Topic/Article - ヒューマンサイエンス振興財団

発行
財団法人ヒューマンサイエンス振興財団
東京都千代田区岩本町2-11-1
TEL.03
(5823)
0361
編集責任
情報委員会
制作協力
株式会社 メジテース
東京都中央区八丁堀3-6-1
TEL.03
(3552)
9601
印刷
株式会社 成美堂印刷所
ヒューマンサイエンス
JANUARY 2013
Volume 24 / Number 1
錬金術師が、発酵酒から蒸留 精
・製によりアルコールを得た技術は化学の進歩に大きく貢献
したばかりでなく社会の発展にも大きな貢献を果たした。
しかし、錬金術師自身は、化学者と同じ実験をしていても信仰の心、智への探究心に満たさ
れてはいたが、化学の進歩にはいささかの関心も持たなかった。
参考/錬金術 おおいなる神秘 ステンドグラス 志田 政人・撮影 戸村 忠孝
○ ○ ○ ●
○ ○ ○ ●
JANUARY
2 013 / HU MAN SC IEN CE
CONTENTS
ヒューマ ン サイエ ン スをリ ードし 、人 類 の 健 康 と 福 祉 に 貢 献 しま す 。
JANUARY 2013 Volume 24 / Number 1
HEADING
年頭のご挨拶
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3
竹中 登一 財団法人 ヒューマンサイエンス振興財団 会長
STAINED GLASS
錬金術―Ⅱ―1 蒸留用の炉
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
2
山崎 幹夫 千葉大学 名誉教授
INTERFACE
慢性疼痛の治療の現状と将来
牛田 享宏
細川 豊史
野口 光一
司会) 小川 節郎
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
愛知医科大学 医学部 学際的痛みセンター 教授
京都府立医科大学 疼痛緩和医療部 部長
疼痛緩和医療学講座 教授
兵庫医科大学 解剖学講座 神経科学部門 主任教授
日本大学 医学部 麻酔科学系 麻酔科学分野 主任教授
マンサク(マンサク科、乾燥葉はタンニン含有、収斂、止血作用) (昭和記念公園)
梶井 健造:明治製菓薬品研究所OB
Canon EOS Kiss X2 EFS 17-85mm 85mm f5.6
4
JANUARY
2 013 / HUMAN SCIENCE
CONTENTS
TOPIC/SCIENCE
慢性疼痛発生メカニズムと創薬ストラテジー
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
14
− −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
18
吉村 惠 熊本保健科学大学 大学院保健科学研究科 教授
TOPIC/SCIENCE
痛みと痒みの脳内認知機構
柿木 隆介 自然科学研究機構 生理学研究所 統合生理研究系 感覚運動調節研究部門 教授
総合研究大学院大学 生命科学研究科 教授
TOPIC/ARTICLE
痛みに関する教育と情報提供システム
− −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
22
柴田 政彦 大阪大学大学院 医学系研究科 疼痛医学寄附講座 教授
TOPIC/ARTICLE
医療費・薬剤費の動向と医薬品産業の課題
-今後の政策動向と求められる企業の対応 / 研究開発の方向性-
中村 洋 慶應義塾大学大学院 経営管理研究科 教授
− −−−−−−−−−−−−−
TERRACE
英国ライフサイエンス戦略の概要 3
オックスフォードシャー及びロンドン・ライフサイエンスクラスター
− −−−
26
30
武井 尚子 英国大使館 貿易 ・ 対英投資部 対英投資上級担当官(ライフサイエンス担当)
広瀬 由紀子 英国総領事館 貿易 ・ 対英投資部 対英投資上級担当官(ライフサイエンス担当)
西川 等 ロンドン&パートナーズ(ロンドン市振興機構)日本事務所代表
GALLERY
クロツバメシジミの幼虫が冬を生き延びる術
−−−−−−−−−−−−−−−
表3
今泉 晃 医療法人社団珠光会 企画管理室
F R O M F O U N D AT I O N
財団からのお知らせ
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33
平成 24 年の財団事業の主なトピックス並びに事業活動と発行資料
BOOKS
書籍紹介
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34,36
FROM EDITOR
編集後記
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
36
2 013 / HUMAN SCIENCE
JANUARY
S TA I N E D G L A S S
錬金術―Ⅱ―1 蒸留用の炉
錬 金 術 は そ の 宗 教 的・ 哲 学 的 思 想 展 開 の 範 囲 を 大
き く 超 え て 、さ ま ざ ま な 技 術 、特 に 近 代 化 学 の 基 盤 と
な る 技 術 を 後 世 に 残 し た 。 特 に 、多 種 類 の 素 材 か ら つ
く ら れ た 発 酵 酒 か ら の 蒸 留 、精 製 に よ っ て ア ル コ ー ル
を 得 た 技 術 は 、蒸 留 装 置 の 進 化 を 伴 い つ つ 後 世 に 伝 え
ら れ 、化 学 の 進 歩 に 大 き く 貢 献 し た ば か り で な く 、広
い 範 囲 に わ た る ア ル コ ー ル の 利 用 は 、文 化 ・ 文 明 の 展
開 、ひ い て は 社 会 の 発 展 に 計 り 知 れ な い 貢 献 を 果 た し
たということができる。
古 く か ら 伝 え ら れ た 錬 金 の 思 想 に は 、不 老 不 死 の 願
望 か ら 、文 字 通 り に 鉛 を 金 に 変 え る と い う 、か な り” い
か が わ し い 思 想“ と” 怪 し げ な 技 術“ に 彩 ら れ た 神 話
的 な 物 語 ま で が 包 含 さ れ 、後 の 世 に 伝 え ら れ た 。 し か
し 、実 際 に 行 わ れ た 錬 金 の 技 術 は 、常 に 語 り 継 が れ て
き た 神 話 の 世 界 か ら の 脱 却 を 遂 げ 、礼 拝 の 儀 か ら 現 実
的な化学実験の領域にまで踏み込んでいたと考えら
れる。
錬金術師の仕事場にはレンガ造りの蒸留用の炉が
築 か れ 、銅 製 の 蒸 留 釜 、首 長 フ ラ ス コ 、丸 底 フ ラ ス コ 、
坩 堝 る( つ ぼ 、)や っ と こ 、ハ ン マ ー 、分 厚 い 錬 金 術 書 な
ど が 所 嫌 わ ず に 置 か れ て あ っ て 、も は や 礼 拝 室 の 雰 囲
気 は な い 。 ま た 、そ こ で 実 施 さ れ た 蒸 留 の 実 験 は 「 化
学者」が化学の知識を得るために行った実験と変わ
ら な い 行 為 で あ り 、結 果 的 に 広 範 な 化 学 的 知 識 が 生 み
出 さ れ は し た が 、化 学 者 た ち と 同 じ 実 験 に 従 事 し な が
ら も 、錬 金 術 師 の 胸 は 信 仰 の 心 、知 へ の 探 究 心 に 満 た
さ れ て い て 化 学 の 進 歩 に 関 し て は い さ さ か の 関 心
ももってはいなかった。
錬金術師についてこれまでに伝えられてきた姿に
は 、と も す れ ば い か が わ し い 呪 術 、悪 魔 祓 い な ど の 言
葉を唱えながら怪しげな行為に及ぶというイメージ
が 付 き ま と っ て き た が 、真 の 錬 金 術 師 の 仕 事 場 に は 礼
拝 室 の 雰 囲 気 は 全 く な く 、表 に は 信 仰 を 求 め ず 、強 い
信仰への心は胸中に秘められていたということがで
きるだろう。
山崎 幹夫
やまざき・みきお
千葉大学 名誉教授
東京都生まれ
千葉大学薬学部卒
東京大学大学院博士課
程修了
薬学博士
専門は薬用資源学
2
JANUARY
2 013 / HUMAN SCIENCE
HEADING
年頭のご挨拶
新年明けましておめでとうございます。皆様方には希望に満ち溢れた新春
をお迎えのこととお慶び申し上げます。平成25年の年頭を迎えるにあたり、一
言ご挨拶申し上げます。
日本は世界に先駆けて超高齢社会に突入し、未曾有の災害に遭遇し、さらに
は原発事故によって深刻なエネルギー制約にも直面しています。直面する幾
多の困難を、むしろ日本にとってのフロンティアとして捉え、勇気を持って切
り拓いていくことを目標として「日本再生戦略」が平成24年7月に定められま
した。
本戦略のひとつである「ライフ成長戦略」では、「医療イノベーション5か
財団法人 ヒューマンサイエンス振興財団
会長
年戦略」(平成24 年6月6日医療イノベーション会議決定)の着実な実施等
竹中 登一
的医薬品・医療機器・再生医療製品やリハビリ・介護関連機器等を世界に先
により、関連する規制・制度改革を進め、日本のものづくり力を活かした革新
駆けて開発し、積極的に海外市場へ展開することを目標としております。
革新的医薬品創出戦略では、優れた基礎研究を臨床研究・治験につなげるた
め、厚生労働省の(独)医薬基盤研究所を中心に、経済産業省の(独)産業技術総合
研究所や文部科学省の(独)理化学研究所などとともに「創薬支援ネットワーク」
を構築し、(独)医薬基盤研究所がその本部機能を担うのに必要な体制強化や業
務運営ルールの策定等を行うこととなりました。
創薬研究では、病気に関連する生体反応、生命現象を見つけ、薬効評価法(ス
クリーニング法)を確立するとともに、多様な技術(医薬化学、バイオ、抗体、
核酸、細胞等)を駆使して、新規医薬品を創造することが求められます。創薬
研究におけるイノベーションを推進するためには、多様な技術の集積が必要
で、そのためには、分野を超えた専門家のチームワークづくりが不可欠である
と考えております。
上述の「創薬支援ネットワーク」が、オールジャパンの創薬支援体制として、
専門家のチームワークづくりに大きく貢献し、日本の創薬力向上のための大き
な力となることを期待しております。
当財団も、国立試験研究機関、大学等と民間研究機関との官民共同型研究の
推進を目的とする研究事業や技術移転事業、また会員の協力を得て、各種セミ
ナー等を開催し、専門家のアンケートやヒアリングによる調査を実施しており
ます。これらの活動を通じて、多様な専門家のチームワークづくりに貢献し、
我が国のライフイノベーションの推進に貢献していければと願っております。
会員の皆様方、並びに関係各位のご支援とご指導を心よりお願い申し上げま
す。
竹中 登一 たけなか・とういち
財団法人 ヒューマンサイエンス振興財団 会長
愛知県生まれ
岐阜大学 農学部 獣医学科卒
医学博士
専門は薬理学
3
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I N T E R FAC E
慢性疼痛の治療の現状と将来
愛知医科大学 医学部 学際的痛みセンター 教授
牛田 享宏
京都府立医科大学 疼痛緩和医療部 部長
疼痛緩和医療学講座 教授
細川 豊史
兵庫医科大学 解剖学講座 神経科学部門 主任教授
野口 光一
日本大学 医学部 麻酔科学系 麻酔科学分野 主任教授
小川 節郎
司会)
が分かってきました。そのほかにもいろいろなことが
分かってきておりますが、痛みで医者にかかっている
のは半数に満たず、半分以上の人は病院に行っていな
いこと、それから、医者にいっている人々とほぼ同数が
整骨院やマッサージに行っていることでした。私た
ちが調べたデータでは、最初は整形外科に行っている
人々が多いのですが、だんだん民間療法に行く方が多
くなりそれがずっと繰り返されます。痛みの説明を受
けているのかなと思うとそうではなく、結局のところ
小川───本日はお集まりいただきまして有難うござい
ます。日本大学の小川でございます。慢性疼痛は最
近社会的に問題になっており、社会
的、経済的損失も明らかになってき
ています。そこで今回、「慢性疼痛
治療の現状と将来」というテーマ
で座談会を開き、この問題について
検討したいと思います。まずは、日
本における慢性疼痛の状況はどの
ようなものかということをお話し
小川 節郎
いただければと思います。牛田先
生、口火を切っていただけますか?
