「日本の富裕層をどのようにとらえるか」 三好 秀和 氏 立命館大学大学院経営管理研究科 教授 運用に携わって約30年になろうとしている。生命保険会社では外国株式、運用会社では日本 株トレーディングとマーケットの動向を見つめながら過ごしてきた。日本のバブル崩壊はもちろ ん、ベルリンの壁の崩壊、湾岸戦争、アジア通貨危機からリーマンショックまで様々な事象と株 価との関係を体験したことになる。そして、現在も大学(学園)の資金運用委員会の委員として運用 の意思決定をおこなっている。 一方、人材育成についても、大手メガバンクのマネーコンサルタントの研修や大学に奉職して から研究対象とした病院・介護経営から病院理事長研究会・事務長研修会を主幹したことから、 その中で感じたことを日本の富裕層の視点で論じてみたい。 第1に日本の富裕層をとらえるとき、仕事と家族の両面をとらえなければならない。単なる運 用商品の営業とプライベートバンカー(以下PBと略す)との違いはマス対応と個対応の違いが ある。PBは運用商品の営業マンと同様に得意な資産運用や税対策を前面に打ち出すことに躍起 となりがちである。しかしそのようなセールスをすれば、運用で常に勝ち続けなければ信頼を得 られないことになる。運用に長く従事した者ならば承知のことであるが、常に勝ち続ける投資家 はいない。 そもそも富裕層は資産を殖やすことが目的であろうか。もちろん、殖やすことを否定はしない が運用で成功して富裕層になった人たちではないのである。殖やすより守ることに力点を置く富 裕層が多いことも事実である。ではなぜ殖やすことをセールスするのか。その理由はPB自身が プロフェッショナルであることを富裕層に見せつけたいためであろう。富裕層だけの商品という のも何やら胡散臭く聞こえるものである。世の中いわばノーフリーランチであり、運用の常勝軍 が存在しないことを真理とすれば、信頼をなくすことは明白である。 休日の研修の中で顧客からしきりに電話がかかる受講生とそうでない者がいた。リーマンショ ックの途中で株価下落しつつある時期であった。その違いは 2 つある。1 つは単に携帯番号を教 えているかどうかの相違であろうが、そうでなければリーマンショックという事象の取り扱いを PBと顧客との間で仕切れていないから、顧客が不安になったのが原因である。プロフェッショ ナルとして認められていないことが原因であろう。この点については後述する。まず、プロとし ての信頼を得る以前にアプローチ段階での信頼が重要である。 では、何をもって信頼を得るのか。人から信頼を得るには相手の立場に立てることが第一条件 となる。相手が病院理事長であればその立場での悩み、孤独、ビジネス上の問題を理解できるこ とがポイントとなる。もちろん、PBは経営コンサルタントではないので経営のアドバイスはで きない。しかし、顧客の目線で発言できることがいかに重要か、そして、孤独な経営者にとって ビジネスとは直接利害関係のない信頼できる存在が大切か、想像に難くない。ゴルフ好きだから ゴルフの話をすればよいのでは決してない。重要な意思決定を遊び仲間とするとは考えにくいの である。人として、また専門家として知見の高い人物でなければ富裕層に信頼されることはな い。 また、富裕層の資産が数十億円単位となれば家族の間でも利害関係が生じる。家族にも相談で きないことがあるのである。重要な意思決定をする場合、用心深い富裕層であればセカンド・オ ピニオンを聞くはずである。その時にPBであるあなたの名前が浮かぶかどうかが信頼のバロメ ーターとなる。一見、関係のないことが重要な糸口となる。そこに気付く感性がPBには求めら れるのである。さらに、PBの顧客として対象とするドメインの設定は重要である。セールスの 相手を富裕層本人とするのか、家族全体とするのか、さらには大番頭と呼ばれる使用人(ステー クホルダー)にも範囲を広げなければ成功しないこともあろう。 富裕層の資産だけに着目するのではなく、ビジネスにも関心を持つ必要があるのは 2 つの側面 がある。1 つは企業間の信用リスク管理と同じく、富裕層の資産を支えているビジネスが軌道に 乗っているかどうかを知ることがPBにとっても有意義であること。もう 1 つは富裕層にとって 自身が富裕層であることを支えているのは、ビジネスであることを強烈に自覚しているのでその 理解者となることこそが信頼に通じるからだ。 以上から運用が得意なPBが運用で戦うなと言っているように理解してもらうと困るのでさら に論を進めたい。公私に亘るただの話し相手であれば幼馴染にPBは勝てない。PBがPBたる ゆえんは運用アドバイスのプロフェッショナルとして認められることにある。ただ、運用アドバ イスの専門家はPBでなくても世の中には多数存在する。だからこそ前述の議論がある。ではど のようにしたら運用アドバイスのプロフェッショナルとして認められるか。運用の巧拙を短期で とらえると常勝は難しい。さりとて長期なら勝てると言ってみてもただの言い訳と思われがちと なる。 しかし、ある程度マーケットをプロの目で観察し続けていればマーケットの転換点を感じ取っ た経験があるはずである。下がり続ける株はないし上がり続ける株もないのである。ポイントは 転換点を見つけ事前にアドバイスできるかどうかであろう。そのためにはベースとなる理論を学 び、実践で転換点の感覚を身に着けることが大切である。最終的な意思決定は顧客の判断であ る。しかし、その決定に役立つ事前のマーケットの転換点のアドバイスはプロにしかできない。 メガバンクの研修で伝えた最も厳しいメッセージを最後に記したい。 「プロとして学び続けるこ と、学び続けることを楽しめない人、マーケットが嫌いな人はこの仕事に従事しないでいただき たい。そのような人がプロの顔をしているのは、なによりお客様にとって迷惑ですから。」
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