子宮体癌における後腹膜リンパ節

N―587
2004年9月
3.ディベート
1)後腹膜リンパ節郭清を考える―子宮体癌を中心に―
(2)子宮体癌における後腹膜リンパ節郭清とsurgicalstaging :consensus とcontroversy
座長:和歌山県立医科大学教授
梅咲 直彦
北海道大学
教授
佐賀大学教授
櫻木 範明
岩坂
剛
体癌治療の consensus と controversy
子宮体癌は近年増加傾向にあり,その診断や治療についての指針づくりが望まれている.
体癌治療の第一選択は手術療法であり,手術的に進行期が決定される.教室の成績と文献
の review からわれわれは1991年に体癌における傍大動脈リンパ節転移についての考え方
を紹介した.すなわち「FIGO 新進行期分類の提示により,リンパ節転移陽性であっても
!期としてあつかわれることに対する非合理感は解消されることになった.しかし体癌患
者には糖尿病,高血圧などの内科的合併症が多く,また極度の肥満者もおり,傍大動脈節
を含む拡大郭清が術後合併症を引き起こす危険性をはらんでいる.このためすべての施設
で拡大郭清が可能とはいえないであろう.また,郭清あるいは生検を行い術後の補助療法
を追加することにより,傍大動脈節転移陽性例の予後をどこまで改善しうるのかという重
大な問題が未解決のままで残っている.今後は術後補助療法として放射線治療と化学療法
のどちらがすぐれているのか,またその実施方法の確立についての randomized study
1)
に基づく研究が進むことが望まれる.
」
という問題提起であり,すべてそのまま現在まで
持ち越されているのが実状である.これらの問題をふまえ,体癌治療に関する consensus と controversy について,ここではとくに傍大動脈節郭清の意義を強調する立場で
後腹膜リンパ節郭清の意義について概括したい.
1.Surgical staging におけるリンパ節郭清:正しい進行期決定と病理組織学的予後
因子の詳細な検索は術後治療の個別化に必須である―What and Why
リンパ節転移は子宮体癌の重要な予後因子である.体癌におけるリンパ節転移は稀では
なく,1970年に Lewis et al.2)により13.2%の転移率が報告されてからリンパ節転移のリ
スク因子について多くの検討がなされている.621例を含む GOG による臨床試験は筋層
Retroperitoneal Lymphadenectomy and Surgical Staging : Consensus and Controversy
Noriaki SAKURAGI
Department of Gynecology, Hokkaido University School of Medicine and Graduate School of
Medicine, Sapporo
Key words : Endometrial cancer・Iymphadenectomy・Surgical staging・QOL・
Survival
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
N―588
日産婦誌5
6巻9号
浸潤と分化度がリンパ節転移と密接に関連していることを示した3).非類内膜型の組織
型,子宮下部・頸部浸潤,脈管侵襲などは筋層浸潤や分化度とともに重要なリンパ節転移
リスク因子であり,重要な予後因子である.子宮体部にとどまっていると考えられた体癌
が手術摘出物の病理組織学的所見から実際は体部外へ進展していることがしばしば認めら
れること,また術後病理組織学的所見から再発・死亡リスクについての重要な情報が得ら
れるため FIGO 進行期は手術進行期に改訂された.この FIGO
(1988)
進行期にはリンパ
節転移が進行期決定因子として組み込まれており,リンパ節郭清"
生検を含む surgical
staging を行うことが必要となった.
FIGO
(1988)
進行期分類では骨盤あるいは傍大動脈節転移は!c 期とされる.しかし全
例に手術的にリンパ節転移の有無を検索すべきか,リンパ節の検索を行う場合に郭清すべ
きかあるいはいわゆるサンプリングで行うべきか,対象となるリンパ節部位はどこかなど
の点についてはいまだに大いに議論のあるところである.当然ながらリンパ節転移リスク
が十分に低ければ郭清"
サンプリングの必要はない.前述した GOG の報告では G1で内
膜限局であれば骨盤リンパ節,傍大動脈節ともに転移リスクは極めて低く(0"
44)
,逆に
G3で筋層浸潤が>2"
3の場合のリスクは骨盤リンパ節34%(22"
64)
,傍大動脈節23%(15"
64)
と高い.われわれの教室の成績もリンパ節転移は内膜限局で0"
37,
筋層浸潤<1"
2で
8.1%,筋層浸潤>=1"
2で35.1%と筋層浸潤と密接に関連しており,内膜限局では郭清"
サンプリングは不要であることを示している.
