IS~暁に浮かぶ白を忘れない~ ID:28297

IS∼暁に浮かぶ白を
忘れない∼
不落閣下
︻注意事項︼
このPDFファイルは﹁ハーメルン﹂で掲載中の作品を自動的にPDF化したもので
す。
小説の作者、
﹁ハーメルン﹂の運営者に無断でPDFファイル及び作品を引用の範囲を
超える形で転載・改変・再配布・販売することを禁じます。
︻あらすじ︼
もしも、白騎士事件の際に幾つかのミサイルが誤作動を起こして動作不良により予定
地とは違う場所へと着弾していたとしよう。そのミサイルの爆発によって崩れた土砂
により何ら関わりの無い民家が押し潰されていたとして、その事実をISを生み出した
篠ノ之束の産まれである日本の政府が情報操作して隠していたならば││。
││唯一生き残った少女は何を想うのだろうか。
★感想、助言、誤字脱字訂正、評価、推薦、イラスト、大歓迎です。
★評価を下さる方で、3以下を付けた方は理由を添えてくださるようにお願いしま
す。
★不定期更新ですので悪しからず。
13││相見える。 ││││││
26
16
1
19││圧倒する。 ││││││
18││口滑る。 │││││││
17││開始まる。 ││││││
16││青春する。 ││││││
15││自覚する。 ││││││
14││決意する。 ││││││
38
目 次 1││邂逅する。 │││││││
2││仲裁する。 │││││││
3││宣告する。 │││││││
4││疾走する。 │││││││
5││講義する。 │││││││
6││接触する。 │││││││
7││再会する。 │││││││
8││理解する。 │││││││
9││問答する。 │││││││
10││撃墜する。 ││││││
11││見惚れる。 ││││││
12││繰返す。 │││││││
50
64
75
85
139 123 107 96
272 250 229 209 194 176 157
││誰よりもISを憎んでいる私が、誰よりもISを動かせているという事実が。
と思う。
擬戦という名のデータ取りをしたけれども、負けた試しがなかった。本当に皮肉な事だ
表候補生というIS業界ではエリートの分類に入る地位に居る。幾人の代表候補と模
春、IS学園一年一組の教室の窓側の最後列に座っていた私こと浅草染子は、日本代
という世界中で、特に日本では神聖的な人物の苗字を持つからだ。
強の次世代兵器、インフィニット・ストラトスを男性の身で動かした事。そして、織斑
彼、織斑一夏が注目されている理由は二つあり、一つは女性にしか動かせない世界最
のは、きっと私だけに違いなかった。
ケメンに分類されるのだろう。この熱に侵された教室で唯一冷め切った瞳で見ている
皆がたった一人の男子を見て騒いでいる。容姿はそこらの男子よりかは良い、所謂イ
物であるが故に思う期待の渦を混ぜ込んだようなそれ。
目の前に映る光景は、世にも珍しい珍獣を見るかのような盛り上がりと、未知なる人
││くだらない。
1││邂逅する。
1──邂逅する。
1
ISを動かすために必要なのは二つ。一つは女性の身である事は勿論ながら、もう一
つはISランクと呼ばれる親和性だ。ISを世に467機作り上げた稀代の天才篠ノ
セ
カ
ン
ド
シ
フ
ト
之束博士による公開情報により、ISのコアに搭乗者との親和性による自己進化のプロ
グ ラ ム が 組 ま れ て い る 事 が 分 か っ て い る。こ れ は 第二次移行形態 に よ り 自 機 を 進 化 さ
せる事象が発見されての事で、使い回しをする事ができなくなった最大の要因である。
ISは搭乗者をパートナーとして認識するらしい。らしい、というのは未だかつてI
セ
カ
ン
ド
シ
フ
ト
ワンオフアビリティ
Sの意思を文字や言葉で確認できていないからだ。ISは搭乗者との関係を育む事で、
第二次移行形態や単 一 仕 様を発露させる。それにより搭乗者の戦闘力を大幅に底上げ
し戦う役に立てる、というのが今分かる謎の一つらしい。解明はされていない。そもそ
もコアが現代の科学者では到底理解する事のできないブラックボックスと化している
ので解明も糞も無いようだ。研究開発部の人間がそれにより一喜一憂の地獄に居るら
しいが、搭乗者である私には最低限の修理技能があれば十分だ。
さて、普通入学式後の席順は出席番号順となるのが常であり、それは名前順であるの
が適当だ。何故﹁あ﹂行から始まる私が出席番号39番、最終番号に連ねているのか。そ
れは単純に出席番号が決まった後に追加されたからだ。その理由は単純にして簡潔的
﹂
に言えば││。
﹁織斑くん
?
2
あ、すいません
!?
﹂
!
斑一夏に夢中で聞き流しているようだが、この列の最前列にいる篠ノ之束の妹である篠
のざわめきが消えてしまい、小さな舌打ちは浮き彫りになる。女子一同、一部を除き織
クラス唯一の男性である織斑一夏が喋っていたからか、その声を聞きたい大半の女子
││チッ、くだらない。
のに。
マをクリアするだけのお手軽な不自由でありながら快適な生活をしていたに違いない
本当であれば代表候補生という縛りを受けつつ、所属しているアンリアル工房でノル
しまったのだ。
視されている私が急遽IS学園に派遣され、織斑一夏を護衛する任務を突き付けられて
的な現実を打ち砕いた男性が現れてしまったのだ。そのため、日本代表候補生として監
そのせいで世界中はてんわやんわ。女性の身でしか扱えないという、非情にして欠陥
技研が作り上げたISに触って起動させてしまったのである。
学園の入試会場に辿り着いてしまい、終いには︽打鉄︾という日本のISメーカー倉持
越学園の入試希望者でありながら、何故か複雑化され厳重な警備状況であった筈のIS
るのに気付いていない織斑一夏のせいである。この男、IS学園入試会場と重なった藍
あそこで女子の視線のむしろになって固まって、自己紹介を山田担任から促されてい
﹁へ
1──邂逅する。
3
ノ之箒がぴくりと反応し、斜め右前に座っていたイギリス代表候補生であるセシリア・
オルコットが仲間を見たかのような笑みを浮かべ、真ん中側に座っている更識のメイド
の布仏本音がほんの少しだけ雰囲気を変えた。
そのあからさまな反応に私としては鼻で笑いたくなるような気分になった。
﹂
﹁お、織斑一夏です。状況が突然過ぎて戸惑いっぱなしですが、よろしくお願いします
4
視線のむしろに若干呻きながら彼は﹁以上です ﹂と着席して逃げた。それにより期
待を受けているのである彼は。
ラスメイトに男子が居る状況になった子も少なくないのだろう。言うなれば憧れと期
るこのIS学園と女尊男卑な世界と化した今、女子中高は増える一方であり、初めてク
を知りたいのだろう。何せ、彼はイケメンに分類される。そして、女性の花園とも言え
そうやり遂げたという顔で言い切った彼に視線が集中する。恐らくそれ以上の情報
!
どうしてもあの時の光景を思い出してしまう。憎き人物を彷彿させ苛立ちと殺意が
││空の青は好きだ。けど、海の青は嫌いだ。
白雲混じりの青い空を見やる。
リフのように床に転がったに違いない。気だるい溜息を吐いて私は窓に視線を移して、
待感を露にして前のめり気味だった子たちが机に突っ伏した。立ち上がっていたらド
!
い
き
屹立り立ってしまう。思考が憤怒によって真っ赤に染まろうとしていた時、銃の音とは
違 っ た 乾 い た 音 が 響 い た。ふ と 思 考 の 線 が 途 切 れ て す っ と 真 っ 赤 な 憤 怒 が 沈 黙 す る。
﹂
行き過ぎると正気に戻るまで苛々しっ放しになるのだから、なるべく折り合いつけて気
ち、千冬姉
!?
をつけないと。
﹁え⋮⋮
?
に嘆息した。
してくれる。織斑担任の演説めいた御高説を聞き流した後、回ってきた自己紹介の順番
い私は再び空を見やる事にした。頭と心を空っぽにして過ごす事は私の安寧を取り戻
てしまったビーカーの中の水のような盛り上がりようである。然程興味関心が持てな
織斑千冬の登場により沈黙していた教室が沸き上がる。沸騰石を入れずに沸騰させ
していなかったから気付けなかったな。全くもって興味が無かったし。
処に居ると言う事は、山田真耶は担任ではなく副担任だったのか。名前しか資料で確認
に入室したのだろう。凛とした大人の色気と日本刀のような鋭さを持つ織斑千冬が此
の称号を得た織斑千冬が出席簿を織斑一夏の頭部に落としていた。目を離していた時
田担任ではなく、ISの公式世界大会モンド・クロッソの初代覇者たるブリュンヒルデ
そちらを見やればロリ巨乳に眼鏡属性という薄い本が厚くなりそうな魅力を持つ山
﹁ここでは織斑先生だ馬鹿者め﹂
1──邂逅する。
5
すっと立ち上がる私を誰もが見ている。特に、ここぞとばかりに舌打ちの件で反応し
テ ス ト パ イ ロッ ト
た三人がじっと見ているのだ。遣り辛さは感じないが遣る瀬無さのような倦怠感を覚
えてしまう。
││くだらない。
と同じ扱いを取られるに決まっている。何の魅力も感じない織斑一夏に恋愛感情で近
に文句を言って欲しい。如何見ても理由無しに彼に近付けばくだらない乙女思考の輩
であるので織斑担任が少々苦い顔をしているが、それは話題に成り過ぎている自身の弟
クラスのざわめきにくだらないと一瞥し静かに着席した。もっとも、護衛の件は秘密
いている。
蹴したのだ。そのため、次期日本代表として私の名前は日本、そしてIS関係者には轟
るからだ。一番最後に参加した身でありながら、先に訓練を受けていた候補生たちを一
の理由は単純な事だ。現在八人存在する日本代表候補生を悉く捻り潰した実力者であ
情をする。そう、何故なら私の名前は織斑姉弟の次の次くらいに有名になっている。そ
私の名前と肩書きを聞いて織斑一夏にしか関心を抱いていなかった面々が驚愕の表
任務を受けているからですので、くだらない接触は止めてください。以上です﹂
あります。私の出席番号が一番最後なのはそこで呆けている唯一の男性搭乗者の護衛
﹁浅草染子です。アンリアル工房の試運転搭乗者でもありますが、日本代表候補生でも
6
1──邂逅する。
7
付いただなんて思われたら吐き気を催してしまいそうだ。
因 み に 私 の 男 性 の 好 み は 某 主 人 公 が ラ ス ボ ス な 漫 画 の ベ ル ナ ド ッ ト 隊 長 で あ る。
飄々としていながらも確かな実力を持ち、ここぞという時に命を捨ててまでも救ってく
れる熱い気概を持つあの人のような男性と結婚できればいいなと思う。織斑一夏の事
はよく知らないが、琴線惹かれるような気分も無いので彼への脈は無いだろう。
││もっとも、彼は私を見て見惚れていたようだが。
そのせいで篠ノ之箒が憤慨しそうな般若面顔をしており、恋心を抱いている割にはか
なり視野が狭く器も小さい様子が見て取れた。多分あの様な女性は相手がMでも無け
れば相容れないだろう。何せ、既に握り拳を肘上まで上がっているのだ。漫画に出てき
そうな暴力系乙女は現実では理不尽な暴力少女でしかない。普通の感性をしていたら
惚れられていてもノーサンキューな分類に違いない。
そして、﹁ほほぅ ﹂と好敵手を見つけたかのような舌舐め擦り顔をしているセシリ
まぁ、そこらへんは追々の反応を見てからだろう。私へのざわめきは織斑担任による
んだ、私にその伸び切った長い鼻を叩き折れと言う事か。
ある今、貴族の誇りというのはこれでもかというぐらいに助長しているに違いない。な
けている香水の種類からして淑女を被った貴族女性である。そして、女尊男卑の風潮の
ア・オルコットもまた私にとっては面倒極まりない相手だろう。何せ、雰囲気や身につ
?
8
一喝により強制終了され、静かになった教室を見て良しとばかりに頷いた。隣に居た山
田副担任がその一喝に驚いて涙目になっているのは放っておいて良いのだろうか。何
やら保護欲を刺激させる山田副担任の表情に私の顔が少し笑みを浮かべているような
気がする。
││あれ、私サドの気があったのか
ていた。千冬姉に憧れて、千冬姉に会いたくて、千冬姉に躾けられたくて、とやけにミー
千冬姉に出席簿を一閃され撃墜された俺は机に突っ伏しつつ、女子の自己紹介を聞い
が聞こえてしまったのがもう決定的だった。
向けたらふいっと逸らされてしまったし、俺の自己紹介をしている時に遠くから舌打ち
一人という状況は本当に拙い。かなり気まずい。知り合いらしき女子も居たが目線を
中学時代に女友達は居たから別に女子と喋る事に問題は無い。けれど、女子高に男子
││な、何つー地獄だこれは。
☆
だった。
そんな自問自答をしつつ、私は織斑担任による休憩の言葉を聴いて立ち上がったの
?
1──邂逅する。
9
ハーな女子が多いんだなーと思わずには居られない。流石に最後の一人の言動だけは
無視させて貰うが、俺の姉は大変人気のようだ。だが、それにしては毛色が違う女子も
居たのを覚えている。
窓側最後列に座る浅草染子さん。日本人特有の艶やかな黒髪は無造作に伸びていて
腰程はあるだろう、そして何より控えめな自己主張をする二つの膨らみはともかく、曲
線美とはこういうものだと主張するようにボディバランスが綺麗なのだ。そして、雰囲
気が他の女子とは違う。千冬姉が凛とする日本刀ならば、彼女は凛とする一輪の華だ。
孤高に気高い狼を彷彿させる目付きや気だるそうな印象が垣間見えて俺はただ見惚れ
てしまった。
そう、あれは確か弾が教えてくれた属性││クーデレだ。
冷めた雰囲気をしていながらさり気無く主人公を支えてくれたり、ツンとそっぽ向き
ながら頬を染めて優しい言葉を掛けてくれちゃったりするあのクーデレだ。俺の周り
には居なかった人柄であるからか、それとも彼女の言った護衛という言葉だからか、俺
は浅草さんの事が気に成り始めていた。何となくだが彼女があの舌打ちの人物だと思
うし、クラスメイトでもあるので仲の良い友人になれたらなと思う。弾や御手洗が居た
ら吼えて喜ぶに違いない人だろうし。
││ただ、幼馴染の殺気篭った視線がかなり気に成る。
篠ノ之箒。それは小学生の頃に通っていた篠ノ之道場の末っ子で、俺の剣道ライバル
だった少女の名前だ。姉の束さんがISを作って何やら凄い事をやらかした事で引越
ししてしまった経緯を持ち、今日久し振りに再会を果たしたのだ。何処のギャルゲーだ
と弾に突っ込まれてしまいそうであるが、俺としては仲の良かった子であるので嬉しい
限りだ。それに、男性一人というこの環境で知り合いが居るのはかなり心強い。ここに
鈴が居ればたぶん俺の心の安寧は保たれると思う限りだ。ただ、その鈴も中国に帰国し
てしまって日本に居ないので会える可能性が低いのが残念だ。
﹁ひ、久し振りだな﹂
げて殴るんじゃないよな。
に振り向けば何故か拳を握り締めている箒の姿があった。待て、まさかそのまま振り上
知らなかったが。そんな事をぼーっとして考えていたら近付く気配を感じた。そちら
リッとしているのを俺は知っている。⋮⋮ただ、IS学園の教師になっているのだけは
だし、家事が苦手でぐーたらな性格をしているからボロが出る可能性もあるので常にキ
冬姉はミーハーな女子たちに囲まれるのを忌避したのだろう。千冬姉は人混みが嫌い
そう言って千冬姉は教室から山田先生を引き連れて出て行ってしまった。恐らく千
に説明した上で授業を開始するのでチャイムが鳴る前にきちんと着席しているように﹂
﹁では、入学のHRを終わりとする。十分間の休憩の後、学園の基本的な事について簡潔
10
き、貴様何処を見ているのだ
﹁ああ、久し振りだな箒。大きくなったな﹂
﹁お、大きくなった
﹂
あー、もしかしてバスト的な発言と勘違いしているのか。確かに
!
柔らかい感触が遠ざかり、嫌な予感を覚えながら振り返ってみれ
待て、俺の隣は通路として一つ分空いているのだ。箒は逆側に立っている。な
││やっちまった
斑一夏くんよね﹂
﹁⋮⋮はぁ。状況を見ていたから今回は不問にするわ。⋮⋮次は無いけどね。貴方が織
!
ばそこには腕組みをした浅草さんがジト目で俺を見つめていた。
ら、後ろには誰が
けた
て、後頭部に控えめながら擬音にして﹁ぷにっ﹂とした柔らかい感触を受けた。⋮⋮受
その行動に慌てた俺は両手を盾を作るように上げながら若干後ろへ仰け反る。そし
からか、箒はかーっと頬を染めて左手で胸を押さえ、右拳を顔前まで持ち上げた。
見事なまでのメロンが胸に二つ自己主張しているし。そちらに視線をやってしまった
身長じゃねーの
? !?
?
?
だったり、ね﹂
直 々 に 貴 方 を 護 衛 す る た め に 此 処 に 居 る わ。⋮⋮ 例 え ば 目 の 前 の 殺 気 立 っ た 女 の 子
﹁変態だと言う事は自負しているようね。まぁ、いいわ。私は浅草染子。日本政府から
﹁わ、悪い。そうです俺が織斑一夏です﹂
1──邂逅する。
11
浅草さんは箒をジロリと見やる。その冷めた瞳にカッカしていた頭が冷めたのか箒
はそっぽを向いて拳を下ろした。凄く助かる。何と言うか今の箒は蛇に睨まれた蛙の
ようだった。それを一瞥した浅草さんは再び俺を見た。冷めた黒い瞳に吸い込まれそ
うな感覚を覚える。まるで、内側を見透かされているような気分だ。
﹁お、おお。⋮⋮ん
もしかしてこの番号とかって浅草さんのか
﹂
?
││うわー、すんげぇ柔らかく⋮⋮ない
まって硬かった。人差し指と指の付け根にかけて硬いそれはあった。その形状をして
浅草さんの掌は剣道の肉刺では無い、別の握る何かを鍛錬する事でできる肉刺が固
?
たが、握手に行き着いたのか適当に握り返してくれた。
がためじゃない。弾や御手洗とは違うんだ。うん。浅草さんはその行為に小首を傾げ
そう言って俺は右手を差し出した。勿論ながら握手のためだ。別に柔肌に触れたい
﹁そっか。これからよろしく頼む。後俺の事は一夏で良いぜ﹂
た専用携帯のだから傍受も無いから安心して相談しなさい。口は堅い方よ﹂
﹁ええ、プライベート用じゃないけどね。ある意味織斑くん専用のよ。政府から送られ
?
るか、1024号室に相談しに来なさい﹂
しかけてくる子を捻り潰したりするのが私の役目よ。何か問題があればここに連絡す
﹁⋮⋮まぁ、今の様に織斑くんへ直接的武力行使を行おうとする子やハニートラップを
12
いるのは一つしかない。銃、だ。トリガーやグリップに当たる部分。サバゲーに嵌って
いた友人が見せ付けてきたあの肉刺の箇所と似ている。数秒後に手が離れた。少し名
残惜しいとか思わないぞ。思わないからな。弾や御手洗じゃあるまいし。
﹁それじゃ、用があったら言ってちょうだい。出来る限りの範囲内で手伝ってあげるわ﹂
﹁そりゃ助かる。ISとかいまいち用語とかよく分からなくて⋮⋮﹂
﹁そうね、良いわよ。一般高校の知識しか無いだろうし構わないわ。後で教科書に載っ
﹂
ている専門用語の解説をしてあげる﹂
﹁って、わたしを無視するなー
﹁ふふっ、それじゃあね﹂
⋮⋮つまり、ぐるると獣の様に唸る後ろの幼馴染を止めていた人が居なくなった訳で。
ふっと笑った浅草さんは激昂する箒をひらりと流して自分の席へと戻ってしまった。
!?
ヘルプミー
﹂
ギギギとオイル切れのブリキ人形の如く振り返れば、憤怒の表情で俺を睨みつけている
ヘルプ
!
!!
箒の姿があった。
!
ていながら無視している表情だ
だって今、ニィっと口元が上がったぞ
案外浅草
!?
さんは小悪魔な性格をしているらしい。横顔を俺に見える様にして絶望に叩き落すだ
!
尚、浅草さんは自分の席で空を見ていて気付いている様子は⋮⋮、違う、アレは分かっ
﹁あ、浅草さーん
1──邂逅する。
13
なんて何処でそんな高等テクニックを⋮⋮ッ
!
去年の全国大会優勝おめでとう
﹁覚悟はできてるな一夏。無論、わたしは出来ている﹂
﹁ちょ、待て。待つんだ箒。そ、そうだ
﹁なっ、何故それを知っているんだ﹂
!
剣道を止めた、のか
﹂
?
﹂
ああ。ほら、俺ん家親居ないだろ それで千冬姉が家計を支えてくれててさ。
?
?
は 視 線 を 入 室 し て 来 た 千 冬 姉 に 向 け る。す る と 偶 然 か 目 が 合 っ て し ま い、千 冬 姉 は
まった。一体何を告げるつもりだったのだろう。それは後で話してくれるだろうし、俺
て、箒は悔しそうな顔を一瞬してから﹁また後で話そう﹂と自分の席へ戻って行ってし
箒が意を決した顔で何かを言おうとしたが、チャイムの音が鳴ってしまった。そし
﹁⋮⋮そうか。なら、仕方が無い、な。だ、だったら││﹂
きつかったからさ﹂
だから、俺も中学生でもバイトできる所で働いて足しにしてたんだ。そうでもしないと
﹁ん
表情で。⋮⋮仕方ないだろう、理由があったんだ。俺だって剣道は続けたかったさ。
信じられないという顔で箒は俺を見つめていた。まるで、見捨てられた子犬のような
﹁⋮⋮なに
?
かったからさ。名残惜しくて見てたんだ﹂
﹁新聞で載ってたんだよ。家計の足しにするためにバイトしてて剣道は止めざるを得な
!
14
1──邂逅する。
15
ニィっと笑った。
⋮⋮そして、五冊の分厚い教科書を配る手伝いをさせられたのだった。
2││仲裁する。
トを感じ取ってしまった。絶対にあの一撃を貰ってはいけないと全員の背筋が更にピ
たミーハーな女子たちが戦慄し、生きる伝説の教師織斑千冬が担任である事のデメリッ
何せ、当たったであろう音が遅れて聞こえる威力なのだ。これにより、先程騒いでい
仕方が無いだろう。
う。トンカチの方が生温い威力なのだ。悶絶する彼を見て全員がその威力に引くのも
速度である事を指し示し、その一撃を貰った織斑くんが轟沈するのも仕方が無いだろ
る事が出来なかった。それは織斑担任の出席簿落としがアンチマテリアル級弾丸並の
い抜きに類似した反射的な速度で、的確にその腑抜けた頭を打ち抜いた瞬間を私でも見
流石モンド・クロッソの閃鬼と呼ばれる織斑千冬。日本伝統文化たる刀を用いた居合
を噴いたのだ。
が彼は読まずに捨てたと供述した瞬間、一瞬にして近寄った織斑担任が持つ出席簿が火
認を取った際に織斑くんがやらかした。参考書を暗記してきたかを織斑担任が尋ねる
二時限目が始まり、ISの基本的な情報について山田副担任が〝事前学習内容〟の確
﹁⋮⋮ぜ、全部分かりません﹂
16
ンとなる。
私は代表候補生であるので腑抜けた姿を見せる事はできない立場にある。そのため、
日常的に綺麗な座り方や歩き方を指導されているからか、これ以上背筋を伸ばす事は出
来なかった。織斑くんの犠牲によりクラスの結束が強まったに違いない。南無三。
﹁後で予備を手渡してやるから即急に覚えるように﹂
﹁⋮⋮は、はい﹂
⋮⋮良し。ISは宇宙用パワード
?
織斑担任の言葉に全員が肯定の意思を重ねて口にする。その様子に良しとした織斑
たな﹂
磨し教え合い、限界を感じたならば私か山田先生に必ず授業外に尋ねるように。分かっ
箇所もあるだろう。それを教えるための教員だ。分からない所があれば友人と切磋琢
識と概要を詰め込んだ参考書だ。今は理解していても、授業が進む度に分からなくなる
はISを身に着けていない一般人や作業員、身近に居る人物なのだ。そのための基礎知
次第で善にも悪にも成る代物である事を理解しろ。事故を起こした際に犠牲になるの
は宇宙空間用パワードスーツでありながら現代の兵器として運用されている。使い方
ものとして認知されている。そう、言わば凝縮された兵器と言って過言ではない。IS
スーツとして作られていながら、その機動力・攻撃力・制圧力・万能性は計り知れない
﹁宜しい。この馬鹿のような輩は他には居ないな
2──仲裁する。
17
18
担任は山田先生に教壇の場所を譲って続きを促した。私は基礎知識論を題材とした教
科書に目を落とす様にして考え事をしていた。
そう、ISによって引き起こされた事故事件の被害者はいつだって一般人だった。
あの有名な事件、死亡者0人という奇跡的に詠われた白騎士事件もまた被害を出して
いるのだから当然の結露だろう。白騎士事件は何者かによってハッキングされた各国
のミサイルが日本に発射された事件であり、突如現れた白いISを纏った人物によって
その悲劇は回避された。
││筈だった。
後から、私が代表候補生になり情報を秘密裏に集めて分かった事だが、私の家族を亡
き者にしたミサイルは調整中の物だったらしく、本来なら飛ばす事すら憚れるような代
物だったらしい。2341機のミサイルが、と報道されているが、本当の数値は234
3機。家の近くに落ちた一つと近海に落ちた一つが抜けているのだ。日本政府はIS
の有能さを知って掌を返し、その万能さを世界に押し出すために白騎士事件に隠された
悲劇を隠蔽した。
それが私が日本の代表候補生をしている理由であり、私が嫌いなISに乗り続けてい
る理由だった。
思い出すだけで苛立ちがする光景が脳裏に浮かぶ。あの時庇われた時の浮遊感が忘
2──仲裁する。
19
れられない。そのため、私のISは陸戦仕様のものとなっており、表向きには国土防衛
用の機体とされている。宙に浮かんだ瞬間にトラウマがフラッシュバックしてしまい、
激しく咽返って嘔吐した時の嫌な感じが未だに忘れられない。流石に戦闘中に吹き飛
ばされた事でフラッシュバックしては困るので、それなりの努力と気力を持ってしてト
ラウマを抑える事はできたが、私は未だにISの万能性として重要な空中戦が出来な
い。
そのために必要となったのは精密射撃能力だった。宙に浮かぶ相手の機体に接近戦
たまはがね
イ ン ス トー ル
を行う事は出来ない。ならば、射撃によってシールドエネルギーを削るしか無いと辿り
バ ス ス ロッ ト
イ ン ス トー ル
着くのは必然だった。そのため、私の専用機︽玉 鋼︾には射撃武器しか量子変換されて
いない。だが、射撃特化のIS仕様であるため拡張領域一杯に量子変換されているので
事欠く事は無い。無いようにしたのだから結果が出せなくては意味が無い。
そして、ISにはハイパーセンサーと呼ばれる宇宙空間作業でお互いを見つけるため
の望遠及び空間把握機能が存在する。そのため、精確無比な射撃を行う事が可能なの
だ。できる、ではなく、可能、と称したのはISが万能であって搭乗者が万能ではない
からだ。この差は明確なものだ。言わば豚に真珠、猫に小判。素晴らしいものでも扱え
なくてはただのガラクタに過ぎないから。
構えて、照準を合わせて、引き金を引くのはいつだって人間の役目だ。銃やISの本
分は搭乗者に使われる事なのだから。その三動作ができなければ射撃能力は著しく落
ちるのは明白だった。実体験からくる含蓄であるため否定はさせない、絶対に。あの地
獄のような射撃講座を忘れてたまるものか⋮⋮ッ
﹂
何ですの、その気の抜けたお返事は。わたくしから話しかけられるだなんて
光栄な身であるのですから、それ相応の態度を示すべきではないかしら
﹁まぁ
!
﹂
?
私は私の仕事をしに来ただけなのだから。
助かった、片や何故邪魔を、という正反対の顔に変わった。正直言って止めて欲しい。
立つように私は躍り出る。二人はいきなり横合いから現れた私に驚いたようだが、片や
肩を上げてやれやれとしている織斑くんと肩を怒らせているオルコットさんの間に
﹁⋮⋮愚弄していますの
﹁へー、そりゃラッキーだぜ﹂
るが護衛として派遣されている身なので介入せざるを得ない。
は進んでいるようで若干険悪な雰囲気になってしまっていた。たかが言い争いではあ
る前に何とかしなくては、と私は教室の時間を止めている二人に歩いて近付いた。会話
か授業が終わっていて休み時間に入っていたらしい。嘆息を吐きながら面倒な事にな
るセシリア・オルコット、イギリス代表候補生に絡まれているのが見えた。いつのまに
ふと、甲高い声で思考から戻された。辺りを見回せば織斑くんが縦ロールお嬢様であ
?
!
20
﹁面倒事は止してと言った筈よ。オルコットさん。織斑くんが、というより男性が嫌い
という噂は本当だったようね﹂
うですが﹂
﹁あら、それは貴方も同じでなくて 先程この方の自己紹介の際に舌を打っていたよ
貴方までわたくしを愚弄するおつもりですの
?
ているもの﹂
﹁なっ
﹂
ブルを引き連れてくるのは明白だったから、よ。今現に貴方という面倒が舞い込んで来
﹁⋮⋮率直に言うわ。私、面倒事が嫌いなのよ。織斑くんの容姿と雰囲気からしてトラ
?
﹂
?
つもりだったわ。でも、貴方のそれは違うでしょう 男性に誰かを重ねて苛立ちを晴
﹁はっきり言ってそのような類であったならば同じ代表候補生として片目ぐらいは瞑る
﹁ぐっ、そ、それは⋮⋮﹂
ものなのかしら。栄光あるイギリスの代表候補生殿
﹁なら、はっきり言わせて貰うわ。貴方の今行っている行動は英国政府から命令された
!
ないわ。どうせなら交流するぐらいの気概を見せなさいよ、見苦しい﹂
らしているようにしか見えないの。だったら私にとっては振り払うべき面倒事でしか
?
﹁そう。なら、良いわ。そろそろ授業が始まるから座った方がいいわよ。あの出席簿を
﹁⋮⋮そう、ですわね。遺憾ながらこの場は流しますわ﹂
2──仲裁する。
21
受けたいなら別だけど﹂
﹂
力を試した人物であるし、この学園では一番私の実力を知っていると言って過言ではな
実力が他クラスでも吊り合わない程であるからだろう。織斑担任は入学試験で私の実
ついても書かれているあの分厚い事前入学参考書を読んでいないためで、私に関しては
織斑担任は織斑くん、そして次に私を見て言葉を詰まらせた。織斑くんは学校行事に
もりで居ろ。では、自薦他薦する者は手を上げて発言するように﹂
イスだ。勿論ながらクラス代表者は例外を除いて一年間変更する事は無いのでそのつ
るためのものだ。今の時点で差は⋮⋮開いていないが競争は切磋琢磨には必要なスパ
留意した上で推薦自薦を募るからな。⋮⋮因みにクラス対抗戦は各クラスの実力を測
となる。言わばクラス長の事だ。再来週に行われるクラス対抗戦に出る事になる事を
表者とは文字通りクラスの代表として、学校行事及び生徒会の開く会議に出席する立場
﹁さて、二時限目を行う前に今朝通達し忘れていたクラス代表者を選定する。クラス代
乾いた音が聞こえた。
ら自分の席へと戻る。直後、席に座っていなかった織斑くんの頭が再び机に突っ伏した
レを受けたいとは思わないし。助かったと手を合わせる織斑くんにジト目を送ってか
織斑担任の出席簿落としは全員共通の恐怖対象となっているらしい。確かに私もア
﹁それは嫌ですわ
!?
22
いのだ。そして、現状態で専用機を保有している生徒は同学年では未完成の物を持つ四
織斑君を推薦します
﹂
﹂
組に居る更識簪と私とオルコットさんしか居ないのだ。比べるまでも無い実力さであ
る。
﹁はい
!
このセシリア・オルコットにそのような屈
第一ISに関してズブの素人である男がクラス
そもそも、実力からしてこのわたくしがクラス代表となるのは必然で
!?
苦痛で││﹂
甘んじてるんだか
﹂
﹁││イギリスだって大したお国自慢ねぇだろうが
﹂
世界一不味い料理の覇者に何年
大体、このような島国でIS技術の修練を受け、暮らす事がどれだけ耐え難い
辱を受けよと
代表だなんて恥晒しでしかありませんわ
!
わたくしの祖国を侮辱しましたわね
!
!
!
すの
!
﹁そのような選出は有り得ませんわ
に他薦の声が無いのが気になってしまう。虫の知らせという奴なのだろう。
としても面倒なクラス代表者に自薦するつもりは毛頭無い。ただまぁ、オルコットさん
らかに面白そうだから、話題になりそうだからと決めている節が見える。もっとも、私
⋮⋮彼がISに関しては知識と経験も初心者である事を忘れていないだろうか。明
﹁あ、私もそれが良いと思います
!
!
!
﹁あっ、あなたねぇ⋮⋮ッ
!
2──仲裁する。
23
ほら、やらかした。どうしてこう面倒事を運ぶクラスメイトが居るのだか。私の運の
悪さは地の底程落ち込んでいるんじゃないだろうか。ギャーギャーと騒ぐ二人に嫌気
というよりも苛立ちを覚えた私は、同じく苛立つ雰囲気を醸し出す織斑担任と目が合
い、互いに頷いた。机に両手を大げさに叩き付けて立ち上がった私に視線を集め、二人
の言い争いを横合いから潰してやる。大きな音に驚いた二人を睨み付けるように先手
を取り、少し低い声を出して威圧する。
﹂
?
﹂
﹁そ、それはわたくしたちの担任である織斑先生ですわ。出身の地は此処日本で⋮⋮っ
言ったのよ﹂
﹁二 度 言 わ な く て は な ら な い か し ら、初 代 ブ リ ュ ン ヒ ル デ の 名 前 と 出 身 地 を 答 え ろ と
﹁は、はい
ん。初代モンド・グロッソの覇者の名前とその出身地を答えなさい﹂
﹁⋮⋮言ったわよね、面倒事を起こすな、と。イギリス代表候補生であるオルコットさ
24
ス代表候補生だろうが此処は学園で、生徒より教員の方が立場が上なのは当たり前であ
ら冷たい瞳で見られている事を察して、自分が言った言葉に自覚を漸く持った。イギリ
て瞬時に青褪めた。一気に頭の熱が冷めたオルコットさんは周りの日本人生徒たちか
バッと私から視線を変えたオルコットさんは、大層お怒りの様子である織斑担任を見
!?
る。そして、数居る担任の中で喧嘩を売ってはならない人物が目の前に居るのだ。
先程の織斑くんとの遣り取りを見てオルコットさんが精神的に未熟なのだと理解し
たから﹁イギリス代表候補生はブリュンヒルデに喧嘩を売った﹂と言う事実を政府に放
る事を止めて贖罪の場を作ってあげたのだ。もしも、彼女が威力偵察として織斑くんに
近付いていたのなら慈悲無くイギリスへ貸しを作ってやっていただろう。
心苦しいが代表候補生とはそういうものだ。成りたくなくても国のために行動せね
ばならない立場にある。見つけるまでは代表候補生を継続せねばならないのだから。
申し訳ありませんでした﹂
﹁わ、わたくしは大変失礼な事を口走って⋮⋮。皆さん不快な思いをさせてしまい大変
に行ったのは言うまでも無いだろう。
くったのは余談である。授業後に出て行った織斑担任にオルコットさんが涙目で謝り
その後の授業で織斑担任が根に持っているという振りで、オルコットさんを指定しま
引いたが授業を始める﹂
よって、他薦された織斑と自薦したオルコットは準備を行っておくように。それでは長
﹁⋮⋮ふん。と、言う事でクラス代表者は一週間後に第三アリーナによって決定する。
2──仲裁する。
25
れは未だISに謎が多過ぎるため、そして先が見えなさ過ぎるための処置のためだ。菌
かれた日本が作り出した箱庭の名前だ。何故、IS学園という教育施設があるのか、そ
IS学園。それは表向きにはIS関連の技術を学ぶための施設であり、各国にせっつ
が。
⋮⋮まぁ、この敵だらけのIS学園に放り込まれた彼を哀れむという意味もあった
手伝ってやろうとは思う。
要は無い。相談を申し出たのも印象を良くするだけの振りであるし、事務作業程度には
休み時間中が織斑くんを護衛する時間であり、放課後は仕事範囲外であるので関わる必
もその手の諜報に素人な私を立てる事自体可笑しいのだ。なので、私は授業中を含めた
そもそも、一日中織斑くんを監視しろというのは面倒極まり無い事であるし、そもそ
たもう一つの人物である更識楯無と役目を交代した。
ろう。授業が終わった後1024号室に向かった私は、織斑くんの護衛に割り当てられ
いうだけで、普通の生徒ならば沢山、それはもう遣り終える事が無いくらいにあるのだ
放課後という時間帯に行える事は意外にも少ない。いや、私の場合選択肢が少ないと
3││宣告する。
26
3──宣告する。
27
に電気的刺激を与えて突然変異を促すように、このIS学園という様々な思惑が巡り掻
き混ぜられた環境で専用機を育てるためにあるのだ。一般からの生徒が多いのはその
本質を隠すため、そして運用の費用を絞るためだ。
ISとは兵器だ。製作者が幾ら宇宙用パワードスーツと声を荒げようが、世界の認識
は行き過ぎた兵器でしかない。その兵器は467機という四桁に満たず、五百機にも満
たない数しか存在しない。その場合、政府や国が優先するとすればISのコアであり、
それに乗る搭乗者は人類半数も存在する付け替え電池でしかないのだ。
IS学園は未来の軍人を育む機関でしかなく、巷で行なわれているというIS適正簡
易検査もまたその一環でしかない。もしも、もしもだ。冷戦状態が解除され、世界単位
の戦争が起きた場合、有利になるのはISコア数と非人道性を持つ上部が居る国とな
る。前者は当然とはいえ、後者はそれなりに理由がある。
この学び舎に暮らす女子が戦場に出されたとして、戸惑いながらも偶然にも一人殺せ
たとしよう。人というものは未知なるそれを嫌う傾向にあり、見えないと言う事は無意
識的に嫌いの分類に入る行為だ。そのため、それを汲んだISはハイパーセンサーによ
り、撃った相手が飛び散る瞬間を高単価なレコーダーよりも精密に鮮明に映し出すだろ
う。
そうなれば、搭乗者は発狂せざるを得ない。そして、国は、上部は、軍は、こう言う
28
のだ。搭乗者を入れ替えて戦闘を続行せよ、と。467機しか無い大切な資材よりも、
幾多も居る人材どちらが大切か。結果を見れば当たり前のように前者で、吐き捨てられ
るのは後者だ。
女性権利団体とか言っただろうか。あのくだらない害悪にしかならなそうな団体が
良い顔をしてられるのは最初だけ、いや、平和である今だけだ。戦争になればあのよう
な使えない屑共はあっと言う間に軍へ収容され、狂うような実験台となるか冷たい骸に
なるに違いない。居るだけデメリットになるのだ。なら、戦争を行なう国からすれば使
えない膿は切り捨てるに限る。機会が無いだけで、すぐに彼女らは死んでしまうに違い
ないだろう。
力は男性の象徴であり、神話から古今東西まで軍を積み上げてきたのは男性だ。その
男性を蔑ろにするのだから、それなりの理由と権力が無くてはならない。そのきっかけ
がISという化物兵器だったというだけで、別に女性が強くなった訳じゃないのだ。I
S搭乗者だってISを展開していなくては一発の凶弾で簡単に死ぬし、ナイフを急所に
入れられればあっさりと死ぬ。そのため、IS搭乗者は自衛する技術と死ぬ覚悟を持た
ねばならない人種なのだ。
それなのに、このIS学園の授業概要を見る限り甘いとしか思えない洗脳授業しか存
在しない。ISは安全だ。だから、ISに乗っている相手に銃を向けて撃っても怪我は
3──宣告する。
29
しない。人を膾切りに出来そうなナイフで切り付けられても血は出ないのだ、と毒を仕
込む。
││くだらない。
ISに乗っている相手を殺傷する術は存在する。何せ、自分で試したからだ。絶対防
御は一定以上の殺傷可能性のある衝撃を受け止める機能であり、絶対無敵な防御機能で
はないのだ。簡単な事だ。なでるように相手の首を掴んで力を込める。たったそれだ
けで絶対防御は絶対でなくなる。触れられるだけで絶対防御を発動するならば風を受
けるだけでシールドエネルギーが削られる事になる。そして、生命維持機能がついてい
るが、それは患部圧伏による止血等の応急処置であって、首を半ばまでナイフで斬られ
た場合は手遅れになるのは当然な結露だ。
また、IS運用参考書には﹁絶対防御以上の衝撃を受けた際に起きる過負荷現象﹂と
いう分類で小さくながら絶対防御が万能な物で無い事を説明している。もっとも、それ
は初期の頃に発売された参考書のものなので、今手元に配布されているような教科書に
は﹁そのような可能性もあります﹂という消極的な説明しかされていない。
││本当にくだらない。
正直に言って今のIS学園は私にとって苛立ちの源でしかない。表向きの風潮に流
されて、その真価も見抜けないただの一般人がファッション感覚でカスタムしたり運用
するこの学園が私は嫌いだ。そして、そんな子供を嗤って遣い潰そうとする大人の思惑
﹂
﹂
が見えるのもまた不快だ。そして、この現状を作り出した白騎士事件が何よりも││憎
い。
﹁待てぇ一夏ぁッ
流石に木刀は無理だ
!!
規制や監視の目も無いし、意外と快適やもしれない。
となる制度が存在する。私にとってかなり過ごし易い環境となっている。露骨な情報
い。そして、代表候補生に発行されている専用のカードを使えば学校内での金銭は不要
ようか。IS学園は各国の支えの元に運営されているので食堂のメニューは一律に安
時間を見やると夕飯の食事が出る時間帯に差し掛かっていた。丁度良いし食事にし
れるというハプニングもあったし。
起こりそうな事案であるので何とも言えない気分だが。既に私も胸に後頭部を埋めら
もっとも、彼以外の男子が居ないこの学園で、彼にラッキースケベ属性があれば頻繁に
るのか。成る程、薄い本が厚くなりそうなベタな展開がありそうな状況で環境だろう。
一括りにすると担当官が言ってた気がする。そうなると二人は同じ部屋で同衾してい
声から察するに篠ノ之さんと織斑くんが戯れているらしい。そう言えば重要人物同士
どす黒い泥の様な気分に落ち込もうとしていた私の耳を打ったのは廊下の騒がしさ。
﹁ひっ
!?
!!
30
部屋着である黒いタンクトップとジーンズに身を包んだ私が扉を開けると、隣の扉に
背を張り付ける様に座る織斑くんが見えてしまった。顔の隣に木刀の先が飛び出して
おり、中に居る篠ノ之さんがエキサイトしているのが読めた。扉を開けた音で此方に気
付いた織斑くんは死中に活を見出したと言わんばかりに私に情けない瞳を向けた。
﹁⋮⋮はぁ。言いたい事は分かりました。私の部屋へどうぞ﹂
﹁す、すまん。恩に着る﹂
﹁はいはい﹂
一歩出るだけで戻る事になった私は溜息を吐いて踵を返した。廊下で何やらざわざ
わと喧しいが私は知り合いに対する好意でやっているだけで深い意味は無いのだ。息
も絶え絶えと言った様子の織斑くんが入室した瞬間に床に崩れ落ちる。確かにあの扉
を貫く勢いで放たれた木刀を避けていたら精神的にも削られるだろう。やれやれと私
は肩を竦めて奥側の机に備わった椅子へと座り、手前側の椅子に座るように促す。
というか俺が男女部屋で浅草さんが一人って⋮⋮、IS学園の人事
?
﹁へぇ、因みにどんな
﹂
﹁それなりの理由があるというだけですよ﹂
どうなってんだ⋮⋮﹂
﹁そ、そうなのか
﹁そちらへどうぞ。この部屋は私の一人部屋ですからお構いなく﹂
3──宣告する。
31
?
﹁⋮⋮デリカシーが無いと言われた事はありませんか織斑一夏﹂
私も引くだろう。
﹁⋮⋮じょ、冗談だよな
?
﹂
?
若干織斑くんの頬が染まっているのが少し気になるが、立ち上がり洗面台の所に備え
したんだ私は。馬鹿か。
る。うん、忘れよう。思い出す事は無いんだ。むしろ何故、良い思い出のように思い出
う角度の指導もあの人から受けたんだっけ。腰が痛くて泣きそうになったのを覚えて
礼な。と、そんな茶番をしてから私は胸を逸らしてホルスターを見えなくした。こうい
引き攣った笑みに笑みを返しただけだと言うのに、片言になる程に怯えるだなんて失
﹁スイマセンデシタ、イゴキヲツケマス﹂
﹁冗談だと良いですね
﹂
ているクラスメイトだなんて引くに決まっている。理由を知らなければ誰でも引くし、
まった。それはそうだろう、何せ銃を身近に感じない一般生徒である。銃を標準装備し
私は左脇本にあるホルスターを見えるようにして微笑む。織斑くんはそれを見て固
⋮⋮﹂
﹁悪 気 が 無 く て も そ れ は 貴 方 だ け の 都 合 で す。私 が そ れ に 激 昂 し て 貴 方 に 発 砲 し た ら
﹁うぐっ、そ、それもそうだな。悪かった。悪気は無いんだ﹂
32
付けたポットに付属する急須とお茶葉缶に手を出した。お茶というものは心を落ち着
かせるのに適していて、日本人であれば更にその効果は上がるだろう。それなりに良い
茶葉を使っているので香りが良い。それにふっと笑みを浮かべつつ、お客用に買ってい
た茶碗を引き出しから出してお茶を注ぐ。
両手に茶碗を持って一つを織斑くんへもう一つを私の前に置いて、座った私はお茶を
飲むように促した。冷や汗をだらだらと流していた先程より何故か機嫌が良さそうに
見える織斑くんは手馴れた様子で茶碗に口を付けた。
││私がスパイだったら睡眠薬か毒が塗ってある茶碗ですよ
﹁おお、美味いなこれ﹂
﹁四門堂の朱雀ですからね。グレードはそれなりに高いですよ﹂
?
だろうだとか思っているに違いない。何せ、私がそのような気持ちだったのだ。覚悟も
何の偶然かこの学園へ入学した織斑くんだ。恐らく、今も尚何で自分が此処に居るん
⋮⋮いや、普通だった彼にそれを求めるのは酷、か。
うかこの男。
り過ぎて若干頭が痛い。武力行使をしてくる輩が居たらあっさりと死ぬんじゃなかろ
矢張り、織斑くんは自分の立ち位置が分かっていないようだった。暗殺出来る隙が有
﹁へぇ、そうなのか﹂
3──宣告する。
33
何も無い織斑くんはそれよりも酷いに違いない。
﹂
?
ら脱出してますよ
﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮え゛﹂
﹂
?
ら研究材料にされるだろうから死ぬ気で頑張ってね、と言われたのだ。
ラ
織斑くんは私の話を聞いて若干青褪めていた。無理も無いだろう。何せ、下手打った
では良いですか
ISを男性が使えるようになればこの世の秩序がぐるっと変わるのですから。ここま
しまった織斑一夏は研究材料として最上級の分類に当たります。何せ、貴方を解体して
バ
を作り出す事です。その何かを作るに当たって、男性の身でありながらISを動かして
されています。その男性が女性に復讐を企てるために必要なのはISを打破する何か
?
?
﹁⋮⋮漸く立場が分かりましたか
今、この世は女尊男卑の風潮により、男性が蔑ろに
た後に、遺伝子研究に使える素材を引き抜いてから、ISのステルス機能を使って窓か
たエージェントならば、その茶碗に即効性の毒を塗って貴方が部屋で死んだのを確認し
継続したい女性からすれば貴方は抹殺目標です。もしも、私が貴方を殺すために近付い
﹁今、貴方は世界中の男性にとって今の環境を打ち砕く事が出来る希望であり、この世を
﹁へ
﹁取り敢えず織斑君は今居る立場を見直した方が宜しいですね﹂
34
視線をぐるぐると泳がしてから織斑くんは頷いた。
﹁そして、それをさせないために私が居ます。それが、私の言った護衛という意味です。
本来は秘密裏に貴方に手を出す輩を始末する予定でしたが、織斑くんはその容姿からか
﹂
一般女子も引き寄せてしまうので選別が難しくなります﹂
﹁そうなのか
﹂
偽装及び勧誘による可能性が無ければ安心して交友関係を築いて結構ですので﹂
きな臭いお誘いは避けるように。一応全ての生徒の裏は取ってあるので、入れ替わりや
﹁まぁ、心の何処かでそのような事があるかもしれない、とだけ覚えておいてください。
﹁お、おう⋮⋮﹂
から﹂
いね。篭絡されて言いなりモルモットになられたら流石に私もフォローができません
てきた人物は必ず疑ってください。特に、肉体関係を持とうとする輩は気を付けて下さ
然に正体を明かす事で牽制を掛けました。ですので、私が傍に居ない間に露骨に近付い
﹁信じられないならそうだと仮定して置いてください。話を続けます。よって、私は公
?
?
してくださって結構です﹂
﹁何か様子が可笑しくないか、と思ったら疑えと言うだけです。それ以外は普通に生活
﹁え、えっとつまり
3──宣告する。
35
﹁は、はぁ⋮⋮﹂
﹂
盛っても良いですよ﹂
﹁盛らねぇよ
﹂
﹁そうですか。では、実姉に
﹁んな性癖ねーよ
?
!?
がやる事は武力排除ぐらいでしょうか。
そうなれば楽ですね。
││彼が白騎士の弟であるかもしれないのに
い。
私が恨んでいるのは白騎士ではなく、白騎士事件だ。其処を取り間違えてはならな
?
し、⋮⋮問題無さそうですね。盗聴機の類は更識の方で対処してくれるそうですし、私
れても問題はありませんし、同室が女子なのでティッシュに包む事もしないでしょう
まぁ、IS学園の下水は特殊な処理がされるようですし、トイレやシャワー室で自慰さ
お や、思 春 期 男 子 は 所 構 わ ず 発 情 す る と の 情 報 で し た が 実 は 違 う の で し ょ う か。
﹁そうしとくぜ。⋮⋮印象が木っ端微塵だ﹂
﹁ふふっ、そうですか。下世話な事でしたね、聞き逃して結構ですよ﹂
!
