龍野宏人

固体19F MAS及び1H →19F CP/MAS NMR法を用いた
含フッ素オリゴマー/シクロデキストリン包接化合物の構造解析
龍野 宏人(有機・高分子物質専攻、安藤研究室)
専門分野:高分子構造、固体 NMR
【緒言】 テフロンに代表される含フッ素高分子は、耐熱性や耐候
11.6o
17.8o
性に優れ、低表面張力、低摩擦係数、低屈折率、低誘電率などの優
(d) C20F42/β-CD
60oC
れた特性を有する高機能性材料である。しかし、汎用高分子材料と
の親和性が低いため、複合化による新規材料の開発には課題が多い。
(c) C20F42/β-CD
r.t.
一方、我々はシクロデキストリン(CD)がさまざまな低分子あるいは
高分子をゲストとする包接化合物を形成することに着目し、長鎖パ
(b) C9F20/β-CD
ーフルオロアルカン(PFA)のβ-CD包接体(PFA/β-CD)を作製した。こ
10.5
o
12.4o
れは汎用高分子に任意の割合で導入可能であるため、フッ素含量の
(a) β-CD
制御された新規複合材料につながることが期待される。本研究では、
PFA/β-CD包接体に関する基礎的な知見を得るべく、固体19F NMR法
と他の分光法や熱分析を用いてその構造と分子運動性を調べた。
【実験】ゲスト分子にn-C9F20 およびn-C20F42 を用いて 2 種の
PFA/β-CD包接体を作製した。n-C9F20は液体、n-C20F42は溶液の状態
でβ-CD飽和水溶液と室温にて混合し 72 時間攪拌することにより、
10
15
20
2θ / degree
25
Fig. 1. WAXD patterns of (a) β-CD, (b)
C9F20/β-CD, and (c,d) C20F42/β-CD. (a) to
(c) were obtained at room temperature
while (d) was at 60 ºC.
いずれも白色の生成物を得た。元素分析から算出した生成物の
100
PFA:β-CD比はC9F20/β-CD が 1:2 でありC20F42/β-CDは 1:4 と見積も
80
β-CD
C9F20/β-CD
C20F42/β-CD
られた。この比はホストおよびゲストの分子サイズを考慮した理論
60
比に一致する。またPFA単体に特徴的な赤外吸収の一部がPFA/β-CD
ではいずれも赤外不活性となる(図は非表示)ことから包接体が確か
に形成していると判断した。
【結果と考察】 β-CD単体および包接体の広角X線回折(WAXD)パタ
ーンをFig.1 に示す。β-CD単体がカゴ型と呼ばれる結晶構造をとる
のに対し、C9F20/β-CDは 2θ = 11.6, 17.8°に鋭いピークを有すること
から、筒型の結晶構造を形成していることが示された。一方
40
20
0
100
200
300
400
500
Temperature / oC
600
700
Fig. 2. TGA curves for β-CD, C9F20/β-CD,
and C20F42/β-CD.
1
3
C20F42/β-CDの回折ピークは室温では観測されず、非晶質であること
1 2 3' 3
CF3CF2CF2(CF2)3CF2CF2CF3
2
が示唆された。各試料の熱重量分析を行うと(Fig.2)、包接体では 5%
(C)
程度の重量減少が観測された。CDの分解点(300℃)以下で温度保持
してもPFAの蒸発や分解は起こらないが(図は非表示)、PFA/β-CD包
接体が結晶水も包含していると仮定すれば、上記の重量減少は結晶
水の蒸発に起因すると説明できる。C9F20単体およびC9F20/β-CD包接
(B)
体の19F NMRスペクトルをFig.3 に示す。単体の場合、液体(A)、固
体(B)とも–80 ppmに末端CF3、–120 ppm付近に鎖内部のCF2、–125
ppmに末端隣接のCF2の各信号が観測されるが、包接体中(C)では各
信号が 1.4 ~ 2.3 ppm高周波数シフトして観測された。このシフトは
包接に伴うC9F20分子のコンホメーション変化ではなく、β-CD空洞
3
1
3' 2
(A)
-80
-90
-100
-110
δ F / ppm
-120
-130
Fig. 3. 19F NMR spectra of C9F20/β-CD (A)
and neat C9F20 (B) at –35ºC and that at
20ºC (C).
