Development of Vacuum Die Casting Technology

真空ダイカスト技術とその発展
金 内 良 夫 日立金属 ㈱ (㈱ アルキャスト)
真空ダイカスト技術により、ダイカストの品質や信頼性が向上して適用
分野の拡大が進んでいる。本報告では、真空ダイカスト法の歩みと海外
を含めた技術の紹介、当社における適用例について述べる。
1.はじめに
鋳物は、まず成形したい形状(模型)を作り、そ
が、高速の湯流れによってガスの巻き込みは多いた
れを砂をもちいて転写して鋳型(砂型)を作製する。
めに製品の場所によっては多量のガス巻き込み欠陥
このとき、隅々まで溶湯が充填されるように溶湯を
を内在してしまうことがある。当然金型に見切り面
流す道(湯道)と、溶湯の製品への流入口である堰(注
は存在するが、溶湯の流動は高速であるため排除さ
ぎ口)を一緒に成形する。この鋳型へ溶湯を流し込
れるエアも高速となるため、それを逃がすための適
む作業を鋳込みといい、熟練の必要な工程のひとつ
切な形状・寸法のスリット(エアベント)を設置し
である。所望の製品形状や品質を得るために、溶湯
ないと、エアは外部へは逃げず製品のガス巻き込み
が十分隅々にまで達するように流すことと、途中で
欠陥の発生は避けられない。
溶湯が渦を巻きガスや空気を巻き込むことにより、
エアベントを鋳込み条件に対して十分効果的に配
凝固後の製品に空孔を生じさせてはならない。
置すれば、理論上はガスの完全な排出は可能なよう
砂の鋳型には多少の通気性があるため、溶湯流動
であるが、実際には溶湯の流動中に発生する、離型
中にもガスの逃げ出しがある。しかし金型鋳物であ
剤や潤滑剤との反応ガスも存在するのでその影響を
ると型材料そのものの通気性はまったく無いため、
も無害化するのは非常に困難である。
ガスの排出孔(ベントホール)を積極的に配置しな
先人たちは、ダイカストの高品質化はガス巻き込
ければならない。それでも型分割面が存在するため、
み欠陥の低減であるという考え方に基づいて、プロ
重力鋳造のような低速充填の場合では、溶湯流動に
セスに対してさまざまな工夫を凝らしてきた。本報
伴ってその面からのガス排出は期待できる。
告ではその経緯や手法、最近の動向などについて紹
ダイカストは高速高圧鋳込みの成形法である。得
介する。
られる製品の寸法精度は砂型鋳物よりも優れている
2.ガス巻き込みを低減する方法
真空ダイカストは、いわゆる「真空吸引鋳造」に
1)
20
の混入防止を目的としていた。Aurora Metals Co.
端を発している 。当初用いられたのはアルミ青銅
Inc という会社が 1940 年代に特許化し、プロセスと
(89% Cu-10% Al-1% Fe)であり、いわゆるアルミ
しては現在でも用いているようである。図 1 にプロ
ブロンズの鋳造において、溶湯表面のアルミ酸化膜
セスの概略、図 2 に適用製品を示す 。金型を用い
SOKEIZAI
Vol.51(2010)No.9
1)
特集 明日のダイカストを築く最新技術
図 1 Aurora Metal の真空吸引鋳造法
図 2 真空吸引鋳造の適用製品と金型
(アルミ青銅製ブラケット)
た精密鋳造というアイデアだが、製品内部のガス欠
陥の低減、保持炉湯面の酸化物巻き込み防止など、
後述する Vacural 法の一部に通じるものがあること
1)溶湯自身によって金型内部の空気を押し出し
て排除する。
は興味深い。
2)鋳込み前に金型中の空気を吸出しておく方法
溶湯の吸引に対しては、製品形状にも依存するが
3)金型を真空装置内において操作する方法
概ね 1/6 ∼ 1/3 気圧程度の減圧で十分であったよう
が考えられる。今日における真空ダイカスト技術は
である。
上記の 2)のアイデアを踏襲しているものが主流で
ダイカストと異なる点として、
「揚がり(Riser:図
ある。ただし過去には 3)に近いアイデアのものも
1 中の A 部位に相当)」の存在がある。これは溶湯
存在していた。図 3 にその例を示す 。図中の「REED
を吸引した後に押し湯効果を得るために設置するも
方式」がそれに該当し、金型全体を真空チャンバー
ので、ガス欠陥以外に発生する引け巣の防止のため
で覆ってしまう方法である。他方法に比べて使用す
に必要なものである。最終凝固部とするために、
「揚
る真空システムが大掛かりになる欠点があることが
がり」の金型部分にアスベストを配置し凝固を遅延
記されている。
させるというテクニックも用
種類
いられていた。
製品部へのガス巻き込みの
2)
REED システム
(ネルモアー法)
KUX システム(1)
KUX システム(2)
(モートン法)
真 空
タンク
真 空
タンク
減少により凝固収縮による引
け巣が目立つようになり、よ
真 空
タンク
スリーブ
フード
概
略
り効果的な押し湯が必要で
あったものと思われる。この
時代の真空鋳造は、もっぱら
高融点材などの特殊合金の鋳
造に適用されていたようであ
る。
今日では、一般的にダイカ
1
給湯後すぐに射出
ができるか
○
○
×
2
分割面より外気が
侵入しない