﹂
﹁⋮⋮ ま、貴 方 の 同 室 の 篠 ノ 之 さ ん は 大 丈 夫 で し ょ う か ら 安 心 し て く だ さ い。何 な ら
36
3──宣告する。
37
あの騒動を引き起こした人物が篠ノ之束と決まった訳じゃない。
何せ、会った事すらない人物だ。断定する証拠も無い。
⋮⋮もしかすれば、織斑くんの近くに居れば見つける事ができるかもしれないのだ。
篠ノ之束。
ISを作り出した張本人であり、白騎士事件を引き起こした可能性が高い人物に。
それまで、それまでは大人しくしておこう。
││私の復讐を果たすために。
んなんだ
ねない女友達ってこんなのを言うんだろうなって俺でも分かった。まぁ、鈴はお祭り担
傍に居てくれると心地良いのだ。痒い所に手が届くような、そんな安堵感がある。気兼
さんを比べてみると正反対なものが多い。まるで、悪友な関係と言った具合で、適度に
時や無理矢理買い物に付き合わされたりと面倒な事もあった。そんな女子たちと浅草
どうしてか俺の周りには女友達が増えていた事があったし、理不尽な一撃を喰らった
││こんな女の子も居るんだなって素直に思った。
?
下世話な話題で吹き飛んだんだよな。うん、掴み所が難解過ぎる。何処を掴めば浅草さ
そして、薄い笑顔を浮かべて淡々と俺の現状を語ってくれた時の恐ろしさは、その後の
タンクトップにジーパンというラフで色々とガードが緩い格好で部屋に入れてくれた。
族っぽいのを諌めてくれたあの剣幕は萎縮するレベルでかなり驚いた。けど、薄い黒い
での掴めないという印象だ。セシリア・オルコットって言ったっけ。あのイギリス貴
あ、いや、胸が鈴のように掴めないだとかそういう類の意味ではなく、性格的な意味
浅草さんは本当に掴めない人だと思った。
4││疾走する。
38
当で馬鹿騒ぎしかしてなかったし、箒に至っては剣道のライバルでしか無かったから
なぁ。悪戯気のある女子は近くに居なかったから凄く印象に残ってしまった。
のか蠢いている箒を背に向けてから、携帯を取り出した。朝に貰ったアドレスを打ち込
俺はベッドに潜り込んで、何やらぶつぶつと明日の授業の予習で暗記物でもしている
楽しみにしてた事だしな。あの驚きながら喜んでくれるのが良いんだよなぁ。
りたいな。誕生日とか好みとか知っておきたい。友人に誕生日プレゼントを贈るのは
みとか知っているとお互いに接し易いしな。そうなると、もう少し浅草さんについて知
友人だし、仲良くするために考え過ぎていたのかもしれない。一緒に居るなら癖とか好
うーむ、考えても考えても答えは出ない。まぁ、多分今まで近くに居なかった性格の
⋮⋮本当に俺はどうしたんだろうか。
の挙動に目が追っていた。
のような感じとは違うそれに驚きながら、厳重なのに無防備に見えてしまった浅草さん
になるくらいに目線がバレていないか緊張してしまった。千冬姉の下着や裸を見た時
自動拳銃が見えたがそれよりも腋から繋がる胸の付け根に釘付けになってしまい、片言
慌てて座ってお茶を貰った時に失言をしてからかわれた時には、ホルスターに収まった
浅 草 さ ん が 椅 子 に 座 っ た 時 に 高 低 さ か ら 綺 麗 な 鎖 骨 と 胸 元 が 見 え て ド キ リ と し た。
︵横乳エロかったなぁ⋮⋮︶
4──疾走する。
39
み、浅草染子とアドレス帳へ入れる。すると、浅草さんの名前はアドレス帳の一番上に
君臨した。少し妄想してみる。
ねぇんだけどマジで。
そういえば、クラス代表者に推薦されたんだっけ俺。⋮⋮あれ
でも見てくれれば良い内容なので問題無いだろう⋮⋮って、もう返って来た。携帯を
取り敢えず浅草さんへメールを送ってみる。時間的に寝ているかもしれないが、朝に
﹁これからよろしくな⋮⋮っと﹂
男の恥だぞ。
た。男の子なら全てを薙ぎ払って糧にしなさい、と言われたばかりだぜ俺。敵前逃亡は
素人な俺が⋮⋮って、いかんいかん。この考えは浅草さんに釘を刺されたばかりだっ
んがクラス代表者やったら全て上手く回る気がするのは俺だけだろうか。何でISド
?
?
一組を一喝して纏めた手腕のある浅草さんが何で推薦されてないんだ
正直浅草さ
そう言えばあの時
さ ん の 隣 に 並 ぶ よ う に 俺 の 姉 が 降 臨 し て い る の だ ろ う。何 だ こ の 一 組 勝 て る 気 が し
て言うのはきっと浅草さん︵妄想︶のような人を指すに違いない。そして、恐らく浅草
囲気で言われたら従ってしまいそうなカリスマ力が発揮されていらっしゃる。女帝っ
⋮⋮やばい。凄い違和感が無い。椅子に座りながら腕と足を組んであの吊り目と雰
﹃平伏しなさい愚民共。今日から私の事は浅草様と呼びなさい。これは命令よ﹄
40
弄ってたのかな。
﹃此方こそ三年間宜しくお願いします。IS用語を纏めた付箋を付けた教科書にしてお
浅草さんマジ良い人だ
メインオペレーター来た、これで勝つる
!
くので、それを明日の朝に交換してあげますから勉学に力を入れるように﹄
⋮⋮マジで
!
カコカコと返事を打つと矢張り携帯の近くに居るからか数分で返ってきた。
││美味しい所は浅草さんと千冬姉のコンビに持ってかれたけどな。
を侮辱されたような気がして喧嘩を売り買いしちゃったんだよなぁ。
言われたら日本男児の大和魂が廃るというものだ。⋮⋮まぁ、日本の代表だった千冬姉
いたズブの素人という点は今の俺の現状を示すのに十分過ぎる言葉だった。ここまで
あ、そうだ。ISの操縦についても教えて貰わなきゃな。癪だがオルコットが言って
しまうくらいだ。
くので辞書が無いのだ。凄く困る。皆がどうやって事前勉強したのか不思議に思えて
リーで初歩の教科書ですら訳分からんのだ。それにIS用語は現在進行形で増えて行
教科書を捲って二ページで絶望した俺には女神のように見えるぜ。専門用語がオン
!?
ます。放課後に私の部屋に来てくださいね。他の人を誘うのは構いませんが大人数は
しょう。残念ながら明日は予約が多く取れなかったので、基礎的な知識を教える事にし
﹃訓 練 の 件 了 解 し ま し た。早 速 訓 練 用 I S を 予 約 し て お い た の で、明 後 日 に 行 な い ま
4──疾走する。
41
止めてください。面倒です﹄
凄く浅草さんらしい理由だと思った。まぁ確かに一人部屋と言っても椅子や机には
限りがあるしな。つっても誘う人居ないんだよなぁ。弾と御手洗で勉強会した時は結
局捗らなかったし、あんまり増やしても効率悪いしな。分かったと返信しておこう。
あ、そういえば部屋に急須があるって事は、浅草さんは和風なのが好きなのかな。そ
したら、和っぽいのをお茶菓子に持っていこう。そうなると大福とかが良さそうだな。
明日購買で買って来るか。購買って言うとコッペパン軍曹を思い出すが、ここも激戦区
だったりするのだろうか。半額パンを弾たちと狼のように争った経緯があるし、早めに
行って確保しておくべきかもしれない。確か購買は一時限後に解放されるんだったか。
一時限目と二時限目は普通科目だから問題無いな。
﹃さよならだ﹄
☆
貸しに対する利息は幾らだろうか。払い切れる気がしないんだが、切実に。
﹁⋮⋮頭上がらねぇ﹂
﹃では、おやすみなさい。寝坊は禁物ですよ﹄
42
⋮⋮っ﹂
!!
││くだらない。
拾う必要は無い筈だ。
多分覚えていないのだろう。それに、覚える価値も無いのだから捨て置いて良い。態々
い た だ ろ う か。あ の 頃 は 記 憶 が 混 濁 し て い て 戦 闘 中 し か 冷 静 じ ゃ な か っ た 気 が す る。
て整備中のISを動かして殺そうとしてきた同年代の女の子。名前は⋮⋮、何と言って
言った様子で過信を捻り潰されて死んだ女の子の顔だった。私からISを奪おうとし
あの時の悪夢を見るのは度々ある。そして、同時に脳裏にチラつくのは在り得ないと
回して冷たい水でじっとりとした汗を流し、火照り始めた感情を冷水で冷ましてゆく。
と向かう。置いておいた洗濯籠にパジャマと下着を脱ぎ捨てた。キュキュとレバーを
後で倦怠感のある体を動かして、ベッドから下りて下着とタオルを持ってシャワー室へ
ぐっしょりとショーツまで湿らせた汗が気持ちが悪い。よろりと悪夢から覚めた直
が水平に落ち着いてゆく。
に忘れられなかった。過呼吸気味の呼吸が段々と収まって行き、荒波のように乱れた心
が、兄さんに突き飛ばされて難を逃れ、土砂崩れに潰される家族を見た時の悪夢は未だ
の胸元を握り締め息を整えるために深呼吸する。発作の前兆であるとは分かっている
まただ。またあの時の夢を見ていた。荒い呼吸を抑えるようにチェックのパジャマ
﹁兄さ││ッ
4──疾走する。
43
確か、首を折られた直後の彼女へ言った言葉だった筈だ。私がこの言葉を口癖にし始
めたのは。もしかすると、殺してしまった罪悪感が心の何処かに残っているのかもしれ
な い。そ れ が 形 と な っ て 口 癖 に な っ た そ ん な 訳 が 無 い。⋮⋮ 馬 鹿 ら し い。名 前 す
私らしさって何だっけ。
考えるのを止めよう、私らしくない。
││本当にくだらない。
ある。無意味だ。
ら覚えていない奴を思い出そうとしてどうするんだ。何の意味になる。価値は何処に
?
の近くに居れば篠ノ之束と接触する機会があるのではないか、というのが上の意向だ。
である事が浮き彫りになる。そのため、この学園に所属している篠ノ之箒及び織斑千冬
で有名らしい。情報を集めて行くに連れて、篠ノ之束のパーソナルペースは一人二人程
天気屋であり、妹の篠ノ之箒や友人の織斑千冬以外の人物に対して辛辣な態度を取る事
だ。篠ノ之束はコミュニケーション能力が欠如しているのではないかというぐらいに
本の役に立つ事。それが私が此処に居る建前で、篠ノ之束を見つけるための足掛かり
私は織斑くんの護衛として派遣された日本代表候補生。彼を周辺の悪意から護り、日
どうも冷静に成り切れない。立場を思い出せ。
﹁⋮⋮駄目だ。思考が混濁してる﹂
44
そして、織斑一夏はIS研究にとって重要人物として指定されたため、以上二つの理由
を持って私は此処に居るのだ。
ISの操縦技術は既に下手な国家代表以上はあると評価されているし、そもそも座学
はとっくの昔に終えたカリキュラムをなぞっているだけなので満点を取る自信がある。
ぶっちゃけてしまえば部屋でごろごろしていても出席数を調整すれば卒業できるのだ。
それが出来ない理由が私の部屋の隣に居る織斑くんであり、彼の現状を上に伝えたらサ
ポートしろとの通達が返ってきた。
非情に面倒だ。
だが、面白いと言えるのは表の生徒だけで、裏の生徒からすれば銃やナイフと言った暗
IS学園は専用の制服があり、それを改造する事ができるという面白い校則がある。
出しておいた一式の方を取る。
ベッドに昨夜放ったIS学園の白い制服を手に取ろうとして、ランニングをするために
な が ら シ ャ ワ ー 室 か ら 出 た。陽 気 な 春 の 日 で は あ る が 朝 だ か ら か 少 し 肌 寒 い。隣 の
でレバーを戻してタオルで水気を拭う。下着を履きわしゃわしゃと髪をタオルで包み
は及第点くらいには底上げできるんじゃないだろうか。良い感じに頭が冷えてきたの
まぁ、篠ノ之さんの突きを無傷で突破する程の眼は持っているようなので、操作技術
﹁⋮⋮ふぅ﹂
4──疾走する。
45
46
器を仕込める改造を施せる理由になる。まぁ、宗教上の事情だとかも改造すれば何とか
なるのでそこらへんの利便を図るためかもしれないが、こうしてホルスターを隠しても
外 か ら 見 え な い よ う に 作 ら れ て い る 標 準 的 な 制 服 を 持 っ て い る 時 点 で 察 し て 欲 し い。
見え隠れする大人の事情が不快で仕方が無いが、確かに私はそれで助かっているので何
とも言えない気持ちである。逆に、忍び込んだ暗殺者もまた同じ状態なのだ。気を引き
締めるのには十分な理由である。
織斑くんを護衛するに当たって、日本政府は二つの札を用いた。一つは私。使い勝手
の良い人材であるからと、同年代だった事が決め手だったのだろう。日本代表候補生と
いう肩書きとそれを裏打ちする実力はIS学園という場所では十分な資格だった。
そして、もう一つは日本の裏を制する更識機関。何せ、その当主である更識楯無がI
S学園に生徒会長として君臨しているのだ。金を積めば動いてくれる機関であってか
なり条件が良いのだろう。まぁ、同じ日本代表候補生の更識簪が居るのもあって簡単に
頷いてくれたに違いない。情報によれば二人の仲は冷戦中のようで、何やらお互いにや
きもきしているそうだった。家族が居るだけマシだろうに、何を更に求めているのだ
か。私には到底分かりそうに無い溝なので、基本ノータッチで行こうと思う。
そうなると幽霊部員として部活に入っていたのは正解だったと今更に気付く。IS
学園は必ず部活動に参加しなくてはならないので、生徒会長権限を乱用される前に逃げ
れて良かった。因みに新聞部で、ネタ提供担当︵仮︶である。昨日の放課後に部長から
熱烈なラブコールをされて幽霊部員である事とネタの提供は月に一度という条件で頷
いた。既にネタを提供しているので今月はフリーで問題無い。手ぶらで楽で良い。
﹁そろそろ走りますかね﹂
日本政府が用意した何処と分からぬ施設で暮らしていた頃、私は起床後朝食前に二十
kmのランニングと筋肉トレーニングを課せられていたのでその名残であるが適度の
運動をするようにしている。ランニング用に買ってきた黒いスポーツウェアとジャー
ジを着用し、ベッドの上でストレッチをして体を解す。確り体が解せたのを確認してか
ら日の丸印の代表候補生カードと部屋の鍵をポケットに入れて扉を開けた。
﹂
すると、同じタイミングで扉を開いた剣道着を着用した篠ノ之さんと鉢合わせた。
﹁おはようございます。貴方もランニングですか
﹁あ、ああ。そうだ﹂
?
私はいつものペースで走り始める。
も歩き出した。数分程沈黙と無言の視線を浴びながらランニングコースへ辿り着いた
して、ランニングコースに近い中庭へと歩き出す。すると、それに合わせて篠ノ之さん
会話終了。篠ノ之さんは何故か私を睨んでいるが、特段用が無いようなので戸締りを
﹁そうですか﹂
4──疾走する。
47
そして、数秒、数分、十数分と走り続けていると後ろから気配が消えた。どうやら十
六km四百m程で篠ノ之さんはリタイアしたらしい。ISという兵器を運用する以上、
搭乗者の体力はあれば在るほど良い傾向にある。それは集中力に関する関係であった
り、IS操縦に手足を動かす動作が必要であるために長時間の戦闘を行なえるために必
要とする。なので、施設に居た頃は常に肉体改造という名のスパルタも真っ青な訓練メ
ニューをこなしていた私に追従できたというのは十分に及第点だと思える。後ろから
運転だけだと言うのに。施設では集中し過ぎて四桁に届くのが普通だったので、忘れず
戦慄の声を聞いたが一体何だったのだろうか。たかが数十種類のマシーンを三桁程試
を使用して筋肉トレーニングを始める。その際、他の使用している生徒から感嘆の声と
朝食は十分もあれば問題無いので、時間ギリギリまで施設でも見た事の無いマシーン
﹁⋮⋮ほぉ、流石最先端の学園ですね。揃いが良い⋮⋮﹂
かしいと思えてしまう今日この頃。
ある。少し楽しみにしていたのもあって足取りは軽い。しんどくて倒れていた頃が懐
最新鋭のマシーンが集まっているとだけあって広くて使い勝手が良さそうなルームで
水を買って飲み干し、途中のゴミ箱に捨ててから目的のトレーニングルームへと赴く。
予定通り二十五km走り終えた私はクールダウンとして半周歩き、そのまま自販機で
﹁嘘だろ⋮⋮﹂という小さな呟きが聞こえた気がするがマイペースに走って行く。
48
4──疾走する。
49
にお腹が割れない程度に鍛える配分を抑えておく。
あ の 人 が 腹 筋 の 割 れ た 女 性 は 男 受 け が あ ん ま り し な い と 実 体 験 を 言 っ て い た か ら
だっけ。正直男勝りなきつい性格が男を近寄らせない最大の理由なのだと思うのだけ
ど⋮⋮。まぁ、この事を面と向かって言う機会は未来永劫無いだろう。他の企業へ転属
したらしいし。
まぁ、筋肉トレーニングも終えたし水を買ってから食堂へ行こう。⋮⋮いや、その前
にシャワーを浴びるべきか。施設に居た時は大体一人かあの人だけだったから気にし
ないで居たが、衛生的に今の状況はあまりにも宜しくない。額に浮いた汗を手の甲で
拭ってから、一年生寮の近くに自動販売機がある場所へと向かった。幸い食堂へ向かう
生徒が多いのか擦れ違う事は少なかった。自室に戻ったらさっとシャワーを浴びなく
ては。明日は時間配分を変えよう。少しギリギリ過ぎる時間になってしまったし。
5││講義する。
﹂と返した経緯で一緒に学ぶ事になったのである。何時の間
?
⋮⋮え
今、何かとんでもなく凄い事をさらりと言われたぞ。
もISは動かせます﹂
﹁では、ISを操縦するに当たって必要な用語が沢山あります。しかし、実は覚えなくて
まったし。
尋ねてしまったのが失言だったのだろう。かなり苦々しい顔で﹁知るか﹂と言われてし
であるが、なにゆえ箒の雰囲気が重苦しいのだろうか。束さんから教わってないのかと
青のペンを片手にドヤっとしていた。また新しい浅草さんの一面が見れて嬉しい限り
にか部屋へ戻っていたらしい浅草さんは、昨日には無かったホワイトボードの前で黒赤
びに行くんだけど来るか
最中に何処かぎこちない様子で箒が用件を尋ねてきたので、﹁浅草さんにISの事を学
放課後、俺は約束通り浅草さんにISの事を学ぶために彼女の部屋に向かった。その
﹁⋮⋮よろしく頼む﹂
﹁よろしく頼むぜ﹂
﹁では、誰でも分かるIS操縦講座第一回を始めます﹂
50
?
隣で仏頂面していた箒でさえぽかんとしているくらいだ。
﹁ふふっ、お二人は先入観に騙されているようですが、ISはどう足掻いてもパワード
スーツ。言うなれば万能過ぎる宇宙服です。なので、ISを教えられる際に一番言葉に
出る、感覚で、イメージをすれば、と言う言葉は噛み砕きすぎた表現だったりします。正
しくは、思考操作によってスラスター等を管理するから手足を動かさない以外の事はイ
﹂
メージインターフェースを活用すると良いよ、という助言なのです﹂
﹁イメージインターフェース
﹁な、なんだ
﹂
す。言うなれば補助プログラムですね。では、篠ノ之さん﹂
の意思を実行し、座っている状態から起き上がります。これが思考操作の成り立ちで
的に捉えたのがイメージインターフェースです。ISは立ち上がろうとする織斑くん
﹁良い質問ですね。今織斑くんが立ち上がろうと考えたとします。そのプロセスを機械
?
を地へ下ろし、何秒で足裏を地面に付けるという行動を常に考えていますか
﹂
﹁普段歩いている時に足を動かす際に、何度で膝を曲げ、何センチ前へ動かし、何度で踵
?
?
でも、歩こうとしているという意思は頭にあるでしょう
その意思に沿って、篠ノ之
﹁そ、そうですね。普段無意識に動かしている行動にいちいち考えた事は無いですよね。
﹁⋮⋮した事が無いな。歩く時はこうスタスタという感じだ﹂
5──講義する。
51
?
さんは体というISを纏って歩いている訳です。そのため、ISでも同じ事ができま
す。歩く時は前へ足を交互に動かすだけで歩けますし、空を飛ぼうとすればスラスター
が噴射しPICによって状態を維持して浮かぶ事ができます﹂
?
き分け方に関係するらしい。⋮⋮だが、それをツンデレを例に書くのはどうなんだ
操作はISに何々がしたいというお願いをする事であり、ISランクはこのお願いの聞
キュポッと黒のペンの蓋を外した浅草さんは簡単なプロセスを書いてくれた。思考
いると言った様子だ。本当に先生と生徒みたいな風景で、微笑ましく見えてしまった。
を逸らした。どうやら棘が抜けてきたらしい。何と言うか浅草さんは御し方を心得て
浅草さんは頷いてニコリと笑みを浮かべる。褒められた箒はそれに照れて少し視線
﹁そうなりますね﹂
﹁前後不注意という奴だな﹂
過ぎてしまって他の事に疎かになっている状態ですからね。当然な結果でしょう﹂
め、目の前の石に躓いたり、足を縺れさせて転ぶ訳です。意識せずとも歩けるのに考え
です。なので、IS学園の生徒ならば教科書通りに動こうと考えてしまいます。そのた
﹁その通りです。IS初心者にありがちなのはマニュアルがあると思い込んでしまう事
用語なんて使わないもんな﹂
﹁つまり、ISは服の延長線上だと思えって事か こうやって腕を振るうのに確かに
52
?
いや、確かに分かり易いけどさ⋮⋮。Sに行くほどデレて、Fになるとツンしか無い。
⋮⋮そりゃ動かし難いわな。
に乗ってお互いの理解を深める事で好感度を上げる事が可能です。実体験ですが、五年
﹁これではISランクの低い人はISが乗れないままです。ですが、この親和性はIS
﹂
前にCランクだったのが今じゃSランクだったりします﹂
﹁は
?
くんの方が詳しいかもしれませんね﹂
乗っている人が勝ちます。性能差は操縦スキル次第でどうにかなります。これは、織斑
第四世代が出来ても第三世代に乗り続けた人と戦闘をすれば、圧倒的な差で第三世代に
頼関係が無いのと同じです。強さが段違いに変わります。まだ開発されていませんが、
専用機と呼ばれる機体がある理由ですね。友人に信頼があるのであって、赤の他人に信
﹁と、まぁ、乗れば乗るだけ一体感が増して行き、唯一無二の相棒となる訳です。これが
らば尚更に。まぁ、だからと言ってオルコットに習いたいとは思わないがな。
に優れた人物に教えられるのは名誉って言うか凄くラッキーだ。それが身近に居たな
強い訳だ。あー、成る程。オルコットが言っていた言葉の意味がやっと分かった。確か
Sランクって千冬姉並みって事じゃないか。つまり、浅草さんはかなり、いや、凄く
﹂
﹁え
?
5──講義する。
53
﹁⋮⋮んん
﹂
?
ルがプロ野球選手並みになる程の効果を発揮します。これは学べば学ぶ程操作の選択
闘補助がある事です。これは慣性を操作するもので、PICを使うと幼児が投げたボー
を石榴の様に吹き飛ばす事もできません。ISの利点は何よりもPICと呼ばれる戦
ライフルを手渡すようなものです。きちんと撃ち方や姿勢、装備を整えなければ敵の頭
る技術は自分で身につけなくてはなりません。言うなれば、初心者にアンチマテリアル
戦闘に分けられます。思考操作はあくまで移動と索敵のみの補助ですので、戦闘に関す
﹁では、話は戻りますが、ISの操縦において行なう事は大別して三つです。移動、索敵、
今ではISが使えるような気分になっているくらいだし。
教師が天職だったりするんじゃなかろうか。こうして、IS初心者である俺たちですら
事はそう言う事なんだな。箒も﹁ふむ﹂と深く頷いて理解しているようだ。浅草さんは
確かに古参キャラは段違いに強いよな。ああ、成る程。乗れば乗るだけ強くなるって
という奴ですね﹂
えているという確かな裏打ちと言えるでしょう。ベテランが新兵に負ける道理が無い
なっています。それは織斑担任の操縦技術が最新鋭の銃と呼ばれたビーム兵装すら越
﹁は い。織 斑 く ん の 実 姉 で あ る 織 斑 担 任 は 刀 型 の 兵 装 一 本 で モ ン ド・ク ロ ッ ソ 覇 者 と
﹁⋮⋮千冬さんか﹂
54
肢が増えますので、確りと学ぶ事をお勧めします﹂
﹁そ、そうなのか﹂
者な篠ノ之さんでも代表候補生になれるくらいに強くなれます。これは純粋に慣れる
﹁はい。PICの操作をオートからマニュアル状態に変えて戦闘ができれば、現在初心
﹂
﹂
事をお勧めします。理論で考えるとパンクしちゃうくらいの数式が必要ですので﹂
﹁⋮⋮習うより慣れろだな
何故分かったし。
﹁織斑くん理数系苦手ですね
!
に居ますか
﹂
﹂
﹁んー⋮⋮、そうだな。ロボットと一体化してるのは有りか
﹁はい、ありですよ。篠ノ之さんはどうですか
﹂
縦するとしたら、貴方はコクピットに居ますか、それともロボットの全体が見える位置
﹁さて、話が逸れました。では、お二人に質問します。もし、妄想で貴方がロボットを操
?
ペックを見て考えてはいけないタイプですので、やればできると言う具合にISの訓練
Sについて偏見を持たない方が宜しいです。これはできる、できないという判断をス
﹁成る程、お二人は搭乗者のタイプでは直感型に分類されるようですね。では、あまりI
?
?
?
﹁私もだな。一心同体という奴だ﹂
5──講義する。
55
﹂
を行うと成長が早いでしょう﹂
﹁そうなのか
﹂
﹁へ
?
?
氷が少し砕けて尖ってしまったような、そんな雰囲気で浅草さんは断言した。日本の
んですよ﹂
に貢献できるかというのが問われる立場なので、国にとって使える駒なら誰でも成れる
﹁ああ、成る程。織斑くんは少し勘違いしていますね。代表候補生はその実どれだけ国
?
代表候補生ってのはエリートって奴なんだろ それなのに勝ち目があるのか
ている事でしょうから、遠・中距離を得意とするISなので勝ち目は十分ありますね﹂
代型ビーム兵装のテストパイロットでしょう。十中八九︽ブルー・ティアーズ︾に乗っ
﹁オルコットさんはイギリスの代表候補生ですが、その旨はBT兵器と呼ばれる第三世
﹁おう﹂
練習を行なう方針で行きましょう﹂
ので、基礎を固めると直感に思考が付属して強くなれます。なので、明日は愚直に基礎
で選択しているのでピンチに強いタイプです。ですが、基本を疎かにし易い傾向にある
かしていると言う事です。体を前に傾けて走っているから速度が出る、というのを直感
﹁はい。ロボットと一体化していると言う事は、理論を脳裏に置く事をしないで体を動
?
56
代表候補生である浅草さんはそれを身を持って知っているのだろう。箒も今の浅草さ
んの雰囲気に呑まれて背筋をピンとしてたりするし、俺も少し右手が震えてるくらい迫
力を感じている。
﹁織斑担任が元日本代表であったように国家代表者はISバトルが強ければ成れるんで
す。ISを専有する代表候補生が一般人に負ける訳も無く、国のために尽くす上で自分
を磨く事で比例してISバトルが強くなっているだけです。言うなれば社畜のエリー
トですよ。⋮⋮私のように勝つためだけに調整されている代表候補生も居たりします
し﹂
最後の一言だけぼそぼそとしていて聞き取れなかったが、苛立ちの様な感情が表情か
ら見えたので愚痴か何かなのだろう。一気に不機嫌な雰囲気になった浅草さんは溜息
を吐いて、気分転換するためか机に置いていたペットボトルの水を口にした。
リと背筋が震え、絶対に逆らっちゃいけない感覚に平伏してしまう。何と言うか浅草さ
浅草さんは非常に冷血な笑みを浮かべて此処に居ないオルコットを嘲笑った。ゾク
れるのも癪ですしね﹂
エリート気取っているようですし、徹底的に潰してやりましょう。イギリスに良い顔さ
書きは其処まで注視するものじゃ無いですから気楽に行きましょう。あの程度の腕で
﹁まぁ、オルコットさんのようにはしゃいでいるお子様も居ますし、代表候補生という肩
5──講義する。
57
58
んは日本代表候補生という立ち位置を忠実に守っているように見える。オルコットが、
ではなくイギリスが、と言う辺り認識が俺の考えの遥か上の次元にあるらしい。いや、
それほどまでに日本代表候補生という肩書きを自覚しているのだろう。ここまで辛辣
な台詞を吐けると言う事はきちんと理解しているのが前提なのは言うまでも無い。そ
れを前提に嫌味や皮肉を言うのが大人な遣り取りと言うもので⋮⋮。
││あ、そっか、俺。浅草さんの事を大人だと感じてるんだ。
物心付く前から両親が居なかったらしい俺は千冬姉に育てられてきた。でも、千冬姉
は家事ができないし、めんどくさがりだし、ぐうたらな印象が目立ってあんまり大人だ
と思えない。ああ、だから俺は中学の頃に十分に足りている筈の家計のためにバイトを
してたのか。家で支えている千冬姉じゃ心配だったから。
俺は知らず知らずに千冬姉を姉として、同じ立場に居る子供として見ていたのだろ
う。だから、教師をやっている事を知って驚愕して、同年代で大人っぽい浅草さんに緊
張していたんだ。そりゃそうだ。俺の好みは年上の女性、いや、正確には大人っぽい人
なんだから。幼稚っぽい女友達よりも浅草さんの印象が良い理由はそんな単純な理由。
それに気付いてしまった俺は、ふふふと笑っていて怖い浅草さんを直視できなかった。
箒もまた視線を逸らしていたが、理由が違う俺は何とも言えない気分だった。恥ずかし
さからか頬が熱くて仕方が無い。穴があったら入りたい気分だ。
5──講義する。
59
☆
私、篠ノ之箒は戦慄していた。
誰に、だなんて聞かないでくれ。自問自答でしか無いが一人しか居ないだろう。浅草
は六年間も離れて過ごした幼馴染にして、初恋の男である一夏とお喋りをする仲にまで
進行していた。しかも、一夏は彼女の美貌に見惚れている節が多々あり、これを拙いと
感じた私は昨夜夜遅くまで考え込んでしまうくらいに焦っていた。
浅草染子が次期日本代表と噂される程の人物である事はIS学園に入るに当たって
色々と収集した際に知っていた。SHRでは不思議な事に同じ有名人としての憂いを
分かち合えそうな雰囲気をしていて、仲良くなれそうだと思った矢先に一夏の自己紹介
の際の舌打ちである。印象が木っ端微塵に吹っ飛んだ瞬間であった。
そして、彼女の自己紹介の際に飛び出た内容に耳を疑った。浅草は日本代表候補生と
してこの学園に派遣されてきた一夏の護衛である事を明言したからだ。騒然とした雰
囲気の中浅草は煩わしいと言った様子で一蹴し着席した。次に浅草が危険だと感じた
のは邂逅の時だった。一夏に勇気を出して喋り掛けた私を伺うように近付いて、運悪く
と言うべきか一夏は後ろから近付いていた彼女の胸へと後頭部を埋めた。私だったら
60
悲鳴を上げ⋮⋮、上げずに拳を振るっていただろうが、浅草は何とやれやれと言った様
子でそれを不問にしたのだ。
女性の胸というものを男性が妄りに触れるものではない。そして、それが初対面であ
る異性であるなら尚更にだ。まるで子供がじゃれ付いてきたのを宥めるかのような懐
の厚さに、私は戦慄を覚えた。私にできない事を颯爽と行なったのだ。そして、彼女は
私にナイフのような視線を向けて、一夏に叩き込む寸前に堪えていた右腕を指摘して釘
を刺した。
││私は今何をしていたんだ。
そう自問自答してしまう程にするりと彼女の言葉は私の胸を穿った。鮮やかな言霊
の一撃である。浅草が一夏にアドレスを手渡しているのを見て漸く正気に戻ったが、彼
女はそんな私を嘲笑うかのように席へと戻っていった。
そして、今日の朝の出来事もまた眼を疑うようなものだった。ラストスパートをかけ
た長距離マラソンランナーの如く走っておきながら息を切らさずに二十五kmを完走
し、私がペース配分を早めた事で息を乱している内にトレーニングルームへと向かい、
そこでもまた超人的なペースでの筋肉トレーニングを行なっていたと言うのだ。そし
て、彼女は噂を聞きに来たクラスメイトにこう言ったらしい。これぐらいなら軽いアッ
プ程度のものだ、と。その言葉は私だけではなく、その噂を聞いた全員を戦慄させた。
5──講義する。
61
代表候補生とはここまで人外染みた身体能力を保有しているのかと同じクラスメイト
であるセシリア・オルコットに視線が集まったが、彼女は今朝トレーニングのトの字も
無い様子だった事が発覚し、単純に浅草が常識を踏み越えているとの見解が結論として
終止符を打った。
そして、浅草への対処に頭を捻らせていたら何時の間にか授業が終わっていて、一夏
が何処かへと行こうとしている所だった。問い質してみれば浅草にISの操縦を学ぶ
との事。
││何故その役目が私じゃないんだ。
初めはそう思い憤怒と嫉妬を浅草に向けていたが、彼女の講座を聞いている内に気付
いたのだ。浅草は日本代表候補生として一夏と接触しているだけで、その態度が真面目
である事から私が勝手に嫉妬してしまっていたのだと。何せ、浅草は一度たりとも他の
クラスメイトのように一夏の風貌に見惚れるような様子も無ければ、一夏の挙動に眼を
見張る様子も無かったのだ。つまり、浅草は一夏に対し、わ、私のような恋心を抱いて
いる訳では無いと分かった。
浅草が正気に戻ってからオルコットの機体に勝つための指針を話したりして講座を
終えた後、一夏と一緒に教科書で分からない所や授業で理解できなかった部分への補講
をして貰ったが、浅草の説明は丁寧かつとても分かり易く、失礼ではあるが山田先生よ
りも内容が頭に入った。途中で脳裏に涙目の山田先生が手を振って消えて行くのを幻
視したが、特段無く心の中で手を振り返して補講に集中した。
が居ない気がする。姉に聞くのは絶対に嫌だし、そもそも何処に居るのかすら分からな
てくれる友人は居ないし、言っていて悲しいが一夏と浅草ぐらいしか友人と呼べる人物
ができれば苦労はしないのだ。度重なる転校で同年代の友人が出来なかった私を支え
よ、よし。同室である利点を活かしてみようじゃないか。⋮⋮って、そんな大胆な事
れた。そんな事で胸を高鳴らせてしまう自分が恥ずかしくも余韻に浸ってしまう。
夏から貰ったリボンは今でも付けているし、一夏も覚えていてくれたようで指摘してく
引っ越す前に一夏に、け、結婚の約束でも申し込んでおくべきだったかもしれない。一
結 局 私 は 項 垂 れ る し か な か っ た。素 直 に な れ な い 自 分 が 恨 め し い。こ ん な 事 な ら
が好みであったら私の敗北は秒読みに違いない。
浅草への視線の動きが多い事から否定されつつある。もし、胸の大きさが小さい女の子
性へ視線を向けていた気がするので同年代に興味が無いのかもしれないという懸念も、
かない程に追い込まれていた。一夏はどうなのだろうか。幼い時からやけに年上な女
へ軍配が上がり、唯一勝っているのはこのやけに成長してしまった胸ぐらいしか思いつ
シャワーを浴びながら戦力差というものを考えてみれば、私と浅草では圧倒的に浅草
﹁⋮⋮はぁ﹂
62
いのだから尋ねようも無い。
⋮⋮千冬さんに相談してみるか
案だな。
いや、それは流石に無理だ。そんな度胸があれば
戦闘訓練の重要さは、確りと理解しているに違いない。そうとなれば明日早速浅草へ提
い日は剣道で実戦訓練を積む事を浅草に提案してみよう。彼女の事だ。生身に於ける
そういえば一夏は剣道を止めたのだったな⋮⋮。ふむ、そうだな。訓練機が借りれな
そうであって欲しい、切実に。
ている筈だ。
し、お互いに距離感が掴み切れてない。そうだな、一ヶ月ぐらいすれば関係も元に戻っ
一夏に告白ぐらいしているだろう。告白、告白か⋮⋮。今はまだ再会したばかりである
?
りないと言っているだろうが
とは違う所を見せてやる
!!
私は今度こそ自分の力でやってみせるのだ
!
貴方
ださい。待て、姉、貴方は要らん。勝手に私の脳裏に浮かんでくるな。ええい、力は借
大胆な行動だろう。行方が掴めない父と母よ、勇気の足りない私にどうか力を貸してく
携帯のアドレス帳に浅草の名前が増えると良いのだが。友人の居ない私からすれば
﹁⋮⋮その時にアドレス交換してみよう﹂
5──講義する。
63
!
ろう。成る程、確かにこれは殺意を抱くに値する負の感情だ。けれど、それに呑まれる
た。嗚呼、そうか。あの子も、私にISを取られた少女もまたこんな気持ちだったのだ
置に居る私に対する当て付けでは無い事は分かっている。だが、純粋に悔しいと感じ
才能の欠片すら無かった事で死にたくなるような訓練を受け続けて、漸く今の立ち位
││愚問だった。こいつらは選ばれた人間だ。私とは違うのは当たり前だ。
信じられない光景まで見てしまった。
句の果てに、前方へブースト中に後ろへと振り返る特殊無反動旋回を成功させるという
ア ブ ソ リュー ト ター ン
せるように軽やかな動きで旋回し、好みの速度でスラスターが吹いてブーストする。挙
た私が嫉妬してしまいそうに成る程に彼らはISに愛されていた。ISが二人に合わ
流石、織斑千冬の弟と篠ノ之束の妹と言うべきか。アレは才能の塊だ。才能が無かっ
持っている事を理解した。
ている第二回IS操縦訓練の際に兵装に手を出してしまっても問題無い程のセンスを
基礎訓練にて二人は同等の経験値を得て移動する事に事欠く無くなり、明日に予定され
私が織斑くんの護衛に就いて四日程経った。先日行なった訓練用IS︽打鉄︾による
6││接触する。
64
6──接触する。
65
センス
程私は安い女では無い。
ハイセンス
才能で上を目指すと言うならば、超直感で捻り潰せば良いだけの事だ。私の︽玉鋼︾の
兵装の八割が通常戦闘を想定して作られていない。残された兵装を十全に戦列させ、幾
多の手段を持って屠れば良い。それを行なうだけの力を今の私は有している。
六年前に泣き続けていたあの頃の私では無いのだ。
胸元に光る日ノ丸印の代表候補生を示すバッヂが、日本代表候補生としての自覚とそ
の立場に立つ権利を持っている事の証明を代弁してくれている。これがあるからこそ、
私は私として意識を保ち続けて居られるのだ。確かに役に立てているという満足感が
今の生きる糧となっているのだから。
││そう、第二の織斑千冬となれ、と命令された日本代表候補生は私だけで良い。
平和に脳まで侵されて遣い時に使い捨てられる奴らよりも優れている事を誇れば良
い。自分のアイデンティティは全てそこに収束するのだから、誰よりもそれを誇らずし
て私は何を誇れば良い。ただでさえ私は俗世に疎いのだ。こればっかりは先を譲る事
はできない。例え、織斑くんが国家代表を目指そうとも私はそれを捻り潰す。国家代表
の 肩 書 き は 私 の 復 讐 相 手 を 探 す の に と て つ も な い 効 力 を 発 揮 し て く れ る に 違 い な い。
現に、初代日本国家代表である織斑担任の権力はとてつもない。第二回モンド・クロッ
ソの決勝戦を勝手に棄権した失態があるというのに、国際IS委員会の会議で堂々と主
張を通せるという前例がある程だ。
復讐を為すためには少々時間は掛かるが一番早い選択肢だと私は思う。実際、あの人
も肯定してくれたのだ。モンド・クロッソの射撃部門覇者となり総合部門覇者たる称号
であるブリュンヒルデを手に入れれば、織斑千冬の再来と騒がれて確実に篠ノ之束の耳
にも届く、と。もしかしたら接触の機会ができるかもしれない。それだけで十分過ぎる
﹂
動機だろう。日本政府としても利あって害無しなのだからwin│winだ。
﹁そめそめ∼﹂
﹁⋮⋮それは私に対する渾名なのかしら
﹂
﹂
﹁おはよ∼
?
﹁無いよ∼
﹂
﹁ええ、おはよう。それで、用件は何かしら布仏さん﹂
!
﹁何か用
分な気分で体を向けた。
香がセットで居るのを見て布仏さんのグループかと見当を付けて、私は呆れ半分面倒半
を表す小動物が居た。⋮⋮訂正、布仏本音がそこに居た。その後ろに鷹月静寐と相川清
声に振り向いてみれば、だぼっとした袖をふりふりしてぴょんぴょんと跳びながら喜び
早朝自己鍛錬を済ませて十分余裕があるように教室で空を眺めて座っていた。呼ぶ
?
66
?
﹁⋮⋮え
﹂
同世代のクラスメイトがそ
?
?
と両腕を振ってぷんぷんと言った様子で頬を膨らませた。
﹂
﹁も∼そめそめ、顔怖いよ∼。それにわたしの事は本音って呼んで∼
﹁⋮⋮怖い
﹂
如何此処から言葉を返すべきなのだろうか。そう思案していると布仏さんはぱたぱた
もそも居なかった私であるから、会話を膨らませるような知識は持ち合わせていない。
さんの奇行を説明してくれた。⋮⋮つまり用件は以上
相川さんが苦笑気味、いや、私の不機嫌顔を見て若干引き攣った笑みを浮かべて布仏
﹁あー⋮⋮、あ、浅草さん。本音は多分本当に挨拶するだけに呼んだんだと思う⋮⋮﹂
?
ず傷付きながらも、返事が返らずぷんぷんしている本音さんの方へ視線を向け直した。
ていられましたね。人柄が良いと褒めるべきでしょうか。私は二人の反応に少なから
⋮⋮そうか、私の顔は普段から怖いのか。だとしたらよく織斑くんは普通に私と接し
鷹月さんと相川さんに確認するように尋ねてみれば無言で視線を逸らされた。
?
﹁そ、そう。他に改善すべき点はあるかしら﹂
朝の挨拶はコミュニケーションの基本だよ∼
﹂
﹁んん∼、無かったけど今出来たよ∼。そめそめは今日から挨拶活動をするべきだね。
﹁⋮⋮私のこれは産まれ付きだろうから善処するわ。他に用件はあるかしら﹂
6──接触する。
67
?
﹁うん、喋り辛いなら普段通りに喋って良いよ∼
﹂
の変わり様に二人は勿論、盗み聞きしていた子たちも含めて驚く様子を見せた。
一蹴する。すっと目尻が落ち、吊り眼にしていた瞳は人形のような双眸へと戻った。そ
私は牽制の意味で身に纏っていた出来損ないな仮面を叩き割り、作っていた雰囲気を
仏もまた、本音を見破る事に特化した尋問術を持ち合わせているのだろう。
それが布仏部隊の在り方と言う事か。更識が楯無、楯を無用とする力を現すように。布
が当主だと思っていたが違ったらしい。相手の心を、本音を読む読心術に長けた一族。
伊達では無いという事か。そうか、本音という名は布仏部隊の当主の名か。姉の布仏虚
流石のこれには私も目を見開いた。成る程、諜報機関を纏め上げる更識機関の一員は
?
本代表候補生として所属させられているのだから一般常識は二の次だったというのも
くれなかったあの人からの情報しか持ち合わせていない。そもそも、戦うためだけに日
施設で六年間ISの鍛錬漬けであった私にとって、外の常識は終ぞ頑なに名を教えて
あの人の教えてくれた事で役に立たない事があるとは思わなかった。
﹁それは盲点でした﹂
﹁多分、それは会話の主導権的な意味合いの先取りだと思うよ﹂
り先取りだ、と教えられていたのですが⋮⋮﹂
﹁⋮⋮そうですか。可笑しいですね、先程の口調であればコミュニケーションはばっち
68
﹂
﹂
ある。小学生で学歴が終わっている私がIS学園に通う事になるとは露とも思って居
なかったのもあるが。
﹁わぁ⋮⋮、浅草さんクールビューティタイプだったんだッ
!
﹁てっきり、姉御キャラだと思って必要以上に緊張しちゃった
!
!
確かに
?
の部下、油断も隙もありゃしない。それで恩を売ったつもりか。大きなお世話だ。
メイド
クラスメイトと馴染んでいないとは自覚していたけれども⋮⋮。やられた。流石更識
にっこりと笑ったのがとても印象的に⋮⋮、待て、まさか恩を売られたのか
開し、蜘蛛の子如く自分の席へ我先にと戻って行ってしまった。流し目で本音さんが
差してSHRが始まる時間であると告げた。ありがとうと一言残して一同は一瞬で散
くれるクラスメイトたちの反応に少し悪くない気分になりつつ、私は親切心で時計を指
の人の性格と雰囲気はきついのか。掌を引っ繰り返したように好意的に近付いてきて
するに、私は忌避又は疎遠される立場で居たようだ。そうか、⋮⋮そうか。其処まであ
何だろう。クラスの雰囲気が一瞬で変わった気がする。⋮⋮相川さんの言葉から察
!
人 間 あ る べ き 姿 で 居 る べ き だ よ ね ∼
が⋮⋮、合わぬ事はするべきじゃありませんね﹂
﹁⋮⋮私に常識を教えてくれた人がそういう人でしたから。その雰囲気を真似たのです
﹂
﹁う ん う ん。浅 草 さ ん は 今 の 方 が 素 敵 だ よ ∼
6──接触する。
69
一瞬だけギロリと睨み付け返すと本音さんは﹁え ﹂と驚いた様子でわたわたしてい
し。
たわたと説明しにくるだろう。あの去り際の慌てようはそのようにしか見えなかった
の接触は控えよう。先程の一件が彼女の好意であったなら、授業が終わった後にでもわ
上は深追いかもしれない。本音さんの人成りをまだよく分かっていないので、此方から
でやってくれたのかもしれない。⋮⋮考えるのを止めよう。立場が立場なのでこれ以
私は仕事柄深く考えてしまったが、本音さんは馴染めていない私のためを想って好意
││あれ、もしかして裏目に出たのだろうか。
度では私の所に戻る事が出来ず、しょぼんとした様子で自分の席へと戻って行った。
た。チャイムが鳴ってしまい、彼女のあのポテポテという擬音が付きそうな遅い歩行速
!?
まっているのだ。戦闘に対し特化してゆくに連れて感情のブレは不要なものでしかな
形のようだと形容されてしまう程に私の感情は薄い。いや、冷水を含んで薄くなってし
る。成る程、それなら恐れられる必要も無く接されても当然だ。何せ、幽鬼を模した人
しまっていた気がする。そうなると、単純にあの二人は私の素を普通に見ていた事にな
今思えばあの人の人格と雰囲気を模した仮面は先日のIS操作講座の際にも外して
││人間関係とはこんなにも疲れる面倒なものだったろうか。
﹁⋮⋮はぁ﹂
70
かった。一か八かの爆発力に賭けるよりも、一定に安定した持続力の方が戦闘では有利
だ。何よりも、冷静である分相手を挑発して集中力を乱したりする事ができる余裕はあ
るべきだ、とあの人に教えられている。
私はあの人に依存し過ぎているのだろうか。私の復讐を肯定してくれた最初の一人
である教官に。⋮⋮違う。重ねていただけだ。私はあの人に兄さんを重ねていただけ。
﹂
あの日、私を救ってくれた気丈で勇敢なる人であった兄さんと││。
﹁││浅草
私が⋮⋮
しただけで
?
に手を当ててみれば、一筋の濡れた跡が存在していた。涙を流していた
兄を思い出
席に座っていた間宮優香が心配そうな顔で自身の頬を指差していた。それを真似て頬
でもない。きちんと電子モニターに目線を向けてカモフラージュしていた筈だ。隣の
斑くんのように上の空ですよ、という雰囲気を出している訳でも、窓の外を見ている訳
ふと、私は織斑担任の声で集まる視線に気付いた。どうしたのだろうか。別に私は織
?
?
?