女性 16.8 %
男性 13.6 %
0%
日本における慢性疼痛の状況
(%)
牛田 ───3年前の平成21年に「慢性の痛みに関する検
20.0
討会」が厚生労働省で行われました。その席上で問題
になったのはドクターショッピングが多くて医療費が
無駄に使われていること、その割には満足度が低いこ
となどが挙がってきました。その中で研究班が立ち
上がって分かってきたことの一つは、外国と同じクラ
イテリアで5以上の痛みで、その痛みが3か月以上続く
ケースには15%以上の人々が該当していることでし
た。今まで私たち医療サイドは、このようなケースに
は高齢者が多いと考えていたのですが、意外なことに
30代、40代、50代が多く(図)、また、重労働の方に多
いかと思っていたら、実はアルバイトの人に多いこと
50%
100%
年齢分布
15.0
10.0
5.0
18
−1
20 9
−2
30 9
−4
40 9
−5
50 9
−6
60 9
−7
70 9
−8
80 9
−9
9
−
Nakamura, M. et al.:J Orthop Sci:2011 (in press)
図 筋骨格系慢性疼痛の発生頻度
4
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2 013 / HUMAN SCIENCE
I N T E R FAC E
骨がゆがんでいるといったような説明をされながらい
ろいろな治療を受けているのがひとつの現状です。も
うひとつ分かったことは、1人暮らしの人に痛みがあ
る人が多いということでした。他にも手術してもなか
なか良くならないなど問題は他にもあり、議論できる
ところは沢山あると思います。
小川 ───有難うございました。いろいろな統計も出
ていますが、実際のペイン・クリニックで痛みの治療
をやってらっしゃる細川先生、現状はいかがでしょう
か?
細川 ───健康保険制度の改定で、整形外科診療所で
のリハビリテーションやマッサージなどがやり難く
なってきたようです。このため、牛田先生がおっしゃ
られたように整形外科を受診せずに、医師の認可があ
れば保険の効くいわゆる整骨院やマッサージ師のと
ころに行く患者さんが増えてきたのは、そこに一つ
原因があると思います。整形外科は本来外科ですの
で、大きな病院などでは、まず手術を第一の治療手段
(procedure)として治療をやられます。その手術対
象になっていない疾患や症状では、失礼ですが多くの
整形外科医はあまり興味がないというか、積極的に診
ていこうとはしないことが多いと思います。そういう
ことから、患者さんは病院や診療所に行かれる場合で
も、一般的な内科の先生のところを選択されることが
多いわけです。インターネットを調べたり、知人から
聞いたりすれば、ペイン・クリニックに来られること
もあるのですが、その割合は低いものです。先ほどの
データを見せていただくと、3か月痛みが継続する方
は23%、5人に1人ですからすごく多いですね。牛田先
生がおっしゃった様に、私も“ロコモティブ・シンド
ローム(Locomotive Syndrome)”という言葉がある
ように、慢性疼痛は、当然年寄りに多いと思っていまし
た。ところが30、40、50代が多いということは、これ
は仕事の現役年代ですから、確かに経済的、社会的影響
が大きいということがわかります。何とか痛みが、ゼ
ロにはならずともADL(activities of daily living:日常
生活動作)を上げて社会復帰できる、つまり仕事に差
しさわりのないレベルにするというところに目標をお
いて、中年現役世代の慢性疼痛の治療と対処をしてい
かなくてはならないと思います。
小川 ───最近公表されたいくつかの統計で2,000万人
以上の人々が慢性疼痛に苦しんでおられて、その半分
が“ロコモティブ・シンドローム”で特に腰痛が多い
ということですね。その腰痛の8割は原因が分からず
非特異性であることも慢性疼痛が捉えにくい部分であ
ると思います。
野口先生、基礎の方からみて慢性疼痛にはいろいろ
な側面があると思いますが、先生はどのように考えら
れますか?
野口───あくまでも私は基礎研究者ですので、研究と
いう観点から話をさせていただきます。ヒューマンサ
イエンス振興財団の将来動向調査報告書「慢性疼痛の
将来動向Ⅱ」にも記載されていますがいろいろ問題点
があります。基礎研究の成果がなかなか実際の新治療
薬の開発に結びつかないとか、基礎研究者の方向性と
臨床医の考える方向性が必ずしも一致していないな
ど、いろいろな指摘があります。慢性疼痛という言葉
一つを取り上げても非常に難しく、ある講演会で著名
な先生から私に「先生がお話になっているのは慢性疼
痛のことですか、それとも急性疼痛として判断されて
おられますか」という単純ながら難しい質問がありま
した。確かに動物の実験結果をヒトの慢性疼痛の病態
として捉えて良いかどうか、治療薬のシーズとして役
立つと判断するのは非常に難しいことで、簡単に答え
は出ないと思います。基礎研究者はある程度割り切っ
て考えて、あくまでもシーズを見つけるという観点か
ら研究している面があります。そこから標的分子を
ターゲットに開発して新薬に結びつけるのは、基礎研
究者ではなくメーカーの研究部門の分野であり、臨床
医からも基礎研究者からもその活動が見えないところ
があります。メーカーにおける研究は実は活発にされ
ているようですが、企業秘密などの問題があって失敗
例も含めてなかなか表に出てきません。このステップ
が見えないために一層基礎研究者と臨床医のギャップ
が埋まらないと指摘されるわけです。
病名処方の問題
小川───今は保険制度のもとで診療していますので、
患者さんが来ると慢性疼痛でもなんらかの病名をつけ
なくてはなりません。腰痛ひとつ取り上げても、こち
らの先生はヘルニアと言い、あちらの先生は脊椎間狭
窄症とおっしゃる。どちらが正しいのだろうというこ
とがあります。また、その病名に適合した処方をした
りしますが、それについて問題点が
ございますか?
牛田───そうですね、病名というの
はものすごく大きな問題ですね。
病名はレッテルですから、一旦病名
が付いてしまうとその病名に振り
回されてしまいます。例えば椎間
板ヘルニアで椎間板が突出してい
るような人が、医師から「あなたは 牛田 享宏
ヘルニアですよ」と画像を見せられながら言われると、
画像が印象に残って全ての症状の原因はヘルニアだと
いうことになり、「それはちがいます」といってもな
かなか納得していただけなくなります。その上にいろ
5
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中枢の役割
いろな病名を付けられると、首はこれで痛くなり、手は
これで痛くなるということになると何のことかなと言
うことになります。外国の報告でも“鞭打ち”という
病名がない国は直ぐ治るのですが、病名がある国はな
かなか治らないということがあります。ですから不用
意に強い症状を引き起こす疾患の病名はつけないほう
が良いと思います。
小川───病名をつけてしまうと、それに縛られた処方
や治療法が適応され、痛みの本質を見逃してしまうと
いうことですね。ペイン・クリニックでもそういうこ
とは良くありますか?
細川───そうですね。MRIやCT、X-Pなど、画像とい
うのは患者さんに説明し易いし、患者さんも理解しや
すいものですから、一度画像で説明をされてしまうと
妙に頭に入ってしまい、後から神経
の機能的な変化などといっても、理
解不能となってしまいますね。か
つてMRIが臨床で使われ始めたと
き、現在ではバルジング(bulging)
という言葉になっていますが、軽度
の椎間板突出の殆どがヘルニアと
して扱われていた時代がありまし
細川 豊史
た。日本中ヘルニアだらけで、その
ころはすごい数の手術がされてしまったと思います。
整形外科学は本来、形態学的な学問ですので、折れた、
外れた、切れたというような形態学的に説明できる原
因とその結果として痛みがあるという考え方になって
しまいやすいわけです。腰や下肢が痛いときに腰の痛
いところに腰部椎間板ヘルニアがあれば、ああ、これが
原因だということで手術をする場合が多かったと思
います。起こっている腰痛とか神経根症状とかが、必
ずしもMRIで見られた形態学的異常と一致していない
ケースが我々への紹介患者さんでは結構あります。も
ちろん腰部椎間板ヘルニアなどでは、硬膜外ブロック
や神経根ブロック症状と所見が一致した場合の整形外
科的手術の成功率は極めて高いので、我々もペイン・ク
リニック的治療の効果のない患者さんを引っ張ろうと
いう発想は全くなく、症状と画像所見が一致する症例
は、整形外科に積極的に紹介しています。しかし、10
代(16 ~ 19歳)の急性腰痛(ぎっくり腰)の患者さ
んに最初の発症1か月以内に手術しているケースが集
中している特定の施設があったりもします。16歳で軽
い腰痛で軽度のL3/4の腰部椎間板ヘルニアがMRIで
見つかり、神経根神経もなかったのに、立て続けに3回
手術され、膀胱直腸と車椅子生活になってしまった例
なども紹介されてきたことがあります。手術適応と痛
みの原因診断は急性疼痛でも慢性疼痛でも、基本的に
極めて重要なことだと思います。
小川───長く続く痛みイコール慢性疼痛という考え方
が勿論あるのですが、慢性疼痛というと精神心理学的
問題も出てくると思いますが、中枢の役割について野
口先生から最近の動向などお話し願えますか。
野 口 ─── そ う で す ね。 欧 米 で の 研 究 やIASP(The
International Association for the Study of Pain)の中
でのディスカッションにおいて、
“chronic pain”とい
う表現を避ける人が増えてきています。Chronic pain
は精神的な心理的なファクターが非常に大きく、動物
モデルが本当にchronic painであるかの判断が非常に
難しい。あくまでもヒトでの臨床的な表現であろう
ということで、持続性疼痛persistent painと急性疼痛
acute painという区分を研究分野では用いようという
話が、さる学会で提言されていました。中枢神経系の
役割に関しては、痛みのメカニズムにおいて非常に重
要な影響を持っており、最近の5年~ 10年で中枢神経
系の痛みに関する基礎的研究が非常に進んでいます。
いろいろな精神神経的な影響や中枢からの下行調節
系、脳から脊髄に対しては昔から知られている抑制系
に加えて疼痛促進系という両方の影響があること、更
に大脳辺縁系における痛みの修飾作用など、数多くの
基礎研究が進んでいます。こうした研究により痛みが
中枢神経系/脳により多彩に影響される、という説明は
し易くなってきました。
小川───そうしますと、実際に使う薬は保険適用のな
い抗うつ薬などが良く使われる様になってくると思い
ますが、ペイン・クリニックでは心理社会的な側面の大
きさはどうなのでしょうか。
細川───ペイン・クリニックの場合、
神経ブロックとい
うprocedureがあるので、ペイン・クリニックを勉強さ
れ始めた先生は、急性疼痛というかブロックで治る疾
患をまず診たがります。しかし長くペインクリニシャ
ンをやっているとなかなか治らずに後に残ってくる患
者さんは、ほとんど慢性疼痛の患者さんが主体となり
ます。そうなると、神経ブロックの効果があるといっ
ても、慢性疼痛では一時的であったり、また効果がな
かったりというものがほとんどです。このような場合
は、必然的に患者さんと会話する時間を増やして心理
的、社会的、経済的な側面を解決し、不安やうつ、不眠な
ど派生する症状の一つ一つを消去できるような薬剤を
処方することも大事になってきます。最近、ひとつ“眼
から鱗”のことがありました。2週間おきとか1か月お
きとかに定期的に必ず来診される患者があります。来
ると診察室では、相変わらず痛い、痛いという表現をさ
れ、これが毎回同じです。ある診療内科の先生に言わ
せると一言、「それは治癒だ」とおっしゃるのです。
つまり、その患者さんは1か月、2週間の間、救急外来や
6
JANUARY
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I N T E R FAC E
治療のゴールと薬
他の医療施設にも行かずに同じ病院外来や診療所に定
期的に来ることが出来る。それは間違いなく日常生活
が送れている、つまり自分の生活サイクルが出来てい
るわけである。その日常が崩れた時は再燃で治療の対
象だが、それまでは十分に「治癒」と考えるべきだと
いうことでした。高齢者は動けば確かにどこかが痛む
し、年齢的なものだけではなくとも、慢性疼痛は痛みが
ゼロにはならないということを先に患者さんにお話
して、まず何がしたいかというところに話が行き着け
るようにする。それが家事であったり、仕事であった
り、趣味のスポーツであったりするわけですが、それが
出来ることを目標にして、薬を使って出来る様になれ
ばそれでも良いし、神経ブロックで治療してそうなれ
ば良い、また悪くなればまた治療するというところに
絞ってくるということが大事ということですね。また
最近学んだもう一つは、「痛いから眠れない」という
不眠の構図を今まで考えていたのですが、睡眠の研究
が結構進んできて、不眠が痛みの閾値を下げ、痛みを起
こす原因となることが分かっているそうです。つまり
不眠が解消して、睡眠が十分取れれば痛みはぐっと良
くなるというような報告です。このことも慢性疼痛は、
心理的・社会的・経済的も含め、さまざまなprocedure
が必要だという考え方を持って対処すること、いわゆ
るオーダーメードの治療を考えて患者さんと対処して
いくことが大事ということですね。
小川───そうしますと、病名で対処するというのは良
くないのでしょうね。腰痛の大御所の先生は、腰が痛
いのが治るか治らないかは、医師と患者の関係の善し
悪しでほとんど100%決まるとおっしゃるのですが、牛
田先生いかがですか。
牛田───医師と患者の関係性の中で治療(指導)して
いくことが大切だと思っています。特に、痛みにフォー
カスが向きすぎているために困っている人であれば、
別のところにフォーカスを向けてあげることをしなく
てはならないので、細川先生が言われたことが一番大
事な部分だと思います。やりたいことが出来ることが
大事で、私も基礎研究をやっていた時は痛みを全部と
りたいとは思ったのですが、それは思い上がりかもし
れません。患者さんの期待というのがあり、痛みをとっ
たら何でもできる、20年前は山に登れていたので痛
みが取れれば山に登れるはずだとおっしゃる。それは
ちょっと無理だと思っても、それが出来ないので辛い
苦しいということになると、その患者さんがどういう
ことが出来るのかを病院に来てもらって1か月に1回で
も医師と話をして自分の方向性が見つけられたら一番
良いのだと思います。
小川───そうしますと、精神心理学的問題や通院して
くることが治癒だということも含めると、慢性疼痛の
治療のゴールというのは一つではないと思いますが、
細川先生どのようにお考えになりますか?
