離職率70%からの復活

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離職
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ト
ップ
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入職3年目の
危機を乗り越える
入職 3 年目で大卒の4 割、高卒の5 割が離職する医療・介護業界。全体の離職率
は改善傾向にあるが、
それでも数字自体は決して低くはない。職員定着の最大の鍵は、
迷いや不安を抱きがちな若手をフォローできる組織体制の構築だ。ケーススタディーを
基に、離職率低下のノウハウを紹介する。
( 川崎 慎介、江本 哲朗、末田 聡美)
26
NIKKEI Healthcare December 2012
プロローグ
離職率70%からの復活… ……………………… p.28
全体動向
早期離職の主因
「不安」
「迷い」
「失望」が生まれる理由…… p.32
ケース
鍵は組織ぐるみのフォロー体制
事例にみる効果的な離職防止策…
メンタルケア
……… p.36
善衆会病院
臨床心理士が POMSで「心」の支援
「新入職者支援プログラム」で離職ゼロ……………… p.36
ワークライフバランス
甲府城南病院
職員満足度調査で衝撃の結果
現場発のアイデアで離職率4ポイント減… ………… p.38
コーチング
社会福祉法人合掌苑
管理職が部下と月1回のコーチング面談
30・90日面談で1年目離職は5年間で1人……… p.41
育児支援
和光会グループ
出産ラッシュを機にママ職員支援に注力
職業体験や旅行で家族の理解得やすく…………… p.44
マンツーマン研修
医療法人幸晴会
「研修ノート」で新人職員の不安払拭
中堅職員が1~3 カ月密着指導………………………… p.45
December 2012 NIKKEI Healthcare
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PROLOGUE
代表取締役社長の左敬真氏
(写真右)と取締役副社長の
日下部竜太氏(写真左)
離職率70%からの復活
2006年度に入り、状況はさらに悪化
入浴特化型の通所介護サービス「いきいきらいふSPA」
を中心に事業拡大を
進める(株)
いきいきらいふ(東京都台東区)
。現在は入社説明会に2000人も
の学生が集まるほどの人気企業だが、そんな同社もかつては離職率が70%
弱に達し、企業存続の危機に瀕した。その後、復活を果たした同社が、
スタッ
(文中敬称略)
フの心を取り戻すために講じた対策とは─。
表1◉いきいきらいふの事業展開と職員定着に関する動き
する。利用者増も相まって現場が多忙
年度(注 1)
事業展開および職員定着に関する状況・取り組み
事業所数
スタッフ数
を極める中、新たにスタッフを募集して
2002 年度
・2002 年 4 月創業、2003 年 1 月に訪問介護事業所設立。登録ヘル
パー20 人程度でスタート
1
29
も次から次へと辞めてしまい、全く定着
2003 年度 ・訪問介護サービスを展開
1
33
しない。
「事業所の拡大に社内体制の
2004 年度 ・居宅介護支援事業所や通所介護事業所を立ち上げ、事業を拡大
6
41
2005 年度
・通所介護事業所を2カ所開設、4 拠点 8 事業所体制に
・4 拠点の管理者に事業所運営を一任
・現場と本社間の意思疎通に問題が出始める
8
58
2006 年度
・現場の不満を吸い上げられず、本社と現場が “敵対関係”に
・労働問題が勃発。2006 年 6 月に、元社員から不当解雇の労働裁
判を起こされる。また、同時期に社員が、パワハラや残業代不
払いがあったとして労働基準監督署に駆け込むなどの事件も
・社内に不穏な空気が漂い、士気が低下。社員やパート職員の離
職が相次ぎ、離職率が 68.9 %に
8
69
2007 年度
「すべての現場を回って、頭を下げ
・副社長が社長を呼び出し、
てこなければ辞める」と一喝
・2007 年後半から 2008 年前半に社長が現場を回り、スタッフ一
人ひとりに謝罪。組織の立て直しを約束
・スタッフとの距離感を縮めるため、社長の思いや考えをまとめ
た「社長の頭の中」を、毎月の給与封筒の中に同封する
・次第に、現場の士気が戻り始める
7
66
2008 年度
・パートを含む全職員にアンケートを実施し、自社の強みや課
題などを聞き取り
・社長らと各拠点の管理者による幹部ミーティングを月に 1 回の
頻度で開催。
「どういう会社にしていくか」を話し合い、意識
を擦り合わせる
・2008 年夏頃に、アンケート結果を基に幹部ミーティングで経
営理念を策定
・経営理念を行動指針に落とし込み、研修などを通じて現場へ
徐々に浸透させていく
8
70
2009 年度
・現場のムードが良好に。離職率が 20 %を切る
・入浴特化型の短時間通所介護サービス(SPA)を立ち上げ
・新卒採用プロジェクト「サムライプロジェクト」に着手
8
82
2010 年度
・第 2 新卒を 10 人採用
・彼らが中心となり、サムライプロジェクトを本格化
・売上高が 2 億 6000 万円を突破
11
95
2011年度
・会社説明会に 750 人が参加
・新卒学生を 5 人採用
(通称いきいき会)をスター
・社内表彰・交流会の「社員活生会」
ト。優秀なスタッフや、新規契約数トップの店舗などを表彰
