大学院医学研究科呼吸器内科学 医学フォーラム

医学フォーラム
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医学フォーラム
<部 門 紹 介>
大学院医学研究科呼吸器内科学
最 近 の 状 況
呼吸器内科は,現在4人のスタッフで,病床
数は25床です.担当する疾患は,肺癌,喘息,
慢性閉塞性肺疾患,各種呼吸器感染症,間質性
肺炎などを中心に呼吸器疾患全般にわたり,気
管支鏡,胸腔鏡といった内視鏡検査,また慢性
呼吸不全に対する在宅酸素療法,呼吸リハビリ
テーション,睡眠時無呼吸症候群に対する経鼻
持続陽圧呼吸療法などを行っています.ここで
は,私たちが取り組んでいる新たな検査,治療
を紹介し,併せてその成績にも言及し,部門紹
介といたします.
肺
癌
近年,肺がん診療は急速に進歩しています.
診断技術から,分子生物学に基づく新たな治療
薬の開発まで,多岐に展開していますが,私達
の肺がん診療に対するこれまでの経緯と将来展
望を紹介します.
1995年より肺小細胞癌に対する大量化学療
法の臨床試験を開始し,2003年に症例集積を終
了,2005年に Che
s
tに報告しました.また,非
小細胞肺癌Ⅲ期症例に対する同時放射線化学療
法の第Ⅰ /
Ⅱ相試験を 2006年に報告し,以来,
当科における非小細胞肺癌Ⅲ期症例の標準的治
療として実施しています.外来化学療法が主流
となる中で,Ci
s
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nの投与を外来ベースで可
能にするため,分割投与による化学療法を 2004
~
2006年にかけ実施し,2009年に報告しました.
現在,Ⅳ期非小細胞癌非扁平上皮癌の外来化
学療法の標準療法として実施しています.ま
た,高齢者Ⅳ期非小細胞肺癌に対する We
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療法,TS1/
Pa
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療法,プラチナ
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製剤を含む化学療法既治療症例に対する TS1/
Pa
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療法を終了し,データの解析を進め
ています.
現在,以下の臨床試験を実施しています.
①Ⅲ期非扁平非小細胞癌に対する同時放射線
Ci
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n/
Pe
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d療法―第Ⅰ /
Ⅱ相試験
②EGGR遺伝子変異陽性Ⅳ期非小細胞肺癌に対
する従来の化学療法と EGFRTKIの交替療
法―第Ⅱ相試験
気
管
支
鏡
2000年より胸腔鏡下外科手術を前提とした
微小肺癌のマーキング法の開発に着手し,気管
支鏡下によるバリウムマーキングを開発しまし
た.
原発巣と転移巣において DNAhe
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の存在が報告されていますが,一方,Dr
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nは,癌増殖に直接関連する遺伝子
変異であり,原発巣,転移巣に関わらず,多く
の癌細胞で維持される可能性があります.現
在,新たな手技である超音波気管支鏡による経
気管支針生検の生検材料および局所麻酔下胸腔
鏡による生検材料を用いて,原発巣の生検材料
をコントロールに Dr
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rg
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nの一致
率を検討しています.
肺癌基礎研究の推進と
癌バンクの創設
ヒト肺癌細胞の全ゲノム解析が実施され,数
多くの遺伝子変異が発見されています.これら
遺伝子変異の中で癌細胞の特性である増殖に関
与する遺伝子変異,すなわち Dr
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nemut
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nが同定され,標的遺伝子と考えられていま
す.これら Dr
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nの中で EGFR
と ALKを標的とした治療薬は既に開発され,重
要な肺癌治療薬となっていますが,同時にこれ
らの薬剤に対し,必ず耐性化することも知られ
ています.耐性機構の解明と耐性化の克服を
テーマに基礎研究をしたいと考えています.ま
た,今後,解明されていく分子標的およびその
標的薬剤を視野に臨床像,画像,血液,癌細胞
を一括管理する癌バンクを創りたいと考えてい
ます.
肺癌臨床試験
外来棟の整備により,医局の隣室に研究ス
ペースを設けています.培養など基礎研究に必
要な機材を整備し,肺癌細胞株を用いて抗がん
剤による細胞増殖抑制効果が薬剤の投与スケ
ジュールや培養環境により変わる事を確認,こ
れからは当科で実施している交替化学治療など
の臨床試験の基礎的な裏付けを行い,さらには
トランスレーショナルリサーチを進めてゆきま
す.治療成績の向上のためには化学療法,外科
療法,放射線療法のそれぞれの利点を生かしな
がらプロトコールを組むことが重要です.関係
科が集まり,検討する会が重要と思いますの
で,積極的に関係科の協力のもと臨床試験を進
めていきたいと考えています.さらに大規模多
施設共同研究にも積極的に参加したいと思いま
す.
気 管 支 喘 息
我が国の喘息有病率は,経年的変化をみる
と,小児・成人ともに近年急速に増加していま
す.1960年代はいずれもほぼ 1%程度であった
ものが,小児喘息では 10年ごとに 1.
5
~2倍程度
増加し最近では 6%程度まで,成人喘息では
3%程度まで増加したと推定されています.
喘息は,臨床的には繰り返し起こる咳漱,呼
吸困難,生理学的には可逆性の気道狭窄と気道
過敏性の亢進が特徴的です.気道が過敏なほど
喘息症状が著しい傾向があります.組織学的に
は,気道の慢性炎症が特徴で,持続する気道炎
症は気道傷害とそれに引き続く気道構造の変化
(リモデリング)を惹起し,非可逆性の気流制限
をもたらし,気道過敏性を亢進させます.
