ユークリッド平面および上半平面上の周期的磁場を 持つシュレーディンガー作用素のスペクトルについて 野村 祐司(愛媛大学 理工学研究科) 本講演は峯拓矢氏(京都工芸繊維大学)との共同研究に基づく。 Abstract 2 次元ユークリッド平面 R 上の, 周期的な Aharonov-Bohm 磁場を持つ Schr¨odinger 作用素のスペクトルについて考察したい.特に,Landau level の存在や絶対連続 スペクトルの存在と基本領域を貫く磁束の量との関係について述べる.また、上 半平面上の離散群の作用で不変な Aharonov-Bohm 磁場を持つ Schr¨ odinger 作用 素のスペクトルについても言及する. 2 1 周期的 Aharonov-Bohm 磁場 R2 上の磁場を持つ Schr¨odinger 作用素 )2 ( ( )2 ( )2 1 1 1 ∇+a = ∂x + ax + ∂y + ay La = i i i (1) を考えよう. ベクトルポテンシャル a = (ax , ay ) に対して,磁場は超関数の意味で ∑ rot a = (∂x ay − ∂y ax )(z) = B + 2παδ(z − γ), z ∈ R2 (2) γ∈Γ であるとする。ここで 0 ≤ B, 0 ≤ α < 1 であり, Γ は R2 上のランク 2 の格子 とする. 以下, z = x + iy ∈ C と (x, y) ∈ R2 を同一視する.Γ = Zω1 ⊕ Zω2 , Im (ω2 /ω1 ) > 0 としたとき,Γ に対応する Weierstrass の ζ 関数 ) ∑ ( 1 1 1 z ζ(z) = + + + (3) z z − γ γ γ2 γ∈Γ\{0} に対して,ベクトルポテンシャルを a = (ax , ay ) = (Im φ(z), Re φ(z)), φ(z) = B z + αζ(z) 2 (4) としたとき, 上の磁場が実現する.このように選んだベクトルポテンシャル a (但し 0 < α < 1 とする) に対して, 作用素 La を La u = La u, Dom(La ) = C0∞ (R2 \ Γ) と定義すると,La は (La u, u) ≥ B u 2 をみたす対称作用素となる.しかし,本 質的自己共役作用素ではない.そこで La の Friedrichs 拡張を Ha とし,この自 己共役作用素 Ha を周期的 Aharonov-Bohm 磁場を持つ Schr¨ odinger 作用素と呼 ぶことにする.Ha の定義域は,以下のように特徴づけられる. Ha u = La u in D (R2 \ Γ), Dom(Ha ) = {u ∈ L2 (R2 ) La u ∈ L2 (R2 ), lim u(z) = 0 for any γ ∈ Γ}. z→γ (5) 以下,磁場を持つ Schr¨ odinger 作用素のスペクトルのいくつかの例を挙げよう. 1) 一様磁場. (4) において α = 0 とした時, 磁場は rot a = B であり,La |C0∞ (R2 ) は本質的自 己共役となり,その自己共役拡張 HB を一様磁場を持つ Schr¨ odinger 作用素と呼 ぶ.HB のスペクトル σ(HB ) は σ(HB ) = {En = (2n − 1)B | n = 1, 2, · · · } となる.En は多重度無限大の固有値で,第 n Landau level と呼ばれる.Ln を En に対応する固有空間とすると, L1 ( 最小 Landau level B に対応する固有空間 ) = {u ∈ L2 (R2 ) | u = e− 4 |z| h(z) for some entire function h} √ ( ) 2 1 B j+1 − B となる.φj (z) = j!π e 4 |z| z j とすると,{φj }j=0,1,2,··· が L1 の正規直交 2 基底となり,L1 への直交射影 P1 の積分核を K1 とすると, B K1 (z, w) = 2 B − B (|z|2 +|w|2 −2zw) B − B (|z−w|2 −2iIm(zw)) e 4 = e 4 2π 2π となる.また,A†B = −2∂z + B z, 2 AB = 2∂z + B2 z とすると, Ln+1 = A†B Ln = (A†B )n L1 AB Ln+1 = Ln { } † n−1 1 が成り立つ.Ln の正規直交基底として (AB ) φj n−1 √ (2B) 2 (n−1)! j=0,1,2,··· れ,Ln への直交射影 Pn の積分核を Kn とすると, ) ( B 2 |z − w| Kn (z, w) = K1 (z, w)ln−1 2 となる.