資料 長野県工技センター研報 No.2, p.P21-P23 (2007) 電位制御による電析コバルト/銅多層膜の構造観察 成田 博* 高根直人* Observation of Co/Cu Multilayer Structure Electrodeposited by Potential Control Hiroshi NARITA and Naoto TAKANE 単一めっき浴にて,電位制御による電析法により,単層10nmのコバルト層と銅層により構成された 多層膜の作製を試みた。得られた膜の断面をクロスセクションポリッシャによる乾式エッチング法に て作製し,電界放出型走査電子顕微鏡により断面構造の観察を行った。反射電子組成像より,得られ た膜は,積層周期約32nmでコバルトと銅が交互に積層された多層膜であることを確認した。多層膜中 の各層はほぼ均等の厚さで積層されていたが,特徴的な膜構造も観察された。 キーワード:電析,電位制御,多層膜,クロスセクションポリッシャ,電界放出型走査電子顕微鏡 1 電子顕微鏡によるものであるが, FIBなどの比較的簡便 はじめに 近年,ナノテクノロジーが脚光を浴び,様々な技術分 野でスケールダウンされた製品概念やそれによりもたら に前処理を行える装置がないと観察用試料作製に高い技 能を要するという問題がある。 1) される新機能など,数多くの研究報告 がされている。 最近, FIBよりも広域に簡便に乾式エッチングが行え 多層膜材料分野においても同様である。多層膜の研究 る装置として,クロスセクションポリッシャ( CP)が 開発手段としては,成膜条件の制御がし易い気相成膜法 電子顕微鏡の断面作製用前処理装置として広く用いられ を用いる場合が多い。しかし,生産手段としては,設備 るようになってきた 。そこで,今回我々は,前報にて 自体やその維持管理費が高額であったり,生産性が低い GMR 効果を報告したコバルト /銅系多層膜について,こ という欠点がある。一方,電析法などの湿式成膜法は, れまで直接観察したことのない単層 10nmレベルの多層 液中での成膜プロセスが複雑なため,実験の再現性や理 膜を作製し, CPにより断面を得,電界放出型走査電子 論的なデータ解析が難しい反面,操作の容易さや設備の 顕微鏡(FE-SEM)により多層構造を観察したので報告 簡便さなどの利点がある。このため,成膜制御性の向上 する。 5) や成膜プロセスの解析評価が進めば,湿式成膜法は多層 膜材料の生産技術の主流になりうると考えられる。 2 電位制御による電析多層成膜法 筆者らは,これまでに,単一めっき浴を用いた電位制 本法は,金属イオンがめっき液中において,その環境 御による電析法により,単層 30nm のニッケル / 銅多層 に応じた固有の臨界還元析出電位をもっていることを利 2 3 膜 ) ,単層 2nmのコバルト /銅多層膜 ) の作製を試みた。 用する。例えば,今回実験で使用したコバルトと銅の2 ニッケル /銅多層膜では,破断面を湿式エッチングする 種金属イオンが共存するめっき液において,適切な2つ ことで電子顕微鏡により多層構造を直接観察し,コバル の電位を設定すると,より貴な電位では銅が単独で,よ ト /銅多層膜については,巨大磁気抵抗( GMR)効果を り卑な電位ではコバルトと銅が合金として還元析出す 確認することで,間接的に単層数ナノメートルからなる る。液中の銅イオン濃度を薄くすると,合金析出電位に 多層構造が形成されていることを推論した。ナノメート おいて析出する合金は,銅濃度が低く,コバルト濃度が ルレベルの多層膜の構造評価には,前者のように直接構 高くなる。適当な組成比のめっき液を用いて,2つの電 造観察する場合と,後者のように物性評価により間接的 位を切り替えながら連続して成膜することで,銅層と銅 に評価する場合がある。間接評価で最近よく用いられる を微量含むコバルト層が交互に積層した多層膜を作製す ものに,X 線の反射率測定結果を用いて構造解析をする ることができる。また,単層の厚さは,成膜面積を一定 4) 方法 がある。多層の構成が分かっていれば各層厚を精 とすると,投入される電気量と電流効率の積により決ま 度よく求めることができるが,使用する装置が特殊で高 る。 価である。また,直接評価で最も確実な観察方法は透過 3 * 化学部 実験方法 実験に用いためっき液組成を表1に示す。