<循環器領域の代表疾患と当院での治療について>

<循環器領域の代表疾患と当院での治療について>
<1> 心不全 ―息切れ、呼吸困難、むくみ、倦怠感など
① 心不全とは
心臓は、全身へ血液を送り出すポンプです。肺で酸素を取り込んだ血液(動脈血)は心臓を介し
て全身へ送り出され、全身で酸素を消費した血液(静脈血)は心臓を介して肺へ送り込まれ酸素
を取り込み、また全身へ循環します。(図1) そのため、心臓の動きが低下すると、全身の水分が
貯留し、肺に水がたまったり(胸水)、下肢や顔面のむくみを生じたりすることがあります。(図2)
重症だと呼吸困難をきたしたり、ショック状態や多臓器不全になったりして非常に危険な状態とな
る場合もあります。 心臓のはたらきが悪くなり、これらの症状を来たした状態を心不全といいま
す。 心不全の原因となる疾患は種々のものが挙げられますが、代表的な疾患として、虚血性心
疾患(狭心症、心筋梗塞)、弁膜症、先天性心疾患、不整脈、高血圧性心疾患、心筋症、心筋炎
などが挙げられます。
② 当院での治療
心不全が疑われる場合には、心電図、レントゲンに加え、心臓超音波、血液検査(検査項目BN
P、NT-ProBNP)にて、心臓の状態を評価します。 心不全を来たした原因疾患により治療は
異なりますが(それぞれの項目を参照してください)、むくみや胸にたまった水に対して利尿剤を
使用し、その他心不全に対する薬剤にて治療いたします。 呼吸困難などが重篤な場合には入院
のうえ、検査・治療を行います。 薬物治療に抵抗性の難治性心不全に対しては非薬物治療とし
て両心室ペースメーカ(心室再同期療法:CRT)や Adaptive servo-ventilation(ASV)といった陽
圧換気療法も導入しています。
<2>虚血性心疾患(狭心症、心筋梗塞) ―胸の痛み、圧迫感、冷や汗、労作時の息切れなど
①
虚血性心疾患(狭心症、心筋梗塞)とは
1
心臓は全身に血液を送るポンプですが、心臓自身の筋肉へ血液をおくり、酸素や栄養を供給す
る血管を冠動脈といいます。心臓を王冠のように取り囲むことから(図 3)冠動脈と名づけられて
います。冠動脈は左右に 1 本ずつあり、左冠状動脈はさらに 2 本に枝分かれし、全部で 3 本の大
きな枝から成り立っています。冠動脈が動脈硬化やけいれん(攣縮)などのために狭くなったり、詰
まったりすると、心筋へ十分な血流が行き渡らなくなります。この状態を心筋虚血といいます。従
来欧米に頻度の高い疾患でしたが、日本でも食生活の変化や人口の高齢化により年々増加して
おり、近年では死亡の原因疾患として癌と並ぶものとなっています。 虚血性心疾患は狭心症と
心筋梗塞に分けられます。
狭心症や心筋梗塞のリスクとして、糖尿病、高脂血症、喫煙、肥満、高血圧、家族歴が挙げられ
ます。 これらを有している方は、特に注意が必要なため定期的な心臓のチェックをおすすめしま
す。
都立広尾病院 循環器科 心臓・動脈硬化チェック外来へのリンク
1. 狭心症 ―労作性狭心症、冠攣縮性狭心症、無症候性心筋虚血
動脈硬化が進行すると(図 4)のように血管は徐々にせまくなります。冠動脈が動脈硬化性に細
くなり狭心症を来たすものを労作性狭心症といいます。典型的な症状は、運動をしたり階段を上
がったりするときに生じる数分間持続する胸痛や圧迫感・息切れで、休んだりニトロ剤を舌下する
と症状が消失します。冠動脈の狭窄がなくても血管壁の痙攣(スパズム)によって胸痛を生じるこ
とがあります。これが冠攣縮性狭心症で、欧米人に比べて日本人に頻度が高く、夜間早朝や安静
時に症状がおこることが特徴です。
皆さんは症状のない狭心症があることをご存知でしょうか? これは無症候性心筋虚血とよばれ、
