沖縄地域の原風景に関する研究

研 究
沖縄地域の原風景に関する研究
∼意識調査を中心として∼
上間 清
Kiyoshi Uema
元琉球大学工学部教授
1.序説
は下記の通りである。
今日、景観検討は土木施設・構造物の計画設計におい
て関心を払うべき重要な日常的業務となった感がある。
沖縄の原風景に関する基礎的考察/ 1995 1
本県で筆者が関わりを持った最近の事例だけでも下記の
沖縄地域の原風景に関する研究/ 1996 2
ようなケースがある。検討段階、完成事例も含め新古の
沖縄地域の原風景に関する研究/ 1997 3
順に記す。
沖縄地域の原風景に関する研究/ 1998 4
沖縄地域の原風景に関する研究−要素の抽出と造景史
西海岸道路インターチェンジ景気検討−現在
的考察を中心として−/ 1999 5
古宇利大橋橋面景観検討−現在
県道高架橋景観検討−現在
発表誌は、それぞれ、上記1、3は土木学会西部支部
沖縄自動車道修景検討− 1999
研究発表会、2は土木学会土木史研究発表会、4、5は
沈埋トンネル換気塔景観検討− 1997
当該年度の琉球大学工学研究科修士論文である。特に5
については過去研究の総括的内容を含むところがあるの
同じく検討参画したなかで、土木学会田中賞を授賞した
で、その章題を記しておくこととしたい。下記の通りで
空港自動車道南風原地区における21連RC高架橋と座間
あり、章順に記す。
味村の阿嘉大橋の2橋、そのほか本県初出現となった斜
張橋とよみ大橋については特に印象深いものがある。
景観研究の過程と対策状況/「原風景」の概念/調査
さて、昨今の地域整備計画の重要な原則の一つは、地
研究の対象および方法/「原風景」に関する意識調査
域の特性(文化的・歴史的・自然的)を踏まえて、いか
の成果と考察/詩歌にみる原風景要素の調査と考察/
に個性豊かな地域を創造するかということであり、施設
「原風景」
要素の抽出/沖縄造景史/景観計画設計と原
環境形成に大きなインパクトを有する土木施設・構造物
風景要素
の築造には、当然にこの原則に立脚したものであるべき
期待がある。この個性付与作業の一環である景観検討が
前述の通り、以下においては、紙幅の都合もあり、こ
日常業務となった背景にはこのような地域計画思想の定
れら多くの関連項目のうち、本誌一般読者に関心がある
着化があると指摘できよう。
と思われる原風景の意識調査の成果を中心に述べること
さて、本稿の目的と意図するところを述べる。上述の
としたい。
ように地域整備においていかに個性ある環境形成に資す
る景観を生みだすかが課題となるとき、地域の原風景に
3.原風景に関する意識調査と成果
関する基礎的理解は重要であると考える。この認識のも
a.調査の内容
と、筆者はここ数年、沖縄の原風景に関する調査研究を
「原風景」
に関する諸事項が人々にどのように意識され
継続し、併せて研究科学生の指導を行い、成果の発表を
ているのか、景観認識は本来的に外界のありさまの人々
行ってきた。その成果は、別項に述べる通りであるが、本
の意識に係わる心的作用であり、従ってこの設問に関わ
稿においては、これら関連する多様な成果のうち、原風
る内実を調査し、理解しておくことは景観計画設計に当
景意識調査の部分について述べることとしたい。
たっての基礎事項と言えよう。設問事項は①景観問題一
般に関する関心度、②景観検討上の原風景の重要性、③
2.調査研究の成果
原風景の定義について、④原風景の意識形成に関わる主
筆者らが行った沖縄の原風景に関する調査研究の成果
要要素、⑤沖縄の「原風景」と考えられる対象の指摘の
40
〈 No.13〉
[沖縄地域の原風景に関する研究 ]
5項目である。
表−2 意識調査結果総括表
原風景の定義については、土木における計画行為が不
特定多数の人々を対象とすることを考慮し、
「その地域に
設 問
回 答
おける長きにわたる生活を通じて、人々に意識されてい
る不易性を有する定着した風景」とした。また、原風景
の類別としては次のように考えた。
人口造営系
「原風景」の類別
自
然
系
建造物、石造構造物、
道、
など
風土、植物、
など
生活所作系
言語、祭り、芸能、
など
混合系・その他
上記の3類の内容が複
合して構成するもの
①強い
1.
景観問題への
②普通
関心度
③関心なし
関係者、沖縄の芸術に関わる人々、である。これら調査
64%
56%
55%
58%
35%
38%
45%
39%
1%
6%
0%
2%
①極めて重要
33%
42%
48%
41%
景観検討上の「原 ②重要
2.
風景」の重要性
③重要でない
59%
48%
49%
52%
8%
6%
0%
5%
④不要である
0%
4%
3%
2%
26%
13%
20%
64%
47%
56%
4%
32%
18%
①生活歴
77.3%
75.0%
76%
②年齢
45.3%
42.5%
44%
64.2%
62.5%
63%
①適当である
3.