﹁授業中失礼します﹂
﹁あ、ああ⋮⋮﹂
﹁⋮⋮申し訳ありません。体調が悪いようなので保健室へ行かせてください﹂
6──接触する。
71
72
最後列であるので後ろ側の扉へ最短で辿り着けた。廊下に出て背中側で扉が閉まっ
た音を聞いてから私は天を仰ぐようにして両目を閉じた。まさか自分でもまだ泣ける
とは思っていなかった。幸せに生きろと言われていただろうに、このような不幸な生き
方をし続けている私にまだ涙が残っていただなんて思っていなかった。
布仏本音。成る程、その名に偽り無しと言う事か。
これが、私の本音。彼女によって無意識に引き出された隠れていた本音なのだろう。
そう言えば墓参りに行ったのはいつだったろうか。あれから一度も行っていない気が
する。
││そうか、そこまで私は⋮⋮。
私は浮かんだ言葉を否定するように首を振って、涙をポケットから取り出したハンカ
チで痕にならぬように拭い去る。堂々と言った手前何でもありませんでした、と教室に
戻るのもアレだろう。女の子特有のあの日だったとでも勘違いしてくれると良いのだ
けど。
⋮⋮まぁ、確実に本音さんにはバレただろうが。
保健室に行って体の不調の振りをして一時限目は休もう。二時限目から戻れば何と
かなるだろう。月に一度の例のアレですとでも言っておけば確実だろう。そう言えば
クラスメイトに織斑くんが居た。⋮⋮まぁ、良いだろう。どうせ、私に女性としての魅
力はあるまい。引かれようが今更な話なのだから。
もないだろう。
タートに立てる程度で、ゴールは限りなく遠い場所に存在するのだからその手間は途轍
ない。まぁ、白騎士事件の概要から抹消された一部の違和感に気付けたならば漸くス
からない事に対する不信感ぐらいだろう。何せ、残ってないのだから探す事もできやし
るだろう。それに対して私の情報は全くといい程にグレーゾーン。精々が過去が見つ
きい。更識機関の中枢部隊である布仏一族の当主を発見できた事はかなりの利益にな
ば有益な情報が引っ張れるかもしれない。そう考えると此度の接触は此方の利益が大
識機関から権力を取り上げつつ有事の際には見限る傾向であるようだし、私を囮とすれ
更識機関の当主である更識楯無がロシア国籍の国家代表になった事で、日本政府は更
的な隠滅っぷりに気付いた時は笑ってしまった。涙が出る程に。
て隠されているのだから見つけられる訳が無い。紙媒体すらも焼き払われていて徹底
後は何もかも白騎士事件のせいで失った身である。幾ら探そうが遺骨すらも名を変え
て き た 軌 跡 す ら 全 て 抹 消 さ れ て い る の だ。私 に 残 さ れ た の は 救 わ れ た 命 と 名 前 だ け。
当たり前だ。私の存在は、いや、私の家族は既にこの世の存在ではない。戸籍や生き
まぁ、良いでしょう。どうせ、私の事を探り切れていないでしょうから⋮⋮﹂
﹁⋮⋮ 本 当 に ま ま な ら な い。布 仏 本 音、い や、更 識 機 関 と 括 る べ き で し ょ う か。⋮⋮
6──接触する。
73
復讐相手を探す片手間に代表候補生をしている私からすれば、更識機関との水面下の
闘いは非常に面倒極まり無い案件だろう。何より、戦闘訓練しか自慢できない私が情報
戦をやらねばならないとは此れ如何に。砲身を向けてぶっ放している方がよっぽど気
が楽なのだけれども。
やれやれと此れから置かれるであろう状況に溜息が出てしまう。
んで来てくれるのだろうか。結局答えは保健室に着いても出なかった。
せて転落する事こそが青い鳥の正体とでも言うのだろうか。それとも青い鳥が舞い込
けれど、断崖絶壁の四方に囲まれた私は何処を見やれば良いのだろう。足を態と滑ら
幸せは近過ぎて気付かないらしい。
﹁私の青い鳥は何処に居るのやら⋮⋮﹂
74
7││再会する。
︽打鉄弐式︾のプログラムを製作するのに熱中して徹夜してしまった昨日の自分を止
めてやりたい。寝不足で頭がぐらぐらする感覚が非常に気持ちが悪い。教室に着く前
に廊下で倒れてしまった私を誰かが保健室に連れて行ってくれたらしい。保険室の先
生はほんわかと微笑んで﹁ゆっくりしていってね﹂と誰が連れて来てくれたのかをはぐ
らかして出て行ってしまった。
ああ⋮⋮、保健室のベッドが気持ち良い。羽毛布団がふんわりしてて凄く眠気を誘わ
れる。おやすみなさい、と目を瞑って穏やかな波に流された。段々とまどろんで落ちて
行く感覚が心地良い。ふかふかだから尚更に。扉が開く音がしたけど多分戻ってきた
保健室の先生だろう。そう思って私は意識を眠りの世界へ手放し││。
﹂
﹁⋮⋮おや、誰か居ますね﹂
!?
S学園の未改造な制服を着込んだ美少女が立っていた。鴉の濡れ羽色と形容出来るほ
り起こしたので若干頭痛がするけども、なけなしの気合で声のした方へ視線をやればI
耳に入った美声に飛び上がる思いで布団を吹っ飛ばして上半身を起こした。いきな
﹁染子お姉ちゃん
7──再会する。
75
どに艶やかな髪が膝下まで伸びて、黒曜石のように綺麗な黒い瞳とぼんやりした眦が無
機質さを引き出して、最高峰のお人形さんのような整った顔、首から爪先までの芸術的
な曲線は服を着ていても尚感じられる素晴らしい美を誇り、私と同じく胸が小さいけど
もそれすらも魅力的に見えてしまう冷静沈着な雰囲気を醸す少女は一人しか居ない。
唯一無二の大切な人である染子お姉ちゃんだった。
飛び上がるくらいに上機嫌になってしまった私は頭痛も苦痛も忘れて顔を綻ばせた。
染子お姉ちゃんは小さく小首を傾げつつ、起き上がった私の肩を押してベッドへ戻し
た。更に足元にあった布団の裾を首元へと戻してくれた。
二年前、日本代表候補生の実力を測るという名目で合宿を組まれ、模擬戦をしたあの
日から合宿所から離れる日まで縋り付く私と一緒に居てくれた人。会えなかった寂し
さが胸に積もる毎日であったがそれが、解消されて私の心は澄み渡る大空に君臨する太
陽の如く高揚していた。鼓動が高鳴り、目が潤んでしまう。
﹂
?
なら、何で⋮⋮﹂
?
﹁⋮⋮ああ、簪が四組に居るのは知っていましたが、貴方の姉もまた学園に居るので此方
﹁そ、そうなの
﹁私がIS学園の生徒だからですね﹂
﹁な、何で染子お姉ちゃんが此処に
﹁お疲れのようですから寝てて良いですよ﹂
76
からの接触は止めておきました。立場上面倒な事になりそうなので﹂
││また姉のせいか
話す機会も
?
だなんて巫山戯た事を抜かす人だったから尚更に。むしろ、忘れたいくらいだ。
無いし、そもそも話したくも無いので忘れる秒読みな気がする。貴方は無能で良いわ、
くりさせて頬を染めるのでにんまりしてしまったのを覚えている。姉
時と微笑んでくれる時には表情がきちんと出ているのだ。それを指摘すると目をぱち
が落ち着いて行く。染子お姉ちゃんは感情が薄いと言っているが、実は悪巧みしている
れる。ISに乗りたくなかった私を慰めてくれた時と同じで、頼りになる温かい掌に心
努力が垣間見れる硬さを持ちながら、すべすべとした滑らかな肌が私の掌を包んでく
││あの時と同じだ。
は仕方が無いなと言った様子でベッドに腰掛けて手を握ってくれた。
ふつふつと胸から込み上げて来る怒りが雰囲気に出てしまったのか、染子お姉ちゃん
あの完全無欠の超人お嬢様である姉のせいでどれだけ私は窮屈な思いをしてきたか。
!
?
﹁あ、あぅぅ﹂
﹁どうかしましたか
顔が赤いですが⋮⋮。成る程。簪は風邪を引いて此処に居るの
です。穏やかな表情で居る事を勧めます﹂
﹁簪。貴方が姉を嫌っているのは分かりますが、露骨に顔に出すと可愛い顔が勿体無い
7──再会する。
77
ですね。私との再会に喜んでくれるのは嬉しいですが大事にせねばなりませんよ﹂
そ う に こ っ と 微 笑 ん だ 染 子 お 姉 ち ゃ ん は 空 い た 手 で 私 の 頭 を 優 し く 撫 で て く れ た。
﹁う、うん⋮⋮﹂
天然なのか真っ直ぐに心内を明かすその言葉に照れてしまう。同性であっても思わず
見惚れてしまう染子お姉ちゃんの満面なキラースマイルにくらっと来た。
そういえばあの時もそうだった。相手のフルスキン型の︽打鉄︾の猛攻により瞬殺さ
れた私が叱られてロッカーで泣いている時に、染子お姉ちゃんがふらりと現れ、このキ
ラースマイルを添えて優しく慰めてくれたのだ。その時にぶわっと今まで抱え込んで
いた事を全て泣きながら吐露してしまい、優しい抱擁の中で寝てしまったのだ。目を覚
ましたら染子お姉ちゃんの膝枕の上で、お茶を沸かせそうな程に頬を熱くしたのを確か
に覚えている。
それからだ。染子お姉ちゃんが対戦相手だったと知った時は非常に驚いたが、そんな
些細な事を吹っ飛ばすくらいに魅力的だった。憧れと親愛と友情の念が溢れる程に私
﹄
は染子お姉ちゃんが大好きになった。日本代表候補生の合宿は毎晩私は染子お姉ちゃ
んのお部屋で一緒に寝かせてもらった。
﹃それは難儀ですね。なら、宜しければ私が姉代わりをしましょうか
そう、それは天恵だったんだと思う。染子お姉ちゃんは多分冗談で言ってくれたのだ
?
78
ろうけども、私からすれば衝撃的な出来事だった。即答して﹁お姉ちゃん大好き
﹂と
つでも会えるのだから。姉と同じ部屋割りになりそうになった時は、絶対に嫌、と全身
けれど、それらは今では笑って許せる。染子お姉ちゃんと別のクラスではあるが、い
代表候補生という名の日本政府との繋がりにされた時よりも、遥かにずっと辛かった。
入学させられたよりも、姉がロシア代表になった事で他の後家が焦り、慌てて私を日本
弐式︾の完成が絶望的になったよりも、IS学園に更識の当主の妹だからという理由で
が一番堪えた。それは、織斑千冬さんの弟さんである織斑一夏によって専用機の︽打鉄
や他人のようにしか感じなくて、むしろ染子お姉ちゃんと離れ離れになってしまった事
してくれる染子お姉ちゃんこそが自慢の姉になった。姉とどれだけ比べられてももは
前が変わった挙句に国籍まで変わった姉を実姉と思わなくなった。甘える私に優しく
叫んでしまったくらいに心惹かれる提案だったのだ。その日から私は、当主になって名
!
﹂
﹂
全霊を持って拒否したけども、染子お姉ちゃんとだったら大歓迎だ。あの姉の近くに居
たくは無い。絶対にだ。
﹁はい、何ですか
﹁ま、また一緒に⋮⋮寝ても良い
?
私の言葉に染子お姉ちゃんはとても複雑そうな顔をした。もしや、姉との関わりが面
?
﹁ね、ねぇ染子お姉ちゃん﹂
7──再会する。
79
倒で断りたいのだろうか。それが本当なら私は今すぐにあの姉に絶縁状を叩き付けな
くてはならないのだけど。染子お姉ちゃんは一度瞑目してから辺りを見回して、盗聴機
等があるかどうかを︽玉鋼︾のセンサーで確認してから漸く口を開いた。
して教育がされていた。私が更識の人間であれ、と殺人術を習わされていたように。私
讐するためだけに生きてきた染子お姉ちゃんは、裏切り者やスパイに手を掛ける存在と
見ないようにするためだと私だけが知っている。白騎士事件を引き起こした人物に復
存なのは言うまでも無い。いつも空をぼんやりと見ているのが、手元の赤い掌の幻覚を
れている。それは二人だけの秘密だ、と打ち明けられた秘密なので墓まで持っていく所
そう、染子お姉ちゃんは日本政府によって戦う事に特化した人間になるように調整さ
で⋮⋮﹂
緒に寝ている時にもし、と思うと怖いのです。今まで一人で寝ていたので前例が無いの
たので⋮⋮。その、癖になってしまっているようです。簪だと分かってはいますが、一
にトランス状態になるようになってしまったのです。幾度かそのような出来事があっ
﹁無意識にその暗殺者を始末してしまったようで。それから寝ている時に自衛するため
その後の事は何となく分かってしまった。
まして⋮⋮﹂
﹁そ、そのですね⋮⋮。一年程前に任務の後、就寝していた私を暗殺しようとした方が居
80
の場合、物心付く前から教えられていたからもはや手遅れであるが、染子お姉ちゃんは
物心付いた後に教えられてきたため酷く苦悩したそうだ。だから、心を護るために感情
が薄くなったのでしょうと言っていたのを覚えている。
メの世界に引き込まれて今じゃ隠れオタク。プログラム関係も昔にゲームを自作しよ
それに絶望した私はますます引き篭もった。戦隊物や仮面物の特撮から段々とアニ
ない。
無いのだ。むしろ、無駄な力が入らないようになって技のキレが上がった始末だ。笑え
うに切り裂く奥義こそがその真髄なのだから、薙刀を持てるだけの筋力さえあれば問題
なかった。それはそうだろう。何せ、更識流殺人術薙刀型は力要らずの流派。撫でるよ
かったら筋肉が落ちて化物呼ばわりされないだろう、そう考えて実行しても結局変わら
に、そんな勇気も決意も無いのに、私は陰で化物と称された。引き篭もって鍛錬をしな
無い才能を開花させてしまった私は正反対に比べられた。人を殺す趣味なんて無いの
の実力がある。だからだろう。表に出て問題無い才能を開花させた姉と、裏に出て問題
も才能があったようで、数年前に師範たるお父さんをあっさりと倒してしまったくらい
私は更識流殺人術薙刀型の継承者にして免許皆伝者。皮肉な事にそれだけは姉より
と一緒でも大丈夫だから﹂
﹁⋮⋮大丈夫だよ、染子お姉ちゃん。私なら││化物と呼ばれた私なら、染子お姉ちゃん
7──再会する。
81
うとして勉強していたからお手の物。今も︽打鉄弐式︾の鼻で笑ってしまうようなお粗
末な未完成プログラムを一から作り直してしまっている程に化物さが増してしまった。
まぁ、武装の件で少し難儀しているけども。
けど、染子お姉ちゃんは久し振りの再会でそれらを知らないとしても受け入れてくれ
る。更識簪は更識簪なのだと、誇りを持って良いと抱き締めてくれる。染子お姉ちゃん
に出会ってから私は変われた。ヒーローに憧れていたのは、その強さじゃなくて誰もが
﹂
傍に居てくれる立ち位置だから。隣に誰かが居て欲しい、そんな切望を染子お姉ちゃん
は満たしてくれる。
﹁⋮⋮だから、その。試して、みる
りと抱き締め返す。
事を思いながら私はその背に腕を回す。引き締まって細い胴にするりと回してしっか
子お姉ちゃんは然も当然のように私の顔を胸に収めた。あ、私より少し大きい。そんな
ろう。大事な物を抱えるような、大切にされている事を感じてしまう優しい抱き方。染
はベッドに滑り込んだ。染子お姉ちゃんにそっちの気は無い、というか知識すら無いだ
が直視できない。くすりと笑ってから私を正面から抱き締めるように染子お姉ちゃん
あぅ、ちょっとやっぱり恥ずかしい。頬が熱い。微笑みが深まる染子お姉ちゃんの顔
大胆にも私は寝ているベッドの布団の端を持ち上げて染子お姉ちゃんを誘ってみた。
?
82
ぼ
﹁ふふ、二年前と同じですね。簪の甘えん坊さんは﹂
恨み辛み嫉みを解いてくれる。
S
染子お姉ちゃんの柔らかい匂いが鼻腔から充満して私を癒して行く。あの姉へ対する
そ の 心 地 良 さ に 段 々 と 脳 が 溶 け て 行 く よ う な 感 覚 を 覚 え な が ら ぎ ゅ っ と 抱 き 締 め た。
怒 気 が 若 干 漏 れ て い た の か ふ っ と 笑 っ た 染 子 お 姉 ち ゃ ん に 髪 を 梳 か れ て し ま っ た。
不尽だ。
て迷惑を被っている訳だ。本当に何であんな姉を持ってしまったのだろう。神様は理
威光に恐れて申し立てもしやしない。その姉よりも懐柔し易いと思われた私がこうし
は、ロシアに渡りをつけた売国奴の姉でしかない。更識に連なる後家も当主である姉の
何が後々になれば分かる、だ。その後がいつなのかすら教えられていない私にとって
││それもこれもあの姉のせいだ。
してならねば更識は日本政府との繋がりが途切れてしまうと無理矢理させられている。
乗りたく無かった。誰かを傷つける事が好きじゃなかった。けれど、日本代表候補生と
えを止めるためだと知ったのは合宿を終えて、元の生活に戻った時だった。私はISに
すように、染子お姉ちゃんは抱き締めて寝てくれた。本当は兵器に乗る私の無意識な震
I
うん、合宿所で寝る時はいつもこうだった。こうやって訓練や精神的に疲れた私を癒
﹁あ、あぅぅぅ⋮⋮﹂
7──再会する。
83
││もう染子お姉ちゃんだけ居てくれれば良いや。
そんな事を内心思ってしまうのも仕方が無いと思いたい。二年間の心にぽっかりと
喪失した穴を埋めるように、染子お姉ちゃんの体温や匂い、柔らかさや温もりに溺れて
行く。すーっと抜けて行く力に身を委ねた。
そんな優しい声に背中を押されて私は眠りの世界へと落ちて行くのだった。
﹁おやすみなさい、簪﹂
84
8││理解する。
﹁じゃ、行こうぜ。のほほんさんも行くだろ
﹂
?
族の当主の座がわたしに継承されてしまったのか甚だ疑問であるが、なってしまったも
へ受け継いだ。というのが古くから伝わる布仏一族の伝聞だった。どうしてそんな一
であるからだ。初代である布仏覚が妖怪覚と出合い、その瞳を盲目の身であったその体
布仏一族の当主に受け継がれる名が本音であるのは、文字通り尋問で本音を見やる者
だったそうだ。
けで記憶が幻視できるという、稀に発露する覚の瞳を継承したからというのが決定的
が言うにはわたしの適正は歴代当主のそれよりも高いらしい。瞳を近距離で重ねるだ
方が布仏流読心術の適正があり、良く分からないうちに当主となっていた。お姉ちゃん
きるが、布仏一族はそれを交渉術及び尋問術として昇華させた。お姉ちゃんよりも私の
心を見透かす。それこそが布仏一族が誇る対人術。これを応用すれば武術にも使用で
布仏一族は代々特殊な読心術の継承がされてきた。相手の目を、体を、雰囲気を見て、
どうしよう、と私は冷や汗を内心流していた。
﹁うん。心配だよぉ∼﹂
8──理解する。
85
86
のは仕方が無い。一族が仕える更識家のメイドという表向きの仕事をしつつ、裏で尋問
のスペシャリストとして暗部組織の一角を担う。
それが布仏に産まれたわたしたちの役目だった。
⋮⋮そして、当主であるために友人が出来なかったわたしの主人となった、かんちゃ
んと出合ってからは人生が変わった。当主として人間の汚い面を見続けてきたわたし
にとって、人は信じられる者ではなくなりつつあった。けれど、襖の先に居たきょとん
とする女の子は違った。純粋にして清潔な心を持ったが故に、自身の身に宿る才能に苦
悩してきたのにも関わらず前へ進もうと這い蹲っていた。その生き方に、その在り方
に、わたしは思った。この人になら仕えても良い、と。そして、わたしが仕えるべき人
物こそ、更識の化物と呼ばれたかんちゃんだった時は両手を上げて喜んだのを覚えてい
る。
││そ、そめそめはどうしちゃったのかなー
ら帰って来たのだから。
腐れていたかんちゃんが、水を得た鯉が滝を登り龍になったかの如く代表候補生合宿か
に、かんちゃんとそめそめの仲は良好⋮⋮過ぎた。あんなに沈み切った泥のように不貞
お嬢様が彼女の資料を見ながらぶつぶつと爪を噛んでいたのを度々見てしまうくらい
浅草染子。日本政府に所属する日本代表候補生にして、かんちゃんが溺愛する人物。
?
8──理解する。
87
一瞬、わたしでさえかんちゃんが別人に見えてしまったくらいに明るくなって帰って
来て、お姉ちゃんですら目を見開いて驚くぐらいの変化を齎したのだ。それからかん
ちゃんは見違えた。お嬢様と比較されるような嫌味を﹁で ﹂と鼻で笑うかのように流
し、余裕を作れるようになった。
そして、何よりもお嬢様嫌いが露骨になった。
そ、そめそめだったのだから。死に体で帰ってきた密偵も息を引き取り、日本政府が隠
途切れ途切れで、その内容は壮絶なものだった。何せ、更識家の密偵を始末した人物こ
国の国家機密よりも堅牢なセキュリティが布かれているのだ。辛うじて集めた情報も
そめそめの情報は砂漠の中で一粒の砂金を探すかのような困難さを極めた。何せ、他
わたしの尋問術の見ですら拒むのだからよっぽどだ。
けん
の存在がかんちゃんの中で頂点に君臨しているのが良く分かるくらいの依存度だった。
気をつけている辺り徹底的だった。何せ、心理的な強固な壁を作り出す程だ。そめそめ
そめそめの良さをたっぷりと語ってくれた。けれど、確りと秘密事項を漏らさぬように
していたお嬢様の完敗なのでわたしはそっと視線を逸らした。それからかんちゃんは、
てお嬢様の崩れ落ちる姿が脳裏に過ぎったが、不器用過ぎる姉妹コミュニケーションを
思っていないらしく、そめそめこそが唯一無二のお姉ちゃんなのだそうだ。それを聞い
唯一の親友であるわたしにだけ教えてくれたが、かんちゃんはもうお嬢様を実姉と
?
し持つ重要施設に送った全員が死亡するという前代未聞の問題となったくらいだ。
そして、そんな日本政府がおりむーの発見により、IS学園へそめそめを派遣すると
更識家へ通達した時は本当に荒れた。更識家の一部の後家が送った密偵の仇を、と会議
で声を荒げたくらいに。そして、その声を潰したのはお嬢様││ではなくかんちゃん
だった。とても冷酷な瞳で後家の人間を嘲笑うかのような口調で一蹴した。今もわた
しはその言葉を覚えている。
﹄
?
んちゃんの専用機を手掛けていた倉持研からおりむーの専用機の開発のために、︽打鉄
を握ったのだ。それによりかんちゃんへ取り入れようとする人間は居なくなった。か
間だった。傀儡にしようとしていた後家の手を切り捨て、畏怖により実質的な裏の権力
それが更識の化物という異名を逆手に取り、かんちゃんが裏の更識として君臨した瞬
ルボッコだったに違いない。我に返るまで瞳が虚ろで死んでたし。
嬢様で、何せ自分以外の人物を庇った挙句にお姉ちゃん付けである。色々と精神的にフ
たい声に背筋を凍らせたぐらいだ。もっとも、一番驚愕していたのは言うまでも無くお
い存在に見えたに違いなかった。何せ、後ろに控えていたわたしでさえかんちゃんの冷
それはかんちゃんを傀儡にしようと画策していた後家の人間にとって、とても恐ろし
有能な染子お姉ちゃんを殺せる訳が無い。それくらい察しなよ、取り潰されたいの
﹃黙ってなよ、見苦しい。お役目を果たせないような人間を送る貴方たちが無能なの。
88
8──理解する。
89
弐式︾の開発が危られた時も暇潰しになるからと未完成のそれを受け取って一人で開発
し始めたのには驚いた。
ま ぁ、そ れ に 熱 中 し 過 ぎ て そ め そ め の 事 が 入 学 す る 件 を 忘 れ て い た よ う だ け ど も
⋮⋮。しかも、お嬢様から直々にそれを指摘するなと言われてしまっているぐらいだ
し。あ、でも部屋割りでお嬢様が仲直りのために一緒にしようと画策していて、発覚し
た瞬間に真顔なかんちゃんに﹁絶対に嫌﹂と拒否されて再び崩れ落ちたっけ。それを見
た後家の人間がかんちゃんの畏怖っぷりは凄かったね。何せ、貢物をし始めるくらいだ
し。取り潰されたくなかったんだろうね、本当にお疲れ様だとしか思えなかった。だっ
てかんちゃん既に後家の事を見てすら居なかったし。送られてきた貢物を布仏で消費
してるって聞いたらどうするんだろ⋮⋮。まぁ、いっか。美味しいし。
っと、話が大分逸れちゃった。
そめそめと直に会話してみて分かった事だけど彼女の瞳は異常だった。どうしてこ
の学園に居るのか分からない程に逆巻く殺意の潜む瞳で、人間がするような瞳じゃな
かった。けれど、雰囲気が一変した時に驚いた。人間味が失せたのだ。鋭敏な人間観察
力を持つ布仏のわたしだったからこそ気付けたが、クラスの皆からすれば近寄るなオー
ラが消えたように見えたのだろうが、わたしは違う。感情の発露が消え失せたのだと気
付けた。
90
人は人格によって肉体が引っ張られる。それは雰囲気とも言えるもので、穏やかな性
格ならほんわかとした雰囲気が、激しい性格ならばカッカッした雰囲気がするものだ。
ならば、その性格が失せたならば必然的に雰囲気も失せる。模していた人格が発してい
た雰囲気が消えて、無機質な人形のような雰囲気に変わったとも言える。だが、完全に
無機質という訳でもないようで、感情が薄いとかんちゃんが言っていたように微かな雰
囲気が存在していた。
近寄るなオーラのせいで遠巻きに居たそめそめに近付いたのは好意半分観察半分の
つもりだった。そして、何よりも戸惑ったのはわたしの行動が更識家の意向であると勘
違いしたと思われる睨み付けである。何せ、一瞬首が刎ねられた幻覚がした程の殺気で
ある。暗部の人間じゃなかったら、多分失禁して泣き崩れてても可笑しくない程の殺気
だった。全力で勘違いだと慌てたので、殺気ではなく胡散臭げな視線になったのが本当
に助かった思いだった。
そして、起きたのがそめそめの涙騒動である。
クラスメイトたちはおりむーの専属講師と化していたそめそめに嫉妬を抱き尚且つ
雰囲気も相まって疎遠気味だったので、わたしと話した事でそめそめの変わり様に驚い
て、ここぞとばかりに近付いた。一部の子は空気に沿って近付いていたようだけど、授
業中に涙を溢したそめそめを見て全員の気持ちが揺れた。
││もしかして寂しさを感じていて友人が増えた事に感激していたんじゃないか、と
いう勘違いに。
その勘違いによって戻ってくるであろうそめそめを温かく迎えようと全員が思って
いた授業が終わり、結局放課後まで戻ってこなかった事で全員がうろたえた。そこまで
気にしていたのか、と。更に勘違いが加速して、仲の良いおりむーやモッピー改めしの
のんを中心に保健室へ向かう事になった。それにわたしも便乗して保健室へと向かっ
⋮⋮あ、ごめん織斑くん﹂
ってか、こっちで合ってるよな
﹂
ているのだけど⋮⋮、不安というか嫌な予感がしてしまう。何だか面倒な事になりそう
な予感がするのだ。
﹁浅草さん大丈夫かな﹂
﹁⋮⋮大丈夫だと良いが﹂
﹂
?
﹁あ、それとも女の子の日だったとか
﹁あ、あー⋮⋮、あ。そろそろ保健室だな
!
?
﹁うん、合ってるよ∼。丁度さっき通り過ぎた所だよ∼﹂
!?
着いた。隊長であるおりむーが意を決してその扉の前へと立ち、立ち塞がっていた扉が
ず、せっちー、わたしの少数チームは漸くそめそめが寝ているであろう保健室へと辿り
うん、おりむーが喋り始めた時ぐらいに通り過ぎたね。おりむー、しののん、しずし
﹁マジで
8──理解する。
91
横へ自動で開いて行く。そして、わたしたちはその光景に目を疑った。
かんちゃんを優しく胸に抱き締めて眠るそめそめは普段の冷ややかな印象が一蹴さ
れ、慈愛に満ちた女神の様に美しく、小さな寝息と穏やかな寝顔で可愛らしい印象を受
ける。わたしから見ればかんちゃんを護るように抱き締めていると気付けるが、これ普
通の人だったらかんちゃんにそめそめが絡んでいるように見えて扇情的に⋮⋮。
隣を見やれば、おりむーが顔を真っ赤に染めて口元を、いや、鼻を押さえていて、後
の三人はぽかんと口を開いて唖然としていた。ちらりと下を見たけどもIS学園の制
服のズボンは強固のようだね⋮⋮。良いネタができるかと思ったのに。お小遣い計画
は兎も角、現実を見直そう。
純粋無垢そうな笑みを浮かべたそめそめを見たおりむーが膝から崩れ落ちた。
﹁んぅ﹂
⋮⋮おりむーが大変だ
あ、これ鼻血だ。
それに気付いて正気に戻った三人がおりむーを見やると、そこには何と真っ赤に染
まったおりむーが
!?
ん。同性でも堕ちるね、この威力は。普段のそめそめを知っていたら尚更に威力が増す
そちらを見やれば正面から見たらくらっとしそうな天使の微笑みがあった。ああ、う
んが言ってた気がする。そめそめには一撃必殺なキラースマイルがある、と。ちらりと
前面の制服に一筋の赤い川が出来ていて凄い事になっていた。そう言えばかんちゃ
!
92
8──理解する。
93
ねこれは。ギャップ補正で弱点タイプ一致余裕だよこれぇ⋮⋮。取り合えず写真撮っ
て お こ う。か ん ち ゃ ん に あ げ れ ば か な り 喜 ぶ 筈。フ ラ ッ シ ュ 焚 か ず に パ シ ャ ッ っ と
な、っとぉ
正直ゾッとした。更識
?
本当に笑えない。冗談が冗談に聞こえない。
││更識家当主が夜這いを掛けて返り討ち。部屋は真っ赤に染まっていたってさ。
やらかすだろうから確実に阻止しないといけない。お姉ちゃんに報告しないと⋮⋮。
嬢様がちょっかい出しに行くかもしれないと思うと冷や汗が流れる。お嬢様は絶対に
ないけど、絶対に向けちゃ駄目だって報告しなきゃ。かんちゃんとの添い寝を知ってお
よぉ。絶対にそめそめに武器向けちゃ駄目だね。この反応が寝ていたからかは分から
むーの介抱で三人は此方を見ていないから加害者不在で凶器不明⋮⋮、わ、笑えない
ら数センチずれて、気付かなかったわたしは死んでいたかもしれない。しかも、おり
位置を確認したが、どうやら寸止めの程度だったらしい。向けたのが携帯で無かった
めそめの姿がある。
の密偵を屠った実力は確かなものらしい。寝顔を伺って見ればすやすやと寝ているそ
右腕が消える。つまり、勘が働かなかったら⋮⋮、ふ、噴水
に握られていた鋭利なナイフが通り過ぎた。そして、瞬きの瞬間に伸び切っていた筈の
即座に避けたがわたしの首筋のあった場所に、布団の中にあった筈のそめそめの右腕
!?
あ、そっか。かんちゃんを焚き付けてお嬢様をバッサリして貰おう。
それなら鬱憤も晴れるだろうし問題無いね。お嬢様は尊い犠牲になったのだ⋮⋮。
本当はヘタレなのに無駄に格好付けようとするから悪いんだよ。お嬢様の悪い癖だ
ね。お姉ちゃんが諭してるけどもやっぱりヘタレて仲直りしなかった結果がこれだよ。
わたしがそんな事を思っているとかんちゃんを隣に寝かせて起き上がったそめそめ
と目が合ってしまった。起き立てで視界が不良なのかぼんやりとした様子だが、右腕を
﹂
一瞥して小首を傾げてから此方へと視線を戻した。多分先程の一振りによって生じた
違和感だろう。当たっていなくて本当に良かった。
﹁⋮⋮何してるの﹂
﹁えっとぉ⋮⋮、そめそめのお見舞いに来たんだけど⋮⋮、ね
﹁⋮⋮そう。久し振りに長く寝た気がする﹂
﹁六時間も寝てれば十分だよー﹂
﹁それもそうね﹂
﹁この時間帯は其方の管轄でしょう。更識楯無に指示を仰ぎなさい﹂
そめは溜息を吐いてから時間を確認してわたしへと視線を戻した。
ちているおりむーへと視線を向ける。冷たい視線が更に冷たくなった気がする。そめ
ん、と小振りな胸を主張するように背筋を伸ばしたそめそめはわたしから床に崩れ落
?
94
8──理解する。
95
あ、成る程。そめそめはあくまで代表候補生としてこの学園に居るつもりなんだ。だ
から、更識家のメイドであるわたしにも警戒していたし、あんな反応をしていたんだ。
ベッドに寝ているかんちゃんの頭を撫でてからそめそめはするりとベッドから下りる。
そして、すっと隣を過ぎた気配だけを残してそめそめは一瞬にして背後に居た。
驚いたわたしが気配へ振り向くと其処には既に保健室の扉を通り過ぎるそめそめの
姿があった。
つまり、そめそめはわたしの認識を振り払う程の足捌きをもってして其処へ行った事
になる。
⋮⋮更識の密偵が始末されるのも頷ける。こんな怪物染みた人間を生身で殺そうと
誰が思うだろうか。日本政府の暗部はこんな人間を作り出せる機密を保有している事
になる。それは暗部組織を統括する更識家を脅かす程のものを⋮⋮。
無意識に震えていた左腕を右手で押さえる。おりむーが轟沈してて本当に良かった。
そうだ。こんな時はかんちゃんの寝顔を見て現実逃避をしよう。
勿論お嬢様とお姉ちゃんにおりむーの鼻血の件について送ってから、ね。
9││問答する。
保健室から颯爽と飛び出した私は一先ず織斑担任へ授業を欠席してしまった事を謝
罪するために職員室へと向かった。職員室に入室し、織斑担任を探すと何やら書類の巣
窟のような机に座って山田副担任と談笑している姿が見えた。此方に気づいているよ
うではないので、近くを通り掛かった四組担任の梅宮先生に仲介を頼んだ。
﹁織斑せんせー
可愛い子来てますよー
﹂
!
梅宮先生の声に織斑担任はばっちりと此方を認識したようだった。ぐっと親指を突
職員室に響く声に思わず手を伸ばしかけて呻いてしまった。
﹁ちょ﹂
!
ながら、梅宮先生の動向を伺っていると嫌な予感がした。
で、用があれば織斑担任と山田副担任の次に話をする人になるだろう。そんな事を思い
資料には乗っていたが本当のようだった。確か、新聞部の顧問を務めているそうなの
梅宮先生は軽快な雰囲気が印象的な人物でありながら、生徒思いの良い先生であると
﹁織斑先生ね。えーっと⋮⋮、あら、話し込んでるみたいねぇ。ちょっと待っててね﹂
﹁梅宮先生、織斑担任をお願いできますか﹂
96
き出す梅宮先生は満足そうだった。突き出された親指を捻り折ってやりたい気分にな
るが、生徒と先生の立場なのでぐっと我慢した。溜息が出てしまったのは仕方が無いと
思いたい。
﹁⋮⋮ありがとうございます﹂
ひらひらと掌を振って梅宮先生は自席へと戻って行った。新聞部が何故あそこまで
﹁良いって良いって。それじゃね﹂
パワフルなのかが良く分かった気がする。確かに梅宮先生が顧問をやっていればそこ
まではっちゃけた内容の新聞にGOサインを出す筈だ。手渡す情報を吟味しなくては
ならないかもしれない。
そんな梅宮先生と入れ替わるように織斑担任が近寄った。席を見やれば山田副担任
が泣き顔秒読みの表情で巣窟を処理しているようだった。日本代表候補生の上下関係
というのが良く分かる図だろう。確か、山田副担任は実家の都合上代表候補生を辞退し
た経緯のある実力者だった筈だ。⋮⋮ああ、成る程。織斑担任の後釜として文字通りの
教育を受けていたのか。ご愁傷様と言うべきか、諦めろと慰めるべきか。生徒である身
であるから見無かった事にしておこう。
﹁申し訳ありませんでした。心労が溜まっていたようで保健室で熟睡してしまったよう
﹁一時限目振りだな、浅草﹂
9──問答する。
97
です。本日配布された宿題がありましたらお渡し頂けると幸いです﹂
﹂
?
ませんね﹂
る事が出来れば、大器晩成でありながら早熟という矛盾めいた急成長を見せるかもしれ
解するタイプでは無さそうなので、壁にぶち当たるのも速そうですが。障害を乗り越え
ピーキーであれば在るほど彼の才能は育つに違いません。まぁ、テクニックの根本を理
果を齎す辺り素晴らしい才能を垣間見ました。彼に専用機を与えるのは正解でしょう。
所でしょうか。ISの搭乗経験がほぼ無いに関わらず、直感めいた動きにおいて良い結
﹁では、失礼ながら。人柄という意味では及第点、才能という意味では予想以上と言った
手間であるが、機嫌を損ねられるのは困るし率直且つ真実を語るとしよう。
斑千冬へと告げる内容で無ければならないのか。少々言葉を選ばなくてはいけなくて
方を変えているのだろうか。それならば織斑担任に、ではなく、織斑くんの姉である織
もしかすると、プライベート的な話題では一夏、生徒と教師の間であれば織斑と呼び
﹁⋮⋮浅草。一夏を見てどう思った。正直な感想で良い﹂
﹁いえ、それならば問題ありません。お手数お掛け致しました﹂
を受けるか
おくと良い。本日の分の授業はお前なら片手間で解ける程度のものだ。手間だが補習
﹁⋮⋮愚弟がすまない。今日配布したものは電子形式のプリントのみだ。後で確認して
98
﹁⋮⋮そ、そうか。よく見ているのだな﹂
﹁護衛人物ですから当たり前です。教師という立場がある故に他国の生徒に口出しが出
来ないのは理解しております。サポートには万全を期す所存ですのでご心配無きよう。
ですが、放課後は更識に一任しておりますので、私の管轄外である事を留意して頂けれ
ば十全です。非常時に私の出る場がありましたら対処は致しますが﹂
私の言葉に織斑担任はとても不思議そうな、そして嬉しそうな表情を浮かべていた。
辛辣な言葉を選ばなかったが、実の弟の才能を褒められていて嬉しいのだろう。何か嫌
な予感の警鐘がしているが、特段といって思い浮かべる事態は無い。誤報か。まぁ、目
の前の人物が人物であるし、不調を来たしている今の私では仕方が無いと言えよう。こ
﹂
の時間帯は更識に一任している事であるし、何かがあっても特段問題は無いだろうと思
いたい。
﹁以上です。何かご質問があればお答え致しますが﹂
﹁⋮⋮ならば、最後に質問だ。お前は学園生活を楽しんでいるか
?
IS技術は五年の月日を経て上等に仕上がっているし、学問もプログラムをコンプ
前も考えた事だが、私はこの学園に居る必要性を全く持って感じていない。
即答した。
﹁││いいえ﹂
9──問答する。
99
100
リートしている。第一、私は学生の前に軍人である。肩書きは日本代表候補生となって
いるが、日本政府との契約は軍人、いや、どちらかと言えば傭兵の其れだ。日本政府は
私に教育を施す事で他国間抑止力の実現を、私はこの身と時間を売り払う事で怨敵を捉
え得る環境を。それぞれwin│winな関係で契約が成り立っているのだ。日本の
重要拠点の最先端とも言えるこの学園と最重要人物たる織斑一夏の護衛は私を派遣す
るに値する現場であるが、日本政府の怪物として君臨していた私とすれば生温く苛立ち
が募る場所でしかない。
唯一の癒しが簪とトレーニングとは此れ如何に。
ス トッ パー
正体不明のISが潜入工作でもしてくれないだろうか。力を持て余す環境は何とな
ス イー パー
く慣れない。何かこう、つまらないのだ。欲求不満と言うべきか。確かな停止装置の付
いた暴力装置であれば良いという現場で過ごしていた弊害だろうか。手頃の相手⋮⋮、
駄目だ。織斑担任か山田副担任くらいしか思いつかない。
更識楯無は以前に簪の件で突っ掛かってきた際に捻り潰してやった経緯があるので、
ロシア代表と言えど好敵手とは思えない。それに、この学園内では生徒会長継承戦が適
用されてしまうので勝つ訳にはいかず、だが立場からして負ける事は許されず、そんな
二律背反めいた現状であるので彼女と戦う機会が無いようにせねばならない。更に今
の私の︽玉鋼︾は競技用デチューン仕様のリミッターが掛けられているので、一応代表
クラスとの戦闘をするには面倒極まり無い。前のように一方的に蹂躙してやる事がで
きないのだから関わる気にはなれないのが本音であった。
るのだ。施設の中では不自由でありながら暇が無かったために考える事も止めていた
のメニューで唯一のお気に入りである濃厚どろりコーンスープを買い占める事もでき
何せ、このカードさえあれば学園内の金銭に憂い無しだ。やろうと思えば自動販売機
してみるとしよう。
潰すとしよう。そうなれば手慰みもとい口慰みが欲しいところだ。購買にでも顔を出
は今頃トレーニングルームに直行していただろうが⋮⋮。仕方あるまい。読書で暇を
力を消費する行動は控えたい。更識楯無にもう少し信用が出来る程の強さがあれば、私
トレーニングで汗を流すのも良いが、非常事態が何時起きるか分からない放課後に体
にする事が無くなってしまった。
⋮⋮いや、資料は確か昨日暇を持て余して机の上で寝ている筈だ。どうしよう、本格的
た日であるので、これ以上私がする事は無い。精々が明日のための資料作りだろうか。
元々今日の放課後は篠ノ之さんに剣道場での鍛錬を織斑くんへ付けるようにお願いし
末 で 電 子 プ リ ン ト を 流 し 見 で 確 認 す る が、此 れ と 言 っ て 重 要 そ う な も の は 無 か っ た。
一礼した私は固まってしまった織斑担任に踵を返して職員室から去った。手元の端
﹁では、失礼致します﹂
9──問答する。
101
102
が、年少の頃から好きだった缶の後続品があると知ってしまえば手を出さない訳にはい
かない。
⋮⋮まぁ、自室に設置した小型冷蔵庫に十本程ストックしてあるので、今日は別のを
選ぶとしよう。そうなるとおしるこ缶か餡蜜サワーか悩む所だ。どちらも似たような
味でありながら満足感と爽快感の違いがあるのだ。甘党である私からすれば二本一緒
に買ってしまっても⋮⋮問題無いな。カロリーは鍛え過ぎた筋肉が日常で消費してく
れるだろうし、体重が今更増えても困る事は無い。腹筋の関係で体前面の筋肉トレーニ
ングを程ほどにしているからか、胸にある脂肪くらいしか体脂肪が無い体なので余裕は
十全。血反吐を吐く毎日が懐かしいものだ。あの頃の自分に言ってやりたい。数年後
には甘党パラダイスでカーニバルを開催できる肉体を会得していると。そうなればあ
の頃のやる気も⋮⋮無いな。多分変わらない。唯只管に体を苛め抜いた日々だったの
でそもそも思考すらあまりしてなかった気がする。人間やろうとすれば何でも出切る
を体言してしまったようなものだし⋮⋮。
そういえば、珍しくあの人が上官に私の休みを訴えていた気がするな。私の数少なく
残った人間性はもしかするとあの人のおかげかもしれない。この三年間で会う機会が
あればなと思う。その時には是非とも名前を伺いたいものだ。いつまでも、教官だとか
あの人呼びをしておきたくないのだ。息災であると良いのだけれども⋮⋮。
﹁あ、貴方は⋮⋮っ
だろう。
﹂
怖気が走った気がしたのを覚えている。そう、あれが初めての戦慄というものだったの
れてしまったら即座に頷いて肝に銘じるしかないだろう。ホラー映画よりもホラーな
そして、拳銃をくるくると回しながら笑ってない威圧的な笑みで、そんな教訓を言わ
﹃門外不出だから見た奴は絶対に消すようにしとけよ、必ずだ。良いな﹄
の方が良いのさ、と男顔負けな格好良い笑みを魅せてくれた。
れても信じてしまいそうに成る程の出来だった。経歴を尋ねれば、女性はミステリアス
る。何せ、日本政府から習った技術よりも遥かに高度なのだ。現役の殺し屋ですと言わ
して、それを任務で遂行してその確かな効率の良さに目が鱗状態だったのを覚えてい
ない気がするのだけれども。私が受け継いだ殺人術の大半があの人直伝のものだ。そ
病気や毒等には耐性があると自慢していたし、人為的な死因でしかあの人はくたばら
!
わたくしを無視するだなんて││﹂
⋮⋮何故教官に戦慄せねばならないのか全く分からないが。
!
の後頭部へ引き抜いたサイレンサー内臓の9mm拳銃を突き付けた。ひぅと息を呑む
咄嗟にその手を払い落とし、そのまま捻るように極め、足を払って体勢を崩した相手
不意に後ろから肩を掴まれる気配を感じた。
﹁ちょっと
9──問答する。
103
声と震える体の揺れを掴んだ左腕から感じる。良く見ればイギリス代表候補生のセシ
リア・オルコットだった。私は集中力が過多になる傾向があるので、もしかすると先程
からの雑音は彼女のものだったのかもしれない。私は突き付けていた拳銃を仕舞い込
み、ぺたりとその場に女の子座りで崩れ落ちたのを機に左腕を解放した。涙目でぷるぷ
るしながら此方を見上げるオルコットさんの顔に少々ゾクリと来るものがあったが
⋮⋮気のせいだろう。殺し合いのためのスイッチが入りかけて高揚しているだけだろ
﹂
う。恐らく。きっと、多分⋮⋮。
﹁な、何をするのですか
﹂
?!
てしまうくらいに色々と末期だ。
数は幾多に及ぶ。特に、数年前から右手を見やると赤い血がこびり付いている幻覚を見
器を用いた暗殺術。殺人体術も会得していて寝ている間もトランス状態で返り討ちの
キーキーと怒り始めた。とても分かり易く扱い易い人で助かる。何せ、私の取り得は銃
そ う 冗 談 を 言 う よ う に 肩 を 竦 め る。す る と オ ル コ ッ ト さ ん は 顔 を 真 っ 赤 に さ せ て
﹁生憎、銃器は取り得。体術も少々、寝ている間でも倒せますね﹂
﹁貴方は何処の殺し屋ですの
い方が良いと忠告しておきます﹂
﹁ごめんなさい。集中していて気が付きませんでした。⋮⋮それと、私の背後を取らな
!?
104
だが、そんな私がこうして学園生活を送っていて、級友で遊んでしまう程に慣れる事
が出来ているのは奇跡に近いのではないかと思う今日この頃だ。むしろ、このようなア
クシデントを起こしてしまった時に、ユーモア溢れるダークジョークを言えるように
なっている辺りやっぱりあの人の影響が大きいようだ。
流石にこのまま廊下で騒がせているのも悪い。腰が抜けたのか両腕を振って私に抗
議しているオルコットさんの前に膝を付いて、暴れていた手をそっと手に取った。オル
コットさんはその行動に驚いているようだが、目が合った瞬間にかぁっと頬を染めて
そっぽを向いたので、私の企みは殆ど成功していると言って良い。
﹁誠に申し訳ありませんでした。お嫌で無ければ私が貴方をお部屋へとエスコートしま
﹂
?
すが﹂
﹁へ。え、えっと、その⋮⋮、お願い致しますわ
﹁喜んで﹂
﹂
!?
腰に手を回して持ち上げた。ふむ、オルコットさん軽いな。まるで羽毛布団のようだ。
花の名を呟くオルコットさんが其処に居た。私はそっと彼女の膝を掬い上げ、柔らかく
微笑めば万事解決だ、と。効果は覿面のようだ。何故か顔を再び真っ赤にさせて俯いて
あの人が言っていた。面倒な時は優しく手を取り誤魔化しの言葉を吹き込んでから
﹁││ッ
9──問答する。
105
106
柑橘系の香水の匂いが仄かに香り、腕の中でやけに大人しくしているオルコットさん
へ囁くように部屋の番号を尋ねると、か細い声で返事が返って来た。既に知っている情
報であるが、そんなに仲の良い相手でも無いので一応尋ねておく。
それにしても流石教官。あの人の知識に助かってばかりだ。俯いて此方を見ていな
いのを良い事に私は小さく笑みを浮かべた。表情を戻して私はオルコットさんを姫抱
きしながら一年寮へと行き、同室のティナ・ハミルトンへ借りてきた猫のようなオル
コットさんを任せた。ハミルトンさんは私の腕に居るオルコットさんを見て二度見し
て驚愕した面持ちで居たがどうしたのだろうか。私が鍛えているのは噂で知っている
だろうに⋮⋮、洗濯機ぐらいは生身で余裕に持てるのでオルコットさんぐらいなら軽々
だ。
さて、自動販売機に戻ろうか。
対に勝てない上に戦いたくないと思いましたわ。
先輩が厄介払いという意味合いでわたくしに押し付けた戦闘動画を閲覧した所⋮⋮、絶
褪めたのを見て文字通りの圧殺だったと察してしまいました。こっそりとですが、サラ
一瞬、ハテナマークを浮かべてしまったわたくしでしたが、語る先輩の顔が一瞬で青
戦闘方法は至ってシンプルで、火力重視の砲火による精密な質量圧殺。
彼女と戦って代表候補生を辞退した人も居る程に圧倒的らしい。
女のみが過酷な鍛錬メニューを涼しげにこなし、そして模擬戦でも負け知らずであり、
言えるのは、日本を中心とした代表候補生の精鋭が集まり、その実力を賭した合宿で彼
る人物が居るとすれば次期国家代表だ、と言わせる程の実力を持つらしい。その根拠と
先輩曰く、ミス浅草は代表候補生の中でもずば抜けた人物であり、ISバトルで勝て
しょう。
若干先程の出来事を思い出して頬が熱くなる。少しシャワーの温度を下げておきま
して頂いたサラ先輩から聞いていた通り、油断ならない人物だった。
浅草染子。それはインペリアルガード所属の同じ代表候補生であり、先輩として教導
10││撃墜する。
10──撃墜する。
107
何せ、開始の合図が鳴った瞬間に先輩の悲鳴が聞こえたのですから。
イグニッションブースト
ミス浅草の専用機体︽玉鋼︾は国土防衛用と称して文字通り彼女専用に組まれたIS。
腰に四基備わったブースターによる瞬 時 加速並みの加速度で、地上すれすれの低空移
動という背筋が凍る移動方法で弾丸を全て置き去りにし、日本の陸海空自衛隊に配備さ
れていたという兵器を再利用した兵装による飽和砲撃が嵐の如く飛来し、此方の狙撃及
び牽制射撃を悉く避けられた上でガリガリと削れて行くシールドエネルギーと鳴り止
まないアラート音⋮⋮。
三回中に一度勝てるかという実力の先輩を、四十五秒で撃墜するその映像は寒気を通
﹄
り越して怖気が迸るものでした。奥歯をガタガタさせて震えるという事を身で知った
日であったと憶えています。
﹄
12.7cm連装砲で連続ヘッドショットとか在り得な││﹄
アンロックユニット全め、ぐっ、がっ
﹃ぬぁっ、じゅ、12.6mm対艦機関砲だぁ
﹃ファック
﹃サムバビッチッ
!?
ン││、極め付けに肩部装着型46cm対艦砲があるとの事でした。何ですのその超重
を改造した44口径120mm滑腔砲、アパッチに装備されている7.62mmミニガ
文字通りの質量圧殺。話に聞く所、今回の動画では使用されておりませんが、戦車砲
﹃││試合終了。勝者浅草染子﹄
!
!
!?
