2 歳 から 3 歳 までの行動発達 までの 行動発達の 行動発達 の 個人差 ―自由遊びにおける視線の動きに着目して― Individual Differences of Behavioral Development from 2 years to 3 years olds -Focusing on the Movement of Eyes in Free Play- 児童学研究科 児童学専攻 07-0617 山野 ちひろ 1 . 問題 と 目的 子どもの発達研究は、年齢群間を比較したものや、その時期全般の発達の概観をとら えたものが多いが、子どもの間にはさまざまな行動特徴が見られる。例えば、同じくらい の年齢の子どもに対し、「この子は、絵本好きね。ずっと読んでるわ。」や「すぐ他の方に 気がいって、気が散りやすい子ね。」と感じる事があるだろう。このうような自然観察にお いて我々が経験的に感じている子どもの行動特徴つまり個人差は、数値として見出せるだ ろうか。 子どもの個人差は、2・3 歳児における対人関係でも見られると予想される。語彙が少な く、言語表現が未熟な乳幼児の対人関係における行動指標として、視線の動きは有効な指 標だと考えられる。 乳児は、視野の中にある物をただ漠然と見ているわけではなく、生得的にかなり選択的 に視線を向ける。乳児が複数の刺激の中から人の顔を好むといった選好注視(Fantz,1963) は良く知られている。人の顔に視線を向ける行動は、乳児の対人的な興味を示していると 考えられる。また、Lutchmaya & Baron-Cohen(2002)は、人の顔を見る反応を社会的と すると、人の顔をものよりも好む傾向を社会性が高いと捉えられている。そして、乳児が 実験室で母子と自然に過ごす間、 人の顔と車のビデオ映像を映し、乳児がどちらを長く見 るかを測定し, 男児より女児の社会性の高さを示唆した。このように発語が始まったばか りで、言語表現が上手くできない乳児にとって、人へ向ける視線は、子どもの社会的な刺 激を好む指標として考えることができる。このように乳幼児にとって、視線は子どもの社 会性も含めた子どもの志向性や興味の有効な指標であるといえる。しかし、乳幼児の注視 行動を扱った研究の多くは、主に実験場面や母親とのやり取りの中で明らかにされたもの であり、集団生活における視線の動きやその個人差は扱われてこなかった。集団と母子間 では、取り巻く環境が異なるため、集団の中での視線の動きを検討し、集団における個人 差の現れとその発達を探る必要がある。 集団生活における乳児の視線の動きを観察した相良・村田(2009)は、1 歳児の視線の 向け方には個人差があると報告している。本研究では、相良・村田(2009)が対象とした 1歳以降の幼児期前期の子どもを対象とし、幼児の集団生活における対人行動の個人差に 切り込んでいく。乳児期から幼児期にかけた幼児期前期としての発達的意義に注目し始め たのはごく最近であり、集団研究の中でも幼児期前期を扱った研究は見当たらない。その ため、集団生活における幼児期前期の対人行動の個人的特徴と発達を縦断的に研究する必 要がある。 本研究では、子どもの対人行動を検討するにあたり、以下の 2 点を目的とした。1 つ目 は、子どもの対人的行動特徴に見られる個人差を見出すことである。2つ目は、その個人 差が遊びを通して変化する可能性を検討することである。発達初期の子どもの対人的行動 特徴は、気質的側面から考えるとある程度安定していると考えられるが、気質的傾向は、 子どもの発達につれ遺伝的要因だけでなく、環境要因の影響も受ける。遊びも子どもを取 り囲む環境要因あるとするならば、ある遊びを自発的にやっている子どもは徐々に、 (対人 的)行動特徴が変化していくこともあり得るのではないだろうか。さらには、子ども自身 の遊びの好き嫌いも子どもの対人的行動特徴に影響することが考えられる。 そこで、まず分析 1 では、子どもの対人的行動特徴とその発達を検討するため、相良・ 村田(2009)が見出した視線の先と視線移動を指標とし、注視対象に対する注視時間・注 視回数から子どもの行動特徴を検討する。そして分析 2 では、遊びの種類を指標とし分析 1 で見出された個人差の変化の可能性を検討する。 2 . 方法 本研究は、下記のデータを注視時間・注視回数・遊びの種類の側面から分析する。 (1)対象児 (1) 対象児 東京都内の私立保育園に通う幼児 6 名(男児 3 名、女児 3 名)。 (2)観察手続 (2) 観察手続 観察は、午睡後のおやつ終了後の自由遊びの時間に、対象の子どもをランダムな順番 で 5 分間ずつ撮影した。 (3)撮影期間 (3)撮影期間 2006 年 5 月から 2008 年 4 月、原則1週間に 1 回撮影した。 (4)記録 (4) 記録 分析 対象児の 2 歳 0 ヶ月、2 歳 6 ヶ月、3 歳 0 ヶ月時点の 3 時点の行動分析を行なった。 分析は、対象児の生まれ月に撮影した原則 3 本のテープから 10 分間抽出したものにつ いて、分析 1 では、注視時間と注視回数、分析 2 では、遊びの種類と注視対象の同時生 起時間を計測した。10 分間の映像は、DKH 社の長時間他因子行動観察分析装置を用い で解析した。 (5)観察 (5) 観察 カテゴリー 注視対象のカテゴリーは「人」と「もの」に分類し、さらに「人」を保育士と他児に、 「もの」を自操(自分で操作するもの)、他操(他者が操作するもの)と分類し計4つのカテ ゴリーで行った。 遊びのカテゴリーは、ごっこ遊び、ぬいぐるみ、構成遊び、操作遊び、絵本、身体遊び の計 6 つのカテゴリーに分類した。評定は、筆者と発達心理学の専門家が行った。