忘れな草と君を想う冬 - IPPEIntel.com

忘れな草と君を想う冬
FUKUSHIMA IPPEI
「君が教えてくれた花の名前は、街にうもれそうな小さな忘れな草」――街は次第に寒く
なり、イルミネーションが灯り始める季節、私はどうしても思い出してしまう。尾崎豊の
Forget-me-not。それは思い出の一曲。そこには、川原とギターと私、そして、あいつの眼
差しがあった。いつ聞いても、私に恋をしたい衝動を与える。忘れな草という不思議な名
の花は、「私を忘れないでください」という花言葉を持つ、かわいらしい水色の花。尾崎と
は似ても似つかないような水色だけれど、切ないラブソングの最後を飾る体言としては洒
落乙だ。
先日、授業で爆睡していたら、珍しく夢を見た。いつもの睡眠で見る夢は忘れがちだが、
なぜだか授業中に見る夢というのは割と覚えているものだ。すごくいい夢だったからかも
しれないが――。
IPPEI くん、一緒に帰ろうよ。最近気になりはじめた女の子が、帰り際に私を誘う。二人
はどうでもいいことを語りながら、どこへ向かうのかもわからずに行く。しばらくすると、
広い場所に出る。一面のコスモスが夕陽に照らされている。そして、夕陽は私たちをも照
らす。二人は交わす言葉さえ忘れ、コスモスの中に立ちすくんでいる。秋風に揺れるコス
モスのような淡くて切ない恋に、落ちる予感を覚える。
おっと、そこまで。残念、目が覚めてしまった。限りなく悔しい。一番いいところだっ
た。そうさ、夢はいつも残酷。肝心なところを見せてくれない。まだ授業は続いている。
続きが見たくてもう一度寝てみたが、やっぱり続きは見せてくれない。それにしても、な
ぜこんな夢を見たのだろう。私が彼女を想っていたから、あるいは、彼女が私を想ってい
たからか。ただ、ひとつ感じたのは、夢の中で彼女は私に何かを伝えようとしていたこと。
でもまあ、所詮は夢。深入りしない方がよさそうだ。
ところで、私たちはなぜ夢を忘れてしまうのだろうか。寝ていたからか。いや、そんな
に単純な理由ではない。その理由はきっと、「夢中毒からの解放」だと思う。私たちは、夢
を忘れることで、夢に執着せずに済む。もし、夢を忘れることができなければ、先の私も
あの子のことを一日中考えていたに違いない。夢(つまり妄想世界)に執着して、現実に
戻れなくなってしまうのだ。そのような状態に陥れば、もはや私たちは迷える子羊も同然
となる。なんて怖いことだろう。要するに、目覚めた瞬間に自分をちゃんと取り戻すため
に、私たちは夢を忘れるのだと思う。
だけど、忘れちゃいけない。夢は、私たちに大きなエネルギーを与えてくれる。幸せな
気持ちにさせてくれることもあれば、起きたら不意に涙をこぼしていることもある。見る
夢が今の自分とアンビバレントであるほどに、目覚めたときに感じるものは多く、ときに
焦りさえも与えられる。夢中毒もこわいが、夢を見なくなることはもっともっとこわい。
街を行く人々がマフラーを巻き始めるころ、私は本棚から尾崎のアルバムを探す。