【相談 58】航空機内でのドクターコールと医師の責任 キーワード:ドクターコール、応召義務、緊急事務管理、よきサマリア人法 精神内科の医師です。 新幹線や航空機内で救急患者が出た場合のドクターコールですが、私自身は過去に数度対応したことが あります。幸いいずれのケースも大事には至らず、感謝されましたが、私の周りの多くの医師は「ドクタ ーコールには応じない」と言っています。万一の際に責任を負わされることに懸念を抱いているようです。 アメリカやカナダ等には法律があって、義務がないのに善意で他人を助けようとした場合には仮に不幸 な結果になっても責任は問われないが、日本にはそのような法律はなく、かつ不幸な結果になった場合に は鉄道会社や航空会社は責任を負わず、医陪責の保険もおりないので、親切心で対応した医師が一人で全 責任を負うことになると聞きましたが、本当でしょうか。アメリカの航空会社の機内か日本の航空会社の 機内かで、仮に同じことが起こった場合、対応した医師が負わされる責任は異なるのでしょうか。 【回答】 まず、法学者である前に 1 人の市民として、私も、ご相談者様が困難な現場にもかかわらず救命行為に 臨まれたことに敬意を表し、感謝を申し上げます。 「法律があって、義務がないのに善意で他人を助けようとした場合には仮に不幸な結果になっても責任 は問われない」といわれる海外の法としては「よきサマリア人法」が有名です。日本の民法では、それを 行う義務がなくても一旦他人のために事務の管理を始めたなら、その事務の性質に従い、最も本人の利益 に適合する方法によって、その事務の管理をしなければならない、とされています(民法第 697 条) 。しか し、相談のようなケースは、本人の身体、名誉又は財産に対する急迫の危害を免れさせるために事務管理 をしたとき(緊急事務管理、第 698 条)その注意義務の程度が軽減され、 「医師は、医療機関の外で遭遇し た急病人の対応に当たったときは、悪意又は重大な過失があるのでなければ、医師の対応によって急病人 に生じた損害を賠償する責任を負わない」ということになります。この中でのポイントは「重大な過失」 ですが、これは行為者である医師の不注意の程度が甚だしいことを意味し、医療機関の中で生じた医療事 故をめぐって争われる医療過誤訴訟で問題になる単なる「過失」があったこと以上に認定されることは難 しいものです。私が調べた限りでは、実際に裁判になり、責任が認定されたケースはなさそうです。 なお、本回答は回答者自身の個人的見解に基づくものであり、回答者の本属組織・機関の見解を何ら示 すものではありません。 (回答者:一家綱邦、国立精神・神経医療研究センター) *会員用ウェブサイトの「知恵袋(相談コーナー)」には、もう少し詳しい説明と推奨される対応例を掲載しております。 1 Medical-Legal Network Newsletter Vol.60, 2015, Dec. Kyoto Comparative Law Center
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