細川 ───本来のゴールは痛みがなくなるということ
ですが、普段スポーツをあまりしない医者がゴルフに
行ったら次の日はアチコチが痛いのが当たり前である
のと同じで、患者さんが神経ブロックで少し痛みが取
れたからと過剰に次の日動き回れば、当然痛みが悪化
することや違った場所にも痛みが出てくるということ
もまた当然です。目標設定ということから始めて、痛
みがあってもそれが出来、次の日にブロックをすると
かマッサージをするとか薬を飲むとかして、ある程度
回復し、また次に同じことが出来るのであれば、「治
癒」という言葉は誤解を招きそうで正しくないかも
しれませんが、慢性疼痛としては管理できている状態
と判断しても私は間違いではないと思います。そう
なってくると野口先生がおっしゃった様に、“慢性疼
痛”という言葉と“persistent pain”と、痛みの継続
ということでは慢性疼痛の範疇に入っていても上手く
治療すれば完全に痛みが取れるような“急性疼痛”に
近い慢性疼痛など、新たな定義を作っていかなければ
なりませんね。そうでないと、医療者同士“慢性疼痛”
の話をしていても、イメージしている“慢性疼痛”と
いう用語の解釈が、基礎の研究者の先生も整形外科の
先生もペインクリニックの先生もそれ以外の先生も全
部違うという可能性があります。そういったところを
multidisciplinaryに今後、定義を考えていく必要があ
りますね。
小川 ───なるほど。そのお話をお
聞きして思うのですが、実際の臨床
の場面で医者の方は、患者さんに
“明日ここまで歩ける様になれば良
いですね”、“眠れる様になれば良
いですね”と言えればそれでいい
と思うのですが、患者さんをどう
やって納得させたらよいのでしょ
小川 節郎
うか。やはり話し合いしかないで
すか?
牛田───話の中で出来ることと出来ないことの限界を
教えてあげることが大事だと思います。先ほどゴール
設定のお話がありましたが、あまりにも高いゴール設
定をしてしまうと良くない、目先に出来るところから
ゴールを設定にしていくという形が良いと思います。
小川───野口先生のお話をうかがうと、いろいろな痛
みがあって、基礎の先生方がそれぞれの部分、ATPの
受容体ですとかグリアなどの研究をなさっていて、組
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み合わせてやったほうが治り易いということをお考え
になるのでしょうね。
野口───痛みのメカニズムに関する数多くの仮説があ
り、分子生物学の発達と共にニュー
ロサイエンスが疼痛研究に入って
きた結果、極めて多数の分子が痛み
に関係があるとなってきたわけで
す。全て事実ではあるのですが、そ
れをどのように臨床病態の説明に
使えるか、どの分子/仮説が一番重
要なのかについては、世界中の研究
野口 光一
者の誰も正しく答えられないと思
います。10年くらい前のPain誌に掲載された、患者の
症状からメカニズムを類推して治療法を適格に選択し
よう、という提言を、Woolf博士など数人の著名な研究
者がされていました。一つのアイデアとして重要で面
白い提言だと思います。疼痛メカニズムをいくつかに
分類して、ヒトの代表的な症状とある程度の関連性を
見つけ出して、さらに今度は逆に患者さんの症状から
痛みのメカニズムに戻して効果的な治療法を考えよう
という考え方でした。それが実現しているかというと
なかなか難しいようです。例えば、質問表などを用い
て、neuropathic painの因子が高い、という診断ができ
るなど、その方向性も見えてきています。Neuropathic
painのメカニズムの中でどれが一番大事ですか、とい
う質問に対して正確に答えられないのは歯がゆいとこ
ろです。ATPが一番大事だとかTRPA1チャネルが一
番大事だとか言えればよいのですが・・・。今言えるの
は病態と時期によって痛みのメカニズムに関わる役者
が変化することは確かなのですが、それをきれいに分
類するもしくはその重要性に重み付けをするような仕
事が出来たらといつも思っています。
小川 ───画像が出てきて、画像で大分分かるように
なって、fMRIが出て、脳の機能がわかってきています。
逆に今度のIASP学会での発表などを見ていても、例え
ばうずくと言う感じの痛みがあったらこういう機序が
あるのではないかとか、ビリビリとするのは神経障害
性だとかいう様に患者さんの症状に戻ってきていると
思われますが、そういう方向にかなり来ていると考え
てもよろしいですか。
野口 ───そういうデータが出始めています。例えば、
機械的刺激に対するアロディニア(allodynia)でも、
表面を擦るようなアロディニアと押すようなアロディ
ニアとではメカニズムが違うという論文が動物実験で
出ています。結果的にこうした研究が治療薬に結びつ
くかは不明ですが、それぞれの症状におけるメインの
メカニズムに対する治療法が明確に確立するのは少し
先のことかもしれません。
小川───診察に戻るというか、普通の症状に戻ってそ
こから薬が選定されるということになると、いわゆる
医者−患者関係はもっと良くなるのではないかという
気がいたします。
薬の問題点
小川───実際の問題に入って行きたいと思います。保
険適用がない薬でも例えば抗うつ薬や抗痙攣薬や不整
脈薬の様に効く薬があります。ペイン・クリニックの
現場において特に問題点は、
細川先生、
何かありますか?
細川 ───厚生労働省が薬剤の用法外使用に関して3年
ほど前の年末に各学会宛に調査を依頼しました。その
ときは用法外使用の単なる資料集めだけかと思ったの
ですが、実際には、翌年の6月くらいに、一斉にそれら
の薬剤の海外での使用の実情やエビデンス、健康保険
収載の有無などを送るようにとの通達が来て、一部の
薬剤は割と早い時機に「何々(薬剤)を何々(疾患)に
対して処方した場合、当該使用事例を審査上認める」
という文面の通達で使用が可能とされました。厚生労
働省は結構本気でやっていただいているなとそのとき
思いました。臨床をずっとやっておられる方たちが明
らかに効果を認めている薬で、かつ海外でその効果が
認められている場合は、治験なしでも用法外の薬剤を
使うことが可能になってきたわけです。海外主要国、
主にヨーロッパ、アメリカ、カナダを参考にするケース
が多いのですが、そこで健康保険の認可やエビデンス
が出ていない薬に関しては残念ながら承認されませ
ん。三環系抗うつ薬に関しても日本では多施設での効
果判定や治験をやっていないのですが、近々認可され
るようです(平成24年9月24日にイミプラミンが認可
された)。また一昔前には、この座談会の様に、違った
科の医師や臨床と基礎の医師が集まって話し合うこと
などはあまりなかったのですが、最近では整形外科の
先生方と運動器疼痛での繋がりができてきたし、多く
の学会が基礎と臨床との連携、いわゆるTranslational
Researchを推奨することも増えてきたので、なかなか
良い感じになってきていると思います。臨床の方で一
つのデータを示して、基礎の先生がその裏づけを取る
という研究などは、臨床現場での患者さんへの説明は
非常にやりやすくなります。逆に基礎を研究しておら
れる先生方からすれば、臨床で今話題になっているト
レンディな問題点がどこにあるかが分かってきます。
さらに今後は、海外に通用するデータを出すため多施
設、違った科を含めて実施する研究でn数を多くする
などが、大事になってくると思います。
小川───そういう意味では集学的といいますか学際的
に皆が考えるようになったことは良いことだと思いま
す。牛田先生の施設のように集学的にやってらっしゃ
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る現場において、保険適用のない薬についてはいかが
でしょう。
牛田───私のところには精神科医がいますのでそちら
の方からのアプローチだとか、我々自身もペイン・ク
リニック寄りなところもありますから、抗うつ剤など
良く使うのですが、前回の調査で認められていなかっ
た薬や保険適用に収載されていない薬など、処方でき
ない薬では、ある程度周知の事実になっているなら認
められるようなので、それがどのあたりで線引きされ
るかが今後課題になってくると思います。症状に応じ
てテーラーメードに処方して行きたいとの思いがある
わけですが、バリエーションに富んだ患者さんがどこ
のクリニックにも来ておられると思いますので、治療
(未承認の薬物療法を含めて)の評価にはそういった
患者さんをどのように統合してn数の大きい研究に持
ち込むかという仕組みが必要です。我々のところでは
脊髄障害の痛みについて調べてきましたが、ある人は
触られてもアロディニアはなくて自発ばかりの人、肢
の症状ばかりがメインの人、手のアロディニアばかり
がメインの人たちがいます。患者会の様にまとまって
いればよいのですが、頚髄症の人がいたり、脊髄損傷の
人がいたり、空洞症の人がいたりとなるので、同じ症状
の人たちを集める仕掛けがあれば、プロスペクティブ
にデータを集め、このような治療をすればこうなりま
したというデータベースのようなものができるのでは
ないかと思います。軟部腫瘍の肉腫などでは、数が少
ないので登録制度になっていてまとまったデータベー
スが出来ています。
小川 ───病名にこだわるようですが、
“何々病の会”
というのがあればいろいろな人がそこに集まります
が、同じ病名の疾患の中でもいろいろな痛みの機序が
あったりしますので、切り口、例えば触ったらピリッと
する人は集まれというようなことだともう少し基礎と
の接点が多くなるのではないかと思いますがいかがで
しょう。
野口 ───先日のドイツのBaron先生の講演にありま
したが、German Research Network on Neuropathic
Painはすばらしいですね。膨大な臨床データを集めて、
症状の解析を行い、特定の症状にはこういう薬が効果
的であるなど、面白いデータを出していますね。
小川───症状から入って行くので面白いと思いました。
野口───あのようなシステムはさすがドイツだなと思
いました。似たシステムが日本で出来たらと思います。
口で考えていくことが薬の上手な使い方になっていく
のではないかと思います。そうだとすると例えば、臨
床の場に基礎の先生や精神科の先生などが集学的診療
には必要になると思います。全体的にみると日本では
そうなっていないのがほとんどです。牛田先生のとこ
ろではそうしておられますね。今までと比べてどんな
部分がよろしいですか?
牛田───私達で一番議論になる部分は、同じ患者さん
をドクターだけではなくていろんな人が診ているケー
スです。最初は看護師さんが問診表だとかをつけて、
そのあとドクターが診たり、理学療法士が診たりした
あと、カンファレンスをしながらそれを変えて行く中
で、議論していきますと、一方向からは見えていないよ
うなものがすごく見えてくるというのが実感です。患
者さんは痛がらないと相手にしてくれないので、医者
の前では痛がる顔をし始めますが、受付の人から聞く
と「ニコニコしておられましたよ」というようなこと
もあります。また、「家族の方がついてきておられま
したよ」という情報なども届き、それらを集めていく
と、患者さんの一側面でない全体像が見えてきて、この
人は何で困っているのかが見えてきます。この辺のと
ころが一番大きな議論となりました。精神科の先生よ
りも看護師さんのほうが意外と患者さんの実際を見て
いて、精神心理的な問題を捉えていることも多いです。
小川───そのとおりで、多くの職種の方々からの総合
的な見方が必要なのでしょう。細川先生のご意見はい
かがですか?
