体育祭を振り返って 実行委員の感想と写真 - 栄光学園

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学園通信
№72
2007.12.21
今思うと全員受け入れて良かったし、逆にもし 40 人
第 57 回
2007.10.6㈯
体育祭を振り返って
だったらどうやって準備を進めていけばよかったのか分
からない。それ程多方面に手を出して色々な問題を数で
解決してきたということである。慣れないことも多かっ
たが、部門長を中心に皆よく頑張ってくれた。
体育祭が毎年開催出来ているのは委員以外の色々な
方の協力があってこそだと思うが、今回委員長をやって
◇樋口 祐介 (実行委員長 高 2:57 期)
みてそれを身に染みて実感した。自分の知らない所で
様々な部の部員や先生方が手伝ってくださっていたので
今回の体育祭の特徴を挙げるなら、委員の人数が多い
ある。全体に対して委員会がこなす仕事の割合は予想以
こと。外から見ているとあまり本質的ではないように思
上に低く、こんなもので委員会を名乗っていいのかとさ
えるが、僕にとって一番の課題は大人数をどう捌くかだ
え思った。
った。
そして当日。応援団を中心として生徒全体が体育祭を
始めに人数を聞いた時は驚いた。40 人程度を理想と
盛り上げてくれた。
(時間が延びはしたが……。
)僕は本
していたがその倍はいたのである。その時にまず思った
番が続いている中で何も問題が起こらなければいいと思
のは、どうにかして人数を減らせないかということだっ
っていたが、その考えは会場全体に対して失礼だったと
た。どう考えても多過ぎてこのまま全体を仕切れる自信
思う。今回の成功は正に皆に支えられてのものだった。
が無かった。しかしここで先生方から説得されて条件付
委員会はもっと頑張らなければいけない。そう思わされ
きで全員を受け入れることを決めた。
た体育祭だった。
学園通信
№72
◇木村 駿介 (企画部門長)
2007.12.21
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も恵まれ、大成功だったと思う。
最後に、入江先生をはじめとする体育科の先生方や工
プログラムナンバー24 番、プロムネード。
「今年で終
作、事務の職員の方々、そして体育祭に関わってくださ
わりか……」プロムネードを見ながら、涙が出てきた。
った全ての人に感謝をしたい。特に激励のメッセージを
そして、観客、全校生徒、職員の方々へ自然と「感謝」
くださった 55 期の先輩方、ありがとうございました。
の気持ちがわいてきた。
今年で委員は3回目。
そして今年は企画部門長だった。
「多いな。
」
今年の体育祭実行委員会はこの一言から始ま
そして、こんな部門長に約 5 カ月もの間ついてきてく
れた、恋川、水野、大里、甚野、大西、萩原、一宮、柴
﨑、李、青木、紙谷、坂田、本当にどうもありがとう。
った。人数は第 55 回の 2 倍以上。人数を減らすかどう
かでかなりもめたが、
結局大人数で体育祭をすることに、
5 月末、決めた。
◇道下 貴弘 (総務部門長)
活動が始まってみると去年までの一般委員とは違う
第 57 回体育祭は無事に大成功で終わることができま
「部門長」の大変さを思い知らされた。特に最初は上に
した。
お世話になった先生方、
頑張ってくれた一般委員、
立つ者としてどのように接していけばよいのかという、
色々相談に乗ってくれた幹部4人、そして閉会式で号泣
その加減にすごく悩まされた。そして、自分は先輩の成
していた樋口実行委員長には大きな感謝を言いたいです。
しえてきた事を目指して先輩を追いかけているんだ、と
思った。先輩達は大きかった。
企画部門員は本当に、本当に、がんばってくれた。今
年初めて取り組んだことも多々あり、口には出さないも
最初は自分が総務部門長なんて出来るのかと思って
いましたが支えてくれた総務委員皆のお陰でなんとか最
後まで走り切ることが出来ました。閉会式で流したうれ
し涙は一生忘れないと思います。
ののかなり大変だったと思う。プロムネードで「跳躍」
過去の体育祭の資料を渡されて部門長として活動し