「原風景」定義 ②一応評価
について
③適当でない
意識調査は、次の3つの分野に所属する人々を対象に実
施した。計画設計に従事している官民の技術者、沖縄学
意識調査 意識調査 意識調査
計(平均)
その1
その2
その3
「原風景」意識形 ③歴史認識
4.
成に重要な要素 ④地域情報量
−
−
22.7%
32.5%
28%
をそれぞれ調査1、調査2、調査3としてその実施状況
⑤行動範囲
26.4%
30.0%
28%
を示せば下記の通りである。
⑥地域関心度
64.2%
42.5%
53%
表−1 沖縄原風景に関する調査経緯と内容
No.
調査項目
調査内容
②景観検討上の「原風景」については、高い割合でその
調査年度
重要性が認識されており、今後の地域景観検討にあ
たっては、これを考慮した慎重な対応が求められる。
意識調査その1 景観関心、原風景印象、原風
調査1
(計画・設計者対象) 景に対する意見等
1995年
10月
意識調査その2 定義、要素、景観関心、原風景
調査2
(沖縄学関係対象) 指摘、重要性等
1996年
10月
意識調査その3 定義、要素、景観関心、原風景
調査3
(芸術関係者対象) 指摘、重要性等
1997年
9月
③本研究によって試みられた「原風景」定義に関しては、
概ね肯定的に評価されているが、原風景意識の多様
性、広範性も認められ、厳密な対応の困難さの所在も
示された。
④「原風景」意識形成にとって重要な関連性を持つ要素
としては、両調査ともほぼ同様な指摘順位が得られ
た。これらのことから、
「原風景」意識の形成にあたっ
ては、生活歴や歴史認識および地域関心度が「原風景」
意識の形成に大きく関与していることが確認できる。
回答有効数はそれぞれ 101、58、40 であった。第2、第
また一般に重要と思われがちな情報量が多いことと行
3調査については、繰り返しの回答要請も行ったが、調
動範囲が広いことは必ずしも「原風景」の意識の高さ
査表送付の3∼4割程度に留まったが、調査1に比較し
との関連は高いとは云えないようである。
対象母集団が小さいことを考慮すれば、一般状況を判断
するには有効であると判断した。
c.指摘された原風景
人々は具体的にどのような対象・形態を沖縄の「原風
b.調査結果について
景」としてイメージしているのであろうか。景観計画・設
調査の結果は、各調査それぞれに詳細な各種分析図表
計の視点から興味のあるところであるが、前述3調査に
にまとめられているが、紙幅の制限もありここでは、総
おいて指摘された対象を既述の原風景の類別ごとに整理
括的な内容と、主要な2、3の事項について報告するに
をこころみたのが表−3に示される内容である。全指摘
留めたい。まず、全調査について先述の共通主要4調査
項目として 102 を数え、調査全頻度は 169 を数えている。
項目、すなわち、景観関心度、原風景の重要性、原風景
類別ごとには、自然系が 31 種と最も多く、次いで多いの
の定義、原風景意識形成関連要素については、表−2の
が沖縄文化を形態の上で示している建造物を中心とした
ような結果が得られた。
人工造営系が 2 8 種となっている。その他、人々のパ
この結果から指摘できる事項をまとめれば次のようで
フォーマンス等に関わる生活所作系、その他面的なひろ
ある。
がりや、要素の複合的な内容を持つ「その他」の中にも
①全調査にわたって回答者の景観問題への関心は極めて
多くの、単純に分類できない内容のものが含まれている
高いものがあり、今日景観問題は社会的に認知された
ことが分かる。
恒常的な計画課題となったと言えよう。
41
〈 No.13〉
〔沖縄地域の原風景に関する研究〕
表−3 指摘された「原風景」一覧
種
別
類別項目
指
摘
原
風
景
指摘数 頻度
赤瓦の屋根
(15)
、
ヒンプン
(4)
、
建物
(2)
、
歴史的建造物
(2)
、
井戸
(2)
、
塀
(2)
、
トタン屋根、
はきだし窓、
ブロック塀、
建 造 物
雨はじ、
家、
茅葺き校舎、
基地、
登り窯、
豚小屋、
やぎ小屋、
茅葺き屋根、
木造の家
人
口 石 造 建 造 石垣
(6)
、
グスク
(2)
、
亀甲墓
(2)
、
石橋、
石壁
造
道
石畳道
(3)
、
道
(2)
、
道路
(2)
、
未舗装道路
(2)
営
系 そ の 他 庭
(2)
、
サバニ
17
38
5
12
4
2
9
3
28
62
アカバナーの生け垣(2)、鳥(2)、
サトウキビ畑、すすきの群、植樹、植物、草木、風、仏桑花、木、パパイヤ
物 福木(7)、松(5)、芭蕉(2)、
14
27
土 青い海(8)、海辺・砂浜(7)、空(3)、亜熱帯の風景(3)、珊瑚礁(3)、山(2)、岸線、小川、森、水、台風、海、川辺、雲、砂浜、太陽、
