油圧機器とキャビテーション - 日本フルードパワー工業会

油圧機器のトライボロジー
~理論編(4)油圧機器とキャビテーション
風
1.はじめに
油圧技術分野に携わる若手技術者を対象に、
トライボロジーの基礎として「摩擦・摩耗・
潤滑」、「作動油」、「潤滑理論」の各テーマに
絞って解説を進めてきた。今回は全4回の最
後となる。摺動部にも関わりの強い「キャビ
テーション」について、油と水との差異など
も絡めつつ、一文を草して務めを果たしたい。
2.キャビテーションについて
2.1 油圧機器のキャビテーション
フルードパワーシステムにおけるエネルギ
ー伝達媒体は、ここで述べるまでもなく、油
圧システムにおいては作動油、水圧システム
においては水道水、空気圧システムにおいて
は空気である。各システムを構成する機器や
配管等の内部の流れは、それらの流体の種類
を問わず、常に均一な単相流を保つことが理
想となろう。ところが、油圧や水圧において
は、液体中の気泡が機器やシステムの信頼性
や性能にしばしば深刻な影響を及ぼす。
油圧ポンプ・モータやバルブの摺動部にお
いて形成される隙間は、モーメントを伴う荷
重が作用するために、一様とはならない。す
なわち、滑り方向に隙間が狭まる、あるいは
広がる形状を呈する。後者の広がる場合には
逆くさび作用が働くので、圧力は低下するこ
とになる。
また、荷重が大きく変動する状況下では、
摺動部の剛性が有限であることから隙間は変
動する。つまり、時間とともに相対する摺動
壁面が近づく、あるいは遠ざかる動作を引き
起こす。後者の壁面が離れる場面では逆絞り
*室蘭工業大学大学院
教授
平成26年11月
もの創造系領域
間
俊
治*
膜作用が働くので、逆くさび作用と同じく、
圧力は低下する。液体は負圧に耐え難いため
に、圧力の低下に伴い液体から気泡を生じる、
あるいは、周囲から空気を巻き込む。
一方で、摺動部における可動隔壁の近傍は
絞り状の流路が形成される部位が多く、噴流
を生じ易い(図1)。そこでは、大きな圧力差
に基づき流速が大きく、粘性項に比して慣性
項の支配的となる流れとなり、流れが剥離し
て渦を放出する。その過程で、作動油あるい
は水道水に気液相変化が起こる。
油圧システムに用いられる作動油は、エネ
ルギーの伝達および摺動部の潤滑の両者を担
う。よって、作動油のキャビテーションは、
管路や機器内部の比較的広い流路を起点とす
る振動や騒音の発生、効率や応答性の低下、
部材の壊食のみならず、摺動部の比較的狭い
隙間における油膜の破断や潤滑の不良、表面
の損傷や焼付きのトリガーとなり得る。した
がって、油圧機器のトライボロジーを取り扱
う上で、キャビテーションに対する考慮は欠
かせない。
図1
絞り部における噴流
2.2 沸騰とキャビテーション
液体中に空洞(キャビティ)、つまり気泡が
出現する相変化現象には、昇温によるものと
(57)
減圧によるものがある。前者を沸騰、後者を
キャビテーションと呼び、区別されている。
図2を用いて、その物理現象の差異を簡単に
説明する。
例えば、大気圧下の室温(20℃)の水(図
2中の①)の(摂氏)温度と(絶対)圧力に
対する変化を考える。同図の①から横軸に平
行な線を引くと、100℃において蒸気圧曲線
と交わる(同図中の②)。つまり、水を(圧力
一定で)熱したときの沸騰を表している。一
方で、20℃の水を(温度一定で)0.025 気圧
まで降下させても蒸気圧曲線と交わる(同図
中の③)。これがキャビテーションの発生を意
味する。
満ちている場合に大別される。前者を蒸気性
キャビテーション、後者を気体性キャビテー
ション(エアレーション)と云う。表1に示
すように、鉱油の場合には、蒸気圧が極めて
低く気体の溶解度が高いので、気体性キャビ
テーションになり易い。逆に、水の場合は蒸
気性キャビテーションになり易い。
液体には抗張力、つまり大幅な減圧下におい
ても気泡が生じ難い性質、がある。空孔理論に
よれば、水で約 14000 気圧となる。ところが、
実測値では、水で数十~数百気圧、作動油で数
~数百気圧程度である。この大きな差異は、表
面の微小凹凸内クレビス部において、あるいは
有機皮膜に覆われて、微小気泡や気泡核が比較
的安定して存在等するためであると考えられ
ている。なお、十分に脱気を行うと、抗張力の
絶対値は上昇する傾向を示す。
ただし、空気含有量、気泡径、抗張力とも
に、測定が非常に困難であり、測定者や文献
によるバラツキも大きい。あくまでも参考値
として記しておく。
Liquid
図2
水の沸騰とキャビテーション
2.3 流体因子
作動油と水道水の物性値の例を表1に比較
する。物性値には、粘度μ、密度ρ、表面張
力σ、飽和蒸気圧 pv を取り上げる。作動油と
しては、32 番の石油系作動油を想定する。
作動油に比して水道水の方が、飽和蒸気圧
pv は約3桁も大きく、表面張力σも約 2.5 倍
大きい。また、粘度μは、水より油の方が約
40 倍(VG32 の場合)大きい。一方、これら
に比して、密度ρの差異は小さい。
空気含有量、つまり液体中に気泡が含まれ
る割合(体積比率)は、水で 1~3%程度、作
動油で 8~24 %程度と云われている。液中気
泡(核)の大きさは、水で数~数百μm、作
動油で 250~500μm との記述もある。
液体中の気泡内部は、液体の蒸気で満ちて
いる場合と液体中に溶解していた放出気体で
Water
Oil
表1 液体の物性値 (313K)
μ
ρ
σ
pv
3
mPas
kg/m
mN/m kPa
0.653
992
69.6 7.375
27.2
850
27.3 6.7×10-3
2.4 気泡の運動
液中における単一気泡の運動について、水
道水と作動油の差異も含めて、簡単に述べる。
球形気泡の運動は Rayleigh の式より、気
泡半径を R、時間を t として、次式で求める
ことができる。
p p
d 2 R 3  dR 
 
