「生殖細胞の発生と胚発生能について」<小倉淳郎 理研バイオリソース

資料6-2
生殖細胞の発生と胚発生能について
特にES(iPS)細胞由来生殖細胞を用いた胚作成研究の検討のために
理研バイオリソースセンター
東京大学大学院医学系研究科
小倉淳郎
生殖細胞の発生と胚発生能について
1. 生殖細胞作出研究の現状
2. 胚発生に必要な生殖細胞の条件
3. 体外由来生殖細胞を用いた胚の作出の意義について
生殖細胞の発生と胚発生能について
1. 生殖細胞作出研究の現状
2. 胚発生に必要な生殖細胞の条件
3. 体外由来生殖細胞を用いたヒト胚の作出の意義について
ES細胞(iPS細胞)から生殖細胞発生までの全体像
(体内では)
胚体外中胚葉の一部の細胞
精子
2a
ES細胞
iPS細胞
1
始原生殖細胞
(primordial germ cell PGC)
2b
発生学・幹細胞学
卵子
繁殖学・生殖学
1.ES(iPS)細胞から配偶子を作成する場合も必ず始原生殖細胞
(あるいはそれに類似した細胞)を経由する。
2.よってES (iPS)細胞から生殖細胞を作出する研究は、始原生殖
細胞の前後、①と②を分けて整理できる
②の体内の発生について
始原生殖細胞 → 精子の発生
・性成熟後に減数分裂を開始する
・減数分裂を開始したら精子まで停止しない
・複雑な立体構造を持つ精細管上皮内で
緻密な制御を受けている。
始原生殖細胞
体
細
胞
分
裂
精原細胞
(造)精細胞
ホルモン、成長因子、体細胞との物理的生理的相互作用
第
一
減
数
分
裂
第
二
減
数
分
裂
一次精母細胞
二次精母細胞
精子細胞
精子
始原生殖細胞→卵子の発生
減数分裂中に2回停止する
始原生殖細胞
体
細
胞
分
裂
1回目:第一減数分裂前期
第一減数分裂
前期核
第
一
減
数
分
裂
2回目:第二減数分裂中期
第二減数分裂
中期染色体
一次卵母細胞
(未発育)
出生
(卵子発育)
一次卵母細胞
(発育)
(卵子成熟)
第
二
減
数
分
裂
成熟卵子
(未受精卵子)
受精
受精卵子
1) ES細胞から培養開始した研究(1)
Scholerらの方法 (2003)
卵子形成
体内 の系の利用
野瀬らの方法 (2003)
精子形成
Daley らの方法 (2004)
(2003)
精子細胞形成
胚盤胞発生
Engel らの方法 (2006)
精子形成
産子発生
ES細胞から卵子、精子、そして産子まで発生させている
野瀬俊明 蛋白質核酸酵素増刊 2007 (改変)
1) ES細胞から培養開始した研究(2)
Lacham-Kaplan et al. (Stem Cells, 2006)
新生仔精巣細胞の培養上清とともに ES 細胞由来の胚様体を培養。卵巣様の構造を作
り、その中に直径 15-35 μm の卵子様の細胞が出現。卵巣様コロニーは雌雄両方の生殖
細胞マーカーを発現。
Novak et al. (Stem Cells, 2006)
胚様体を作出し、卵胞様の構造
を採取。第一減数分裂の対合の
特異的タンパク質発現を確認した
が、染色体とは合致していなかっ
た。
ES 由来卵子様細胞
染色体レベルでの解析によると減数分裂は進行していない
正常卵子
2) 精原細胞から培養開始した研究
Feng et al. (Science, 2002)
不死化した精原細胞を支持細胞(セルトリ細胞)非存在下で培養して、
精子細胞(半数体細胞)を作出。再現されていない。
3) 精母細胞から培養開始した研究
Rassoulzadegan et al. (Cell, 1993)
株化支持細胞(セルトリ細胞)との共培養により、生後8-10日のマウス精細胞(初期精母
細胞?)から半数体細胞を作出と報告。DNA量とマーカーのみで確認。再現されていない。
Marh et al. (Biol Reprod, 2003)
通常の精巣細胞との共培養により、生後13日のマウス精
細胞(後期精母細胞)から半数体細胞(円形精子細胞)を
