有明海におけるシギ・チドリ類の渡来数と干潟環境 - プレック研究所

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有明海におけるシギ・
チドリ類の渡来数と干潟環境
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稲川
良
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NAGAWA
生態研究センター分室長
有明矧 こおける主要干潟 5地点における 10年間の秋季シギ ・チ ドリ類渡来数をみると、地点間の渡来数差は大きく、
また、特定地点についても年変動が顕著で、年較差は最大 8倍以上に及んでいる。さらに、予想外に、各地点の渡来数は
干潟面積や底質の粒度、底生動物現存量などとは明確な相関は見せていない。おそらくシギ ・チ ドリ禁
則ことっては、番干
潟域は一体となって機能しているのであり、その中で、餌生物墨等の総合的な条件判断の元に最適地を選択しているので
はないかと推定される。
◆
1.
はじめに
ら南極大 陸 に至 る広範 問 に分布す る勢力 の大 きな
現在 、 日本産鳥類 は 1
8日7
4科 5
42種 が記録 され
種群 であ る。 その中には シギ ・チ ドリ類、 カモ メ
てい る。 この中で は、 図1
に示 す ようにスズ メ 日
類 、 ウ ミスズメ類等が含 まれてい るが、その うち
が最 も多 く、 日本産鳥類 のお よそ1
/3余 りを占め
シギ ・チ ドリ類 は、 日本 国内で は多 くの種 が春 ・
ている。 これ らは、 スズメや ツバ メ、ハ シブ トガ
秋季 の渡 りの時期 にのみ干潟 を訪j
tる旅烏で、干
ラスな どに代表 され るいわゆ る "
小 鳥類 " に相 当
潟域 を代表す る生物種 群 であ る と言 える。
し、駅舎や公 園な どで野生化 している ドバ トを別
筆者 は、十数年 にわた り有 明海で シギ ・チ ドリ
にす れば、通常 の生活 の中で も触 れ る機 会の最 も
類 の調査 に携 わる機会が あったので、普段余 り目
多 い鳥類 である と言 える。
にす るこ との少 ない シギ ・チ ドリ類 につ いて、有
それに次 いで多 いのがチ ドリ目で、全体 のお よ
明海 におけ るその渡来数の年変動や底生動物現存
そ1
/4程 度 を占め て い る。 チ ドリ 目はそ の大 部
量 との 関係 な どにつ い て こ こ に述 べ る こ と とす
分が水鳥で、 旧大 陸、新大 陸 を問わず、北極 圏か
る。
◆
2.
結果及び考察
(
1)観測種数 暮
個体数
有 明海 にお け る調査 地点 の配置 は図 2に示 す と
-lスズメ員
チドリ目
お りであ るが、各調査地点 にお ける シギ ・チ ドリ
駁鼠 カモ自
国圏 タカ目
類 の観測状 況 の概 要 は未 1に示 す とお りであ り、
撚怒 ミズナギドリ目
■■ コウノトリ目
棟 数、個体 数 とも概 ね St
.
Eが最 も多 く、St
.
C及 び
総数 ツル 目
既済 ペリカン目
St
.
Dは他 の調 査 地点 に比 して少 ない。1
0年 間の
フクロウ日
平均 で各地 点 の棟 数 ・
個体 数 を固化 す る と図3の
-
キツツキ目
ハト日
ブッポウソウ目
カッコウ目
醸廼その他1%未満
図 l 日本産鳥類の目別種数比
ようにな り、種 数で は さほ ど大 きな差が認 め られ
ない ものの、個体 数 には地点 間の差が大 きい こ と
が解 る。
なお、 当該期 間内に各調査地点 で生息の確 認 さ
れた シギ ・チ ドリ類 は4科3
7種 であ り、St
.
Aで 26
種 、St
.
Bで 3
0種 、St
.
Cで 2
7種 、St
,
Dで 2
6種 、St
.
E
で3
5種 と、St
.
