成果出すIT革新の現場 優良顧客の動きを常に把握 販促メールに2割の注文率 タワーレコード 音楽ソフトウエア販売チェーン大手のタワーレコー ドは、顧客の購買行動を基に販売促進策の効果を分 析する新たな顧客管理システムを2012年9月に導入 した。購入額の多い優良顧客を対象に販促キャンペ ーンのメールを試験的に送ったところ、実に5人のう ち1人の顧客から音楽CD発売前の予約を含む受注を 獲得する成果を上げている。 年 9 月に導入、10 月から活用を始めた。 新システムを活用して顧客に販売促進キャンペーン のメールを送ると、例えば J ポップが好みで音楽 CD の 購入金額の多い顧客が注文したのか、購入額は少なく ても今後購入が増えそうな顧客の反応が良かったのか を細かく分析できる。10 月に購入額の多い優良顧客を 対象に試験的な販促メールを送ると、5 人に 1 人という 高い割合で発売前の予約を含む注文を獲得したという。 タワーレコードは、全国 86 店舗のほかに音楽 CD な 小売業は顧客の嗜好や行動の変化をいち早く捉えて どを購入できる EC(電子商取引)サイトの「タワーレコ 売り上げを増やさなければならない。音楽ソフトウエ ードオンライン」を展開し、2012 年 2 月期の売上高は ア販売チェーン店大手のタワーレコード(東京・渋谷) 558 億円。店舗と EC サイトの双方で利用できるメンバ は、顧客一人ひとりの購買状況を把握する「顧客勘定」 ーズというポイントカードシステムの会員数は約 280 万 という考え方を採用。それに基づき、IBM の「 Unica 人に上る。メンバーズ会員でありながら過去 1 年以上も Campaign 」というキャンペーン管理ソフトウエアを搭 購入実績がなかった顧客もいるが、そうした会員も販 載した新たなシステムをわずか 2 カ月で構築し、2012 促次第で再び購入するという副次的な効果も新システ ●タワーレコードが商品勘定に加えて取り入れた「顧客勘定」 商品勘定に加えて、 「顧客勘定」という視点 からも把握する 売上高 商品勘定 = 棚卸し資産が現金に交換されること によってもたらされる売上高 56 · 日経情報ストラテジー January 2013 顧客勘定 顧客が現金と引き換えに 商品の所有権を獲得することに よってもたらされる売上高 店舗とオンラインで別々に運 用して い た ポイントカードを 2011 年 11 月に統合して相互 利用できるようにした ●タワーレコードの販売促進策の変化 ビフォー (CRM導入前) アフター (CRM導入後:2012年10月以降) ・商品ごとの売り上げ動向を 把握 ・顧 客の購買傾向を9つの「セグメント」に分類し、購 入額が多い上位の優良顧客の「ステータス」を把握 ・販売促進のメール送付を許 諾した顧客に、 キャンペーン ごとの開封率やコンバージョ ンレート (商品を購入したり 会員登録を行ったりした人 の割合) を調査 ・セグメントやステータスに応じてメールを送付し、それ ぞれの反応を把握 ・顧客ごとの購買行動は 把握せず ・2011年11月、店舗とオンラ イン (EC) で別々だったポイ ント・サービスを統合 ・IBMの顧客管理システムを 新たに構築。2012年9月下 旬に稼働開始 ・顧 客が「何をどのくらい購入したたか」 「なぜ購入し たか」 「購入しなくなったのか」を掘り下げて分析 ・優良顧客の「維持」 「育成」 「獲得」を目指し、PDCA サイクルで増加策を検討。 「顧客勘定」の最大化目 指す ・特定の顧客をターゲットにしたメールを送付。アクティ ブな優良顧客の5人に1人から予約や注文を獲得 ムで分かってきた。従来は、キャンペーンごとにメール する。だが、売り上げは棚卸し資産の回転だけでなく、 の開封率やコンバージョンレート(商品を購入したり会 顧客に商品が渡ることで実現する。ならば顧客ごとの 員登録を行ったりした割合)しか把握できなかった。マ 購買行動を常に把握して、 「商品勘定と顧客勘定の両面 ーケティングの精度が飛躍的に高まったというわけだ。 から、売り上げ目標を同時に達成しよう」 ( 大江室長) 購買行動を読む「顧客勘定」を導入 タワーレコードは 2011 年 5 月に、CRM 推進室の室長 大江信宏が中心となって CRM(顧客関係管理)プロジ と考えた。