平成23年(ヨ)第67号 債権者 辻義則外167名 債務者 関西電力株式会社 原発再稼働禁止仮処分命令申立事件 主張書面 平成24年7月2日 大津地方裁判所 民事部保全係 御中 債権者ら訴訟代理人弁護士 井 戸 謙 一 同 吉 原 稔 同 吉 川 実 同 石 川 同 向 川 さ ゆ り 同 石 田 同 永 同 高 橋 賢 治 達 也 芳 明 陽 一 弁護士井戸謙一復代理人 同 第1 1 加 納 雄 二 熊川断層の評価について(補充) この度,平成10年に工業技術院地質調査所(平成13年4月 1日に独立行政法人産業技術総合研究所地質調査総合センターに 再編された。)が発行した「熊川地域の地質」と題する地域地質 研究報告(中江訓・吉岡敏和著)を入手した(甲194号証)。 1 これには,熊川断層が花折断層の最北部から北川に沿ってほぼ 西北西に福井県小浜市方面に延びる活断層であること,熊川断層 が 左 横 ず れ 断 層 で あ る こ と ,花 折 断 層 が 右 横 ず れ 断 層 で あ る こ と , 熊川断層と花折断層は共役関係にあると考えられること,寛文2 年の地震では,三方断層と花折断層の北部が同時に活動したもの と考えられること等が明記されている。ここに,「共役断層」と は ,同 じ 応 力 に よ っ て 生 じ た 隣 接 す る 断 層 を い う( 甲 1 9 5 号 証 )。 そ う す る と ,断 層 の 走 向 が 異 な っ て い て も ,互 い に 共 役 な 場 合 に は ,ひ と ま と ま り で 活 動 す る 可 能 性 を 考 慮 し な け れ ば な ら な い( 甲 1 6 7:7 頁 )か ら ,F O -A・F O -B 断 層 と 熊 川 断 層 の 連 動 の み な ら ず ,こ れ ら と 花 折 断 層 や 三 方 断 層 の 連 動 ま で 考 慮 し な け れ ば な ら ず , そ の 場 合 , 1 0 0 km を 優 に 超 え る 大 断 層 が 動 く こ と に な る のである。 2 この想定を荒唐無稽なものと扱うことは許されない。例えば, 1 5 8 6 年 1 月 1 8 日 に 発 生 し た 天 正 大 地 震 は ,現 在 の 越 中 、加 賀 、 越 前 、飛 騨 、美 濃 、尾 張 、伊 勢 、近 江 、若 狭 、山 城 、大 和 に ま た が っ た 地 域 に 甚 大 な 被 害 を 及 ぼ し た 内 陸 直 下 型 の 大 地 震 で あ り ,そ の 規模は,1891年の濃尾地震(マグニチュード8.0~8.4) を も 上 回 る と 言 わ れ て い る が ,未 だ に ,地 震 の 規 模 も ,起 震 断 層 も わ か っ て い な い( 甲 1 9 6 号 証 )。伊 勢 湾 に も 若 狭 湾 に も 津 波 が 襲 来 し た と さ れ て い る か ら ,太 平 洋 側 の 海 域 ,陸 域 ,日 本 海 側 の 海 域 に わ た る い く つ も の 活 断 層 が 連 動 し た と 考 え ざ る を 得 な い 。「 日 本 被害地震総覧」(宇佐美龍夫 東京大学出版会)(乙16)では, 天 正 大 地 震 の 際 に 動 い た 活 断 層 は ,御 母 衣( 白 川 )断 層 ,阿 寺 断 層 , 養 老 断 層 ,桑 名 断 層 ,四 日 市 断 層 と 推 定 し て い る が ,こ れ で は ,伊 勢 湾 や 若 狭 湾 に 津 波 が 発 生 し た 事 実 を 説 明 す る こ と が で き な い 。活 断 層 が 縦 横 に 走 っ て い る 近 畿 ト ラ イ ア ン グ ル に お い て ,い く つ も の 活 断 層 が 連 動 し ,天 正 大 地 震 級 の 内 陸 直 下 型 地 震 が 発 生 す る 危 険 性 を否定することはできないのである。 