○
×
×
○
×
○
○
×
×
×
○
○
方案設計における「エアベン
チップ∼スリーブ
3 のスキ間から外気
が侵入しない
押出ピンのスキ間
4 から外気が侵入し
ない
ティング」に基づくものであ
5
ストにおける真空技術の適用
理念は、このような真空“吸
引”鋳造ではなくむしろ鋳造
る。そもそも、キャビティか
らエアを除去する方法は、
小さな真空タンク
で間に合う
図 3 真空ダイカストの例(1950 年代)
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3.真空ダイカスト
3)
前章で述べた「エアベンティング」の効率化のた
に GF 法のバルブの例を示す 。この方式は、溶湯
めの手法である。
の到達により弁の閉塞を行うことで、充填終端まで
鋳造とは、換言すればキャビティに存在していた
減圧を続けることが可能である反面、真空弁の動作
エアやガスを溶湯で置換しながら充填し、凝固させ
不具合が発生しないよう、そのメンテナンスを十分
る工法である。重力による充填では充填時間があま
に行うこと、湯流れを十分に予測して製品の最終充
り短くないため、置換後のガスを排出するに十分な
填部ができるだけ弁へ直接つながるようにすること
時間がある場合が多いが、ダイカストは高速充填で
が重要である。
あるためそのガスを十分に置換できず、溶湯と共に
また、後者の方式は 2 つに細分でき、これらには
高圧下で製品に取り込まれてしまう。このようなガ
プランジャーの位置でアクチュエータを動作させる
スはミクロポロシティの原因になったり、引け巣と
ものと、金型に設置されたセンサーにより溶湯先
混在すれば圧漏れを誘引することもある。
端を検知してアクチュエータを動作させるものがあ
また、じん性向上のために T6 熱処理を行うと、
る。前者の方式には MFT(Hi-Q Cast)法、後者の
材料強度の低下した熱間でこのガスが膨張し最終的
方式には RSV 法などがある。前述した Vacupac シ
にブリスターとなって製品形状を著しく
損ねる。さらに、重力鋳造の製品であれ
ば溶接が可能な場合が多いが、ダイカス
トの場合はその高圧のガスの存在により
溶接も困難である。これは一般的な TIG
や MIG などの溶接方法では、再溶解時
に出現する高圧ガスの膨張・破裂により
シールガスが吹き飛ばされることにより
溶融池を酸化させ溶接品質を著しく阻害
するためであり、ビード内部には気泡が
多数現れる場合や、ビード表面の外観が
悪くなることがある。
真空ダイカストはこのようなガス巻き
込みを回避すべく開発された工法であ
り、国内外の多くのダイカストメーカー
図 4 マスベント方式による真空ダイカスト法
で用いられてきている。一般的な設備的
特徴は、キャビティ内部のガスを吸引す
るための真空装置と、溶湯が真空装置内
へ流れ込まないように分離するための真
空バルブとが存在していることである。
真空装置は、一般的に真空ポンプ、真空
タンク、それらの制御装置とからなる。
真空バルブはさまざまな方式が開発され
①低速射出
②真空・高速射出
④バルブ閉
⑤鋳込み完了
③溶湯・バルブ衝突直前
ているが大別すると、溶湯自身の慣性
力(到達する溶湯の勢い)で弁を閉塞す
るものと、油圧シリンダなどのアクチュ
エータで弁を閉塞するものの 2 通りであ
る。
前者にはチルベントに真空装置を接続
し た マ ス ベ ン ト 方 式( 図 4)、Fondarex
社(スイス)の Vacupac システムの一部、
宇部興産機械の GF 法などがある。図 5
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図 5 GF バルブとその動作
⑥バルブ上昇・型閉
特集 明日のダイカストを築く最新技術
2
ステムは真空ポンプ、タンクおよび制御ユニットと、
ツ)の Vacu プロセスが紹介されている。これは基
金型真空弁には 3 タイプのバリエーションを有して
本的にはアクチュエータ式の真空ダイカスト法であ
いる。これらはチルベントタイプ、溶湯により閉塞
るが、減圧を2段階(2 経路)で行うことに特徴が
するタイプ、プランジャー動作(位置や時間)を検
ある。初期にはスリーブに設置した真空バルブより
知してアクチュエータにより弁を閉塞するものとが
キャビティとスリーブの減圧を行う。この真空経路
あり、選択可能である。
は断面積が大きく、短時間で大量の排気が可能であ
いずれの方法でも、真空ポンプや真空弁、アクチュ
る。所定の真空度に達すると金型側の弁より減圧を
エータなどの機構部品は生産システム上で必須の部
行い、金型などからのリーク分を補う考え方である。
材であり、これがないと鋳造ができない。設備の維
このため金型にのみバルブを設置したものに比較し
持管理、予備の保有などの仕組みも必要となり、製
て速やかに減圧を行うことが可能であるという。T6
品やラインによっては生産コスト上昇につながる可
処理が可能となり DIN226(AlSi9Cu3)合金の特性
能性がある。
改善に効果があるとしている。