細川───今の話に近いのですが、痛みを訴えることで
のみ周辺との会話や関係が成立している患者さんも多
くいます。痛みがあるから家族が病院についてきてく
れる。痛みがあるから周りが話を
聞いてくれる。つまり痛みが日常
のひとつになっているのです。こ
れも慢性疼痛の一つの側面ですが、
そういう患者さんでは、話を聞いて
あげて、「大変ですね」という傾聴
気味の会話をして、そしてやはり
“定期的”に来てもらう、こういっ
た症例は先ほどの“治癒”症例だ 細川 豊史
と思います。一番困るのは、若くて本人は仕事をした
いのに痛くてできないというケースの慢性疼痛です。
特に多いのがFBSS(failed back surgery syndrome)
です。軽い急性腰痛で急性期だったのに、腰部椎間板
ヘルニアや分離辷り症が見つかったため、手術でよく
なると言われて手術されて、その後余計に調子が悪く
なったというケースです。
かと思えば、VAS(Visual Analogue Scale)はい
つも100で、痛くて全く食べられないといいながら、
ちっとも痩せないで、帰りにレストランでほかの患者
集学的治療
小川───有難うございます。今までの切り口ではなく
て、基礎から出てくるデータを含めながら新しい切り
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さんと食事してデパートで一緒に買い物をして帰ると
いう人もいたりします。看護師さんが他の患者さんか
ら聞きこんでくるのですが。
小川───ペイン・クリニックの領域ではまだまだ集学
的治療が出来ていないと思うのですが、その中でも集
学的な考え方を意識して診療をやらなくてはいけない
と思います。今の状態を少しでも集学的なものに近づ
けるには、何が足らないか、どうしたら良いかというこ
とについてご意見がございますか。
細川───リハビリテーションでずいぶん良くなった方
が多くいらっしゃいます。しかし、今は、このような
リハビリテーションは健康保険でカバーできないの
です。例えば、研究レベルで研究費を出して、リハビリ
テーションによる治療を外来や1泊2日の泊まり込みで
やっている施設などもあるのですが、その結果はもの
すごく良いのです。でも、あくまでも研究レベルなの
で、そこに患者さんを送って誰でも治療してもらえる
かというと、そうはいかない。日本は高い水準の医療
の殆どすべてを保険でカバーできている世界に誇るべ
き国民皆保険制度を持つ国ですが、集学的という考え
を、この健康保険制度の中にどうやって植えつけてい
くかが今後の課題です。ドイツでもリハビリテーショ
ンやプールで泳いだり、シャワーで水をかけるなどの
治療をmultidisciplinaryにやっていますが、経費は全
部保険外です。アメリカなどでもmultidisciplinaryが
進んでいると言われますけど、そこで診てもらえる患
者さんは本当に少なく、国民のほんの一部の裕福な方
だけです。そのようなシステムと日本の国民皆保険で
できる治療とを並列に論じることは出来ないと思い
ます。例えば私自身、腰が悪くて足が痛いので、当然毎
日マッサージしてもらえれば絶対に良いわけですが、
それが医療なのかというと異論があります。リハビリ
テーションも慢性疼痛には良いのは分かっているので
すが健康保険、または医療としての位置づけをどうす
るかが問題です。厚生労働省は、まず無理だと言うで
しょう。一般に反対の多いいわゆるダブルスタンダー
ド、混合診療を持ち込まないと、保険の中でやることは
非常に厳しいです。
小川───世界に冠たる保険制度を持っている日本であ
りますが、
逆にそういうところにはなかなか入っていけ
ないところがあるかもしれません。
牛田 ───私たちの痛みセンターを
含めいくつかの所で考えていこう
としていることは、とりあえず集学
的に考えて、看護師さんや理学療法
士の方などいろいろな職種の方が
みんなで集まるといろいろな知恵
が出てくる、いろいろな見方も出
る、そういったチームでやったこと
牛田 享宏
でどういうoutcomeが出たのかという評価だけは少な
くともするべきです。イギリスなどではそうしている
ようで、イギリスも基本的に皆保険ですので、単一診療
科で診ているのとグループでディスカッションして診
ているのとでは、サーベイなどで差が出てきています。
今後は、そこに問診や評価などにもコストをかけて、別
の部分のコストを落とすなどをしなくてはいけないの
ではないかと思います。
小川───確かにinterdisciplinaryですと、一つの科にか
かって、また次の科にかかればそれぞれの科において
費用は取れます。Multidisciplinaryな方法で一人の患
者さんにいろいろな科の先生が同時にかかわってもそ
の先生方全員に診療報酬が払えないところも問題かな
と思います。野口先生、もしそういうことになると、検
査などについても基礎と臨床の両方で一緒に出来るか
なという気がするのですが、multidisciplinaryにどう
でしょうか?
野口───日本だけでなく世界中どこでもそうなのです
が、痛みの基礎研究を行っている人の9割以上が医者
ではありません。ラボのトップには勿論MD/医師が
いますが、実際に研究しているのはほとんど医者では
なく、臨床経験がありません。その結果、ある程度の
ギャップが存在しており、あくまでピュアなサイエン
スを目指す方向性が臨床の求める方向性とずれている
可能性が存在します。ただ、アメリカのしっかりした
ところはそういうギャップを埋めるための努力をし
ている所です。例えば、University of California, San
FranciscoのAllan Basbaumのラボでは、自分の教室の
ポスドクなりPh.D.をペイン・クリニックに連れて行く
のです。“See patients”、患者さんを見なさいと言うの
です。ドクターが診察している場面を見学すること
が極めて大事なのだと教室の若い人々に指導してい
ます。そうすることで自分たちが行っている基礎研究
の目標なり目的を理解させて、その後ドクターの話を
聞いたり、ディスカッションする。また患者の話も聞
ける。こうした教育がラボの方針で、すばらしいなと
思います。出来れば自分の教室でも同様の試みを行っ
てみたいと思っていますが、なかなかお互い忙しくて
実現できていません。意識の中では持っているのです
が・・・。そういうことでよく指摘される基礎研究と
臨床とのギャップといいますか考え方の違いを埋めた
いと思っていますが、違いがあることも知らない研究
者もいらっしゃいます。ギャップがあるのを知った上
で研究するのとそうでないのとでは全く違いますの
で、是非こうした体制作りも行って行きたいと思いま
す。
小川───非常に重要な部分をご指摘いただきました。
Multidisciplinaryな診療の中にそういう面も含んでく
ると、精神科や心理社会療法士のほかにも、多くの考え
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方を持った方々が入ってくるのではないかと思ってお
ります。
とです。これが、副作用が出てくる原因でもあります。
プロスタグランジンE1、E2のレセプターのアンタゴ
ニストも臨床で使えなかったのは、このためだったと
記憶しています。ひとつの機序が示された受容体が見
つかったときには、生体の中では同じレセプターが関
与する別の機序もあるだろうということを認識してお
かなくでは、症例数の多い臨床現場では特に問題にな
ります。
小川───野口先生、基礎の立場から今のお話はその通
りだという感じですか。
野口 ───そうですね。私自身自分の教室で研究を推
進するのに加えていろいろな企業
の研究者とお話をしますが、やはり
お互いに侵害受容系を特異的に阻
害するものをターゲットにしたい
という認識があります。私の教室
では10年来シグナル伝達系の研究
をやっていますが、これは基本的に
どこにでもあるもので、これはター
ゲットにならないと最初からあき 野口 光一
らめていますし、企業からもターゲットにしようとは
言ってきません。DRG(dorsal root ganglion;後根
神経節)や脊髄にあるものをターゲットにしたいと思
いますが、そう都合よくターゲットが見つかるかとい
うとそうではありません。あるタイプのナトリウム
チャネルが侵害受容系を特異的に阻害するということ
で、世界中で研究されています。企業の研究者の研究
結果は、世界中でなかなか表に出てきませんので、具体
的な進捗状況の把握は難しい所です。
小川───牛田先生のところでは実際によく使われる鎮
痛剤についての問題点とかはいかがですか。
牛田 ───私は脊椎外科をやってきていますので、私
たちのところはfade backみたいな方が多いのです。
Fade backを見てみると、ひとつは脊椎固定術をした
後の別の椎間のところの問題とか、筋肉が痩せている
ために起こってくる問題だとか、手術をすると電気メ
スなどを使うので必ずdenervationが起こっており、神
経障害性の要素は100%出てきていると考えてよいと
思います。最近出てきている薬でいうとプレガバリン
もそうですし、オピオイド系もそうですが、これらが著
効する方もおられる訳で、これらをどういう風に使っ
ていくかというのが現在我々の持っている課題です。
特に脊髄が悪くなっている人にそういう薬が入ると、
痛みが取れても動きにくいだとかふらつきが出るな
どのために転び易くなったりしますので、基礎の先生
や薬を開発する方々にお願いしたいのは、体中にレセ
プターはありますが、ドラッグデリバリーを応用して
specificな場所、specificなターゲットに到達する方法
を開発していただければもう少し良い方向に行くのか
治療薬の選択
小川───ここで話を変えさせていただきますが、慢性
疼痛に対する治療薬を選択するという面において、ペ
イン・クリニック領域での現状はいかがでしょう。ひ
と頃よりはかなり進んできたと思うのですが。
細川───先ほど症状とマッチングする薬を探していく
というお話がありました。慢性疼痛では、痛みの発生
機序、原因はたくさんあります。当然その機序、原因に
マッチした薬を使いたいと思うのですが、機序と原因
が多様なので、慢性疼痛の特効薬がひとつ出て、すべて
が治るということは今後もなさそうです。野口先生が
おっしゃっておられましたが、基礎では機序になりそ
うなもの、もしくはなっている可能性のあるものをす
でに多く示していただいているのですが、臨床の場で
現実に慢性疼痛の患者さんの中の何%が、ある機序に
よる痛みを持っているのかということが市場では大き
な問題になってきます。例えばプレガバリンが帯状疱
疹後神経痛の患者さんの55%~ 65%くらいに効いて
いることから、帯状疱疹後神経痛の患者さんでCaチャ
ネルα2-δサブユニットが原因になっているのが55%
~ 65%くらいだろうということが逆に分かってきた
わけです。企業ベースで考えると、例えば50 ~ 65%な
ら企業ベースに十分乗るのですが、5%では企業ベー
スに乗らないし治験もできず新薬開発は難しい。現場
では5~ 10%の効果でも十分使える欲しい薬剤なの
ですが。
小川───時間と費用がかかりますからね。
細川 ───同じneuropathic painといっても、連続的に
ある痺れ痛み、連続的な痛みと発作痛とが混ざる、また
発作痛だけなど症状はいろいろです。たぶん連続的な
痛みはCaチャネルが関係しているし、発作痛はNaチャ
ネルが関与している。そういう機序から同じ抗てんか
ん薬でも使い分けをしている。またほぼ完全に感覚神
経の麻痺は起こっているのに、痛みだけがあるという
いわゆる求心路遮断痛は、圧倒的に三環系抗うつ薬の
効果が高いです。このタイプの痛みは三叉神経を熱凝
固したケースなどでは、よく見られます。胸部交感神
経節ブロック時に肋間神経にアルコールが流れてしま
い、しびれているけれど痛いというケースなども同じ
です。このように症状や原因から薬を選択することも
大切なのですが、このごろは疾患で薬を選んでしまう
施設や医師が多いようです。もうひとつは、痛みに関
係した受容体拮抗薬に関してです。痛みに関与する受
容体が生体の他のところでは痛みとは関係のない違う
働きをしていることがしばしばあるであろうというこ
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なと思います。
小川───本当に必要なところに必要な薬がきちんと行
くというデリバリーの問題もあるかもしれませんね。
先ほど細川先生が三叉神経痛にプレガバリンはあまり
効かないけれど抗痙攣薬のカルバマゼピンは良く効く
とおっしゃっていましたが、その差は何かというとこ
ろがまだ良く分かりません。少しずつチャンネルが違
うだろうということも分かってきているようですが、
基礎の部分では良くあることなのでしょうか。
野口 ───三叉神経痛と普通のneuropathic painのメ
カニズムの違いを明確に調べたという基礎研究があ
るかどうかは分かりません。逆にいうとneuropathic
modelの研究が1988年に報告されたCCIモデルかそれ
と同様のモデルで行われていますが、ヒトにおける細
かい違いを解析する動物モデルは存在しません。ただ、
動物モデルの間でも微妙に症状が違います。例えば
CCIモデルとSNIモデルとSeltzerモデルでは症状が微
妙に違います。それがうまくヒトの症状に合えばよい
のですがそう簡単なことではありません。しかし、そ
の動物の違いから何かヒントが得られたら良いとは思
いますが、まだきれいな答えは得られていません。例
えば最近流行の脊椎グリア細胞の関与は、機械的なア
ロディニアとかパレステジア(parasthesia)のほう
が重要であり、温痛覚の異常には関係ないだろうとい
う仮説があります。
小 川 ───“ い た み ” と 言 う と た っ た3文 字 で す が、
NSAIDsとプレガバリンとオピオイドでほとんど片が
つきそうだという印象があるのですが、まだまだ分か
らないというところが本音ではないかと思います。そ
こが新しい薬や新しい方法が待たれる理由なのでしょ
う。
ですが、わずかな人に効くという薬も必要となってき
ます。今後エコファーマには期待しています。それと
先ほど野口先生がおっしゃったように神経も敏感な神
経とそうでない神経とがある。例えば顔面神経という
のは、簡単に麻痺が起こるし簡単に痙攣も起こす。顔
面神経痙攣を起こした患者さんがdecompression(減
圧)手術をされると痙攣は治ったが麻痺になったなど
も珍しくない。体幹では横隔神経がそれで、これも簡
単に麻痺も痙攣(しゃっくり)も起こす。このため、
がんの患者さんには難治性の“しゃっくり”が多くて、
結構つらくて苦しいものです。
小川───有難うございました。牛田先生、同じような
話題ですが、エコファーマだとか薬の使い方について
はいかがですか。
牛田───以前私もエコファーマには興味を持っていろ
いろやってきたのですが、実際的に効果があるという
ケースは確率的には低いと思っています。エコファー
マというのは一部の薬が作用的にこのような作用があ
るというのですが、今のところはエビデンスに基づい
てやっていく、先にエビデンスを作ってからメカニズ
ムも考えるほうが結果的に先回りにはなるのかなと
思ったりしています。細川先生の例で足がつる、お腹
がつってシャックリが出るということですが、腰の手
術をしている人は足がつることが多いです。もちろん
いろんな要因で、つるということ一つを取ってみても
ナトリウムチャネルの問題からカルシウムチャネルの
問題から、いろいろなものが絡むので、意外と漢方の薬
が効いたりするのは有名なことですし、実は薬ではな
くてある種のイオン系の飲み物で劇的に良くなる人も
います。年をとってくると細胞外液量も減ってきます
から、細胞の興奮性も実は変わっているのではないか
と思いながらいろいろ治療しています。エビデンスを
作るにあたって、まずは工夫しながら情報は共有して
いくと良いと思っています。
エコファーマ
小川───もうひとつは、
企業の方は、重要な病気であっ
ても患者が少ないところにはお金を出さないようです
が、エコファーマという考え方も出てくると思います。
神経障害性疼痛に効果があるとされるミノマイシンな
ど細川先生使われますか?