2 第2 1 立証責任について 最高裁平成4年10月29日第 1 小法廷判決(民集46巻7号 1174頁)(以下「伊方最高裁判決」という。)の理解 (1) 伊 方 最 高 裁 判 決 は ,「 原 子 炉 設 置 許 可 処 分 に つ い て の 取 消 訴 訟においては,被告行政庁がした判断に不合理な点があること の 主 張 ,立 証 責 任 は ,本 来 ,原 告 が 負 う べ き も の と 解 さ れ る が , 当該原子炉施設の安全審査に関する資料をすべて被告行政庁の 側が保持していることなどの点を考慮すると,被告行政庁の側 において,まず・・・被告行政庁の判断に不合理な点がないこ とを相当の根拠,資料に基づき立証する必要があり,被告行政 庁が右主張,立証を尽くさない場合には,被告行政庁がした右 判 断 に 不 合 理 な 点 が あ る こ と が 事 実 上 推 認 さ れ る 」と 判 示 し た 。 (2) 上 記 判 示 を ど う 理 解 す る か に つ い て ,最 高 裁 調 査 官 は ,被 告 行政庁が主張,立証しなければならないというのは,主張,立 証の必要性を述べているだけで,客観的主張,立証責任は,原 告にあると解説している(最高裁判所判例解説民事編平成4年 度 426~ 427 頁 )。し か し な が ら ,上 記 判 示 は ,被 告 行 政 庁 に 主 張,立証の必要が生じることを述べるに止まるものではなく, 本来原告が負うべき「被告行政庁がした判断に不合理な点があ ること」についての立証責任を被告側に転換したものと理解す べきである。なぜなら,判決は,被告行政庁に「被告行政庁の 判 断 に 不 合 理 な 点 が な い こ と 」の「 主 張 ,立 証 を 尽 く 」す こ と , すなわち,真偽不明を超えて裁判官に確信を抱かせることを求 めているから,これに失敗した場合,すなわち,真偽不明の場 合の負担は被告が被ることになるのである。そうすると,原子 炉設置許可処分取消訴訟は,被告行政庁が,「被告行政庁の判 断に不合理な点がないこと」を立証できたか否かについて攻防 が行われ,立証できれば原告の請求は棄却され,立証できなけ れば認容されるという,立証責任論から見れば,単純な構造で 3 訴訟が追行されることになるというのが論理的帰結のはずであ る。 (3) と こ ろ が ,最 高 裁 調 査 官 は ,上 記 判 例 解 説 に お い て ,伊 方 最 高裁判決の趣旨を誤解させる巧妙な仕組みを用意していた。す なわち,「本判決は・・・下級審裁判例の見解と基本的には同 様 の 見 地 に 立 っ て( 立 証 責 任 論 に つ い て - 引 用 者 注 )判 示 し た 」 と述べた上,下級審裁判例の見解を「まず,被告行政庁の側に おいて,その裁量的判断に不合理な点がないこと,すなわち, その依拠した具体的審査基準及び当該原子炉施設が右の具体的 審査基準に適合するとした判断に 一応の 合理性があること を・・・主張立証する必要があり」とまとめ,「不合理な点が ないこと」を「一応の合理性があること」に言い換えたのであ る ( 同 426~ 427 頁 ) 。 最高裁調査官の上記理解にしたがえば,被告行政庁が,その 判 断 に「 不 合 理 な 点 が な い こ と 」を 主 張 ,立 証 し た と し て も ,そ れ は ,「 一 応 の 合 理 性 が あ る こ と 」を 主 張 ,立 証 し た に す ぎ な い か ら ,そ れ だ け は 訴 訟 の 決 着 は つ か ず ,原 告 側 が ,「 一 応 の 合 理 性 は あ っ て も 真 の 合 理 性 は な い こ と 」の 主 張 ,立 証 に 成 功 す れ ば 請 求 認 容 判 決 が 出 る し ,失 敗 す れ ば ,請 求 棄 却 判 決 が 出 る こ と に な る 。す な わ ち ,真 偽 不 明 の 負 担 は 原 告 側 が 負 う こ と に な り ,立 証責任は,原告側が負担することになるのである。 