108
10──撃墜する。
109
量戦艦装備は。それが基本兵装であるそうですから驚きが隠せません。日本人は変態
というのは本当だったようですわね⋮⋮。
︽玉鋼︾は戦車装甲を複数重ねて用いられているそうで納得の総重量1tオーバーと
怪物級の防御型ISであり、ブースターに使用されているのは戦闘機のアフターバー
イ ン ス トー ル
ナーをIS技術で改良したものでPICにより楽々と音速以上が出せるスペック値を
持ち、更に量子変換内容は火器一辺倒でもはや火器庫と形容できる程だそうです。学園
に在学中は競技用デチューンリミッターが備わっているので、動画にあるような性能は
無いそうですが⋮⋮。
軍用ISと呼ばれるものの恐ろしさがよく分かる動画だったと言えましょう。
彼女は何故か決して地上付近から離れないため、それを見た他の代表候補生がミサイ
ルによる圧殺を図ったそうですが⋮⋮、アンチマテリアルライフルによる狙撃で十四機
のミサイルを難なく撃墜、その神業めいた精密射撃に呆気に取られたその候補生はヘッ
ドショットをその瞬間で〝三回〟も撃ち込まれてエネルギーエンプティしたそうです。
彼女と模擬戦をして敗北した候補生たちは皆一同に涙を流したとか。⋮⋮勿論ながら、
生きている実感を得て、ですわ。彼女が射撃を行なう際に必ず脳や心臓を撃ち抜かれた
かのような幻覚を感じてしまい、体を硬直させてしまう現象が相次ぐという不思議な事
が起きていたそうです。
先輩曰く、殺気ってのは漫画だけの世界じゃねぇんだな、とのこと。
⋮⋮そう言えば、先程組み伏せられた時も確実に死んだと思う何かを感じたような気
がします。今更ながらですがお手洗いの後で本当に良かったと思いますわ。失禁して
しまっていても可笑しくは無い恐怖を感じましたし。
同じ代表候補生として無様な姿を見せるな、という日本代表候補生の鏡とまで詠われ
すればこれは警告だったのでしょう。
が、ミス浅草はわたくしのそれを流す場を作ってくださりました。⋮⋮いえ、彼女から
らば、イギリスが初代ブリュンヒルデに喧嘩を売ったという弱みを握られる場面でした
先生に喧嘩を売るような発現をしてしまったのは本当に醜態でしたわね。⋮⋮本当な
てしまう癖を直すようにチェルシーにも言われておりましたのに、さ、最悪な事に織斑
今思えばあの殿方との遣り取りは完全に失態でした。頭に血が上って感情的になっ
﹁⋮⋮はぁ﹂
に手を差し伸べるお優しいお姿のギャップにうろたえてしまいました。
が本当の彼女なのでしょうか。何処か冷たい雰囲気を醸し出していますが、先程のよう
そ、そして、わ、わたくしでさえ赤面してしまったあの紳士的なお姿と言い⋮⋮、どれ
先輩の証言と動画での圧倒的実力を魅せるお姿、教室で見せた一筋の涙を流すお姿、
﹁⋮⋮はぁ。ミス浅草は本当に掴めないお方ですわね⋮⋮﹂
110
るミス浅草からの助言と言う事ですわね。彼女が同じ英国貴族であったなら⋮⋮、考え
るまでもなく一代で名家へと昇華させてしまうに違いありませんわ。あの美貌にあの
雰囲気⋮⋮、ドレスで着飾ればダンスホールは彼女の独壇場と化すでしょう。主賓です
ら霞むに違いありませんわ。
彼女が日本人で本当に良かったですわね⋮⋮。
ふとわたくしは思いました。先程思い出していた動画が撮られたのは一年前、では、
今のミス浅草はどれ程の実力を有しているのでしょうか。次期日本代表と噂される彼
女と同じ舞台に立って勝てるだろうか。そもそも彼女に追いつける道理が存在するの
だろうか⋮⋮。
これ以上は不毛でしかありませんわね。
オルコット家当主が敵前逃亡だなんて恥を晒せるものですかッ
例え、翼を捥がれてでもわたくしは勝たねばならないのですから⋮⋮ッ
す。ならば、彼を完膚無きまで撃墜してあげれば恐らくは││。
戦状と言えましょう。確か、あの殿方はミス浅草にISを習っていると聞き及んでいま
一先ずはあの殿方を撃墜する事から始めましょう。これはある意味、ミス浅草への挑
!
!!
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮出ましょう﹂
10──撃墜する。
111
☆
俺がIS学園という女子園に放り込まれて一週間が経った。
びゃくしき
それはつまり、セシリア・オルコットとの決闘の日時となった事を示していた。
今 俺 は ピ ッ ト の 中 で 半 ば 遅 れ て 搬 送 さ れ た 俺 専 用 の I S │ │︽白 式︾に 乗 り 込 み、
﹄
ファーストセットアップを受けていた。初めはぶっつけ本番で行なう予定だったらし
いが、
﹃イギリス代表候補生は未設定機体を操る初心者でないと勝てないのですか
習し直し、諳んじれるくらいに反復した頃に準備は整っていた。ピットには心配そうに
フィッティング中暇だったので、もう一度浅草さんお手製のオルコット対策内容を復
にいただけない。マジで。
てピーキーな機体である︽白式︾が蚊蜻蛉の如く撃墜されるとの事だった。それは本当
さん講座曰く、これをきちんとやらないと相性最悪な状態で稼動し、スペック値からし
行なわれるフィッティングだそうで、絶対に行なわなくてはならない作業らしい。浅草
第一次移行と呼ばれるこれは、生体情報をISコアがパートナーとして登録するために
ファーストシフト
で テ ィ ー タ イ ム 分 の 時 間 延 長 の 了 解 を 取 っ た 結 果、こ う し て 搭 乗 し て い る 訳 だ。
と、挑発というよりも嫌味な口調で浅草さんがオルコットに〝オープンチャンネル〟
?
112
﹂
している千冬姉とそわそわしてる箒、そして堂々と仁王立ちしている浅草さんが居た。
﹂
﹁勝ってこい一夏
﹁おう
!
﹁ああ
﹂
数強の席が存在する筈だ。つまり、ほぼ全学年の生徒が此処に居るだと⋮⋮
冬姉じゃあるまいし。
ねぇかなと思ってしまうのは無理も無いよな。客席埋める人数とか在り得ねーよ。千
クラスメイトからの視線に慣れたからそこまで動揺はしないが、流石に暇人多過ぎ
!?
く越えてるじゃねーか。確か、IS学園のアリーナは行事や公式訓練やらあって在籍人
何故か客席一杯の声援を貰う。⋮⋮何でこんなに見物人多いんだよ。一組の人数軽
ナへと躍り出た事を実感する。
飛び出すイメージで俺はカタパルトから射出され、急激に視界が広けてIS第三アリー
け体に負担を感じたが、ISの保護機能によりその負荷も軽くなる。戦闘機が滑走路を
俺は三人の声に背中を押されるように、スラスターを点火させた。Gが掛かる一瞬だ
!
﹁御武運を﹂
﹂
﹁教師の立場だが⋮⋮、やれる事をやれ﹂
!
!
﹁うっし、行って来る
10──撃墜する。
113
││︽ブルー・ティアーズ︾にロックオンされました。
││︽ブルー・ティアーズ︾から個人通信が入っています。
﹁わたくしと︽ブルー・ティアーズ︾のワルツ、貴方は踊り切れますか
﹂
﹁そうはいかねぇぜ。来いよエリート様、ハードラックとダンスっちまうぜ
﹁⋮⋮手加減は致しませんわ。貴方は前座ですもの﹂
﹁⋮⋮そうは問屋が下ろさねぇよ﹂
と
お
ち
﹂﹁撃墜るのはお前だッ
!!
!!
││戦闘が開始されました。
お
﹁撃ち撃墜しますわッ
﹂
一瞬の視線の交差の後、ブザーがアリーナに鳴り響いた。
﹂
確りと握り締め、試合開始のブザーを待つ。まだか、と鼓動が煩いくらいに高鳴る。
確りと見定め、俺は右手を振って︽白式︾唯一の武装、雪片弐型を展開する。小指から
じっとりと緊張で手を湿らせ、高鳴って行く鼓動がビートを刻む。向けられた銃口を
けれど、こうやって正面から向けられたのは初めてだった。
銃を向けられたのは初めてじゃない。
mkⅡの砲口が︽白式︾へ向けられた。試合が始まればアラートが鳴るだろう。
目的としたBT兵器を搭載した蒼い機体。此方を狙い撃つ手筈を整えたスターライト
蒼い雫と銘打たれたIS︽ブルー・ティアーズ︾。遠中距離の装備に加え、空間制圧を
?
?
114
10──撃墜する。
115
虚空を切り裂く音が耳元を通り過ぎ、ヘッドショットの回避に成功した事を示した。
何て速さだ。ビーム兵器は距離による威力増減があると聞いていたが、肩部のアン
ロックユニットを掠って30も削れるだなんて思いやしなかった。
││損傷軽微。残り470。
だが、オルコットも初射を避けた俺に驚愕しているようだった。そりゃそうだ。何
せ、俺は一週間のうちに三回しかISに乗っていない初心者だ。だが、そのディスアド
バンテージを吹き飛ばすようなスペシャルコーチが居た。浅草さん曰く、
︽ブルー・ティ
アーズ︾はそもそもBT兵器の運用試験機体として存在している。つまり、戦闘特化の
ISではないと言う事だ。それは、オルコットが実戦経験を持たない理由に繋がり、あ
いつも俺と同じく試用運用等を目的とした模擬戦程度でしか交戦記録を持たないと言
う事を裏打ちする内容だった。そして、それは大正解だった。
動揺していたオルコットだが、腐っ
なので、絶対に当たる筈だった一手を避けられただけで動揺しちまうエリートが見れ
た訳だ。
スラスターを吹かし、一気に距離を詰めるッ
それは浅草さんの教導で一番練習したものだ。浅草さん曰く、どんなに業物を持っても
口が輝く。決して同じ場所に留まらず、揺らすように体を動かしてスラスターを吹く。
ても代表候補生。俺よりも経験量が違う。そのため、即座に狙いを定めてライフルの銃
!
振れなくては意味が無い。なので、ISも基礎運用が出切る程にまで仕上げる必要が
あった。取り扱いが難しい銃を諦め、箒監修の剣道訓練により白兵戦に特化。突貫する
ように八双に構え、躊躇い無く振り切るッ
!!
るが、ヒット&アウェイを前提とした高機動タイプのISだ。そのため、スラスターの
習したらコツを掴む事ができた。︽白式︾は武装が雪片弐型しか存在しない事から分か
最初はそんな超理論実行できるかっと思ったが、射撃回避プログラム演習で幾度も練
けば当たらない。
だった。放たれたビームは直線するしかできない。ならば、引き金が引かれる瞬間に動
に旋回する事。それは遠距離武装が主なオルコットに対して一番の有効打となるもの
時にビームが横を通り過ぎる。浅草さんに習った回避方法、アラート音を聞いたら即座
ラート音が鳴った。俺は一回転した勢いを殺さず、横へロールするように吹かした。同
穿つような蹴りでなく、踏み台にした蹴りだったからか俺の体が吹き飛ばされる。ア
││損傷軽微。残り463。
た。
する形で避け切る。そして、まんまと後ろを取られた俺の背中を蹴り付けて距離を取っ
そして、それをオルコットは即座にスラスターを吹かし、雪片弐型の進行方向へ追従
﹁まだ、動きが甘いですわね﹂
116
性能が高い。縦横無尽に空を駆ける事でアラートが鳴り続ける事は無かった。アラー
トが鳴るのは照準内に居たからだ。ならば、その照準から外れてしまえば当たる事は無
い。⋮⋮流石に何発か喰らってしまっているが、被弾数は圧倒的に少ないだろう。何
せ、まだ撃墜されていないのだから。
アーズ
﹂
﹁⋮⋮機動性は此方以上││なら、手数を増やすだけですわ。囲みなさいブルー・ティ
﹂
!!
まってしまったビットを、振り抜き様に展開した雪片弐型で切り裂く。真っ二つに切り
間、驚愕により思考が揺れてビットが停止した。スラスターを吹かし、俺の死角で止
そのため、オルコットからすれば認識外の速度で投げたのだと誤認した筈だ。その瞬
俺は雪片弐型を投げる振りをして収納した。投擲物にロックオン機能は存在しない。
﹁なっ
!?
﹂
かなかった。ぐっ、だが此処からが本番だ。
度から放たれるビームの嵐をスラスターを必死に吹かす事で最低限の被弾に抑えるし
つも増えたのだ。これにより、何処から放たれるのか分からない射撃が増えた。360
取って動き回る。そして、一瞬でアラート音が倍増した。そりゃそうだろう。何せ、四
︽ブルー・ティアーズ︾から四つのBT兵器が射出され、俺を取り囲むように距離を
!
﹁そこぉッ
10──撃墜する。
117
裂かれたビットが煙を吹いて爆破した。
先ずは一基ッ
二基目ぇッ
コットへ戻した。
つを途中で妨害するように切り裂く。輪切りに切られ爆散するビットを一瞥してオル
解したのだろう。悔しげにしかめっ面をし、残るビットを手元へ戻した。単調に戻る一
ビットが一つ破壊された事で、オルコットは俺の手にあるものでブラフだった事を理
!
示を受けなくなったビットは停止した。それを俺が切り裂いたのだ。
になる。そして、それは逆も然りだ。オルコットの思考が一瞬停止したために、次の指
よってBT兵器は軌道を描く。だが、そのためにリソースを食われ、本体の動きが疎か
俺 が 浅 草 さ ん か ら B T 兵 器 の 弱 点 を 聞 い て い る 事 を 察 し た の だ ろ う。思 考 操 作 に
だから。
だが、油断はできない。何せ此方には本当に投擲する以外の遠距離攻撃ができないの
!
﹂
!
そして、俺たちの作戦はここで終わっている。
オルコットは残る二基をサブユニットとして肩付近に浮かべ、狙撃を始めた。
その前提を覆すまでですわ
﹁⋮⋮成る程、わたくしの兵装は彼女に全て読まれていると言う事ですか⋮⋮。ならば、
118
なので、ここからは浅草さんの策無しでアドリブを決めないといけない。
││左肩部アンロックユニット大破。着弾前に切り離しました。損傷無し。
││右肩部アンロックユニット場所変更、背部へ移動。
││残り240。
巨大スラスターが一基になってしまったために、直線気味に逃げ惑うしかできなかっ
た。
せめて、バルカンとか牽制できるような兵装積ん
くそっ、何でこんなに揺れ幅大きいんだよ。ピーキー過ぎるだろ
責任者ちょっと来いやぁあああ
千冬姉みたいに刀一本で勝てる訳無いだろうが
どけよ
!
せめて一太刀だけでも与えてやりてぇんだ
││可能性20%のプランがあります。
ああ、もう何だって良い
!
!!
イグニッションブースト
遅いッ
﹂
其処はもう俺の間合いだ。勢い良く通り過ぎた際に一基を蹴り砕く。
!?
瞬間、世界が加速する。
てがゆっくりとなってゆく。そして、網膜に映し出されたソレを反射的に許可した。
焦る心と反比例して段々と思考が冷えて行く。集中により自己の世界へ入り込み、全
!
!
!
﹁││ 瞬 時 加速ですって
10──撃墜する。
119
!
そして、後ろに回り、更にスラスターを吹かすッ
もっと、もっと、速くだ。オルコットが振り返るその瞬間を狙え││ッ
﹁零落白夜││ッ
﹂
成功、再び背中を取る。そして、俺は脳裏に浮かんだその単語を口走った。
!!
!
⋮⋮戻る
もうすっからかん手前じゃねーか
⋮⋮マジで
流石にこの高さは死ねるってッ
当たれぇえええええ
!
││着地まで五、四、三、二、一。PIC限定起動します。
!?
?
が 終 了 し た 事 で 競 技 モ ー ド が 強 制 的 に 解 除 さ れ、俺 た ち の I S が 待 機 状 態 へ と 戻 る。
エンプティした事により、急に推進力を失った二つのISが地面へと落下する。試合
あったオルコットのシールドエネルギーを削り切った。そう、削りきってくれたのだ。
だが、零落白夜の一撃は必殺のものだったようで、たった一撃でありながら300は
零落白夜をオルコットの背中へ叩き付けた瞬間に俺のシールドエネルギーが尽きた。
!!
式︾のシールドエネルギー残量。零落白夜はシールドエネルギーを犠牲にするのか
マジでか
!
﹁││試合終了。判定は同時エンプティ。引き分けとなります﹂
!
!?
た。そのブレードを覆うように輝きが収束する。視界の端にガリガリと削れて行く︽白
雪片弐型の刀身部分がスライドし、二股に別れて格納されていたブレードを展開し
!!
120
すとん、と階段を一段下りたかのような軽やかさで着地する。そして、降って来るよ
うに落ちて来たオルコットをつい、受け止めてしまった。彼女の︽ブルー・ティアーズ︾
もPICによってオルコットを保護していた筈だから俺の腕が折れる事は無かった。
﹂
色んな意味で安堵の息を吐いた俺と腕に収まったオルコットと目線が合う。
﹁あー、その、大丈夫か
﹁え、ええ⋮⋮﹂
大変気まずい。
ふっくらとした口が開き、飛び出したのは││。
オルコットはぶつぶつと何かを呟いてから俺へ視線を向けた。
何せ、喧嘩相手ですし、先程まで戦ってましたし。んでもって撃墜しましたし。
?
⋮⋮何故かオルコットは腕の中でぐったりとしてしまった。
でふっと笑んで構わねぇよと頷いた。
したら公開処刑でしかない。俺は揺れる心を握り締めるように抑えて、許すという意思
のしゅんとした子犬のような様子に少々俺の思春期な心が蹈鞴を踏んだが、ここで興奮
素人に引き分けた羞恥からか頬を赤らめて、オルコットが謝罪の言葉を口にした。そ
謝罪の言葉だった。
﹁その、申し訳ありませんでした﹂
10──撃墜する。
121
122
も し か す る と 零 落 白 夜 が か な り 痛 か っ た の か
まった。
流石に俺も疲れたぜ⋮⋮。
と切に願う。
そ れ は か な り 失 礼 な 事 を し て し
へと急いだ。後ろで箒の殺気めいた視線を感じた気がするが気のせいであって欲しい
俺は揺らさないように少し強く抱き込んで保健室へオルコットを送るためにピット
?
それは兎も角、今は昼休み。午後はフルに使ってIS実習であるためISスーツを着
寂しい限りであるが。
⋮⋮まぁ、浅草さんが更識さんを構っていて話す機会がぐんと減ったのが友人として
毎日だった。
越しにハンカチを噛んで悔しがる先輩らしき人物が居たりと色々あったが、概ね楽しい
識簪さんだったか、その女子生徒が浅草さんに甘えていたり、そして、その光景をドア
グを終えて教室に来た浅草さんの気だるげな様子が日割増しだったり、何故か四組の更
改めて謝罪を受けてセシリアと名前で呼び合う友人関係になったり、早朝トレーニン
最近の事をふと思い出す。
手、との事だったので何気無くやってみたらこれがかなりひんやりして心地良い。
る浅草さん曰く、ISの保護機能は過保護なレベルであるので困ったら頼んでみるのも
式︾に額を当てて、授業中に発生した知恵熱を冷やして貰っていた。専用機の先駆者た
何故かクラス代表に祭り上げられてしまった俺は右手首にあるガントレット状の︽白
セシリアとの死闘を終えて三日程経った。
11││見惚れる。
11──見惚れる。
123
込む時間を考えて行動せねばならない。︽白式︾に礼を言って、俺は学食へ向かおうと立
﹂
ち上がる。すると、お馴染みになったメンバーが集まってくる。
﹁午後は実習だぞ。きちんと食事を取っておくのだ﹂
﹁そうですわ。早く行かねば席が埋まってしまいますわよ
﹂
?
さんは何かを呟いた後、俺に小さく頷いて立ち上がった。その際に顔に掛かっていた髪
何となく、そう何となく尋ねてみた。何処か不意を突かれた様子で此方を向いた浅草
﹁浅草さんも一緒にどうだ
のですかと問われてしまう始末だった。
のを感じたが、声を掛けてみればそのような素振りは一切無く、むしろ何を言っている
それはまるで、何も考えない事で何かから逃げているようにも見えて、何処か儚いも
行動に組み込まれているようだった。
の授業の時も偶に虚ろな瞳で空を眺めているようで、ルーチンワークとして浅草さんの
た。浅草さんを偶に見てみるとああして空を眺めている事が多いようだった。千冬姉
識さんに突貫されずに空を眺めていた。そう言えば、浅草さんの事で分かった事があっ
ごすのも当たり前になりつつあった。教室を見渡してみれば、珍しい事に浅草さんが更
箒とセシリアである。何かとこの二人は日常を共にしているので、学食や放課後を過
﹁ん、そうだな。今日は何にすっかなーっと﹂
?
124
を振り払い、後方へ舞った黒髪が太陽の光に輝いて幻想的な光景に見えた。
まるで、有名な絵画が生きているような、そんな美しい光景に俺は思わず見惚れてし
まった。
すると、横から手が伸びて俺の両腕が拘束された、もとい、手を掴まれてしまった。二
?
人を見やれば何処か憤慨するような、けれど何処か悔しそうな表情で俺を睨んでいた。
⋮⋮つまり、如何言う事だろうか。俺、何か悪い事したか
﹁ぐっ、悔しいが浅草に負けているのは事実⋮⋮﹂
﹂
﹂
﹁くっ、ミス浅草の優美さが恐ろしい⋮⋮﹂
﹂﹁何でもありませんわ
﹁何ぶつぶつ言ってんだ
﹁何でもない
!
?
か﹂
﹁いつも賑やかですね、織斑くんの周りは。お待たせしました、それでは行きましょう
﹁お、おう⋮⋮﹂
!
そういえば、あの講座から浅草さんと話す機会が無かった気がするな。良い機会だ
そう浅草さんは息を吐いて気だるげな様子で返事を返した。
﹁あの子は私に甘えてきているだけですから⋮⋮﹂
﹁ああ。でも、浅草さんも賑やかじゃないか﹂
11──見惚れる。
125
し、中学とかの話題を振ってみようか。そんな事を思いながら二人に引き擦られる形で
食堂へ向かっていると、砲弾の如く横合いから飛び込んできた影があった。その影は引
き寄せられるように後ろへと向かい、とんっと着弾の瞬間に後ろへ跳んだ事で衝撃を受
け流した浅草さんが更識さんを受け止めていた。その一瞬の神業に俺たちは唖然とせ
ざるを得なかった。
けれど、時が止まっているのは俺たちだけらしく、飼い主にじゃれつく子犬のように
更識さんは浅草さんに抱き付いて、大変嬉しそうな表情で頬を綻ばせている。
色々と溜まっているので妄想をするだけでこれだ。可笑しいなぁ、弾と御手洗と鑑賞会
合っている浅草さんを考えて俺は鼻元を押さえた。如何せん、IS学園に入学してから
じてしまう。もしも、姉妹だったなら禁断の関係になっていそうな⋮⋮。ベッドで抱き
とした表情で蕩けていた。明らかに姉に溺愛する妹みたいな感じでかなり背徳感を感
更識さんは浅草さんの柔らかい肢体を味わうが如くすりすりと頬擦りして、ふにゃっ
﹁お、おう﹂
﹁⋮⋮はぁ、まぁ構いませんが。すみません、織斑くん一人追加お願いします﹂
﹁えへへ、早く会いたくて⋮⋮つい﹂
﹁おはようございます。そして、廊下は走ってはなりませんよ簪﹂
﹁染子お姉ちゃん、おはよ﹂
126
した時にはんな事無かったのに⋮⋮。
頭の中で思い浮かべた妄想を払い落とし、食堂へ着いた俺たちはそれぞれ思い思いの
品の食券を買った。俺と箒は和食Aセット、セシリアはサンドウィッチ、更識さんはパ
ンケーキ、そして浅草さん⋮⋮特製カツ丼大盛りセットだった。女子で朝からここまで
がっつりと食べる生徒は浅草さんしか居ないようで、調理のお姉さん方のやりきったと
いう顔がとても印象的だった。何せ、そのカツ丼は浅草スペシャルと密かに呼ばれてい
る特別メニューであり、ボリュームが山の如しなのだ。
持ち上げたお盆の重さはいったいどれ程になるのか。それは食べる気概を持つ者し
か知らないに違いない。何せ、一目見ただけで腹が膨れそうな光景なのだから。
これを食す勇気を持つ人が他に居るのだろうか⋮⋮。いや、居ないだろう。朝から陸
上部も青褪めるトレーニングを行なっている浅草さんだからこそ食す事ができるのだ
ろう。カロリーの消費量やばそうなトレーニング量だったしな。
﹁そうですか
﹂
﹁わたくしには到底無理な量ですわね⋮⋮﹂
﹁お姉ちゃんだから食べれる量⋮⋮﹂
﹁俺でもちょっときつい量だからなぁ⋮⋮﹂
﹁⋮⋮相変わらずの大食だな﹂
11──見惚れる。
127
?
五人居るので多人数用席へ着席した俺たちは、箸を構えてきょとんと小首を傾げる浅
草さんに苦笑した。黙々と山を崩して行く浅草さんの食事は圧巻であり、尚且つ確りと
咀嚼していてその食事は綺麗なものだった。鮭の切り身に手を出しつつ、俺はそろそろ
話題を出してみる事にした。
﹂
神社の出でな⋮⋮。一夏は近所に住んでいたのだ。家で剣道の道場をやっていたりと
﹁ほう、景色が綺麗な場所なようだな。羨ましい限りだ。私の家は都会から少し離れた
身体の不調に俺は返事を返す事が出来なかった。
覚は初めての感覚だった。もしかすると胸焼けでもしてしまったのだろうか。そんな
は浅草さんのその憂いを含んだ表情を見て胸が痛む気がした。ズキリと痛んだ胸の感
べた。更識さんは小さく息を吐いて、視線をパンケーキに移して食べ始めた。尋ねた俺
そう答えてくれた浅草さんは腹部を左手で擦りながら、悲痛そうな表情で微笑を浮か
﹁⋮⋮静岡の田舎ですよ。空気は澄んでいて、川が綺麗で⋮⋮、とても良い場所でした﹂
黙だった。
それはまるで、触れてはいけなかったものに手を出してしまったかのような、そんな沈
んの箸が止まり、更識さんの瞳がすっと細まって、空気が凍ったような違和感を感じた。
俺としては軽いトークとして出したつもりだった。けれど、口に出した瞬間に浅草さ
﹁そう言えば浅草さんって何処出身なんだ
?
128
繁盛していたが⋮⋮﹂
あー⋮⋮、うん。束さんのIS騒動で家族と散り散りで転校続きって言ってたもん
な。
何処か遠い目でし始めた箒の発言によって雰囲気が若干薄れ、ふっと雰囲気が良く
なった浅草さんは食事を続け始めた。どんよりとした雰囲気が一蹴され、何となく呼吸
が楽になった気がする。ほっとするような内心で、止まってしまった箸を俺も動かす事
にした。
それからの会話は穏やかなものだった。殆どが授業の内容で耳と頭が痛い内容だっ
たが⋮⋮。何故か箒もとても頭が痛そうな表情だったので、もしかすると授業ついてい
けていないのかもしれない。これは浅草さんにまた講座を開いて貰わないといけない
な。
た。
送る。時間を見ればアリーナの個人ロッカーへ向かうにはタイミングの良い時間だっ
た。その後ろを俺たちに一礼した更識さんが雛鳥の如く着いて行く見慣れた光景を見
浅草さんは此度も見事登山踏破に成功し、空になった容器をお盆に載せて立ち去っ
﹁では、用があるので先に失礼しますね﹂
11──見惚れる。
129
☆
颯爽と進み出た浅草に続いてセシリアと一夏が前に出る。そういえばセシリアは専
如く雰囲気に相まって美しい。
ため、ぴっちりと彼女の完璧なボディバランスがこれでもかと強調され、凛とした刃の
のようなISスーツとは違い、耐久性に優れたライダースーツの形状をしている。その
彼女の着ているISスーツは専用のスーツであるようで、私たちが着るスクール水着
││だが、浅草だけは直立不動だった。
る挙動をしている者も居る。
一夏が居る。そのため、女子たちは何処か浮ついた様子の他に、羞恥心の表れと思われ
うな形状をしているISスーツを着るのに何も思わなかっただろうが、今年は男性││
前年までは女子しか居なかったために、ISとの親和性緩和の一環で体に張り付くよ
IS実習はIS学園の授業で唯一ISスーツで学ばなくてはならない授業だ。
の運用方法とする。では、手本として⋮⋮、浅草、織斑、オルコット、ISを展開しろ﹂
﹁では、此れからIS実習を開始する。此度の授業内容はISの機動性の把握及びにそ
130
用機を持っている筈だが私たちと同じISスーツなのは何故だろうか。毎日継続して
いるトレーニング量と言い、その軸のぶれない歩みと言い、浅草は他の代表候補生とは
一線を画しているように思われる。彼女の憂いを帯びた表情は同年代とは思えぬ重さ
が垣間見え、それで尚歩む速度は変わらずのままだった。
﹂
見る浅草は小さな溜息を吐いてから、一夏へ口を開いた。
対して一夏は展開のイメージが湧かないのか、少々もたついていた。それを冷めた瞳で
機を持つ代表候補生という事を明確に示す確かな実力の一端と言えよう。だが、それに
のそれは一秒に近いコンマであり、一般生徒の展開時間よりも速い。それは彼女が専用
る。優秀なIS搭乗者はコンマ秒でISの展開をするらしい。目測であるがセシリア
セシリアが銃を抱く聖女の如くポーズを決めて、青いカラーが特徴的なISを展開す
﹁︽ブルー・ティアーズ︾
!
﹁おお
そっか、その手があったか。行くぜ、︽白式︾
﹂
!
ラーが特徴的なISを身に纏っていた。その姿は白い翼と形容するに値する雄々しき
つように掲げてその名を呼んだ。瞬間、輝きに包まれた一夏はあの時と同じ、白いカ
一夏は待機状態であると言っていた白式のガントレットを身に付けた右腕で、空を穿
!
纏っているのですから、それを再び装着する事はイメージし易いと思います﹂
﹁織斑くん、展開というよりも変身と思えば装着がスムーズに行なえますよ。一度身に
11──見惚れる。
131
姿だった。浅草の助言ですぐに展開できた事には少し物申したい気分になるが、二人の
様子は特段特筆するような素振りの無い自然な物だったので目を瞑っておく。だが、こ
の胸に募る苛立ちは然るべき瞬間まで隠しておこう。
一夏の展開速度は一秒を越えるものであったが、素人であるのだから及第点以上に違
いない。千冬さんが一瞬であるがふっと微笑を浮かべたので間違い無い筈だ。
性を持ち、浅草の身体に沿うように存在するパワードスーツめいた細いフォルムが特徴
日本代表候補生浅草染子が所有する専用機︽玉鋼︾。それは鎧武者を模したデザイン
開光が無く、まるで元々着ていたかのようにその鋼色のISを展開させた。
それを良しとして頷いてパッとその姿を変貌させた。セシリアや一夏が発していた展
千冬さんの一言により、全員の視線が浅草へと向いた。浅草はまるで指導員のように
られない思い出の一つだ。⋮⋮勿論、トラウマめいたものだが。
な。何せ、幼い頃に何度打ち倒されたものか⋮⋮。あの地獄のような鍛錬、未だに忘れ
内容は中々辛辣だったが、元々厳しめな教育を施す千冬さんであるので予想範囲内だ
﹁分かりました﹂
﹁よし、では最後に浅草⋮⋮見せてやれ﹂
﹁⋮⋮はい﹂
﹁遅い、一秒以下で展開できるようにしておけ﹂
132
的だった。︽白式︾や︽ブルー・ティアーズ︾のようにゴツゴツとして巨大な装甲は存在
せず、身を纏うパワードスーツの上に半円状をしているアンロック式装甲が四肢を覆う
ように存在していた。全体的に細いフォルムであり、そして何よりも頭部を覆う三角錐
状のヘルメットが違和感を醸し出していた。
一同皆其々に浅草のISの形状とその展開の速さに驚きを隠せないようだった。特
﹂
に、同じ代表候補生という立場であるセシリアが顕著な驚きを表情へ露にしていた。
﹁嘘。零コンマに近いだなんて⋮⋮。三コンマが限界値ですのに⋮⋮ッ
い人たちだ。
すわ﹂に違いない。コンマ展開でも凄いと言うのに、それを更に詰めるなんて本当に凄
その言葉にセシリアは頭を抱えた。恐らく心情としては﹁そんなの貴方たちぐらいで
﹁ふん、私の全盛期は此れぐらいだったぞオルコット。精進が足りんな﹂
!?
﹂
?
睨み付けられるような目線で促された二人は、声を揃えて返事をして上空へと飛び上
時間の無駄だ﹂
﹁⋮⋮浅草の機体は航空性能が他二つに劣る。故に飛ばす必要は無い。さっさと飛べ、
﹁あれ、浅草さんは
空し地上十cmで着地行動を行なえ﹂
﹁では、織斑とオルコットは上空に飛べ。そして、上空二百m付近を遊泳、指示の後急滑
11──見惚れる。
133
がった。機体性能の差なのだろうか。一夏がセシリアよりも速い速度で上空へと上昇
し、目視できる範囲内でその上昇を止めて空を舞い始めた。地上を見れば、後方に頂点
のある三角錐のヘルメットを背中へと回して顔を出している浅草が憂鬱げに空を見上
げて、何かを呟いていた。私は上空を飛ぶ二人に興奮して列を崩した者たちに紛れて浅
草へと近付いた。
けれど、浅草の講座に出席する度に︽打鉄︾の操作が上達してきている。何せ、訓練
い。
⋮⋮正直、今の私が姉さんに頼んで専用機を貰ったとしても使いこなせる気がしな
う。
返って来たのが最近であるので、不慣れな操作に対して助言を得るのは当然な結露だろ
が上がらない存在になりつつある。セシリアとの戦闘により修理に出された︽白式︾が
明をばっさりと斬り捨てて分かり易い講座を開いてくれたりと本当にIS関係では頭
から浅草は暇がある時に私たちの訓練に指導官として混ざり、完璧であろう私たちの説
どうやら個人通信機能により一夏に助言を与えているようだった。セシリアの一件
調子ですよ﹂
にはアフタバーナーを吹かすようなイメージで行なうと宜しいかと。そうですね、良い
﹁ええ、そうです。戦闘機のようなイメージを持つとより良いかと。はい。速度を出す
134
機である︽打鉄︾でセシリアに一矢報いる事が出来たくらいだ。浅草曰く、一夏と同じ
く私はISに愛されているらしく、スムーズな運用が出来ているために経験値が入るの
も早いとの事。このままであれば、夏には十分な技術を学び終えるだろうとやや苦い顔
で太鼓判を押されたくらいだった。
そうですね、地上にエアクッションがあると思って其処で踏ん
愉快なオブジェと化しているのだから。
に置いて溜息を吐き、千冬さんも肩を竦めて呆れているようだ。無理も無い。一夏は今
cmという記録を出した。どうやら踏ん張り所をミスったようだった。浅草は掌を額
空し、十四cmという評価を貰い、その後に滑空してきた一夏は地面に足を埋めて│4
どうやら内容からして千冬さんから滑空の指示があったらしい。セシリアが先に滑
うから﹂
張るイメージをすると宜しいでしょう。そうすると地面とキスをする事は無いでしょ
﹁⋮⋮急停止ですか
?
浅草は三角錐を下ろすと後方腰部に存在するブースターを吹かせて、跳ぶように一瞬
﹁はい﹂
リュートターン、ループループだ。できるな﹂
う。で は、浅 草 に は 低 空 移 動 の 実 技 を 行 な っ て も ら う。内 容 は ハ イ タ ー ン、ア ブ ソ
﹁⋮⋮はぁ。織斑はそのままで見学しておけ。ハイパーセンサーでなら視認できるだろ
11──見惚れる。
135
136
に し て ア リ ー ナ の 端 へ と 移 動 し て い た。そ の 加 速 の 速 さ に 千 冬 さ ん 以 外 が 絶 句 し た。
一瞬拍手のような音がしたのは恐らく音速を超えた音に違いない。まるでワープした
かのような加速度であったから恐らく合っているだろう。何て加速度だ、戦闘機並みと
言っていたが怪物染みている。
確か、ハイターンは三歩ステップを踏んで後ろを振り向く回避系、アブソリュート
ターンはブースト中に振り返る迎撃系、ループループは中心点を通るように円状に回避
運動を行なう攻撃系に分類される技術だったか。その全てが非常に難しいと言われて
いるものばかりだ。
私たちはアブソリュートターンをした事があるらしいが、戦闘中に意識して使えるか
どうかと考えると難しいものがある。機体運用に長けていないと自爆する技なのだか
ら当たり前だ。
アリーナの端へと移動した浅草は右左右のステップを空中で踏み、右へ左へと連続し
てハイターンを決めるその姿はまるで舞のように見えた。それだけ彼女のハイターン
の修練度が高く尚且つ相当な実力を持ち合わせている事を理解させるものだった。
続いて、態と出力を落としたのだろう速度で前進しながらくるりと旋回し、即座に進
行方向の逆へISを振り向かせ、ブーストして元の位置へと戻り、再びアブソリュート
ターンを決めた。一糸乱れぬ完璧な動きに誰もが釘付けになり、次の御題への好奇心が
期待へと変換されて行く。
そして、浅草は中心で止まり、最後の実技を行なう。コンパスによって正確な円を描
くが如く中心点である一点を交差して、氷上を滑るスケーターのように滑らかな動きで
八枚花弁を模したループループを行ない続ける浅草に、誰もが魅了され見惚れ続けた。
悔しいながら一夏もその華麗な動きに目線が行きっ放しのようだが、私もまたそんな一
夏を一瞥するだけで浅草の美しいループループに目を奪われていた。
数十秒、数分、いや、数時間は行なっていただろうか。其れほどまで錯覚する程に集
中していた私たちは、浅草が跳んで戻って来て止まるその瞬間まで彼女の動作を見つめ
続けていた。一瞬でISを格納した浅草は、汗一つかかずに涼しげな顔で千冬さんを初
めとした私たちに一礼した。その動作はまるでショーに立ち会った客への振る舞いで、
見物料金を取っても問題無いのではないかと思ってしまうくらいに優雅なものだった。
突如、感動して立ち上がってしまった者の如く拍手の賞賛が一斉に行なわれた。中に
は浅草の高難易度ターン集に感動して泣いてしまっている者が居たり、思考を停止した
ように拍手をし続ける者が居たり、代表候補生という別次元の存在に尊敬と憧憬の念を
送る者も居たりと、その反響は凄まじいものだった。
おくが良い。では、これより訓練機を実際に使用して上昇と下降の訓練を行う。一斑か
﹁ふっ、文句無しの見事な物だったな。これがお前たちの行き着く先だ。確りと覚えて
11──見惚れる。
137
ら順に番号順で格納庫からISを運び出せ。迅速にな﹂
﹄
!!
していたのだった。
今はただ、この心地良い感覚に足を進めていたいと、願ってしまう程に私たちは熱中
ごしていたのもこの一時だけは忘れていたかった。
子供の如く私の心は揺れていた。ISを作り出した姉さんのせいで味気無い青春を過
そう、まるで初めて剣道で勝利した時のような高揚感が胸を高鳴らせ、玩具を貰った
一瞥して、私もその流れに乗って格納庫へと急ぐのだった。
た。そして、全員が全速力で格納庫へと走って行く光景に千冬さんは苦笑していたのを
誰もがISに乗りたいと願った瞬間だったからか、その返答は見事なまでに重なっ
﹃はいッ
138
12││繰返す。
﹁⋮⋮転入生ですか﹂
レーションとして溜まりに溜まっていた。
?
り、勝つであろう私は欲しくも無い肩書きを手にしてしまう羽目になり、これもまた
可と言って、次点の次点として更識楯無に模擬戦を申し付ければ生徒会長委譲戦とな
任に災厄として降り掛かっているぐらいに暇な立場ではない。
可能だ。織斑担任は今織斑くん関係で忙しいらしく、その皺寄せが人畜無害な山田副担
本当にどうしようか。織斑担任に声を掛けて模擬戦をして貰うか
いや、それは不
いうフルで身体を動かす頃と比較してしまい、自由に動かせない身体の訴えがフラスト
事は多大なストレスを私の心に負荷として残り続けていた。戦闘訓練や実戦に暗殺と
自由行動が一斉に制限された上に、織斑くんの護衛という露払いの立ち位置に居続ける
を一息で吐き出した。当たり前だ。IS学園の生徒という立場上、今まで許されていた
そう一方的に切られた業務連絡に私は気だるげな雰囲気を隠さずに、此れまでの鬱憤
続き彼の護衛を宜しくお願い致しますね﹄
﹃はい。中国代表候補生の鳳鈴音という少女ですね。詳細は追って添付致します。引き
12──繰返す。
139
後々を考えれば面倒極まり無い。
オー バー キ ル
⋮⋮ 更 識 楯 無 以 下 と な る と 唯 の 一方的虐殺 で し か 無 い。弾 丸 の 無 駄 で し か な い だ ろ
う。どうしたものか。此れと言って打ち込む事を知らない私は何を持ってこの鬱憤を
晴らせば良いのだろうか。
簪は⋮⋮、専用機を用意するまでは無理だ。何せ、更識の殺人技術の集大成と言える
才能を持ってしまった少女である。模擬戦であろうが段々と私たちのビートは上がり、
あっと言う間に︽打鉄︾がおしゃかになるのが目に見えている。簪専用に組み上げたも
のではないと興醒めでしかないに違いない。
﹁勝諾 ﹂という達筆の文字の浮かんだ電子フィルターを見せ付けて来たのは数日前の
何時の間にか私の相部屋の相手として織斑担任の承認の判子が押された書類片手に、
ちらりと隣で私の視線を感じ取った簪が此方を見やる。
﹁⋮⋮ん﹂
140
きている。クラス割を作るのが教員で無く生徒会長であったなら良かったのに、と黒い
その日から簪は私のベッドに潜り込むようになり、今では逆に待っている程に甘えて
げて喜んでいたな。
うになったが、決まったものは仕方が無いなと素直に頷いておいた。簪がテンション上
事だったか。勝訴と承諾を掛けたのだろう。いつから裁判沙汰に、とツッコミを入れそ
!
笑みを浮かべていたのは良い思い出である。
そうそう、私の見解は簪と出くわした日から変わっていた。何せ更識楯無が態々一年
のクラスに来て、簪と戯れる私を見てハンカチを噛む仕草をしている姿を簪の背中越し
に 毎 日 見 て い た ら 流 石 に 飽 き て く る。ど う や ら、数 年 前 の 時 よ り も 関 係 に 溝 が ⋮⋮。
⋮⋮溝と言うべきなのかよく分からないが、簪が一方的に接触を拒否している程度に
なっているようだった。嫌っているようだが面と向かって舌打ちや無視をしない辺り
まだ脈はあるらしい。何と言うか⋮⋮、心配されたがりの妹が不器用な姉を態と突き放
しているようにしか見えなかった。
このような状況を何と言ったか。そう、ツンデレだ。タイトル的にするならば﹁私の
妹がこんなに反抗期な訳が無い﹂と言った所だろうか。もっとも、デレるのは他人であ
る私になので、更識楯無からすればツンでしか無い。⋮⋮成る程、そりゃ仲直りが出来
ない訳だ。
﹂
?
﹁え
﹂
あ﹂
?
?
﹁え
﹁ああ⋮⋮、お姉ちゃん戦闘狂系美人だもんね⋮⋮﹂
バ ト ル ジャ ン キー
﹁いえ、最近身体動かせてないなと思いまして﹂
﹁どうしたの
12──繰返す。
141
偶に簪と会話が脱線している気がします。というよりもレールが違う気がしますね。
どうにも世情に疎い私なので、現代っ娘と言える簪と次元が違うのでしょう。わたわた
と簪は頬を染めて何やら支離滅裂な言い訳をマシンガンの如く始め、頑張り過ぎて酸欠
によりぐったりしてしまい私に介抱されるまでがテンプレートですね。
あ、くたりました。
⋮⋮⋮⋮⋮⋮き、筋トレですかね。
あれ、もしかして私の趣味少ない⋮⋮
いや、そんな⋮⋮、いえ、認めましょう。私は趣味の少ない女である、と。
?
なら、簪の専用機の手伝いを⋮⋮、簪がぐったりしてますね。
しましょうか。織斑くん用の資料製作は⋮⋮、終わってます。
さて、かいぐりと簪を撫でて大人しくさせた所で程よく戦闘欲も萎えたので他の事を
まぁ、幸せそうに寝入るので良しとしましょうか。
はありますがね。一応私も女性なのでその手のやり方は好ましくないのですが⋮⋮。
ないようにする事でしょうか。夜更かししようとした時に触れて、強制的に寝落とす事
頬擦りしてきたりして喜びます。注意する点と言えば、首元は性感帯のようなので触れ
何やら唸っていますが、されるがままの簪は猫のようですね。こう頭や頬を撫でると
﹁うぅ⋮⋮、私ってばお姉ちゃんに何でスラングを⋮⋮。違う、違うんだよぉ⋮⋮﹂
142
言い訳をするならば戦闘一辺倒な環境で他の事だなんて気にしなかったのが原因で
しょう。十六歳は一応思春期の範囲内ですよね 華のある生活とは無縁だった私で
危なかった。
﹂
ト
ラ
ウ
マ
!?
きと言っている事が違っ、銃弾避けか此れって選択肢ハード過ぎやしませんかね教官│
か、ってナイフですか、しかも果物ナイフじゃないですかこれ、紙の様に切れってさっ
は、ぶち抜けってこれを素手でですか、そうですよね流石に得物を貰えますよね金槌と
人から外れた存在になりつつあるのでは、ちょっと待ってなんですかその分厚い鉄板
教官銃弾を放たれてから回避余裕になれとか本当に無理ですって、いや本当にそれは
を取り戻せる訳でもありませんし⋮⋮。
だ言っていてもハートマン式訓練が羨ましくなるような地獄を経験していた頃の時間
私でしたから、考えるだけ無駄だと悟る事にします。開き直るとも言いますが、うだう
溜息を吐いたら少し落ち着きました。そもそも青春と関わりの無い生活をしていた
すから思春期適応外だなんて事は⋮⋮、無いと思いたい。切実に。
?
目 が 虚 ろ で 挙 動 が 可 笑 し い け ど 大 丈 夫 ね ぇ
!?
!
ブレの激しい気分が欝方向へと向かっていたらしい。訓練内容を呟いてがくがくし
!
お 姉 ち ゃ ん
!
│。
﹁お 姉 ち ゃ ん
!
お姉ちゃーんッ
しっかりして
12──繰返す。
143
ていたと、揺さぶって正気に戻してくれた簪が涙目で教えてくれた。簪を後ろから抱き
締めて精神安定を図っていると再び通信用の端末が震えた。一言断って見やれば、先程
の転入生の詳しい資料だった。
勿論ながら学園に提出している虚偽満載の低スペック値ではなく、中国施設で行なわ
れた本来のスペック値で構成されている機体内容やその兵装及び第三世代兵器の概要
などがずらずらと並んでいる。中国政府の杜撰な情報管理を哂うべきか、それとも日本
﹂
政府の見事な忍者っ振りに苦笑するべきか。正直どっちもどっちなのでスルーする事
にする。
﹁お仕事
ベルなのか判断に迷いますね﹂
﹁う、うーん⋮⋮﹂
?
第三世代兵器︽龍咆︾は最新型の空気砲でしたか⋮⋮。本当に文字通り空間を圧縮し
るでしょうね、今のIS技術なら豆鉄砲が拳銃くらいになる程ですし⋮⋮﹂
空間に圧力掛けて圧縮ってまんま空気の事でしょうし⋮⋮。まぁ、其れなりに威力はあ
﹁ほぅ、
︽龍咆︾ですか。衝撃波を撃つと書かれていますがこれ⋮⋮空気砲ですよね
たった一年半で候補生から代表候補ですか。筋が良いというべきか、他の候補生が低レ
﹁え え、そ う で す ね。中 国 か ら 転 入 生 が 来 る よ う で す の で そ の 下 調 べ で す。⋮⋮ へ ぇ、
?
144
たら湾曲して絶対に歪みか何か生み出して自爆しそうですしね。流石中国。爆発はお
家芸ですか。パイロットはISが護ってくれますから安心して自爆できますね。って、
それは本末転倒じゃないですか。
というか仮に撃てても相手共々空間の歪みに巻き込まれて世界的失踪ですよねこれ
⋮⋮。本当ならば恐ろしい限りですね。ええ、本当ならば。
スペック的に近寄って︽龍咆︾で隙を作って殴る戦法でしょうか。圧縮空気砲ですし、
エコロジーかつ低燃費でしょうから持久性が抜群と言った所ですね。つまり、
︽龍咆︾を
予備まで破壊されたら唯の案山子⋮⋮。兵装の見直しを請求した方が宜しいのではこ
れ。まぁ、他人事で他国事ですし、欠点は美味しいですが⋮⋮。間違っても味方にした
くない機体ですね。一緒に接近戦を行なうならまだしも、遠方援護射撃が常である私の
機体では︽甲龍︾が落とされると二対一になるでしょうし。
﹂
?
⋮⋮まぁ、当たらなければどうと言う事では無いのですがね。
﹂
?
と背中に腕を回してホールドしている辺りいつも通り甘えているようですね。鼻息が
簪は﹁うぼぁー﹂と意味不明な声を漏らして私の胸に顔を収めて倒れこんだ。ぎゅっ
﹁⋮⋮簡単でしょう
﹁︽打鉄︾で専用機を落とすもんねお姉ちゃんは⋮⋮﹂
﹁参考にできるのは関節部分のパワーフレーム構造ぐらいですかねぇ
12──繰返す。
145
くすぐったいですが、まぁ良しとしましょう。精神安定剤代わりに先程まで抱き締めて
ましたし。
☆
腕の中で寝たがる簪を宥め、ベッドの淵へと座り直した私は久し振りの友人からの着
信で震える携帯を懐から取り出した。時代遅れらしい黒い携帯を開けば其処には一年
振りに脳裏に浮かべた人物の名前がドイツ語表記で記されている。確か、世間に疎い私
に日本の知識をしっちゃかめっちゃか詰め込むためにアドレスを交換したのでしたっ
け。
後輩へと権限を移し変えたと自慢気に語る間違った熱意と愛情及び熱情を燃え上がら
です。私が代表候補生とは友人にならないと明言した翌日に、新たに発足される部隊の
クラリッサは一年前の候補生の勉強会と称した国際IS交流会で知り合ったお友達
﹃ええ、お久し振りです、染子。お元気そうな声で何よりです﹄
﹁お久し振りですね、クラリッサ﹂
146
せる人物。そして、彼女から知らされた日本の現状││いえ、あれはもはや汚染の域で
した。何ですか日本オタク文化って。薄い本とジャパニメーションの進化の一途を熱
烈に語られるとは思いもしませんでした。彼女、私のことをリアルサムライか何かと勘
﹂
違いして近付いたそうですし⋮⋮、ユニークな子だと言うのがクラリッサの印象でした
ね。
﹁何用ですか。一年振りに掛けてくるだなんてよっぽどの案件があるのでしょう
﹂
﹃貴方の声を聞きたかったんですよ﹄
﹁一年振りにですか
?