2.リンパ節転移の有無を検索するには傍大動脈節を含めた系統的郭清,骨盤リンパ節
のみの選択的郭清,サンプリング(骨盤リンパ節の一部,傍大動脈節の一部)
のいずれが適
切か:体癌のリンパ節転移は骨盤から傍大動脈領域にわたる広い範囲に起こるため一部の
検索では不十分である―How and Why
体癌のリンパ節転移部位について詳細に検討すると,リンパ節転移が多く認められるの
は閉鎖節,総腸骨節,傍大動脈節(326b1)
である.頸癌とは大きく異なり,個々のリンパ
節転移部位としてみた場合これらは同等であり,いずれかを郭清し,あるものは手を付け
ずに残すというのでは合理性がないといえよう.頻度はそれらよりも低いが下腸間膜動脈
と腎静脈の間に位置する傍大動脈節(326b2)
,腸骨間節,外腸骨節,深鼠径節,仙骨節な
ど広い範囲のリンパ節に転移が起こりうる.孤立性転移部位は閉鎖節が最も多い.しかし
傍大動脈節のみに転移を認める場合もある.部位別の転移頻度と孤立性転移のパターンか
らすると傍大動脈節転移には骨盤リンパ節転移と同時におこるルートと骨盤リンパ節転移
の拡大の結果おこるルートとが存在すると推測される4).
3.体癌治療における婦人科腫瘍医の役割:リンパ節郭清を含む staging は手技と周術
期管理に熟練した婦人科腫瘍医を擁する施設で行われることが患者の QOL の面から重要
である―Who,When,Where and Why
最近の報告は習熟した腫瘍専門医が行えば後腹膜リンパ節郭清を含む surgical staging は比較的安全に行えることを示している5).FIGO 手術進行期の導入は体癌治療の考
え方に大きなインパクトを与えた6).現在体癌治療に用いられる治療戦略は,リンパ節郭
清"
サンプリングを含まない限定的な手術(単摘+両附属器摘出)
を行い,術後放射線治療
を多用するという治療方針と,完全な surgical staging を行いリンパ節転移がなければ
骨盤照射は行わないという治療方針に大別され,これにそれぞれの施設でいくらかの修正
が加えられていると考えられる(図 1 )
.体癌術後にルーチンに放射線治療を行うことは
治療成績改善に寄与せず患者に benefit はない7)8).正確な staging に基づき術後補助療
法の要否を層別化し不要な補助療法を避けることは QOL
(morbidity)
の面から患者にと
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
N―589
2004年9月
限定的手術(TAH,BSO)
+
放射線療法多用
Extensive surgical staging(ESS)
+
厳格な放射線治療療法適用
(図 1 ) 体癌の FIGO 手術進行期分類の導入による治療パラダイ
ムの変化
って大きな benefit であり,surgical staging が導入されたことは体癌治療に大きな
paradigm 転換をもたらしたと考えられる6).体癌治療を婦人科腫瘍専門医が行った場合
と一般婦人科医が行った場合の staging の内容,術後治療および QOL
(morbidity)
を比
較した最近の報告をみると,専門医が治療した場合の郭清"
サンプリング施行率が83%で
あったのに対して,一般医ではわずか26%にとどまっており,平均リンパ節個数も19.5対
7.7と大きな開きがある.それにも関わらず術中出血量や輸血施行率は同じか専門医の方
が少ないという結果であった.強調されるべき点は完全な surgical staging を行うこと
により術後放射線治療施行率を一般医の21.7%から専門医の8.7%と1"
3に減らすことがで
きたということである9).不要な放射線治療併用を避け得たことは患者の QOL と医療資
源の適正使用という面からリンパ節郭清を含む surgical staging の意義を示したものと
いえよう.また傍大動脈節郭清を加えた場合にはリンパ節再発を有意に減らし,傍大動脈
節郭清を行うことが多変量解析でもより長期の生存期間と関連することが示されてい
る10).骨盤リンパ節転移陽性例の半数以上が傍大動脈節転移を伴っており,骨盤リンパ節
郭清のみを行った場合には多くの転移陽性傍大動脈節を残すことになることからも納得し
うることである.当然ながら悪性腫瘍,骨盤内手術,肥満は術後血栓症発症のリスク因子
であり血栓症予防措置と迅速・適切な血栓症診断と治療には十二分に配慮すべきであ
る11).
