タンジブル天体学習用 AR 教材を用いた協調学習 - 日本科学教育学会

日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 29 No. 3(2014)
タンジブル天体学習用 $5 教材を用いた協調学習における発話分析
Protocol Analysis of Collaborative Learning Using AR Learning Equipment
with Tangible User Interface for Astronomy Education
瀬戸崎典夫 鈴木滉平 森田裕介
Norio SETOZAKI, Kohei SUZUKI, Yusuke MORITA
長崎大学 早稲田大学 早稲田大学
Nagasaki University, Waseda University, Waseda University
>要約@ 天文分野における月の満ち欠けのしくみは,高次な視点移動能力を必要とし,児童・
生徒にとって理解困難である.一方,実世界指向インタフェースが注目されており,拡張現実
やタンジブル・ユーザ・インタフェースなどの活用によって学習者の理解促進が期待できる.
そこで,本研究では,模型操作と連動したタンジブル天体学習用 AR 教材を用いて協調学習を
行い,本教材の有用性を発話分析によって明らかにすることを目的とした.発話分析の結果,
地球視点をモニタに提示することで,俯瞰視点と地球視点を連動させた思考を誘発することが
示された.また,TUI や AR を実装することにより,学習者間の知識共有に有用であることが
明らかになった.一方,地球模型に設置された無線カメラの画角による誤概念を生成させない
ように留意するとともに,本教材の特徴を活かした授業デザインの必要性が示された.
>キーワード@ タンジブル・ユーザ・インタフェース,拡張現実,天体学習,協調学習
の 概 念 と し て 知 ら れ て お り ( ISHII and
1.はじめに
天文分野における「月の満ち欠けのしくみ」は,
ULLMER 1997),仮想オブジェクトと物理オブ
高次な視点移動能力を必要とするため,児童・生
ジェクトをシームレスに連動した 3D インタラク
徒にとって理解困難である
(縣 2004,
益田 2007)
.
ションを提供することができる.これらの技術は,
天体の相対的な位置関係よって起こる現象を理
コンピュータを意識することなく実世界の物理
解するには,天動説的な視点と地動説的な視点の
オブジェクトを用いて仮想環境とインタラクシ
切り替えを自在に行う必要があり,中高下(2002)
ョンすることによって,効果的な学習支援が期待
は,実際に存在する具体物を操作すると同時に,
されており,天文分野における教材開発にも応用
地球からの視点を観察することが有用であるこ
されている(川崎ら 2010,瀬戸崎ら 2012)
.森
とを示唆した.
田ら(2010)は,模型操作と仮想空間を連動させ
一方,実世界のものや特定の場所を使ってコン
たタンジブル教材の活用により,学習者間のコミ
ピュータとインタラクションする実世界指向イ
ュニケーションを促すことを示した.また,葛岡
ンタフェースが注目されており,天文分野におけ
ら(2014)は,天文学習におけるタンジブル学習
る課題解決の一助として期待されている.拡張現
環境に関するデザイン原則を検討し,地上視点と
実(Augmented Reality:AR)は,現実の環境に
俯瞰視点を複合的に考察されるために,タンジブ
仮想オブジェクトを合成提示することができる
ル教材への AR 技術の利用を挙げた.
技術として,天文分野において有用性が示唆され
そこで,本研究は具体物である天体模型をイン
ている(小松ら 2013,瀬戸崎ら 2011)
.タンジ
タフェース(TUI)とした天体学習用 AR 教材の
ブル・ユーザ・インタフェース(Tangible User
有用性を検討すべく,協調学習における発話を分
Interface:TUI)は,触れるコンピュータを創造
析した.
するヒューマン・コンピュータ・インタフェース
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日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 29 No. 3(2014)
2.方法
タンジブル天体学習用 AR 教材を使って回答する
1)タンジブル天体学習用 $5 教材の概要
ように指示した.課題の内容は,「地球の自転・
本教材は,テーブル上に設置された地球模型と
月の公転運動(2問)」,「月のみかけの形状によ
月模型を操作することによって,月が満ち欠けす
る天体の配置(4問)」,「時間概念を考慮した天
る様子を観察することができる.テーブル上では,
体の配置と方位(9問)」,「日の出,日の入時の
地球の自転運動と月の公転運動を軌道プレート
天体の配置(2問),
「時間概念と方位概念を考慮
に沿って直観的に操作する.テーブルの正面には,
した月の満ち欠け(2問)
」
の合計 19 問であった.
42 インチのモニタが設置されており,地球模型に
なお,筆者が講師として課題を口頭で出題し,
内蔵された小型無線カメラ(30 万画素,水平画角
被験者らは天体模型の配置や口頭による回答を
48 度)からの実映像が提示される.