細 川 ─── ミ ノ マ イ シ ン はCIPN(Chemotherapy
Induced Peripheral Neuropathy)発生予防に期待さ
れていますが、使ったことはありません。企業にとっ
ては効果が高く治る患者さんが特に対象になります
が、効果10%以下という薬は治験では多分効果なしの
部類に入るので、上市されないのですが、ペインクリニ
シャンにとっては、ある薬が慢性疼痛の10人に1人効く
というなら、これは十分使える薬です。プレガバリン
やオピオイドのように多くに効くものももちろん重要
情報収集
小川───ある人には意外な薬が劇的に効くことがあり
ますが、そういうのはたまたま効いたのではなく、何か
痛みの機序に見合ったものがあったのではと思いま
す。そのような情報を集めるのが今後の慢性疼痛治療
のひとつの方法だろうと思うのですが、どのような方
法がよろしいのでしょうか。
牛田───今日お集まりの先生方は大体同じような学会
に入っておられ、少しずつ横のつながりがようやく出
来かかってきたところと認識しています。学会が一部
の患者会とだけくっついているのは良くないと思いま
すが、患者会をある意味束ねたようなものを作って、そ
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ういうところと大きな学会とが連携していくと次の薬
や治療の芽が出来てくるのかなと思っています。例え
ば、脊髄損傷患者の会と日本脊髄基金が結びついてい
たり、脊髄空洞症のグループもありますので、そういっ
たグループと連携していくようなネットワークを、学
会などを核として作っていけばよいと考えています。
国がそういうネットワークなどを作るのをバックアッ
プするのは去年から厚生労働研究では挙がっています
し、私たちも提案してみたのですが、先に進むのはなか
なか難しいところがあります。しかし、学会レベルで
提案すればacceptされやすいと思います。
小川───同じようなご質問ですが、
細川先生、慢性疼痛
薬などについてどのようにしたらよりよい情報があ
がってくるか、お考えをお聞かせください。
細川───“神経障害性疼痛”や“慢性疼痛”に関して
は、その言葉に包含される疾患が多すぎて、今のお話の
ように“慢性疼痛の友の会”などを判定対象とする
と疾患や病態がごちゃ混ぜになってしまい、学問的に
は意味をなさなくなってしまします。でも、“脊髄損
傷の会”や“脊髄空洞症の会”、“post stroke painの
会”などのように診断がはっきりしている病気と病態
の患者さんの会ならば、お互いに患者さん同士で話し
合って貰って、そこから上がってくる症状や経過を聞
くだけでも随分メリットがあります。治療の効果や症
状の話には、おそらく共通点が出てきますので、今後そ
のようなアプローチを重ねていきその内容を評価する
ことは、臨床的にも学問的にもとても大切と思います。
PHN(post-herpetic neuralgia)と糖尿病性ニューロ
パチーも確実な診断ですので、同じ意味がありますが、
それ以外の神経障害性疼痛疾患では、さまざまな病態
や違う疾患が入り込むので難しいですね。
小川───分かりました。野口先生にもお聞きしたいと
思うのですが、先生方がいろいろ研究なさっていて、良
い基礎研究の結果が出たからこれを上手く治療に使い
たいと思われる場合があると思いますが、それをうま
くやる方法についてご意見をお伺いしたいと思いま
す。
野口───それが基礎と臨床のギャップといわれるとこ
ろだと思います。いろいろな基礎研究のデータを出し
て、すぐに患者さんの治療に使えればそれはすばらし
いことなのですが、当然のことながら動物に使ってい
る試薬を人間に投与できるわけがありません。ですか
らその間には必ず製薬企業での新薬の開発という10
年、15年かかるようなステップが入るわけです。です
から、その大きなギャップを何とかしたいという考え
から井上先生がおっしゃるエコファーマが出てきたと
思います。企業の方と数多く話をしていて、企業の研
究者は全世界の基礎研究のことをサーベイしておられ
るようです。実質的には企業の方がギャップを埋める
役割を果たしておられます。ただ、普通に基礎研究だ
けをやっているとなかなか企業の研究者との接点が見
えてこないし、さらに臨床とのつながりが見えてこな
い研究室が多いのかなという感じがします。
小川───最近の基礎的な研究で侵害刺激によるグリア
の活性化というのがありますが、例えばその場合でも
局所麻酔薬を投与すればグリアが動かないのではない
かなどとか、昔から行っている治療なども再評価して
も良いのではと考えたわけです。
そろそろ終わりの時間も近づきました。最後に、ア
メリカでは慢性疼痛による経済的損失が7兆から8兆円
だということですが、牛田先生、岐阜で調査されたとか
…。
牛田 ───尾張朝日で2,000人位をターゲットにして調
べてみると、全国では200万人位が1週間以上休んでい
るというデータが出て、一人1万円稼いでいたとして計
算すると1兆数千億円の損失になります。それと、家族
の負担だとかを加えるともっと大きな数字になると思
います。
小川 ───先生のこの間のご発表では約2兆円近い経済
的損失になりますので、そういうことも含めて今後慢
性疼痛について集学的を含めいろいろな切り口から研
究を進めていくことが治療に貢献するのではないかと
思っております。本日はまことにありがとうございま
した。これで本日の座談会を終わります。
この座談会は平成24年9月12日に行われました。
牛田 享宏 うしだ・たかひろ
愛知医科大学 医学部 学際的痛みセンター 教授
香川県生まれ
高知医科大学大学院 医学研究科 博士課程修了
博士(医学)
専門は整形外科、運動器疼痛
細川 豊史 ほそかわ・とよし
京都府立医科大学 疼痛緩和医療部 部長
疼痛緩和医療学講座 教授
京都府生まれ
京都府立医科大学 医学部卒
医学博士
専門は疼痛学、緩和医療学、麻酔科学
野口 光一 のぐち・こういち
兵庫医科大学 解剖学講座 神経科学部門 主任教授
大阪府生まれ
大阪大学大学院 医学研究科修了
医学博士
専門は疼痛科学
小川 節郎 おがわ・せつろう
日本大学 医学部 麻酔科学系 麻酔科学分野 主任教授
東京都生まれ
日本大学 医学部卒
医学博士
専門は麻酔科学、疼痛学
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JANUARY
2 013 / HUMAN SCIENCE
TOPIC/ SC IENC E
慢性疼痛発生メカニズムと創薬ストラテジー
熊本保健科学大学 大学院保健科学研究科 教授
吉村 惠
れにともなう情動変化がみられない。すなわち、加え
られた痛みについて述べることは出来るが、ときには
微笑みを浮かべながら話し、怒りや抑うつなどの情動
的な変化があらわれないことが紹介されている。この
事は痛みには他の感覚と同様に、痛みの情報を正確に
大脳皮質に伝える役割に加えて情動の面の2つの異な
る変化をひき起こすことを意味している。慢性疼痛時
にみられる症状は、おそらく情動系における変化を反
映したもので、もし情動系への入力がなければ痛みは
あったとしても病院を訪れることは少なくなるのでは
ないかと想像される。もしそうであるとすれば創薬の
観点からのアプローチとして考えられるのは、一般的
には①末梢からの過剰な、または間違った感覚情報入
力の抑制、②そのことによる脊髄内での可塑的変化の
抑制、③下行性痛覚抑制系の賦活であるが、それらに加
えて④情動面へのアプローチも考慮すべきである。慢
性疼痛の発生が神経再生過程の何らかの不整合によっ
て引き起こされると考えるなら、対症療法としての治
療はともかく、その原因療法として再生過程を抑制す
る、またはコントロールすることは困難であるか、また
はより複雑な症状を引き起こす可能性もあろう。しか
し、将来的な慢性疼痛の治療目標は、メイヨークリニッ
クにおられた丸田俊彦のいう「症状はあっても病院
に行かず普通の生活をおくる」(痛みの心理学、中公
2)
新書)ことであるとすれば、情動系に働く薬物の開発
も一つの重要なストラテジーとなると考えられる。
1─はじめに
感覚情報は内・外界の変化をとらえ生体の恒常性を
保つため、また適切な行動を起こすなど重要な役割を
果たしている。感覚情報のなかでも痛みは他の感覚と
異なり、生体の防御や警告システムとしての働きがあ
り、必要欠くべからざるものといえる。それゆえに痛
みを伝える神経系は系統発生の早い段階であらわれ生
命維持に貢献してきた。このことが逆説的に慢性疼痛
の発生に大きく関わっている可能性がある。すなわち
生体は痛み情報が必須であるため、様々な可塑的な変
化を起こしてでも情報を得ようとする。そのため痛み
を主として伝える無髄のC線維や脊髄回路は容易に可
塑的な変化を起こす。末梢神経や中枢神経で観察され
た可塑的な変化は興味あることに生後発達のそれと類
似している。このことは再生のためにはいったん発達
期の状態に戻り、生後発達と同様な経過を経て正常な
状態に戻るのではないかと推測される。ところがその
再生過程が何らかの点で発達過程のそれとは異なって
おり、そのことが慢性疼痛の発生原因の一つとなって
いると思われる。もう一つ慢性疼痛の発生に関して考
慮すべき点として情動系の関与がある。痛みの情報は
大脳皮質体性感覚野に運ばれるものと辺縁系に運ばれ
るものの2系統があるが、前者は痛みがどこに、どのく
らいの強さでなど他の感覚と同じような情報を運んで
いると考えられるが、辺縁系への入力は痛みにともな
う情動的な変化に関与している。この2つの系のなか
で辺縁系が慢性疼痛に関連したさまざまな行動変化に
対して主たる役割を果たしているとする多くの観察結
果がある。その一つにラマチャンドランの著書である
1)
「脳の中の幽霊、ふたたび」 に取り上げられているあ
る患者の観察記録がある。患者は辺縁系の一つである
島と呼ばれる部位に損傷があり、扁桃核との連絡回路
が切断されている。そのため前帯状回に情報が送られ
てこない。この患者は痛みを感じる事は出来るが、そ
2─慢性疼痛の発生機序
慢性疼痛の発生部位として現在考えられているの
は、①感覚受容体、②感覚神経、③脊髄後角、④大脳皮質
体性感覚野、それと、⑤辺縁系が挙げられる。
1)感覚受容体の感作
これに関する代表的な研究結果として富永ら3)によ
るTRPV1受容体の感作があげられる。炎症部位には
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TOPIC/ SC IENC E
起こすことが報告されている6)。本来、感覚情報は隣の
線維に乗り移ることはないが、脱髄が起こったときに
はephapseを形成するため情報の漏れが見られる。す
なわち、Aß線維によって運ばれる触情報が痛みを伝
えるC線維などに混入する。これは末梢におけるアロ
ディニアの一つのメカニズムと考えられる。ここで付
け加えておきたいのは、末梢におけるアロディニアの
発生機序の一つとしてephapseの形成は妥当なもので
あり、よく説明できるが、他の多くの原因によって発生
するものを厳密な意味でアロディニアとすることには
異論があるであろう。筆者はアロディニアの定義とし
て本来痛みをひき起こさない刺激で痛みが惹起される
現象を考えている。例えば帯状疱疹後神経痛などで見
られる、軽い触刺激が痛みをひき起こすなどである。
しかし、多くの場合刺激に対する閾値の低下も含めて
アロディニアと評価されることが多い。TRPV1受容
体の感作では閾値は変化しているものの、同一の刺激
で、同一の受容体が活性化され、同一の神経線維によっ
て情報は運ばれる。それゆえこの現象は痛覚過敏とす
るべきであろう。アロディニアの定義について強調す
るのは、その発生には痛覚過敏と全く異なる発生機序
が関与しているからである。末梢における何らかの原
因によって発生する変化をアロディニアとするにはよ
り慎重であるべきであろう。
3)脊髄後角における可塑的変化
これについては既に多くの報告、総論が書かれてお
り詳細についてはそちらに譲り、ここでは脊髄後角に
おいて可塑的変化がおこる必然性、またはその理由に
ついて筆者の意見を述べるにとどめたい。
筆者らはラットまたはマウスの脊髄スライスに後
根を付した標本やin vivo 標本を用い、脊髄後角からの
パッチクランプ記録を行ってきた。実験には成熟ラッ
トのみならず幼若ラットや慢性疼痛モデルラットを用
いて解析を進めてきたが、それらの研究を通して得ら
れた結果から筆者の考えを紹介したい。それは慢性疼
痛モデルに見られる脊髄後角の可塑的な変化は、幼若
