デイサービス事業を始める 大半の人が直面する壁 新連載

新連載
岩下馨歌里
有限会社ファイブアローズ
あおぞらデイサービス水戸
あおぞらデイサービスひまわり
あおぞらデイサービス日立 取締役
マイケル・E・ガーバードリーミングルーム認定ファシリテーター
デイサービス事業を始める
大半の人が直面する壁
関東逓信病院にて臨床経験を積み,関東逓信病院付属高等看護
学院専任教員を経て,在宅医療,介護の経営管理を経験する。現
在は茨城県水戸市に有限会社ファイブアローズを弟妹と設立し,
利用者の要介護度の改善を図ると共に,生き生きとした毎日を送っ
ていただけるようような介護サービスを展開している。著書に『要
介護度改善ケアガイドブック』
(日総研出版)がある。
2014年は,私にとって弟妹たちと5人で起業
て,給料の計算をして,面接もして,取引会社と
して10年目の記念すべき年です。サラリーマン
の打ち合わせもして,新規事業のための準備もし
一家に育ち,大病院の看護師として,外科病棟や
て…と,ありとあらゆる業務をこなしていました。
手術室,ICUの急性期で働いていた私がまさか経
それでも人は育たず,次から次へと辞めていき,
営者になるなんて,20代のころには想像もして
理事長からは「岩下さんは看護師だから,経営は
いませんでした。10年間は,さまざまな経験を
できないよね」と叱咤激励を受け続け,苦痛の
通し,喜怒哀楽,多くの感情を体験することがで
日々を送っていました。そんな時に書店で平積み
きました。今では,デイサービス3カ所,訪問介
されていたのが,その頃日本で唯一刊行していた
護事業所1カ所,居宅介護支援事業所1カ所,サー
ガーバー氏の書籍だったのです。
ビス付き高齢者向け住宅3カ所を経営し,100
そこには,まるで私ではないかと思えるような,
人を超える心優しき優秀なスタッフに囲まれてい
ピザ屋を起業して苦悩する女性起業家の物語がつ
ます。本連載では,10年間の起業家人生で学ん
づられていました。そして,なぜうまくいかない
だ多くの体験を,アメリカのスモールビジネスの
のか全く分からなかった私の謎が一気に解けたの
神様と言われているマイケル・E・ガーバー氏の
です。私はその当時の上司である理事長に,
「こ
「成功する起業術」を織り交ぜながらお伝えして
の本を参考にやり直しましょう」と提案しました
いきたいと思います。
マイケル・E・ガーバーとの出会い
が,残念ながら理事長の反応はよいものではなく,
ほかにもさまざまな問題が押し寄せてきたため,
退職という道を選び,もう二度と苦悩する経営は
2004年,弟妹たちと会社を作ろうと思う直前
しないと心に誓って,弟妹と一緒に自分たちで会
に,東京五反田の書店で運命的な出合いがありま
社を作るという決断をしたのです。
した。私にとっての経営のバイブルである書籍
会社を作った弟妹の5人は,最初にこの本を5
『はじめの一歩を踏み出そう』との出合いです。
冊購入して,読み合わせをしました。ガーバー流
作者は,アメリカでスモールビジネスの神様と言
の経営を実践するためです。もちろん,たった1
われている経営コンサルタントのマイケル・E・
冊の本だけが頼りなので,十分に意味を理解でき
ガーバー氏でした。
ない部分もありました。それでも,勝手な自己流
ちょうどその頃,東京の医療法人で副理事長と
の経営よりはましなはずと考えました。なぜ,今
いう立場で経営者としての特訓を受けていた私は,
までうまくいかなかったのか,その一番の理由は,
なぜ経営管理がうまくいかないのか悩んでいまし
経営者である私が,
「経営者には【職人】と【マ
た。朝から晩まで土日も休みなく働き,いつも足
ネジャー】と【起業家】の3つの人格があり,そ
りない訪問看護師や介護職員の代わりに現場に出
のバランスが悪いとうまくいかない」という原則
通所介護&リハ 2014 vol.12_no.2
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を全く理解していなかったことでした。
入れがちです。
「入浴介助は私じゃないとほかの
職人とマネジャーと起業家の
3つの役割
人には任せられないわ」などと思ったりもしてい
ます。そうなると,仕事の時間はほとんど職人業
務ばかりで,大切なマネジャーや起業家としての
大切なのは3つの役割のバランス
仕事をする時間がなくなります。その結果,睡眠
会社の経営者には,この3つの役割が備わって
時間が少なくなり,休養の時間もなくなり,心や
いなければなりません。会社を作ったばかりの時
体を壊す場合があるのです。
期には,この3つの役割のバランスは,ちょうど
この状況をビジネス用語で「ラットレース」と
3分の1ずつです。でも,多くのうまくいかない
言います。ねずみがかごの中でクルクルと走り回
経営者は,3つの役割のバランスが悪いのです。
る姿です。目的を達成することもなく,毎日毎日
【職人】とは,介護業界でいうと“介護の専門
目の前の業務を寝る間もなくこなし続ける状況を
職”という意味です。入浴介助や排泄介助,レク
示しています。もちろん,起業する前の私の生活
リエーションなどを実践するのです。次の【マネ
もラットレースでした。
ジャー】は,管理をする役割のことです。現場の
逆に,異業種の方が「超高齢者社会なので儲か
管理をする人がいなければ,介護の専門職たちは,
るに違いない」と介護事業に参入した場合は,自分
自分たちの好き勝手に仕事をしはじめるかもしれ
に介護の経験がないため,職人の役割はスタッフに
ません。それを統率する役割が必要なのです。さ
任せきりになり,マネジャーと起業家の役割しかや
らに【起業家】の役割とは,社会にはどんな課題
らなくなります。ひどい場合は,マネジャーも任せ
があり,それを解決するためにはどんな介護サー
きりで,起業家だけという場合もあるのです。そ
ビスが必要で,その介護サービスをどう運営すれ
うなると,介護現場で良い介護が実践されている
ば利益が出るのか,スタッフは何人必要か,初期
か,下手をすると良い介護が何かすらも分からず,
投資の費用はいくら必要かなど,将来を夢見て創
クレームだらけの最悪の介護サービスを提供して
造するというものです。
しまう事業所になってしまうかもしれないのです。
ていた人が起業すると,自分で介護をすることが
社会の課題を解決するビジネスで
あるために
好きで得意であるために,職人業務ばかりに力を
もちろん,起業したばかりのころは財政的にも
例えば,私のような元々介護や医療業界で働い
余裕がない場合が多いので,介護経験者が職人と
しての現場の介護を実践することは仕方のないこ
入浴介助…
排泄介助…
とです。しかし,単なる職人として介護を実践す
目的を達成する
こともなく,
毎日毎日目の前の
業務を寝る間もなく
こなし続ける
「ラットレース」
間
睡眠時
目的
休養
るのと,マネジャーや起業家の視点を持ちながら
職人として介護を実践するのとでは,全く意味が
違ってきます。
具体的に言うと,起業家としての視点を持ちな
がら介護を実践する場合は,介護に困っている
方々はどんなことに困っているのかを常に意識し
ながら実践します。そうすると,
「この地域には
リハビリテーションのできる専門家が少なく,リ
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