大動脈balloon留置を併用した前置癒着胎盤例 の検討 琉球大学医学部附属病院 周産母子センター 正本 仁,仲宗根忠栄,新田 迅,知念行子,大山拓真,金城忠嗣, 青木陽一. 【はじめに】 前置癒着胎盤は出血リスクが高く,帝切時に内腸骨/子宮動 脈の結紮,塞栓,バルーン留置の併用が報告されているが, 外腸骨動脈系側副血行路のため,それらでは止血困難な場 合がある.本症の止血に大動脈下部での血流遮断が有効と 考えられるが,その種の報告はわずかしかない. 【目的】 前置癒着胎盤例における大動脈バルーン留置併用帝王切 開の治療成績と有効性を検討した。 【対象】 大動脈balloon留置を併用し帝王切開を行った 前置癒着胎盤 5例. 【方法】 1.診療録を後方視的に調査し,術前の癒着胎盤重症度(付着,嵌入, 穿通)評価,術式,術中出血量と輸血量,術後診断について調べ た. 2.術前診断は超音波断層法,color Doppler超音波,MRI,膀胱鏡所 見で行い,術後診断はhysterectomy例は病理所見,子宮温存例 は術中所見にて行った. 症例1 32歳 gravida 1, para 1 家族歴: 特記すべきことなし. 既往歴: 平成16年, 他医にて妊娠41週で前期破水, 絨毛羊膜炎と 診断.緊急帝王切開. 現病歴: 超音波検査で全前置胎盤および胎盤下の豊富な血管像認 め,前置癒着胎盤を疑い当科紹介.妊娠30週5日より入院 となった. 症例1 超音波所見 膀胱壁 胎盤 内子宮口 胎盤下子宮筋層の欠損 膀胱 胎盤 胎盤 Color Doppler上膀胱後面子宮壁内 の豊富な血流像 大小不同の多数の胎盤内 Lacunae (grade 3) MRI: 胎盤下子宮筋層の全層欠損部位を認める. 膀胱鏡: 後方膀胱粘膜に多数の血管が走行. 胎盤の侵入は認めず. 術前診断 全前置穿通胎盤 方針 GA33w6d,予防的大動脈balloon留置を併用した cesarean hysterectomy. 大動脈balloon留置の術式 (cesarean hysterectomyの場合) 1) 尿管ステント留置. 2) balloon catheter (30mm balloon, 5 Fr.) を 右側大腿動脈より 挿入し,大動脈の総腸骨動脈分岐部の直上に留置. 3) 開腹後,経子宮壁的に超音波.胎盤の被覆していない高さの 子宮壁を切開. 4) 児を娩出後,胎盤剥離せず子宮壁を閉鎖. 5) hysterectomyに入り,heparin 5000 iu 静注後balloon を拡張し, 血流遮断開始. 6) 子宮摘出後balloonを縮小し血流再開. 7) 止血が得られていることを確認後閉腹. 8) balloon catheterを抜去. 透視下でのballoon留置像 (症例1) 腹部大動脈 balloon 大動脈balloon 右総腸骨動脈 左総腸骨動脈 症例1のballoon拡張前後の血流変化 (術中color Doppler超音波) 拡張前 拡張後 子宮下部前壁 子宮下部前壁 胎盤 子宮後壁 子宮後壁 症例1の手術所見 血流遮断時間(balloon 拡張~縮小): 82分間 血流遮断中の下肢の動脈血酸素飽和度: 94-96% 術中出血:3300g 輸血:自己血1200mlのみ 児被爆量: 42.5μSv 出生児: 出生体重 2226g, Apgar score 1分値3点 5分値7点, 臍帯動脈血pH7.32 術後合併症: なし 症例1の摘出子宮 子宮筋層の欠損 子宮頸部 底部 胎盤 帝切創部 (体部横切開) 病理診断:全前置穿通胎盤 子宮内膜側 【成績】 対象の患者背景と術前診断 超音波・MRI所見 既往帝王 症例 切開 (回) 1 1 2 なし 胎盤下 子宮筋層 膀胱鏡 所見 術前診断 lacunae grade* 子宮壁 血管増生 欠損 3 著しい 後面粘膜 血管増生 穿通胎盤 不明瞭 1 なし 正常 付着胎盤 (子宮内掻爬 既往あり) 3 4 欠損 3 なし 正常 嵌入~穿通 胎盤 4 2 欠損 3 なし 後面粘膜 血管増生 嵌入~穿通 胎盤 5 2 欠損 3 あり 正常 嵌入胎盤 *Yangの分類 (Ultrasound Obstet Gynecol 2006;28:178-182 ) 手術成績 症例 妊娠 週数 Balloon 挿入法 術式 血流 遮断 (分) 術中 出血 (g) 輸血 同種血 自己 血(ml) (U) Heparin 投与量 (IU) 術後 診断 1 33w6d Seldinger Cesarean hysterectmy 82 3,300 1,200 なし 5,000 穿通 2 32w6d Seldinger 緊急 Cesarean 子宮温存 11 1,556 300 なし 5,000 付着 3 32w5d Seldinger Cesarean hysterectmy 24 2,835 0 RCC:8 5,000 深い嵌入 Cesarean hysterectmy 59 Cesarean hysterectmy 67 4 5 33w1d Seldinger 35w6d 動脈cut down FFP:10 7,120 1,800 RCC:10 備考 胎盤剥離 難 (子宮漿膜 直下) 5,000 穿通 10,000 嵌入 Plt:10 10,973 1,200 RCC:10 FFP:10 Plt:10 ガイド シース内 血栓形成 【まとめ】 前置癒着胎盤の5例に,大動脈balloon留置を併用して帝王 切開を行った。 その結果 1.全前置穿通胎盤でも良好な止血を得て同種血輸血を 回避できた例があった一方で,術中出血が多量であっ た例も認めた. 2.術後に血栓症や問題となる合併症を認めなかった. 【結論】 大動脈balloon留置に関しては,前置癒着胎盤例 に対する治療選択肢になり得るが,術式のさらな る工夫,合併症発生率の検討などは今後の課題 である。
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