そ
ち
ら
まぁ、それはおいときます。実はですね、私が押し付けた⋮⋮げふんげふん、後釜に納
﹃⋮⋮ 染 子 に は 相 変 わ ら ず ネ タ が 通 じ ま せ ん ね。結 構 有 名 な ネ タ な の で す が ⋮⋮。
?
イギリスと言い中国と言い、ドイツまでも参戦しますか﹂
まった隊長がIS学園に留学生となるので一報入れておこうかと思った次第です﹄
﹁へぇ
?
こちら
色沙汰なら日本に属してくれれば構いませんが。いえ、それをクラリッ
﹃察しが良くて助かります﹄
ファン、とか﹂
サが知らない訳がありませんね。確執、という事でしょうか。⋮⋮例えば、織斑担任の
﹁⋮⋮はい
?
﹃⋮⋮⋮⋮それがですね。実は隊長が織斑一夏にご執心のご様子で⋮⋮﹄
12──繰返す。
147
148
織斑担任の大失態とも呼べるモンド・クロッソ決勝の放棄の遺恨は確かに日本を蝕ん
でいた。あれのせいで表立った発言が出来ず、しかしながら織斑担任を矢先に出せばそ
れが覆る。そんな権威落失の実態もあって私は調整されたのだ。日本政府の手先であ
りながら、尚且つ次代ブリュンヒルデとなるためだけにコーディネイトされた生粋の兵
士として。そして、その苦行の十三階段を私は私の意志で上り詰めた。前の、唐突に奪
われて亡失していた私を殺し、今の人間性を作り上げたのだ。今更何の後悔も感じない
程に。
私にとって織斑千冬という人間は疎ましくも羨ましい人物であり、先輩にして先代の
威光でしかない。だが、織斑千冬の叩き出した無敵神話の崩壊は彼女を熱狂的に祭り上
げるファンからすれば一大事、その事実の原因たる真実を知る者からすれば織斑一夏と
いう少年は疎ましい存在でしかない。
││殺してしまいたいくらいに恨む事だって有り得るに違いない。
すっと思考がプライベートから切り替わった私は兵士としての雰囲気に、何故か背中
にぴったりとコアラの如く抱き付いていた簪が震える。この子もまた、家系の狂気によ
り戦闘の意思に対し過敏になっている。何もかもが手に取れる更識暗殺術の基礎形態
であるからこそ、他人に対して臆病になった経緯が存在する。申し訳無いという意味で
お腹に回された手を優しく撫でる。ふわりと簪の雰囲気が柔らかくなったのを確認し
て、撫でる手を止めるとぎゅっと強められて催促をされてしまった。
⋮⋮仕方がありませんね。甘やかしてしまった私の責任でしょう。
﹃⋮⋮何でしょう、新たな萌えの決定的な瞬間を見逃した気がします﹄
﹁戯言は其処までにしときなさい。⋮⋮はぁ。兎も角、クラリッサの後任であるその候
﹂
ア
ド
ヴァ
ン
ス
ド
補生が織斑一夏に害を為す存在であるならば、日本代表候補生として彼の護衛を任され
﹁何のことやら﹂
貴方なら知っているでしょう﹄
﹃分 か っ て い ま す よ。だ か ら こ そ、貴 方 に 頼 む の で す よ 染 子。遺伝子強化試験体 計 画。
ている私は徹底的に殲滅せざるを得ませんよ。ご存知でしょう
?
してしまう程に貴方と敵対したくないと心の其処から思うとは思ってもいませんでし
い機会でした。まさか、兵士として生み出された筈の私が生きたいと恐怖してガクブル
絶対に〟他国の候補生及び代表を友人とは見ないでしょう。いやはや、先日の件では良
会があるとすれば他国の候補生やISパイロットのみでしょうから。そして、染子は〝
としても五人にも満たないでしょう。何故なら、貴方は日本政府の隠れ鬼、接触する機
拠に貴方は今、何人の友人が居ますか。恐らくながら傲慢的且つ希望的観測で私を含む
が、貴方はその逆だ。母体から産み出されたのに関わらず鉄の檻に入った兵士。その証
﹃それはお約束と言うのですよ染子⋮⋮。私たちは鉄の子宮から生み出された兵士です
12──繰返す。
149
た。⋮⋮貴方の強さはもはや一つの信念だ。私は隊長には強さの在り方が如何いうも
のなのかを学んで、私のように〝人間〟として生きて欲しいのですよ﹄
ルフォーフは唯一無二の友人の一人であると。ただ、不可解なのは何故私なのですか
て⋮⋮正気の沙汰とは思えませんが﹂
?
クラリッサは私の友人であると思っていますよ﹂
﹃すみません、もう一度繰り返して貰っても良いですか
?
という言葉を使うのは可笑しいかもしれませんが、身近に修羅に身を堕とす程の兵が居
も角ですね。隊長には知って欲しいのですよ。世界はこんなにも広いのだと。同年代
﹃し、失礼しました。感情が昂って小破判定を喰らってしまいましたよ⋮⋮。こほん、兎
⋮⋮。
な の か は 分 か ら な い。貴 方 も 大 切 な 友 人 で あ る の で 嫉 妬 す る も 無 い と 思 う の で す が
くらいには私は彼女を気に入っていた。何故か簪の抱き締めが強くなったが如何して
人物である事は間違いない。ならば、一年の会話断絶があろうとも友人であると思える
そう、私という人物をきちんと理解した上で接してきてくれるクラリッサは好ましい
﹃││ぐっ、は、鼻血が⋮⋮﹄
﹁はい
﹄
生殺与奪の世界でしか生きられぬ私には、〝怪物〟として生きる私に遭わそうだなん
?
﹁⋮⋮私自ら認めましょう。浅草染子という人間を確りと理解しているクラリッサ・ハ
150
ると言う事を、私の敬愛し親愛なる大切な友人がどれ程までに素晴らしい存在なのかを
知って貰いたいのですよ。⋮⋮隊長をお願いしても宜しいでしょうか﹄
﹁⋮⋮その子はドイツの代表候補生です﹂
﹃ええ、理解しています。そして、友人から染子への御節介でもあるのですよ。貴方の経
緯を察するに、ヘラクレースの試練が如く難関極まる空前絶後の地獄を見てきたので
しょう。だからこそ、貴方は心の触れ合いを増やすべきです﹄
﹁戦いに、〝殺し合い〟にそのようなものは必要無いと思われますが﹂
いた。殺し合いにルールも善悪も無いと。状況を判断し、最善を選択し続ける事こそが
けないと言う。何故だ。私は兵士だ。それも、復讐に生き狂う兵士だ。あの人は言って
其処まで肩入れする事は無駄な事でしかない。けれど、クラリッサは、友人はそれはい
しかない。保護する存在である簪や語り合うに値するクラリッサは兎も角、他人に対し
私にとって人との触れ合いはルーチンワークにして情報の円滑を目的とした行動で
瞑目する。
の事を知らずに斬り捨てるのだけは、如何か何卒勘弁を⋮⋮﹄
ます。あの子に道を示さなくても良い。力の在り方を伝えなくても良い。けれど、彼女
あると分かっています。だからこそ、お願いします。染子、私の仲間を宜しくお願いし
﹃いいえ。冷たい世界だからこそ、暖かさを知って欲しいのです。御節介であり、迷惑で
12──繰返す。
151
兵士の本懐であると学んだ。そう言えば、あの人は頑なに私を一人にしなかった気がす
る。もしかすれば、クラリッサが言っていたように人との触れ合いの大切さを教えた
かったのだろうか。あの不器用極まり無い生き方をする女性であるあの人が、そんな人
間染みた行動を取っていたのだろうか。ならば、私が高みを目指すために、私の最善を
選択し続けるために人間関係は必要なものだろうか。
﹄
ああも
大丈夫ですか 貴方今かなり軍規的にもアウトな発言をしてい
IS規定に逆らってでも映像通信を使えば良かったッ
!!
!
?
﹃││ッ あ、貴方はどれだけ私の心を射抜けば気が済むのですか⋮⋮ッ
う
﹂
﹁く、クラリッサ
ますよ
?
だけ混迷しているのかが良く分かりますね。オルコットさんや簪以外の代表候補生を
印象深い人でしたからね。アレでも代表候補生だったのだから近年のお国事情がどれ
錯乱しているであろうクラリッサの悶えが容易に想像できてしまう。良くも悪くも
?
?
!
!?
れた本にそう書かれていたと記憶しています﹂
﹁いいえ、必要ありません。それが友人、なのでしょう 確か、クラリッサから進めら
﹃感謝します。この恩は必ず││﹄
としてその意を汲みましょう﹂
﹁⋮⋮分かりました。日本代表候補生としてではなく、クラリッサ・ハルフォーフの友人
152
見ていれば分かるがISの在り方というものを理解していないのが良く分かる。
││くだらない。
別に構わないじゃないか。私という怪物が真価を発揮する場では相手が無能であれ
ば安易に事が進む。一心不乱の戦争で必死に泣き叫びながら死ねば良い。ISという
最 新 軍 事 兵 器 が 世 に 解 き 放 た れ た 時 点 で 気 付 く べ き な の だ。人 が 物 資 を 求 め て 殺 し
あった歴史を振り返り、新たな争いの種がばら撒かれた今の世に戦争の芽吹きが垣間見
れている事実を。
代表候補生とは体の良い最初の鉄砲玉だ。ISという拳銃に乗り込まされた弾丸で
あり、ISから撃ち出されるために存在している事を理解せねばならないのだ。
ISを使用できる男性を保有している日本であれば尚更に緊張を強いられる。日本
政府の怪物として他国の刺客を飲み込む蛇であれと、教育を受けて作り上げられた私で
あるからこそ、この現実を受け止めて嗤い、愚かであると見下して搾取せねばならない。
復讐を為すために培った技術を活かし、私だけは生き延びる。限定条件を付けられた暴
力装置であれば、心が楽だ。兵士であれば、心から愛国心に尽くす兵士であれば、どれ
⋮⋮大丈夫ですか
染子
?
﹄
だけ楽になれる事か。右手から滴り落ちる誰かの鮮血が右腕へと伸びて行くこの幻覚
聞こえていますか
?
?
を誰もが受け入れて慣れてしまえる訳じゃない。
﹃染子
?
12──繰返す。
153
154
この混沌の泥へと沈むような心地で生きてゆける生物が正気である筈が無い。私然
り、まだ見ぬ誰か然り、きっと狂っているのだろう。私のように復讐という生きる目的
があれば、死に逝く理由さえあれば生きてしまえる人であればこそ、何処か狂っている
に違いない。何もかもを殺したくなるこの暴徒の如くこの殺戮衝動を抑えてでも、正気
を保とうとする私は愚かなのだろうか。あの人は何て言っていただろうか。病気だか
ら仕方が無いとでも笑い飛ばしてくれるのだろうか。いいや、違う。だからこそ、足掻
けと叱咤して蹴り上げてくれるだろう。まだ、まだ溺れる訳には行かない。
││人として死ぬにはまだ惜しい。
胸元を無意識に掴んでいた左手をポケットへと回し、そこに潜む金属物へと手を掛け
る。取り出して露になったそれは薬剤を効率良く注入するための注射機であり、私の理
性と本能を抑え込んで人を保つための薬だ。頚動脈へとその先端を宛がい、時間も適し
ているためにそれを打ち込む。炭酸の缶のプルタブを開いた時の音のような稼動音と
共に中の液体が血管を通して体を巡る。
すっと落ち着いて行く暴虐の昂りに安堵を覚え、今も尚人で居られる事を実感して生
を思う。何時からだろう。こうして薬剤を打ち始めたのは。こうして人を保ち続けた
のは。
││それもこれも白騎士事件のせいだ。
12──繰返す。
155
私を幸福から絶望へと叩き落したあの日、私は十歳の幼い子供だった。だが、家族を
失い自分も同じく死んでしまいたいという渇望と、家族を失わせた誰かを殺したいとい
う切望に板挟みにされ、とある病気を、精神病を抱えた。殺傷症候群。D.L.L.R
シンドロームと呼ばれるそれは自分を他人を傷付けずには居られない殺戮衝動を蜂起
させる代物で、私の左脇腹には一番最初の傷跡であるガラス破片の刺傷が存在する。
日本政府から渡された精神安定注射剤が無ければ本当の怪物、人を自分を殺すだけの
理性無き化物へと堕ちて、やがては犯人を殺すためだけに人類を殺そうとしていたに違
いない。今も尚、あの殺戮の渦へと思考を焼き尽くされかけた時の思考を覚えている。
その中には確かにその選択肢が存在していたのだ。誰もが死ねば、いつか犯人を殺せる
だろう。そんな狂気染みた発想を十歳の子供がするのだ。
狂っているのだろう。いや、既に狂っていたのだろう。
そんな私が学校で日常生活を送れる訳も無く、小学校すらも卒業できずに私は施設に
入れられて自分の希望で殺人術を学び、ISの訓練を死ぬほど施されて、相手が死ぬほ
どにその技術の真価を発揮させる十六の少女。それが、私だ。
日本政府の怪物として這い擦り回り、幾多の刺客を殺した兵士の実情だ。
いつから私は普通を求めていたのだろうか。
いつから私は復讐を捨てようとしていたのだろうか。
││くだらない、幻想なのに。
貴方はそのような予兆が垣間
?
﹄
?
目の前の現実に、迫り来る衝動に呑み込まれる前に⋮⋮。
折角の放課後だ。もう寝てしまおう。
しているのだと実感して、人として生きているのだと思い返せる。
小さな体を抱き締めた。今は、人の温かさが心地良い。自分もまたこのような温かさを
嫌々と腕を離す事を拒む簪の細い両腕をあっさりと解き放ち、体を振り向かせて簪の
そうな私の体を引っ張ろうとしている簪の優しい思いに少々だけだが心が楽になる。
しまって動き辛い体をベッドへと倒した。私の体を包むように、いや、何処かへと落ち
通話の切れた電話を備え付けのベッドテーブルへと落とし、負の感情へと針が向いて
﹃はい、では一ヵ月後に﹄
﹁はい、構いませんよ。その数日は予定を空けておきましょう。では、また﹂
宜しいでしょうか
﹃⋮⋮分かりました。では、隊長が来日する日に合わせて染子に会いに行く事にします。
﹁ええ、大丈夫ですよ。私の体です、誰よりも知っていますから﹂
見れましたので⋮⋮﹄
﹃そ、そうですか⋮⋮。お体をご自愛してくださいね
﹁⋮⋮すみません、少し思う事がありましてちょっと呆けていました﹂
156
訳だ。
俺と四組は大変なリードを他のクラスにとって、代表にとって持っている事他ならない
候補生と特別編入生、言わばVIPな留学生でしか入る事はできない筈だ。と、なると
子にポンと手渡されるのも不思議な話だ。確か、規則ではこの学園に編入するのは代表
可笑しい事であるし、俺みたいな例外を除いて二百十数台しかないISが同年代の女の
の四組以外には居ないらしい。そもそも専用機を持つ同級生がクラス数で増えるのも
そこで浅草さんにべったりとくっついてお喋りしている小動物を彷彿させる更識さん
クラスメイトの子たちが言うには、専用機を持っている代表は俺こと一組代表と、あ
なぁ。
最先端を行くIS学園女子なら当たり前なのだろう。⋮⋮うん、俺は付いていけない
話題が浮かぶのも時間の問題だった。女の子のお喋りは引き出しが多いからな。特に
の話がちらほらと聞こえてくる程に熱狂的で、次第に近付いてしまったクラス代表戦の
先日の浅草さんの見事なパフォーマンスの熱が冷めぬ教室はISの話題、特に技術等
13││相見える。
13──相見える。
157
そりゃ、リサーチする子たちは熱心に俺を応援する訳だな。
⋮⋮学食デザートフリーパスが掛かってるんだからな。
女の子は甘い物に目が無いってのは蘭や鈴から知ってるし、当然の結露ではあるんだ
﹂
!
がさ。
﹂
﹂
男なら勝利、即ち頂点に立つべきだ
貴方の雄姿をここに
﹁負けは認められんぞ一夏
皆の期待を背負ってるんだからね
﹁そうですわ一夏さん
﹁そうだよ織斑君
!
⋮⋮そうだよな
?
りだ。そう、友達なら友人の憂いを払うのも当たり前な事だ。
に見えて、悩み事があるなら頼って欲しいと思ってしまう。俺は浅草さんの友達のつも
言った具合に見える。物憂い気な吐息が浅草さんの小さな口から漏れて何処か扇情的
た。浅草さんはぼんやりと更識さんへ相槌しつつも目線は空へ向けていて意気消沈と
堪れなくなった俺はつい視線を逸らし、窓際に見える憂い気な浅草さんへ向いてしまっ
アは何故かやんやんと奇妙な踊りをし始めて胸部装甲が揺れて目に毒だし⋮⋮。居た
というか箒はフリーパスではなく本当に勝負事に命掛けてる感じの様子だし、セシリ
ここまで露骨に応援されると何だかなぁと思ってしまう熱の差だった。
!
!
﹁あ、ああ⋮⋮。気合入れて頑張るさ﹂
!
!
158
うーむ、最近は勉強会以
けど、最近心配に思えた重い雰囲気は無くなってるみたいだ。憑き物が晴れたような
雰囲気だし、何か憂さ晴らしにできる何かがあったのかな
私たちのものよ
﹂
﹁四組代表はあそこでごろにゃんしてるし、話を聞けば無関心らしいからフリーパスは
なるんだが、何となく聞いちゃいけないような気もするし⋮⋮。
外での場で食事の時ぐらいしか話せてないからよく分からんな。気になるっちゃ気に
?
かの如くあいつら俺が学園で起こったアクシデントを察知するからな。
る俺だ。あいつらから嫉みと同情の念をこれ以上煽るのは拙い。何故か、ニュータイプ
らそれ以上は止めておこう。唯でさえ美味しい思いと社会の波の辛さに立ち会ってい
トも揺れた。そう、俺の目の前での出来事だ。⋮⋮うん、弾たちにぶん殴られそうだか
谷本さんの力が篭った握り拳が天を指すかの如く持ち上げられ、ついでに豊満なバス
!
小さいようだが育っているらしく、前に見た時と少し目線が違うように見えた。⋮⋮
な少女││セカンド幼馴染こと凰鈴音、愛称鈴が其処に立っていた。相変わらず身長は
処にはノースリーブにしようと思って失敗したような、腋が開いている制服を着た小柄
た。クラスの誰もが先程の挑発的な声を聞いたのだろう。俺も其方へ視線が向く。其
そして、そんな聞き覚えのある声が聞こえたかと思うと教室のドアへ皆の視線が向い
﹁ふふん、それはどうだかね﹂
13──相見える。
159
﹂
前は友人のノリでの喧嘩口調というか、前衛的な雰囲
?
気だったのに冷静沈着な感じで違和感を覚える。というか、その、女の子っぽく見える。
⋮⋮あれ、本当にこれ鈴か
﹁じゃね、一夏。楽しみにしてるわね﹂
﹁ん、そうするか﹂
一緒にしましょ。食堂で待ってるわ﹂
﹁アンタも息災で⋮⋮、何か不穏な気を感じたけどまぁ、良いわ。積もる話もあるし、昼
うん、やっぱりいつもの鈴だった。変わらないなー、色んな意味で
し、何よりも身長と胸が足りてないのでお子様にしか見えん。
のをアピールしようとしたのだろうが、残念ながらその枠は既に浅草さんで手一杯だ
系な背格好のせいで台無しな感じだった。恐らくながら、一皮剥けて大人っぽくなった
気は以前の元気溌剌な学生という其れではなく││大人っぽく格好を付けたが幼児体
久し振りに、二年振りに見る鈴の背格好や口調は変わってなかった。だが、鈴の雰囲
﹁ああ、久し振りだな、鈴。元気にしてるようで何よりだ﹂
?
まぁ、それ以外はあんまり変わってないな、うん。
でも、中国に帰ったんじゃ⋮⋮。そうか、だから、か﹂
?
﹁ええ、そうよ。私の肩書きは中国代表候補生。久し振りね、一夏﹂
﹁り、鈴か
﹁二組に編入してきた凰鈴音よ。一夏、アンタが一組の代表らしいじゃない
160
猫っぽい印象だったのに、今じゃ虎のようにも思えるんだが。⋮⋮会わなかった二年で
何があったんだ。まぁ、そこらへん後で追々って感じで良いか。どうせ、昼一緒に喰う
んだしな。
鈴は悪戯っぽくウインクを決めて廊下へ出て行った。その後、怒涛の質問をされなが
ら箒たちに囲まれたが、千冬姉の登場で一瞬で散開、着席という謎の連帯を見せた俺た
ちは授業へと頭を切り替えるのだった。もしかすると、鈴が長々とお喋りしなかったの
は廊下を歩く千冬姉が見えてたからかもしれないな。
あー、うん。そうだった、確か鈴は千冬姉が苦手だったな。亭主関白っぽい雰囲気で
帰宅してきたのを見た頃から変わらずのままだった気がする。すると、もしかすると先
程の雰囲気は素を出さないで速やかに教室へ戻るためのささやかな努力だったのかも
しれない。そう言えばと後ろを見やれば既に更識さんは消えていて、鈴が去った頃にク
?
ラスへと戻ったのだろうか。
﹂
⋮⋮あれ、チャイムはいつ鳴ったんだ
!?
かる。それにより頭部から激痛の響きを教室へ響かせ││俺の意識がそこで途切れた。
頭上から聞こえたのは出席簿が空気を切り裂く音。そして、次の瞬間に衝撃が襲い掛
﹁ほぅ、貴様は教師に後頭部で挨拶をするのか││﹂
﹁はっ
13──相見える。
161
162
視界が闇に落ちる刹那に浅草さんの呆れ顔が見えた気がした。
☆☆☆
油断した、と私こと凰鈴音は一瞬で思考を切り替えた。
一組の教室に居るであろう一夏に会えるという一心で、久し振りに出会う初恋の幼馴
染へのほんのささやかな再会を格好良く決める⋮⋮つもりだったんだけどね。まさか、
日本鬼子こと浅草染子日本代表候補が一組に在籍しているとは思わなかった。一夏を
探すために教室内を見渡したのが運の尽きだったんでしょうね⋮⋮。
私の視線に気付いた彼女は天秤で計るかのように目踏みする瞳で此方を向いたのだ。
一瞬だけ、ほんの一瞬だけだが彼女が発した気配は恐ろしい怪物の唸り声のように感じ
てしまった。その場から肉食動物に追われる小動物の如く全力で逃げ出したい気持ち
に駆られたが、浅草は一夏の方をチラリと見やってから私を見直してから視線を外して
くれた。
恐らくながら、彼女は既に私の情報を知っているのだろう。一夏の幼馴染である、と
い う 情 報 が あ っ た か ら あ の 時 一 夏 の 場 所 を 把 握 し て か ら 見 逃 し て く れ た に 違 い な い。
そう、あの誰よりも代表らしかった代表候補生たる浅草が、他国の代表候補生を一夏に、
いや、言い方が悪くなってしまうが唯一無二の男性IS搭乗者に対してガードが甘くな
るだなんて有り得やしない事態であろう。
そう、日本にとっては災いにして希望の一筋。世界を改革する可能性のある唯一の存
在なのだから。
一夏の存在はいまや各国では最重要人物にしてサンプリングにしたい人物一位に君
臨するのでしょうね。それは、雲隠れした篠ノ之束博士よりも遥かに上位に当たる程
に。け れ ど、未 だ に 一 夏 が こ う し て I S 学 園 と い う 場 所 に 五 体 満 足 で 居 ら れ る の は
ジョーカー
⋮⋮、悔しいけれどあそこに居た浅草のお陰だ。彼女は一部の者にしか知られていない
が、偶然に聞いた情報だと幾多の刺客を葬った日本の守護者にして、日本政府の切り札
と呼ばれているらしい。そのため、威勢はよくも内弁慶な上官たちは決して浅草に喧嘩
を売ってはならないと口酸っぱく言われている程だ。こうして視界に入っただけで分
かる威圧感に足が震えそうになるが、流石に一般人顔している一夏の前で変な挙動はで
きないから必死で堪えた。そのため、普段のあたしらしくない雰囲気になっちゃったけ
れど、一夏の興味を引けたから問題無いかな。
そんな事を思っているとチャイムが聞こえた。
つまらない授業を終えて、あたしは食堂へと足を向ける。少しだけ、そう少しだけ早
﹁よし﹂
13──相見える。
163
164
足になってしまうのは気分の問題だろうけれど、⋮⋮一夏と話せると思うとスキップに
なりそうになってしまう。ええ、恥ずかしいけれどもあたしは一夏に恋をしている。中
国語訛りで変な日本語だったあたしを庇ってくれて、更には学校での居場所にもなって
くれた一夏が好きだ。こうして内心で想う分には素直で居られるのだけど、何故だか一
夏の前では素直に成りきれない。何処か曲がってしまって、活発な印象を活かしてつい
誤魔化してしまう程にテンパってしまう。
久し振りに見る一夏は雰囲気はそのままに、けれど身体付きが男らしくなって逞しく
感じた。風の噂程度、と言うよりもクラスメイトの噂話を聞き及んでいるだけなんだけ
ども、どうやら一夏は浅草と中々良い感じになっているらしい。最近は少し四組の更識
と言う他の日本代表候補生と絡んでいて教室での関わりは薄くなってしまっているら
しいが、勉強会と称して色んな事を教え込んでいるとの事だった。中でも、浅草に対す
る噂⋮⋮、ではなく事実の確認であるのだが、彼女は毎朝二十五キロの全力疾走マラソ
ンをジョギングと称し、その後シャワーを浴び終える時間を残す程度にペンチプレス百
キロオーバーは当然の事、それぞれの機材を三桁以上を軽いトレーニングと断言するよ
うな色々と桁違いにやばい身体能力を有しているとの事で、更には一組の友人から聞い
たと言う内容ではあるが、ISの展開時間がコンマ零に近い瞬時展開仕様、更には曲芸
と呼ばれながらもその操作の難しさから絶望を知る登竜門であるトップ3を完璧にし
13──相見える。
165
て優雅な様子で授業で遣り切ったと言う出来事。
⋮⋮何かしらね。天は人に二物を与えずと言う言葉を全力で横合いから殴ったかの
ような化物スペックっぷり。流石にあたしでも喧嘩を売ってはならない人物なのだと
よーく分かった。アレは抜き身の刀だなんて物じゃない。撃鉄が上がってるマグナム
よあれ、しかも連射出切る改造タイプの。甲龍が教えてくれたけどあいつ腋下に自然な
形で拳銃を隠し持っているみたいだし、次期日本代表にして次期ブリュンヒルデ候補の
一人に上がる程に彼女の意識は高いのだろう。
食券を買って注文を果たそうとして、ふと彼らの授業が伸びてたら麺も伸びちゃう
なぁと思ったあたしは注文は彼らと一緒にしようと考え直す。そして、他の人の邪魔に
ならないような位置で腕を組んで仁王立ちした。よし、準備は終わった。お腹すいてる
んだから早く来なさいよね⋮⋮。と数分程待っていたら色取り取りな面子を連れて一
夏は来た。
一夏の両隣を占めるのはイギリスの⋮⋮何だっけ、名前は忘れたけど金髪ロールの奴
⋮⋮、まぁいいわ、後で自己紹介するでしょうし、その隣は⋮⋮ええと、いや、見た事
も会った事も無いわね。髪の色が黒だからってのもあるけど思いっきり日本人らしい
顔立ちだし、多分こいつが一夏の言っていた入れ替わりの幼馴染って奴でしょうね。ふ
ん、物心の始まりと思春期の始まりとの差を思い知らせてやるわ。その三人の後に何処
166
か気だるげな、⋮⋮いや、あれは何かを我慢している様な感じね、不完全燃焼と言うの
いや、それは自意識過剰過ぎるか。朝のあの目からして多分違
が適切かしら、何かしらの鬱憤が溜まってる表情よあれ。もしかして、あたしの存在に
対してだったり⋮⋮
に死ねます
だ
って言う斬新な告白をした女子にホームルームで貰った子供相談所の
だしあたしが口にしなかったらそのまま思い出す事も無いでしょう。何せ、貴方のため
てのは自覚があるから尚更に黒歴史よねあれ。恥ずかしくて死ねるわ。まぁ、一夏の事
ね⋮⋮。はぁ、中国での代表候補生になるためのエトセトラで心も体も引き締まったっ
念仁魔王の一夏だもの、間違えると食事の無料券程度にしか思ってない可能性があるわ
た
いけれど、中国に戻る時に口走ったあのアレンジした告白は今思えば無いわね。あの朴
⋮⋮そう言えば、一夏が日本人だからってこの手の慣用句やらを覚えまくったのは良
しょう。火の元無い所に煙は立たないって奴よ。
離しちゃいけないタイプね、まぁ、日本に不利益な事をしなければ火種にはならないで
うでしょうけども⋮⋮何だろう、凄く拙い何かを抱えているような気がする。一応目を
?
を止めて少し大人ぶった感じで行こうかしらね。あいつの視線の先は大体大人の女性、
けど一夏が貧乳好きって言う性癖の可能性は十分にあるし、前の様に悪友振る立ち位置
うか、身体で⋮⋮、この凹凸の乏しい身体で⋮⋮、迫るのは無理かも知れないわね。け、
チケットを差し出すような奴だもの。期待するだけ、無駄ね。もういっそ既成事実と言
!
それも何処か大人びた雰囲気って言うのかしらね、確りした感じの女性へ向いていた気
﹂
が す る。⋮⋮ よ し、頑 張 ろ う。間 違 っ て も 変 な 方 向 に 行 っ ち ゃ 駄 目 よ、お 国 柄 っ て 訳
じゃないけどパンダめいた道化は嫌よそんなのは。
﹁悪いな鈴、ちょっと伸びちまったんだ。待たせたか
﹂
?
てあたしもその一人にしか見られてなかった、とか あ、有り得る⋮⋮。あいつの思
心満載の奴らだったし、顔が良いからって蝿の様に群がってただけ⋮⋮、も、もしかし
が原因だったのかしら。女友達って呼べる相手はあたしぐらいで、後の数人の女子は下
ら、それを踏まえた付き合いをしなきゃただの押しの強い女子よね。もしかして、それ
のかしら。⋮⋮あれ、よく思い出してみれば一夏が朴念仁だって事は分かってるんだか
ふふふっ、一夏の奴なんかどぎまぎしてたわね。やーっとあたしの魅力に気がついた
﹁お、おう⋮⋮﹂
う肩書きはあるけど、前みたいに接してくれれば嬉しいわ。じゃ、後でね﹂
﹁ふふん。中国代表候補生優等生の肩書きは伊達じゃないって事よ。⋮⋮まぁ、そう言
﹁⋮⋮男子三日会わざればだなんてあるけど、女子も結構変わるんだな﹂
ら、あそこ空いてるわね。あの席で待ってるから、早く来なさいよ
﹁ふふっ、大丈夫よ。さっき来たところだから。食券は先に買ったから⋮⋮そうね、あ
?
?
考回路だったら十分に有り得るわね⋮⋮。もしかしたら内心でうざがってた、とか
?
13──相見える。
167
あ、あっぶなー⋮⋮。高校生デビューめいたイメチェンしてて正解だったかも知れな
い。当分はこんな感じで接した方が良いわね。案外しんなりとした様子で迫った方が
効果があったりするのかしらね。男心もよく分からないものね⋮⋮。困ったもんだわ。
そんな事を熱々のラーメンセットを受け取って席に座るまでの時間で考えていたけ
あ
⋮⋮あ。あ、ああ⋮⋮、そりゃ、良い顔
れど、ちらりと一夏たちを見やれば何やら姦しい様子で癪に障るわね⋮⋮。ん
れ、一夏少しうざったそうにしてるっぽい
?
ふん、大人の余裕って奴ね。
と冷めた視線なんだろうけれども、理解があれば常識的で当然な結露なのだろうし。ふ
言うのね。ふふっ、もしかしたらこういうのが大人の一歩なのかしらね。一歩間違える
そりゃ面倒がるわよね⋮⋮。人の振り見て我が振り直せってのはきっとこういう事を
しないわよね。自分の行動を制限してくるかのように押してきたら、例え可愛い娘でも
?
人間の根本は健全な身体からなるってもんだ。なら、日々の食事
?
たわ、色々とね
﹂
﹁まぁね。ああ、別に貶してないわよ。でも、懐かしくて、ね。二年振りだもの、見違え
は気をつけるべきだろ﹂
﹁む、別に良いだろ
﹁和食セットBって⋮⋮、本当に変わらないわね。その健康志向なところ﹂
﹁待たせたな﹂
168
?
一夏さん昼休みが終わってしまいますわよ
﹁⋮⋮お、おう。鈴も⋮⋮、その⋮⋮、綺麗に、なったな﹂
﹁こほんこほん
﹂
?
が良いようだが⋮⋮﹂
な、仲
ふふっ、ふふふっ、うふふふふ。綺麗になったな、だって。あは、凄い嬉しい⋮⋮
一夏の隣はあげないけどね、お馬鹿さんたち 一夏は最初に席へ向かっていたからか
可愛いって言われるんじゃなくて、綺麗って言われるのも中々良い物ね⋮⋮。まぁ、
!
!
!
﹁う、うむ。セシリアの言う通りだ一夏。と、言うよりそいつは一体誰なんだ
13──相見える。
169
食を手に、だ。は
いや、どんな身体してるのよ これとんかつが三つも重なって
かいだけの二人が座り、あたしの横に浅草が座った。それも、特大サイズのとんかつ定
窓側の真ん中の方であたしと隣り合う様に座ってくれた。それに続く様にして胸がで
?
?
あら、意外な弱点ね。兵糧攻めしたら案外勝ちを拾えるかも
いや、どうなんだろ。さっぱり分からないわ。もしかして、これぐらい食べ
ないと燃費が悪いとか
⋮⋮の
あ、そうか。過酷なトレーニングをあっさりこなすだけの筋肉とかがあるから問題無い
擬 似 ミ ル フ ィ ー ユ し て る じ ゃ な い の。カ ロ リ ー 計 算 っ て の を 知 ら な い の か し ら ⋮⋮。
?
こんな怪物が参加してたら目も当てられないわよ。
しないわよ。⋮⋮こいつが一組の代表じゃなくて良かったわ。来月のクラス代表戦に
知れないわね。⋮⋮まぁ、多分無いけども。と言うか、敵対した時点で消される気しか
?
?
﹁あたしの名前は朝に伝えたでしょう
なりそうだし﹂
ま、いいわ。もう一度教えてあげる。あたし
﹁⋮⋮そうね、今じゃ恥ずかしいけども、あの時の一夏、格好良かった﹂
﹁⋮⋮⋮⋮あ、あはは、そうか、照れるな﹂
﹂
ああ、鈴は箒の転校と入れ違いに入ってきたんだ。あの頃は日本に慣れてなく
﹁な、なんだと
一夏の幼馴染は私だけの筈じゃ⋮⋮﹂
は凰鈴音。中国代表候補生の筆頭で一夏の幼馴染よ。宜しく頼むわね、長い付き合いに
?
て大変だったみたいだからさ、それを解決したのがきっかけだったっけ
?
﹂
としては複雑だけどね﹂
﹁へ
﹁ま、今は良いわよ。それよりも冷めちゃうわよ
﹁お、そうだったな﹂
完璧なタイミングで最高の笑顔を魅せれたわ。⋮⋮まぁ、最初のジャ
?
?
!
てるのよ
嘘 で し ょ 数 分 し か 経 っ て な い わ よ ね。何 で あ の 量 が も う 食 べ 終 え
あ、でも皆苦笑してる
!?
?
?
ああもう、日本の代表候補生は化物なのかしら
!?
し。⋮⋮ え
ブはこれぐらいにしとこうかしら。あんまり追撃をすると和洋ボインズが面倒そうだ
⋮⋮良しっ
﹂
﹁謙遜しなくて良いわよ。それが一夏の美徳じゃない。まぁ、誰にでも優しいのは女心
?
﹁ん
!?
170
みたいだし、いつもの風景ではあるのね。もう慣れちゃった、みたいな雰囲気だし⋮⋮。
それにしても、一夏、浅草の事見過ぎじゃない ⋮⋮ま、まさか既に篭絡されてるの
け、けど浅草はあたしよりは少し大きいぐらいであの二人とは雲泥の差⋮⋮、ち、違
?
それにしてもモデル体型って言うか曲線が綺麗
?
⋮⋮確かに、この雰囲気で微笑みと共にデレられたら見惚れちゃいそうね。
ん な 感 じ の 話 題 で 盛 り 上 が っ て た み た い だ し。え ー と、ク ー デ レ、だ っ た か し ら ね。
ね浅草って。いや、むしろそれが良いって言う奴も居るのかしらね。弾とか御手洗もそ
ね。顔も整っているし、冷たい雰囲気を何とかしたら確実にモテモテな隠れ優良物件よ
てみれば表情が薄い、のかしらね
で一蹴してはいるものの嫌っている様子には見えなかった。と、言うよりもよくよく見
つい尊敬の念を込めて見惚れる形で見つめちゃったけど、浅草は鬱陶しそうな雰囲気
﹁え、あ、ご、ごめん﹂
﹁⋮⋮そう見つめられると困るのだけど﹂
観察しなきゃ⋮⋮、此処にきっと一夏攻略の鍵があるに違いないわ。
!
!!
て、単純に好みのタイプが居なかっただけって事なのね⋮⋮っ
そうなれば、浅草を
た雰囲気を持っている⋮⋮っ やっぱり、一夏は女子に興味が無かった訳じゃなく
う。其処じゃない。この娘、政治家の秘書みたいなクールなイメージを纏ってる大人び
?
﹁⋮⋮彼を得たいのなら、日本の帰属となる事ね。それ以外では認められないから﹂
13──相見える。
171
﹁││ッ
﹂
る一夏はかっ去られるに違いないわ。
たりするかもしれないし、万が一浅草が一夏争奪戦に躍り出たら確実に優勝カップであ
かすると一夏は今まで無いタイプ且つ抜群に好みのタイプと出会って惹かれちゃって
⋮⋮けど、気になるのは浅草が一夏をどう思っているか、だったりするのよね。もし
なる形でなら浅草は納得して手を出さない、つまりはそう言う事なんでしょうね。
も納得しちゃうわよ⋮⋮。まぁ、ある意味一夏争奪戦の鍵は浅草だものね。日本の利に
にこいつ同年代なのかしら。実は改造人間でサイボーグでしたみたいな落ちがあって
⋮⋮何その無理ゲー。正面から呂布に突撃特攻するようなもんじゃないのそれ。本当
切 る 事 が 前 提 っ て 訳 ね。そ し て、中 国 側 と し て 一 夏 を 娶 っ た な ら 浅 草 が 出 張 る、と。
て事かしら。それとも学生の今だけは、って事なのかしらね。どちらにせよ、中国を裏
れって事よね。⋮⋮浅草は、と言うよりも日本は一夏の恋人を選定するつもりは無いっ
りないギャースカ具合だった。日本の帰属、つまりは中国の国籍を捨てて日本国籍を取
けれど、他の誰も気付いていないと言うよりも聞こえなかったのだろうか、先程と変わ
口元を動かす素振りも見えなかったのに、確かな声量でそれはあたしの耳に届いた。
!
んな事じゃない。候補生だって唯の肩書き欲しさだもの。日本を裏切る気は無いわ﹄
﹃確かに、上からはそう言う指示も出たりしてるわ。けど、あたしにとって大事なのはそ
172
違反行為ではあるがISの専用チャネルでそう伝えた。浅草は瞑目してからふっと
笑う形で小さく口角を上げた。その雰囲気は先程の其れとは明らかに違う底無しの深
淵の様なもので、彼女の心内を覗いたならばきっとあたしは発狂するんじゃないか、と
思ってしまう程に異様な笑みだった。
の。むしろ、何でこんな仕事をさせられているのかが疑問に思う程だから。⋮⋮ああ、
﹃⋮⋮そう、なら、期待しているわ。私にとって織斑一夏は唯の護衛対象でしか無いも
それと、一つ教えておくわ﹄
浅草は食後の一服と言った感じでポケットから出したらしいどろり濃厚コーンスー
プの缶を開けながら、世間話かの様な軽さで言い放った。
さい﹄
そ れ も、案 内 と し て
﹃貴方と一緒に昨日来たポニーテールの女の子、もう始末したから安心して彼と戯れな
﹂
・・
そ ん な 訳 無 い じ ゃ な い。だ っ て、あ た し は 一人 で 来 た の よ
?
実家に帰省するんだって言ってたもの。そんな訳││。
顔をしていたような⋮⋮。いや、そんな、違う⋮⋮わよね。だって、別れの挨拶の時に
候補生の李蘭香ぐらいで、そう言えばあたしがIS学園に向かう話をした時何処か苦い
貰った紙に四苦八苦しながら⋮⋮。ポニーテールと言う単語で思い出すのは同じ代表
?
﹁⋮⋮へ
13──相見える。
173
・・
のは。もしかして、お友達だったかしら
敵討ちをしてみる
あはは、別に構わな
?
かに凄惨で、何よりも残酷だったのだろう。だって、あの子、笑ってた。けらけらって、
のだろうか。当たり前だが、あたしが本国で受けたきついトレーニングの日々よりも遥
そう言う風になるようにさせられたのだろう。それは、どれだけ辛く苦しいものだった
日本代表候補生の浅草染子は正しく、日本鬼子だった、と言うだけなのだ。あの子は、
なったんだろう。
らうなって叫んでる。震えが止まらないし、涙が止まらないのよ。なんで、こんな事に
あはは、あたしとんでもない所に来ちゃったのね。もう、駄目。体が、心が、彼女に逆
との事で、彼女から伝言を預かっている様だった。﹁ようこそIS学園へ﹂だって、さ。
うには、あたしは食堂で卒倒したのを浅草によって介抱されてベッドに寝かされていた
その後の事は何も覚えていなかった。同室になったティナ・ハミルトンと言う子が言
いわよ。私に殺す理由をくれるなら尚更に、ね﹄
?
分かってないんだもの。笑ってしまうわ。児戯に等しいのよ、貴方たち程度を始末する
てくる貴方の国が何よりも愚かしい。何人も、何十人も、何百人も、失敗を重ねてまだ
したい
よ。哀れね、無様ね、本当に││愚かな傀儡だったわ。いいえ、あんなお粗末な子を送っ
こ
は││黒髪黒目の中国人。彼女が言うには貴方の監視を兼ねたスパイ活動だったそう
・・・
﹃ああ、その様子だと知らなかったのね。日本へ機密を漁りに来る奴らで一番多い人種
174
まるで虫を潰す子供みたいに笑ってたんだもの。実際に笑ってはいない。けれど、あの
声に込められた感情は確かに愉悦めいた喜色だった。どうしよう、次、浅草に会ったら
お
か
いつものあたしで居られるのかしら。ああ、もう、分からない。今はもう泥の様に、眠っ
ていたい。
てしまうような私が。⋮⋮だから、貴方は精々汚れない生き方をする事ね。綺麗な手足
﹃⋮⋮結局貴方もその程度なのね。そう、私が狂気しいんでしょうね。血に塗れて笑え
があるんだから﹄
ふと、意識が暗転する直前の彼女の言葉が思い出せた。あれは、何処か後悔するよう
な、其れでいて納得していないような、そんな声色だった。その言葉に続く言葉が何と
な く 口 に 漏 れ た。も し か し た ら あ た し は 彼 女 の 事 を 理 解 し た か っ た の か も し れ な い。
そんな、気がするだけだ。
うに﹂
﹁外道に堕ちるのは私だけで十分よ、ね。⋮⋮納得してるなら、そんな事言わないでしょ
13──相見える。
175
││本来は秘密裏に貴方に手を出す輩を始末する予定でしたが││
ナニカをしている訳が││、
えてたのかな。まさか生爪だとか皮膚だとかじゃないだろうし、そんなヤクザを越えた
みれば﹁上手く剥がせたので少し嬉しくて﹂と言っていたからシールか何かでも張り替
をしてニヒリと少しだけ笑っているのはかなり恐ろしいナニカだったけども。尋ねて
そう言えば、今朝の浅草さんは何処か上機嫌だったな。こう、何かを剥がす様な仕草
だ、本当に。
さはもう慣れたもんだしな、けど間近で見るのとは少し違って見える。不思議なもん
連れて行ったのは色々と慣れちゃった俺たちでも驚いたけども。浅草さんの奇想天外
いつも通りに完食してぬいぐるみを持つかのような軽さで鈴を横抱きにして保健室に
が言うには﹁疲れが溜まっていたんでしょう﹂って見解らしいしな。⋮⋮まぁ、その後
ら。ガチでびっくりした。IS学園の食事に当たったって事は無いだろうし、浅草さん
と思ってドキリとした矢先、白目向いてガクガクと震えていた鈴を見てしまったんだか
いやはや、昨日は突然飯の席で鈴が気絶してびっくりしたな。肩に寄り掛かって来た
14││決意する。
176
14──決意する。
177
撃退じゃなくて、始末
ふと脳裏に思い出す
││うん あれ、浅草さんかなーり物騒な事言ってた気がする。手を出す輩の始
末って⋮⋮、⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮んん
?
のは浅草さんの横乳││、じゃなくて 拳銃だった。日本政府からの護衛と言うのも
?
?
!
うーん、相談の時についでに部屋の片付けをした方が良いかもしれないな。そんな事を
の部屋の惨状からしてずぼらだし、何よりも女を投げ捨てているって感じの具合だし、
姉に今度相談してみようかな⋮⋮。けど、千冬姉も千冬姉で何か疲れてるんだよな。家
くちゃな。それにしても男子更衣室がアリーナにしか無いってのは不便だよな。千冬
取り敢えず、もう放課後だし予定だったISトレーニングのためにさっさと着替えな
かんでしまうくらいには、気に成っていた。
てる狼みたいな感じで、こう、そっとこっちを窺っているような、そんな印象を思い浮
世主めいた人物でもあるし、それに⋮⋮、なんか、放っておけないんだよな。雨に濡れ
のは筋違いって言うか、何と言うか⋮⋮、嫌だ。俺にとって浅草さんはIS学園での救
それに、仮にそうだったとしても、浅草さんは浅草さんだ。頭ごなしに否定するって
⋮⋮⋮⋮うん、深く考えない事にしよう。これはまだ俺には早い気がするし⋮⋮。
拠になるんじゃないだろうか。
ればあのほっそりとした指││じゃない あの手肉刺の硬さは相当に使っている証
あって、立場的にも持っていて不自然じゃないけれど⋮⋮。いや、それに加味するとす
!
思いながらぴっちりとしたISスーツを身に付ける。⋮⋮それにしても股間の所を硬
い 材 質 に し て く れ て て 本 当 に 助 か っ た ぜ。ス ク ー ル 水 着 と あ ん ま 変 わ ん ね ー ん だ よ
なー、女子のISスーツは。ほんと目に毒だぜ。浅草さんのなんてゴツイ印象はあるけ
ど も ス リ ム で 尻 の ラ イ ン が く っ き り し て る か ら 本 気 で 焦 っ た。何 と か 硬 い 材 質 が 頑
張ってくれたから良いが、違ったら生き恥を晒していたに違いなかったからな⋮⋮。発
育が良い女子も居るけど、別に千冬姉で見慣れているからあんまりこう、興奮しないん
あれ、今思えば俺のタイプ総取りしてないか浅草さんって。性格も身体もかな
だよなぁ。どっちかってーと、浅草さんみたいに美脚美腕美乳美尻美顔って方が⋮⋮、
うん
ている箒とセシリアの姿があった。
仁王立ちして腕を組んで空を見ていた浅草さんと何やらでかい胸を張り合って口論し
一端思考を切って急いでアリーナの出口からフィールドへと足を進める。其処には
り俺好みだし⋮⋮、っと、やべぇ、時間使い過ぎちまった。
?
﹂
!
だから、ですわよ。一夏さんには射撃武装の扱い方を知って
!
﹁⋮⋮はぁ、お二人とも。織斑くん来たみたいですし、そろそろ良いですか
﹂
対処法を知るべきですわ。わたくしと射撃訓練をした方が宜しいでしょうに﹂
﹁まだ分かりませんの
?
るべきだろう
﹁だから言っているだろう 一夏の武装は近接戦のみなのだ。ならば私と模擬戦をす
178
?
﹁む
﹂
﹂
﹁あら
?
?
はとっくの昔に教えてありますので必要無いですから﹂
わたくしが素人ですって
!
﹁⋮⋮⋮⋮分かった。行くぞ、一夏﹂
てください﹂
﹁⋮⋮はぁ、良い機会ですし、少し揉んであげます。織斑くん、篠ノ之さんは見学してい
﹁聞き捨てなりませんわね、その言葉
﹂
くださいね。どちらの主張も今の織斑君には適していませんし、何より射撃兵装の説明
﹁お二人ともISバトルに関しては織斑君同様にど素人なんですからメニューに従って
人に向けての様だった。
チャーを加えた。え、其処まで呆れられるの俺。と、思ったが、どうやらその矛先は二
俺 の 思 考 を 読 み 取 っ た の か、浅 草 さ ん は 一 つ 溜 息 を 吐 い て か ら、や れ や れ と ジ ェ ス
よな。そろそろ模擬戦とかもした方が良いんじゃないのかな、とは思うけども。そんな
するってのに、毎度毎度飽きないな⋮⋮。ん、でも流石に訓練ばっかりってのも飽きる
そう言えばいつもこの二人言い争ってるよな。結局浅草さんの訓練メニューを消化
﹁い、いやー、悪い悪い。ちょっと遅れちまったみたいだ﹂
?
﹁││ぐっ﹂
14──決意する。
179
それにしても箒の落ち込み様が酷い。と、言うよりも躾けられた犬
何となくだが
え中々の勝率だろう。ああ、俺 浅草さんから模擬戦を禁止されてますがナニカ
?
んだろうから文句は無いんだけども⋮⋮、ちょっと良いなぁとは思っちゃうぜ。んー、
いや、燻ってはいるけども、浅草さんにしか分からない理論で俺のために禁止している
?
練機じゃ馬力と武器が乏しいからなぁ。BT兵器の二基以上の展開を縛ってるとは言
だ戦績はセシリアが勝ち越してるけど、三割くらいは勝ってるしな。流石に専用機と訓
リアの模擬戦をよくこうして見ていたもんだ。それにしても、箒強くなったよなぁ。ま
のも勉強の内だって言ってたからな。邪魔にならないように密かに勃発した箒とセシ
投影してっと。よし、使い方はばっちりだな。浅草さん曰く、他のIS操縦を見て学ぶ
を起動して⋮⋮、エキシヴィジョンモードを展開して内部の様子を空中投影モニターに
箒に左腕を掴まれながらアリーナのピットエリアへと戻って、待機関係者用閲覧機材
をチョイスしてくれりゃ良いのにさ。
ISペルソナ仮説だとかシステム的ロジックエラー理論だとか一目見て分かり易いの
や二度叩き潰されたからな、言葉で。ぐぬぬ、何でIS用語は何でああも難解なんだ。
箒も浅草さんの授業を受けて自分の駄目さを感じ取っているのだろう。何せ、俺も一度
箒は浅草さんの言葉に対して従順って言うか、素直に聞いている感じがするな。まぁ、
?