作出。半数体染色体や鞭毛など詳細に確認。精子細胞の
核は濃縮しない(精子にはならない)。
顕微授精により産子を作出。
精子の体外発生
始原生殖細胞
体
細
胞
分
裂
第
一
減
数
分
裂
第
二
減
数
分
裂
精原細胞
精原細胞
支持細胞
(セルトリ細胞)
一次精母細胞
二次精母細胞
精子細胞
一次精母細胞
二次精母細胞
マウス
体外では精細管上皮の立体構造
が再現できない
このため、現在マウスで体外培養系が確立しているの
は後期一次精母細胞 → 精子細胞の範囲のみ
(Mahr et al., Biol. Reprod. 2003)
精子細胞
精子
しかし始原生殖細胞や精原細胞を精細管
内へ移植すると精子細胞へ発生し、ICSIで
産子が生まれている (Chuma et al.,
Development 2005など)
卵子の体外発生
始原生殖細胞
卵巣組織ごと培養後
に発育した卵子
体
細
胞
分
裂
※一次卵母細胞は分離
するとほとんど発育しない
マウス
組織培養
なし
第
一
減
数
分
裂
一次卵母細胞
(未発育)
体外卵子発育
(in vitro growth)
一次卵母細胞
(発育)
(in vitro maturation)
成熟卵子
(未受精卵子)
・ 減数分裂の再開と停止
・ ゲノム刷込みは完了している
体外受精 IVF
受精卵子
ウシ
ブタ
・ 減数分裂は停止中
・ 卵子特有のゲノム刷込み
体外卵子成熟
第
二
減
数
分
裂
組織培養
あり
(in vitro fertilization)
サル
ヒト
生殖細胞作出の現状のまとめ(マウスで再現可能な実験)
ES細胞→始原生殖細胞→ 精原細胞→ 精母細胞→ 精子細胞→ 精子
全過程体外
全過程体外
雄
一部体内利用
産子
一部体内利用
一部体内利用
産子
未発育
発育
成熟
ES細胞→始原生殖細胞→
→
→
卵母細胞 卵母細胞
卵子
雌
全過程体外
全過程体外(一部組織培養)
全過程体外(核置換)
産子
産子
全過程体外
雄性生殖細胞は in vitro の系は極めて低効率だが、in vivoを利用する技術が発達。
雌性生殖細胞は in vivo へ戻す技術が確立していない。
ほとんどのES細胞を用いた配偶子形成実験では、細胞遺伝学的証明ができて
いないため、どの程度減数分裂が進行しているのか、非常に不明瞭。
減数分裂
減数分裂
細胞生化学的証明
減数分裂特異的
遺伝子発現
蛋白質発現
細胞遺伝学的証明
減数分裂特異的
染色体構成
(染色体対合)
DNA合 成
(SCP3 など)
相 同染 色 体
対合
(第一 減 数 分裂 前 期)
染 色体 交 換
(遺 伝子 組 換え)
正常な
精子細胞
第 一減 数 分裂
(相 同染 色 体分 離)
半数体特異的遺伝子を発現
している異常な培養中細胞
第 二減 数 分裂
(娘染 色分 体 分 離)
半数体特異的
遺伝子発現
蛋白質発現
(プロタミン など)
半 数体 形成
正常な精母細胞の対合染色体間
のタンパク質に対する染色
減数分裂特異的
染色体構成
(半数体)
生殖細胞の発生と胚発生能について
1. 生殖細胞作出研究の現状
2. 胚発生に必要な生殖細胞の条件
3. 体外由来生殖細胞を用いたヒト胚の作出の意義について
生殖細胞とは?
4つのキーワード
・ 減数分裂
半数体細胞の形成
・ 形態・機能分化
配偶子としての機能獲得(精子の運動性獲得、卵子の大型化など)
・ ゲノム刷込み
胚発生に必至な哺乳類特有の生殖細胞ゲノムへの目印
父方と母方由来ゲノムの機能差となる
・ ゲノム初期化(全能性獲得能)
受精前後にゲノムの状態が初期化され、発生の開始点に戻る。
卵子細胞質内にある、いわゆる初期化因子により、正常に初期化を「される」能力。
ただし、これらの4つの因子は互いに独立ではなく、生殖細胞発生において何らかの相互作用があると
考えられる。(例えば、ゲノム刷込みを抑制すると、雄の減数分裂が停止する)
では、これらのうち、正常な胚の発生に必要なのは?