心臓は虚血にさらされていても、症状の感じ方が鈍くなっているため症状を感じないという状態
です。糖尿病や高齢者に多いといわれています。 症状がないから治療をしなくてもいいのではと
お考えになるかもしれませんが、実際はそうではなくて、後述する心筋梗塞のリスクとなるため早
急な治療が必要です。
2.心筋梗塞
冠動脈が完全につまり血流がとだえてしまうと心筋が壊死をおこしはじめます。 この状態を心
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筋梗塞といいます。日本での心筋梗塞発症数は年間約 15 万人で推定死亡率は 30%といわれて
います。突然おこる強い胸痛、冷汗、左肩へ放散する違和感、死の恐怖を感じるなどが症状の特
徴です。 労作性狭心症は安静やニトロで軽快しますが、心筋梗塞になってしまうとこれらの方法
では症状は軽快しません。 心筋が壊死しきってしまう前に、血流を再開することが必要であり緊
急に心臓カテーテル検査を行う必要があります。
②当院での検査,治療 :当院では、冠動脈 CT、心筋シ
ンチグラフィなどを用いて患者様の体に負担のかからな
い方法で評価することを心がけています。
1.冠動脈 CT(図 5) : 心臓は常に拍動している臓器
であるため、以前は CT では評価できませんでしたが、最
近の技術の進歩で、心臓の拍動に同期することにより
CT で評価可能となりました。当院は最新の64列 CT を
有しており冠動脈の評価ができます。 造影剤を使用す
るため造影剤アレルギーがある方、喘息、腎機能障害が
ある方には施行できませんが、その他の方には安全に冠
動脈を評価することができます。
2.トレッドミル運動負荷心電図(図6)
心電図をつけながら、トレッドミル(ベルトコンベアー)の
上を歩行していただく検査です。ベルトの速さは段階的
に早くなったり傾斜がかかるようになっています。 運動中
に狭心症の心電図変化がおこるかどうかを評価できま
す。
3.運動、薬剤負荷心筋シンチグラフィ
前述したトレッドミル検査よりもさらに詳細な評価ができる検査です。 トレッドミルの上で運動
している際にアイソトープ薬品を注射します。 アイソトープ薬品の心臓への分布の仕方により狭
心症を評価することができます。 ご高齢の方などで運動することができない患者様に対しては、
運動するのと同じ効果のある薬剤を使用することにより、狭心症を評価することができます。また、
アイソトープ薬品は極めて安全であることが知られているため、造影剤アレルギー、喘息、腎機能
障害を有する患者様でも施行することができます。
4.ホルター心電図(24 時間心電図)
24 時間連続して心電図を記録します。 患者様は症状があるとき器械のボタンをおしていただ
きます。 この検査では症状があるときの心電図変化、無症候性心筋虚血、不整脈を評価するこ
3
とができます。
5. 心臓カテーテル検査、経皮的冠動脈形成術(バルーン拡張、ステント留置、ロータブレーター)
1∼4 の検査で虚血性心疾患が疑われる患者様は心臓カテーテル検査を行い診断を確定しま
す。 また、不安定狭心症(狭心症が重篤で心筋梗塞の発症が懸念される状態)や急性心筋梗塞
の患者様については、できるだけ早く冠動脈の血流を改善させることが必要なので緊急に心臓カ
テーテル検査を行います。
心臓カテーテル検査は、レントゲン透視画像を見ながら、太さ 1.4mmから 2.0mmのチューブを、
太腿の付け根(大腿動脈)もしくは手首(とう骨動脈)、肘(上腕動脈)の血管から冠動脈に挿入し、