6 名 の子どものデータの 20%をについて一致率を算出したところ、注視時間も遊びの種類も 高い一致率が確認された。また、注視回数のカウントは筆者が 3 回繰り返して行ったと ころ、3 回のカウント数に顕著な違いはなく、安定していた。 3 . 分析 1 : 幼児 の 対人的行動 に 見 られる 個人差 (1)目的 (1) 目的 視線の動き( 注視時間・注視回数 )から対人的行動特徴に見られる個人差を見出す。 (2)方法 (2) 方法 上記 2.方法 を参照 (3)結果 (3) 結果 と 考察 分析 1 では、視線を向けた時間と回数から個人差を検討した。保育士と他児を「人」と し、「人」以外を「もの」ととらえ、それぞれ見ている時間を計測したところ、「もの」ば かりに視線を向け、 「人」に視線を向けることがほとんどない子どもがいる一方で、 「もの」 に視線を向ける時間に匹敵するほど、 「人」に視線を向ける子どももいた。このように視線 を向ける対象には個人差があり、2 歳代において対人的行動特徴は明確であることが見出 された。また、2 歳代において「もの」と「人」への注視時間の特徴は、大きな変化は見 られなく、安定した個性だと考えられる。相良・村田(2009)は 1 歳代の「もの」と「ひ と」への志向性を見出しているが、2 歳代でもその個人差は明確だった。 次に、視線の移動回数についてである。 「人」を見る時間が長い子ども(「人」志向)は、 「もの」を見る時間が短い子ども(「もの」志向)に比べ視線移動の全回数が多く、また、 他児の方へ頻繁に視線を向けていた。さらに、 「人」志向の子どもは、自操への平均注視時 間(1 回あたりの注視時間である)が短いことが分かった。これらのことから、「人」志向の 子どもは、人の動きや声と考えられる外界の刺激に敏感に反応することが見出された。社 会的なものへの敏感性は、「人」志向の子どもと、「もの」志向では異なっているとことが 分かった。 「もの」志向の子どもの視線移動回数は「人」志向と比べれば少ないものの、視線移動 回数は月齢が上がるに従い増加する傾向があった。このことは、自分のものだけではなく、 周りを気にし始めたことの現われだと思われる。 4 . 分析 2 : 遊 びを 通 しての 個人差 の 変化の 変化 の 可能性 (1)目的 (1) 目的 分析 1 で見出された行動特徴が、遊びを通すことで変化する可能性を検討する。 (2)方法 (2) 方法 ごっこ遊び、ぬいぐるみ、構成遊び、操作遊び、絵本、身体遊びをしている時の視線 の先を、保育士と他児の「人」と「人」以外の「もの」に分類し、各遊びと各注視対象 の同時生起時間を測定する。 ※詳細は上記 2.方法 を参照 (3)結果 (3) 結果 と 考察 分析 2 では、対人的行動特徴に見られる個人差(「人」志向・「もの」志向)が、子ども 自ら行う遊びにより変化する可能性があるか検討した。その結果、遊びによって行動特徴 が変化する可能性が見出された。 構成遊び・操作遊び・絵本を通しても、「人」志向・「もの」志向両方の志向に変化は見 られず、もともと「人」志向の子どもは、「人」に注意を向けながら遊び、「もの」志向の 子どもは、 「人」に注意を向けることなく、ほとんど「もの」に関心を向け遊んでいた。そ の一方、ごっこ遊び・ぬいぐるみ・身体遊びを通すことで、行動特徴が変化する可能性が あることが分かった。この 3 つの遊びでは、もともと「人」志向の子どもの志向性に変化 はなかったが、 「もの」志向の子どもは志向性に変化が見られた。 「もの」志向の子どもは、 これらの遊びでは「人」を見る時間が長くなった。 「もの」志向の子どもにとって、ごっこ 遊び・ぬいぐるみ・身体遊びは、人への関心を高める遊びだと考えられる。この 3 つの遊 びは、手先の使用が要求される遊びではなく、どちらかというと動きが生じやすい遊びで ある。動きが生じやすい遊びというのは他者との相互交渉が生じやすく、関心が「もの」 だけでなく「人」にも向かうのだろう。遊びの特性によって行動特徴は影響を受ける可能 性があることが見出された。 「もの」志向の子どもにとって、構成遊びの様により「もの」志向を強化させる遊びも あれば、ごっこ遊びなどのように行動特徴を変化させる遊びがあった。しかし、 「人」志向 タイプの子どもの行動特徴は遊びの種類によって変化する可能性は低く、動的な遊びでも 手先の使用が要求されるであろう静的な遊びでも「人」の方を気にかけて遊んでいた。こ れは、「人」志向タイプの子どもは常に、外界に注意を向けているためだと考えられる。 行動特徴を変化させる可能性としてもうひとつ忘れてはいけないのは、遊びの種類だけ が子どもの志向性を変えたのではなく、子ども自身がもっている遊びの好みも大きく影響 しているということである。この 2 つの可能性は、集団の中でどちらかが影響を及ぼして いるのではなく、遊びの種類といった環境と、子どもの好みといった個人の特徴との相互 作用が志向性の変化を引き起こしていると考えられる。 5 . 総合考察 人のことを気にし始める 1 歳から仲間関係が成立し集団遊びが始まる 3 歳への移行期で ある 2 歳代は、次第に他者に意識を向けることが多くなる時期であることが見出された。 しかし、人への関心や社会的なものへの敏感性には、個人差があることが明らかになった。 経験的に感じていた子どもの個性は、数値でも実証される結果となった。 さらに、子どもの行動特徴が遊びによって変化する可能性も見出され、遊びの特徴は対 人への働きかけに影響を及ぼすことが分かった。これは、人との相互作用に対して、遊び 場面に応じた援助を行う上で重要な視点になるだろう。
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