医学フォーラム 869 医学フォーラム <部 門 紹 介> 大学院医学研究科呼吸器内科学 最 近 の 状 況 呼吸器内科は,現在4人のスタッフで,病床 数は25床です.担当する疾患は,肺癌,喘息, 慢性閉塞性肺疾患,各種呼吸器感染症,間質性 肺炎などを中心に呼吸器疾患全般にわたり,気 管支鏡,胸腔鏡といった内視鏡検査,また慢性 呼吸不全に対する在宅酸素療法,呼吸リハビリ テーション,睡眠時無呼吸症候群に対する経鼻 持続陽圧呼吸療法などを行っています.ここで は,私たちが取り組んでいる新たな検査,治療 を紹介し,併せてその成績にも言及し,部門紹 介といたします. 肺 癌 近年,肺がん診療は急速に進歩しています. 診断技術から,分子生物学に基づく新たな治療 薬の開発まで,多岐に展開していますが,私達 の肺がん診療に対するこれまでの経緯と将来展 望を紹介します. 1995年より肺小細胞癌に対する大量化学療 法の臨床試験を開始し,2003年に症例集積を終 了,2005年に Che s tに報告しました.また,非 小細胞肺癌Ⅲ期症例に対する同時放射線化学療 法の第Ⅰ / Ⅱ相試験を 2006年に報告し,以来, 当科における非小細胞肺癌Ⅲ期症例の標準的治 療として実施しています.外来化学療法が主流 となる中で,Ci s pl a t i nの投与を外来ベースで可 能にするため,分割投与による化学療法を 2004 ~ 2006年にかけ実施し,2009年に報告しました. 現在,Ⅳ期非小細胞癌非扁平上皮癌の外来化 学療法の標準療法として実施しています.ま た,高齢者Ⅳ期非小細胞肺癌に対する We e kl y pa c l i t a x e l 療法,TS1/ Pa c l i t a x e l 療法,プラチナ 医学フォーラム 870 製剤を含む化学療法既治療症例に対する TS1/ Pa c l i t a x e l 療法を終了し,データの解析を進め ています. 現在,以下の臨床試験を実施しています. ①Ⅲ期非扁平非小細胞癌に対する同時放射線 Ci s pl a t i n/ Pe me t r e x e d療法―第Ⅰ / Ⅱ相試験 ②EGGR遺伝子変異陽性Ⅳ期非小細胞肺癌に対 する従来の化学療法と EGFRTKIの交替療 法―第Ⅱ相試験 気 管 支 鏡 2000年より胸腔鏡下外科手術を前提とした 微小肺癌のマーキング法の開発に着手し,気管 支鏡下によるバリウムマーキングを開発しまし た. 原発巣と転移巣において DNAhe t e r o g e ne i t y の存在が報告されていますが,一方,Dr i v e r g e nemut a t i o nは,癌増殖に直接関連する遺伝子 変異であり,原発巣,転移巣に関わらず,多く の癌細胞で維持される可能性があります.現 在,新たな手技である超音波気管支鏡による経 気管支針生検の生検材料および局所麻酔下胸腔 鏡による生検材料を用いて,原発巣の生検材料 をコントロールに Dr i v e rg e nemut a t i o nの一致 率を検討しています. 肺癌基礎研究の推進と 癌バンクの創設 ヒト肺癌細胞の全ゲノム解析が実施され,数 多くの遺伝子変異が発見されています.これら 遺伝子変異の中で癌細胞の特性である増殖に関 与する遺伝子変異,すなわち Dr i v e rg e nemut a t i o nが同定され,標的遺伝子と考えられていま す.これら Dr i v e rg e nemut a t i o nの中で EGFR と ALKを標的とした治療薬は既に開発され,重 要な肺癌治療薬となっていますが,同時にこれ らの薬剤に対し,必ず耐性化することも知られ ています.耐性機構の解明と耐性化の克服を テーマに基礎研究をしたいと考えています.ま た,今後,解明されていく分子標的およびその 標的薬剤を視野に臨床像,画像,血液,癌細胞 を一括管理する癌バンクを創りたいと考えてい ます. 肺癌臨床試験 外来棟の整備により,医局の隣室に研究ス ペースを設けています.培養など基礎研究に必 要な機材を整備し,肺癌細胞株を用いて抗がん 剤による細胞増殖抑制効果が薬剤の投与スケ ジュールや培養環境により変わる事を確認,こ れからは当科で実施している交替化学治療など の臨床試験の基礎的な裏付けを行い,さらには トランスレーショナルリサーチを進めてゆきま す.治療成績の向上のためには化学療法,外科 療法,放射線療法のそれぞれの利点を生かしな がらプロトコールを組むことが重要です.関係 科が集まり,検討する会が重要と思いますの で,積極的に関係科の協力のもと臨床試験を進 めていきたいと考えています.さらに大規模多 施設共同研究にも積極的に参加したいと思いま す. 気 管 支 喘 息 我が国の喘息有病率は,経年的変化をみる と,小児・成人ともに近年急速に増加していま す.1960年代はいずれもほぼ 1%程度であった ものが,小児喘息では 10年ごとに 1. 5 ~2倍程度 増加し最近では 6%程度まで,成人喘息では 3%程度まで増加したと推定されています. 喘息は,臨床的には繰り返し起こる咳漱,呼 吸困難,生理学的には可逆性の気道狭窄と気道 過敏性の亢進が特徴的です.気道が過敏なほど 喘息症状が著しい傾向があります.組織学的に は,気道の慢性炎症が特徴で,持続する気道炎 症は気道傷害とそれに引き続く気道構造の変化 (リモデリング)を惹起し,非可逆性の気流制限 をもたらし,気道過敏性を亢進させます. 気管支喘息の診断は,その病態を考慮すれ ば, ( 1)気道炎症 ( 2)気道過敏性 ( 3)可 逆性の気道狭窄を証明することになります.