造影剤を注入することにより冠動脈を評価する検査です。(図 7-1,2) また、薬剤を用いて冠動
脈の痙攣(スパズム)を評価することもできます。
冠動脈に狭窄や閉塞を認めた場合には、経皮的冠動脈形成術を施行します。 これは(図 8、
9)のように、まず狭窄部に細いワイヤーをとおします。 次にワイヤーに沿わせてバルーンを狭窄
部にもっていき拡張します。 バルーンのみでは拡張が不十分な場合には、ステント(円筒状の金
属製の網)を留置します。
ステントは様々なサイズと
種類があります。 薬剤溶
出性ステントは、ステント
の表面に薬剤が塗ってあり
ステントの再狭窄を抑制で
きる効果がある反面、ステ
ント留置後に血をさらさら
にする薬剤(抗血小板薬)
を長期間内服しなければ
いけないなどの問題点もあ
4
ります。 冠動脈病変の状態や患者様の年齢、全身状態などを考慮して適切なステントの選択を
心がけています。 また、動脈硬化が進行すると血管が石のように硬くなり(石灰化)、バルーンで
拡張できないことがあります。このような石灰化が強い病変に対してはロータブレーターを使用し
ます。ロータブレーターは先端にダイヤモンドチップがついており、高速で回転させることにより石
灰化を削り、バルーンで拡張できるようにします。(図 10)
当院では年間 1000 件を超える心臓カテーテル検査と 300 件を超える経皮的冠動脈形成術を
おこなっております。
6 冠動脈バイパス術
前述したカテーテル治療によって多くの病変は治療可能ですが、冠動脈病変の場所や形態によ
ってはカテーテル治療が不適切な病変もあります。 その場合、心臓血管外科と連携し冠動脈バ
イパス術によって治療いたします。 (図 11)
<3> 閉塞性動脈硬化症 ―歩行時のふくらはぎの痛み、足の冷感、足の脈の触れが弱いなど
① 閉塞性動脈硬化症とは
虚血性心疾患は動脈硬化が冠動脈におこり生じますが、動脈硬化は全身の血管におこる変
化であるため下肢の血管におこることもあります。下肢の血管が動脈硬化により、閉塞したり狭
窄したりすると以下のような症状が現れます。足が冷たかったり、足背の脈拍の触れが弱くなっ
たり、間歇跛行(かんけつはこう)といって歩くと下腿(ふくらはぎ)の筋肉が痛くなるなどの症状
です。この様な病気を閉塞性動脈硬化症と呼んでいます。虚血性心疾患と同様に、糖尿病、高
脂血症、喫煙、高血圧を持っている患者様に発症しやすいことが知られています。重症であると
下肢の血管が閉塞し、下肢が壊死してしまうこともあります。また、閉塞性動脈硬化症は、腰
部脊柱管狭窄症(腰椎椎間板ヘルニアなどにより神経が圧迫されて下肢の症状がでる病気)と
症状が似ていることがあり注意が必要です。
② 当院での検査、治療
1. ABI (ankle-brachial pressure index): これは非常に簡単なもので、くるぶしの最高血
圧を肘の最高血圧で割ったものです。つまり ABI= (くるぶしの最高血圧) ÷ (肘の最高
5
血圧) で、ABI が 0.9 以下であると閉塞性動脈硬化症の
疑いとなります。
2. CT、MRI: ABI で閉塞性動脈硬化症が疑われた患者様に
は CT や MRI を施行し血管の狭窄、閉塞の程度を評価しま
す。(図 12)
都立広尾病院 循環器科 心臓・動脈硬化チェック外来へのリン
ク
これらの検査で閉塞性動脈硬化症と診断した場合に治療を行います。
1.
生活指導、薬物治療: 閉塞性動脈硬化症では、下肢のちょっとした傷が感染しやすくなり
重篤となることが知られています。そのため、下肢を清潔に保ち傷つけないように注意する
ことが必要です。 また、抗血小板薬、血管拡張薬などの内服治療を行います。
2.
