2009年4月26日 村田艶子牧師 <父のみこころに従う

父のみこころに従う
4/26 牧師礼拝メッセージより
が暗くなって、心も暗くなります。ですから、霊の目を開いて十字架を
見上げ、十字架にどれほどの価値があるかということを悟らなければ
ならないと思います。どんなことでも、すべて感謝ができるようになら
なければならないのです。そして最後には「神にも仕え、また富にも仕
えるということはできません」とあります。二人の主人に仕えることはで
「自分の宝を地上にたくわえるのはやめなさい。そこでは虫
とさびで、きず物になり、また盗人が穴をあけて盗みます。自
きないのです。私たちの霊の目の角度が、少しでもずれていたら、イエ
ス様がぼやけてしまうのです。
分の宝は、天にたくわえなさい。そこでは、虫もさびもつかず、
この世の富が必要なら、神様は与えてくださいます。神の国とその
盗人が穴をあけて盗むこともありません。あなたの宝のあると
義を第一にするなら、私たちに必要なものはすべてそえて与えると約
ころに、あなたの心があるからです。からだのあかりは目です。
束してくださっています。(参:マタイ6:33)私自身何度も体験していま
それで、もしあなたの目が健全なら、あなたの全身が明るい
から、はっきりと言うことができます。
が、もし、目が悪ければ、あなたの全身が暗いでしょう。それ
なら、もしあなたのうちの光が暗ければ、その暗さはどんなで
また、皆さんは、いろいろとご自分のビジョンを持たれているかもし
しょう。だれも、ふたりの主人に仕えることはできません。一方
れませんが、「むしろ、あなたがたはこう言うべきです。『主のみ
を憎んで他方を愛したり、一方を重んじて他方を軽んじたりす
こころなら、私たちは生きていて、このことを、または、あのこ
るからです。あなたがたは、神にも仕え、また富にも仕えると
とをしよう。』」(ヤコブ4:15)とあります。〔主のみこころならば〕とい
いうことはできません。」(マタイの福音書の6:19∼24)
う条件付きです。神様とともに歩むことを忘れて、ほかのことを優先さ
せるのは罪です。神様に対するつとめをしていくときにも、おのおのに
現在、私たちはこの地上に生かされています。そして、神に、向かう
適したミニストリーが与えられているのです。神様からのミニストリーを
チャンスがおひとりおひとりに与えられています。この地上で得たもの
無視して自分の思いで行動していったら、それはなんの役にも立ちま
は、どんなものであってもすべて捨てる時がやってきます。何一つ天
せん。学生にとっては、勉強は大切です。大いに努力してほしいと思い
国に持って行くことはできません。だから、地上に宝を貯えないで天に
ます。だからといって教会への出力を落としては絶対よくありません。
貯えなさいと言われるのです。「あなたの宝のあるところに、あなたの
いつ主の再臨がくるかわかりません。またいつ死が訪れるかもわかり
心もある」 と、おっしゃっています。皆さんの心はどこにありますか?
ません。私たちは日々全力で主のわざに励み、自分の救いの達成の
また、「からだのあかりは目です」とありますね。目が見えないと、全身
ため努めなければなりません。(参:ピリピ2:12)皆さん、自分が救わ
1
2
れていると思ったらだめです。イエス様を信じているからこれでいいの
くとき与えられます。「あなたがたは真理を知り、真理はあなたが
ではありません。それは、やっと救いの中にいれられたということです。
たを自由にします。」(ヨハネ8:32)とイエス様おっしゃっています。
そこから用意ドンです。パウロも、走るべき行程を走りつくしてあとは神
真理とはなんですか?イエス・キリストでしょ?真理に従うときに私た
からの栄誉を受けようと(参:Ⅱテモテ4:7)言っていますね。また、
ちは、本当の自由になります。「もし、子があなたがたを自由にす
「わたしに向かって、『主よ、主よ。』と言う者がみな天の御国
るなら、あなたがたはほんとうに自由なのです。」(ヨハネ8:3
にはいるのではなく、天におられるわたしの父のみこころを行
6)
なう者がはいるのです。」(マタイ7:21)とあります。みこころをお
こなわなかったら、入れないということです。教会は、イエス・キリストを
私たちは神様の前にも人の前にもへりくだって永遠を思い、そして、
頭とした体です。私たちはその体の一部分です。体全体がしっかりと組
みむねを行なうものとなって、主に推薦される者とならせていただこう
み合わされて、一つ心、一つ思いとなるとき、神様は大きな奇蹟を見
ではないでしょうか。全員がイエス様から弟子と呼んでもらうように、な
せてくださるのです。ほかにどんな大切なものがあったとしても、神様
らせていただこうではないでしょうか。今からでも、決して遅くありませ
のことが優先されるべきなのです。
ん。怠惰な心の人は悔い改めて、神様今からさせてくださいと言えば
クリスチャンとして神様に愛されようと思ったら、五原則を守ることは
当然ですね。
いいのです。主は赦しの神様ですから。全員がイエス様に弟子と呼ん
でいただけるよう、自分を捨て、自分の十字架を従っていきましょう。
①祈り
②みことば
③集会出席
④献金
⑤伝道
日曜日に礼拝することは律法ではありません。不自由だと感じる人
がいらっしゃるかもわかりませんが、自由と放縦とは違います。お酒や
たばこ・麻薬の中に身を投じるとき、最初は自由のような気がしますが、
はたしてそうでしょうか?やがてそこから抜け出すことのできない不自
由な世界へと変わります。本当の自由というのは、みことばに従って歩
3
4