﹁お、おう﹂
180
でも最近漸くマニュアル操作も慣れてきたし、そろそろ次の展開を望んでも罰は当たら
ないとは思うけどもさ。
っと、二人が位置に着いたみたいだ。それにしても、セシリアのブルー・ティアーズ
と違って浅草さんの玉鋼はスリムだよな。アンロック兵装が無いってのもだが、それ以
前にパワードスーツのような機能美的なフォルムなんだよな。けど、以前説明された装
甲はかなり厚いって話だけど、そんな感じには見えないんだけどなぁ⋮⋮。
﹁では、公式戦に乗っ取り、エネルギーは500を想定、禁止武装は無し、撃墜ルールを
適用します。勿論ながら私の玉鋼にはリミッターが掛かっておりますが、気にしなくて
良いですよ﹂
﹁⋮⋮確か、軍用ISと言うお触れでしたわね﹂
って事はセシリアのBT兵器みたいなのは積んで無いって事
?
つまりは、そう言う事なんだろう。どんな戦いが始まるんだろうか。少し、男心が擽ら
か。でも、浅草さん言ってたもんな。第四世代型が出ても第三世代には勝てないって。
あれ、第二世代型
題は有りません。では、始めましょう。合図をお願いします﹂
もの。我が日本の第九条に乗っ取り、専守防衛の要としての運用をされていますので問
ラスカ条約によって禁止されていますが、それは他国への侵略に用いる事を前提とした
﹁ええ、第二世代IS総合支援軍用機体、それが玉鋼の名称区分ですよ。軍事的使用をア
14──決意する。
181
れてわくわくしてきたぜ。
アリーナ管制用の端末を用いて箒が合図となるスイッチを押した。
☆☆☆
開始のブザーが鳴るその瞬間、わたくしは瞬時に身構えました。脳裏に浮かぶのは先
輩がくれたあの映像記録の悪夢。売り言葉買い言葉の勢いで模擬戦となってしまいま
したが、良い機会だったのでしょう。こうしてあの日本の悪魔ことミス浅草と試合する
機会を得れたのですから。ふぅと息を吐き、戦闘に備えてスターライトmkⅢの銃口を
ミス浅草へ向けました。
さぁ、開戦の合図は鳴りました。見せてあげましょう、イギリスの代表候補生の実力
を
!
腕の右肩を装甲の合間を縫った精確無比な一撃によってやられた。アラート音は一切
一体何が││そう考える暇無く無意識に身体を動かして避けた、筈なのに、次は利き
瞬間、右眼に激痛が走り、失明するのでは無いかと言うぐらいの衝撃を受けましたわ。
﹁先程の言葉、撤回させ││﹂
182
14──決意する。
183
・・・・・・
鳴っていないと言うのに何故││、そうミス浅草を見れば何時の間にか構えていたアン
チマテリアルライフルの銃口を此方へ向けている姿があり、その瞬間に悟りましたわ。
そんな芸当を同年代が
ミス浅草は狙撃にISのロックオンシステムを用いていない、と。それ即ち、経験と実
数センチの隙間しかない装甲の合間に
?
測による射撃と言う事。
右眼に
?
☆☆☆
それは、たった五秒の出来事だった。開始のブザーが鳴ったと思った瞬間、セシリア
・・
に受け、弾け飛ばされる様にして意識が││。
りされていて朦朧でした。そして、四発目を無様に晒しているお腹の上部、胸と胸の間
る、そんな事をぼんやりと思い浮かべていたわたくしの思考はすでに激痛によって横殴
は、残り残量50と言う絶望的なエネルギーの消費具合でしたわ。規格外にも程があ
の上を的確に撃ち抜かれ、あまりの衝撃に苦悶の表情を浮かべたわたくしに見えたの
そして、三発目の弾丸はISスーツにしか護られていない腹部、それも位置的に肝臓
?
は顔を突如として後ろに逸らし、今度は右肩を押し飛ばされたように仰け反って、
﹁く﹂
ブザーが鳴り終えたか
の字に折れたかと思えば、くるくると空から落ちる紙のように撃墜された。
ちょ、ちょっと待て。まだ、ブザーの音が鳴ってたんだぞ
﹁え、ええと、今、何が起きたんだ
﹂
れた俺は浅草さんに尋ねてみることにした。
も何があったのかを未だに信じられない様子で口を開けて放心していたし、先に立ち直
んが落ちて行くセシリアを途中で回収し、此方へと戻ってきた。隣で突っ立っている箒
と思えば試合終了のブザーが鳴っていた、いや、これ本当に何が起こったんだ。浅草さ
?
﹂
!?
は無いでしょう。まぁ、仮に実弾だったらアンチマテリアルライフルの衝撃でしたら失
﹁大丈夫ですよ。一応弾丸を全て実弾ではなくゴム弾へ替えていますので、失明の心配
﹁せ、セシリアは大丈夫なのか
れば容易く最初の一発で脳へ貫通し殺せていましたよ﹂
も露出をしているのか。危険でしょうに。仮にこれがリミッターを掛けられていなけ
必要は無かったみたいですね。それにしても、よく分からないものです。何故あんなに
せるためにハートブレイクショットとして心臓を撃ち抜きました。銃身を取り替える
を覗く右眼、支えとなる右肩、痛覚的アドバンテージを得れる肝臓付近、そして気絶さ
﹁はい、そうですね。あんまりにも隙が在り過ぎて困るくらいでした。なので、スコープ
?
184
明は確実でしょうけどね﹂
そうあっさりと言う浅草さんは何処か苦笑いをしていたが、此方としては冷や汗だら
少し使い
危険が危ないって感じで足を生やして逃げてしまったのだろうか。そ
だらものである。と言うか、ゴム弾四発でISって落ちるのかよ。最強神話は何処へ
行ったんだ
んな疑問を見越したのか浅草さんは続けて説明してくれた。
を模したブルー・ティアーズを見ているのだろう。既にエネルギーエンプティ状態と
で溜息を吐いてセシリアを見ていた。いや、セシリアじゃなく、その耳のイヤーカフス
そう最後の一瞬だけ底冷えする様な顔で言い捨てた浅草さんは、心底呆れた様な表情
部分だなんて作るからいけないんですよ、死にたいんですかね、⋮⋮本当にくだらない﹂
恐らく、最初の一発目で三百五十相当、その他五十を三発でジャストキルです。生身の
あっさりと枯渇できます。それが目の様な貫通すれば脳に至るような箇所なら尚更に。
を発動させますし、何より生身の部分に当たればその分絶対防御によりエネルギーは
い時点でナンセンスですし、専用のISスーツで無ければこの程度の威力でも絶対防御
・・・・・
ティアーズは研究開発用の試作機タイプ。まぁ、そもそも装甲で確りと肌を覆っていな
ISって戦闘用に作らなければあの程度の出来なのですよ。オルコットさんのブルー・
勝手が良い兵器ってだけで、ああも簡単に落せるのですから。と、言うのも、そもそも
?
?
﹁織斑くん、不思議に思っているようですが、ISは万能じゃないんですよ
14──決意する。
185
なって武装解除されているセシリアをそっと休憩用に設置されているのであろうベン
チへ寝かせた浅草さんはふっと玉鋼を解除した。そして、露になるのは曲線美と形容す
べき浅草さんのしなやかなフォルムをぴっちりと包むISスーツ。セシリアや俺のI
Sスーツの様な肌の露出と言ったものが一切無いもので、先程の説明を聞いているため
か不思議と納得できた。詰襟よりも確りと首元がその顔側の根元まで覆っており、四肢
の間接部分にはインナーとトップスの様な相互間性のある二重構造で肌の部分は絶対
に見えなかった。
そう言えば、浅草さんの玉鋼はそもそもがフルスキン、全面装甲と呼ばれるタイプの
ISで、弱点と成り得る箇所である顔もあの三角錐のフェイスガードで首裏まで確りと
護られている。女子の間ではフルスキンタイプのISは格好悪いと言う印象ではある
﹂
が、安全面と言う立場で見ればそんな些細な事は如何でも良く感じる程に機能然として
いる。
﹂
﹁⋮⋮なぁ、浅草さん﹂
﹁はい、なんですか
﹁俺の白式もなんだが、ISスーツも浅草さんみたくならないか
?
解できたみたいで良かったです。護衛対象がこうも無防備だと此方も一苦労ですから﹂
﹁⋮⋮ふふっ、そうでしたら即急に打診しておきますね。織斑くん、漸く自分の立場を理
?
186
﹁あ、浅草。その、私もお願いできないだろうか﹂
﹁ええ、構いませんよ。何ならお揃いにしておきますから、安全面ではご安心頂ける事で
しょう。何せ、このISスーツは暑さと寒さの耐久性は抜群の上、防刃防弾面でも太鼓
﹂
判の性能を誇ります。IS用チェーンソーでも十秒は耐える代物ですからかなり信頼
できますよ﹂
﹁あ、IS用チェーンソーなんてあるのか。⋮⋮因みに、これにやったら
?
﹂
﹁一瞬で切断されますね。たかが一般企業のISスーツだとナイフと拳銃程度の性能し
か無いですよ
﹁﹁⋮⋮⋮⋮宜しく頼みます﹂﹂
?
よ。お二人とも私よりも命の価値が高いので、その程度であればあっさりと申請通るで
﹁はい、承りました。費用の方は此方で負担しますので、お二人は払わなくて大丈夫です
しょうし﹂
﹂﹂
?
今、かなり聞き捨てならない事を口走らなかったか
命の価値
?
ぱちくりして唖然としていた。見ている世界が違う、とは分かっていたが、こんなにも
そう訓練用のエトセトラの準備をし始めた浅草さんの背中を見ながら、俺たちは目を
?
﹁では、そろそろ訓練に戻りましょう。一分一秒は惜しまないと損ですからね﹂
﹁﹁⋮⋮え
14──決意する。
187
188
遠いだなんて思ってやしなかった。自分の立場。俺の立場ってのは、つまり、人類初の
男 性 I S 操 縦 者 と 言 う 肩 書 き の 事 の 筈 だ。あ あ、そ う か。人 口 四 十 六 億 も あ る 中 で、
たった一人だけの操縦者って事だ。その希少価値は言うまでも無く高くて、浅草さんの
様な立場にある人たちからすれば眉唾な類の重要価値と言う事なのだろう。
今の俺は日本によって護られている立場にあり、その日本から派遣された護衛が浅草
さんで、その浅草さんは平然と俺の価値が自分の命よりも高いと言った。つまり、万が
一の場合、庇われて生き延びるのが俺で、死んでしまうかもしれないのが浅草さん、っ
て、事なんだよな
│。
││そんな格好悪い男に成り下がりたくねぇッ
・・
し ろ き し
らない。そのために、ISは必要不可欠にして、一番身近にある最適な武器なんだッ
!
くらいに分かってるんだ。だから、俺は自分を自分で護れるくらいの力を得なくちゃな
かってる。千冬姉が身を粉にして護ってくれて、のうのうと生きてきたってのは、痛い
担っているって事も、箒のお姉さんである束さんのしでかした事なんだって事も、分
今、ISの独壇場により女尊男卑の風潮になっているって事も、その片棒を千冬姉が
!!
そんなの、嫌だ。俺だって、誰かを護ってやれるくらいに強くなりたい、何よりも│
つまり、俺は、まだ、護られてるまま、って事かよ。千冬姉に、今は浅草さんに。
?
ああ、そうさ。その武器を操って人を殺すのも人で、その人の一人に俺は立っている
んだ。
自分の立場を知るって事は、俺の行動によって起きた全ての責任を負う覚悟を決めな
くちゃならないって事なんだろ。浅草さんは、遠回しに教えてくれてたんだ。俺がどれ
だけ護られてて、どんなにやばい立場で居るのかを。崖っぷちってレベルじゃない、更
に 其 処 に 四 面 楚 歌 っ て の も 入 れ な く ち ゃ な ら な い ん だ ろ う。浅 草 さ ん は 言 っ て い た。
俺が死んで得をする人たちが居るのだと。俺が生きる事で得をする人たちが居るのだ
と。俺は、実験に使われるようなモルモットの様に死にたくない。だから、ケージを食
い破るようなハングリー精神と牙を持たなくちゃならない。そして、それを得れるであ
ろう期間はIS学園に所属しているこの三年間しか無いって訳だ。
なら、先ず浅草さんに言わなくちゃいけない事がある。
﹂
ておくぜ浅草さん﹂
﹁何ですか
その言葉を聞いた浅草さんは目を見開いて驚愕している様でかなりレアな顔を晒し
!!
?
﹁俺は絶対に君を死なせない。絶対にだッ
﹂
﹁ああ、俺も腹を決めなきゃならないってのを実感できたんだと思う。だから、先に言っ
﹁⋮⋮おや、良い顔をするようになりましたね。その顔はとても良いですよ﹂
14──決意する。
189
う れ し そ う な か お
て い た。幾 度 か 瞬 き を し た 後 に、数 秒 瞑 目 し て か ら ふ っ と 微 笑 を 浮 か べ て、
﹂
初めて見る表情で言った。
﹁期待、してますよ
﹂
!
﹂
?
⋮⋮ああ、もしかして、いきなり大声を出したから、
?
﹂
?
浅草さんは普段見れないような柔らかな笑みを浮かべてしれっと言った。
斑君には││﹂
﹁いえ、何でもありませんよ。それでは、何やら私に対して宣戦布告してくれちゃった織
﹁へ
﹁⋮⋮本当に報われませんね、まぁ、それはそれで私は楽なのかもしれませんが⋮⋮﹂
とかか
﹁⋮⋮しっかし、何で倒れてんだ
そんな箒を見てお互いの顔を見やり、肩を竦めて苦笑いで少し笑ってしまった。
らりと見てみれば、どさりと床へ倒れて卒倒している箒の姿があった。俺と浅草さんは
俺と浅草さん以外にも、ぶっ倒れているセシリアを除いたとしても箒が居る。其方へち
さんは確りと俺の言葉に込めた意味を理解してくれての言葉だろう。けれど、此処には
面、ふと思う。あれ、これプロポーズと紙一重じゃね、と。人よりも聡いであろう浅草
その時の俺は人生で一番の満足感を感じていたと思う。そして、少し冷静になった反
﹁おう、任せとけ
?
190
﹁││地獄の訓練編へと突入して貰いましょうか﹂
﹁⋮⋮え゛﹂
れでも貴方は自分の信念を貫けますか
﹂
﹁貴方には、私の全てを教えてあげます。⋮⋮それは、とても、とても辛い道程です。そ
たばっかりで、きっとまだまだ未熟な子供の立場でしか無いんだ。いつか、浅草さんに
束ってもんだし、何より信念ってのは培って生じるもんだと思うんだ。俺はまだ始まっ
いって事はまだ無いんだろう、きっと。こう言うのは何時の間にかあるってのがお約
感じだし、芯になるようなもんはまだ無いような気もする。数秒考えてもパッと出な
しっかし、俺の信念ってのは何だろうな。俺の中のこれは信念ってよりは、信条って
力で食い縛って耐えて二人とも生き延びれるくらいに力を付けてやるぜ。
どうした。俺はこの子を死なせないと決めたんだ。俺を庇って死なせるくらいなら、全
れてしまうような、そんな薄い氷の様な雰囲気は何処か寂しさを感じる。けど、それが
その時の浅草さんは何処か、冷たくも儚い印象を受けた。触れてしまえばそのまま割
?
﹂
誇らしげに言える様な男になってやるぜ。
﹁うーん、正直分からん
!
なら、もうやるっきゃないだろ 泣き言はいつだって言えるけ
!
﹁⋮⋮は、はぁ﹂
﹁でも、もう決めた
!
14──決意する。
191
ど、決意ってのは腹括ったそん時こっきりなんだからさ。やると決めたらやり貫く、そ
ういうもんだろ。こう言うのは﹂
﹂
?
護衛対象って事は仕事の相手としか見てな
?
かった訳だから、他人当然だったって事だよな、きっと。だから、今は友人⋮⋮、は少
内容からして、距離が縮まった、のか
何と言うか、浅草さんの新しい一面をまた見れた気がする。と、言うよりは先程の話の
め続けて居たいと、心の奥底で想ってしまうくらいに、彼女の笑顔は俺の心に残った。
笑った浅草さんはとても、⋮⋮綺麗だった。正直言って、見惚れていた。このまま見詰
誇っても良いですよ、と言外に言っている様な嬉しそうで楽しげな表情でにこやかに
﹁なので、初めて私を護ると言ってくれた貴方に、少しだけ興味を持てました﹂
・・・
﹁⋮⋮⋮⋮え﹂
令に従っていただけですし﹂
けで、友人だとかクラスメイトだとも思ってませんでしたね。訓練や指導も上からの命
校での生活とか良く分からないんですよ。なので、貴方とは護衛の立場で接していただ
﹁ああ、そもそも私今の今まで日本政府のお抱え施設でお世話になっていましたから、学
﹁へ
なら、ご期待に沿える様、私も少しは入れ込んであげますよ﹂
﹁⋮⋮ふふ、⋮⋮⋮⋮何だ、織斑君もやっぱり男の子なんですね。少し、安心しました。
192
14──決意する。
193
し自惚れか、知り合い程度にはなれたのかな
そう、思いたかった。
?
するので動かす手間を省くために此方へ移った。と、言うのが昨日までの俺の見解で
相部屋で行なわれる。前は隣の浅草さんの部屋でやっていたが、勉強終わりに箒が撃沈
講義は大体盗聴機などの機類が浅草さんによって駆逐されている俺の部屋兼箒との
だからと甘やかしする様なタイプの性格じゃないからなぁ。
た方が分かり易いし速いだなんて言えない。千冬姉は千冬姉で忙しそうだし、それに弟
にならないくらいには進展できたと思う。⋮⋮山田先生に聞くよりも浅草さんに聞い
か、最近は苦手がやや苦手くらいになった気がする。具体的には山田先生の補習が必要
さんの講義はとても分かり易いため辛くは無いし、むしろ楽しいくらいだ。そのため
題はあるのは俺の知数、身体を動かすのは得意だが勉強は苦手だ⋮⋮。ともあれ、浅草
は風呂入ってから浅草さんの座学があるだけだから肉体的には問題無い。⋮⋮そう、問
いになるところだったぜ⋮⋮。さて、ぶっちゃけ身体中が痛いが、夕飯を食べ終えた後
とのトレーニングに付き合っていなかったら其処で口から魂抜け出し掛けてる箒みた
自分でも何を言っているのかが纏まらない程に疲労困憊であり、今日日朝の浅草さん
甘酸っぱい雰囲気も束の間、その後めちゃくちゃトレーニングした。
15││自覚する。
194
15──自覚する。
195
あったが、先の出来事を省みるにセシリアが参加し始めた頃からだと気付ける。そう、
セシリアはクラスメイトであるが立場で言えばイギリスの代表候補生。政治的なエト
セ ト ラ な ど の 観 点 か ら 恐 ら く 俺 に は 分 か ら な い レ ベ ル で の 危 機 管 理 が あ る の だ ろ う。
そのため、ド素人であると判明している俺と箒ならまだしも、他の代表候補生までをも
懐に入れるつもりは無いのだろう。
││貴方とは護衛の立場で接していただけで、友人だとかクラスメイトだとも思って
ませんでしたね。訓練や指導も上からの命令に従っていただけですし。
なーんて、そもそもの足場が崩れてしまいそうな事まで言われたしな⋮⋮。ま、まぁ、
悪く思えば思う程切りが無いし、逆に考えよう、これからは本当の関係なのだと。それ
にしても、施設育ちで学校にすら行っていないと言う事は⋮⋮、え、もしかして俺が始
めての異性のクラスメイトって事か もしかすると異性の友人も俺が初めてだった
り
あ、あはは⋮⋮、流石に自惚れが過ぎるってもんだよなそれは。けど、そうだっ
?
年稀に見る癒しだった。こう、疲れた時にみると癒されるんだ、これが。きっと可愛い
れていたので、網膜可視フィルターでいつでも見れるのが地味に嬉しい。と言うか、近
⋮⋮けど、あの時の浅草さんの笑顔、可愛かったなぁ⋮⋮。白式が確りと保存してく
って、何を考えてるんだ俺は。
たら良いな、とは思う。こう、何と言うか、⋮⋮嬉しい、な。
?
愛娘を見る父親が仕事を頑張ろうと思うアレと同じなのだろう、そう、瞑目した状態で
ぐったりしている俺は浅草さんの写真を見ながら思ったのだった。まる。なんて事を
考えていたらノックの音が聞こえた。
﹁正直心に来てますわよ
が﹂
けど、その、何と言うか別次元過ぎた、と言うのでしょうか
きか、こうして勉強会に同席を許されたのは行幸ですわね。⋮⋮そう考えると複雑です
﹁ええ、悔しいすらも思えぬ程に完敗でしたので⋮⋮。まぁ、それが功を制したと言うべ
けた気分だったし、そういうもんか﹂
﹁ああ⋮⋮、成る程。俺も格上の試合相手とやって綺麗に一本取られた時は清々しく負
⋮⋮。あそこまで完敗するといっその事清々しい気分ですわね﹂
?
気味に言った。
に出ていたのか、後ろに居た浅草さんに押し込まれる様な形で入室したセシリアは苦笑
しまったが、こう、落ち込んでいるのかと思っていたのでかなり意外だった。それが顔
られるが、その雰囲気はいつも通りだった。え、いつも通りなのか。普通に受け止めて
入ってきたのはセシリア。目元に医療用のアイパッチをしているのが痛々しく感じ
﹁そういう箒さんが大丈夫じゃなさそうですが⋮⋮、お邪魔致しますわ﹂
﹁大丈夫だぞー⋮⋮﹂
196
﹁偶にしか許可されてなかったもんな。特に俺の白式に関連する時のは特に﹂
﹁当 た り 前 で し ょ う。い つ で も 処 理 で き る と は 言 え、最 重 要 機 密 扱 い で す か ら。⋮⋮
まぁ、代表候補生としての在り方もなぁなぁであると分かったので、機密扱いの情報は
遮断させて貰いますが、普段の勉強会には参加を正式に許可する事にしました。⋮⋮
まぁ、イギリス政府から同盟の打診があれば良かったんですけどね﹂
﹁うぁ、そんなストレートに言うのか⋮⋮﹂
﹁勿論ですよ。今日はその点に関しても論点に組もうと思っていますのでお楽しみに﹂
そう浅草さんはほんのりと微笑みを浮かべてからホワイトボードや水性ペンなどの
準備をし始めた。⋮⋮微笑んだ、だと 浅草さんの隣に居たセシリアは此方へとすた
ていると既に準備を終えた格好の浅草さんの姿が視界に入った。
んだ。浅草さんのデレ、破壊力やべぇ⋮⋮。そんな事を右手で口元を押さえながら思っ
何と言うか、俺だけに向けられているのだと思うと頬がにやけるのも仕方が無いと思う
人と言うカテゴリに入るだけでこれだけ変わるものなのか⋮⋮。やばい、凄い嬉しい。
は。嬉しさと言うか喜びと言うか、ああ、思い出した。これ、優越感か。そう、か。友
けだ、と言う事になる。⋮⋮何だろう、この形容し難い胸の奥から込み上がってくる物
すた歩いて来たので恐らく見ていないのだろう、すると先程の微笑みを見れたのは俺だ
?
﹁では、勉強会を始めましょうか。今回のテーマは、代表候補生とは、です。IS学園に
15──自覚する。
197
﹂
所属している代表候補生はそう多くはありません。世間一般的な見解は、では織斑く
ん﹂
﹁え、ええと、各国の代表の候補で、エリート
﹂
?
なくありません﹂
を置いた戦闘部門など、様々な部門に大別できますが、他の部門の仕事も兼ねる事も少
化した工学部門、各国のイメージマスコットの様な立場の広報部門、ISバトルに重点
から委任される立ち位置にあります。ISに用いられるパーツの開発部門や整備に特
る事は間違いありません。代表候補生とは言うなればISに関するエトセトラを政府
﹁概ね正解、と言う所でしょうね。流石に詳細は語れませんが、確かに戦闘系の部門であ
としての役目を負って居りますし、ミス浅草は恐らく戦闘部門の方なのでしょう
ませんし、また代表候補生にも各々の部門がありますわ。わたくしはテストパイロット
専用機が配属されるのは候補生の中から選ばれますわ。全員が確保する程の量はあり
部機関への所属が義務付けられており、正確には軍人である事が多いですわね。また、
﹁そうですわね。代表候補生は各国の代表の候補である、と言うのは当然の事ですが、軍
トさん﹂
ので、一般人であった織斑君にはそう捉えていて問題ありません。では、次にオルコッ
﹁まぁ、そんな感じで曖昧です。これは態とその様に情報規制されている類のものです
?
198
15──自覚する。
199
浅草さんは丁寧に説明を交えながらホワイトボードに組織図を書いて行く。各国の
政府と言う枠組みに軍部と民間と言う円を二つ加え、その二つが重なる地点に候補生と
足した。成る程、部門と言うのは派閥みたいなもので、戦闘に偏るなら軍属に、開発や
広報へ偏るなら民間企業と言った具合だろうか。恐らく、テストパイロットと言うセシ
リアの立ち位置は軍寄りの開発部門と言ったところか。ブルー・ティアーズが開発用試
作機と銘打っているあたり、正解に近いのではと思う。流石に詳細は浅草さん同様に機
密だろうから深く聞くのは少し拙いか。隣で﹁ほぉ﹂と感心した様子でメモを取ってい
る箒を見る限り、一生徒としてはそれが正しいのだろう。しかし、よく考えれば見えて
くるものもある。どうして浅草さんが機密などを重要視するのかが。
軍属と言う事はその在り方は戦闘行動が主だろう。そして、軍隊規模、集団戦を見据
えているならば最大の物として戦争が挙げられる。第二次世界大戦以降、冷戦と言う形
で小康状態を保っていた軍にISと言う万能兵器が参入したらどうなるか。浅草さん
を見ていれば分かる。
戦争が起きる可能性の火種となる。それも、松明程度では無い、花火に匹敵する大火
種だ。
その際、軍属のエリートとしてISに触れる機会の多い代表候補生は筆頭に立つ人物
たちであるのは間違い無い。つまり、代表候補生と言う肩書きの本質は││。
﹁ですが、そんなものは国の流した表向きのプロパガンダに過ぎません。言うなれば、I
Sと言う兵器のセミプロフェッショナルなのですよ、候補生と言う立ち位置は。代表候
補生として命じられる訓練には必ずISによる戦闘行為が存在します。つまり、対I
S、対各国の所有するISとの戦闘を仮定されているのですよ。言うなれば、兵士、戦
争の筆頭となるように調整されるのです﹂
ああ、やっぱり、と俺は苦々しい表情を浮かべるのを我慢して噛み締める。理解はし
ていた、いや、していたつもりだったんだ。ISは、刃物と同じで人によって殺しの道
具にもなるし、万能な宇宙服の代わりにもなる代物だ。しかし、ISは女性しか使えな
いと言う最たる欠点とその数の稀少さがこれを戦闘寄りに助長した。言うなれば、IS
とは配られた核に等しいんじゃないだろうか。
る事でしょう。何故なら、各国の持つISの所有数は明らかに偏っているためです。資
も己で無い者を排する嫌いを持つ、とされています。それ故に戦争は必ず引き起こされ
開発と言った口実により推し進められているのは当然の理と言えましょう。人は、誰し
条約により、表立ってISの軍事転用は禁止されましたが、ISバトルのための調整や
のパワーバランスの崩壊を助長しました。アラスカ条約と言う核抑止論めいた内容の
のかは定かではありません。千に満たず、五百にすら満たないその希少性は正しく各国
﹁篠ノ之束博士によって配られたISの数は467機、とされていますが本当にそうな
200
本となるマネーパワーの差とも言えますね。では、何故日本にはIS学園と言う無独立
⋮⋮⋮⋮平和、だからか
﹂
施設があり、多くのISが配備されているのか。分かりますか篠ノ之さん﹂
﹁む
?
﹂
となりました。これは、日本が掲げる第九条、
﹃日本国民は、正義と秩序を基調とする国
に、率先として何とかしようとした結果、アメリカに背を突かれる形でIS学園の設立
﹁⋮⋮ええ、そうなりますね。日本は篠ノ之束博士の作り出したISの責任を負うため
?
ために質問をしてみた。
取れた。端整な顔に顰めた眉の寄りが出来てしまうのは宜しくない。雰囲気を変える
きか、浅草さんにとって白騎士事件は何らかの地雷である事は間違い無い様だ、と見て
浅草さんの表情がやや仄暗くなり、明らかに憤りを瞳に灯していた。苛立ちと言うべ
時に、この世界情勢を作り出した戦犯となってしまった訳ですね﹂
すが白騎士事件が起きてしまいました。開発者の生まれの地としての権威を得ると同
﹁日本が第二次世界大戦以降大きな争いに巻き込まれた事はありませんでした。⋮⋮で
﹁⋮⋮ほっ﹂
が、根本的な間違いではありませんので問題ありません﹂
﹁遠からず、と言った所ですが概ね正解です。正確には第九条を挙げて欲しかったです
?!
﹁その責任を取るためにIS学園が出来たって事か
15──自覚する。
201
202
際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国
際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。前項の目的を達するため、陸
海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない﹄と言う非
戦争を推奨する条例があった事が決め手だったのでしょう。これにより、各国はISと
言う万能兵器を表立って所有しつつも、日本と言う非戦闘区域的な場所にISパイロッ
トの育成場所を建設する事で戦争を主動する事は無い、と言う意思表示をしている、と
言うポーズが取れる様になった訳です。そのため、今でも日本国内におけるISでの戦
闘行為は今の所露見または表立っていません。これにより、日本は各国の緩衝地帯と
なった訳ですね。そのため、ISの情報が集まる最先端と言っても過言では無い場所と
なりました。それ故に日本政府へスパイを送る国も多かったのも事実です。まぁ、そこ
らへんは割愛しましょう﹂
質問を受け取って少し落ち着いたのか、浅草さんは多弁に説明を続けながらホワイト
ボードに第九条の二文を書き記す。スパイ云々を割愛したのってつまり、始末したか
ら、って事で良いんだろうか。今までの浅草さんの言動を省みるに概ね正解と言うか、
見たくない一面を見てしまった様な気分だ。けど、よくよく考えてみれば浅草さんを責
めるのはお門違いも甚だしいんだよな。逆に、スパイが跋扈して日本の立ち位置がやば
くなったりしたら困るのは俺たち日本人だし、それにIS学園には各国の代表候補生が
居るんだ。その娘たちがお国事情で暗殺されたりだなんてしたら色々とヤバイとも考
え ら れ る。⋮⋮ そ の 暗 殺 対 象 の 筆 頭 で あ ろ う 俺 が 言 う の も 何 だ ろ う っ て 感 じ だ が さ。
俺を守るために浅草さんが手を汚しているのだとすれば、俺は、感謝しなくちゃならな
いんだ。嫌な事を、人道にそぐわぬ事をさせてしまっている事を、恥じるとまでは言わ
ないが、俺だけは確りと理解していなくちゃならないんだ。
││そして、それをさせないために私が居ます。
ああ、俺は、浅草さんに守られているんだ。
だから、浅草さんを守る俺でありたい。守られるだけじゃ、今までのままじゃ、嫌だ
から。
だから││ISを武器として持つ事にしたんだ。万能な宇宙服じゃ無くて、便利なパ
ワードスーツでも無くて。誰かを傷付けられる武器として、誰かを護るための武器とし
て。俺は、刀を握るんだ。なぁに、それこそ大和魂ってもんだろ。護りたい人を護れる
だけの力を、俺は、欲しいと求めたんだ。
Sを主軸として生きるのであれば、誰かを殺す覚悟を持たねばありません。私たちが握
ている物の特権にして、免れぬ宿命と言えましょう。私が言うのも何ですが、本当にI
用機を持つパイロットが主になるでしょう。それは、意識ある無機物たるISを占有し
﹁さて、次題としてはISバトルについて、でしょうね。ISバトルの筆頭となるのは専
15──自覚する。
203
・・
る此れは、ISバトルと称してお茶を濁す言い方をしていますが、ほんの一握りの決意
と知識があれば、あっと言う間に相手を殺す道具と化すのがISです。可笑しいと思わ
ないのでしょうか、ISバトルは国際的スポーツと謳われた認識と言うのに参加者が握
るのは人を殺すための銃や剣、挙句の果てには爆発物もまた兵装の一つだと認知される
始末。言わせて貰えば、ISバトルとは来るべき日に備えた殺しの練習なのですよ﹂
その最後の一言で部屋の空気が死んだ。いや、殺されたのだろう、誰にでも無い浅草
さんに。凄惨な凄みを感じる笑みをひっそりと浮かべ、右掌に彼女だけが見えるのだろ
う何かを真下へ溢す仕草をしながら、片手で黒い水性ペンを圧し折った姿は誰もが凍り
付いた様に見入ってしまった。
そうか、これが、浅草さんの⋮⋮。
・・
考えを纏める前に、理解が先に出来てしまった。これこそが、浅草さんの隠していた
真実の一端なのだと。誰かを殺す道具となってしまったかの様に、生者に憧れを溢すか
の様に、その一つ一つの言葉は確かな重みがあった。そう、それはきっと浅草さんの此
れまで感じていた悲劇、なのだろうか。俺は、浅草さんの事を知らない。いや、知らな
過ぎるんだ。求めていたつもりになって、追う事を、知る事の歩みを止めてしまってい
たんじゃないかと思う。
﹁代表候補生と言う体の良い鉄砲玉は正しく鋼に包まれた弾丸であり、敵国の兵士、断言
204
15──自覚する。
205
するならば軍人を殺す事こそが本分となる時代が来る事でしょう。何故、アラスカ条約
何故なら、彼らもまた焦っているからです。来るべき死神の戦列の成す軍靴
と言う軍用禁止の条約がありながら、各国が挙って違反し軍益を貪るのかがわかるで
しょう
ね﹂
れる立場にあるのでしょうね。⋮⋮⋮⋮まぁ、それでこそ私の意義に加味するのですが
に一瞬で決着が付きます。ISバトルの範疇であれば、私側がガチ勢と言った形容をさ
当たりますね。ISスーツを露にしていたり素肌の部分を晒していたりするとあの様
させたりと色々としているようですね。因みに、オルコットさんの敗因の八割がこれに
なデザインを取ったり、パイロットの美貌をもアピールに用いて素肌を晒す様な格好を
ためにISの装甲を薄くしていたり、ファッション性をアピールするために華美で美麗
のですから。そのため、敢えてガードを、そんなに意識していませんよとアピールする
まぁ、その様に考えている国は何時だって余剰国、金を、軍を、力を持つが故の特権な
か、如 何 に し て 敵 国 の 兵 士 を 殺 し 得 る 兵 士 を 生 み 出 す か、こ れ に 終 息 す る の で す よ。
彼らによるパワーゲームの前哨戦。如何にして敵国の兵器を潰し得る武装を作り出す
平和が一握りの現実であると理解しているからこそ、暴力を求めた。ISバトルとは、
ちから
りひたりと這い寄って来る戦禍の足音の幻聴が聞こえてしまう様に、彼らもまた明日の
の音が、彼らの耳に聞こえてくるのでしょう。ありもしない幻想に苛まれる様に、ひた
?
206
まるで戦前の演説をする指揮官の様に熱く灼く篤く、戦慄を言葉にして謳い上げる浅
草さんの姿は恐ろしく見えた。けれど、それは闇に堕ちた堕天使の様な華やかさと怖れ
を纏う魅入られる様な妖艶さがあった。隣を見やればがくがくと膝どころか肩までも
震えているセシリアと箒の姿があり、恐らく浅草さんの言葉が心臓まで達してしまった
のだろう。こうして客観的に見ると酷く自分が冷静である様に思えてくる。心構えと
言うか、もしかしたら、と考えが及んでいるだけでここまでダメージが違うものなのか。
そう、俺は浅草さんが死ぬ可能性を考えて、理解してしまっているのだ。だからこそ、在
り得る眼前の悲劇ある未来を思い描くのも難しくない。浅草さんはそもそも戦争が起
きると言う前提で言動を行なっているのだろう。だからこそ、各国の思想と合わぬフル
スキンを、万全な耐性を織り込んだISスーツを着ているのだから。ああ、違う。そう
じゃない。浅草さんは、日本代表候補生。つまり、日本はそうなると考えていると各国
へのアピールをしているのだろう。だから、この場にイギリスの代表候補生たるセシリ
アが居ても問題無い、それどころかむしろ織り込んでいるのだろう。
此処までお
日本を舐めるなよ、そう浅草さんを媒体に日本政府は宣戦布告しているようなものな
のだろう。
いや、待てよ 何故日本政府は其処まで戦争を重要視しているんだ
?
膳立てしているとなると、まるで││戦争の火種を知っていると言っている様なもの
?
くだん
⋮⋮く
じゃないか。確実に近い未来戦争が起きると予言する件の様な妖しさが露になる。け
れど、浅草さんを通して日本政府はそれでも良いと言っているのだ。何故だ
れ
弾があったじゃないか。
そう、啖呵を切ったじゃないですか。私を、死なせないと﹄
くれていたじゃないか。
││期待、してますよ
だった。
・・・・
とくん、と胸が高鳴った気がした。脳裏に浮かんだのは浅草さんの溢した儚い笑顔
?
や、確かに浅草さんは言っていたじゃないか。俺の言葉に対して、確りと言葉を返して
けつい
た浅草さん。その声を聞いて、期待してますよ、と言う副音声が聞こえた気がした。い
片目だけを瞑り、仕方ないですねと言わんばかりに正解を個人チャネルを通じて囁い
?
してしまっていた。そうだ。四十六億分の一の存在が、男性IS操縦者と言う特大な爆
・・
ていた。ああ、そうか、火種は、此処に、あったじゃないか。自分の事だからこそ見逃
お
そんな俺の心情を理解している様に、浅草さんはふっと笑った。そう、俺を見て笑っ
が分からない。もどかしさが顔を顰めさせる。
そ、自分の無知具合が愚かしく思う。多分、後何かがあれば気付けると言うのに、それ
?
﹃そう、貴方こそが戦争が起きる理由にして発端。けれど、真っ直ぐに進むのでしょう
15──自覚する。
207
俺は、それを││。
じたんだ。
俺は、浅草さんが気になっているんだ、と。初めて異性に興味関心を覚えた。そう感
言える。
に見えなくなってしまった。取り溢した、そう形容するべきだろう。ただ、これだけは
まった。俺は、何を思ったんだろう。その後に続く言葉が、霞に巻かれた足元の道の様
差し込まれるかの様に聞こえた浅草さんの声で、はっと現実に返り思考が途切れてし
大別すると計三種に││﹂
﹁っと、話が逸れてしまいましたね。ISバトルでの戦闘スタイルは多種に渡りますが
208
厳しかった。だから、その現実を握り潰してしまえば良いと考えた結果、こうなってし
けれど、そうなってしまっても良いと言う自分もある事も確かだ。現実は、いつだって
なってしまうに違いない。正しく狂気に魅入られた哀れな怪物に成り下がるのだろう。
らこそ、内側の自分がその常識を塗り替えてしまった時、私はきっと私なのに私でなく
常識とは、何時だって誰かの常識で構築されている世界的認識にしか過ぎない。だか
そして、その二人の自分の間に立ち尽くす自分が居る。
殺して、と叫び喚く自分が居る。
殺せ、と喚き叫ぶ自分が居る。
れない。
アンプル剤の空虚な音が聞こえた途端、思考が落ち着いて行くこの瞬間が、未だに慣
る。
自分すらも殺して産声を上げた怪物の呻き声なのかもしれないと、思ってしまう時があ
広げられる心内世界での殺し合いの果てに産まれた存在であるかもしれないと、本来の
目を覚ました時、本当の自分か如何か、迷う時がある。それは、幾多にも渡って繰り
16││青春する。
16──青春する。
209
まった。そう、これは私の望んだ結果なのだ。だから、恥じる事は無い。悔やむ事も、諦
める事も無いのだ。
アンプル剤が手元から零れ落ち、僅かな浮遊を経過して床に転がった。
首元の頚動脈のある部分には幾多に渡って打たれた注射の跡が残っている。それは、
私が私であるために必要な儀式であったのだから、少女心的には嬉しくないし好ましく
も無いが、仕方が無いと妥協できてしまった。殺傷症候群、D.L.L.Rシンドロー
ム。私の心に住まう悪夢の病原。肉体的に死を迎えるよりも早く、この精神病は精神を
殺してゆく。段々と、そう、忍び寄るかの様に段々と、私は死を与える事を、死を迎え
る事に対して恐怖の感情を感じなくなっていた。むしろ、死に行く時のあの魂が零れ行
く様な感覚に幸せを感じてしまう程に狂ってしまっているのだから。
誰か、私を、早く││。
そう、願いながらも私の意志と身体は生きようと足掻き続ける。
しまう。
う程に、私の心はもう磨耗して罅割れ過ぎていて、限界に近付いている、そう分かって
に悪化していた。そろそろ、終わるのだろうか。そう不思議と他人事めいて感じてしま
右掌を見やればもはや赤い液体に塗れた状態ですらなく、赤黒くこびり付いている程
﹁⋮⋮まだ、生きてる。これもまた、見方を変えれば幸福の一つ、でしょうかね﹂
210
16──青春する。
211
ふと頬に特徴的な刺青を入れている少年からの忠告が甦る。
││俺らにとっては、殺さないのが普通じゃなくて、殺すのが普通なのさ。理由も目
的もなーんもいらねえのさ、俺らにとっちゃ当たり前なんだからな。
抑圧されている。他人に、上層部に、常識に、自分に。自分を曝け出せと、暗に言っ
ていたあの少年はニヒルな笑みを浮かべていた。たった一瞬の、交差点の街角で擦れ
違っただけの私に、そう彼は言った。あんなにも血の匂いのする少年はきっと明日にも
会えぬ様な暮らし方をするのだろう。﹁あーあ、出会っちまった﹂そんな戯言が思い浮か
んだのはきっと私だけでなく、彼にも思い浮かんだに違いない。彼らの様に生きたなら
ば、この世界に人はもう居ないだろう。抑圧された私の思想は皆殺しを是とし虐殺を是
とし獄門を是とする様な怪物で、誰も彼も殺してしまえば復讐の杯を満たせると思って
いるような奴なのだ。私とて、そうした方が楽だと思う。こんなにも苦しい思いをする
事も無いのだろう。けれど、それは人を辞めると言う事だ。あの少年の様に、鬼と成り
果てるのは、私は、嫌だった。
ただ、それだけ、たったそれだけの理由で私はこの薬との共同生活を強いられていた。
嗚呼、確かにスパイのあの子を引き千切る様にして拷問死させた時の、頭の頂点まで
に上り詰めた興奮と悦に溺れた様にどろりとした背徳的な快楽を貪った瞬間が未だに
燻っている。誰かを傷付けて、自分を傷付けて、漸く生きていると言う事を実感する様
な怪物には、それを押さえるための鎖が必要だったと言うだけで、いつしか、この効き
が弱まりつつある精神安定剤が意味する事を無くした時、私は終わるのだろう。そし
て、私が始まるのだろう。
嗚呼、なんと言う事でしょう。それは、何て甘美な囁きの様に感じて││。
悪さを感じさせる。特に寝起きのどちらにも舵が取れぬ時が一番問題が出る。今日の
狂気の狭間から戻って来た時の心象は何とも言い難い油の混ざる汚泥の様な気持ち
﹁⋮⋮酷い顔をしているんでしょうね、何せ、こんなにも酷い気分なのですから﹂
だ。
だ。いつ割れるか分からないが、渡れている事実がある。それだけで、今の私には十分
ていると言っても過言では無い。言うなれば、薄い氷で出来た橋を叩いて渡る様なもの
い。けれど、こうして誰かの声の媒介に呼び水として正気に戻れるだけの安定さを見せ
正気に戻れなかったあの頃の私と違い、今の薬漬けの私は不安定であるのは間違い無
も正気を保てている事すらも無かったのだから。教官が無理矢理叩き起こさなければ
まっているのを感じる。いや、燻っているのだろう。何せ、施設での生活中はこんなに
浮かべている簪の声で正気に引き戻された。段々と自分の中のげに恐ろしき衝動が高
浮かび上がった足首を掴まれ引き摺り下ろされたかの様に、私は隣でえへへと笑みを
﹁おねぇ、ちゃん﹂
212
様に簪の声と言う割り込みが無ければ、完全に目が覚めるその瞬間まで狂気染みた思考
に溺死寸前までに陥るのだから割と死活問題だ。因みに、簪が居ない頃はそのままふと
した瞬間に正気に戻って洗面台に胃液を吐き捨てるまでがテンプレだったりするので、
危ない病人でしか無い。その日はいつもの早朝トレーニングを見送るかと迷ってしま
うくらいに気分が絶不調になってしまう。
けれど、兄さんが死ぬ時の悪夢を見るよりかはマシだと思っているのがもう手遅れの
証なのだろう。
そう、段々と壊れながらも、段々と慣れ始めているのだ。言うなれば、共存し始めた
と言うべきか。自分を殺し続ける狂気が、誰かを殺し続ける狂気が合わさって混沌めい
た怪物となり私を包み込む日がいつか来る。そして、その瞬間に身に纏う狂気を得る事
ができたならば、それはそれで新しい私の在り方になるに違いない。破滅を受け入れる
事もまた選択肢、か。何ともまぁ酔狂な考えをしているものだと、私ですら苦笑気味で
い と お し い
ある。私でありながら、私でない私が居る。
それもまた、狂おしい自分なのだから。
何となく狂気の夢見が良くなったのは言うまでも無く、織斑君のあの言葉なのだろ
言うか⋮⋮﹂
﹁それにしても⋮⋮、こうも変わるモノですかね。我ながら浅ましいと言うか、即物的と
16──青春する。
213
214
う。まさか、怪物でしか無かった私を護るだなんて事を言ってくれる人が居るなんて思
いもしなかった。正しく視野が広がった思いであったのは言うまでも無い。彼は、私を
理解しようとしてくれているのだろう。こんな、怪物を抱えた欠陥人間に対して哀れみ
で無い感情を向けてくれている。ただ、それだけが同情よりも慰みになった、と言うだ
・・
け。続く訓練に力を入れ過ぎてしまったのも仕方が無いのです、ええ。
そろそろ織斑くんの基礎訓練も終わる頃合ですし、お待ちかねの模擬戦なども視野に
入れましょうか。マニュアル操作での移動が可能となった今、経験を積むには丁度良い
相手も居ますし、オルコットさん辺りをぶつければ良い跳ね返りがある事でしょう。し
・・・
かし、お二人の成長具合にはもう呆れしか出ませんね。何で素人が始めて一ヶ月程でマ
ニュアル操作に慣れるんですかね。私でさえ数ヶ月は血反吐気味だったと言うのに、本
当に才能ある天才ってのは理不尽ですね。しかも、お二人とも私の管轄外である刃物
系、直接動く分才能も必要と言う事なのでしょうか。私とてナイフ程度であれば十全に
動けますが、刃渡りの長い刀となるとぐぬぬと言わざるを得ません。接近戦だなんて敵
の急所に確実な死を与えられる一撃を与えるか、幾多に渡って切り裂いて出血死させれ
ば良いのです。達人めいた居合いなどなんて放てませんし、そんな事をさせる時間があ
るなら火砲系統で圧殺してしまえばお手軽ですし⋮⋮、ううむ、相容れませんね。どう
したものか。
﹁手は、ある事にはあるんですけど、ね
嬉々として来るに違いない。
﹂
入りに来るかもしれない。⋮⋮いや、十中八九来るだろう、この甘えん坊娘の事だから
くなっているのは頂けない。案外簪の事だ。私が先にベッドに入って招けば簡単に寝
すると、焦らせてしまっているのは私のせい、か。けれど、数分十数分と寝る時間が遅
か、早く︽打鉄弐式︾を組み上げて殺戮衝動の緩和を狙っているのかも知れない。そう
や、もしかすると最近私の言動が狂気寄りになっている事に気付いている節があるから
不足気味であるようだし、そろそろ喝を入れてあげないと駄目なのかもしれない。い
け寝かせてあげよう。最近︽打鉄弐式︾の兵装開発に熱を入れているようなので若干寝
たがまぁ良いだろう。狂気に浸る時は常に普段起きる時間よりも速いのでもう少しだ
うか。そう思いつつ顔に掛かっていた前髪を払ってあげた。その途中で頬擦りをされ
まうだなんて世も末ですね。何故、受け取るべき才能と性格が一致していないんでしょ
と伸びた手に伝わるもちもちとした柔肌が心地良い。こんな子が更識の剣を継いでし
そう私の隣で寝ている簪を見やる。幸せそうにぐっすりと寝ているようで、つい頬へ
?