カテーテル検査および治療(経皮的血管形成術)
太ももの付け根(大腿動脈)もしくは肘(上腕動脈)から太さ 1.4mm-2.0mm のチューブを挿
入し、造影剤を注入することによって評価します。
狭窄病変に対してバルーン拡張やステント(円筒状の金属性の網)で血管を拡張します。
(図 13)
3. 外科的治療 : カテーテル治療が不適切な病変についてはバイパス術も施行しています。
<4> 深部静脈血栓症と肺塞栓症 ―下肢のむくみ、腫脹。 突然の呼吸困難、胸痛など。
① 深部静脈血栓症と肺塞栓症とは
深部静脈血栓症とは、主に下肢や骨盤内の静脈に血栓を生じ、下肢のむくみ、腫脹、疼痛をき
たす疾患です。 旅行などでの長時間の座位(エコノミークラス症候群)、長期の臥床、脱水、肥満、
妊娠、腹部や骨盤・下肢の手術などで下肢の血流が障害されるとおこりやすいといわれています。
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飛行機のエコノミークラスのように、座席のせまく長時間同じ姿勢を続けるとおこりやすいという
ことで、エコノミークラス症候群と称されることもありますが、ビジネスクラスやファーストクラスで
もおこるため、最近では旅行者血栓症といわれています。10 時間を超えるロングフライトで起こ
る可能性が高くなることがわかっています。
肺塞栓とは下肢や骨盤の血栓が血液の流れにのって肺動脈をつめてしまった状態で、呼吸困難、
胸痛を生じるようになります。 重症ではショック状態や突然死の原因となり非常に重篤な疾患で
す。
② 当院での検査、治療
1. 血液検査 :体内に活動性の血栓があると、血液検査中のD−ダイマーという項目が上昇す
ることが知られています。 また、先天的に血栓ができやすい体質がどうかを評価することが
できます。
2. 静脈エコー、心臓エコー
下肢静脈エコーによって血栓の有無を評価します。 心臓超音波では肺塞栓によって心臓に負
荷がかかっているかを評価いたします。
3. CT (図 14)
造影CTをおこなうことにより、肺塞栓、静脈血栓ともに評価することができます。
4. 治療
肺塞栓合併の有無、重篤度によって異なります。まず、血栓をとかしたり、血が固まりにくくなる
薬剤を点滴、もしくは内服にて投与します。また、下肢や骨盤の静脈に大きな血栓が残存してい
る場合には、これが肺動脈へ飛んで詰めてしまうことを予防するため、下大静脈フィルターを留
置します。(図 15)
7
これらの治療の効果がとぼしい場合や重症例ではカテーテル治療を行います。カテーテル治療は
血栓部位まで太さ 2mmほどのカテーテルを挿入して、血栓を吸引したり、血栓を溶かす薬剤を
直接血栓に注入したり、静脈の狭窄が強い症例ではバルーンで拡張したりすることで血流を改善
させる治療です。(図 16-1,2) 当院では心臓カテーテルでの豊富な経験をいかし、2007 年 5
月より、深部静脈血栓症に対するカテーテル治療を開始し良好な結果が得られています。
<5> 不整脈 ―動悸・脈がとぶ・脈が乱れる・胸の圧迫感・めまい・失神など
1.不整脈とは
心臓は筋肉でできた袋状の臓器です。
一日に約 10 万回絶え間なく動き続け、全身に必要な酸素や栄養分を含んだ血液を送っています。
心臓がこうして動き続けるには、
① 心臓の筋肉に十分な酸素や栄養分が供給される、
と同時に、
② 心臓の筋肉に、動くための命令が正確に伝わる
ことが必要です。
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全身の筋肉が動くには、脳・神経からの「動きなさい」という命令が必要です。しかし、心臓は、
私たちが「動きなさい」と意識していなくても常に働いています。これは、心臓には、自律的に命
令を出す部位があるからです。右心房にある洞結節という部位から、1 分間に 60-80 回程度の
命令が発生しています。この回数が、「心拍数」です。
洞結節は、身体活動に応じ、心拍数を調整する機能に富んでおり、睡眠など安静時は心拍数を