し か し ,最 高 裁 調 査 官 の 上 記 理 解 は ,判 文 に な い「 一 応 の 合 理 性 」な ど と い う 概 念 を 持 ち 出 し た 点 に お い て 不 当 で あ る し ,「 被 告 行 政 庁 が 右 主 張 ,立 証 を 尽 く さ な い 場 合 に は ,被 告 行 政 庁 が し た 右 判 断 に 不 合 理 な 点 が あ る こ と が 事 実 上 推 認 さ れ る 」と し た 判 決の趣旨にも沿わないというべきである。 2 原発民事差止め請求訴訟における立証責任の分配 (1) 事業者を被告として提起された原発民事差止め請求訴訟に おける立証責任について,裁判所は,伊方最高裁判決が示した 4 立証責任の枠組みにしたがって判断してきた。原子炉施設の安 全性に関する資料をすべて被告事業者側が保持していることを 考慮すれば,そのことは基本的に支持されるべきである。 (2) 原 発 民 事 差 止 め 請 求 訴 訟 に お い て ,初 め て 立 証 責 任 論 を 展 開 したのは,仙台地裁平成6年1月31日判決(判例時報148 2号1頁)であった。同判決は,「本件原子炉の安全性につい ては,被告の側において,まず,その安全性に欠ける点のない ことについて相当の根拠を示し,かつ・・・必要な資料を提出 したうえで立証する必要があり,被告が右立証を尽くさない場 合には,本件原子力発電所に安全性に欠ける点があることが事 実上推定(推認)され・・・被告において・・・安全性につい て必要とされる立証を尽くした場合には,安全性に欠ける点が あ る こ と に つ い て の 右 の 事 実 上 の 推 定 は 破 れ ,原 告 ら に お い て , 安全性に欠ける点があることについて更なる立証を行わなけれ ばならない」と説示した。この説示は,理解が困難である。被 告が「安全性に欠ける点がないこと」を立証した場合でも,原 告が「安全性に欠ける点があること」を立証できるというので あるから,被告の立証命題である「安全性に欠ける点がないこ と」と原告の立証命題である「安全性に欠ける点があること」 とは,一枚のコインの裏表ではあり得ない。裁判所は,前者は 後者よりもレベルが低いものと想定しているとしか理解できず, それは,例えば,最高裁調査官がいう「一応の安全性」なので あろう。 (3) その後の判決は,この低いレベルを明記することになる。 す な わ ち ,浜 岡 原 発 1 ~ 4 号 機 運 転 差 止 め 請 求 訴 訟( 以 下「 浜 岡 訴 訟 」と い う 。)の 第 1 審 判 決( 静 岡 地 裁 平 成 1 9 年 1 0 月 2 6 日 )は ,立 証 責 任 に つ い て ,「 被 告( 中 部 電 力 引 用 者 注 )は , 当該原子炉施設が原子炉等規制法及び関連法令の規制に従って 設 置 運 転 さ れ て い る こ と に つ い て ま ず 主 張 立 証 す る 必 要 が あ 」り , 5 「 被 告 が・・・立 証 し た と き は・・・原 告 ら に お い て 国 の 諸 規 制 で は 原 子 炉 施 設 の 安 全 性 が 確 保 さ れ な い こ と を・・・主 張 立 証 す べ き で あ る 。」と 述 べ ,被 告 事 業 者 が 立 証 す べ き「 一 応 の 安 全 性 」 と は ,「 当 該 原 子 炉 施 設 が 原 子 炉 等 規 制 法 及 び 関 連 法 令 の 規 制 に 従って設置運転されていること」であると判断した。 次 い で ,志 賀 原 発 2 号 機 運 転 差 止 め 請 求 訴 訟( 以 下「 志 賀 2 号 機 訴 訟 」と い う 。)