石 島 旨 章 金 子 和 夫 * 変形性膝関節症 変形性膝関節症の臨床症状と 滑膜炎の連関 変形性膝関節症への対策 腰の痛みの対策には、腰痛の対策とともに、変 腰に痛みのある高齢者の減少という具体的な課 の健康のために、①ロコモの認知度向上と②足 日本の男女合わせた健康寿命は ・4歳と世 界188カ国中第1位である。急速な少子高齢 形性膝関節症︵以下、膝OA︶に伴う膝痛への 健康日本 ︵第2次︶の目標と 化が進むなかで、 年後の人口動態を見据え、 21 1) 73 題が掲げられている。移動能力維持のための足 も可能な限り維持すること、そのためには生活 り、社会生活を営むための機能を高齢になって 命の延伸は、その目指す姿の実現には必須であ 床症状が増悪し、移動能力が著しく障害されて 整形外科医は、膝OAに伴う疼痛を主とした臨 を膝OAが占めていると推測できる。われわれ 現在、本邦において約8万5千件の人工膝関 節置換術が行われており、その原因疾患の多く 対策が求められている。 習慣病の発症予防と重症化予防が求められてい も、人工膝関節置換術や高位脛骨骨切り術など ︵第2次︶の基本的な方向性である。健康寿 2) る。心の健康、次世代の健康とともに、高齢者 ﹁目指す姿﹂を明らかにすることが、健康日本 10 (1217) CLINICIAN Ê15 NO. 644 115 21 現存の膝OAの治療法は、外科的治療法も含 めすべて症状改善型治療法であり、疾患の進行 象者はこの有症状者である。 要するほどに進行するわけではないが、治療対 と推定されている。そのすべてが外科的治療を 痛など臨床症状を伴っているのは約800万人 は本邦に約2、 500万人程度、そのなかで疼 し、膝OAの患者数は、単純X線による評価で もに移動能力を回復させることができる。しか の外科的治療法によって、臨床症状の改善とと 当面は変わらないと考える。膝OAの臨床症状 概念とも関連する﹁移動能力の維持もしくは回 至らないまでも、ロコモティブシンドロームの った患者であることは、疾患の根本的解決には 膝OAの疼痛は病態進行のリスクであり、膝 OAの治療対象が疼痛を主とした臨床症状を伴 かとなっている。 た疼痛を伴った患者が多く存在することも明ら グレード2未満であっても、OA変化が進行し 5) に、MRI等の画像診断技術の発展から、KL L︶や歩行能力が劣るとする定説はない。さら いない無症状者に比べ、日常生活動作︵AD 0万人が、グレード2未満の膝OAを発症して 線では ︵K L ︶分 類 グ レ ー Kellgren-Lawrence ド2以上の膝OAを呈するが無症状の1、 70 摩耗を抑制する方法であろう。しかし、単純X 膝OAの究極的な治療法は、関節軟骨の変性と 膝OAの疼痛を主とした臨床症状は、罹患関 節内の滑膜炎の程度と関連していることが近年 重症度による関連因子の変化 臨床症状と滑膜炎の連関と あると考える。 デンスに基づく治療を実現するためにも意味が るのかを解明することは、膝OAにおいてエビ を遅延もしくは修飾できる治療法は存在しない。 がどういった病態と関連し、病態はどう進行す 復﹂をなし得るために重要であり、少なくとも 6) 7) 116 CLINICIAN Ê15 NO. 644 (1218) 4) 3) 中および血清中のⅡ型コラーゲンの分解産物で 痛を有する群と疼痛のない群を比較すると、尿 じている。単純X線で評価した初期膝OAの疼 骨の摩耗を生じている近傍を中心に滑膜炎が生 明らかになってきている。膝OAでは、関節軟 いるものと推定される。しかし、対象者を初期 O脚の進行とともに偏在化することと関連して への力学的負荷が関節全体にかかっていたのが、 子であった。下肢アライメント指標は、膝関節 ライメント指標︵O脚度︶の2つの値が関連因 8) Ⅱ Ⅱ ある cartilage type collagen cleavage by collage- 膝OAのみに限定し多変量解析を行うと、下肢 アライメント指標は膝関節痛の程度の影響因子 ︵C2C︶や nase cartilage type collagen C-telopeにはならず、血清IL 6濃度が影響因子とな 12) 群で有意に増加していたことから、初期膝OA ︵ uCTX-︶と血清ヒアルロン酸といった ptide 膝OAのバイオマーカーが、疼痛を生じている 6濃度は膝関節痛の程度の影響因子にはなら 解析すると、初期膝OAとは異なり、血清IL る。また、進行期から末期膝OAのみに限定し Ⅱ の疼痛が、関節軟骨の摩耗と関連していること がわかる。 ず、下肢アライメント指標が影響因子であった。 カインの一つであるインターロイキン︵IL︶ 耗によって滑膜で発現が増加する炎症性サイト の程度を表す代表因子としての、関節軟骨の摩 1β の発現は、進行期から末期のなかでも単 て検討すると、MMP 1・COX 2・IL イトカインの発現量を、滑膜組織の免疫染色に 実際、手術治療を行った進行期と末期膝OA 患者の膝関節内の滑膜に発現する各種炎症性サ 以上より、滑膜炎を惹起する因子が膝OAの重 6の血清濃度と、単純X線にて評価した下肢ア ると、様々な臨床的データのなかでも、滑膜炎 症度により異なる可能性が示唆される。 − 初期から末期までの内側型膝OA患者の疼痛 程度に関連する因子を多変量解析により検討す − − − − − (1219) CLINICIAN Ê15 NO. 644 117 9) 10) 11) ①末期変形性膝関節症患者の臨床症状(JKOM スコア)の分布 10 䠄㻌 㻌㻕 純X線によって評価した膝OA重症化とは負に 相関し、同様に臨床症状の増悪とも負の相関を の程度は疼痛を含めた臨床症状の程度と正に相 半定量化すると、初期膝OAと同様に、滑膜炎 リン・エオジン︶染色標本にて滑膜炎の程度を 内の一定の箇所から採取し、HE︵ヘマトキシ がある︵図①︶ 。