ここで ln (x) = n ∑ k=0 n Ck (−x)k は Laguerre の多項式である. k! がと ˇ 2) 一様磁場 + 1 つの δ 磁場 (南部 [Na], Exner-St’ov´ ıˇcek-Vytˇras’[E–S–V]) 磁場が rot a = B + 2παδ(z) となる場合のスペクトルは ∞ ∪ {En , En + 2αB} n=1 となり,En は多重度無限大, En + 2αB は多重度 n の固有値である. 3) 散乱理論 Aharonov-Bohm[A–B] は rot a = 2παδ(z) の場合の散乱振幅を計算した.Alexandrova-田村 [A-T], 伊藤-田村 [I–T] は複数の δ 磁場がある場合の散乱問題や半古典 極限を調べている. 我々は,周期的な δ 磁場の影響で, どのようにスペクトルが変化するかを調べ たい. Ω を Γ の基本領域とする. Theorem 1. ([M–N1]) 0 < B, 0 < α < 1 とする. このとき以下が成り立つ. B (1)(i) |Ω| + α > 1 ならば E1 = B は多重度無限大の固有値であり,対応す 2π る固有空間は { B 2 } e− 4 |z| |σ(z)|−α σ(z)f (z) ∈ L2 (R2 ) f : entiref unction ) ) ∏ (( z2 z z + 2 である. である. ここで σ(z) = z 1− e γ 2γ γ γ∈Γ\{0} B (ii) |Ω| + α = 1 ならば B < E ≤ 3B となる E があって, σ(H) ∩ [B, 3B) = 2π [B, E] ∩ [B, 3B) となり, この区間においては絶対連続スペクトルのみとなる. B B (iii) |Ω| + α < 1 ならば E1 = B は固有値ではなく, さらに |Ω| + α が有 2π 2π 理数であれば, B < inf σ(H) となる. B (2) 自然数 n に対して |Ω| + α > n ならば, En は多重度無限大の固有値と 2π なる. (3)R = minγ∈Γ\{0} |γ| とする.n0 ∈ N に対して R0 > 0, c > 0 が存在し, R > R0 ならば, σ(H) ∩ [B, En0 +1 ) = n0 ∪ ({En } ∪ Sn ), n=1 Sn ⊂ [En + 2αB − e−cR , En + 2αB + e−cR ] 2 となり, ρ(Sn ) = n , |Ω| 2 B n B n−1 − ≤ ρ(En ) ≤ − 2π |Ω| 2π |Ω| が n = 1, · · · , n0 に対して成り立つ.ここで ρ は状態密度である. 第 2 Landau level について以下が成立する. Theorem 2. 0 < B, 0 < α < 1 とする. このとき以下が成り立つ. B (1) |Ω| + α > 2 ならば E2 = 3B は多重度無限大の固有値であり,対応す 2π る固有空間は ) } { ( B 2 A† e− 4 |z| |σ(z)|−α σ(z)2 f (z) ∈ L2 (R2 ) f : entiref unction である. ここで,A† = −2∂z + φ である. B (2) |Ω| + α = 2 ならば, E2 = 3B は固有値ではなく,絶対連続スペクトル 2π に含まれる. 2 ランダム Aharonov-Bohm 磁場 Anderson type のランダム Aharonov-Bohm 磁場を持つ Schr¨odinger 作用素 ( )2 ∑ 1 ∇ + aω , rot aω = B + Hω = 2παγ (ω)δ(z − γ) i γ∈Γ を考える. ここで,αγ (ω) ∈ [0, 1) であり, 確率変数族 {αγ (ω)}γ∈Γ は独立同分布 であるとし、その分布を µ とする.この磁場を実現するベクトルポテンシャルは, (4) における ζ を ( ) ∑ 1 α0 (ω) 1 z αγ (ω) ζω (z) = + + + (6) z z − γ γ γ2 γ∈Γ\{0} に置き換えることにより得られる.このとき、閉集合 Σ ⊂ R があって,σ(Hω ) = Σ が a.s. に成り立つ。 Theorem 3.([M–N2]) 以上の仮定の下で以下が成り立つ. (1) (i) supp µ ∩ ({0} ∪ {1}) = ∅ ならば σ(HB ) ⊂ Σ であり,さらに B = 0 な らば,Σ = [0, ∞) となる. (ii) supp µ ∩ ({0} ∪ {1}) = ∅ かつ B = 0 ならば,0 < inf Σ となる. (2) n ∈ N とする. B |Ω| + E[αγ ] > nP(αγ = 0) ならば,En は a.s. に多重度無限大の固有値 (i) 2π である. B (ii) |Ω| + E[αγ ] < P(αγ = 0) ならば,E1 は a.s. に固有値ではない. 