  

dt 2 2  dt 
2
R
(1)
気泡壁面圧力 p は、非圧縮性流体に対して
p  p g  pv 
2 4 dR

R
R dt
(2)
でモデル化できる。ここに、pg:ガスの分圧、
pv :気体の蒸気圧、 p ∞ :無限遠の流体圧力、
μ:粘度、ρ:流体密度、σ:表面張力であ
る。
(58)
フルードパワー
式(1)、(2)に基づく一連の方程式をルンゲ・
クッタ法で数値的に解く。その結果を図3、
4に示す。なお、液温 40℃の VG32 の石油系
作動油および水道水を対象とし、表1の数値
例を用いている。他のパラメータは、pg= 101.3
kPa、R0 = 0.1 mm、代表時間 T = 10 μs と
し、初期条件は、時刻 t = 0 で R = R0、dR /dt
= 0 としている。
図3は気泡の運動を、図4は気泡の壁面圧力
を示す。作動油の場合、水道水に比して減衰
効果が大きいので、リバウンドに伴う気泡半
径の振動振幅の減少が顕著である。つまり、
水道水の場合の方が気泡半径 R/R0 の最小値
は小さく、壁面圧力 pT/μ 0 の最大値は大き
い。この結果を壊食の視点で考察すると、他
の条件を同じとすれば、作動油に比して水道
水の方が激しい損傷を示すひとつの説明とな
る。
3.摺動部のキャビテーション
3.1 負圧の発生機構
摺動面において、3つの場面で圧力が発生
する機構を、レイノルズ方程式とも対比させ
つつ、本連載の第3回で解説した。具体的に
は、時間の経過とともに隙間が減少する場面、
滑り方向に隙間が狭まる場面、運動方向に滑
り面が縮む場面である。これらの逆の運動の
下では、つまり、逆絞り膜作用、逆くさび作
用、逆伸縮作用が働く状況下では、隙間にお
ける流体圧力は低下する。これらを模式的に
図5に示す。負圧に耐えられない場合には、
キャビテーションが生じることになる。
R /R 0
1.0
a) 逆絞り膜作用
oil
water
0.5
0.0
0
4
図3
t/T
8
b) 逆くさび作用
気泡半径 R/R0 の挙動
10000000
1000000
oil
100000
water
p T / μ0
10000
c) 逆伸縮作用
1000
図5
負の流体圧力の発生機構
100
10
1
t/T
0
4
図4
気泡壁面圧力 pT/μ0 の挙動
平成26年11月
8
3.2 ジャーナル軸受のキャビテーション
ジャーナルすべり軸受は、流体潤滑機構を
利用した代表的な機械要素に位置づけられる。
そこで、図6に示す真円ジャーナル軸受の説
明図を用いて摺動部におけるキャビテーショ
(59)
し、最大隙間位置をθ=0°に採る)および逆
くさび状(末広がり、θ=180~360°)の区
間が、それぞれ半周ずつ生じる(図7)。くさ
び作用に基づく潤滑作用により、前者の末狭
まり区間においては正の圧力が生じる(図6)。
後者の末広がり区間においては、原理的には
これと逆に負圧の発生機構となる。
ンの事例を述べる。
レイノルズ方程式は、前回に導出した式よ
り、定常状態において