期の回路に相似していることである。一例をあげると、
坐骨神経切断モデルなどでみられるAß線維の軸索発
芽である。このモデルについてはWoolfらが免疫組織
学的な方法で得られた結果を報告しているが 7)、その
結果には疑問点が指摘された。それは坐骨神経切断に
よって染色されるのが有髄の神経だけではなく無髄の
C線維も染色されることが明らかにされ、軸索発芽は
Aß線維からのものではなく、もともと脊髄表層に終末
しているC線維を染めたものであるとの疑問である。
このことは妥当な問題提起であるが、WoolfらはAß線
維から細胞内記録も併せて行い、Aß線維の脊髄内分
布を見て、後角表層にAß線維の一部が軸索発芽してい
ることを報告している。筆者らの電気生理学的実験で
様々な炎症関連物質が放出されるが、富永らはATPや
プロスタグランディンによってTRPV1受容体陽性神
経終末に発現しているATPやプロスタグランディン
受容体が活性化され、PKCによるTRPV1のリン酸化
によって温度に対する閾値がドラスティックに変化す
ることを見いだした。すなわち、本来ならば43℃以上
で活性化されるのが体温に近い、36 ~ 37℃でも活性
化されることを示した。これは熱刺激がなくても体温
によって活性化され、痛みが持続することを示唆する。
筆者らは末梢に発現した受容体のみでなく、中枢側に
発現しているTRPV1も末梢の炎症によって活性化閾
値温度が低下することを見いだした(未発表)。中枢
側に発現するTRPV1受容体の機能的意義については
全く知られていなかったが、末梢の炎症によって閾値
が下がり、38℃でも活性化される実験結果を得ている。
この体温は例えばインフルエンザに罹患したときには
一般的に観察される体温である。インフルエンザに罹
患したときの症状として筋・関節の痛みがあるが、こ
の原因の一つとして中枢側のTRPV1の活性化による
可能性もある。しかし、いまのところ何らサポートす
る実験結果や臨床データはない。
2)感覚神経における変化
感覚神経における発生機序としていくつか挙げら
れるが、よく知られている機序としてNa+チャネルの
発現変化が挙げられる。例えば末梢神経が損傷される
と、正常ではNav1.7が主たるチャネルであるが、胎生期
や幼若期に多く発現していたNav1.3の量が増大してく
る。このNav1.3はNav1.7と比較すると活性化閾値が
低く容易に活動電位を発生する。また、同時にC線維
に多く発現していたNav1.8やNav1.9などのテトロド
トキシン抵抗性のNa+チャネルの減少も報告されてい
る。これらの変化に加えてNa+チャネルの発現量の増
大も報告されている。活動電位の発生がNa+チャネル
とK+チャネルの密度に依存しており、これらの変化が
異所性活動電位の発生に関与している可能性が高い。
筆者らのグループは骨粗鬆症治療薬のひとつであるカ
ルシトニン製剤がこれらのNa+チャネルの発現変化を
抑制することを観察している4)。一方、糖尿病性ニュー
ロパシーや炎症時にはNav1.7が有意に増大することが
報告されている5)。ここで紹介したNa+チャネルの変
化による慢性疼痛の発生は、新しい鎮痛薬開発の一つ
のターゲットとされている。
次にあげられる原因として脱髄によるものがある。
多発性硬化症は中枢神経線維の多発性脱髄疾患で、多
くの場合増悪期には痛みを訴える。末梢においても
脱髄による疼痛の発生が報告されている。それは生
物 活 性 脂 質 で あ るlysophosphatidic acid(LPA) が
末梢神経の脱髄を起こすとともに脊髄におけるPKC
isoformの増加とカルシウムチャネルsubunitの変化を
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も正常ラットと比較して有意な数のAß線維が膠様質
細胞とシナプスを形成していることを報告している8)。
Woolfらの報告では相当数のAß線維が軸索発芽してい
ると報告しているが、筆者らの結果では10%くらいの
Aß線維が膠様質に入力していた。Woolfらの結果とは
数値の違いはあっても基本的な点、すなわち坐骨神経
切断によって軸索発芽が起こることに関しては正しい
と言える。
ここで見られたAß線維の膠様質への軸索発芽の原
因または意義について考察してみたい。筆者の考えは
次の様な実験結果から得られたものである。幼若ラッ
トを用いた実験では、Aß線維の膠様質への入力はモ
デルでなくとも20 ~ 30%の細胞で見られた。一方、成
熟ラットでは3%の細胞でしか観察されなかった。す
なわち幼若期においては膠様質には多くのAß線維が
入力しており、発達に伴いAß線維の退縮またはアポ
トーシスが起こり、膠様質への入力が減少する。この
退縮には無髄C線維の発達による膠様質細胞との緩徐
なシナプス形成が関与している可能性がある。成熟
後に坐骨神経を切断したときにはC線維の変性が起こ
り、膠様質から脱落していく。その脱落を補うためAß
線維が再び軸索発芽を起こして膠様質に侵入するので
はないかという考えである。このような神経損傷に伴
う可塑的な変化については神経 ‐ 筋シナプスにおい
て詳細に研究されている。一本の筋線維は複数の運動
ニューロンからの支配を受けているが、発達に伴い運
動線維の脱落が起こり単一の運動ニューロンによって
支配されるようになる。ここで神経を切断すると筋線
維は再び複数の運動ニューロンから一時的な支配を受
け、回路の再生に伴って単一運動ニューロンからの支
配に変わる。つまり再生は生後発達を繰り返すことと
なる。このことは多くの標本でも観察されており、一
般的に受け入れられている考えである。運動系におい
ては回路の再生に伴い機能の回復がみられるが、感覚
回路においてはこの再生過程は一つの問題を引き起こ
すのではないか、すなわち慢性疼痛である。恐らく再
生過程が何らかの点で発達期のそれとは異なっている
ため痛みが惹起されるのではないかと考えられる。こ
の可塑的な変化は他のモデルにおいても観察される。
たとえば慢性炎症モデルにおいても同様の変化がみら
れる。また最近のグリア細胞が関与する細胞内塩素濃
度の逆転などである。これらの結果から全てとは言え
ないまでも、再生過程は発達過程を繰り返すという考
えは、感覚系においてもある程度普遍的な現象ではな
いかと思われる。もし、それが正しいとすれば、いかな
る点が生後発達のそれと異なっているのかなどを明ら
かにしていく必要がある。可塑的な変化には神経栄養
因子、特にBDNFの産生と受容体の発現が重要である
ことが報告されている。BDNFの働きを抑制すること
や受容体であるTrkBをブロックすることによって可
塑的な変化を阻止することが出来ることも報告されて
おり、上記の考えをサポートするエビデンスであろう。
鎮痛薬という観点からみるとターゲットの一つと思わ
れるが、神経栄養因子またはその受容体に作用するこ
とは、いろいろな付随的な作用も考慮しなくてはなら
ず、未だ十分な情報が蓄積されているとは言えない段
階であろう。
4)大脳皮質体性感覚野
幻肢または幻肢痛はおそらく大脳皮質体性感覚野
や、より高次の感覚連合野が密接に関与しておこる感
覚異常と考えられる。幻肢に関しては先天的に四肢の
一部を欠損した人でも起こることから、体性感覚に関
与した脳の部位には遺伝子的に体の地図が既に形成さ
れているものと考えられる。幻肢痛では本来入力すべ
き感覚情報が入らず、そのため感覚入力のなくなった
部位は他の領域からの入力を誤って処理するようにな
る。つまり、感覚回路の再マッピングまたはクロス配
線が形成されるのではないかと推測されている。おそ
らくなくなった腕を視覚的には知覚しているが、脳に
は欠損した腕のイメージが存在しており、両者の間で
の乖離がトリッガーになり痛みが発生しているのでは
ないかと考えられる。この考えから鏡を用いた実験が
試され、それまで動かす事が出来なかった幻肢が動く
のを感じる、また、痛みの発作を訴える患者ではそれを
抑制する事が出来たとする報告がされた。すなわち視
覚からのフィールドバックによってクロス配線が一時
的に解除され、それによって痛みの発作を抑える事が
出来たと推測される。この結果から全ての幻肢痛の患
者を痛みから解放すること出来るとは考え難いが、少
なくとも大脳皮質の感覚野や連合野における感覚情報
処理の異常がその発生に密接に関与している可能性は
高い。
5)辺縁系における情報処理
「はじめに」で述べたように痛みは感覚としての面
と情動の面の2つをもっている。ラマチャンドランら
の注意深い観察に加え、いくつかのサポーティブなエ
ビデンスが報告されている。例えば犬を生まれてすぐ
に親から離し、マットで覆った犬小屋で痛みとは無縁
の飼育をする。この様な環境で育った犬にバーナーを
みせると好奇心から鼻を近づけるが、反射でバーナー
から飛び退く。しかし、再び鼻を近づける行為を繰り
返すことが知られている。バーナーを一時的に避ける
のは反射的な行動である。しかし、この犬は今まで痛
みを経験したことがなく、本来は母犬または飼い主の
反応や声からバーナーに鼻を近づけることが危険なこ
とであり、恐怖心、つまり情動的は反応を引き起こすべ
きことを学んでいない。そのためくり返しバーナーに
鼻を近づけるのであろう。人においても発育期に転倒
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し、膝を打って出血していても周囲から全く無関心な
態度で接しられると、成熟してから情動面での異常が
見られるようになる事がある。これは例えひどい痛み
があったとしても適切な情動表現ができず、痛みを訴
えても他人事のように話し深刻な印象を受けない。時
には笑いながら痛みを訴えるなどの情動的な異常を示
す。逆にあまりにも周囲の反応が過剰であったときに
は、発育に伴い痛みにたいして極端な反応を示す事が
報告されている。これらの観察結果から、痛みによっ
て引き起こされる反応のうち、痛みの発生部位やその
程度、どのような痛みかなどの感覚としての面は生来
的に賦与されている感覚であろう。一方、情動的な変
化は発達段階で次第に獲得されていくものと考えられ
る。読者の殆どは何らかの痛みを抱えて生活をされて
いるものと想像するが、痛みが少し強いときには湿布
や痛み止めの薬を服用することで何とかやり過ごし、
毎日仕事や家事を果たし、通院することは少ないので
はないかと推測される。痛みのため病院を訪れる患者
の大半は、痛みに伴う情動的な変化を意識にあがるか
あがらないかを問わず持っており、通院をしなければ
生活に支障を来す。これらの事はもし痛みの情動面を
薬物や何らかの方法をもってコントロールすることが
できれば、痛みがあったとしても日常生活を続けて行
くことが可能と思われる。
今までの情動に関わる前帯状回を対照とした基礎
的な研究で、慢性疼痛モデルでは長期増強(long term
potentiation; LTP)が惹起されることが報告されてい
る9)。発育期に獲得された情動変化、恐らく島皮質から
扁桃体を介し前帯状回に至る新たな機能的回路形成が
何らかの関与をしていると推測されるが、慢性疼痛時
における情動変化にはLTPが何らかの役割を果たして
いる可能性がある。しかしながら、このLTPという現
象は中枢神経系内の多くの部位で観察される現象であ
るため、また類似の発生メカニズムを共有しているた
め、辺縁系のみをターゲットとした創薬は相当の困難
を伴うことが容易に想像できる。痛みに伴う情動変化
についての基礎的な研究は緒についたところで、将来
的には様々なアプローチが可能になるものと期待され
る。
3─さいごに
慢性疼痛の発生機序について各論というより総論を
中心として筆者の考えを述べてきたが、創薬の観点か
ら少しでもヒントになれば幸いである。Gabapentin
やpregabalinなどの鎮痛薬が開発されて以来、新規の
効果的な鎮痛薬は開発されておらず、癌性疼痛や神経
因性疼痛などの難治性疼痛で苦しむ多くの患者の存在
を考えると、一時も早い新しい鎮痛薬の開発がまたれ
る。
参考文献
1) V. S. ラマチャンドラン. 脳のなかの幽霊、
ふたたび. 角川書店、2009 年
2) 丸太俊彦. 痛みの心理学、中公新書、1989
3) Tominaga M, Wada M, Masu M. Potentiation of capsaicin in
receptor activity by metabotropic ATP receptors as a possible
mechanism for ATP-evoked pain and hyperalgesia.