手術の際に滑膜組織を膝関節 末期膝OAにて手術を受けた患者でも、手術 を受ける直前の疼痛を含めた臨床症状には強弱 呈した。 13) 度と正に相関を呈することが明らかとなった 膝OAに伴って認められる軟骨下骨の病変の程 陰影︵BML︶ 、そして骨嚢腫︵SBC︶など、 せず、軟骨下骨陥凹病変︵SBA︶や骨髄異常 半月板の損傷程度や骨棘の大きさなどとも関連 Iにて評価した関節軟骨損傷程度とは関連せず、 関する。しかし、末期膝OAの滑膜炎は、MR 14) ︵表②、図③︶ 。以上より、少なくとも末期にま で進行した場合の臨床症状も、やはり滑膜炎と 118 CLINICIAN Ê15 NO. 644 (1220) 15) 20 30 40 50 60 70 80 90 ᮎᮇ⭸㻻㻭ᝈ⪅㻶㻷㻻㻹䝇䝁䜰 10 1 2 0 5 5 4 3 2 2 6 7 6 ே 9 8 ே ᩘ (文献15より引用) ②末期変形性膝関節症の滑膜炎と関連する病態 r 組織学的滑膜炎スコア(HSS) 軟骨病変 WORMSスコア p .97 −0.006 骨髄異常陰影(BML) 0.325 .04* 骨嚢腫(SBC) 0.350 .03* 軟骨下骨陥凹(SBA) 0.482 <.01* −0.100 .54 内側 0.155 .34 外側 0.266 .10 0.358 .02* 骨棘 半月板 滑膜炎 WORMS:whole organ magnetic resonance imaging score, BML:bone marrow lesion, SBC: subchondral bone cyst, SBA:subchondral bone attrition, HSS:histological synovitis score (文献15より引用) 関連するといえる。 変形性膝関節症の病態に 則した治療の実現に向けて 前述のように、膝OAの臨床症状は病態と密 接に関連していることが明らかとなってきた。 これにより、臨床症状が病態進行のリスク因子 となるという既知の事実が、病態の進行過程の 面から説明し得るといえる。膝OAが進行する、 CLINICIAN Ê15 NO. 644 つまり関節軟骨が変性および摩耗し、さらに半 月板や軟骨下骨に変化をきたすことで2次的に 滑膜炎が生じ、疼痛をはじめとした臨床症状を 呈するという事実が、膝OAの進行過程を明確 に説明できるようになったともいえよう。実際、 欧米からは滑膜炎や滑膜を膝OAのターゲット とした治療戦略についての再評価が行われ始め ている。今後は、滑膜炎は病態の2次的現象で あるが、疼痛によっておこる活動性低下や不動 化が、運動器ならびに他の臓器に与える影響を 119 16) (1221) ③末期変形性膝関節症患者の臨床症状と関連する滑膜炎と MRI により 判定する軟骨下骨病変との関連 L 7 K 5 5 J 4 K J 4 A 0 0 7 L 6 HSS 6 HSS HSS 7 10 20 30 BML score 40 0 2.5 5 K J C 0 7.5 10 12.5 0 SBC score J 5 4 B 0 L 6 2.5 5 7.5 10 12.5 SBA score K L ߨ ߨ ߡ ߡ E D G 50μm F H 50μm I 50μm BML:bone marrow lesion, SBC:subchondral bone cyst, SBA:subchondral bone attrition, HSS: histological synovitis score 代表的 3 名(J, K, L)の MRI T2強調矢状断像(D, E, F)、組織学的滑膜炎(G, H, I) (文献15より引用) ▼ BML(骨髄異常陰影) 、 SBA(軟骨下骨陥凹)、 SBC(骨嚢腫) ▼ 考慮することも重要であ ろう。 骨や筋など運動器は、 常に動くこと、動かすこ と、つまり臓器そのもの かかることで、その恒常 に何らかの力学的負荷が 性が初めて維持される器 官である。膝OAでは、 疼痛を契機に活動性が低 下し、それが大腿四頭筋 を中心とした下肢の筋力 低下とADL低下を招く。 疼痛をはじめとした臨床 症状に伴って生じる活動 性の低下ならびに不動化 を、根治的ではないにせ よ極力短縮することによ って、膝OAの病態のさ 17) (1222) CLINICIAN Ê15 NO. 644 120 らなる悪化を抑制できる可能性について、今後 さらに検討が必要であろう。また、今後新規治 療法の開発の際には、臨床症状のみではなく、 病態進行を抑制することを証明できる可能性が 高まり、病態に則した治療の実現に少しでも近 づくことが期待される。 ︵順天堂大学大学院医学研究科 整形外科・運動器医学 准教授、 順天堂大学医学部附属順天堂医院 整形外科・スポーツ診療科、 順天堂大学大学院医学研究科 スポートロジーセンター︶ ︵*順天堂大学大学院医学研究科 整形外科・運動器医学 教授、 順天堂大学医学部附属順天堂医院 整形外科・スポーツ診療科、 順天堂大学大学院医学研究科 スポートロジーセンター 副センター長︶ 文献 Global Burden of Disease Study C : Global, regional, and national incidence, prevalence, and years lived with disability for 301 acute and chronic diseases and injuries in 188 countries, 1990-2013 : a systematic analysis for the 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