4.今後の展望:郭清を含めた治療の個別化が必要である―Future direction
腫瘍マーカー,MRI,組織型・分化度などからリンパ節転移リスクを評価する試みもさ
れているが12)13),現時点では後腹膜リンパ節転移など病理組織学的因子を術前に把握する
ことに有用であることが確定された手段はなく,高分化型で内膜限局の腫瘍など極めてリ
ンパ節転移のリスクが低い場合を除き,可能であれば完全な staging 手術を行うべきで
ある.一方リンパ節転移陽性例については予後の面からさらに群分けすることができる.
多変量解析を用いて予後因子の解析を行うと,転移個数や筋層浸潤が漿膜まで及ぶなどと
いった腫瘍の拡大(Tumor extension)
と脈管侵襲,核異型度,組織型,p53変異などと
いった腫瘍の悪性度(Tumor biology)
の因子が独立した因子として現れてくる14)∼17).傍
大動脈郭清を含めた手術治療を行い長い生存期間を得る傍大動脈節転移患者も多い18)19)
が,現在用いうる補助療法(放射線あるいは化学療法)
の組み合わせによる治療戦略が奏功
しない体癌があることも事実であり,今後 molecular marker の網羅的検索などの新し
い技術の導入がリンパ節郭清を含めた治療そのものの個別化を可能とするかが今後の課題
である.
まとめ
体癌治療において,リンパ節郭清を含む完全な surgical staging は(What)
,熟練し
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
N―590
日産婦誌5
6巻9号
た婦人科腫瘍医がスタッフなどの充実した施設で(When,Who,Where)
行うことによ
り,合併症を大きく増加させることなく遂行でき,不要な術後療法を減らし術後療法によ
る合併症を回避でき,また予後改善効果も期待できることから(Why)
,内科的合併症な
どのために不適当と判断される場合を除いて標準治療とみなされるべきである.その際,
傍大動脈節は骨盤リンパ節と同程度の転移頻度を示す部位であり,骨盤リンパ節とともに
傍大動脈節も郭清すべきである(How)
.
《参考文献》
1)櫻木範明,藤本征一郎.医学の歩み 1991 ; 156 : 247―251
2)Lewis BV, Stallworthy JA, Cowdell R. Adenocarcinoma of the body of the
uterus. J Obstet Gynaecol Br Commonw 1970 ; 77 : 343―348
3)Creasman WT, Morrow CP, Bundy BN, Homesley HD, Graham JE, Heller
PB. Surgical pathologic spread patterns of endometrial cancer. A Gynecologic Oncology Group Study. Cancer 1987 ; 60(8 Suppl): 2035―2041
4)Sakuragi N. Lymph node metastasis in gynecologic malignancies―reappraisal―. 91pp(Fuyo Co. Ltd., Sapporo)
1998
5)Orr JW Jr, Roland PY, Leichter D, Orr PF. Endometrial cancer : is surgical
staging necessary? Curr Opin Oncol 2001 ; 13 : 408―412. Review
6)Look K. Stage!-"endometrial adenocarcinoma evolution of therapeutic
paradigms : the role of surgery and adjuvant radiation. Int J Gynecol Cancer 2002 ; 12 : 237―249. Review.