Proc Natl Acad Sci USA, 98(12): 6951-6956, 2001.
4) Ito M , Takeda M , Yoshimura T, Komatsu T, Ohno T,
Kuriyama H, Matsuda A, Yoshimura M. Anti-hyperalgesic
effects of calcitonin on neuropathic pain interacting with its
peripheral receptors.
Molecular Pain 8: 42, 2012
5)
Black J, Frézel N, Dib-Hajj S, Waxman S. Expression of
Nav1.7 in DRG neurons extends from peripheral terminals in
the skin to central preterminal branches and terminals in the
dorsal horn.
Molecular Pain 8: 82, 2012
6) Inoue M, Rashid MH, Fujita R, Contos JJ, Chun J, Ueda H.
Initiation of neuropathic pain requires lysophosphatidic acid
receptor signaling.
Nat Med 10(7): 712-718, 2004
7) Woolf CJ, Shortland P, Coggeshall RE. Peripheral nerve injury
triggers central sprouting of myelinated afferents.
Nature 355(6355): 75-78, 1992.
8) Okamoto M, Baba H, Goldstein PA, Higashi H, Shimoji K,
Yoshimura M. Functional reorganization of sensory pathways
in the rat spinal dorsal horn following peripheral nerve injury.
J Physiol. 532(Pt 1): 241-250, 2001.
9)
Zhuo M. Cortical excitation and chronic pain.
Trends Neuroscience, 31(4): 199-207, 2008
吉村 惠 よしむら・めぐむ
熊本保健科学大学 大学院保健科学研究科 教授
福岡県生まれ
久留米大学 医学部卒
久留米大学大学院 博士課程修了
医学博士
専門は神経生理学
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TOPIC/ SC IENC E
痛みと痒みの脳内認知機構
自然科学研究機構 生理学研究所 統合生理研究系
感覚運動調節研究部門 教授
総合研究大学院大学 生命科学研究科 教授
柿木 隆介
1─はじめに
ヒト脳内での痛みと痒みの認知機構の研究は、極め
て重要なテーマであるにもかかわらず、種々の技術的
困難のために遅々として進まなかった。ヒトを対象と
する場合、非侵襲的検査を用いなければならないこと
が最大の理由である。しかし、近年の科学技術の急速
な進歩により、従来から行われてきた脳波に加え、ポジ
トロン断層撮影(PET)、機能的磁気共鳴画像(fMRI)
及び脳磁図を用いた研究発表が増加してきた。脳磁図
は時間分解能が高いため初期反応の時間的情報を得る
のに適しており、fMRIは空間分解能が高いため詳細
な活動部位の解析に適している。本稿では、痛みと痒
みに関連する脳活動に分けて、脳磁図とfMRIを用いた
著者らの最近の研究成果を紹介したい。
2─痛みの脳内認知機構
1)脳磁図を用いた研究
先ず、Aδ線維を上行するfirst painについてまとめ
る。最近著者らは表皮内の自由神経終末(痛覚刺激
を受容する)だけを選択的に刺激する方法、皮内電気
刺激法(Intra-Epidermal Stimulation、IES法)、を考
案したので本稿ではこれを用いた研究を紹介したい1)。
IES法は、針の部分が約0.2mmの押しピン型電極を用
いて表皮内を電気刺激(0.5ms、0.1 ~ 0.3mA)する方
法で、表皮内に位置する自由神経終末を選択的に刺激
することができる。自由神経終末が表皮内に分布する
のに対し、触覚に関わる機械受容器は表皮最深部もし
くは真皮に分布するためである。従来から行われてい
るレーザー光線を用いた方法に比し、特殊な機器が必
要では無いこと、電気刺激であるのでtime-lockが非常
に良いこと、刺激電極が表皮内にとどまるため、刺入時
の痛みや出血がほとんどないこと、などの長所があり、
今後は広く普及していくことが予想される。
手背刺激により約100ミリ秒を頂点とする微弱な活
図1 Aδ線維を上行する信号による脳磁図反応
(SI、SII、島、前部帯状回および内側部側頭葉の活動)
上段二つのトレースが記録磁場波形、下段7つのトレースが各信号源の
活動時間経過を示す。c:刺激対側半球、i:刺激同側半球、MT:内側
部側頭葉(文献1より引用)
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動がSI領域に認められる(図1)1)。触角刺激に対するSI
反応に比べて反応が非常に小さい。おそらく主に刺激
部位の同定のみに関わっていると考えられる。このSI
初期成分に続いて、約20ミリ秒遅れてSIIが活動を始め
る。両側反応であり、刺激同側の反応が10 ~ 20ミリ秒
遅れる。SIIの活動と平行して島の活動(両側性)が
見られる。従って視床−SI−SIIの経路と、これとは別
の視床−島の経路が存在することになる。それぞれの
機能についてはまだ明らかにされていないが、異なる
役割を担っているものと考えられる。例えばSIIに病
変のある患者では刺激が痛みであることが判別できな
いのに対し、島に病変のある患者では、刺激が痛みであ
ることはわかるにもかかわらずそれに応じた情動反応
や刺激部位を刺激から遠ざける行動が欠落している。
従ってSIIは侵害性刺激の性質認知に関わり、島はその
情動的認知に関わるのではないかと推察される。
刺激後200 ~ 300ミリ秒の脳活動を解析すると、前部
帯状回と内側部側頭葉(MT、扁桃体、海馬を含む)に
活動が推定される(図1)1)。前内側部側頭葉の活動は
島の活動の頂点付近で開始しており、またこの部位は
島からの強い投射を受けていることから、我々は、視床
−島−前部帯状回及び前内側部側頭葉の経路を推定し
ている。視床−SI−SIIの経路が刺激のdiscriminative
な側面(刺激の部位、強さ、種類)に関わり、視床−島
−前部帯状回及び前内側部側頭葉、の経路が情動面や
刺激に対応する行動に関わるのではないかと考えられ
る。痛覚情報処理経路を二分する古典的な概念に従え
ば、前者がlateral systemに、後者がmedial systemに相
当する。
次にC線維を上行するsecond painについて述べる。
C線維の特徴として、Aδ線維に比して興奮閾値が低
く末梢皮膚での受容体密度がはるかに高いことがあげ
られる。最近私達は、特殊なアルミニウム製の薄いプ
レートを作成した。これは、厚さ0.1mmで、プレート中
央部の25mm四方の部分に、1mm毎に縦横26列の小さ
な穴(直径0.4mm、面積0.125mm2)を穿ったものであ
る。これを皮膚上においてレーザー光線を照射するこ
とにより、容易にC線維を選択的に刺激することが可
能となった2,3)。計算された末梢神経伝導速度は約1 ~
2m/秒であり、脊髄伝導速度は約1 ~ 4m/秒であった。
なお、特殊な針電極(ES電極)を用いた実験に関して
は既述したが、最近我々はさらに研究を進めており、
C線維を選択的に刺激できるようになった4)。現在、実
用化に向けて準備を進めている。
脳磁図記録では、ほぼAδ線維刺激による場合と類
似の反応を示し、SI、SII-島、帯状回、内側部側頭葉
(MT)の活動が見られた。もちろん伝導速度が遅い
ため初期反応の頂点潜時は約750ミリ秒とかなり長い。
C線維刺激による脳波、脳磁図反応の特徴的な変化は、
覚醒度の変化と注意効果による変化が極めて大きいこ
とである。この結果は、second pain、すなわち内臓痛
やガン痛に対して心理療法の効果が大きいことを示唆
する興味ある所見である。
2)fMRIを用いた研究
記述した刺激方法を用いて、Aδ線維とC線維を記
録し、事象関連fMRIを記録した5)。驚くべき事に、C
線維刺激による場合の方がAδ線維刺激時よりも活
動が大きかった。2種類の刺激に対して共通して活
動する部位は、両側の視床、SII、右側の中部島、両側
のBrodmannの24/32野(pACCが主)であり、これら
が痛覚刺激に対して常に活動する部位と考えられた
(図2)。次に2種類の刺激間に有意な差が見られた部位
を解析したところ、右側半球のBrodmannの24/32/8
野(aACCの背側とpre-SMA)と両側の島前部におい
て、C線維刺激の場合に有意に活動が大きいことがわ
かった(図3次頁)。second painに関連すると考えられ
るC線維刺激に対してpACCの背側の活動が有意に大
きい、という結果は、second pain認知がfirst pain認知
よりも情動に関係が強い事を示唆している。
最近、私達は、情動と痛覚認知に関してfMRIを用い
て研究を行っている。例えば、実際に痛みを与えられ
なくても、注射のような“痛そうな画像”を見ただけ
でも、pACCと島が活動する事を明らかにした6)。こ
れは「心の痛み」と「実際の痛み」は辺縁系では同じ
ように活動する事を示しており興味深い。また、瞑想
中には痛みを感じないヨガの達人では、瞑想中に痛み
刺激を与えても、視床、SII、島、帯状回の活動は見られ
ず、前頭葉、頭頂葉、中脳に活動が見られた7)。これらの
部位、特に中脳は下行性痛覚抑制系に重要な部位と考
えられており、ヨガの達人では、瞑想中は何らかの機序
図2 Aδ線維刺激とC線維刺激に共通して有意差を示した部位
左の図の3本の垂直線は各々の冠状断面を示す(文献5より引用)
Th. =視床、SII =第2次体性感覚野、Ins. =島、pACC = 前帯状回の後
方部、Mid. Ins. =島中央部
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TOPIC/ SC IENC E
により下行性痛覚抑制系が最大限に活性化されるた
めに、痛みを感じないのだろうと推測した。
3)その他の最近の研究
痛覚認知に関しては、上記のようなイメージングを
利用した研究以外にも、最近、いくつかの興味ある知
見を得ている。そのうちのいくつかを簡単に紹介し
たい。
触覚刺激が痛覚認知を抑制するという、いわゆる
gate control theoryは、発表当初から、その責任部位に
関して議論が続いてきた。提案者であるMelzack &
Wallは脊髄を責任部位としているが、我々は脳磁図を
用いた詳細な研究により、大脳皮質が責任部位だと考
えられる結果を得た8)。
動物実験では、脊髄視床路のpathwayが複数あるこ
とが報告されてきたが、ヒトでは証明されていなかっ
た。脳磁図を用いた実験により、ヒトのAδ線維を上
行する痛覚信号を伝導する脊髄視床路のpathwayに
は少なくとも2種類があり、伝導速度は約17m/秒のも
のと、約10m/秒のものがあることを証明した。前者
は第1次体性感覚野に到達し、後者はシルヴィウス裂
周辺に到達すると考えられる知見を得た9)。
動脈の圧受容器が痛覚認知に影響するか否かを、痛
覚関連誘発脳波を用いて解析した。収縮期には脳波
の振幅は拡張期よりも有意に低下している事がわか
り、動脈の圧受容器が痛覚認知に影響を及ぼすという
仮説が立証された。これは英国バーミンガム大学と
の共同研究の成果である10)。
ヒ ト で の 痛 覚 認 知 に お け るposterior parietal
cortex(PPC)の役割について、SIとSIIの活動との
関連を含めて詳細に解析した。PPCの活動はおそら
くSIの活動に引き続いて現れ、PPCの中でもinferior
parietal lobule(BA40)が痛覚認知に重要であるこ
とを発見した11)。
喫煙(ニコチン)には鎮痛効果があることが、動物
実験では推測されていたが、ヒトでは未だ証明されて
いなかった。我々は、痛覚関連誘発脳波を用いて、血
中ニコチン濃度、自覚的な痛みの程度などを詳細に解
析した。すると、喫煙(ニコチン)はAδ線維を上行
するfirst painに対しては有意に鎮痛効果を示したが12)、
C線維を上行するsecond painに対しては無効である
ことがわかった13)。世界で初めて明らかにされた興味
深い結果であった。
3─痒みの脳内認知機構
私たちの最近の研究で明らかになった痒みの脳内
認知機構について概説する。
ヒスタミンなどの掻痒物質がC線維を刺激すると、
その情報が、脊髄視床路を介して、脳へ伝達される。
さらに、その情報は様々な脳部位で情報処理を受け、
“痒み”という感覚がつくり出される。これまでの