また最近の開発法として、PFEIFFER 社(ドイ
4.高真空ダイカスト
NADCA において高真空ダイカスト
(high-vaccum
die casting)は、半溶融・半凝固プロセス、スクイ
ズダイカストと共に、「high integrity die casting」
に分類されている。
これによると高真空ダイカストは、鋳造時のキャ
ビティ真空度が 10KPa 以下を達成しているものであ
ると言われている。真空度はともかくとして、製品
分野として、たとえば重要保安部品へ適用されると
か、他部材との溶接がなされるといった場合では、
必然的により高い品質が要求され、高度な管理技術
も要求されることが特徴である。 またそのような適用分野では、必要とされる材料
も ADC12 のような汎用材ではなく、機械的性質改
図 6 Vacural 法
善などを目的として不純物の少ないプレミアム材の
適用がなされることがあり、この場合には金型への
能であるため、このメリットは大きいと考える。真
アタックが増加して型寿命を縮めることがあるため、
空漏れ(外気の吸引)についても、シール材や計測
この影響を減じる技術や管理も必要となってくる。
機器の性能向上、金型品質向上から金型の真空維
基本的な設備は前述の真空ダイカストと大きくは
持は当時よりも容易となっていることから、現在
変わらないものの、量産において高い真空度を維持
では大きなデメリットにはなっていないと考える。
し続けるための「仕掛け」が必要であり、金型の真
Vacural 法の鋳造工程は、
空シールとその管理、プロセスのモニタリング(射
① 金型の真空バルブを開き、キャビティとスリー
出波形、キャビティ真空度、離型剤、プランジャー
ブの減圧
潤滑など)、場合によっては製品のトレーサビリティ
② 給湯管から溶湯がスリーブへ吸引
の確保なども重要である。
③ 所定溶湯量を吸引後、射出動作開始
高真空ダイカストとして特徴的な工法が存在す
④ 溶湯が金型の真空バルブに到達する前にアク
る。図 6 に代表例である Vacural 法の概略を示す。
チュエータにより真空バルブ閉
Vacural 法は図3の KUX 法(モートン法)と酷似
となっている。吸引によりスリーブへ溶湯を給湯す
しているといえるであろう。この図によれば、KUX
る以外は、基本的な動作は通常の真空ダイカストと
法(モートン法)は REED 法に対してデメリット
変わらない。しかし金型の真空に対するシール性は、
が多いように見えるが、現時点での量産システムを
給湯量のバラツキに影響を及ぼすため専用の設計や
みると大きなフードが必要ないことから大型化が可
適切な管理が重要となる。
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5.適用事例
真空ダイカストは日本では比較的広く使われてい
ん性化を施して保安部品へ適用したり、他部材との
る特殊工法である。目的もさまざまで、ガス巻き込
溶接を要求されたりする場合もある。
み起因の不具合をできるだけ解消し、品質を安定化
当社は Vacural 機(1350 t)を保有し、フレーム
するために不良対策として導入される場合や、一般
やシャシーなどの保安部品の量産も手がけている。
ダイカスト以上の仕様要求を達成させるため、積極
また、アルミ展伸材との溶接に対応した部材も生産
的に導入する場合などがある。後者の目的の場合、
している。写真 1 に当社における適用製品の事例を
プレミアム材の適用に加えて T6 熱処理による高じ
示す
4)
, 5)
。
フロントカバー(耐モレ性) STRG ブラケット(溶接性)
BLK/HEAD(保安部品) PANEL/REAR(薄肉品)
写真 1 当社における高真空ダイカスト適用製品の例
6.まとめ
真空ダイカスト法はダイカストの品質向上に大き
く寄与するだけでなく、適用分野を増やすことによ
る市場拡大も期待できる。適切なプロセス管理技術
も必要であることも特徴であり、デバイスの導入だ
けで即効果を発揮する例は少ないように思う。
さまざまな事例をこなすことによるナレッジの
蓄積も重要であり、現場と技術者だけでなく、場
合によっては顧客とも協働し、はじめて顕著な効
果が現れるといっても過言ではない。モノづくり
参考文献
1 )平賀 力:「ダイカスト一般論」,碩学書房
2 )㈳日本ダイカスト協会:「改訂版 ダイカスト技能者
ハンドブック」
3 )㈳日本ダイカスト協会:「ダイカスト技術史」,㈱ 軽金
属通信ある社
4 )金内良夫ら:日本ダイカスト会議論文集(2002)167
5 )金内良夫,伊藤俊久,小暮浩,茂木達也,宮島信明:
日本ダイカスト会議論文集(2006)229
のちからをより向上させ、さらなる技術の発展に
取り組みたい。
株式会社アルキャスト 業務部
(日立金属 ㈱ 熊谷軽合金工場内)
〒 360-0843 埼玉県熊谷市三ヶ尻 5200
TEL. 048 - 531 - 1146 FAX. 048 - 531 - 1873 24
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