す なわち,喀痰中の好酸球増多(気道炎症) ,誘発 試験における呼吸機能の低下(気道過敏性) ,閉 塞性換気障害の気管支拡張剤による改善(可逆 性の気道狭窄)が証明できれば容易に診断が可 医学フォーラム 能です.しかし,現在日常臨床においてこれら を証明することは必ずしも容易ではありませ ん.現実的には, ( 1)発作性の呼吸困難・喘 鳴・胸苦しさ・咳などの症状の反復, ( 2)他の 心肺疾患の鑑別, ( 3)呼吸機能検査, ( 4)診 断的治療にての症状の改善を確認することなど にて診断することになります.実際,これらの 方法にて典型的な症例であれば,比較的容易に 診断は可能です.しかし,発症初期で症状に喘 鳴や呼吸困難を認めない軽度な状態では,診断 は必ずしも容易ではありません.診断の遅れ は,治療・管理の遅れの原因となり,喘息の慢 性化,重症化の原因となる可能性があります. 最近,気道炎症を評価するための臨床応用に むけた研究が進んでいます.誘発喀痰,呼気一 酸化窒素(呼気 NO) ,呼気凝縮液などがその代 表です.なかでも,呼気 NO濃度測定は非侵襲 的で発作期にも行えることから,今後のさらな る展開が期待されています.NOは一酸化窒素 合成酵素(NOS)によって産生されますが,NOS は気道にも存在し,喘息の炎症関連物質のひと つと考えられています.実際,気管支喘息患者 の呼気ガス中の NO濃度は上昇しています. 喘 息 患 者 の 呼 気 NOの 吸 入 ス テ ロ イ ド 薬 (I CS)による減少程度が,一秒率(FEV1 )で示 した気道閉塞や,気道過敏性の改善程度と相関 するという報告や,呼気 NOをモニターしなが ら,I CSの量を調節すれば,喘息の管理が効率的 になり,使用ステロイド量の抑制につながると いう報告があります.このように NOの炎症反 応は,喘息の病態に深く関わっていることか ら,呼気 NOを測定することが,喘息診断の一 助になることは容易に想像できます.呼気 NO 濃度測定は平成 25年に保険収載され,今後一般 臨床にて普及するものと期待されています.私 達は,いち早く平成 23年から呼気 NO測定を開 始し,喘息の診断管理に活用しています. COPD(慢性閉塞性肺疾患:c hr oni c obs t r uc t i vepul monar ydi s eas e) 厚生労働省の健康日本 21 (第 2次)では COPD が取り上げられており,平成 34年度には国民の 871 認知度が 80%になるように目標が定められて います.COPDが死亡原因の疾患として重要視 されながら,平成 23年度の国民の認知度は 25%と低く,多くの COPD患者が診断されてい ないことも背景にあります.喫煙歴を有し,労 作時の息切れ,慢性的な咳,痰といった症状が あれば COPDを疑い,スパイロメーターにより 診断に至りますが,COPDは呼吸器疾患にとど まらず併存症も多く全身性疾患としての管理も 重要です.当科では,肺機能検査をはじめ,画 像や各種検査により全身性疾患として把握し, 早期から COPDの診断治療と全身管理を心がけ ています.さらに,抗コリン薬,長時間作動型 β2刺激薬,ステロイドなどの各種吸入薬物療 法の開始時期および組み合わせが,いかに呼吸 機能の維持,改善につながり,自覚症状,QOL に影響するか検討しています.その上で,治療 法としての呼吸リハビリテーションプログラム を作成,活用し,在宅酸素療法の導入や日々の 呼吸管理に役立てています.効果的なリハビリ の導入には包括的リハビリテーションチームを 編成し,薬物療法とあわせた COPDの治療をお こなっています.また,COPDの発生機序の解 明のために,喫煙者と非喫煙者における肺機能 の経年的変化を比較し,喫煙者における COPD 発症の危険因子を検討しています. SAS(睡眠時無呼吸症候群: s l eepapneas yndr ome) SASは,成人の 5 ~10%前後に認められると されており,生活習慣病との関連も高く,呼吸 器疾患の中でも重要な疾患の一つと考えられて います.その診断には PSG(終夜睡眠ポリグラ フィー:po l y s o mno g r a phy )が必須で,治療には CPAP(持続的陽圧換気:c o nt i nuo uspo s i t i v ea i r wa ypr e s s ur e )が行われています.当科でも, クリニカルパスに基づき PSGを施行し必要な 場合は CPAPを導入しています.治療法として の CPAPの有用性はすでに確立されています が,アドヒアランスが問題で,いかに継続でき るかが治療を左右します.最近,CPAPの使用 時間について,心血管障害の発症を抑制するた 医学フォーラム 872 めの必要な使用時間の報告がなされており,当 科でも CPAPを継続できる要因を探り,併存症 を防ぐ CPAPの有用な使用法の探求と継続率向 上に努めています. お わ り に WHOの報告では,2020年の世界における死 亡原因となる疾患の 10位までに,COPD,肺炎, 肺癌があげられており,呼吸器疾患の重要性が 示されています.また,肺癌細胞の分子機構が 解明され分子標的薬が登場したように,基礎研 究の進展が臨床に還元されてきています.私た ちは,多岐にわたる呼吸器疾患の重要性を認識 しつつ,基礎研究における発見,成果を基盤に して,臨床成績の向上をもたらすよう努力して いく所存です. (文責 岩﨑吉伸)
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