来る。こんな風に身長的にも小さな身体を抱き込んでいるとまるで母親になった気分
胸元に簪の頭を抱える様にして抱き込むと擦り寄る様にして私の腰元に抱き付いて
﹁それにしても体温高くてあったかいですね簪は⋮⋮﹂
16──青春する。
215
だった。窒息する程の胸は無いけれども苦しく無い様に抱き込むと自分よりも高い簪
の温もりを感じる。そして、鼻腔には混じる様にして簪のお日様の様な匂いがふわりと
舞い込む。⋮⋮うん、二度寝してしまいそうな程に心地良い。平和と言うのはこういう
気持ちを言うのだろうか、そんな戯言を嘯いてみたくなる。
平和だなんて、平和でない時があるからこそ言えるのだから。
すっと和やかであった心内環境に冷水が差し込まれた。我ながら何を朝からやって
いるのだと残っていた眠気と共に色々と覚めてしまった。少し時間は早いが支度をし
てしまいましょうか。
☆
気のままで居られる事、それは、私にとってとても幸せな事なのだから。
して居ましょうか。案外これもまた幸福の形なのでしょう。気を許せる相手の隣に正
たのは私であるし、無理矢理離してしまうのも忍びない。仕方が無い、時間まではこう
がっしりと腰を掴まれているために抜け出すには困難極まる状態。こうしてしまっ
﹁あ、自分から抱き込んだからか簪から抜け出せませんね⋮⋮﹂
216
箋とこの容器を手渡して去って行ったが、悶々とした気持ちと上層部のえぐさに戦慄し
結局、浅草さんは上の指示通りに手渡せと言われていたらしい封が閉じられている便
どうしようもなかった。当然ながらお互いに狼狽えた。それはもう盛大に狼狽えた。
ているのですが⋮⋮、どうしましょうか⋮⋮。
││えと、その⋮⋮、白濁したアレ、だそうです。必要なら手伝いをしろとも言われ
と言った風に、少々ながら初心に頬を染めて、だ。
ないと理解したのか少々気まずそうに宣告したのだった。確実に意味を理解している
いた俺だが、それなら採血用の機材がある筈と首を傾げ、彼女も意思の疎通が取れてい
そんな始まりで渡されたのがこの容器であった。最初は血などの採取かなと思って
いまして。
││あ、そう言えば上からの指示で織斑くんの遺伝子サンプルを取る様にと言われて
た此れが今回の悩みの種であった。
い沈黙した箒とセシリアを同じベッドに放り込んだ浅草さんに去り際に言われ、渡され
片手に賢者タイムになっていた。昨夜の勉強会が終わった後、疲れが限界に達したらし
トイレの中で一発し終えた俺は、内側が見えないタイプの蓋付きプラスチック容器を
﹁⋮⋮ふぅ、さて、どうすっかな⋮⋮﹂
16──青春する。
217
218
ていた。選りによって同い年の女の子にさせるもんじゃねぇだろ
と言うか、あの言
そして、先程に戻り、これ、どうすれば良いんだ、と苦悩しているのである。中学で
は行かない、そう鼻頭を押さえながら俺は蹈鞴を踏むのだった。
専用の領域に放り込んだ。この写真を誰かの目線があるかもしれない場所で見る訳に
と。即座に︽白式︾の空いているスペース、それもプライベートスペースと言う操縦者
が数枚。つまり、これで抜けと言う訳なのだろう。言わして欲しい。神は居たんだな、
ていた。それも入っていたのはあられもない姿でポージングしている彼女の水着写真
・・
だろう、今よりも少々幼げな雰囲気だったから多分最近の物では無いと思う写真が入っ
り敢えず説明の類の紙が入っているのだろう便箋を開いた。施設時代の浅草さんなの
てるだろアレ。そこまで鬼畜思春期じゃねぇぞ俺は。それから数分程固まってから、取
い方からして確実に俺が抱きたかったら浅草さんを抱いても良いぞみたいな補足付い
!?
確実に俺もう浅草さんの虜だぞ
唯でさえ数週間溜め込んでいたとは言
学祭の時にやった検便の比では無いやばい代物である。朝出してきたぜ、と彼女に渡せ
と言うのか此れを。恥ずかしくて死ねるわ
え今まで以上の出具合で自分でも吃驚したわ
!?
!?
ちまったからな。我ながら現金と言うか盛った犬と言うか、気になる女の子で抜けた時
・・・・
そろ朝のトレーニングに行かなきゃ駄目なんだぞ。何せ、箒が起きる一時間も前に起き
⋮⋮って、俺は何を考えてるんだ。消臭機能をオンにして居座っているとは言え、そろ
!
点でもう色々とアウトだかんな
しも
﹂
合鍵の一つをポケットに入れて戸締りし、さて向かうかと歩き始めた時に隣からドアノ
じになるんだよな。直射日光当てるのはちょっとアレだし、タオル越しで十分だろう。
持っていく。昔から健康気質と言うか、こうしておくと終わる頃には丁度良い温めな感
冷蔵庫から程好く冷えたミネラルウォーターを口にして、汗拭き用のタオルに包んで
具合だったので、そっとしておこうと思った。
レーニングに用いるジャージへと着替える。隣を見たら淑女︵笑︶と称せる様なアレな
出て数秒後にもう一度中へ入って臭いの確認を終えた俺は自分のベッドに戻ってト
落したら大変拙い代物なのでこれもまたプライベートスペースに放り込んだ。扉から
肝心の容器は頑丈そうなのでポケットに入れて置こう││と思ったが、うっかりして
半身がそろそろ冷え切っているので色々と処理をしてズボンを引き上げる。
りながらマッスルポーズを取っている下半身の俺は大分正直であった。一部を除き下
ライドしてるのに目を爛々としてたりとか⋮⋮、はは、何それ楽園か何かか。妄想であ
さんは耳年増だったりするんだろうか。⋮⋮初心な感じで恐る恐る俺の零落白夜をス
からなんでしょう、みたいなニュアンスでぶっ込んできたジョークを考えると案外浅草
そう、初日の時の説明であろう事か、千冬姉が独り身な理由が貴方と近親相姦してる
?
!?
﹁⋮⋮あー、でも、浅草さん普通に下い話振ってたような⋮⋮
16──青春する。
219
ブが回る音が聞こえた。案の定、黒いトレーニングジャージっぽく見える実は高性能な
アレコレが付与されているらしい羨ましいジャージを着た浅草さんが出てきた。普段、
腰元までばさぁと下ろしている髪をこの時だけはうなじの所で纏めるウルフテールに
していて、普段見られない白いうなじが垣間見れる姿になる。そして、今日は珍しく襟
が立つ程にチャックを上まで閉めている様なので残念ながら白磁の聖域はお預けの様
だった。
﹁成る程、そうでしたか。道理で朝からそんな匂いを付けている訳ですね
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮え゛﹂
﹂
や、現実逃避は止そう。と言うか、臭い、分かるのか。⋮⋮そうさり気無く身体の臭い
確かに春は桜の季節ではあるが、こんな時に咲き誇らないで貰いたいんだけども。い
浅草さんのその一言で朝の和やかな雰囲気が一気にピンク一色に変わった気がする。
?
﹁まぁな。⋮⋮遣り甲斐あるし、元々身体動かすのは好きだしな﹂
﹁ふふっ、でも確りと起きれてるじゃないですか。お寝坊さん卒業ですね﹂
﹁あはは、最近ぽかぽかな感じだもんな。確かに俺も布団から出たく無い時も多いや﹂
中々起きれなかったのですよ﹂
﹁ああ、織斑くん、おはようございます。いえ、少し春眠に魅入られてしまったようで、
﹁おはよう浅草さん。珍しいな﹂
220
を嗅ぐ俺が滑稽だったのか、口元に細く綺麗な手を置いてくすくすと浅草さんは笑っ
た。何気にレアな表情をあっさりとしているのに、内心驚き半分歓声半分で︽白式︾に
撮影を任せた俺は固まらざるを得なかった。
?
あー、うん、もはや驚くまい。
⋮⋮。
⋮⋮ っ て、ア レ さ っ き の 言 い 分 だ と 浅 草 さ ん 血 の 臭 い な ら 分 か る っ て 事 じ ゃ
る。どうしてか浅草さんの顔が曇るのが嫌だった。
黙っているのだと勘違いしたのか、申し訳無さそうな表情を浮かべたので慌てて反応す
んのギャップに俺はもう如何にかなりそうな気分だった。そんな俺が恥ずかしさから
じでとても可愛らしく感じた。普段クールビューティで綺麗なイメージのある浅草さ
う⋮⋮、秘め事多き年頃な女の子、けれど秘密はかなりデンジャラスみたいな、って感
なった。普段は淡々として教師然としていた印象だったんだ。けど、今の浅草さんはこ
は少々戸惑ったが、彼女なりに俺の事を意識してくれているのだなと思うと胸が熱く
私、理解ある女の子です、と言わんばかりに柔らかく接して来てくれた浅草さんに俺
じゃないかな、って思っただけですのでそう焦らなくて大丈夫ですよ﹂
い は 知 り ま せ ん の で。真 面 目 な 織 斑 く ん な ら 昨 夜 か 今 朝 に で も 準 備 し て く れ て る ん
﹁ああ、ごめんなさい。カマ掛けました。流石に血の匂いならまだしも男性の体液の匂
16──青春する。
221
﹂
﹁えと、すみません。年頃の男の子との会話はまだ慣れていなくて。つい教官の口調を
大丈夫だ。此れ位問題は⋮⋮、問題は⋮⋮、無い、かなぁ
真似てしまってるんです。不快に感じたら││﹂
﹁いいや
?
って、俺の口は何て事を言いやがるんだ 咄嗟に出たとしても浅草さんに意識して
するくらいだし﹂
﹁俺も似た様なもんだよ。こんなに意識した会話は初めてでさ、ちょっと上がってたり
まっているらしい浅草さんに何か言わねば。
高い所業だぜ。何せ、恋人居ない暦イコール年齢だしなぁ。取り敢えず、切羽詰ってし
処で格好良い台詞が言えたら良いんだが、生憎イケメンじゃない俺には到底ハードルが
手洗の言っていた萌えの境地ってのは此れなんだな。確かに此れは、破壊力抜群だ。此
に羞恥で赤らんだ頬やたどたどしい口調に何つーかもう、堪りませんな。ああ、弾や御
そう初心な感じで狼狽している浅草さんが何処か小動物ちっくに見えてしまい、僅か
その、何と言うか⋮⋮﹂
⋮⋮その、友人が二人程しか居りませんので、それも男性の方とは初めてですので⋮⋮、
﹁私そう言う経験も碌に無いので、何か不満などの申し出があれば言ってくださいね。
﹁ははっ、そうだよな。ごめんごめん﹂
﹁ふふっ、私に尋ねられましても困っちゃいますよ﹂
!
222
?!
てか、本当に浅草さんそう言うのに初心
ますって口頭してどうすんだよ。ほら、浅草さん聡いから意味完璧に理解しちゃって耳
まで真っ赤にして俯いちゃったじゃねえか
?
ンチの上で赤面していた顔を冷やす様にして浅草さんが座っていた。
ろうか。結局時間の問題で二十五キロが限界だった俺を待ってくれていたのだろう、ベ
だが、スタタタとしれっと四周遅れにしている辺り意外と冷静になれてるんじゃないだ
い沈黙のせいか今日の浅草さんの速度が三割程速いため早々に置いてかれてしまった。
も走れなかった俺だが二十キロまでは何とか付いて行ける様になった。けれど、痛々し
十キロの無言マラソンが実現してしまったのであった。最初の頃は半分、いや、五キロ
結局、浅草さんの調子が戻らずのまま無言でマラソンコースへと向かい、そのまま三
まった。
てよ、もしかして俺の無意識に反応して爆撮りしてるのか やばい、凄く納得しち
めっちゃ五月蝿いんだが。いや、確かに俺も撮れるなら撮っておきたいけどさ。⋮⋮待
なのな。すっげぇ可愛い。⋮⋮と言うか脳内で聞こえてくる︽白式︾のシャッター音が
!?
そうタオルで汗を拭いながら俺は言うしか無かった。流石に、あの程度で此処まで慌
﹁あー、いや、その、だな。⋮⋮良し、水に流す方向で﹂
⋮⋮、先程の一件は見なかった事にして頂きたく⋮⋮﹂
﹁⋮⋮先程は失礼しました。その、他人からの好意には慣れていない、と言うか、その
16──青春する。
223
てるとは俺も思っていなかったし、何よりも俺も居た堪れない。
﹂
?
こ
﹁⋮⋮一夏﹂
だからこそ、俺は、一歩だけ、踏み込もうと思ったんだ。
めいた足場で、彼女に近付き過ぎる事は互いの崩落に繋がるに違いなかった。
なった。けど、尋ねるにはまだ早過ぎるだろう。まだ土台すらも建てれてないシーソー
に成った女の子がこうまでして秘める思いとは一体何なんだろうか。俺は、知りたく
儚い表情の裏に、何を秘めているのだろうか。俺は、浅草さんの事を知らな過ぎる。気
みを浮かべて浅草さんは静かに頷いた。その沈黙に何が含まれているのだろう。その
呆けた顔を晒していた。そして、暫くして一息溜息めいた深い息を吐いてから、儚い笑
浅草さんはその考えは無かったと目を瞬かせて、目から鱗が落ちたと言わんばかりの
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
IS学園でさ。その、なんだ。俺も手伝うしさ。⋮⋮てか、唯一の男子生徒だしな、俺﹂
こ
﹁だから、昔の事を嘆いても今の現状は変わらない。なら、学べば良いんだよ此れから、
﹁⋮⋮そう、なのですか
﹁学校ってのはそういう付き合いも学ぶ場所だと思うんだ﹂
習わなかったもので⋮⋮﹂
﹁ええ、そうして頂けると嬉しいです。⋮⋮不覚、です。流石にこればっかりは施設では
224
﹁え
﹂
﹁俺の事さ、一夏って呼んでくれないか 仲の良い友達ってのは大体下の名前で呼ぶ
?
んだ。⋮⋮駄目かな
﹂
んだ。だから、浅草さんにもそう呼んで欲しいな、って。形から入るのも在りだと思う
?
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹂
言う様に。名前を呼ぶ事が後ろめたい、アレ、それってつまり⋮⋮。
うな表情を浮かべていた。まるで、伝えようとしていた事に後ろめたい事があるのだと
自分も染子と呼んで欲しいと言ってくれるのか、と思った途端にとっても申し訳無さそ
行った。ああ、嬉しい。何つーか、言葉に出来ないくらいに嬉しかった。もしかすると
な嬉しさが身体中に浸透して、剣道の大会で優勝した時以上の心地良い感覚が広がって
名前を呼ばれた。たったそれだけなのに、俺の胸の鼓動が喧しく感じた。頭に昇る様
﹁⋮⋮では、い、一夏、くん、と呼ばせて貰いますね。私の事は⋮⋮﹂
しいと思っていたんだ。
浅草さんに吹き込んでいるんだから。けど、俺はどうしても浅草さんに名前を呼んで欲
も付き合いの良さがあればどうにでもなるってのに、友人付き合いすらも少ないらしい
自分で言っていて酷い奴だと思う。友人の呼び方なんて苗字でも名前でもどちらで
?
﹁もしかして、偽名、だったりするのか
16──青春する。
225
?
無言の肯定。ああ、これは何と言うか、ガーン、だな。そうだよなー、義務教育が跋
扈する時代で施設で過ごしてたって言ったらとんでもない何かを抱えてるに決まって
るよなー、そりゃそうだよなー、あー何と言うか物凄く居た堪れないと言うか悲痛に感
じると言うか⋮⋮。けど、同情はしちゃいけないんだろうな。浅草さんが、いや、彼女
が同情してくれって言ってた訳じゃないんだから。俺の偏見を押し付けちゃいけない
んだろう。⋮⋮それは、女友達から言われも無い押し付けを受けた俺だからこそ分かる
・・
事だった。押し付けられるって事は、今のお前は好ましくないって言ってる様なもんだ
もんな。
ね⋮⋮﹂
?
﹂
!
日葵を思い浮かべる様な笑顔を直視してめっちゃくちゃ顔がにやけそうだった。朝の
やばい、ベンチに座ってるから必然的に上目遣い、それも今まで見た事の無い様な向
﹁おう
ね。こうも友人初心者な私ですが、宜しくお願いしますね、一夏くん﹂
﹁⋮⋮⋮⋮それも、そうですね。何と言うか、主導権を取られるのはもどかしく感じます
﹁んー、まぁ良いんじゃね
形から入ろうって話なんだからさ。そうだろ、染子さん﹂
その時は教えられます。ですので、染子と呼ばれても差ほど意味が無いかも知れません
﹁えっと、その、機密に当たるので⋮⋮、おり、⋮⋮い、一夏くんが此方側に来るなら、
226
早朝と言うのもあってこのマラソンコースで走ってる奴は俺たちくらいしか居なかっ
たから、この百万ドルの笑顔に匹敵する浅草さんの、いや、染子さんの表情を俺だけが
独り占めしていたんだ。
相手の事を四六時中思っちまって、相手の一挙一動に目ぇ見張っ
俺は、その笑顔に見惚れてしまっていたんだ。
││知ってるか
﹁⋮⋮あ﹂
﹂
まった奴ってのはな。
れなくなって、近付いただけで視界に入れただけで視線を向けられただけで意識しち
ちまって、相手の新しい一面に出会う度に喜んで、笑い掛けてくれた時の表情を忘れら
?
?
いや、でも、駄目だ。
?
りたいと思った事は、幸せで居て欲しいと思った事は、恋、何だろうか
だ。外出届け、出して見ようかな。久し振りにあの馬鹿たちと馬鹿やるのも悪くない。
んに詰め寄るのは何と言うか、嫌だし、染子さんにも迷惑だろうし、⋮⋮嫌われたら嫌
⋮⋮駄目だ、分からん。雰囲気に流されている可能性もある。俺の思い違いで染子さ
?
分からん。けど、恋、何だろうか。この、押さえられない感情は、染子さんの笑顔を護
弾が言ってた事ってもしかして⋮⋮、こう言う、事なの、か
││そいつに恋しちまってるんだよ。心底惚れちまって如何し様も無い程に、な。
﹁⋮⋮どうしました
16──青春する。
227
その時にそっと聞いてみよう。俺のこの気持ちが恋なのか。それともただの自惚れな
のか。
⋮⋮あ、結局容器渡し忘れた。どうすっかな、これ。
隠しにハードコアトレーニングって⋮⋮、染子さんは不器用可愛いなぁ。
ルームの機材総舐めにして顔の赤らみを誤魔化して四桁を叩き出したのだった。照れ
結局、再び顔を真っ赤にして沈黙してしまった染子さんが吹っ切れて、トレーニング
自分で言っていて思った。臭過ぎるだろその台詞は。
﹁染子さんって笑うと可愛いんだな﹂
228
ンドウィッチと紅茶を嗜んでいるセシリアが見えた。その隣には炒飯に手を付けてい
ている席は、と見渡してみれば目立つ金髪が視界に入った。朝に弱いのかもそもそとサ
⋮⋮まぁ、結局日替わり朝食セットを頼んでしまうのもまた日本人の性か。さて、空い
赴 い て 食 券 を 学 生 証 の カ ー ド で 買 う。う う む、和 の メ ニ ュ ー は 案 外 多 い の で 迷 う な。
校続きの中学で偶に有名人の結婚報道などで色めいた時のそれと似ていた。食堂へと
した会話が成されているが、今日は何と言うか、色めき立っている、と形容すべきか。転
しかし、何やらいつもと比べてざわざわしているな。食堂は朝でも姦しい和気藹々と
様だったからな⋮⋮。
令嬢。色々と細かい事まで手入れをしているに違いないだろうし、化粧にも長けている
ろうか。身支度に時間が掛かるのは女性の嗜みの常と言えるが、彼女はそれに加え貴族
⋮⋮。そう言えば半ば気絶する形で真っ青な顔をしていたセシリアは間に合ったのだ
マ ラ ソ ン が で き な か っ た 挙 句、慌 て て 朝 食 を 取 る 羽 目 に な っ て し ま っ た で は な い か
み込まれると知恵熱で倒れてしまうのはそろそろ何とかせねばなるまい。お陰で朝の
あー⋮⋮、何たる不覚。勉学は不出来であると自覚しているが、ああも難しい事を積
17││開始まる。
17──開始まる。
229
る小柄な少女、凰鈴音、だったか、その少女もまたもそもそと何処か気落ちした様子で
食べているようだった。はて、何故この二人はこんなにも意気消沈としているのだろう
か。和食セットは鮭の切り身とほうれん草のおひたし、豆腐と若布の味噌汁にしらす干
しと言う純和食のメニューだった。お盆に載せた和食セットを持って彼女たちの空い
た場所へと一言伝えてから座る。
﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮わ﹂
﹁む
﹁とんでもない事になりましたわ⋮⋮ッ
﹂
その様子だとまだお知りに無いようなので、⋮⋮こ、此れを﹂
﹁お、おう
!!
?
!
﹁⋮⋮朝の密会か。日本代表候補生にして冷徹の鬼姫とも称される浅草染子と男性唯一
様に口にする。
呆けてしまったが、確りと腰を据えて黙読するだけの気概は無かったので半ば垂れ流す
潔にして読みやすいのが売りではあるが、今回のはとんでもない爆弾記事だった。一瞬
処には新聞部の号外と銘打った一面だけと言う報道にして潔い新聞が手にあった。簡
切羽詰って危機感に震えているセシリアが手渡したそれを受け取って、絶句した。其
﹁箒さん
!?
﹂
﹁⋮⋮おはよう。どうした、何やら気落ちしているようだが⋮⋮﹂
230
の操縦者と名高い織斑一夏との関係は護衛とその護衛対象と言う印象に染まる昨今、普
段笑顔を見せやしない彼女の素顔を新聞部はチェケラした⋮⋮。って、何故其処でネタ
に走るのだ。⋮⋮ええと、今朝六時頃、早朝のランニングトレーニングに勤しんだと思
われる二人はベンチで仲睦まじく会話を交わしている様だった。彼女の察知範囲外、と
思われる箇所で光景のみを激写した写真を添付してある⋮⋮﹂
其処には滅多に見た事も無い満面の笑みを一夏に向けるベンチに座った浅草と、その
笑みを真正面から見たのだろう顔を真っ赤にした可愛い一夏の一シーンが其処にあっ
た。ずきり、と、いや、ざっくりとそれ以上の痛みを胸に刻まれた気がした。幼馴染と
して今まで一夏の事を見てきた。幼い頃からも一夏は女の子にモテた。それは、根が優
しい一夏が人の良い所を見つける天才的な感覚を持っていたのもあり、容易く懐に入っ
て仲良しになれる様な明るい性格を持っていたのが大きい。そして、何よりも一夏は、
誰かを護りたがっていた節があった。そう、それは姉さんの奇行によってとばっちりを
受けていた私を生意気な男の子たちから救い出してくれた。あの日の事を未だに私は
思い出せる。
﹂
?
﹁⋮⋮⋮⋮大丈夫だ﹂
﹁え
﹁⋮⋮そっか、優しいな、一夏は⋮⋮﹂
17──開始まる。
231
﹁大丈夫ってアンタ⋮⋮、辛い、顔してるわよ
﹂
?
る彼女なのだろう。もしかしたら、そう、もしかしたら彼女に尋ねる事ができるならば、
きっと悔しいながら浅草で、私よりも暗がりを歩く彼女であって、⋮⋮大人の一人であ
ど う 足 掻 い て も 無 知 な 私 で は ど う 足 掻 け ば 良 い の か 分 か ら な い。そ れ を 知 る の は
来て、しまうんだ。
も難しくなる時がいつか来る。
一夏と同じ程度の立場的な力しか無い私では一夏を護れないんだ。だから、隣に居るの
だ。それはもう誤魔化す事も出来ない世界的事実であり、姉さんの妹でしかない、そう、
それに、私自身、浅草になら、と思っている節もあった。一夏は、⋮⋮男性IS操縦者
・・
程に暗い一面が垣間見れる浅草だ。それはもう埃を叩く程に出てきているに違いない。
だ。護りたがりの一夏なら容易く彼女の暗がりの一面を見抜いているのだろう。あれ
る事があるのだろう凄く納得している表情を浮かべていた。第一、浅草自身があの有様
私の言葉にセシリアは引っ掛かりが無いのか小首を傾げていたが、凰の方は思い当た
て護る側になりたがっていた。そして、彼女も⋮⋮きっと、そうなんだろう﹂
う。一夏は何時だって千冬さんに護られてきた。だから、困った誰かに手を差し延ばし
一夏に救われた。けれど、あいつにとっては当たり前の一人にしか過ぎなかったんだろ
﹁⋮⋮実際問題な、ほんの少し疑ってるのだ。この思いが本当に恋だったのか、を。私は
232
私は一夏の隣に居られるのだろうか。そう、思いつつもその一歩を踏み出す勇気が今の
・・
私には無かった。後悔する、それなのに、足踏みをしてしまっている。どうも、まいっ
てしまっているらしい。
﹂
﹁それが、どうしたってのよ﹂
﹁⋮⋮む
﹂
!
⋮⋮それが、あたしに
大声を出したからか凰に視線が集まったが、それも最初の一言だけで途中で座り込ん
だから、諦めない。⋮⋮例え、愛人や妾の位置でも、ね﹂
だって。でも、あたしは、誇りを売ってでも得たい人が居る。あたしは幸せになりたい。
のせいで変わっちゃって、⋮⋮正直会いたく無い。売国奴だって分かってる。恥知らず
んて成り行きで手に入れちゃった物だし、然程愛着も無い。ママも、パパも、今の世情
とってはあいつだった、ただそれだけよ。⋮⋮ぶっちゃけ、中国代表候補生の肩書きな
!!
言った。
凰はその背中から明日へと羽ばたく翼を打ったかの様に立ち上がり、声を大にして
する様な奴で、どう足掻いても勝てないってのは分かってる。けど
けどね、⋮⋮諦める気は無いわ。⋮⋮悔しいけど浅草はあたしたちが束になっても瞬殺
﹁あたしだってね、こんな肩書きを持ってるから、色々ともう洗礼を受けてるから分かる
?
﹁絶対に失いたくない物ってのがあるのよ、あたしにはねッ
17──開始まる。
233
だのもあって直ぐに視線は散った。けど、私は、セシリアは、前に進む勇気を踏み出し
た彼女に釘付けだった。負けたくない、そう思ってしまった。
見ようと思う﹂
﹁ちょ、それは卑怯でしょう
﹂
!?
!?
流石に勝ち目がありませんわ
!?
﹂
あたしの馬鹿ぁああ どうしてこううっかりを仕出かすのよ。それ
もかなり危うい時に
!
!?
あ、思いっきり呵呵大笑してしまいたい気分だ。流石にこの場でやるのは心に残る恥に
ふふふ、活力剤を入れられた気分だ。こうも清々しい気分は何時振りだろうか。あ
﹁わたくしも頭を抱えたい気分ですわ⋮⋮。唯でさえ繋がりが薄いのですから⋮⋮﹂
!
﹁あーもうっ
気、しかと便乗させて貰った﹂
﹁ははっ、それはやる気を出させる様な啖呵を切った鈴に言うのだな。一歩踏み込む勇
﹁そ、そうですわよ
﹂
﹁すまんな、私もアイツが欲しいみたいだ。ちょっとIS開発者の妹として売り込んで
﹁⋮⋮え、ま、まさか﹂
﹁そうか、なら鈴。私はな、負けず嫌いだ。そして、意外と熱血屋だぞ﹂
﹁⋮⋮鈴で良いわよ。アンタとは長い付き合いになりそうだしね﹂
りん
﹁⋮⋮なぁ、凰﹂
234
なりそうなので我慢しておくとしよう。今日は良い日になりそうだ。頭抱えている二
人を尻目にしれっと朝食を食べ終えた私はお盆を回収棚へと戻し、一人先に教室へと行
かせて貰う。決して擦れ違った千冬さんの般若気配に気付いて脱出した訳では無いの
だ、南無三。時間も丁度良いし、さっさと教室に向かおうか。
廊下で色めき立っている者たちは皆同じ様にして号外の新聞を手にしていた様だっ
た。そうなれば、渦中の台風の目と言うべき場所、つまりあの二人が既に居るであろう
一組の教室はさぞ阿鼻叫喚としている事だろうと目に浮かぶ様だった。しかし、そんな
私の考えとは裏腹に教室に近付くに連れて静まり返っており、聞こえてくる微かな声に
耳に覚えがあった。その声の場所は窓側の最後尾の浅草の席からだった。
換えの無い男だ
ってドヤ顔で言いやがったんだ
でもって、隣に居た御手洗が
﹁でさ、其処で弾が何て言ったと思う。我が名はクーゲルシュライバー、雑魚とは違い、
!
お買い得パックの奴
﹂
そっと手渡したんだ。なら此れがお似合いだな、ってボールペンの換えの芯が入ってる
!
!
﹂
?
﹁あはははは
そりゃ傑作だ
!
﹂
﹁鉛筆です。芯、換えれませんから﹂
﹁意味は
﹁ふふっ、その弾と言う人は名乗るならブライシュティフとするべきでしたね﹂
17──開始まる。
235
!
﹁いえいえ、ただの戯言ですよ﹂
私は始めて目が点になると言う形容の意味を実感した気分だった。昨日までは事務
的な会話の様なISについての話しかしていなかった二人が、今日日朗らかな笑みを交
えて談笑しているだなんて誰が思うだろうか。それも、浅草の雰囲気が普段簪とじゃれ
合っている時の様な柔らかな様子で、だ。さ、先程の鈴の啖呵が無ければ崩れ落ちてい
そう心に言い
た自信があるぞ私は⋮⋮。青天の霹靂と言うべきか、目の前の現実に打ちのめされた様
にして蹈鞴を踏んだ。しかし、今日の私はいつもとは違うのだ⋮⋮っ
辺りから﹁正気なの篠ノ之さんは⋮⋮っ
﹂と言った風に戦慄する声がちらほら聞こえ
聞かせる様にして二人に近付き、おはようと声を掛ける、それだけなのに酷く緊張した。
!
るのだ⋮⋮っ
・・
﹂
いるとも、明らかに会話の邪魔になるとはな。しかし、やらねばならぬ時が武士にはあ
もののふ
がらも、鈴から貰った、いや、奪ったなけなしの勇み足で頑張っているのだ。分かって
るが、今の私は阿修羅すらも凌駕する存在で⋮⋮ありたいなぁ。若干内心でも躊躇しな
!?
﹁何やら盛り上がっていた様だが何を話していたのだ
﹁おはようございます篠ノ之さん﹂
﹁ん、ああ、おはよう﹂
!
﹁ああ、染子さんが学校の話を聞きたいって言うから中学時代の馬鹿話を話してたんだ﹂
?
236
﹂
・・
﹂
﹁どうしたんだ
﹂﹁どうかしましたか
﹂
?
﹁⋮⋮んん
﹁ええ、一夏くんの周りは大変面白い方々ばかりの様でして、中々興味深いですね﹂
﹁⋮⋮ん
?
﹂
が、警鐘が鳴り響いたとしても聞かねばならぬだろう⋮⋮っ
﹂
お友達だからですが。普通の事では
・・・
﹁⋮⋮何故、名前で呼んでるのだ
﹁え
・・
?
?
!
﹂
いるのだと思い知らされる。かなーり、それも遥かに厄ネタになりそうな予感がする
小首を傾げて尋ねた二人のタイミングはぴったりで、お互いに呼吸のテンポが揃って
?
?
﹁そうじゃなくてだな
私は未だに苗字なんだが
﹂
篠ノ之さんの護衛は管轄外ですので、必要でしたら更識に取次ぎますが⋮⋮﹂
・・・
?
!?
受けているので関わっていますが、友達と思った事は一度足りとてありませんよ
た
﹁貴方は次いでの護衛対象でしかありませんし、相応な付き合いをしろと上からの令を
きょとんと浅草は呆けた後、言葉を選らぶ素振りも無く言い切った。
!
﹁え
﹂
何故か一夏が挙動不審なのが気になるが、突っ込むべきは其処ではない。
﹁あ、ああ、友達なんだから下の名前で呼び合うくらい普通だろ
?
?
?
﹁⋮⋮私は
17──開始まる。
237
?
だのクラスメイトって知り合いの分類では
﹂
だ。そう一夏へと視線を向けると視線を逸らして苦笑していた。
﹂
﹁あー、うん。俺もそうだったしな。箒が崩れ落ちる気分も分かる、まぁ、どんまい
﹁軽過ぎやしないか
﹂
﹂
い た の は 私 だ け だ っ た の だ な ⋮⋮。そ う か ⋮⋮。と、言 う か 一 夏 も 同 じ 様 で あ っ た 筈
職務の内だったとはな⋮⋮。お、思いもしなかったな⋮⋮。そうかぁ、友人だと思って
音だった。そ、そうか。職務に忠実であると安心していたが、まさか私との関係もまた
足元が崩れ落ちる音が聞こえた。いや、違う。私の両膝が落ちて床に叩き付けられた
?
﹁つっても、箒は色々とアレだしなぁ⋮⋮。多分、友人になるまで遠いぞ
﹂
?
!?
でも思われているのだろうか私は。
と言う一方的な諦めの瞳だ。⋮⋮と言うか、アレって何だアレとは。まさかアホの子と
頃の姉さんを思い出す表情だった。駄目な子だなぁでは無く、きっと無理だろうなぁ、
いだろうなぁ、と言う感じだ、この表情は。それは何処か研究に、科学に傾倒していた
なと言う憐憫なニュアンスのそれだった。自分は知っているけれど、私が気付く事は無
視線は哀れみだとか可愛そうなのを見る様子のそれではなく、何処か諦めや無理だろう
浅草に可愛く小首を傾げられたのはどちらの意味だったのだろうか。けれど、一夏の
﹁そ、そうなのか
?
?
238
﹁ん⋮⋮、よく分かりませんが、お二人ともそろそろ席に着いた方が良いと思いますよ
﹂
話そうぜ﹂
﹁げぇ、マジか。うわ、マジだ。千冬姉が来るギリギリじゃねぇか。それじゃ、また後で
?
に難儀したのか千冬姉が強硬手段に出たので粉々に砕け散ったな。放課後になっても
しゅっ せ き ぼ
ぼっちさんの如く絶望した顔で授業を受けていた様だが、流石に立ち直らないで居る箒
南無三、と崩れ落ちた箒へ内心で合掌した。朝からソウルジェムの秘密を知った某
☆
り被った出席簿の影が真上に││。
いに私は精神的にパニックしていた様で、ハッとした時には既に授業の半ば、それも振
新婚夫婦の遣り取りの様だった。自分でもどうやって席に戻ったかは分からないくら
そうそそくさと自分の席に戻って行った一夏と浅草の遣り取りは、まるで玄関先での
﹁はい、お話の続き、お待ちして居りますね﹂
17──開始まる。
239
240
結局立ち上がらなかった箒は、先程染子さんがスタイリッシュに姫抱えされて保健室送
りされた様なので、この時間を利用して先にアリーナへ行って着替える事にしよう。
勉強会の後に知恵熱出して倒れてるので見慣れてるから然程なぁ。流石に怪我して
たら慌てるが、千冬姉なら大丈夫だろ、⋮⋮⋮⋮多分。染子さんがそっと目を伏せてか
ら横へ首へ振っていたのが気になるが⋮⋮、箒なら大丈夫だろ、うん。そんな箒への熱
い風評被害をさらりと流しつつ、アリーナへと続く廊下を歩いて行く。
染子さんが早速手配してくれたらしい新しいISスーツがアリーナの男子更衣室に
あるらしいので楽しみだ。やはり男的にはあのライダースーツめいたデザインは浪漫
があって憧れる。元々染子さんの予備として作成された物を俺用に仕立ててくれたら
しく、灰色の染子さんカラーとは少し濃淡の濃い灰暗色の物を用意してくれたそうだっ
た。⋮⋮しかし、どうやって俺が鍵を持っている筈のロッカーの中へ入れられたのだろ
うか。やはり合鍵を所持しているのだろうか。いや、染子さんの事だからヘアピン一つ
で 解 錠 し 兼 ね な い。多 分 出 来 る だ ろ う け れ ど、普 通 に 考 え て 護 衛 な ん だ し 合 鍵 だ よ
なぁ。多分盗聴機らへんの対策もしてくれてるだろうしな。
男子更衣室はもっぱら俺だけが使用するため、基本貸切状態であるため人は居ない。
だが、女子更衣室と同じ作りのため入口に鍵が付いていない。と、言うよりも本来この
IS学園は女子高と同じであったので、両方女子更衣室なのに入口に鍵はいらんだろう
と言う事から掛かっていない。けれど、流石に開けて直ぐにいやーんな光景はアウト
だったのか一枚の支柱を兼ねた壁があり、中を見通せない作りになっている。だからだ
ろう、俺は悪気は無かったのだ。そう、自己弁護しながら、ISスーツに着替えていた
のか小さな胸を曝け出した状態で肩紐に手を掛けた状態の鈴と鉢合わせてしまったの
だった。
﹁﹁⋮⋮あ﹂﹂
口を揃えてぽかんとした俺らだったが、先に正気に戻った鈴の頬が染まって行き、胸
元を押さえてぺたんとその場に崩れ落ちた。そのしおらしい様子に俺の中の萌えが歓
喜の声を上げて息子がエレクトし掛けたが、強靭なるズボンに阻まれて叩き落とされた
様に戻っていった。涙混じりの上目遣いで俺を責める様に睨む鈴を見て、ラッキースケ
ベはリアルでやったら通報物だと冷や汗が流れる程に己の状況のやばさを思い知った。
即座に後ろを向くものの、頭の中では先程のツンと立ち上がる桜色の先端、なだらかな
ではあったが確かに成長していたらしい双丘、そして触ればひゃんと可愛らしい声を上
げるであろう美しい脇のラインの光景が離れない。⋮⋮さながら美しき万里の長城の
﹂
曲線美、か。いやはや、あんなに美しい脇を見たのは中学の体育振りだったから不覚を
何で此処に居るのよ⋮⋮
?
取ったぜ⋮⋮。
﹁い、一夏
?
17──開始まる。
241
﹁え、ええとだな。此処は男子更衣室として俺専用に割り振られてる場所なんだ。⋮⋮
﹂
﹂
転入してきたばかりで知らなかった、んだよな ああいや、でもじっくり見入ったの
?
此処浅草に薦められた場所なんだけどッ
は俺が悪い。だから、すまなかった
﹁え、そうなの
﹁⋮⋮え゛﹂
!?
!
ああ、確かに此処俺が使わない時は一人だから着替え易いしな﹂
?
﹁⋮⋮ばーか﹂
だった。
かコンプレックスを感じているらしく、このネタだけは激怒した般若と化すので大変
から殺気を感じた。いかんいかん、鈴は貧乳ネタは厳禁だったな。散々貶められたから
で孤立しかけてた頃の鈴の胸はこんな感じだったなぁと感慨深く見詰めていたら、後ろ
らじろじろ見るのもアレなので、このまま壁を見続けるしか出来なかった。⋮⋮クラス
終えたのだろう。けれど、ISスーツもまた思春期の少年視線だとエロいデザインだか
ながら肌がゴムに打たれる音が聞こえたのでスク水めいたデザインのISスーツを着
気がする。と言うか、貶められた様な気もする。解せぬ。一つ溜息を吐いた後、小さい
後ろを向いているため顔が分からないが、何となくだが呆れている顔をしている様な
﹁お詫び
﹁⋮⋮⋮⋮あ、もしかして浅草が言ってた失神の件のお詫びって⋮⋮﹂
!?
242
﹁り、鈴
﹂
?
﹂
?
く、寂しかった﹂
﹁女子別れて三日なれば刮目して相待すべし、よ。⋮⋮当ててんのよ、ばか。⋮⋮すご
﹁えと、その、当たってるんだが﹂
メロメロで話し掛け辛かった
﹁⋮⋮久し振りに会ったってのに、ツレないじゃない。ふふん、それともあたしの魅力に
山靠覚えてくる様な奴だぞこいつは。
え、てか、鈴ってこんなにボディタッチ激しかったっけ いや、ツッコミのために鉄
からさと鈴から香る良い匂いががががが、俺の思春期理性を削られて行くのが分かる。
記憶すべく俺の触感が有頂天に達した。いや、ネタを嘯いてる場合じゃない。確かな柔
た声と共に抱き付いて来た。ふにゅんと柔らかな何かが背中に潰れたのを感じ、即座に
何時まで壁を見つめてるかなぁと思っていたら、突然鈴が背中に小悪魔っぽい上擦っ
?
身長低いからお腹に密着するだろうから確実にバレてたぞ。俺の謝罪の返答が返って
に下半身が元気なのが察せられて事案案件間違い無しだった⋮⋮ッ。位置的にも鈴の
し、普段の小悪魔さが拍車を掛けて色気付いててヤバい。真正面から来られてたら絶対
やばい、マジで誰だこれ。こんなにしおらしくて健気で可愛い鈴なんて見た事無い
﹁⋮⋮すまん﹂
17──開始まる。
243
こない。しかし、腹側に回された腕の圧迫が強くなり、背中に密着していた胸が更に潰
れ、とんっと硬い何か、いや、きっとおでこ、か。次に感じたのは離れた位置に感じた
冷 た い 何 か。そ れ が 何 な の か を 俺 は 直 ぐ に 察 す る 事 が で き た の と 同 時 に 懐 か し い と
思った。
鈴は中国から日本に移り住み近くの俺の居た小学校に転入して来た。中国語訛り気
味のたどたどしい日本語のせいで虐められ掛けていた所を俺が庇い、それをきっかけと
して友人関係を相成ったんだっけ。虐めようとしていた奴らに恋しさと切なさを思い
出させる様なアッパーをお見舞いしてやり、背中にやった鈴は今の様に抱き付いて﹁あ
りがと﹂と泣いたんだったな。それから俺の家で日本語の勉強をし始めたんだ。でもっ
て、確か、こう言ったんだ。
﹁ん
﹂
⋮⋮ほんと、アンタは⋮⋮、⋮⋮⋮⋮一夏﹂
なんだ
?
!
﹂
?
そういう手筈なの。⋮⋮それに、中国代表候補生じゃあんたの近くに居れないもの﹂
﹁正直、浅草に勝てる気がしないもの。だから、先に全面降伏して命だけは助けて貰う、
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮へ
﹁あたしね、浅草に頼んで日本に亡命するからクラス代表取り替えて貰うの止めたの﹂
?
﹁⋮⋮っ
﹁⋮⋮泣くなよ、これからは俺が護ってやるからさ﹂
244
﹁り、ん
そ、それって⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮⋮あ、訓練時間、か﹂
例の件、承知したわ
﹂
!
﹂
﹁それじゃ、一夏、また後でね
!
笑ってない笑みを浮かべる染子さんと対面していた。
空 間 が 霧 散 し て い て、俺 に と っ て は 幸 か 不 幸 か と 言 わ れ れ ば 恐 ら く 不 幸 な の だ ろ う、
そそくさと出て行った。間の抜けた雰囲気になってしまったが、先程までの桃色めいた
が、こそこそと戻って来てベンチの上に置いていた制服などを回収してから、もう一度
鈴は染子さんへ意味深な何かの遣り取りをしてからそそくさと出て行ってしまった。
!?
﹂
良いでしょう。貴方の行く末、しかと見届けましょう﹂
﹁了解しました。⋮⋮と、言っても私は上司に当たる訳では無いのですがね⋮⋮。まぁ、
・・
・・
そちらを二人して見やれば、呆れた顔をした染子さんが其処に仁王立ちしていた。
その沈黙が仇になったのか、硬い壁をノックする様な音が真横から聞こえた。⋮⋮真横
五月蝿くなり始めた。鈴の口から続く言葉を待っていたのは数秒の事だった。しかし、
ぎゅっと抱き締める力が強まったが、そんな事なんて些細な事だと俺の鼓動がやけに
﹁えっとね、あたし、その⋮⋮﹂
?
﹁くっ、時間オーバーって事ね。浅草
!
?
﹁って、おい鈴
17──開始まる。
245
﹁⋮⋮さて、お詫びも消化しましたし、訓練に行きましょうか。人を一刻も待たせておい
﹂
﹂
た駄目な教え子には特別な訓練を施してあげます。なぁに、上級訓練コースを一分切り
三本で許してあげます。ね、簡単でしょう
﹁⋮⋮じょ、上級編はゴールする事すら困難なんですが
?
言うのです、間違い無いですよ﹂
?
﹂
?
確実にお前を地獄に叩き落してやる、這い上がってももう一度と言わず
!?
に三桁は蹴落としてやるって顔してるんだけど と言うか良い笑顔してるなぁ。や
う、嘘だ
苛々してたりだなんて⋮⋮、思ってないですよ
﹁いえいえ、篠ノ之さんを送って遅れてしまったと思い、急いだら誰も居なかったので
﹁そ、染子さん怒ってらっしゃる⋮⋮
﹂
﹁大丈夫大丈夫、人間死ぬ間際まで研ぎ澄まされれば何事だってできるものです。私が
!?
246
ても良いですよ、と言うかむしろ朝から着ててください。ほら、私も着てますし。学園
﹁はい、それで宜しいですよ。⋮⋮ああ、それと一夏くん。ISスーツは別に朝から着て
﹁⋮⋮すみませんでした。早速着替えて行きます﹂
更に状況が悪化すると知っているので早々に俺は抵抗を諦める。
までは引き上げられるから凄く分かり易い。そして、こうなった染子さんに逆らうのは
はり染め子さんはSの人種か。この手の事やってると普段薄い表情が濃淡の淡くらい
!?
てっきりこれ体操着の類の扱いかと⋮⋮﹂
の生徒の八割は着っ放しですよ﹂
﹁え、そうなのか
アレ、そしたらもしかして俺鈴に狙われてた、のか いや、けど、流石にそんな⋮⋮。
﹁あ、はい﹂
い一夏くんでは時間を稼げるかどうかも怪しいですので﹂
ある事を念頭に置いてください。こう言った場所は格好の獲物、自衛術を学び終えてな
﹁⋮⋮体操着と言う物が何かは字面でしか分かりませんが、貴方は狙われている立場で
?
・・
可愛くてしおらしい健気な乙女めいた鈴なんて初めてだったから比較しようが⋮⋮。
カン、だよな。でも、あの感じって確実に美人局って言うか何と言うか⋮⋮。あんなに
う、あ。アレ、いや、嘘だろ。で、でも鈴はあの牽制の時には学園に居ないし、ノー
れたら流石に私もフォローができませんから。
関係を持とうとする輩は気を付けて下さいね。篭絡されて言いなりモルモットになら
││私が傍に居ない間に露骨に近付いてきた人物は必ず疑ってください。特に、肉体
?
﹁へ
﹂
ちに此方側になりますから﹂
・・
これからは仲良くして頂いて結構です。彼女は見所がありましたので、そう遠くないう
﹁ああ、それと、鈴音さんですが、彼女は暫定的に信用してても大丈夫ですよ。むしろ、
17──開始まる。
247
?
﹁一夏くん、貴方顔に出過ぎですよ。ポーカーフェイスや腹の読み合いも学ばないと駄
目ですね。⋮⋮まぁ、追々詰めて行きましょう﹂
染子さんに、いや、彼女に追い付きたいと、傲慢ながら追い抜いてやりたいと思うん
・・
俺はその一言で頑張れるんだ。
なら、きっと出来る事でしょう。頑張ってくださいね﹂
時間は1分以内、それを三回クリアすれば合格とします。マニュアル機動をこなす貴方
﹁さぁ、訓練のお時間です。本日の内容はタイムアタック式上級コースのクリア。制限
えられて行く気がした。
来る様になった。今までの、俺とは違う。そう感じられる程に俺は染子さんによって変
ペースなのだろう。最近染子さんに薦められた本を読み始めてからかそんな思考も出
込まれ無くてはならない。暴風の眼の中こそが彼女のテリトリーにしてパーソナルス
心に仁王立ちするのが彼女の有り方。近付こうとするならばその手を取って引きずり
んな気がする程に、染子さんは苛烈にして鮮烈にして熾烈。言うなれば、暴風の眼と中
だ奴の末路は知らないが、きっと、想像以上のナニカによって否定されるのだろう。そ
染子さんは知り合い以上、友人として見る相手にしかその名前を許さない。勝手に呼ん
そっか、鈴は大丈夫、か。良かった。と言うか今染子さん鈴音って言ってたもんな。
﹁⋮⋮はい、頑張ります﹂
248
だ。彼女の去った後、俺は新しい一張羅となる灰暗色のISスーツに着替え、手首に収
ハ
イ
まる︽白式︾の感触を確かめ、勇み足で歩いて行く。新しいISスーツが踏み込む床の
感覚が違って思える。
彼女曰く、俺はISに愛された男。
彼女曰く、俺は無限の可能性。
彼女曰く、俺は戦争の発端。
彼女曰く、俺は日本の鬼札。
・・・・・
彼女曰く、俺は、護られる側の人。
こ
多分、すげぇ良い顔してると思う。だって、こんなにも最高の気分なんだから。
は手首の締め付けを調整しながらアリーナへと歩いて行った。
ならない。このISスーツは心機一転には丁度良い締め付けと力強さがある。そう、俺
なるのなら。俺は躊躇う事は愚か、一歩足を止める事すらしたくない。俺は、学ばねば
締めた。俺は戦う意思を持った。それが、誰かのためになるのなら。それが、護る力に
までも、そう、何処までも翔ける翼は右手にある。握り締めた右手はきつく戦意を握り
こ
胸奥から燻っていた種火が燃える。熱く、魂を焦がす様に燃え盛る気分に陥る。何処
﹁ああ、すげぇしっくり来る。何て言うか、無敵って感じだ。最高に有頂天って気分だ﹂
17──開始まる。
249
びゃくしき
18││口滑る。
目の前で翔ける白き機 体は一陣の風と化した。有り得ない、と思いつつも、嗚呼矢張
・・
り、と言う納得も感じていた。彼は、一夏くんは、ISに好かれ過ぎている。その好感
度は振り切っていると言って過言では無い程に。普通の人間にこの上級コースは、教官
の作ったランコースは、登竜門としての確かな難易度がある。そう、代表候補生となる
べく人間にとって、此れを越えねばその土を踏めない、そんな一線。それをたった一ヶ
はね
月程乗っただけの少年が越える、それがどんな事を意味しているのか、分からない私で
はない。
く。それが、無意識的に、私を蝕んで行くなら良かった。けれど、これは、痛烈な感情
良く分かる物的な証。人でありたいと願う心と裏腹に、私の身体は段々と人を離れて行
リーナの鋼鉄の壁にクレーターを作った。私の身体が既に六割持ってかれている事が
握り締めた右拳を近くの壁に八つ当たりに叩き付ければ、硬く握った拳が容易くア
う感情でしょうか。教官が居ればどう言うんでしょうね⋮⋮﹂
かった。それなのに、貴方にはそれがあった。⋮⋮遣る瀬無くなる。これが、嫉妬と言
﹁⋮⋮ 憎 た ら し い 程 に 素 晴 ら し い、か。笑 え な い 冗 談 だ。私 に は 飛 ぶ 翼 も 剥 く 牙 も 無
250
と 痛 み に よ っ て 齎 さ れ る。段 々 と、失 っ て 行 く 感 覚。も う、悲 し む と 言 う 感 覚 は も う
失ったと思っていた。先日の件で微かに残っていた感情の発露には驚いたが、今はもう
忘れていた。段々と忘れて行く感覚は、段々と湧き上がる殺意の衝動によって上書きさ
れて行く。頭から水を掛けられるかの様に全身へと染み込んで行く殺意に呑まれて行
く。││が、その高揚感はジェットコースターの落下地点の如く転落する。
死にたい。そう首元を掻き毟る様にして命の源泉たる頚動脈を引っ掻き続ける。け
れど、頑強なISスーツはそれを許さない。なら、この首を圧し折ってしまえば良い
じゃないか。脊髄を勢い良く潰せばきっと容易く死ねる筈だ。顎に手を掛けようとし
て冷や汗で手元が滑った。
﹂
瞬間、冷静さが取り戻される。
!