R 2 
 h 3 p    h 3 p 
h

  
  6




y


y






(3)
となる。ここに、θと y はそれぞれ周方向と
軸方向とする円筒座標系であり、h:隙間、p:
圧力、 R :軸半径、μ:粘度、ω:軸回転角
速度である。
隙間 h は、図7に示す周方向θの展開図で
近似でき、半径隙間を C、偏心量を e として
h  C  e cos 
(4)
で与えられる。
θ

e
ω
R
φ
h
W
p
図6
ジャーナル軸受の説明図
2
h
1.5
1
0.5
0
0
90
図7
180
270
θ°
360
隙間 h の展開図
回転軸に荷重が作用して、その軸の中心が
軸受ブシュの中心からずれると、軸受の隙間
にくさび状(末狭まり、θ=0~180°。ただ
3.3 キャビテーション境界条件
この末広がり形状となる領域に注目してみ
よう。この領域では、逆くさび作用により、
液体圧力は大気圧以下に下がろうとする。と
ころが、基本的に液体は引張りの力に耐えら
れない。隙間内部の液体圧力は、大気圧ある
いは飽和蒸気圧よりも低下するとき、周囲か
ら空気を捲き込み、あるいは液体中から気泡
が析出または微小気泡(気泡核)が成長し、
連続的な油膜は破断する。軸受隙間には、上
述の作用により、部分的に液体と気体の2相
が混ざり合った状態(気液2相流)の流れが
形成される。なお、キャビテーションの発生
は、摺動部や滑り軸受の静特性のみならず、
動特性にも大きな影響を及ぼす。
レイノルズ方程式を用いて理論解析を行う
場合の圧力境界条件としても、キャビテーシ
ョンの取り扱いは重要となる。ここでは、数
多提案されている、キャビテーション境界条
件の中から、代表的で古典的なモデルに位置
づけられる、Sommerfeld、Gümbel、Reynolds
(Swift-Stieber)により与えられた境界条件
を紹介する。
(a) Sommerfeld の境界条件(図8a)
:θ= 0、
2π rad で圧力 p= 0 Pa(ゲージ圧で大気
圧)とする。ジャーナル軸受の場合、p は θ
=π rad で正負対称となる。すなわち、液
体は抗張力を有すると仮定されることにな
る。非現実的であるが、境界条件が明確で
あることや関数が連続となるために、解析
解を求める上で便利である。
(b) Gümbel の境界条件(図8b)
:大気圧以下
の圧力を零と置く。ジャーナル軸受の場合、
最小膜厚さ位置を θ = 0 rad に採った場
合、π rad < θ < 2π rad で p = 0 と置
くことになる。液体は負圧にならないと仮
定される。ジャーナル軸受の場合、油膜破
(60)
フルードパワー
断点がθ = π rad となり、その点での流
量の連続性は成り立たない。
(c) Reynolds (Swift-Stieber)の境界条件(図
8c):膜の破断点に相当する位置で、 p= 0
かつ dp/dθ= 0 と置く。油膜破断点におけ
る流量の連続性を加味した条件である。た
だし、液体の表面張力などの因子は無視し
ている。なお、この破断点は計算開始時に
おいて未知であり、解析的には求まらず、
繰り返し計算が不可欠である。
ル軸受の油膜破断点は、上記の Reynolds 境
界条件よりもやや下流側となり、さらにその
近傍で小さな負圧を生じる。また、油膜破断
点より下流側では3次元的な筋状流れ(フィ
ンガー・キャビテーション)などを形成する。
隙間内部のキャビテーションは複雑であり、
現在のところ、そのメカニズムは完全に解明
されておらず、モデリングも発展途上である
ことを付言しておく。
4.むすび
4回に亘り、油圧機器の設計や作動油の開
発などに携わる、若手の技術者や新入社員の
方々を念頭に置いて、トライボロジーに関す
る基礎事項の一端について解説をさせて頂い
た。この分野に踏み出す際の一助になれば、
光栄の至りである。
最後に、本誌への連載記事の掲載という貴
重な機会を与えて下さった、日本フルードパ
ワー工業会関係各位に深く感謝の意を表しま
す。
参考文献
1) 日本油空圧便覧、油空圧便覧、(1989)、オ
ーム社。
2) 加藤洋治、キャビテーション、(1990)、 槇
書店。
3) 風間俊治、フルードパワー機器におけるキ
ャビテーション壊食(単一気泡の基礎解析
と噴流衝突式の壊食実験を主として)、フル
ードパワーシステム、第 37 巻 6 号 (2006)、
pp. 360-364。
図8
ジャーナル軸受のキャビテーション
境界条件と周方向圧力分布
さらに踏み込んだモデルでは、気液界面(表
面張力)、気泡の成長、動的な挙動などが考慮
されている。しかしながら、実際のジャーナ
平成26年11月
附録
本技術講座のタイトルと内容は以下の通り。
第1回 油圧機器と潤滑、摩擦、摩耗
第2回 油圧機器と作動油
第3回 油圧機器と潤滑理論
第4回 油圧機器とキャビテーション
(61)