するとともに、トップと社員間の交流を深める
・売上高が 3 億 6000 万円強に
13
129
2012 年度
・会社説明会に 2000 人が参加
・新卒学生を 8 人採用
・売上高は 5 億 5000 万円に達する見込み
19
165
整備が追いつかず、現場の管理者に運
営を一任、いや、
『丸投げ』
したのが原因
だった」
と左は明かす。
詳細はこうだ。当時、同社ではパート
当時、いきいきらいふは「空中分解」
のか」─。2007 年のある日、代表取
業所と福祉用具貸与・販売事業に参入
を含め、採用面接は本社で一括して
の危機に直面していた。
締役社長の左敬 真は、自宅にこもり独
(いずれも本社内に併設)
。さらに同年9
行っていた。左や日下部ら幹部が「自
離職率 68.9%─。現場スタッフは
り悩み続けていた。
入職するそばから辞めていき、ある通所
ひろ まさ
現場の管理者に運営を「丸投げ」
介護事業所では、1年で4 人の管理者
月には、新たに通所介護事業所「いき
分が受けたい介護サービスを提供する」
いきらいふデイサービスセンター西新井」
という思いを語り、
これに共鳴したスタッ
の開設に踏み切った。利用者は順調に
フを採用していた。
が去っていった。さらに、退職した社員
いきいきらいふが産声を上げたのは
増加し、2005年にはさらに2カ所の通所
しかし左らの思いは、
「では、そのた
からは不当解雇の裁判を起こされ、残
2002年。大学院で設計士を志していた
介護事業所を開設。本社を含め4拠点
めに何をすべきか」というところまで咀
業代の未払いを訴えて労働基準監督
左が、有料老人ホームを視察したのを
体制となった。
嚼できておらず、現場の運営は管理者
署に駆け込むスタッフも出る始末。事
きっかけに「自分が将来受けたい介護
「今思えば、
この頃から歯車が狂い始
任せになっていた。さらに、管理者との
業所の運営は「利用者さんがいるから」
を形にしよう」と、大学の同級生だった
めた」と左は振り返る。拠点の拡大に
コミュニケーションも全く取れていない
というスタッフの思いに支えられ、ぎり
日下部竜太(取締役副社長)
と2人で立
伴い利用者数は急増。2005 年度の売
状態だった。
ぎり回ってはいたものの、いつ瓦解して
ち上げた(表1)
。
上高は一気に前年度の2倍の1億2000
いざスタッフが現場に入ってみると、
もおかしくない状況にあった(図1)
。
当初は訪問介護サービスの提供から
万円に達したが、一方で現場スタッフ
「どうしてこんなことになってしまった
スタートし、2004年に居宅介護支援事
の離職が目立ち始めたのだ。
図1◉いきいきらいふの離職率と売上高の推移
5.0
離職率
4.0
68.9%
40.3%
32.7%
21.9%
1.0
9.1%
0%
0
2002
2003
創業期
28
17.4%
19.8%
2005
拡大期
NIKKEI Healthcare December 2012
50%
者が握り潰し、本社には報告が上がっ
40%
ていなかった。
2006
2007
停滞・混乱期
20%
(推定)
2008
2009
立て直し期
2010
2011
0%
2012(年度)
第2の拡大期
中には改善策を提案するスタッフもいた
が、
「これが会社の方針だから」と管理
10%
売上高
2004
16.8%
気消沈したスタッフは、
「聞いていた話
60%
30%
2.0
の方針を頭から否定するありさま。意
と違う」と職場を去っていたのである。
70%
トップが現場を自ら回り
環境改善を約束するとと
もに、事業理念・行動指
針を策定。
離職率が低下
し始める
離職率
39.4%
3.0
●(株)いきいきらいふ
80%
事業所数が増加し、本社
と現場との間に溝が生ま
れる。スタッフの士気が
下がり離職が頻発
るもの。いいサービスなんて手間がかか
るだけで、できっこない」と管理者が左
売上高
(億円)
6.0
「デイサービスとはレクリエーションをや
(写真はいきいきらいふSPA 東上野)
本 社所在地 東京都台東区
会 社 設 立 2002年4月
提供サービス 入
浴特化型通所介護「いきいき
らいふ SPA」シリーズを中心に、
訪問介護、居宅介護支援、通所
介護事業所など19カ所展開
職 員 数 1
65 人(社員・契約社員 62 人、
パート103人)
注1)同社の事業年度は2002~2004年度までは3月決算、2005年度以降は2月決算
なったことから無断欠勤扱いで解雇と
同時期、
「残業代未払いがある」
「パワ
した。解雇までに面談などを通じて指
ハラを受けた」などと職員が労基署に
導はしていたが、記録を残していないな
駆け込み、労基署の監督官が3回ほど
そして同年 6 月、左の元に一通の封
ど、手続き面での不備も多かった」と副
本社を来訪。指導や勧告までには至ら
書が届いた。差出人は裁判所。訪問介
社長の日下部は話す。その後、答弁書
なかったが、会社を取り巻く「空気」は
護事業所を去ったスタッフが、同社を
を作成し裁判所に提出したものの、結
着実に悪化の一途をたどっていった。
果は敗訴。同社が1カ月分の給与を支
離職率が68.9%に達したのはこの年
払うことになった。
度のことだ。
「1 年でほぼ全スタッフが
元職員が「不当解雇だ」
と提訴
「不当解雇だ」
と訴えたのである。
「このスタッフは、次第に出社しなく
December 2012 NIKKEI Healthcare
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