7)Orr JW Jr, Holimon JL, Orr PF. Stage!corpus cancer : is teletherapy necessary? Am J Obstet Gynecol 1997 ; 176 : 777―788
8)Creutzberg CL, van Putten WL, Koper PC, Lybeert ML, Jobsen JJ, WarlamRodenhuis CC, De Winter KA, Lutgens LC, van den Bergh AC, van de
Steen-Banasik E, Beerman H, van Lent M. Surgery and postoperative radiotherapy versus surgery alone for patients with stage-1 endometrial carcinoma : multicentre randomised trial. PORTEC Study Group. Post Operative Radiation Therapy in Endometrial Carcinoma. Lancet 2000 ; 355 : 1404―
1411
9)Roland PY, Kelly FJ, Kulwicki CY, Blitzer P, Curcio M, Orr JW Jr. The benefits of a gynecologic oncologist : a pattern of care study for endometrial
cancer treatment. Gynecol Oncol 2004 ; 93 : 125―130.
10)Mariani A, Webb MJ, Galli L, Podratz KC. Potential therapeutic role of paraaortic lymphadenectomy in node-positive endometrial cancer. Gynecol
Oncol 2000 ; 76 : 348―356.
11)藤堂幸治,斎藤千奈美,武田真人,佐々木隆之,岡元一平,野村英司,金内優典,蝦
名康彦,及川 衞,山本 律,櫻木範明,藤本征一郎.婦人科悪性腫瘍手術と周術期
血栓症.産婦人科手術 2001 ; 12 : 15―21
12)Ebina Y, Sakuragi N, Hareyama H, Todo Y, Nomura E, Takeda M, Okamoto
K, Yamada H, Yamamoto R, Fujimoto S. Para-aortic lymph node metastasis
in relation to serum CA 125 levels and nuclear grade in endometrial carcinoma. Acta Obstet Gynecol Scand 2002 ; 81 : 458―465
13)Todo Y, Sakuragi N, Nishida R, Yamada T, Ebina Y, Yamamoto R, Fujimoto
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
2004年9月
N―591
S. Combined use of magnetic resonance imaging, CA 125 assay, histologic
type, and histologic grade in the prediction of lymph node metastasis in
endometrial carcinoma. Am J Obstet Gynecol 2003 ; 188 : 1265―1272
14)Nishiya M, Sakuragi N, Hareyama H, Ebina Y, Oikawa M, Yamamoto R, Fujino T, Fujimoto S. Cox multivariate regression models for estimating prognosis of patients with endometrioid adenocarcinoma of uterine corpus
who underwent thorough surgical staging. Int J Cancer 1998 ; 79 : 521―525
15)Sakuragi N, Hareyama H, Todo Y, Yamada H, Yamamoto R, Fujino T, Sagawa T, Fujimoto S. Prognostic significance of serous and clear cell adenocarcinoma in surgically staged endometrial carcinoma. Acta Obstet Gynecol Scand 2000 ; 79 : 311―316
16)Ohkouchi T, Sakuragi N, Watari H, Nomura E, Todo Y, Yamada H, Fujimoto
S. Prognostic significance of Bcl-2, p53 overexpression, and lymph node
metastasis in surgically-staged endometrial carcinoma. Am J Obstet Gynecol 2002 ; 187 : 353―359
17)Watari H, Todo Y, Nakagoh K, Kobayashi N, Ikeda K, Takeda M, Ebina Y,
Yamamoto R, Sakuragi N. Lymph-vascular space invasion and number of
positive para-aortic nodes predict survival of node-positive patients with
endometrial cancer treated with extensive surgical staging and cisplatinbased adjuvant chemotherapy. Proceedings of 40 th Annual Meeting of
ASCO, 2004
18)Onda T, Yoshikawa H, Mizutani K, Mishima M, Yokota H, Nagano H, Ozaki
Y , Murakami A , Ueda K , Taketani Y . Treatment of node-positive endometrial cancer with complete node dissection, chemotherapy and radiation therapy. Br J Cancer 1997 ; 75 : 1836―1841
19)Hirahatake K, Hareyama H, Sakuragi N, Nishiya M, Makinoda S, Fujimoto S.
A clinical and pathologic study on para-aortic lymph node metastasis in
endometrial carcinoma. J Surg Oncol 1997 ; 65 : 82―87
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!