の 控 訴 審 判 決( 名 古 屋 高 裁 金 沢 支 部 平 成 2 1 年 3 月 1 8 日・判 例 時 報 2 0 4 5 号 3 頁 )も 同 様 に ,「 本 件 原 子 炉 の 安 全 性 に つ い て は ,控 訴 人( 北 陸 電 力 引 用 者 注 )の 側 に お い て ,ま ず ,そ の 安 全 性 に 欠 け る 点 の な い こ と に つ い て ,相 当 の 根 拠 を 示 し ,か つ ,必 要 な 資 料 を 提 出 し た 上 で 主 張 立 証 す る 必 要 が あ 」る が ,「 本 件 原 子 炉 施 設 が 本 件 安 全 審 査 に お け る 審 査 指 針 等 の 定 め る 安 全 上 の 基 準 を 満 た し て い る か に つ い て・・・検 討 し , こ れ ら が 満 た さ れ て い る こ と が 確 認 さ れ た 場 合 に は ,控 訴 人( 北 陸電力 引 用 者 注 )は ,本 件 原 子 炉 に 安 全 性 に 欠 け る 点 が な い こ と に つ い て ,相 当 の 根 拠 を 示 し ,か つ 必 要 な 資 料 を 提 出 し た 上 で の 主 張 立 証 を 尽 く し た こ と に な る と い う べ き で あ る 。・・・そ し て 控 訴 人 に お い て ,主 張 立 証 を 尽 く し た 場 合 は ,被 控 訴 人 ら に お い て ,・・・具 体 的 危 険 が あ る こ と に つ い て 主 張 立 証 を 行 わ な け れ ば な ら な い 。」と 述 べ ,被 告 事 業 者 が 立 証 す べ き「 一 応 の 安 全 性 」と は ,「 本 件 原 子 炉 施 設 が 本 件 安 全 審 査 に お け る 審 査 指 針 等 の定める安全上の基準を満たしていること」であると判断した。 し か し ,浜 岡 訴 訟 第 1 審 判 決 や 志 賀 2 号 機 訴 訟 控 訴 審 判 決 の 結 論 が 不 当 で あ る こ と は 明 ら か で あ ろ う 。被 告 事 業 者 は ,原 子 力 委 員 会 か ら ,当 該 原 子 炉 施 設 が 安 全 設 計 審 査 指 針 類 に 適 合 し て い る と の 判 断 を 得 て 設 置 許 可 処 分 を 受 け て い る の で あ る か ら ,被 告 事 業 者 に お い て ,当 該 原 子 炉 が「 原子 炉 等 規 制 法 及 び 関 連 法 令 の 規 制 に 従 っ て 設 置 運 転 さ れ て い る こ と 」や「 当 該 原 子 炉 施 設 が 安 全 審査における審査指針等の定める安全上の基準を満たしている 6 こ と 」を 立 証 す る こ と は 容 易 な は ず で あ る 。主 た る 問 題 は ,安 全 審 査 指 針 類 自 体 の 合 理 性 で あ り ,安 全 審 査 の 対 象 と な ら な か っ た 点 の 安 全 性 で あ る の に ,こ れ ら に つ い て は ,全 面 的 に 原 告 側 に 立 証 責 任 が 課 せ ら れ る こ と に な る の で あ る 。こ れ が ,「 当 該 原 子 炉 施設の安全審査に関する資料をすべて被告行政庁の側が保持し て い る こ と な ど の 点 を 考 慮 す る と ,被 告 行 政 庁 の 側 に お い て ,ま ず・・・被 告 行 政 庁 の 判 断 に 不 合 理 な 点 が な い こ と を 相 当 の 根 拠 , 資 料 に 基 づ き 立 証 す る 必 要 が あ 」る と し た 伊 方 最 高 裁 判 決 の 趣 旨 に沿わないことは明らかではないだろうか。 (4) 被告事業者側に最終的な立証責任を負わせた志賀2号機1 審判決(金沢地裁平成18年3月24日判決,判例時報193 0号25頁)こそが,伊方最高裁判決の趣旨を体現した判決で あるというべきである。貴裁判所におかれては,伊方最高裁判 決の趣旨を十分検討の上,正義と公平にかなった立証責任の分 配をお願いしたい。 7
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