した.また,協調学習の様子を分析するために,
図1に重畳表示された CG モデルによって,月
課題遂行時の様子をビデオカメラで記録した.
模型が新月から満月に変化する様子を示す.テー
ブル下に設置された Web カメラから取得した地
3.結果
球模型と月模型の位置情報を基に,無線カメラか
表1に日の出の時間帯における地球模型の配
らの実映像に CG の太陽モデルを設置し,地球模
置に関する課題遂行時の発話を示す.学生 B は,
型と月模型に対して照射される光の方向が想定
発話 ID 02「そしたらこっちから<太陽が>出て
できるようにした.また,月模型に対して,太陽
くるじゃん.」 に示されるように,地球模型を自
光が照射されない影の部分を重畳表示すること
転させることでモニタに太陽 CG を表示させ,方
によって,地球模型からみた月模型が満ち欠けす
位を確認しようとした.また,学生 A は,発話
る現象を表現した.さらに,地球模型の自転によ
ID 03「こっちから見たら東だもんな.
」や,発話
る昼夜を表現すべく,月模型の背後に背景となる
ID 05,07 で地球模型からの視点を考慮し,太陽
CG モデルを配置した.配置した背景の CG モデ
が東から昇るという既存知識と関連付けている.
ルには,無色から黒となるグラデーション効果を
そこで,学生 C が発話 ID 08「だから,地動説で
設定した.したがって,観察地点(無線カメラレ
考えてたからだ.」と発言しており,俯瞰視点で
ンズ部)が太陽モデルと反対方向にある場合,月
のみ考えるのではなく,地球模型への視点移動に
模型を除く背景が暗くなり,夜間の観察を疑似体
ついて述べた.
被験者らは,発話 ID 09「これでいいです.」で
験できる.
2)評価方法
観察地点が日の出となる時間帯を図2の配置で
大学生4名を1組とし,「月の満ち欠けのしく
あると回答した.しかしながら,図2に示すよう
み」に関する課題を与えた.また,課題に対して,
に,本教材では地球模型に設置された無線カメラ
太陽 %) モデル
新月
三日月
背景 %) のグラデーションで月模型を除く背景が暗くなる
上弦の月
十三夜月
図1 月模型が新月から満月に変化する様子
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満月
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表1 日の出の時間帯における地球模型の配置
発話ID 発話者 発話内容 (行動)<補足説明>
表2 日の出の時間帯における方位
発話ID 発話者 発話内容 (行動)<補足説明>
こう回ってるんだよな.地球って?
19 学生A
日の出の時間帯での東の方向はどち
らですか?
こっち?東から出るんだから.(東の
20 学生C
こっちですね.(地球模型のカメラに
21
22
23
24
ん?
どんどん動かしながらでいいですよ.
こっち側から出てきます.
01 学生A
02 学生B
03 学生A
04 学生D
05 学生A
06 学生C
07 学生A
08 学生C
09 学生D
10 講師
11 学生A
12 講師
13 学生B
14 学生A,C
15 学生A
16 学生B
17 学生A
18 学生B
(地球模型を自転方向に回転させて)
うん.暗いねぇ.それで,そしたらこ
っちから<太陽が>出てくるんじゃ
ん.(モニタにおける地球視点での東
を指して)
あ,それでいいのか.こっちから見た
ら東だもんな.(地球模型上での東を
指して)
え?え?
こいつ<地球模型>から見たら,東か
ら出とるんよ.
そうそうそう.
(地球模型を指して)こいつからみた
ら東日本から出とるんよ.
だから,<俯瞰視点のみで考えて>地
動説で考えちゃってたからだ.
これでいいです.(地球模型から太陽
CGが見える位置に地球模型を配置し
て)
日の出の時間帯です.観察地点はここ
ですよね.太陽はこちらにあります.
これで大丈夫ですか?
どういう?え?
日の出って,ようするに日が昇ってく
るんですよね.回しながら考えてもら
ったときに,真夜中はどの位置です
か?観察地点が真夜中になるときで
す.
真裏だからこっちだよね.(地球模型
18 講師
学生A
講師
学生C
学生A
25 学生C
26 学生C
27 学生D
28 学生A,C
方向を指して)
指が映るようにして,太陽CGがある
方向を指して)この指のある方から.
(学生Dがボールペンを取り出して
地球視点からの映像に映す動作を見
て)ボールペンキープで.
(ボールペンを地球模型の東西方向
にあて維持して)キープ,キープ,キ
ープ.ボールペンを画面に沿うように
ついてって.
(地球模型を自転方向に回転しなが
ら)こういうことで,太陽はこっちか
ら昇ってくればオッケーだから,東か
ら出てくる.
