2014年度初級経済史 第1回 後発国の経済発展 ―政府と市場― (非西欧圏の資本主義化) 2014/12/10・17 荻山正浩 資料は下記からダウンロード可 http://www.le.chiba-u.ac.jp/~ogiyama/ 1 講義の目的 経済発展に必要な条件:日本の経験を中心に 日本の事例:後発国の経済発展を可能にする条件 構成 第1回 後発国の経済発展:政府と市場(2コマ) 後発国の経済発展に必要な条件を考察 第2回 日本の経験(1):社会体制の変化(1~2コマ) 古代、中世、近世に至る国家体制の形成を概観 第3回 日本の経験(2):近代以降の経済発展(1~2コマ) 近代以降の市場経済の発展と工業化の過程を概観 2 資本主義化の進行:経済発展 さしあたり2つの特徴 1.工業化の進展 経済構造:農業中心から商工業(非農業)中心へ 職業構成:商工業人口の比率の増加 2. 経済的な豊かさ 財・サービスの総生産量の増大 1人あたりの所得の伸び 生活水準の上昇 3 非西欧圏の動向 グローバルな視点:視野を西欧から広げる 西欧:後の欧米先進国 いずれも経済発展に成功:資本主義化 経済的な豊かさ 非西欧圏:勝者と敗者 一部:経済発展に成功 他の国や地域:経済発展に失敗 経済発展:成否を分ける条件は何か? いずれの国や地域で成功するわけではない 4 各国の1人あたりGDP(2011年:USドル) 5 日本の経験 経済発展に必要な条件:成功の条件は何か 後発国:西欧諸国に遅れて経済発展 その条件がどう作用したのか 講義「日本経済史」(2年以上) 専門的な説明 日本と失敗例の差(オスマントルコ、清朝) 安定した国家体制の有無 失敗例:帝国の瓦解ないし崩壊 日本:明治維新以降の安定した国家体制(西欧と共通) 6 19世紀の世界史と経済発展:成功と失敗 成功 1790年代 イギリス 1850年代 1820年代 ドイツ 1860年代 1880年代 日本 ベルギー アメリカ ロシア オスマントルコ 帝国の瓦解 清朝中国 王朝の崩壊 失敗 7 政府の役割(国家の機能) 日本の殖産興業(1870~80年代) 政府による近代産業の創設:鉄道、紡績業(綿糸生産) 先進技術の導入:西欧諸国の技術の導入 生産方法の変化:工場、機械、動力 政府の役割 西欧から技術者を招聘:お雇い外国人 教育機関の創設:大学、専門学校での人材育成 施設の建設と運営:大規模工場、鉄道 財政支出:税金の徴収(地租) 8 日本の殖産興業 西欧諸国 招聘 政府 機械 外国人技術者 外国人教師 教育機関 人材育成 税金 近代産業 工場・鉄道 人材供給 国民 9 後発の利益 後発国:先進国からの知識と技術の移転 政府による産業振興が不可欠:資金、人材、税制 急速な経済発展が可能 後発国 税金 政府 先進国 資金 知識・技術 国民 資金 技術者 ライバル企業 (高い競争力) 基幹産業 (弱い競争力) 高関税 (輸入制限) 教育機関 人材育成 10 経済発展の基盤整備 教育、交通、ライフライン:経済発展に不可欠 政府による設立・建設・運営 税金の投入:不採算、収益<経費 政府 教育 学校、研究所 交通 道路、鉄道、空港 税金 国民・企業 ライフライン 電気、ガス、水道 11 経済の秩序維持 社会的安定:国防、治安 経済的取引:市場のルール違反者の処罰 外国 政府 攻撃 防衛 処罰 犯罪者 処罰 市場(market) 被害 商品の売却 企業A 企業B 代金の未払い 12 政府のパラドックス 政府の強力な統制:経済発展を阻害 社会主義:政府による計画経済 企業、労働者:目標はノルマ(計画)の達成のみ 弊害:利潤機会の消滅、技術革新の停滞、労働意欲の衰退 ソビエト連邦:政府の統制の強化、経済の停滞、崩壊 帝政ロシア→ソビエト連邦 政府 計画経済 統制 統制 労働 国有企業 国民 配給 闇市場(black market) 企業 違法な売買 13 自由主義社会と政府 個人や組織(企業):行動の自由が優先される社会 利害対立:問題解決のため上位組織の必要性 政府の存在意義:個人や組織(企業)の利害調整 政府 利害調整 支持 個人 個人 利害対立 企業 行動の自由 企業 利害対立 14 行動の自由と利潤動機 個人や企業:社会的ルールの下で行動の自由 利潤追求:経済発展の原動力 自由主義社会の国家体制 政府 利害調整 個人 経済活動 →利潤追求 企業 経済活動 →利潤追求 経済発展 経済的な豊かさの実現 15 先進国(イギリス・フランス)の市民革命 旧体制:王侯貴族の強い権力、経済の統制(ギルド) 市民革命:富裕な市民(ブルジョア)による権力奪取 営業の自由:経済活動の自由、利潤追求の公認 旧体制 市民革命後の体制 王侯貴族 上納金 統制・徴税 特権団体(ギルド) 独占的営業権 統制 商工業者 政府 支持・納税 保護 富裕な市民(ブルジョア) 営業の自由 →利潤追求 16 後発国の体制転換 先進国からの圧力:経済的、軍事的な劣位、従属化 国家間の競合:先進国に対抗するため体制転換 