そこで CRM プロジェクトに、顧客ごとの販 促キャンペーンの成果を検証して次の販促に生かす 「 PDCA サイクル」の構築を追加。顧客勘定を基に、顧 客が「何をどのくらい購入したか」 「なぜ購入したか」 ェクトをスタート。店舗とオンラインで別々に運用して 「なぜ購入しなくなったか」を掘り下げて分析し、顧客 いたポイントカードを同年 11 月に統合した。顧客が店 ごとに売り上げ目標の達成を目指すことにした。まず 舗やオンラインで貯めたポイントの相互利用が可能に EC のポイントカード会員を対象に成功事例を作り、店 なり、初めて顧客を 1 人ずつ把握できるようになった。 舗にも展開する方針を立てた。 さらに、顧客の購買行動を細かく把握するため「顧客 ビジネスの現場では、売り上げの 8 割は全顧客の 2 割 勘定」という考え方を取り入れた。同年 10 月にオンラ が生み出しているといわれる。タワーレコードでも、年 イン事業本部に転じてきた前田徹哉本部長が腹案とし 間購買金額の多い上位 30%の優良顧客が年間売上高の て温めていたもので、キャッチフレーズとして社内に広 80%を占める。例えば顧客 1000 人に販売促進策の力を めたという。 均等に注ぐのではなく、上位 3 割の 300 人に全力投入す 小売り業は棚卸し資産を現金化して売り上げにつな れば、8 割の売上高は達成できる。それが後に他の顧客 げ、商品回転率や在庫日数などを商品勘定として把握 に波及する可能性もある。前田本部長は「我々のパワー · 57 January 2013 日経情報ストラテジー をシフトしよう」と宣言し、2011 年末から必要な分析 ツールを探し始めた。 ●優良顧客の割合を「顧客資産」として毎月把握 ① 過去12カ月の購買履歴で見た優良顧客の割合 それまでタワーレコードには様々なベンダーからツー ルの紹介が舞い込んでいた。なかでもタワーレコード が 求 め る 条 件 を 全 て 満 た す の は I B M の「 U n i c a 3月 4月 5月 6月 優良顧客の割合 3 系統の帳票で「顧客資産」を把握 (顧客資産がどういう状態か把握する) … Campaign 」だった。他社からは「こんなことができる」 という話が多かったものの、IBM はタワーレコードが 何をしたいのか目的を聞き出し、その要件に合うツー ルとして提案。EC の事例も豊富で、もっとも知見があ 前年4月∼ 今年3月 前年5月∼ 今年4月 前年6月∼ 今年5月 前年7月∼ 今年6月 ったという。構築費用は高めだったものの、顧客や商品 のデータベースを新規に構築せずに既存のデータベー 顧客の動向調査といえる。例えば 3 月時点で、前年 4 月 スから必要な情報を抽出できる。前田本部長らは思い から現在までの 12 カ月間に購入金額が上位の優良顧客 描く分析が実現できると経営陣に伝えて導入を決めた。 が全体に占める割合がどのくらいかを把握。4 月になれ タワーレコードは、まず J ポップやクラシックといっ ば、同様に前年 5 月から現在までの割合を調べる。いわ た顧客が好む音楽ジャンルを基に 9 つの「セグメント」 ば企業財務の貸借対照表と同じように、購入頻度多い に顧客を分類。さらに購買行動を予測するため、顧客 アクティブな「顧客資産」を毎月、全体の客数に比べて、 の「ステータス」を把握できるようにした。 どのくらい抱えるかを正確に捉えるわけだ。 例えば年間 10 万円分の J ポップの音楽 CD を買う顧 その上で、優良顧客が今期の販売実績にどれだけ貢 客でも、最新曲をいち早く求めるのか、最新ヒットチャ 献してくれるか予測する。例えば、優良顧客 5 万人に ートで人気上昇中の音楽を追随して購入するかで購買 12 万円分を購入してもらうという売り上げ目標を設定 行動は異なる。そこで新システムの導入に伴ってタワ した場合、2 つの帳票で分析する。その 1 つが、顧客ご ーレコードが独自に作成したのが、帳票と呼ぶ仕組み とに 1 年間の購入金額が 12 万円にいつ達したのか、顧 だ。大きく分けて 3 系統のデータで顧客のステータスを 客別に購入額を積み上げる帳票。もう 1 つは、マラソン 把握できるようにした。 