遅く、運動中は速くしています。洞結節から発生した命令は、心房内の筋肉内を、目には見えな
い伝導路を通して伝わり、心房全体がこの命令により収縮します。心房全体に伝わった命令は、
次に心房と心室の境界部位にある房室結節にいったん集まったあと、心室内の伝導路へ伝わり、
心室が収縮します。
心臓はこのようにして、常に 心房→心室 の順に規則正しく収縮し、全身へ血液を送っていま
す。これが最も効率のよい心臓の動き方です。
不整脈とは、この規則正しい脈の発生・伝導が乱れる疾患全てを指します。
脈の命令が出にくくなったり、休んでしまう疾患 ( 洞不全症候群 )、心房→心室の伝導が不良
となってしまう疾患( 房室ブロック )などでは、心拍数の遅くなる 徐脈 の状態となり、めまい、ふ
らつきや、意識消失を生じることもあります。これらの治療には人工ペースメーカが必要なことが
あります。
洞結節以外のところから、少し早いタイミングで脈の命令が発せられることがあり、これは 期
外収縮 と呼ばれる不整脈で、しばしば脈がとぶ、といった症状を起こします。
脈の命令が本来より速く多く発生しすぎる疾患、伝導路を命令が往復してしまう疾患では心拍数
が早くなりすぎる 頻脈 の状態となることがあります。これらの治療には薬物や、異常な脈の発生
源や伝導路に熱を加えて焼灼してしまうカテーテルアブレーション(経皮的カテーテル心筋焼灼
術)という手術療法があります。
このような、各種の脈の異常は、心電図を記録することから判明します。また、心電図はもちろん、
上述の心筋梗塞などの疾患の診断にも欠かせません。このため、当科では、初診の患者様には全
例、診察前に心電図検査を受けていただいています。ご協力お願い申し上げます。
2.心房細動とは。
心房細動は、最も多い頻脈性不整脈のひとつです。
心房細動では、心房内で非常にたくさんの脈の命令が行き交い、心房が小刻みに震えるよう
に動く状態になります。脈の命令は 1 分間に 300 回以上にもなります。房室結節では、その
全てを心室に伝えることができず、一部を伝えます。その間隔はばらばらのため、心室は、規
則正しく収縮することができず、脈が乱れる状態になるのです(図 1)。
正常(上段)および心房細動(中段)、心室性期外収縮(下段)の心電図です。
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正常時は、心房と心室が交互に規則正しく収縮します。心房が収縮すると心電図で小さな波
が、心室が収縮すると心電図で大きな波が記録されます(心房:赤→、心室:緑→)
心房細動になると、心房は一定の
規則正しい収縮ができなくなり、心
電図では、小さな波打つような波
形が記録されます(赤→)。心室は
不規則に収縮するため、大きな波
(緑→)の間隔はバラバラになります。
心室性期外収縮では、正常の調律
の間に、タイミングの早い収縮(*)
がみられます。この収縮が連続して
みられるものを心室頻拍とよびま
す。
1)心房細動が起こす様々な問題
・ 動悸:多くの患者さんは、心房細動になると、脈が乱れる、どきどきする、といった症状を
感じます。胸が圧迫される、といった症状のこともあります。ただし、症状の感じ方はまち
まちで、病院に駆け込まなければならないほど強い症状の方もおられれば、一方では、
健康診断などで初めて指摘されるまで何も気づかなかった、という方もおられます。
・ 血栓塞栓症:症状の有無に関わらず、心房細動が持続すると、心房の中では血液がよど
むようになります。長時間(一般的には 48 時間が目安です)にわたり心房細動が持続す
ると、ついには、よどんだ血液が固まり、血栓ができることがあります。この血栓が、血液
の流れにのってしまうと、脳など重要な臓器へ血液を供給している血管を閉塞させ、脳
梗塞(脳塞栓といいます)を発症することがあります。脳以外でも、腸管の血管や腎臓の
血管、手足の血管などに詰まってしまうと、それぞれの臓器の血流が遮断されることによ