政府による市民社会の創出 ロシアの農奴解放(1861)、日本の明治維新(1868) 圧力 先進国 (西欧列強) 後発国 政府 権利の賦与 自由の公認 市民 経済活動の自由 →利潤追求 17 利潤追求と経済発展 利潤追求:社会的分業の進展(職業分化) 前近代社会:自給自足の比重の高い農業中心の社会 近代社会:農業から商工業中心の社会へ 社会的分業:市場経済(market economy)の発展 市場経済の発展:財・サービスが大量に供給 経済的豊かさ:多くの人々の生活水準が上昇 18 社会的分業 生産性(productivity)=産出/投入 (量ないし金額で計測) 労働生産性の上昇:産出/労働投入 近代以前の農業社会:自給自足の比重の高い農家 農家の利潤追求:同じ労働投入で農産物の増産(労働生産性) 農家の余剰労働力:商工業に従事(非農業部門の発展) 農家の余剰生産物:商工業の従事者に販売 農家 労働生産性の上昇 品種の改良 灌漑施設の整備 夫 余剰生産物 妻 長男 次男 長女 商工業 商店 工場 19 社会的分業の進展 市場経済(market economy)の発展:市場での商品の売買 原料 燃料 製鉄所 輸入 素材 部品工場 電力会社 部品 電力 肥料工場 小売業者 化学工場 肥料 農機具メーカー 農薬 販売業者 トラクター 農産物 農家 労働生産性の上昇 20 日本の就業人口の推移 就業人口の推移 1872 1890 1906 1920 1956 1962 1968 1974 就業者総数 農林水産業 21,371 23,042 25,061 26,966 39,863 42,855 49,006 51,341 15,525(72.6) 15,637(67.9) 16,158(64.5) 14,442(53.6) 16,731(42.0) 12,927(30.2) 10,842(22.1) 7,315(14.2) 鉱工業 単位;千人、% 商業・サービス・ 運輸・通信・公務 5,846(27.4) 7,405(32.1) 3,618(14.4) 3,729(14.9) 6,424(23.8) 5,576(20.7) 13,301(33.4) 9,512(23.9) 16,284(38.0) 13,305(31.0) 21,393(43.7) 16,430(33.5) 25,264(49.2) 18,411(35.9) 注;就業者数はいずれも男女計。括弧内は就業者総数に対する比率。 出所;1920年以前は安藤良雄『近代日本経済史要覧 第2版』東京大学出版会、 1979年、6頁。それ以外は『昭和国勢総覧(上)』東洋経済新報社、1980年、 65頁、2-33表。 21 社会的分業の効果 専門化:企業ないし個人は特定の仕事のみに従事 商品の売買:各自の生産物を貨幣を媒介に交換(市場) 専門化:労働生産性の大幅な上昇 1人あたりの生産物の増大:1人あたりの消費量の増加 経済的な豊かさ:生活水準の全般的な上昇 労働生産性上昇のメカニズム 代表的特徴の2点に注目(詳細は講義「日本経済史」) 1.専門化による知識と技術の蓄積 2.専門化によるスケールメリットの追求 22 知識と技術の蓄積 個人:特定の業務に長期間従事(専門化) 労働者:技能の向上、手順の工夫 技術者:技術開発 企業(組織):特定の業務に専門化 生産経費の低下:新技術の導入、生産方法の改善 売り上げの増加:消費者のニーズの把握 企業:利潤追求のための組織 専門化:生産性向上が可能(産出の増大と投入の減少) 収益増加:経営者と労働者で利益分配 23 スケールメリット(規模の経済) 専門化:少数の事業者による大量生産 生産規模の拡大:産業によって単位コストの急激な低下 コストの低下:企業収益の増加 電力業:発電の単位コスト(1kwあたりコスト) 人力による自転車を使った発電:高コスト 大型の発電所(火力、水力、原子力):低コスト 海運業:輸送の単位(1トンあたりコスト) 原油の輸送:大型タンカー 単位コスト 生産規模 24 まとめ 政府の役割:経済発展を支える基盤 後発国:政府によって経済発展は促進 政府のパラドックス 政府の強い統制:経済発展を阻害 自由主義社会と市場 個人や企業の利潤追求:市場経済の発展(経済発展) 政府:利害調整 後発国の経済発展 政府の強い指導力:政府による体制転換、経済政策の遂行 市民の自由の保障:個人や企業の利潤追求 25 参考文献 この講義内容に関して、標準的な教科書はありませんが、日 本語で読める文献として下記をお薦めします。 D.N.ワイル(早見弘・早見均訳)『経済成長』第2版、ピアソン 桐原、2010年 D.C.ノース・R.P.トマス(速水融・穐本洋哉訳)『西欧世界の勃 興』増補版、ミネルヴァ書房、1994年 R.キャメロン・L.ニール(速水融監訳)『概説世界経済史』I、II、 東洋経済新報社、2013年。 26
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