のペースメーカーのように、例えば 3 月時点で 1 万円分 その 1 つが、過去 12 カ月の購入実績だ。これは優良 を購入した顧客が何人いるか把握する帳票だ。 「あなただけ」の販促で成果 これら 3 つの帳票を見て、毎月どのセグメントの顧客 にどう販促キャンペーンを打つのが効果的か検討。仮 にある顧客の購買行動が想定したペースより落ちてい れば、条件に合う顧客を対象にした販促が可能という。 それによって、優良顧客を「維持」したり、 「育成」した オンライン事業本部の前田徹哉本 部長 58 · 日経情報ストラテジー January 2013 CRM推進室の大江信宏室長 りするほか、新たな優良顧客の「獲得」にもつなげる。 3 系統の帳票はさらに細かく分かれ、タワーレコード 成果出すIT革新の現場 ●今期の売り上げにどのくらい貢献してもらえそうか予測 ② 売り上げ目標に達した顧客の積み上げ人数 (年度の売り上げがどのくらい達成できるか把握する) ③ 顧客ごとの年間購入ペース (顧客1人当たりの買い上げペースを管理) 12万円×5万人目標の場合 人数 万人 12万円× 5万人 5000人 2000人 1000人 3月 4月 5月 6月 … 1万円 2万円 3万円 4万円 … 12万円 は新たなシステムに 15 種類ほどの帳票で常に顧客のス って培ってきたノウハウにある。例えばクラシックが好 テータスを把握できるという。経営陣には分かりやす みの顧客にも特定の J ポップが売れるといった傾向はデ い簡略版で報告する工夫も検討している。 ータで分かる。だが背後に潜む論理を生かすには、デー タワーレコードは 9 月末にシステムを導入して以来、 タそのものだけでなく、なぜそうした現象が起きてい ポイントカード会員に毎日 2000 通ほどのメールを送っ るのか論理を探り当てなければならない。 ている。送付先は日々異なり、対象顧客を選ぶ条件は そのためには、仮説を立てて一つひとつ検証が求め 非公開。受け取った顧客にも分からない。 「データを見 られる。そこにオンライン専業の企業では知り得ない て、ある法則に基づいて条件に達した顧客に『あなただ ノウハウも必要だ。一般に大企業向けとされる IBM の け』というメールを出している」 ( 前田本部長)という。 システムを導入したのも、仮説の出し方や検証、実行、 その成果は意外なほど大きかった。10 月に試験的に 修正する力を高め、精度を高めるためだ。 「小売業のナ 顧客の属性に応じて購入クーポン付きの販促メールを ( 前田本部長)という。 レッジなどと合わせて進めたい」 送ったところ、実に購入頻度の多い優良顧客の 5 人に 1 CD や DVD などの音楽ソフト市場の規模は 2012 年 人から、発売前の音楽 CD の予約や購入の注文を獲得。 上半期こそ前年同期比で微増に転じたとされるものの、 過去 1 年ほど購入履歴のなかった非アクティブの顧客 長らく縮小傾向が続いてきた。だがタワーレコードは を含む全体でも 3%近い反応があったという。通常は 1 2012 年に業界常識を超える高い販売目標を掲げて、商 %ほどの反応があれば上出来という場合が多い。 品在庫の拡張やウェブサイトの機能を改善。10 月末か タワーレコードは、インターネットのソーシャルネッ らセブンイレブンでの無料受け取りサービスも始めた。 トワークサイトで顧客の声を常に捉えている。実際に 2012 年 6 月には、NTT ドコモがタワーレコードへの 「しばらく行っていなかったので買ってみよう」といっ 出資比率を 50. 3%に引き上げて子会社化を発表。44. 6 た声もあり、購買履歴が過去 1 年以上ない非アクティブ %を出資して筆頭株主だったセブン&アイ・ホールディ の顧客が想定以上に戻っていることも分かってきた。 ングスの持ち株比率を上回った。スマートフォンを経由 したソフト販売の強化が狙いだ。厳しい環境でも培っ 店舗で培ったノウハウ生かす 今後システムを活用していく てきたノウハウを生かす有力ブランドとして、各業界 は、音楽好きが集ま の注目を集めているといえそうだ。 (大豆生田 崇志) · 59 January 2013 日経情報ストラテジー
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