Eが最 も多 い。
表 1 番調査地点におけるシギ ・チ ドリ頬の年毎の観測種数 ・個体数
仙 E
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三
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(
2)観測個体数の年変動
有明海の干潟域 は、その広大 さゆえに干潟 を主
たる渡来地 とす るシギ ・チ ドl
)類 の渡来数 も極 め
996年 に実施 され た 日本野鳥 の会 の秋
て多 い。1
季 にお ける全 国一斉 カウ ン トの結果 にお いて も、
St
.
Eが全 国で最 も多い観測数 を示 し、St
.
Cも全 国
位 に入 っている程である。
で9
その渡来数であるが、実際 には年毎の変動が極
めて大 きい。図 4には各調査地点の観測個体数 の
年推移 を整理 しているが、この図か ら解 るように、
その変動幅 は極 めて大 き く、殊 に 1
991年 に最大
.
Eでは、最大年 と敢中年の 間
観測数 を記録 した St
に8倍以上 の開 きが あ り、 この ことは、調査時期
が異 なれば、複数の干潟域 を個体数デー タによっ
て単純 に比較す ることが極 めて困難であることを
示 している。
図2 調査地点の配置
個体数
頚
個体数 ⑳ 種数
3000
種数
-感-・
S
t
.
A
・ S
t
.
B
・
-- S
t
,
C
1
汁-S
t
.
D
●- SLE
20.
0
1
5.
0
20
00
-
10.
0
1
000
5.
0
0
St
.
A
St
.
B
St
,
C
0.
0
St
.
D
St
.
E
図 3 番調査地点における平均種数・
個体数
8
7198
8198
919 90 19
91199
2199
31 9
41995
19
9
図4 観測個体数の年変動
19 9
6年
(
3)シギ・
チ ドリ類渡来数 と干潟環境の関係性
前述の ような調査地点間における観測個体数の
多寡 は、おそ らく干潟の規模や底生動物の現存最
臣頚シギ・
チトリ碩渡来数
な どに起 因する可能性が高い。そ こで、観測 さゴ
1
⑳ 干潟面 穣
面積 (
k
d)
50
たシギ ・チ ドリ類の渡来数 と干潟環境 との関係 に
40
ついて検討 を試みる
30
。
1)干潟面積 との関係
20
有明海の干潟域 は、実際 にはか な り連続 的で、
10
各地点に対応する干潟面積 を算出す ることは甚だ
St
.
B
St
.
A
St
.
C
0
1
奉闇三
であるが、連続す る干潟域では観測地点の中
S
t
.
E
St
.
D
5
,
0
00地形図か ら読
央 を境 とす ることとして 1/2
図5 シギ ・チドリ頬渡来数と干潟面積
み取 った値 と、 シギ ・チ ドリ類渡来数 との関係 を
示 した ものが 図5である。 この図で明 らかなよう
に、両者 は余 り関連 していない。
シ
蓮 ギ・チ
トリ
類 渡来 数 ⑳ 平
均
粒
径 (D50)
2)底質 との関係
次 に図6
に底質●
1
の平均粒径 との関係 を示すが、
こj
lもやは り明瞭な関係 は見 えてこない。
0.
15
2000
0.
10
有明海は、泥質の干潟域 としてよ く知 られてい
.
Aか らSt
.
Bにか け
るが、実際 には、東岸部の St
D5
0(
m
m
)
0.
20
1000
0.
05
ての区域 は底質がかな り砂質で、泥質の区域 は湾
.
C西部か らSt
.
Dにかけて とSt
.
E辺 りのみで
奥のSt
ある。 このことは、生息す る底生動物の組成や現
存量 などに関わって くるであろうか ら、 シギ ・チ
車J 鹿i
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は ,1
5,
地点 のサ ンプル
をので:
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戯全体の済度ぎ
と しでは さ
ほど都度 の/
1
5
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い もの ではないO を
お、慶題の腐生劇物 につ い ても/
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a
)
都 であるo
ドリ類渡来数 に対応す る可能性 も考 え られたが、
少な くとも、 この一連の調査では底質の粒度 との
関連性 は認め得 なかった。
St
.
E
St
.
B
St
.
A
St
.
C
St
.
D
0.