を作るのが難しく校章を設計したり、競技説明の詳しい
始めてから体育祭当日まで本当にすぐに時間が経ってし
ものを当日本部前に貼りだしたり、と色々な事をした。
まって未だに終わったという実感が無いのですが、後輩
去年からの変化は大きく、やりたかったことは部門員の
が創る来年の体育祭を楽しみに、また1年1年頑張って
おかげでどんどん実現していった。誰も誉めてくれない
いきます。本当に皆ありがとうございました。
から自分で誉めるけど、企画部門はとても素晴らしかっ
た。
当日は(放送機器の不調で一部音量が小さくなってし
まったり、最終得点発表の時クラス対抗リレーなどの得
◇山田 和晃 (機材部門長)
やってよかったー!! 心からそう思います。
点も応援合戦と一緒に加算されたが、それが全体にうま
機材部門の長を務め、様々なことを学びました。人の
く伝わらなかった、等多少のミスこそあったが)天候に
上に立つことの難しさ。屋り遂げることの大変さ。しか
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学園通信
№72
し何よりも、
「人に支えてもらう」ということの喜びを知
りました。委員経験ゼロ、ましてや多くの人を束ね指揮
をとるなどしたことがなかった僕にとって部門長という
2007.12.21
◇猪飼 一之 (会計部門長)
自分が部門長をやった理由は、誰も記録会計をやろう
立場は不安と緊張の極地。
常に自分の力量不足を痛感し、
としなかったからだった。雰囲気からして、このまま決
プレッシャーも感じていました。そんな中、共に仕事を
まらないと流石にまずいだろと思ったのと、記録会計な
してくれる仲間や先生方の存在、それがどれほど心強い
ら出来るかな、という甘い考えがあったのだが、実際は
ものであったか。どれだけ頼りにできたことか。安心し
そうは甘くなかった。
て仕事を任せられ、困ったときは助けてもらい……、僕
最初のうちは気楽にやっていたが、本番が近くなると、
一人で問題を背負い込むということは決してありません
そうは言っていられなかった。日に日に増える領収証を
でした。皆の協力あってこそ、完成した体育祭。全ての
処理するのにどれだけ時間の掛かったことか。あれはも
競技が終了したとき、いや、正直に言うと最初の競技が
う思い出したくない。また、幹部同士で夜遅くまで毎日
無事に終わった時点で既に泣きそうになっていました。
会議もした。一回一回の話し合いは 3~4 時間にも及ん
やれることは全てやりました。後は次に託します。こ
だ。そして何より、幹部はおろか体育祭の実行委員にな
れからも“MEN FOR OTHERS”の精神溢れる体育祭
るのも初めてで前日までのプレッシャーは栄光祭のとき
を創りあげていって下さい。支えてくれた皆さん、本当
の比じゃなかった。
(もちろん栄光祭の時もそれはあった
にありがとうございました。
が、そこは祭自体の成功をどれだけ担っているかの違い
があったと思う)実際、片付けの時に、
「片付け終わらね
◇遠矢 賛 (広報部門長)
ー」と言いつつもホッとしている自分が居た。
でも、この焦燥感があるからこそ、実行委員はやり甲
疲れた! でも楽しかった!
斐がある。それが終わってしまったと思うと、何か寂し
一言で感想を言うならこんな感じです。体育祭広報部
い。
「イベントは準備するときが一番楽しい」これを少し
門は他に比べて仕事が少なく周りへのヘルプが多いので
すが、その少ない仕事を精一杯やったつもりです。
実感した。
自分自身が今年初めての実行委員だったから、色々至
その割にミスがあってすいませんでした。今年は二千
らない部分もあったけど、今の自分のベストを尽くして
枚のビラがほぼ全て捌けるほど来校者の方が多く、それ
体育祭を大成功に収めることが出来て本当に良かった。
も協力してくれた皆さんのおかげだと思っています。
実行委員、先生方、応援団、全校生徒の皆さん、当日来
協力してくださった生徒の皆さん、そして来校者の
方々、広報部門員の皆本当にありがとうございました。
てくださった観客の皆様、体育祭に関わっていただいた
全ての方、本当にありがとうございました。