自然
17
37
小 計
31
64
7
7
10
5
10
5
小 計
22
22
チャンプルー
(すべてを意味する)
、
トンボを釣った農道、
童歌のはまる風景、
潟原
(かたばる)
、
沖縄市のくすのき通り、
沖縄独特
の自然が生み出した風景、
原色の色彩、
光と影、
広がる野原とセッカ、
砂利道と並木、
集落
(カワラ、
カヤブキ)
、
集落を囲む山々、
そ 少年期の行動範囲、
少年期の生活空間、
少年期の生活体験、
壷屋・神里原一帯、
田舎のマチャグヮー
の 道すじや人の集まる場所などの、
大木の作り出す影と日なたのコントラスト、
那覇市中心商店街、
波の上地域、
民具における生活
他
の知恵、
名護の七曲がり、
裏座
21
21
小 計
自 植
然 風
系
ユイマールの農村共同体、
井戸での水汲み、
子供が自分で遊びを作る、
人間関係
(特に血縁関係の濃厚さ)
、
人情、
生 気候・生活 生活関連、
馬に乗って出かける
活
所 言語・文化 清明祭、
伝統工芸の質、
土着文化、
風俗・習慣、
民具、
琉球方言、
シーサー、
石巌當、
紅型、
焼物
作
綱引き、
祭り、
伝統芸能の質、
伝統的行事
系 祭り・芸 能 エイサー、
小 計
21
21
総 計
102
169
※各指摘原風景の右の
( )
内は、
指摘された頻度である。 ※各分類の下段にある小計は各種別ごとの指摘数および頻度である。
整備路線の選定
Step1
景観設計道路区間決定
・特定地域計画
・道路網整備計画等上位計画
の調査研究の一部である原風景の意識調査について概略
業務発注基礎事項検討
Step2
景観整備目的、
コンセプト、
計画・設計フレーム
環境、
調査事項、
スケルトン、
既存資料一覧他
・官官調整
を述べた。
指摘された原風景の具体についてものべたが、
・受注発生
結論とするには、2節で示したように沖縄の心を表現し
・官庁関連資料の提示、県内に
おける既住事例の提示、諸条件・
景観マニュアル他検討資料等
ている「琉歌」や「おもろさうし」など詩歌や景観の歴
基礎事項調査
・既存基礎資料収集
・現地環境調査
・現地景観資源調査
・コンセプト・方針検討
・検討対象事項の内容
・検討方法・プロセス
・景観調査・視点場別
・景観解析手法の整理
・既住事例の収集・集成
・
「原風景」要素整理
Step3
・景観計画・設計に関する基本図書
の収集・研究−学会マニュアル等
事前調査事項整理
Step4
4.おわりに
以上沖縄の原風景に関する、筆者が関わったこれまで
景観設計対象橋梁決定
史的な変遷に関わる、いわゆる造景史にかかわる考察も
欠くことができないと考えている。先に挙げた調査研究
・他地域事例、海外事例収集整理
にはこれらの研究も含まれているが、未だ研究課題を残
・模型、
CG、
フォトモンタージュ、
多変量解析方法
しているのが実情である。
このような研究状況であるが、
・検討委員会、ワーキンググループ設置準備
・形式、要綱、委員、委員会検討方法
・官官調整/官業調整
上記説明により、地域の原風景の重要性の理解と、景観
計画設計の参考の一助を示し得たのであれば幸いに思う
委員会検討
Step5
基礎調査事項の報告、
内容の検討、
コメント、
課題の整理、
コメント方針の決定、
景観設計、
対象事項の確認
NO
次第である。最後に筆者の経験を踏まえ、原風景の課題
・基本コンセプト
・同調的対応(融合、
同化)
・強調的対応(核の形成、
創造)
も含めた景観計画・設計の検討プロセスを提示しておき
たい。
YES
景観要素個別検討
道路景観設計
Step6
Step7
・幅員構成
・線形構成
・植栽設計
・舗装設計
・サイン・広告物処理方法
・視点場別景状
・CG,
モンタージュ、
模型等
によるシュミレーション
・ストレートファニチャー等
NO
地
域
個
性
導
入
の
設
計
指
針
橋梁景観設計
・橋梁基本形式
・上部構造設計−梁構造・
構造材料、
諸案の図化
・視点場別景状−CG、モンタージュ、
模型等によるシュミレーション
・下部構造設計−橋台形式、
橋脚形式、桁と橋台・橋脚
の連結等、
材料
・色彩・橋面・付属物設計
候補デザイン比較検討
総合検討
・官業調整・ワーキンググループ
検討
YES
Step8
NO
委員会検討
詳細検討、総合評価、影響予測
YES
Step9
委員会検討まとめ
景観計画・設計報告書作成
Step10
基本設計・実施設計
Step11
事 業 実 施
・官官調整
・受注・発注
・受注・発注
図−1 道路・橋梁景観計画・設計における地域個性導入検討プロセス
42
〈 No.13〉