り重大な症状を発生することになります。
・ 心機能の低下:心房→心室の1:1の収縮関係が心臓にとって最も効率よく血液を全身
に送り出す方法ですが、心房細動ではこれが乱れます。心房の血液が十分に心室へ送り
込めないままに心室が収縮したりするため、長年心房細動が持続していると、徐々に心
機能が悪くなり、疲れやすくなったり、呼吸が苦しくなったりむくみやすくなったりすること
があります。あるいは、もともと何らかの心疾患を持っていると、心房細動が発生するこ
とにより、急に心不全を来たす、といったこともしばしばあります。
2)当院での検査・治療
・ 心房細動の一般的な治療
上述のような諸問題を解決するため、多くの治療法が用いられています。心房細動を停
止させる、あるいは動悸症状を軽減するため、点滴あるいは内服治療が行われます。早
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急に停止させたいときには、電気的除細動という方法を用いることもありますし、こう
した方法を用いても再発を繰り返す場合には、積極的にカテーテルアブレーション治療
を行うことが増えてきています(図 2)。
血栓症の予防には、「抗凝固剤」という、血液を固まりにくくする薬剤の使用が必要です。
特に、高齢者(75 歳以上)、糖尿病や高血圧、何らかの心疾患を合併する方、すでに脳
梗塞などを起こしたことのある方などは血栓症の危険性が高いことが知られており、抗
凝固剤の内服が必須です。
都立広尾病院 循環器科 心房細動専門外来へのリンク
3)心房細動のカテーテルアブレーション治療
1994 年にフランスではじめられた、心房細動に対するカテーテル治療は、現在では心房
細動治療の中でも大きな位置を占めており、特に、薬物治療で十分な効果の得られない
患者さんに積極的に行われています。
[心房細動のカテーテルアブレーションのコンセプト]
心臓には、左心房という部屋があります。左心房へ還流する肺静脈という 4 本の血管や、
それらと左心房との境界部は、しばしば心房細動の発生源となる期外収縮を発生します
(これをトリガーといいます)。
このトリガーによって引き起こされる心房細動発作をなくすため、肺静脈と左心房の境界
部位を、大きく取り囲むようにカテーテルで熱を加えていき、電気の流れを遮断する方法
11
を肺静脈隔離術 (PV isolation)と言います。
ただし、心房細動の発生源は、この部位に限ってはおらず、その他の部位から発生したり、
あるいは、左心房全体に心房細動を続きやすくする状態が広がってしまっていることもあ
るため(基質といいます)、一度の治療で根治できない場合もあります。しかしカテーテルア
ブレーションのメリットの一つとして全身にかかる負担が少ないことがあげられ、複数回の
アブレーション治療を行うことにより、より心房細動の抑制効果は高くなっていきます。
[都立広尾病院の心房細動に対するカテーテル心筋焼灼術 (カテーテルアブレーション)]
われわれの施設では、2001 年から、この治療を行っており 2005 年からは、CARTO(カル
ト)システム、2008 年度からは、その他に EnSite(エンサイト)システムという、いずれも 3D
画像を用いたマッピングシステムを用い、より確実なアブレーション治療が行えるようにな
ってきています。
アブレーション治療の実際をお示しします。
カテーテル前には、心臓、特に肺静脈や左心房の状態をよく把握する必要があるため、造
影 CT、経胸壁心臓超音波(心エコー図検査)、経食道超音波検査(胃カメラのように飲み
込んでいただいて心臓を観察する検査です)などを行います。カテーテルアブレーション治
療には入院が必要で、通常術前 1-2 日前にご入院いただいています。
当日は、カテーテル室に入ったら、ほとんどの場合、静脈麻酔という方法で眠っていただい
た状態になってから治療を始めます。
われわれの施設では、初回の方にはおもに CARTO システムを用い、拡大肺静脈隔離術と