建浴には蒸 - P21 - 表1 めっき液の組成 スルファミン酸コバルト・4水和物 200g/L 硫酸銅・5水和物 1.5g/L 表2 多層膜 多層膜の成膜条件 成膜電位 組成 (a) mV vs. Ag|AgCl 成膜時間 s/10nm Co -950 4.25 Cu -550 113.3 (b) 留水を用い液量 300mL とした。一般的なめっき液に用 いられる光沢剤,緩衝剤等は,本実験においてはその効 ←白色部:Cu層 果が認められなかったため,あえて添加せず単純組成の めっき液を用いた。建浴後,めっき液はろ紙(No.2)によ ←灰色部:Co層 り固形不純物を除去し,液温を 30 ℃に保持し,無撹拌 で実験を行なった。基板は,導電層としてクロム 20nm, 金 30nm を蒸着成膜したシリコンウェハを用い,成膜面 積は 0.75cm2 とした。 3) 多層膜の成膜条件を表2に示す。成膜電位は前報 と 同様の値を用いた。成膜時間は,1周期の構成としてコ バルト単層 10nm ,銅単層 10nm が得られるように前報 で用いた成膜速度から求め, 25 周期の多層成膜を試み た。成膜電位と成膜時間の制御はポテンショスタット(北 斗電工㈱製 HA501G),ファンクションジェネレータ(北 斗電工㈱製 HB105)にて行った。 多層膜の断面は CP(日本電子㈱製 SM-09010)にて作 製し,断面の構造は FE-SEM( 日本電子㈱製 JSM-7401F) にて観察した。 4 実験結果 多 層 膜 断 面 の FE-SEM に よ る 反 射 電 子 組 成 像 ( COMPO 像)を図1に示す。COMPO 像で得られる明暗 のコントラストは,原子番号の大小に依存し,原子番号 27 のコバルトと 29 の銅では,コバルトの存在する箇所 図1 が暗く銅の存在する箇所が明るく映し出される。 多層膜断面の反射電子組成像 図1( a)に示した断面全体像では,明暗のコントラス 5 トが層状に観察されており,コバルト層と銅層が周期的 おわりに に積層されていることが確認できた。さらに拡大して観 電位制御による電析法によりコバルト/ 銅多層膜を作 察した断面の COMPO 像を図1( b)に示す。全体の膜厚 製し,CP による乾式エッチング法にて断面を作製した。 は約 800nm で,積層周期は約 32nm に相当し,観察場 FE-SEM による反射電子組成像にて膜の断面構造を観察 所においては設計値よりやや厚めに成膜されていた。成 した結果,積層周期約 32nm でコバルトと銅が交互に積 膜面内における電流密度のばらつきなどが原因として考 層された多層膜であることを確認した。多層膜中の各層 えられる。各層はほぼ均等の厚さで積層されている様子 はほぼ均等の厚さで積層されていたが,特徴的な膜構造 が観察できたが,いたる所で乱れを生じ,断続的なうね も観察された。 前報で GMR 効果を確認した電析コバルト / 銅多層膜 りや粒子化しているような部分が全体に見られる特徴的 の MR 比は,気相法により得られる多層膜の値よりか な膜構造であった。 なり小さめであった。今回観察されたような膜構造の乱 なお,COMPO 像と同一視野を二次電子像でも観察し たが,多層構造は確認できず,平坦な表面が観察される れも,その要因のひとつと思われる。 今後は,単層の膜厚制御をより正確に行える電気量制 だけであった。 御法を導入しながら,多層膜構造の乱れを低減化するた - P22 - 造観察.長野県工技セ精電部報.18,44-46(2005) めの電析条件の検討を行っていきたい。 3) 謝 (2006) 本研究にあたり,多大なご協力をいただきました日本 電子データム株式会社 成田博,高根直人.電位制御による電析コバルト/銅 多 層 膜 と 磁 気 抵 抗 効 果 .長 野 県 工 技 セ 報 .1,46-50 辞 服部隆氏,細谷和一氏に深く感 4) 山根治起,前野仁典,小林政信 .X線回折によるCo/ 貴金属人工格子膜の膜構造解析.日本金属学会誌.58 謝いたします。 (11),1233-1238(1994) 5) 参考文献 1) 2) 長澤忠広 .電子顕微鏡・表面分析のためのブロード 平尾一之.“ナノマテリアル総論” .図解ナノテク活 なアルゴンイオンビームを用いた試料前処理法 .ぶ 用技術のすべて.東京,工業調査会,2002,p64-68 んせき.185-189(2007) 高根直人,成田博 .ニッケル-銅多層めっき膜の構 - P23 -
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