2π 3 上半平面上の離散群の作用で不変な Aharonov-Bohm 磁場 ポアンカレ計量 ds2 = y −2 (dx2 + dy 2 ) を持つ上半平面 H = {z ∈ C | Imz > 0} における L2 (H, ω) 上の Schr¨ odinger 作用素を考える.ここで面積要素は ω = y −2 dx ∧ dy である.ベクトルポテンシャル(1-form) を a = ax dx + ay dy とした とき, { } La = y 2 (Dx + ax )2 + (Dy + ay )2 を磁場を持つ Schr¨ odinger 作用素と呼ぶ.ここで Dx = 1i ∂x , Dy = 1i ∂y とする. 磁場 (2-form) は da = (∂x ay − ∂y ax )dx ∧ dy となり,ここで a = する. B dx (B ∈ R : 定数) とすると,一様磁場 da = Bω が実現 y {( } )2 B LB = y 2 Dx + + Dy2 y とし,HB を LB |C0∞ (H) の自己共役拡張とする.HB は Maass Laplacian と呼ばれる こともある.以下の事実が知られている (e.g. Maass[M], Roelcke[R], Elstrodt[E], 稲浜-白井 [I–S]). { [B 2 + 1 , ∞) (|B| ≤ 12 ), σ(HB ) = ∪N (B) 4 (7) 1 2 (|B| > 12 ) n=0 {En } ∪ [B + 4 , ∞) ここで N (B) は |B| − 21 より小さい最大の整数,En = (2n + 1)|B| − n(n + 1) は多重度無限大の固有値である. まず H 上の格子として Γ = SL2 (Z) i を考えよう.いま,weight 6 の Eisenstein 級数 ∑ G6 (z) = (m,n)∈Z2 \(0,0) を使って, G6 (z) ϕ(z) = α , G6 (z) ( a= 1 (mz + n)6 ) B + Im ϕ dx + (Re ϕ)dy y とすれば,上半平面上の Aharonov-Bohm 磁場 ∑ da = Bω + 2παδγ dx ∧ dy γ∈Γ (8) が実現する.この磁場は SL2 (Z) の作用で不変であることに注意しよう.この磁 場を持つ Schr¨ odinger 作用素を Ha とし,D を SL2 (Z) の基本領域とする. Theorem 5. ([M–N3]) B ≥ 0, 0 < α < 1 のとき,以下が成り立つ.N = とする. (1) n ∈ N に対して B+ 1 2 2παN 1 2πN > +n+ (n + 1) |D| 2 |D| ならば,En は Ha の多重度無限大の固有値である. (2) B+ 2παN 1 2πN ≤ + |D| 2 |D| ならば,E0 = B は Ha の固有値ではない. 上の定理に現れる不等式の左辺 B + 2παN は,単位面積当たりの磁束の量を |D| 表している.N を適当に選べば,任意の w ∈ H に対して Γ = SL2 (Z) w とした 時にも上の結果が成り立つ.この場合,(8) の ϕ として, ϕ(z) = ∆(z)(j(z) − j(w)), j(z) = (60G4 (z))3 ∆(z) ととればよい (ただし,Γ = SL2 (Z)√i, Γ = SL2 (Z) ρ の場合には,それぞれ ϕ と して G6 (z), G4 (z) をとる.ρ = −1+2 3i である.). ここで ∆(z) はラマヌジャン のデルタ関数 (The discriminant modular form),j(z) は j-invariant と呼ばれる. さらに,SL2 (R) の離散群 G に対して,(i) コンパクト リーマン面 G \ H∗ の 種数が1の場合,および (ii)G = Γ0 (11) (レベル 11 の合同部分群)の場合の結果 についても述べたい。 References [A–B] Y. Aharonov and D. Bohm, Significance of electromagnetic potentials in the quantum theory, Phys. Rev., 115 (1959), 485–491. [E] J. Elstrodt, Die Resolvente zum Eigenwertproblem der automorphen Formen in der hyperbolischen Ebene, I-III, Math. Ann. 203 (1973), 295–300; Math. Z. 132 (1973), 99–134; Math. Ann. 208, (1974), 99–132. ˇ ıˇcek and P. Vytˇras’, Generalized boundary condi[E–S–V] P. Exner and P. 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