いうアブレーションを行っています。同時に、しばしば心房細動に合併する、通常型心房粗
動という不整脈に対するアブレーション治療も行います。
2 回目以上の方には、初回のアブレーションで治療した部位の再発があれば、再度治療を
加えるとともに、上述の「基質」の部分に対しても治療を加えるため、CARTO システムある
いは EnSite システムを用いながら、様々なアブレーションを追加しています(図 3)。
EnSite(エンサイト)システム
を用いた心房細動のアブレー
ション例を示します。
先にお示しした肺静脈隔離術
のみで根治困難な心房細動
では、左心房内に、心房細動
を維持させやすくする機構が
みられることが多くあります。
この例では、赤・橙色などで
12
示される部位が、心房細動の維持に関与する部分であることが明瞭に表示されており、こ
の部位を中心にアブレーションを追加していきます。EnSite(エンサイト)システムもまた、
心房とアブレーションを行った部位の位置関係が分かりやすいという利点を持っています。
3. その他の頻脈性不整脈に対するカテーテルアブレーション治療
[発作性上室性頻拍症]
心臓になんら病気を持たない方にも起こりうる頻脈性不整脈です。複数の種類があり、代
表的なものとしては、房室結節回帰性頻拍、WPW 症候群に合併する房室回帰性頻拍など
があります。カテーテルアブレーションは、こうした不整脈に極めて有効な治療方法であり、
ほとんどの例で根治が可能です。
[開心術後頻拍]
何らかの心臓手術を受けられたことのある患者さんでは、術後慢性期になってから、過去の
心臓の切開部位などを原因とする頻脈性不整脈(心房頻拍)をしばしば発生することが知
られています。カテーテルアブレーションには、切開線や手術の瘢痕部位を認識することが
非常に重要ですが、こういったものは、体の外からは見えません。CARTO(カルト)システム
という心臓の構造・電位を 3 次元的に表示できる装置を併用することにより、切開部位や
瘢痕部位の認識が容易になり、開心術後の頻拍治療の成績は上昇しました。われわれの施
設では、2001 年より本システムを用いたアブレーションを積極的に行い、良好な成績を挙
げています。
[心室頻拍]
開心術の既往がなくても、心筋梗塞などの心疾患をもつ患者さんでは、ダメージを受けた
心臓の筋肉を基盤として、しばしば重篤な不整脈が発生することが知られています。代表
的なものが、心室頻拍であり、意識消失を来たしたり、時に致死的となることもあります。
われわれの施設ではこのような心室頻拍に対するカテーテルアブレーションを得意としてお
り、上述の様々な 3 次元マッピングシステムを併用し、良好な成績を挙げています(図 4)。
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また 2009 年からは通常の心内膜からのアプローチによるカテーテルアブレーションが無効
な難治症例に対しては、心外膜アプローチによるアブレーションや冠動脈内エタノール注入
によるアブレーション治療も行っております。
[心室細動]
突然死の多くは心臓疾患であり、ほとんどは心臓が突如けいれんしているようになってしま
う心室細動が原因であることがわかっています。 街中でこのような心室細動が生じて心
肺停止状態となった場合は一刻も早く心肺蘇生と電気的除細動が必要です。最近では
AED が設置されている施設等も多くなってはいますが、もともとに基礎心疾患をお持ちの
方で一度でも心室細動の発作を起こしたことのある方や、種々の検査で突然死のリスクが
高いと診断された方に対しては積極的に植え込み型除細動器(ICD)の植え込み術を行って
おります。基礎心疾患が全くない方でも、特徴的な心電図波形異常を呈するブルガダ症候
群や QT 延長症候群といった方に対しても適切なリスク評価を行った後に ICD の植え込みを
行っております。
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