動物の行動を EYE で感じる 久原 篤 甲南大学 理工学部 生体調節学研究室 講師 2012年のノーベル化学賞は,光や匂いなどの刺激を受け取り,細胞内部に信号を伝えてい る「Gタンパク質共役受容体(GPCR)」の研究者に贈られた。しかし,生き物が環境に応答す るしくみにはまだ謎が多い。久原篤さんは,その GPCRの一種が働いている「においを感じる 神経細胞」が 「温度」も感じていることを突き止めた。 「見る」ことが原点 昆虫や花などの生き物を眺めたり,1986 年の ハレー彗星を夜通し観察したりするなど,自然現 象を見てじっと考えることが好きだった久原さ ん。大学では,体長 1 mm にも満たない動物「線 虫」を,実体顕微鏡でのぞいていた。シャーレの 中を動く 2 万匹の線虫を 1 匹ずつつついて,そ の動きから目的のものだけを選び出すこともあっ た。姿勢も目も疲れるはずの顕微鏡観察を 20 時 久原 篤(くはら あつし)プロフィール 間続け, その姿勢で寝てしまったこともある。 「驚 1999 年,名古屋大学理学部卒,2004 年名古屋大学 くほど研究に熱中できたので,これを仕事にしよ 大学院理学研究科修了,博士(理学) 。2005 年より うと思いました」 。 名古屋大学大学院理学研究科助手,助教,講師を歴任。 2011 年より現職。2012 年文部科学大臣表彰,神経 「予想外」を「発見」に変える 科学学会奨励賞を受賞。 久 原 さ ん が 線 虫 に 目 を つ け た の は, た っ た 1000 個の細胞からなり,それぞれの働きや由来 誌『Science』にも掲載され一躍注目を浴びた。 がよく研究されていたからだ。線虫は 25℃の場 Humanity & Humor 所でエサを与えた後,温度の違う場所へ移すと, エサのあった温度環境へ戻る「温度走性」の習性 「線虫の研究で過去に 3 回のノーベル賞が出て をもつ。あるとき,その習性が弱い個体を見つけ いますが,みな純粋な興味を追求した人ばかり」。 て, 「おかしいな」と気づいた。普通なら,見落とし 役に立つかどうかにとらわれ過ぎず,いろいろな がちなそのわずかな行動の違い。 「線虫の気持ち 研究を,人間自身の解明に活かしていくことが になって考えてみたら,気まぐれではないと思っ 人間らしい学問だと考えている。これまでに発 たのです」 。複雑に信号を交わし合う 302 個の神 見された「温度走性」の遺伝子は,「アホな行動 経細胞をひとつひとつ調べていくと,その原因は をとる原因遺伝子」として,「AHO(abnormal においを感じるしくみにあることがわかった。意 hunger orientation)」と名づけられたこともあ 外すぎて最初は信じてもらえなかったが,揺るが る。愛情とユーモアあふれる研究室からは,日々 ぬ実験結果を示すことで,世界を代表する科学雑 発見が生まれている。(文・伊地知 聡) 久原さんが研究している遺伝子に名前をつけよう! 詳細は WEB(bit.ly/konan-kuhara)にて。 リバネス出版『someone』2012 冬号 17
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