00
図 6 シギ ・チドリ渡来数と底質の平均粒径
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3)底生動物現存量 との関係
湿亜盈 (
g/n
i)
シギ ・チ ドリ類の生息 に関 して最 も影響の大 き
150
いことが予想 される餌生物 としては、干潟域の底
100
生動物があげ られる。
軽重甲殻頬
挺規多毛頬
蔓裏
腹足頬
堅実二枚貝
実際、特 にシギ ・チ ドリ類の行動 を観察 してい
ると、 メダイチ ドリCha
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usmongol
usやオオ
mo
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c
aなど多 くの種が ゴ
ソリハ シシギLi
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poni
c
a等大型多毛類 を、 ダイシ
カイNe
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aやチュウシヤクシギ
ヤクシギNume
50
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A
St
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B
St
.
C
St
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S
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.
E
図7 底生動物の種群別現存 塁
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2
Numeni
usphaeopusな どの比較的大型の シギ類
cr
opht
hal
musj
aponi
cus等
がヤマ トオサガこMa
比 して多毛類の現存量が格段 に多 くなっているこ
のカニ類 を採食 しているところを良 く目にす る。
とが特徴的である。
また、 シギ ・チ ドリ類が渡 りの時期 に干潟域 に
図 8- 11に は底 生 動物 の各種 群 の現存 量 と、
集中する要因 として、数百キロか ら数千 キロに及
シギ ・チ ドリ類 の渡来数 との関係 を示 してい る
ぶ長距離の渡 りのためにそのエネルギーを補充す
.
Eで各 々の底生動物
が、 シギ ・チ ドリ類の多いSt
る必要があるか らであると考 え られていることか
種群が多 く得 られていることは共通 しているもの
らも、底生動物の現存量が、 シギ ・チ ドリ類渡来
の、他の調査地点 も含めてみるとそれほ ど明瞭な
数の多寡 に大 きく関わっている可能性が高い もの
相関関係 を示 しているわけで もない。
これには幾つかの理由が考 えられるが、ひ とつ
と考えるのは至極当然のことであろう。
各調査 地点 にお け る底 生動物 の種 群別現存量
には、 シギ ・チ ドリ類 は干潟域 を均等 に利用 して
(1平方 メー トル辺 りの大型貝類 を除 く湿重量 :
いるわけではな く、採餌エ リアはある程度集中 し
1
996年調査) を示 した ものが図7である
ている らしいことがある。以前、船舶か らの観測
。
この図の ように、各地点 とも現存量 としては二
を含めて、干満 に伴 うシギ ・チ ドリ類 の群れの動
枚 貝の傑 占度が極 めて高 く、 いず れの地点 で も
向を追跡 したことがあったが、その場合 には、潮
75%以上 を占めている。全重量 としてはSt
.
Eが最
が引 き始める とわずか に現 j
tた干 出城 に集 中 し、
.
Eでは他の調査地点に
も多いが、それに加 え、St
そこで盛んに採餌 を行い、潮が引 くに したがって
*2 度 h
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か らは、
餌 4:
物 にな らないこと、 僻体.
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)を虜存
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の舶
僻か ら於 いているO
汀線 に沿って緩やかに採餌 しつつ分散する もの と
かったのである。
飛散す るもの とがあ り、干潮時には、残 る個体 は
また一方、餌生物量 とシギ ・チ ドリ類渡来数 と
ある程度特定の範囲に集 まって採餌 を行 うとい う
は単純 な相関関係 にはない とい う可能性 も十分 に
行動が認め らj
tた。有明海の ような綾やかな干潟
高い と、筆者 は考 えている。 シギ ・チ ドリ類の飛
域 で は上 げ潮 ・
下 げ潮時 の汀線 の移動が素早 く、
朔能力 を持 ってすれば、各調査地点間の移動 も決
従 って、中央部における滞在時間が思いのほか短
して困難ではないはずであ り、 よ り条件の良い地
臣頚シギ・
チ ド朋 頁渡来数
⑳ 多毛類湿重恩
湿重劉 g/n
i
)
平均個体数
E3シギ・
チドリ渡来数
◎ 二枚貝湿重盈
湿霊盈 (
g/n
i)
1
2
0
80
40
o
St
.