だから,だから.
(東方向を指して)こっち.こっち.
太陽 &*
観察地点
視認範囲
地球模型からの視点
から見た太陽CGとは反対側を指し
て)
あぁ,なるほど.
ということは,(地球模型に照射され
る太陽光の境界線を指して)こっちか
こっち.さっき<地球の自転は>どう
回ったんだっけ?そう.だから,この
辺じゃない?
なにが?ちょっと待って.教えて.
(地球模型に太陽光が照射される部
分を指して)だから,太陽がこうなっ
とるから,光が当たってるのは厳密に
はここまで.
わかった.
地球模型
カメラ画角°
テーブル上面
太陽 &*
モニタ
図2 無線カメラの画角と視野範囲
17 で具体物である地球模型を使い,太陽光が照
射される境界線を示すとともに,「太陽がこうな
っとるから,光が当たってるのは厳密にここま
で.」と地球の自転を考慮した日の出の時間帯に
の画角が 48 度で視認範囲が狭いため,太陽 CG
おける観察地点の配置について説明した.
の右端がモニタに表示されたときが日の出の時
表2に日の出の時間帯における方位に関する
間帯ではなく,回答は誤りであった.そこで,発
課題遂行時の発話を示す.発話 ID 20,24 の際
話 ID 10,12 で講師が誤りを指摘した.被験者
の行動に示されるように,学生 C や学生 D は,
らは,発話 ID 11「どういう?え?」の時点で課
地球模型視点を表示したモニタに指やボールペ
題の誤りに気づいていないが,講師の誘導によっ
ンを示すことで,俯瞰視点と地球視点を連動させ
て学生 A と学生 C が発話 ID 14「あぁ,なるほ
ている.さらに,学生 D と学生 C は,発話 ID 25
ど.
」で誤りに気づいた.学生 A は,発話 ID 15,
「キープ,キープ,キープ.ボールペンを画面に
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沿うようについてって.
」
,発話 ID 26「こういう
あることが示されたといえる.
ことで,太陽はこっちから昇ってくればオッケー
だから,東から出てくる.」において,ボールペ
5.まとめ
ンで方位を示しながら協力して地球模型を回転
本研究では,模型操作と連動したタンジブル天
させ,太陽 CG が表示されることを確認しながら
体学習用 AR 教材を用いた協調学習における発話
課題を遂行した.
分析によって,本教材の有用性を明らかにするこ
とを目的とした.
4.考察
発話分析の結果,地球視点をモニタに提示する
本教材は,モニタに地球視点を示すことで,俯
ことで,俯瞰視点と地球視点を連動させた思考を
瞰視点だけでなく,地球視点と連動した思考を誘
誘発することが示された.また,TUI や AR を実
発することが示された.したがって,他視点提示
装することにより,仮想環境内で現実環境のオブ
の有効性が示されたといえる.一方,地球模型か
ジェクトを関連付けることでき,学習者間の知識
らの視点をモニタに示すことによって,課題の回
共有に有用であることが明らかになった.一方,
答がすぐに表示されてしまうため,学習者の思考
地球模型に設置された無線カメラの画角による
を妨げるおそれがある.
誤概念を生成させないように留意するとともに,
また,図2に示したように,地球模型に設置さ
本教材の特徴を活かした授業デザインの必要性
れた無線カメラの画角が 48 度で視認範囲が狭い
が示された.今後の課題は,本教材を有効活用で
ため,出題する課題によっては,モニタに回答が
きる授業デザインを考案し,教育現場において実
直接表示されない.表1の発話 ID 01 ~09 に示
践的に評価することである.
されたように,モニタに表示された視覚情報にの
参考文献
み頼ることで誤って回答することがある.したが
って,本教材の特徴を理解した上で,誤概念を生
成させないように留意するとともに,教材の特徴
を活かして学習者の思考を妨げない授業進行を
デザインする必要がある.
表1の発話 ID 15,17 に示されたように,具
体物である地球模型を使い,太陽光の照射範囲を
示しながら説明することで,学習者らが理解した
内容を共有できる.したがって,実物模型をイン
タフェースとした TUI が学習者らの知識共有に
有用であることが期待される.
また,表2の発話 ID 20,24 で示されたよう
に,学習者らは地球視点のモニタ映像にボールペ
ンや指などを提示し,俯瞰視点と地球模型視点を
連動させながら課題を遂行できる.さらに,発話
ID 25,26 で示されたように,重畳表示された仮
想オブジェクト(太陽 CG)に対して,現実環境
に存在するボールペンなどを手掛かりとして関
連付けながら,課題を遂行することができる.し
たがって,現実環境と仮想環境を融合させた AR
環境を示すことで学習者間の知識共有に有用で
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