3 朝比奈あすか 14 木村紅美 28 長嶋 有 42 山下澄人 ... - 中央公論新社

連載長編小説
3 朝 比 奈 あ す か
1
少女は花の肌をむく
14 木 村 紅 美
January
2015
no.1
まっぷたつの先生
28 長 嶋 有
三の隣は五号室
42 山 下 澄 人
壁抜けの谷
連載マンガ
連作短編小説
松田青子
56
おばちゃんたちのいるところ
Where the Wild Ladies Are
表紙画/デュフォ恭子
「a panda in the red room」
66
斉藤弥世
左右石先生と書生
GALLERY &L 写真
2,12,27,
伊原美代子
39,52,68
海女
68 作 者 紹 介
69 中 央 公 論 新 社 の 文 芸 書
72
編んでる人が考える
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お ぎ
第一話
そ さき
む とう あ
さ
はるやま の
﹁小木曽咲って子と、友達にならないほうがいいよ﹂
の か
小学五年のはじまりの日、武藤阿佐は親友の春山野々花に
忠告した。
桜のにおいをあまく含んだ朝の空気は冷えている。半袖の
子もちらほらいるけど、中には冬のダウンを着せられて登校
してくる子もいる。
今朝の五年生は、皆、こころなしか大きめの声を発してい
る。先生や友達がちゃんと決まっていない、不安の裏返しだ。
十歳の心と体は、四月の冷えた空のしたで、ちぐはぐになっ
てしまう。
阿佐たちは、さっき校門のところで先生が配る、新しいク
ラス編成のプリントをもらったばかりだった。始業式は八時
半からで、新しいクラスで並ぶように言われている。阿佐は
三組になった。野々花も三組だ。そして、三組には﹁小木曽
阿佐は、深刻な秘密を告げるかのように眉根を寄せて、
咲﹂の名前もあった。
3 少 女 は 花 の 肌 を む く
少女は花の肌をむく
朝比奈あすか
新連載
野々花のこの態度に、阿佐は不満を抱く。
野々花は、ふだんはおしゃべりも面白いし、運動神経も良
い。背も高くて、早川唯よりずっとずっと、本物のモデル体
と、野々花に言った。
﹁変人て、どう変人なの?﹂
けれども野々花はさっきから何か考え事をしているようで、
﹁小木曽咲、変人だからね﹂
野々花は興味を持ったようだった。
﹁変人。とにかく変人!﹂
モデルを目指している早川唯は、今日、網タイツにブーツ
を合わせていて、﹁網タイツ﹂という言葉を知らない子たち
阿佐は、濃紺のトレーナーに茶色いチノパンという、色み
の少ない服装だった。
に自分たちとは世界が違う子だと思わせた。 少しぼんやりしている。
型だ。阿佐は野々花のすごさを、早川唯に見せつけたかった。
阿佐はくりかえした。
はやかわ
四年生の時に阿佐と同じクラスで同じグループだった早川
ゆい まつもとはる な
唯や松本晴菜が、近づいてきた。
早川唯と松本晴菜は五年生でも同じクラスになっていた。
三人組の中で、阿佐ひとりが離された。ほっとするような、
心が苦しくなるような、不安定な気分の阿佐は、とにかく幼
系の服を親にせがんで買ってもらっていた阿佐が、四年生の
馴染みの野々花を離すまじと、彼女の腕に触れ続ける。
早川唯と松本晴菜は体をすりあわせるくらいにぴたりと並
んで阿佐の前に立ち、
二学期あたりからは、なるべくベーシックな、目立たない色
低学年のうちはぶりぶりのピンクを好んでいて、三年生か
ら四年生の夏まではスカルマークや皮ジャンなどストリート
﹁阿佐も親友と同じクラスになれたんだね。良かったね﹂
︱
早川唯にはっきり言われた体育の時間を、阿佐は今も忘れ
ていない。
阿佐って、モデル体型じゃないよね。
のものを着るようになっていた。
阿佐は、できるだけうれしそうな声を出して、ふたりに言
った。
その少し前まで早川唯は阿佐に、中学生になったら一緒に
原宿に行って、モデル事務所にスカウトしてもらおうと言っ
﹁春山さんって、阿佐と幼稚園の頃からの親友だったんでし
と、おそろいの笑顔で言った。
﹁うん。のんのんと同じクラスになれてホント良かったあ﹂
ょう。阿佐がいつも言ってたもんね﹂
それなのに、ある日とつぜん体操着姿の阿佐を見て、早川唯
ていた。乗っていく電車やおやつを食べる場所の話までした。
早川唯が野々花に言う。野々花は少しぼんやりしたような
表情のまま、頷く。
4
阿佐は﹁なんでえ∼﹂と中途半端に語尾をのばすことで泣
きだしそうになる自分を守ったが、その頃すでに、鏡を見る
ははっきり言ったのだった。
﹁のんのん。一緒に並ぼう﹂
まだ気づかない。
知っているから、そそくさと列を作るけれど、低学年の子は
して皆を並ばせ、﹁今回は○秒かかりました﹂と言ってから
モデル体型じゃない。
たびそこにある、細くつりあがった目や、起伏にとぼしい鼻
︱
のかたちに、かすかな痛みを憶えていた。可愛い可愛いと言
式を始めるのがパターンだということを、高学年の子たちは
ってくれる母親の言葉が、世間の基準とは完璧に重なってい
阿佐はそう言って、野々花の腕に自分の腕をぎゅうとから
めた。
るわけではないということにも気づき始めていた。だけど、
三学期にもなると早川唯は運動神経のよい松本晴菜に夢中
になって、一緒に踊りたがった。早川唯は阿佐と晴菜を比べ
いるから。
ら。まだ正確な背の順が分からないし、名前を知らない子も
まだ、体型を気にかけたことはなかった。
て、うまくステップを踏めない阿佐をなじった。
新しいクラスの時は、﹁来た順﹂に並ぶのだと、五年生の
子たちは知っている。三年生の最初の始業式がそうだったか
﹁なんでできないの?﹂﹁阿佐、変﹂﹁やり直して﹂
のんのん大好き。唯ちゃんなんかより、ずっと好き。ずっ
言いながら、苦しくなるくらいのよろこびに包まれた。
阿佐は頬を赤くして、
﹁やだあ、のんのん、きもーい﹂
野々花が花のような笑顔で言った。おまけかに野々花は、阿
佐の頭にさらに鼻をおしあてて、くんくん嗅いでくる。
阿佐が言うと、
﹁阿佐の頭からいいにおいがするっ﹂
急に野々花が大きな声をあげた。
﹁のんのん、どうしたの﹂
ふたりは前後に並ぶ。阿佐が前で野々花が後ろ。
﹁わあ!﹂
笑いながら言うものだから、阿佐も笑ってやり直さなけれ
ばならなかった。何度も何度も。阿佐も、週に一回ダンスス
クールに通っていたけれど、早川唯や松本晴菜ほど上手には
踊れなかった。
の始まりを知らせるチャイムが鳴った。
始業式
﹁あ! 校長先生だ。じゃーねー﹂
早川唯が松本晴菜をひっぱるようにして、阿佐の前から去
った。
すでに校長先生が朝礼台に立っている。
校長先生は朝礼台にじっと立って、黙って校庭を見回し、
皆が気づいて自分たちで並ぶのを待っているのだ。毎回そう
5 少 女 は 花 の 肌 を む く