E
St
.
B
St
.
A
St
.
C
0
St
.
D
図8 シギ ・チ ドリ渡来教と多毛頬現存墨
臣芸シギ・
チドリ類渡来数
St
.
E
St
.
B
St
.
A
⑳ 甲殻類湿重恩
St
.
C
湿重 恩 (
g/
n
u
平均個体数
300
0
2
200
0
1
100
0
0
0
図9 シギ ・チ ドリ渡来数と甲殻類現存整
St
.
a
St
.
A
St
.
C
St
,
D
図 10 シギ ・チ ドリ渡来数と二枚貝現存墨
3
St
.
D
0
St
.
E
際藩シギ・
チトリ渡来致
St
.
≡
St
.
B
St
.
A
⑳ 腹足類過重塁
St
.
C
涜重盈 (
g/n
i
)
15
St
.
D
図 11 シギ ・チ ドリ渡来数と腹足類現存量
48
EE
c
E
/
C
2三T
.
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2
DY
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0
8
R
T
飛び立つダイシヤクシギの群 れ
タイシヤクシギ、タイゼ ン、ハマ シギの群 れ
点 に集中す る と言 う状態が生 じて も不思議ではな
な どといった単語 を 日常生活のなかで も良 く目に
いであろ う。実際、 山階鳥類研 究所 の調査 によれ
す るようになって きている。
ば、テ レメー タ装着個体の追跡 に よって、そ う頻
筆者 は、干潟環境 の健全 な保持 ・
保全 には、お
繁 で はない に して も、 ・
3
部 の ダイゼ ンPl
uvi
a
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そ らく干潟の基盤 を成す泥や砂 といった底質の供
.
AとSt
.
Eを行 き来す ることや
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aな どで St
St
.
A付 近 か らSt
,
C付 近 に移動す るメ ダイチ ドリ
給源 と供給経路の確保、干潟面か らのそれ らの流
Cha
r
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d
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u
smo
ng
o
l
usな どが確認 されてお り、お
砂・
泥質の供給 が無 い、 あ るいは、涜亡が流入 を
そ らくシギ ・チ ドリ類 に とっては、有明海の各干
上 回れば当然 なが ら干潟面 は確保 で きず、 また、
潟域 は個 々に独立 した ものではな く、一体 となっ
砂・
泥質の適度 な循環が無 い と例 え表 面上 は干 潟
た生息環境域 として機能 しているのであ り、その
面が確保 されて もヘ ドロ化 が進行す るな どして"
中で、餌生物 の量や取 り易 さ、休息地 としての機
活 きた干潟"の保持が困雅 となると思 われる。従
能 な どといった総合 的な条件判断の元 に最適地 を
って、今後 は、例 えば砂泥の流亡 阻止 のための石
選択 している もの と推察 され る。
材 や ブ ロ ックの投入、砂 ・
泥質供給源確保 または
亡 の軽 減化 な どが重 要 で あ る と推 察 して い る 。
ヘ ドロ状泥質の排出促進 のための人工的な搾筋 の
◆
3.
干潟環境の保全 に関 して
シギ ・
チ ドリ類 の多 くは、繁殖地 の シベ リアや
アラスカ地方か ら越冬地の東南 アジアや オース ト
ラリアにかけての広大 な生息 圏を有 しているので
あ り、渡 りの際のエ ネルギー供給地 として有明海
稲川
良
RyoI
NAGAWA
1981年東邦大学理学部生物学科
卒業 、同年入社。野生動物調査 、
環境アセスメン ト、自然環境調査
に従事。生態調査部次長、生態研
究センター分室長 (
兼任)0
な ど国内の干潟域 に大 き く依存 している。
そのため、多 くの鳥類研究者 は干潟環境 に対 し
て特別 な関心 を持 ち続 けて きたが、最近では、一
般 に も干潟環境 の重要性 に対す る認識がかな り広
く浸透 して きてお り、干潟の環境保全や干潟再生
導入 な どといった積極 的な対策の試行 も必要であ
る もの と判断 している。