たからだろう。近くには誰も居ない。彼女たちは一夏くんのランコースを翔ける雄姿
が効いてか左手から力が抜ける。その場で倒れなかったのは背中を壁に寄り添ってい
能としていたのだろう。欝状態にも似たような気分がアンプル剤の清涼感めいた抑制
する程に力が込められていた。たった一瞬でありながら、私の無意識の殺意はそれを可
顎を滑った筈の左手は無意識に私の首に手を掛けており、そのまま圧し折らんと鬱血
咄嗟に普段の時間よりも速いタイミングでアンプル剤を打つ。
﹁││ッ
18──口滑る。
251
を見るために釘付けで表情の見やすい反対側に居る。彼女らから見れば私が壁に寄り
掛かった程度にしか見えなかっただろう。手に隠したアンプル剤をポケットに忍び込
﹂
ませ、ISスーツに染み込んだ汗の不快さを表情の裏に隠しながら、笑顔で戻ってくる
俺、やっと一分切ったんだ
一夏くんを迎える。
﹁見てたか
!
﹂
!?
めに、私たちはこれからも手を汚し続ける。それが、人の道理に反しているとしても、
これまでずっと、これからもずっと。穢れるのは私たちの様な奴らだけで良い。そのた
逸らしてしまった。羨ましくないと言えば嘘になる。きっと、彼の掌は綺麗なままだ。
れば、正反対の位置に立っている彼は太陽を背にしている様なものだ。だから、視線を
い笑みを浮かべられる人が今の時代、いったい何人居る事だろう。穢れ切った私からす
嬉しそうな顔で求める表情を浮かべた一夏くんが眩しかった。こんなにも穢れの無
﹁そ、それじゃあ﹂
十分でしょう。一夏くん、模擬戦を解禁します﹂
﹁ええ、三回は発破として言っただけですからね。⋮⋮このランコースを越えた。⋮⋮
﹁本当か
⋮⋮良いでしょう、三回のノルマは免除します﹂
﹁⋮⋮ええ、見ていましたよ、頑張りましたね。見違えるとは、この事を言うのでしょう。
!?
252
だ。
死
に
た
い
││殺したいだなんて、彼の前で呟いたらどうなるんだろう。
そんな、くだらない事を考えてしまう辺り、色々と私は参ってしまっているのだろう。
ISと言う家族の仇と言って過言では無い代物に愛された少年の存在は、怪物であれと
どうしたんだ
﹂
いや、あの日に差し伸ばされた手は兄さ
望まれている私を救おうとした。それが、何処かあの日の白い掌と被った。あの、心配
する様にして私へと差し出された手⋮⋮と
おい
!?
?
んだけの筈だ。なら、そのデジャヴは││。
染子さん
!
││﹁ ﹂
﹁⋮⋮
?
くそっ、箒
セシリア
!
﹂
!
い。そして、段々と今の状況を理解し始めるだけの余裕が戻り始めたのは数分程は経っ
識を縫い止め、明滅する視界のままではあるが辺りを見回して情報を得るがまだ足りな
きっと腹部に埋め込まれたコレの所為だ。そう奥歯を噛み締める様にしてぐらつく意
が明滅する。それでも、一本のコードが辛うじて繋がってるかの様に意識があるのは、
らも意識から引き摺り出されて、立ってるのか座ってるのかすらも分からない程に意識
頭の中が攪拌される様にしてぐちゃぐちゃに掻き混ぜられて、上下左右の平衡感覚す
!
﹁⋮⋮何で、⋮⋮私、⋮⋮そんな記憶なんて、覚えて⋮⋮﹂
?
﹁染子さん
18──口滑る。
253
た頃だった。
⋮⋮何故、私は一夏くんに横抱きにされているのだろうか。見る限りかなり切羽詰っ
大丈夫か
﹂
た表情で何処かへ向かっている様だった。︽玉鋼︾の位置情報を得れば、保健室へとまっ
しぐらのコース。
意識戻ったんだな
?
﹂
染子さん
﹂
!
﹁⋮⋮あ、れ
﹁││ッ
﹁⋮⋮意識、失って⋮⋮
!?
一応保健室に向かってるけど⋮⋮﹂
?
した様で⋮⋮﹂
?
状態の︽玉鋼︾くらいしか動きやしない。そう、本当に不甲斐無いながらもこうしてた
護衛であるので大失態である。不甲斐無い、と思いつつも悔しい事に左義腕であり待機
後は流石に私でも知覚できやしないので、仕方が無い、と言いたいが、今の立場は彼の
その言い分を鵜呑みにするならば私は意識を失っていたらしい。意識の途切れる前
﹁そうですね、その方が精神衛生上宜しいかと⋮⋮﹂
﹁ふ、フラッシュバック
それって、⋮⋮あー、何でも無い。詮索は止めとく﹂
﹁何とか、と言った所でしょうか⋮⋮。すみません、少しばかり記憶がフラッシュバック
具合は如何なんだ
﹁割とガチで失神してたんだぜ。会話の途中でいきなり倒れたから本気で焦ったんだ。
?
!?
?
254
18──口滑る。
255
だの女の子の様に運ばれて行く事を見届ける事しかできやしなかった。左手でつい頬
が熱くなっているであろう顔を覆い隠し、割と本気で溜息を長く吐いた。
あの日、私は誰かに手を差し伸ばされたのを思い出した。その姿は色褪せた写真の様
に不鮮明であり、背後の色すらも思い出せやしないが、その掌が白く細かったのだけは
思い出せた。何故、忘れていたのかは分からない。けれど、何となくであるが施設に居
た 頃 の 精 神 状 態 が 原 因 で あ る 気 が す る。あ の 頃 は 今 の 様 に 精 神 安 定 剤 を 用 い て い な
かった。殺傷症候群は傷付けたいと言う無意識な衝動に駆られる。そのため、それが他
者 で あ ろ う が 自 身 で あ ろ う が 見 境 無 し に 衝 動 は 起 こ る。幾 度 無 く 教 官 へ と 殺 し に 掛
かって返り討ちに合って冷静さを取り戻して訓練させられたり、何時の間にか取り押さ
えられて血肉の詰まった指を見て己の首を掻き毟った事を理解していたりする。その
衝動は殺したがる躁状態、死にたがる欝状態の二分化されているらしい。度が過ぎてい
るために躁鬱病と診断される事は無かったが、教官は意思の無い凶獣の様だと称した程
だ、余程に酷かったに違いなかった。けれど、年齢が経つに連れて精神安定剤でどちら
かに片寄らない程度の正気を保てる様になった。精神安定剤の入ったアンプル剤を受
け取る際に逐一報告書は送っているので、改良はされている様だがそろそろ駄目らし
い。他の代表候補生との交流会を行なった半年前を目安に調整されて来たが、既に一年
も薬漬けとなっているのだ。そろそろ中毒性が出る、との事だったが、正直その中毒性
よりも先に衝動を押し留める効力が落ちて来た方が問題である。衝動を押し留めるた
押し留めているから
めだけに打っているので中毒性は然程感じられない。早急な改良を求めたい。
⋮⋮いや、むしろ一度衝動をブチマケタ方が良いのだろうか
案外そのせいで最近衝動が速まっているのかもしれない。
られなかった。生爪を剥いで、一本見せしめにして、さぁこれからと言う時にだ。⋮⋮
しかしていないし、途中でIS学園側からストップが掛かってしまったために手を掛け
件が無いのも問題である。中国のあのスパイ少女は精々指を捻り千切った程度の尋問
だったら其方の方が被害は少ないに決まっている。しかし、最近は鬱憤を晴らす様な案
言う弾丸を叩き込んだ時の結果よりも、バルブが緩んで中身が抜けかけたプロパンと
こそ、パンパンに詰まったプロパンの様な状態になっているとも言える。其処へ衝動と
?
これからのスケジュールを浮かべつつ、そろそろクラス代表戦、正直言ってマニュア
ている篠ノ之さんとオルコットさん。⋮⋮はぁ、くだらない光景に溜息が出た。
の感触を思い出してか顔を赤らめてわたわたしていた。そして、それを見てぐぬぬとし
に私が意識を取り戻して安堵したからか、私の身体を結構しっかりと抱きこんでいた時
そう、保健室に着いてベッドへと移された私はこっそりと独り言ちる。どうやら今更
さそうな手合いであれば尚更にグッド、なんですがね⋮⋮﹂
﹁⋮⋮はぁ、誰か攻め込んで来ないだろうか。できれば、真正面から叩き潰しても問題無
256
ル操作に慣れている一夏くんにはイージーなイベントがあるなと思い出す。それに、鈴
音さんの件も進めなくてはならない。やる事は沢山ある。ある、のだけれど⋮⋮、遣る
瀬無い気分で溜息をもう一度吐いた。さっさとIS学園から離れたい。あの施設に戻
りたい。そして、安定剤なんて捨てて衝動任せに何もかも壊してしまいたい。
││復讐なんてもんはな、疲れるだけだ。けど、遣り遂げた時にはスカッとする。だ
が、それだけだ。お前が復讐者になるのは良い。両手を打って応援してやる。けどな、
もしその復讐って熱が冷えちまった時が問題なんだ。何せ、ふと冷静になった時に振り
リンゴでも剥こうか
﹂
﹂
﹂
返ると、今までの事が児戯の様な、子供の癇癪の様に思えちまう。そいつだけは駄目だ。
﹂
やる気が萎える。そんな時はだな、
な、何だ
﹁一夏くん、少し良いですか
﹁お、おう
!?
﹁いえ、少し飲みたい物がありまして此れを使って買って来て貰えますか
?
?
?
?
!?
何が飲みたいんだ
!
一周回ってやる気ってもんは出るんだ。なぁに、経験談だ。
謂不貞寝って奴だ。そういう感情ってのは一時的なもんだから、一晩くらい置けばもう
││酒でも呑んで寝ろ。いや、お前の場合なら好きな物飲んで食ってから寝とけ。所
私は昔教官に言われた通り、普段飲んでいるどろり濃厚コーンスープを頼んだ。
﹁ああ
18──口滑る。
257
﹂
﹂と意気揚々とパシリに行ってくれた。その数分後に戻って来た、肩を怒ら
一夏くんは少々ぽかんとしていたが、私から受け取ったカードを一瞥してから﹁分
かったぜ
﹁ええ、かなり﹂
﹁お、おお。それ、好きなのか
﹁ありがとうございます﹂
☆
せた簪を連れて。
!
れても意味は無いでしょう。まったく⋮⋮、手の掛かる娘ですね簪は⋮⋮﹂
こ
﹁ほら、簪もそろそろ唸るのを止めなさい。そんな構って欲しいと言う顔をしながらさ
染子お姉ちゃんの右手が乗った。
む様にして唸るぐらいしかできなかった。がるるると唸っているとぽんと苦笑気味に
斑とは逆の位置の椅子に座り、染子お姉ちゃんのお腹に頭を乗せさせて貰い、織斑を睨
そんな朗らかな会話をしながらはにかむ二人を見ながらわたしは嫉妬していた。織
﹁おすすめですよ、この喉に残るぐらいに濃厚な感じが何とも⋮⋮﹂
﹁そっか⋮⋮、今度飲んでみようかな﹂
?
258
﹁うぅ⋮⋮﹂
良い子良い子と撫でてくれる手は優しい手付きだった。いつもお風呂上りに髪を梳
かしてくれる柔らかな掌にわたしの中の嫉妬心は一瞬でステイした犬の如く伏してし
まった。むぅ、この手には逆らえない⋮⋮。と、心地良さに微睡みを覚えているとぴた
りとその動きが止まり、まだかなーと思っていたら寝息が聞こえた。目を開けてみれ
﹂
ば、聖女の如き寝顔を晒した染子お姉ちゃんの姿があった。
﹁⋮⋮あれ、染子お姉ちゃん寝てる
狙ってるの
ああ、何か疲れたから少しだけ寝るんだとさ。まぁ、いきなり倒れたし、寝て起
きたら元気な姿で居てくれれば良いさ﹂
﹂
!
潰すよ
そう言うつもりは無いから ただ、染子さんが俺の代わりに死ぬよ
?
﹁ん
?
﹁ふーん⋮⋮、と言うか、何で貴方そんなに染子お姉ちゃんに近いの
﹁い、いやいや
?
?
男の面目潰れっ放しだしな﹂
うな場面にならねぇ様に鍛えて貰ってるだけさ。⋮⋮何時までも護られてるだけじゃ
!
?
﹁⋮⋮そういや、俺、染子さんのISについてあんま知らないんだが、第二世代ってのは
︽玉鋼︾もあるし﹂
﹁へ ぇ、そ う 言 う 事 だ っ た ん だ。⋮⋮ ま、染 子 お 姉 ち ゃ ん が 死 ぬ 事 な ん て 早 々 無 い よ。
18──口滑る。
259
本当なのか
てあげた。
﹂
ちらりと愚姉の如く豊かな胸を持つ二人を見てから、わたしは言葉を選ぶ様にして教え
リアル工房と言う表向きに実在しない企業が開発したISの情報は雀の涙程に少ない。
鋼︾は︽打鉄︾の発展系、ではなくその前のプロトタイプを元に設計されている。アン
子お姉ちゃんの許可が下りていると言う事なのだろう。確かに、染子お姉ちゃんの︽玉
そう織斑はしれっと言った。その情報を知っていると言う事はある程度までなら染
?
﹂
!?
﹁コンセプトは日本防衛。一分以内に端から端まで辿り着く程の速度を求めた、らしい。
﹁マッハ4
修技術によって更に速度は上がり、マッハ4に達したとか﹂
も弾く程の強度。各部位に内蔵されたブラスターは戦闘機のバーナーを流用しIS改
いて作られた外骨格装甲の厚さは88mm、その硬度は対物ライフルや戦車の砲弾すら
本当の︽玉鋼︾のモジュールは全く違う。破棄当然の扱いをされた戦車などの装甲を用
Sバトル用デチューンパッケージを装備してるからあんなヘンテコなデザインだけど、
じた自衛隊の戦車、戦艦、戦闘機を用いて設計された軍用機。今は、
︽影打︾って言うI
鉄︾のプロトタイプから派生改修したIS。コンセプトと当時の日本の軍縮によって生
﹁そう。︽玉鋼︾は日本防衛を目的としたテーマで開発された機体。そして、実際は︽打
260
武器兵装は言うまでも無く、戦車砲や戦艦砲、ヘリのガトリングや戦闘機のミサイルな
ども搭載してもはや火気庫めいてる。そして、染子お姉ちゃんはそれらを全て軽々と扱
い切る実力があるわ。正直、そこらの国家代表よりも強いしね。うちの血だけの繋がり
ああ、そう言えば生徒会長も更識だったよな。もしかして﹂
の姉なんかあっさりと散ったぐらいだし﹂
﹁姉
﹁お、おお⋮⋮。なんかかなりの訳有りなのな⋮⋮﹂
凡じゃないみたいだしね。
感じだってのは見え見えだし、この様子からして仲違いはしてなさそう。⋮⋮まぁ、非
つの姉はあの織斑千冬だった筈。仲はクラス担任になってる辺りで過保護極まり無い
マジトーンで吐き捨てる様に呟くと織斑は何とも言えない顔で苦笑した。確か、こい
よ。ほんと、死ねば良いのに⋮⋮﹂
﹁ええ、そうよ。大変残念な事に染子お姉ちゃんじゃなくてアレが血の繋がった姉なの
?
姉ちゃんを奪うかもしれない貴方は、敵
てあげる﹂
﹂
﹁でしょうね。けどまぁ、染子お姉ちゃんの心を掴むだなんて無理でしょうし、大目に見
?
?
﹁ま、マジか⋮⋮。つっても、んな事知っても俺にはどうもできんぞ
﹂
﹁そう、第一わたしには染子お姉ちゃんだけ居れば良いのよ。だから、わたしから染子お
18──口滑る。
261
﹁ははぁ、有り難き幸せ、ってか
﹂
?
﹁おおぅ 結構殺伐なセメント具合だなぁ。でもまぁ、染子さんの手に頬擦りしなが
﹁ま、正直貴方程度なら何時だって潰せるし﹂
262
女性の容姿のハードルが上がってるっぽい
リティカルさせているのは間違い無い。そもそも、下の名前で呼んでいる時点で知り合
最近、と言うか今朝の様子から考えるに染子お姉ちゃんにこいつが何らかの台詞をク
んだけど。
まぁ、だからと言って幸福で完璧な染子お姉ちゃんを選ぼうとするのは止めて欲しい
?
いで揉みくちゃにされ続けた弊害か。⋮⋮と言うか、姉があの織斑千冬だからある程度
なのだろう。外見はどちらかと言えば遊んでいそうな雰囲気であるが、それは容姿のせ
目の前の群がる馬鹿共ではなく、堅実でありながら中身などに重きを置いて選ぶタイプ
爺臭い、と言うのだろうか。織斑に女ッ気のある話を聞かないのは案外理性は冷静で、
その織斑の表情は何処か長閑な笑みで、何処か田舎暮らしのおじさんを彷彿させる。
﹁あはは⋮⋮、仲、良いんだな﹂
てる﹂
﹁当たり前でしょ。貴方と話してるよか染子お姉ちゃんの温もりの方が有意義に決まっ
らじゃ、説得力ねぇんだが﹂
?!
いから友人の間に居る事は確かだ。⋮⋮恋愛感情を抱いているとすれば染子お姉ちゃ
んよりも目の前の織斑の方が高い。染子お姉ちゃんはそもそも恋愛に疎いどころか施
設暮らしでコミュニケーションすら危うかったぐらいだし、自分の心内環境の安定化に
てか、え
染子さんに惚れてるって、⋮⋮何で
﹂
なら、腹切りさせないと危
何で俺睨まれてんだ それも、貴様は豚の餌だ、みたいな類の冷た
切羽詰ってる最中だって言うのに余計な事をされたら困るんだけど⋮⋮。処す
﹂
!?
だって、貴方染子お姉ちゃんに惚れてるんでしょ
い視線で
﹁って、うぉい
﹁え
ないし⋮⋮﹂
?
?
!?
?
?
!?
﹁それ危ないの俺じゃね
!?
?
﹁⋮⋮は だって、貴方染子お姉ちゃんを見る目他の奴らと違う。他の奴らを見る時
18──口滑る。
263
﹂
?
る獅子を起こしたとまでは言わないが、確実に拙い方向へと促してしまったと理解でき
じい勢いで顔を青褪めさせたと思う。何せ、冷や汗で背筋が震えてしまった程だ。眠れ
で見た事の無いくらいに顔を真っ赤にして固まっていた。やらかした、とわたしは凄ま
わたしが墓穴を掘ってやってしまった事に気付いた時には遅かった。織斑はこれま
まさか自覚、無かったり
前のめり。染子お姉ちゃんの反応に一喜一憂してるの確定的に明らか⋮⋮。⋮⋮あれ、
は一歩後ろに引いてるけど、染子お姉ちゃんの時だけは懐に入り込もうとするぐらいに
?
てしまった。それが、染子お姉ちゃんのためになるかと言えば、素直にイエスとは言え
ない。と、そんな事を思っていたら凄まじい怒気を視線に込められて叩き付けられる。
其 方 を 見 や れ ば 織 斑 の 後 ろ か ら あ の 二 人 が 凄 ま じ い 形 相 で 此 方 を 睨 ん で い た。あ ー、
やっぱりあの二人は織斑に惚の字なのね。うーん、でもまぁ、二人の政治的価値を考え
ても吊り合わないだろうから無駄だと思うんだけどね。
あそこの二人の顔が怖いから仕方が無い。ぶっちゃけわたしもお家柄あんまり同世代
何でわたしがフォローしなきゃならないんだ⋮⋮。いやまぁ、発端はわたしだけども、
味だって言うの分かってるから、年頃の男性である織斑と話すだけで疲れる。と言うか
腹部分の掛け布団に顔を突っ伏す様にして倒れ込む。正直言ってわたしもコミュ障気
フォロー入れて正解だったみたいだ。⋮⋮はぁ、染子お姉ちゃんの温もりが優しい。お
ろ の 修 羅 ッ パ イ ズ も 矛 先 を 下 ろ し た 様 子。後 ろ か ら 刺 さ れ る 趣 味 は し て い な い か ら
やら初恋も知らぬ青春時代を過ごしていた様で混乱の極みだったみたい。心成しか後
思考の逃げる道を作ってあげたからか織斑はフリーズ状態から復帰したらしく、どう
分⋮⋮﹂
﹁そ、そうかも、な。う、うーん⋮⋮、やっぱり弾に相談するか⋮⋮、何だろうなこの気
橋ってるだけかもだけどね﹂
﹁⋮⋮まぁ、このIS学園って貴方にとっては監獄の様なものだし、一時の安堵感で吊
264
の女の子と喋った事が無いので、漫画やアニメからと言った媒体でしかその女子コミュ
ニティの怖さを知らない訳で、み、未知なる恐怖に恐れるのは当たり前な事。よし、止
め止め、今日は此処で終わりにしておこう。
﹁⋮⋮私に幸せを強請る権利なんて有りやしないですよ﹂
そう、ひっそりと呟いた染子お姉ちゃんの声で背筋が凍った。その声は私だけに聞こ
える様なか細い声で、腹元から見上げる立ち位置に居るわたしだけが見えるであろう
薄っすらと開いている瞳は冷たかった。余計な事をした、そう実感するには十分な冷や
水を打たれた気分だった。
た。残された時間、と言うのはわたしですら教えてもらっていないソレの事なのだろ
かしと謳い、切ない賛美歌を悲痛な感情を乗せて謳い上げているかの様な痛々しさだっ
その声は、まるで教会で祈りを捧げるシスターの尊い祈りの様に聞こえた。そうあれ
んがね﹄
の残された時間はもう、そう多くないのですから。と、言っても死ぬつもりはありませ
立ち尽くしているだけの貴方なら、まだ⋮⋮。⋮⋮此方に来てはなりませんよ、簪。私
だ、貴方は手は汚れていない。だから、貴方はまだ戻れる。堕ちて行くだけの崖の淵に
で堕ちてしまえば良い。それだけの事を私たちは⋮⋮、いえ、貴方は違いましたね。ま
﹃簪、私たちは礎であれば良い。怪物であれと、化物であれと、そう望まれるなら、喜ん
18──口滑る。
265
266
う。初めから知っていた。染子お姉ちゃんは決して自分の本名を語らない。それどこ
ろか、施設前の出来事すらも、何処で住んでいたのかも、どう生きていたのかも教えて
くれやしなかった。わたしが知っているのは、施設に入った後の出来事ばかり。それ
・・
も、あれもこれも胡散臭さが脚を生やしてクラウチングスタートしているかの様な嘘と
真実が入り混じった言葉で、だ。
││染子お姉ちゃんは、いや、彼女は、本当の意味でわたしを信用していない。
そ め こ お ね え ちゃ ん
分 か っ て い た。染 子 お 姉 ち ゃ ん は 決 し て あ る 一 線 だ け は 跨 が せ な か っ た。
名も知らぬ彼女の経歴は全てが日本政府、それも更識のデータベースですら掴めていな
い極秘機関によって抹消された上で捏造された嘘偽りの羅列。本当の情報だなんて性
別女性だとか年齢十六だとか日本人だとか、そんな程度しか載せられていない。
・・
それでも、わたしは知りたかった。いや、信じて欲しかった。わたしは信用して信頼
できる人物であると、いや、取り繕う意味も無いからはっきり言おう。わたしは、彼女
・・
・・
の拠り所で有りたかったんだ。誰もから必要とされなかったわたしだからこそ、誰から
も必要とされる彼女の拠り所として存在し、また、彼女にわたしの拠り所となって欲し
・・
かっただけだ。なんて、無様で滑稽な共依存。そんな関係になりたかった。
けれど、こうしたふとした事で気付いてしまう。彼女は未だに独りなのだと。
何もかもを殺し尽くす一振りのナイフである様に、と。
18──口滑る。
267
・・
何もかもを守り抜く一城の防壁である様に、と。
そうあれかしと、願われた彼女は。
未だに、縛られたままなのだろう。自分に、過去に、日本に、死者に。
ありとあらゆる負の感情が鎖となって雁字搦めに絡まって。
十三段と続く階段を引き摺られる様に歩かされ、頂上に備え付けられた鎖の荒縄に首
を吊らせ、泣きながら狂う様に救われる筈が無いと嗤っているんだ。
死にたいと痛みを求め、生きたいと救いを求め、八方が断崖絶壁の断頭台で独り求め
・・
続けている。誰からも救いの手を差し伸ばされる事も無く、誰からの悪意の手を払い続
けねばならない彼女の心は、こんなにも軋みの断末魔を上げているのに助けさせてもく
れない。
そんな、無力なわたしが嫌になる。救いたいと手を差し伸ばしているわたしは、きっ
と両手を横へ広げて救われたいと待っているんだ。だから、目の前の織斑が羨ましくな
る。こいつは、悔しいけども誰かを救いたいと言う一身で、一心の元に手を伸ばせる様
な奴なんだろう。本当に、悔しい。けれど、きっと染子お姉ちゃんを救えるのはこいつ
の様なお人好しで人身御供に喜んでなれる様な奴だ。そう、思ってしまう自分が何より
も憎たらしい。奥歯を噛み締める様にして鬱屈とした気分を押し込める。まだ、まだ
だ。まだ、間に合う。わたしが、織斑よりも先に、染子お姉ちゃんの原点へと辿り着け
れば、その全てを暴く事が出来たなら、きっと││。
﹂
?
癖もそろそろ直さないと駄目ですよ
⋮⋮私は、貴方の姉なのでしょう
んは寂しいですよ、可愛い妹に頼りにされないのは﹂
?
お姉ちゃ
﹁そして、勝手にぐるぐると思考を回して自暴自棄の如くやけっぱちになって思い込む
では抜け出す事なんて無理だった。
た。用意周到に背中へと左手が回され、右手が首裏を通る様にして右肩を抱く様な状態
な温もりに顔を埋めていると理解した時には、染子お姉ちゃんの良い匂いに包まれてい
言葉が真上から囁かれる。自分が抱き込まれて豊かとは言えぬものの確かにある小さ
そんな、やれやれと言ったジェスチャー付きで言われていそうな程に呆れた雰囲気の
れた気がします﹂
﹁⋮⋮はぁ。簪、昔と変わりませんね。辛い時に直ぐに逃げ出そうとするのはもう見慣
の極みへと至り、怯える様に逃げ出そうとして││、誰よりも速い手がそれを拒んだ。
切なく、痛々しい傷跡に身を震わせる少女に、何を││。思考がスパークした様に混乱
女のそれだった。わたしはいったい何を考えているんだろう。こんなにも、病人の様に
先程の冷たい顔と打って変わって、心配そうにわたしの顔を覗くその顔は、一人の少
﹁え、あ⋮⋮﹂
﹁⋮⋮簪
268
?
﹁ぅ、うぅ⋮⋮﹂
﹂
﹁⋮⋮まぁ、多分私の気配に当てられたのでしょうけども、少し落ち着きなさい。⋮⋮何
やら悩み込んでいる様ですが、それは私にも言えない事ですか
かしい。
目を逸らしまくっている現実のわたしはもう色々と駄目だった。あぅぅ、凄まじく恥ず
や、本音にぶん投げよう。そう、冷静に脱線し始めた思考と裏腹に、わたわたと慌てて
⋮⋮はぁ、こっちから折れるしか無いのかなぁ。めんどうだなぁ、やだなぁ、もういい
像﹂って虚像を保とうとして言えなかったりする様な、頭の良い馬鹿なのだ、あの姉は。
の綾でって誤りだったと言えば良いのに、何でか体裁を繕って﹁私の考えた完璧な姉
る。⋮⋮分かってるけど、何でか謝りに来ないんだもん。さっさとあの時の言葉は言葉
ない様に振舞ってるけど、実はシスコン拗らせて色々と残念な人だってのも分かって
奈お姉ちゃん説明凄く下手くそだし、今も必死に私格好良いアピールして私に幻滅され
り払うための言葉だったと。⋮⋮と言うか、多分語彙力足りてなかったんだと思う。刀
も分かっている。刀奈お姉ちゃんが酷く不器用な人で、あの言葉もわたしから重荷を取
・・
姉ちゃんの顔は、何処か憎い血の繋がった姉の困り顔と重なってしまった。⋮⋮自分で
そう、そっと抱き込む腕を外して泣き崩れるわたしの両頬を優しく持ち上げた染子お
?
﹁え、えっと⋮⋮、その、あの⋮⋮、⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮昔の事、知りたいなって﹂
18──口滑る。
269
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮成る程、そう来ましたか⋮⋮﹂
酷くがっくりとした様子ではあるが、染子お姉ちゃんは困った顔で苦笑気味に笑って
いた。とんでもなく痛い所を刺されたけれども、色々な事情でそれを口に出せないと
言った様子で困ったと正直に白状していた。うー、あー、とかなり葛藤した様子で染子
お姉ちゃんはかなり困った様子で、一つ溜息を吐いてからわたしの顔を、いや、耳元へ
とその艶やかな唇を近付かせて囁いた。
﹂
?
幾多の組み合わせがあるからこそ、ですよ 絶対にこれ以上のヒントはあげませんか
﹁それ以上は特定されちゃいますからノーヒントです。⋮⋮既に抹消されていますし、
﹁えっ
﹁⋮⋮私の本名をローマ字に直した場合、母音と子音の数は七つずつですよ﹂
270
﹁か、可愛い子猫って⋮⋮っ
﹂
い子猫が死んじゃうのは嫌なんですけどね⋮⋮﹂
らね。⋮⋮まったく、好奇心は猫を殺すと言う言葉を知らないのですか。こんなに可愛
?
意味な趣味に成り果ててるし⋮⋮。⋮⋮はぁ、どうもこうもならないですね。くだらな
いものです⋮⋮。窮屈で極まり無い、仕事も来ないし、筋肉トレーニングもそろそろ無
癒しは簪の温もりとどろり濃厚コーンスープだけですからね、早く施設に蜻蛉返りした
﹁ふふっ、⋮⋮貴女が思っている以上に、貴方は私の清涼剤となっているのですよ。私の
!?
18──口滑る。
271
い⋮⋮﹂
割と本気でぐったりとしている様子の染子お姉ちゃんの一面へのギャップと、声にし
て わ た し が 大 事 だ と 言 っ て く れ た 事 へ の 歓 喜 と、ぬ い ぐ る み を 抱 き 締 め る か の 様 に
ぎゅーっと抱き込まれている感覚が一斉に襲い掛かっていて幸福感でわたしのSAN
値がやばい。幸せ過ぎて昇天しそうな何とも言えない幸福感に包まれていて、多分染子
お姉ちゃんの胸に埋まっている顔はだらしなく緩みに緩んでいるに違いない。何と言
うか、堕落しそうな幸福感だった。
そして、満足したらしい染子お姉ちゃんに解放された後に織斑たちに見られていた事
を思い出して再び染子お姉ちゃんの胸元へと蜻蛉帰りしたのは言うまでも無い事だろ
う。
19││圧倒する。
やっと来たぜクラス代表戦、この俺が優勝してやるぜ
と意気込んだのが数時間前
ても実感した。これでもかってぐらいによーく分かってしまった。
﹄
一ヶ月少しでこの腕前とはいったい何が彼を変えたのか
会場の皆様
どうか温
﹃ク ラ ス 代 表 戦、圧 倒 的 な 実 力 を 発 揮 し て 優 勝 し た の は 一 組 の 織 斑 一 夏 君
かな拍手を彼に
た っ た
の事だった。何で染子さんが俺に模擬戦を禁止していたのかがよーく分かった。とっ
!
!
!
て、これもまたあっさりと片付いてしまっていたから何となく予期していた。
呆気無さだ。と、言う物の、染子さんが倒れた翌日から箒やセシリアと模擬戦を行なっ
けの素人当然の彼女たちは零落白夜の一刀の元に一閃で片付いてしまった。何と言う
で持って機敏な動きで接近した場合、
︽打鉄︾や︽ラファール・リヴァイヴ︾に乗っただ
機動力は恐らくだが染子さんの︽玉鋼︾よりも高い。そんな︽白式︾をマニュアル操作
を甘く見ていたらしい。この︽白式︾は一刀一殺の戦闘スタイルを極めるが如く、その
そう、俺は、いや、箒やセシリアたちも含めてだが、
︽白式︾のポテンシャルと言う物
﹁物足りねぇ⋮⋮﹂
!
!
272
⋮⋮そう、模擬戦を禁止していたのは、基礎訓練以上に成果を得られないからだった。
まさかの非効率的だからと言う理由での禁止だったのだ。単純に俺の成長を害するか
らと言うだけで、俺が模擬戦によってメンタル的にも参っちまうだとかそんな事は全く
無かったのであった。何と言うか、此れが最強か⋮⋮と呟いてしまいそうになるぐらい
の呆気無さで何と言うか、違う意味で参っちまいそうな勢いだった。ピッチへと戻った
俺は何とも言えない表情で待ち受けている面々と対面する。その中で、それが当たり前
だと言った顔で仁王立ちしている染子さんと我が弟ならば当然であると言わんばかり
の表情の千冬姉だけが普段通りの様子だった。︽白式︾を解除した俺はただいまーと数
十秒前に出てった筈なのに蜻蛉帰りしていた。
複雑なんだが⋮⋮﹂
﹁⋮⋮正直言って、デザートパスが貰えるんだから喜ぶべきだとは思うんだが、とっても
普通迎撃出来るよな、振り向くだけなんだからさ⋮⋮﹂
?
﹂
!
お気持ちは察せますけども⋮⋮﹂
﹁⋮⋮いえ、それよりも箒さんが興奮してらっしゃいますけども⋮⋮。まぁ、わたくしも
落ち着くんだ
﹁良い、良いんだ一夏。お前がとんでもなく自棄を起こしているのは分かる。落ち着け、
に迎撃できないんだ
﹁つってもよ箒、弱いんだからしゃーないだろ。何でクイックターンで背後取られた時
19──圧倒する。
273
﹁だってよ⋮⋮っ
だってよ⋮⋮っ 何であいつら動くのも精一杯なんだ
飛ぶ
!?
背後か
正直突っ立っ
たまんまの案山子に一発叩き込むだけの簡単なお仕事になってるんだけど
のもガタガタでオートマチック操作だってのにボロボロじゃねぇか
!
如何言う事なんだよ本当にさぁ
﹂
!?
﹁落 ち 着 い て く だ さ い 織 斑 君 そ れ が 普 通 な ん で す
るしさぁ
た っ た 一 ヶ 月 ち ょ っ と で マ
らがいけなかったかなぁって真正面から瞬時加速して切りに行ったらあっさりと終わ
!?
!?
!
俺だって染子さんの
私だって現役時代マニュア
ル操作だなんて手も出なかったくらいなんですから⋮⋮﹂
そう山田先生が褒めながら途端に項垂れた。いや、分かるよ
むしろ、あの程度
?
に遅れを取ったら最初からやり直しです。むしろ、これからが大変ですね。いっその事
既に一夏くんは三年のパイロットコースの半分は終わってますよ
予定調和ですよこの結果は。と言うか、IS学園の指導教本を見させて貰いましたが、
﹁はい、それじゃ戻りましょうか。何も指導を受けないド素人に負ける訳ありませんし、
の視線が集まった。
していたんじゃないかってぐらいの空気の中、三拍打って注目を集めた染子さんに全員
子たちの事忘れられねーもん。何だこいつやべぇって顔してたし。そんなお葬式でも
訓練を受けながらひしひしと気付いてた。隣で絶句した表情で見てる他のクラスの女
?
!?
ニュアル操作をこなせる織斑君の方が凄いんですから
!
!
!
274
三年の専用機持ちの先輩と遣り合わせた方がタメになるかも知れませんし⋮⋮、いえ、
正直あの程度じゃ微妙ですし、私が手加減して相手してあげた方が良いかも知れません
ね⋮⋮﹂
だなんて、恐ろしい程に的確な事を言ってらっしゃる。その発言に箒たちは当然とし
て、あの千冬姉ですら頬を引き攣ってるくらいだ。あー、うん。染子さんの規格外さは
もはや計り知れないな。染子さんは普段通りのクールさで撤収の音頭を取った。その
頼りある背中に着いて行くと其処は食堂だった。本来なら午後の四限まである筈のク
ラス代表戦だが、俺との試合が数十秒で終わってしまったが故に正午には終わってし
まっていたようだった。
る経験者みたいな立ち位置と気分でしょうから⋮⋮、一回確りと潰してその高揚感を引
﹁お昼ご飯食べたら少し相手してあげます。今の一夏くんは、初心者を潰して楽しんで
き千切ってあげますね﹂
﹁い、一夏さん
?
﹂
﹁ええ、まぁ、一夏くんは白兵戦しかできない仕様ですから、徒手空拳でお相手しますよ。
!?
﹂
も染子さんと戦ってみたいけどさ。⋮⋮流石にセシリアの二の舞にはならない、よな
﹁いや、そんなニッコリと言わないでくれよんな物騒な事をさ⋮⋮。いやまぁ、確かに俺
19──圧倒する。
275
拳銃はもう少し後で解禁しましょうね﹂
れない量であるためそれなら専用化してしまおうと言う食堂のお姉さんズの提案なの
しい。と、言うのも染子さん曰く大盛りメニューとして出しても染子さん以外は食べ切
ル焼肉豪華絢爛丼〟と言う食券機の右下に専用化されている日替わりを選んでいるら
んだよな。各々のメニューは普段通りと言った具合であり、染子さんは〝浅草スペシャ
セシリア。⋮⋮つっても、先に座った染子さんに追従したら何時の間にかこうなってた
席の並び順は俺を挟む様にして左端に染子さん、右隣に千冬姉、目の前に箒、左端に
な姉がすみません。今度お礼と称して何か差し入れ持って行こう⋮⋮。
泣くと言った様子で一人で職員室へとセルフドナドナされていった。マジでぐうたら
を貰っているらしかった。と、言っても山田先生だけは普段の仕事があったせいで泣く
造されてしまったらしい俺への配慮と言うか何と言うか、同僚のお気遣いによって自由
先生は本来なら仕事があるようなんだけど、染子さんのぶっちぎりな教導によって魔改
ちゃったみたいなそんな呆気無さに俺たちは包まれているようだった。千冬姉と山田
よな⋮⋮。それもあっさりと。ガチガチに足元固めた射的の置物を輪ゴム鉄砲で倒し
事になった。本当なら願掛けにカツとかを食うんだろうけどもう終わっちゃったんだ
大人数が座れる様に長机側の席を取った俺たちは何とも言えない気分で昼食を取る
﹁何だろう⋮⋮この喜べない感じの手加減宣言は⋮⋮﹂
276
19──圧倒する。
277
だそうだ。日替わりにしている辺り食堂のお姉さんズのやる気具合が窺える。更に、染
子さんは日本代表候補生であるため専ら金払いは最高額と言える人物であり、どんなに
高級な食材を用いても問題無い事から結構楽しんでいるとの事。﹁両得ですよ、両得﹂と
言 い な が ら 食 券 を 渡 す 姿 を 一 ヶ 月 半 も 見 れ ば 誰 だ っ て 慣 れ る。俺 だ っ て 慣 れ た も ん
だった。そして、しれっとその左隣にあるまかないセットを俺は選ぶ。染子さん用に食
材を集めるものの流石に一人で使い切るのは無理だったようで、その端切れでセットメ
ニューを考案したとの事。リーズナブルでありながらその量は染子さんのスペシャル
メニューよりは少ないながらも多い、そのため俺専用⋮⋮、いや、それなりに食べれる
人 の メ ニ ュ ー と し て 有 名 に な っ て い た。端 切 れ と は 言 え 美 味 い 物 は 美 味 い の で あ る。
いやはや、IS学園に来て良かったなぁと思える点の一つだった。和食日替わりセット
を選んだのは箒と千冬姉、矢張り日本人だからか和食が好ましいと言った具合でのチョ
イス、セシリアは言わずもがなサンドウィッチセットと紅茶だった。
それぞれが食券を手渡して、受け取って席に座ったのを機に﹁いただきます﹂の声が
揃う。セシリアはその習慣に最初は狼狽えていたようだが、今になっては手馴れた、口
慣れたようだった。そして、黙々と食事の時間が始まる。初めて一緒になった千冬姉は
その静かな様子に少し驚いていたようだが、染子さんの黙々と食べ進める姿を見て何か
納得していた。染子さん曰く﹁食事の時は誰にも遮られず、独り静かに味合わないとい
けないそうですよ
﹂と誰かから孤独な漫画のネタを仕込まれている様であり、そもそ
﹁⋮⋮この学園には慣れたか
﹂
﹁ん、んー⋮⋮、んんん⋮⋮、慣れた、かな。色々と﹂
﹁⋮⋮そうか、なら良いんだが⋮⋮﹂
﹁いや、何でそんな不器用な感じなのさ。いつも通りで良いぜ
﹂
う千冬姉が食事を終えてハンカチで口元を拭ってから自然体に俺へ声を掛けた。
それを察したのか黙々と食事を終えた染子さんの次に、一人で食べる事が多いのだろ
ものの苦手とされている気がするぜ。
でできるだけ手伝えたらなとは思うが、あの印象だからなー、絶対に嫌われはしてない
てるってのは何と言うか感慨深い。つっても大体俺の存在が悪い一面もあるそうなの
今日は朝から整備室に篭もりっ放しらしい。⋮⋮と言うか、同年代がISを一から作っ
この雰囲気だった。まぁ、普段は更識さんも居るんだが、ISのOSに苦戦中との事で
も喧騒や人混みを嫌う性質である様でもあったのか、皆で集まって食事をする時は大体
?
割
?
﹁んー、然程凄い事はしてないぜ 染子さんの朝錬に追従してくたばって、授業受けて
と本気で聞きたいんだが﹂
に置いて言うが、一夏、お前どんなメニューを受けたらあそこまで成長するんだ
﹁⋮⋮はぁ、確かに家族相手にこうも畏まるのも面倒だな。教職としての本分をそこ等
?
?
278
?
くたばって、染子さん式の訓練メニューでくたばって、汗を流した後に染子さんの勉強
会でくたばって、寝て起きての繰り返しだったぜ﹂
るためなんだが、正直私は手を出していないからな。純然に浅草の訓練が成長を促した
﹁その訓練メニューが問題なんだ。先程山田君が出て行ったのは職員会議での資料を作
と私は考えている﹂
﹁んー⋮⋮﹂
俺は少し困った様子で染子さんを見やった。染子さんは食後の黒珈琲で一服してい
る様で、俺たちの会話に然程気にした様子は無い。けれど、この手の訓練の内容と言う
のは重要だと剣道部時代に理解しているので、話して良いのか迷ったのだった。俺の、
いや、俺たちの視線を感じてか胡乱な瞳でそれを一瞥すると一つ小さな頷きをした。ど
うやら何でそんな事を尋ねるのかと言った具合で、全く持って気にしていないらしい。
千冬姉に向き直ると少しわくわくした様子のちょっと子供っぽい雰囲気で、久し振りに
見るその姿に結構教職楽しんでるのなと何処か知らない一面を見た気分になった。
﹂
?
﹁操作に慣れてきたら中級、上級のランコース飛んで、五分、三分、一分切るのを目標に
﹁⋮⋮は
操作に慣れるために簡単なランコース飛んで⋮⋮えーと﹂
﹁ええと、先ず朝は五時起きで十五キロマラソンしてから筋トレ、んでもってマニュアル
19──圧倒する。
279
タイムアタックして⋮⋮、そうだ 上級コース一分切りしたんだぜ
それからは染
!
﹂
!?
寝って感じだな﹂
マチック操作はどうした
﹁いや、待て。待て⋮⋮ッ
何で初っ端からマニュアル操作をやっている オート
て、シャワー浴びて汗流したら夜十時まで勉強会やって、一時間ストレッチしてから就
子さんの体調が芳しくないみたいだったからタイムアタック乱取りしてたな。でもっ
!
えーっと、確か一からなんだからマニュアルから覚えた方が将来的に得す
﹁⋮⋮浅草がか
﹂
るって言ってたぜ﹂
﹁お、おう
!?
?
浅草、弁明はあるか
﹂
!?
第一、それは機体との親和性が低い、所謂底辺初心者に言えるもので
それを初心者のお前に教え込むだと⋮⋮ッ
﹁ありませんよ
!?
上級操作だ。一歩間違えればスラスターの勢いによって大事故に至りかねない技術だ。
﹁⋮⋮マニュアル操作と言うのはな。機体の操作に慣れてから理論を学んでから覚える
た。額に手を置いて深い溜息を吐いた千冬姉はとんでもなく真剣な表情で言った。
だけだった。何と言うか常識とは違った事を言ってしまった様な、そんな雰囲気だっ
千冬姉は絶句と言った様子であり、それに納得する様にして頷いているのはセシリア
﹁うん﹂
!?
!?
280
?
19──圧倒する。
281
すが、最初から親和性が高く、何よりも感覚タイプの一夏くんは最初からマニュアル操
作でも難なくこなすでしょうと思っていました。何故なら、感覚タイプの搭乗者は理論
をそもそも必要としていないからです。この程度で、これぐらいで、と自身の感覚で修
正が成せる性質を持っている。そこらへんの生徒よりも遥かに才能があるのですよ一
夏くんには。それに、オートマチック操作を覚える事は感覚タイプの一夏くんには悪影
響でしょう。⋮⋮正直、何の努力もせずにISへ乗れる類の織斑担任なら同意を得られ
ると思いましたが﹂
激昂していた千冬姉だったが、染子さんの冷めた表情で淡々と述べられた根拠に段々
と熱が冷めて行ったのか、それとも言われた言葉に納得できてしまったからかバツが悪
そうな顔で怒らせていた肩を落とした。染子さんはそれが分かっていたかの様にカッ
プに口をつけた。そう、それは言葉と言う弾丸を叩くための撃鉄を上げた様にも見え
た。そして、今正に千冬姉は普段俺たちがどうして染子さんに頭が上がらないのかを察
するであろう、その冷徹な修羅の如き雰囲気によって蹂躙されようとしていたのだっ
た。南無三。正直千冬姉は俺から言い出さないと訓練とかしてくれなさそうだし、と言
うか剣道部時代でもそうだったからきっとそう言う心算だったのだろう。⋮⋮まぁ、そ
れが染子さんの逆鱗の一端に触れる理由の一つなのだろうけども。普段抑圧されてい
たのだろう怒気がエンジンの如く唸りを上げて千冬姉へと、言葉と言う弾丸によって放
たれたのだった。骨は拾うぜ千冬姉。
それを前提に話は続けますが、そもそもIS学園の教科書の六割が説明と言う後付
国家代表である織斑担任が率先してやらねばならない事であるとは理解してますよね
人的な私情もあって手伝っていますが、本来なら教職である貴方がた、引いては元日本
くんを鍛えていると思っているんですか。最初は上からの令でしたが、今となっては個
﹁そもそもですね、親和性が最低値だった私が何で最高値を叩き出してるであろう一夏
282
⋮⋮いえ、先程の様子を見る限り貴
むしろ、自身の経験から幾多の危険の可能性を察せら
れる一夏くんを鍛えようとは考えないのですか
?
さっさと卒業してマニュアル操作で行なった口なのでしょう 自身の家族の事ぐら
ついていた、と言った所でしょうか。そもそも、貴方もオートマチック操作だなんて
方も教員としてのキャリアは少ない様ですね。教員である立場と姉である立場にぐら
?
ての有り方はどうなのですか
はなく、元ブリュンヒルデたる人物の弟と言う情報を知っているであろう織斑千冬とし
かねばならない立場である私は一応の納得をして引きましょう。ですが、教員としてで
言うしか無いと言う環境に今のIS学園教員があるならば仕方が無いと、同じ命令を聞
るなら貴方の肩書きを疑うしかありません。しかし、それでも上の命令で苦悩してそう
居る始末。あの程度の防壁が本来の戦闘行為で卓上の理論値を叩きだせると思ってい
で埋まっていて本来の理由を説明していませんよね。絶対防御を過信する様な生徒が
?
?
⋮⋮だんまり、そして目が泳いでいる事から短絡的に言葉を発し
い察して当然だと思われますが、本当に私が一夏くんへマニュアル操作を勧めた事に意
見があるのですか
私は聞いているでしょうが火器専門で
?
﹁⋮⋮う、うむ。時間が取れ次第ではあるが、接近戦の心得などを教導しよう﹂
るであろう織斑担任にこそ託したい教練なのですが、如何でしょうか﹂
して、白兵戦の体術などを齧っている程度で護身及び自衛程度。確かな技術を持ってい
装の扱いを一夏くんに教えて頂けませんか
織斑担任に質問、と言うよりも教導の教えを請いたいのですが、近接戦闘における刀兵
た様ですね。⋮⋮まぁ、良いでしょう。完全に叩き潰した手応えはありますし。では、
?
マと形容すべき光景だった。何処か怒っている様にも俺には見えたので、これは俺に対
千冬姉を周りの聞き耳していた子たちにも聞こえる様に立てている姿は知的なカリス
クールに快刀乱麻の如くバッサリと斬り捨てていながらも、声を一つ高くして最後には
読唇を遮っていたりとかなり気遣っていた。クーデレ属性の本領発揮、と言うべきか。
フォ ロー し て
関わりそうな部分は声を落とし、更に終始口元に柔らかく握った拳を当てて遠目からの
声で千冬姉を圧倒した。しかし、時折、いや大半であるが千冬姉の教師としての権威に
そう、染子さんは所々分析を入れるのが癖なのか淡々と普段と一オクターブ低そうな
ら、懸念していた事項をどうするかと悩んでいた所でしたので本当に助かります﹂
﹁あ り が と う ご ざ い ま す。流 石 に 徒 手 空 拳 で は 零 落 白 夜 の 特 性 を 活 か し き れ ま せ ん か
19──圧倒する。
283
284
するデレなのだと勝手に自己判断してかなり良い思いをさせて貰ったのは言うまでも
無い。と、言ってもボソリとではあるがハードルや卓上の妄想像と言った単語が聞き取
れる呟きをしていたので、個人的な憤りがあったに違いない。
⋮⋮案外、千冬姉を倒せる様な実力を持つ様に厳命されていたのかもしれない。そう
なると、ブリュンヒルデとしての一面が大きく栄える千冬姉だ、他の面についてもそれ
なりのハードルがあったに違いない。ま、実際は私生活ポンコツな貰い手の居ない残念
武神美人ってのが千冬姉の実態なんだがな。⋮⋮今でも弟に下着洗わせている様な女
の捨てっぷりだし幻滅も無理も無いよなぁ。
そんな事を考えていても千冬姉が全く反応できていない辺り、かなり胸奥をざっくり
とやられたに違いない。いやまぁ、千冬姉の事だから私が居るんだから俺には手出しで
きないだろうって感じの自身からなんだろうけどもさ。しかし、今フォロー入れると完
全にどっちかの面子を潰すよな、これ。⋮⋮うん、流石に黙っておこう。さながら貝の
如く閉じておくとしよう。