・ 減数分裂: 必要
・ 形態・機能分化: 精子と卵子で異なる
精子: 顕微授精技術を用いる限り、減数分裂終了後の分化は必須でない(必須で
はないが、発生率は低下する)
卵子: 胚発生を支える卵細胞質の成熟と増大が必要
・ ゲノム刷込み: 必要
特に着床後の胚と胎盤の発生に必要
・ ゲノム初期化(全能性獲得能): 必要
着床前発生から必要。ただし種間差あり
その正常性を確認する方法は?
・ 減数分裂: 染色体像の確認
第一減数分裂:相同染色体の対合(synapsis, pairing)と再分離
第二減数分裂:半数体染色体の確認(マウス 20本、ヒト23本)
・ 形態・機能分化:
精子: 顕微授精技術を用いる限り、特に正常性を確認するべき項目はない。
卵子: まずは直径が重要(マウス 約70 μm、ヒト約140 μm)。その条件が満たされないと、体
外成熟と胚発生も困難。最終的には単為発生能でほぼ必要な情報が得られる。
・ ゲノム刷込み: DNAメチル化および刷込み遺伝子の発現解析
精子、卵子とも、一定以上の細胞数が必要。
・ ゲノム初期化(全能性獲得能): 胚発生および胚遺伝子発現
体外卵子は単為発生をさせれば良い。体外精子は体内由来卵子と組合わせると常に正常に
見えてしまう可能性が高い(卵子核を除く体細胞クローンとは異なる)。
生殖細胞の発生と胚発生能について
1. 生殖細胞作出研究の現状
2. 胚発生に必要な生殖細胞の条件
3. 体外由来生殖細胞を用いたヒト胚の作出の意義について
ES (iPS)細胞由来生殖細胞を用いたヒト胚の作出の目的
1. 生殖細胞の正常性の確認
2. ヒト受精および胚発生の研究
作出された生殖細胞が正常であることが前提
3. クローン胚の作出(代替卵子)
卵子の質が一定以上あることが前提
動物における生殖
細胞作出の現状を考
えると、現段階の目的
として挙げにくい。
胚を作出することにより、生殖細胞のどのような正常性が確認できるか
・ 減数分裂
半数体の確認は、生殖細胞そのものの解析で可能(FISHなど)。
染色体異常でも胚盤胞まで発生することが多い。
・ 形態・機能分化
精子: ヒト胚の発生により検定する項目はない。
卵子: 単為発生でほぼ検定可能。
・ ゲノム刷込み
半数体の確認は、生殖細胞そのものの解析で可能(多数集める必要はある)。
ゲノム刷込み異常でも胚盤胞まで発生する。
・ ゲノム初期化(全能性獲得能)
精子: 正常卵子を用いた胚発生能では確認できない。遺伝子発現は母方(卵子)
発現との区別が必要。
卵子: 単為発生でほぼ確認できる。
体外胚発生のみで得られる情報は極めて限定されている。
まとめ
1) 体外でES(iPS)細胞から(始原)生殖細胞を作出する研究は、体細胞か
ら生殖細胞への分化のメカニズムに極めて貴重な情報を与えると期待され
る。
2) しかし、体外における始原生殖細胞以降の発生、特に正常な減数分裂
を進行させること、そして卵子を完全に成長(第一減数分裂前期における体積
の増大)させることは、数十年にわたる研究にもかかわらず実現していない。
3) よってもしES(iPS)細胞から配偶子を作出できたとしても、それは遺伝
的にもエピジェネティク的にも極めて不完全な細胞であることが予想される
ため、まずはこれらの正常性に関する検証が必要である。この目的のため
には、現在の卵子および精子の発生工学および生化学的解析技術をもって
すれば、必ずしも胚の作出および培養を必要としない。