気管支喘息の診断は,その病態を考慮すれ
ば,
( 1)気道炎症 ( 2)気道過敏性 ( 3)可
逆性の気道狭窄を証明することになります.す
なわち,喀痰中の好酸球増多(気道炎症)
,誘発
試験における呼吸機能の低下(気道過敏性)
,閉
塞性換気障害の気管支拡張剤による改善(可逆
性の気道狭窄)が証明できれば容易に診断が可
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能です.しかし,現在日常臨床においてこれら
を証明することは必ずしも容易ではありませ
ん.現実的には,
( 1)発作性の呼吸困難・喘
鳴・胸苦しさ・咳などの症状の反復,
( 2)他の
心肺疾患の鑑別,
( 3)呼吸機能検査,
( 4)診
断的治療にての症状の改善を確認することなど
にて診断することになります.実際,これらの
方法にて典型的な症例であれば,比較的容易に
診断は可能です.しかし,発症初期で症状に喘
鳴や呼吸困難を認めない軽度な状態では,診断
は必ずしも容易ではありません.診断の遅れ
は,治療・管理の遅れの原因となり,喘息の慢
性化,重症化の原因となる可能性があります.
最近,気道炎症を評価するための臨床応用に
むけた研究が進んでいます.誘発喀痰,呼気一
酸化窒素(呼気 NO)
,呼気凝縮液などがその代
表です.なかでも,呼気 NO濃度測定は非侵襲
的で発作期にも行えることから,今後のさらな
る展開が期待されています.NOは一酸化窒素
合成酵素(NOS)によって産生されますが,NOS
は気道にも存在し,喘息の炎症関連物質のひと
つと考えられています.実際,気管支喘息患者
の呼気ガス中の NO濃度は上昇しています.
喘 息 患 者 の 呼 気 NOの 吸 入 ス テ ロ イ ド 薬
(I
CS)による減少程度が,一秒率(FEV1
)で示
した気道閉塞や,気道過敏性の改善程度と相関
するという報告や,呼気 NOをモニターしなが
ら,I
CSの量を調節すれば,喘息の管理が効率的
になり,使用ステロイド量の抑制につながると
いう報告があります.このように NOの炎症反
応は,喘息の病態に深く関わっていることか
ら,呼気 NOを測定することが,喘息診断の一
助になることは容易に想像できます.呼気 NO
濃度測定は平成 25年に保険収載され,今後一般
臨床にて普及するものと期待されています.私
達は,いち早く平成 23年から呼気 NO測定を開
始し,喘息の診断管理に活用しています.
COPD(慢性閉塞性肺疾患:c
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e)
厚生労働省の健康日本 21
(第 2次)では COPD
が取り上げられており,平成 34年度には国民の
871
認知度が 80%になるように目標が定められて
います.COPDが死亡原因の疾患として重要視
されながら,平成 23年度の国民の認知度は
25%と低く,多くの COPD患者が診断されてい
ないことも背景にあります.喫煙歴を有し,労
作時の息切れ,慢性的な咳,痰といった症状が
あれば COPDを疑い,スパイロメーターにより
診断に至りますが,COPDは呼吸器疾患にとど
まらず併存症も多く全身性疾患としての管理も
重要です.当科では,肺機能検査をはじめ,画
像や各種検査により全身性疾患として把握し,
早期から COPDの診断治療と全身管理を心がけ
ています.さらに,抗コリン薬,長時間作動型
β2刺激薬,ステロイドなどの各種吸入薬物療
法の開始時期および組み合わせが,いかに呼吸
機能の維持,改善につながり,自覚症状,QOL
に影響するか検討しています.その上で,治療
法としての呼吸リハビリテーションプログラム
を作成,活用し,在宅酸素療法の導入や日々の
呼吸管理に役立てています.効果的なリハビリ
の導入には包括的リハビリテーションチームを
編成し,薬物療法とあわせた COPDの治療をお
こなっています.また,COPDの発生機序の解
明のために,喫煙者と非喫煙者における肺機能
の経年的変化を比較し,喫煙者における COPD
発症の危険因子を検討しています.
SAS(睡眠時無呼吸症候群:
s
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eepapneas
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SASは,成人の 5
~10%前後に認められると
されており,生活習慣病との関連も高く,呼吸
器疾患の中でも重要な疾患の一つと考えられて
います.その診断には PSG(終夜睡眠ポリグラ
フィー:po
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)が必須で,治療には
CPAP(持続的陽圧換気:c
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)が行われています.当科でも,
クリニカルパスに基づき PSGを施行し必要な
場合は CPAPを導入しています.治療法として
の CPAPの有用性はすでに確立されています
が,アドヒアランスが問題で,いかに継続でき
るかが治療を左右します.最近,CPAPの使用
時間について,心血管障害の発症を抑制するた
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めの必要な使用時間の報告がなされており,当
科でも CPAPを継続できる要因を探り,併存症
を防ぐ CPAPの有用な使用法の探求と継続率向
上に努めています.
お
わ
り
に
WHOの報告では,2020年の世界における死
亡原因となる疾患の 10位までに,COPD,肺炎,
肺癌があげられており,呼吸器疾患の重要性が
示されています.また,肺癌細胞の分子機構が
解明され分子標的薬が登場したように,基礎研
究の進展が臨床に還元されてきています.私た
ちは,多岐にわたる呼吸器疾患の重要性を認識
しつつ,基礎研究における発見,成果を基盤に
して,臨床成績の向上をもたらすよう努力して
いく所存です.
(文責 岩﨑吉伸)