例えば 選 挙 に 行 か な い 人 々。「 だ ん だ んと日常に入り込んでくる非日 常を、毒に身体をならすように 受け入れてしまうかと思うとほ んとうに怖い」と指摘する。 『 小 さ い お う ち 』 は 過 去 の も のではない。著者の「私たちも、 いつでもああなる危険性があ る 」 と の 警 鐘 を 重 く 受 け 止 め、 現実を直視していくことが求め られよう。 (評=福永文子) 職。前の会社から引き抜かれて びサラダ、桃の缶詰を使ったム ースババロアにホイップクリー の転職である。この年は満州事 ム」など好物が振舞われた。ぼっ 変 の 翌 年 で あ り、 五・一 五 事 件 ちゃんの足のお医者様は日本橋 後に挙国一致内閣が誕生した昭 にあったため、奥様とタキと三 和7年。国内は「景気がぐんぐ 人 は 帰 り に 三 越 の 食 堂 で 一 息。 ん持ち直し」、玩具会社では「ぐ るぐる回る戦闘機」や「爆弾三 「 き れ い に 髷 を 結 っ た 奥 様 や お 勤めの人々がおしゃべりしなが 勇士人形」など時局ものの玩具 らお食事している姿は、いつ見 が飛ぶように売れ、キューピー 人形が世界で人気を博した頃だ。 ても楽しいもの」とタキは書く。 昭和初期の日本と言えば、今 景気の良さを反映し、平井の 旦 那 様 は 常 務 取 締 役 に 出 世 し、 は「 戦 争 前 夜 の 暗 く 重 い 時 代 」 とイメージされる。だが東京の 昭 和 年、「 赤 い 三 角 屋 根 の 洋 中 流 層 の 生 活 は 豊 か で 明 る く、 館」を新築。こぢんまりとした 文化的にも成熟しており、現代 バンガロー風の西洋屋敷は花の 季節には沈丁花や金木犀が香り、 のライフスタイルの原型がこの した後、恭一ぼっちゃんを連れ て再婚した。相手の「平井の旦 那様」は、玩具会社の営業部長 ●中島京子 著 文春文庫(定価 本体580円+税) 113 開されていく。時折、日記を盗 み見して評するのが、甥の次男 坊の健史。彼は「過去」と「現 代」のつなぎ手でもある。 タキは二番目の奉公先で、時 子 奥 様 と 出 会 う。「 白 地 に 青 い 水玉模様のワンピースを着て飛 び 出 し て き た 」、 時 子 奥 様 は 歳。 1 歳 半 そ こ ら の 恭 一 ぼ っ ちゃんを抱いていたが、その姿 は 軽 や か で、「 近 所 の お 姉 さ ん が戯れに子を抱き上げてみたよ うな雰囲気」で「お嬢様」のよ うな若々しさだった。初めて女 中を使う時子奥様はタキに、お 料理や言葉遣いを熱心に細やか に手ほどきした。その後二人は 長い「濃い時間」を過ごす。 時子奥様は前夫を事故で亡く 『小さいおうち』 昨年、ある公立大学で作家の 中島京子が自らの直木賞受賞作 『小さいおうち』 (文春文庫)に ついて記した朝日新聞の記事 (平成 年 月 日号)が出題 された。山田洋次監督が映画化 し、黒木華と松たか子が出演し た話題作である。今回は本書を 読み、戦前の昭和初期、ふつう の人々が「何を考え、なぜ戦争 になったのか」を追っていく。 「昭和モダン」な暮らしぶり 主人公の布宮タキは昭和5年、 山形の尋常小学校卒業後に上京 し、裕福な中流家庭の家で住み 込 み の 女 中 と し て 働 い て い た。 このタキが晩年に当時を回想し て綴った日記を元に、物語は展 16 17 13 2016 / 1 学研・進学情報 -20- -21- 2016 / 1 学研・進学情報 8 時代にあったことがうかがえる。 会社のデザイン部にと引き抜い かないが、人々がいかにメディ 他方、タキのように地方出身者 た。物語は、この板倉さんと時 ア情報に簡単に影響されるのか の 姿 か ら は、 著 し い 格 差 社 会 子奥様の「秘め事」を心配そう が 、よく描き出されている。 だったことも浮き彫りにされる。 に見守るタキの視点で描かれる。 他方、戦争の継続は否応なく、 人 々 の 暮 ら し を 圧 迫 し て い く。 興味深いのは子どもたちの 二人の関係が深まるなか、舞 「 お 受 験 」 の 場 面。 時 子 奥 様 の 台はいよいよ戦時下へ。ここで すでに太平洋戦争前の昭和 年 姉の「麻布の奥様」は息子の正 も興味深いのは、人々の戦争の には、支那での事変が長引いて 人ぼっちゃんの中学受験に夢中 とらえ方である。例えば昭和 いたこともあり、オリンピック で、「小学校五年生から受験塾に 年 月の南京事件(南京大虐殺) が 返 上 さ れ、 万 博 の 延 期 も 決 通わせ、七年制の学校にやるん に 対 し て。「 南 京 陥 落 直 後 の お まった。そのなか、金属玩具の だと目の色を変えていた」 。裕 正月はみんなの気持ちが前向き 国内向け販売も禁止される。旦 福な家庭の母親が子供の「立身 で」 、 平井の旦那様も「先を見て、 那様の玩具会社も大きな人員整 出世」を願って受験に没頭する 先を見て進むのがビジネスの極 理を行い、二年前に操業を開始 様も、現代と重なる風景である。 意ですからなあ」と戦勝景気に したばかりの大工場を閉め、敷 乗った商品開発を熱く語ってい 地と施設を売り払わなければな 戦争に高揚した、 ふつうの人々 た。一方女性陣は「仕事がらみ らなくなる。平井家ではこのこ 「赤い屋根の洋館」ができて のお話ばかりに、奥様は少し退 ろから夫婦の口喧嘩も増えた。 しばらく経った夏、旦那様ら家 屈されたご様子」と、戦争は他 台所を預かるタキは、入手困 族は、社長に鎌倉の別荘に招か 人事でしかなかった。 難になる食料品や贅沢品を切ら れた。ある日そこにやってきた さずに求めるため、出入りの御 また昭和 年 月 日、真珠 のが、板倉正治である。美術学 湾攻撃で奇襲作戦が成功したと 用聞きに顔を利かせる。こうし 校を卒業したばかりで、社長が の ラ ジ オ 放 送 に は、 皆 大 喜 び。 た姿を「キャリアウーマン」と タキも翌日の朝刊の見出しを 振り返る姿には、庶民のしたた 「何かがすっとわたしの中に かさとユーモアが表れている。 入ってきて、いろいろなことが 開戦以降は昭和 年 月のシ わ か っ た 気 が し た 」「 新 し い 時 ンガポール陥落の頃までは日本 代が始まるのだ」と受け止める。 軍の勝利に湧き、ミッドウェー 海戦も「日本が大勝利」と報道 されていた。だが昭和 年に山 2 18 12 むろん厳しい情報統制下であ ることを考慮しないわけにはい 3 8 5 19 10 26
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