の誘電効果がもたらしたと考えられる。C9F20/β-CD包接体の温度可
1*
変19F 直接観測(direct polarization: DP)スペクトルをFig.4 に示す。上
120oC
記 3 種の信号(1 ~ 3)のみが観測される 80℃未満に対し、高温域では
100oC
新たな信号が現れ(1* ~ 3**)、100℃以上の末端隣接CF2およびCF3信
80oC
号領域ではそれぞれ 1.6 ppmおよび 1.0 ppm低周波数側に観測された。
60oC
1
H近傍で分子運動が比較的拘束されている部位の Fが強調して観
40oC
測される1H→19F CP/MAS法を適用すると(Fig.5)、高温域で新たに現
20oC
れた信号(図の矢印)はCP法では観測されにくいことから、1Hから遠
0oC
いかまたは分子運動がきわめて活発な部位に帰属される。化学シフ
-20oC
ト値がC9F20単体の場合に近いことからも、C9F20分子末端がβ-CDの
-40oC
19
空洞から露出しているような構造を部分的にとっていると推察さ
れる。このスペクトル形状の変化は可逆的であるが、120℃から室
温まで急冷した場合Fig.4 と同一の形状に戻るのに数日を要し、少
3* 3**
2*
2
1
-80
-90
-100
-110
δ F / ppm
-120
-130
Fig. 4. 19F DP MAS NMR spectra of
C9F20/β-CD at various temperatures.
な か ら ず 湿 度 も 影 響 す る 。 従 っ て TGA 測 定 か ら 示 唆 さ れ た
C9F20/β-CD包接体が水分子を結晶構造中に含むというモデルは妥当
である。数百MHz程度の分子運動が反映される19Fの磁気緩和時間
19
F DP
(T1F)測定を行ったところ、C9F20単体の場合、信号 1 ~ 3 のT1Fは固体
1
H →19F CP
状態でも互いに異なる値をとり、融点以下でも液体に近い分子運動
性を有することが示された。これに対しC9F20/β-CD包接体の場合は、
C9F20の分子運動
いずれの温度でも各信号が同一のT1Fを有しており、
がβ-CD空洞内で制限されていることが示された。しかし
T1Fの絶対
値は単体の場合より小さく、末端CF3基の回転運動による磁気緩和
-80
-90
-100
δ F / ppm
-110
-120
Fig. 5. 1H→ 19F CP/MAS spectrum (red
line) and 19F DP MAS spectrum (green
line) of C9F20/β-CD at 120 ºC.
は 効 率 的 に 起 こ っ て い る と 考 え ら れ る 。 C20F42 単 体 お よ び
4
5
6
CF3CF2(CF2)16CF2CF3
C20F42/β-CD包接体の19F NMRスペクトルをFig.6 に示す。C9F20/β-CD
と同様にC20F42/β-CDについてもC20F42単体と比較して 1.3 ~ 1.7 ppm
(B)
6
の化学シフト変化が確認された。DPスペクトルの形状はC9F20/β-CD
と同じ測定温度範囲においてほとんど変化しなかったが1H→19F
CP/MASスペクトルにおけるCF2信号の相対強度は 40℃以下と 60℃
4
5
(A)
以上では大きく異なった(いずれも図は非表示)。さらにC20F42/β-CD
の示差走査熱量(DSC)曲線は 40℃付近に結晶化を示唆する発熱ピー
クを示した(Fig.7)。そこで 60℃で 2 時間アニールした後WAXD測定
を行ったところ、筒型結晶構造に由来する 2 種の回折ピークが観測
-80
-90
-100
-110
δ F / ppm
-120
-130
Fig. 6. 19F DP MAS NMR spectra of C20F42
(A) and C20F42/β-CD (B) at 45 ºC.
された(Fig.1)。この構造変化もC9F20/β-CD同様、可逆的であり 1 日
o
39 C
後には非晶質に戻った。
以上のことから 2 種のPFA/β-CD包接化合物
C20F42/β-CD (×5)
はいずれも温度に依存した動的構造を有するといえる。この知見は、
β-CD
同化合物が新規の含フッ素温度応答性材料につながることを意味
C20F42
しており、現在は材料化を指向した検討を行っている。
【学会発表(2005 年度)】
龍野 宏人, 安藤 慎治, 第 54 回高分子年次大会 (Polym. Prep. Japan, 2005, 54(1), 723.)
龍野 宏人, 安藤 慎治, 第 23 回シクロデキストリンシンポジウム (要旨集p.162.)
龍野 宏人, 安藤 慎治, 第 54 回高分子討論会 (Polym. Prep. Japan, 2005, 54(2), 3117.)
0
50
100
Temperature / oC
150
200
Fig. 7. DSC curves for C20F42, β-CD, and
C20F42/β-CD.