PETやfMRIを用いた研究から、前頭前野、帯状回、島、
体性感覚野、運動関連領域(運動野、運動前野、補足運
動前野)、頭頂葉、線状体、視床、小脳などの脳部位が、
痒み刺激によって活動することが明らかとなった14)。
これらの脳部位は、痛み刺激によっても活動すること
から、痒みと痛みの脳内メカニズムは多くの類似点を
もつと考えられている。刺激が加わった身体部位や
その強さの認知は、主に、SIとSIIが関係すると考えら
れている。頭頂葉や運動関連領野の活動は、痒みを感
じる身体部位を把握し、掻きむしることによって痒み
を取除こうとする運動準備を反映すると考えられる。
また、痒みや痛みによって生じる不快感は、主に、前部
帯状回や前部島が関係すると考えられている。たい
へん興味深いことに、後部帯状回と後部島は、痛みよ
りも痒みに対してより強く反応することが報告され
ている14)。また、これら脳部位の神経活動は痒みの主
観的スコアと有意な相関関係を示したが、痛みではそ
のような相関関係を示さなかったという報告もある15)。
PETやfMRIを用いた脳機能画像研究は、どの脳部
位が痒み刺激によって活動するかを明らかにした。
しかしながら、それら同定された脳部位がどのような
機能的なつながりをもっているのか、すなわち、痒み
の脳内ネットワークについてはほとんどわかってい
ない。痒みの脳内ネットワークを捉えるためには、
ミリ秒単位で脳内の神経活動を計測する必要がある。
時間分解能が分あるいは秒単位のPETやfMRIではそ
のような計測は不可能であるが、脳波や脳磁図であれ
図3 C線維刺激による活動がAδ線維刺激による活動より
有意に大きかった部位
両側の島全部、帯状回前部とpre-SMAに有意差が見られた(文献5より
引用)
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TOPIC/ SC IENC E
ばミリ秒単位で脳活動を計測することができる。痒
みの脳機能画像研究で主に用いられているヒスタミ
ンでは、短時間に数十回の痒み刺激を繰り返し与える
ことは極めて困難である。最近になって、Ikomaらが
皮膚に電気刺激を与えることで痒みを誘発する刺激
法を確立した16)。この刺激法の場合、1秒程度の短い
痒みを誘発することができるため、短時間に痒み刺激
を繰り返し与えることができる。そこで、著者らは、
この方法を応用して痒み電極を作成し、通電性痒み刺
激に伴う脳反応(痒み刺激誘発電位)が計測できる
のかどうかを、脳波を用いて調べた。手首刺激時と前
腕前面刺激時の頂点潜時は、それぞれ、963 ミリ秒と
772 ミリ秒であった。頂点潜時の時間差と、手首と前
腕前面の距離から、通電性痒み刺激によって生じる痒
みの伝導速度を推定した。その結果、約1m/秒である
ことがわかった17)。一般的なC線維の伝導速度が0.4 ~
2.0m/秒であることから、生理的な痒みと同様に、通電
性痒み刺激による痒みの情報がC線維によって伝達さ
れることが明らかとなった。さらに、著者らは、痒み
の脳磁図とfMRI実験を行い、痒みに関係する脳部位の
活動をミリ秒単位で計測した18)。MEG実験で計測さ
れた痒み刺激に関連する脳磁場反応(痒み刺激誘発
磁場)は、両側の前頭-側頭領域と頭頂-後頭領域に認
められた。両側の前頭-側頭領域の磁場反応は、主に、
SIIや島(SII/島)の神経活動に関係し、頭頂-後頭領
域の磁場反応は楔前部の活動に関係することが、脳磁
図とfMRIデータの解析で明らかになった。
痛み刺激によっては楔前部の活動はみられない。
痒みの脳磁図実験で観測された楔前部の活動は、この
部位が痛みよりも痒みに選択性をもっていることを
暗示している。磁場反応の頂点潜時を脳部位間で比
較した検討から、刺激対側のSII/島の潜時は同側SII/
島の潜時よりも有意に短いことがわかった18)。この
時間差は、脳梁を介した刺激対側SII/島から刺激同側
SII/島への情報伝達に要した時間と考えられる。この
結果から、視床-刺激対側SII/島-刺激同側SII/島と
いった神経ネットワークの存在が示唆された。また、
楔前部の潜時は刺激対側SII/島と刺激同側SII/島の中
間であった。解剖学的な線維連絡を考慮すると、楔前
部の活動は、視床-刺激対側SII/島-刺激同側SII/島
とは別の、独立した神経ネットワークを形成している
可能性がある。
からである。
謝辞
本研究に協力いただいた多くの研究者に感謝する。
特に、本教室の乾幸二博士と望月秀紀博士に深謝した
い。
参考文献
1) Inui K. et al. Neuroscience 120: 235-248, 2003.
2) Kakigi R. et al. Clin Neurophysiol 116: 743-763, 2005.
3) Kakigi R. et al. Neurosci Res 45 : 255-275, 2003.
4) Otsuru N. et al. Open Pain J 2: 53-56, 2009 (Online Journal).
5) Qiu Y. et al. Cereb Cortex 16: 1289-1295, 2006.
6) Ogino Y. et al. Cereb Cortex 17: 1139-1146, 2007.
7) Kakigi R. et al. Eur J Pain 9: 581-589, 2005.
8) Inui K. et al. Cereb Cortex 16: 355-365, 2006.
9)
Tsuji T. et al. Pain. 123 : 322-331, 2006.
10) Edwards L. et al. Pain 137: 488-494, 2008.
11) Nakata H. et al. Neuroimage 42: 858-868, 2008.
12) Miyazaki T. et al. Brain Res 1313: 185-191, 2009.
13) Miyazaki T. et al. Open Pain J 2: 71-75, 2009 (Online Journal).
14) Mochizuki H. et al. Pain, 105: 339-346, 2003.
15) Mochizuki H. et al. NeuroImage 36: 706-717, 2007.
16) Ikoma A. et al. Pain, 113: 148-154, 2005.
17) Mochizuki H. et al. Pain, 138: 598-603, 2008.
18) Mochizuki H. et al. J Neurophysiol 102: 2657-2666, 2009.
4─おわりに
柿木 隆介 かきぎ・りゅうすけ
痛みや痒みの研究はこれまでは末梢受容体と脊髄
レベルでの動物実験が主流であったが、今後はヒト脳
内での認知機構の研究がより盛んになっていくもの
と思われる。痛みや痒みの認知は極めて主観的であ
り、ヒトを対象としなければ理解が困難な点が大きい
自然科学研究機構 生理学研究所 統合生理研究系
感覚運動調節研究部門 教授
総合研究大学院大学 生命科学研究科 教授
福岡県生まれ
九州大学 医学部卒
医学博士
専門は神経内科学、神経科学
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痛みに関する教育と情報提供システム
大阪大学大学院 医学系研究科
疼痛医学寄附講座 教授
柴田 政彦
筆者らは平成23年度から3年間の計画で、厚生労働省
の「慢性の痛み対策研究事業」の一つとして「痛みに
関する教育と情報提供システムの構築に関する研究」
に取り組んでいる。この研究事業は、平成22年度9月に
厚生労働省健康局から出された「今後の慢性の痛み対
策について」という提言をもとに始まったものである。
今回研究班を代表し、本研究の背景、理念、内容につい
て解説する。
による緩和医療教育への取り組みによって大きな進歩
が見られた。しかし、がん以外の痛みについて取り上
げられる機会はほとんどなかった。医療者は資格を
取った後も痛みについて学ぶ機会が少なく、患者から
の痛みの訴えに対して、個々の判断や属する組織の習
慣に従って対応してきたのではないだろうか。痛みに
関して系統だった講義を実施するには、まず教材作り
から始めなければならない。
2)米国での医療用麻薬による社会的混乱からの教訓
「痛みの緩和は患者の権利であり、痛みを訴える患者
に注意をはらうことは医療者の責務である」という考
え方は正しい。しかし1990年代後半から米国を襲った
医療用麻薬による社会的混乱は、この言葉の裏側に難
しい問題が含まれていることを示している。従来から、
「痛みがある患者に医療用麻薬を使っても依存はおき
ない」と考えられてきたが、長期使用による意欲の低
下や認知機能障害、過量服薬による死亡例報告などが
あいついだ。アメリカ国内では医療用麻薬の問題は深
刻で、事後対策に追われているという。がん患者など、
生命存続の危険を意識せざるを得ない状況では、麻薬
性鎮痛薬の長期使用が問題になることは非常にまれで
ある。しかし、例え強い痛みがあっても、その原因がが
んではなく生命の危険と無縁な患者においては、鎮痛
目的で処方された医療用麻薬が依存や嗜癖をまねく例
が少なくない。また、親に処方された医療用麻薬を子
供が内緒で服用し、薬物依存の引き金になった例も多
いという。米国でのこのような悲劇は我々に重要なこ
とを教えてくれた。痛みの医療は例え患者の痛みの緩
和のために行われても、正しい情報をもとに適切に実
施されない限り重大な問題を引き起こし、被害は本人
だけではなく家族や社会に対しても及びかねないので
ある。痛みの医療が益と害の二面性を有していること
は、後述するように麻薬の問題に限られたことではな
い。我々は、痛みに対する正しい知識や考え方を医療
者をはじめとする多くの人々や、社会全体に広く知っ
1─背景と理念
1)痛みと医療・痛み教育の現況
ヒポクラテスの時代には痛みを緩和することが医療
の主な目標だったという。検査法の乏しかったこの時
代には、主観的な痛みが病状を示す重要な指標として
扱われていたようだ。現代の医療においては検査法が
進歩し、診断や治療は患者の主観ではなく、所見や検査
結果などの客観的な指標に基づいて行われるようにな
り、医療の原点である「痛み」という症状はいつしか
医療の対象として重視されなくなった。しかし、「死
ぬのは仕方がないが痛いのだけは何とかしてほしい」
と考えている人は多く、3年毎におこなわれる厚生労
働省の調査でも、腰痛や肩こりをはじめ頭痛、関節痛な
ど痛み関連の症状を有する人は多く、国民の関心事で
あることに疑いの余地はない。痛みは単に煩わしいだ
けではなく、重症例では痛み自体が精神的な負荷とな
り、人生そのものを大きく損なうことさえある。医療
者は、患者から痛みの訴えを聴く機会が当然多いのだ
が、痛みについて学ぶ機会は意外に少ない。現状の医
学教育での痛み関連の講義を列挙すると、解剖学での
痛覚伝導路、薬理学で鎮痛薬、内科学での腹痛の鑑別診
断、神経内科学で頭痛、麻酔科学でペインクリニック、
緩和医療などであろう。このように、痛みについての
知識は断片的であり、系統だった講義を実施している
教育機関は未だ少ない。がん性痛の教育に関しては、
がん対策法の制定とそれに続くPEACEプロジェクト
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てもらうことが重要だと考えている。
3)痛みの個人・家族・職場・社会への影響
痛みは本人だけの問題にとどまらず、家族にも負担
となる。疫学調査によると、慢性痛は家族内の発生頻
度が高いという。言い換えると、家族の中に慢性痛患
者がいるとその配偶者や子供たちも慢性痛になる危険
が高くなる。このことは、慢性の痛みが器質的な原因
だけでおこるのではなく、遺伝的素因や行動の学習な
ど複数の要因が関与していることを示している。2011
年に米国商工会議所が日本人を対象に実施した調査に
よると、痛みによる社会的損失は、精神科疾患に次いで
二番目に多く、がんや心臓病以上だったという。痛み
によるコストは治療にかかる医療費だけでなく、休業
や休職、生産性の低下など、間接的なコストが莫大であ
ることが分かってきた。痛みは、日常の診療において
は、医師と患者の1対1の関係の中で扱われているが、社
会的な広い視点から「コストの一要因」として考える
必要がある。このような視点は重要だが、今まであま
り取り上げられたことがなかった。今後、医療界だけ
ではなく産業界や行政も痛みに対する理解を深める必
要がある。
4)痛みに対する正しい理解と適切な対応
実際の診療の場において、痛みは適切に評価され治
療されているのだろうか?痛みに対する知識と経験の
不足から、不適切な診療が行われている例は多い。個
人的な経験から例を挙げる。開胸術後に心窩部の痛み
が続き、開胸術後肋間神経痛の診断で他院の胸部外科
より長期間消炎鎮痛薬を処方され、痛みが寛解しない
ため紹介受診された患者さんがいた。痛みについて詳
しく聴取すると、食事と関連する深部の痛みで内臓由
来の痛みと判断した。診察すると皮膚感覚に異常はな
く、肋間神経の損傷を疑わせる所見はなかった。内視
鏡検査の結果胃潰瘍が見つかり、その治療とともに痛
みも消失した。痛みの原因は神経損傷によるのではな
く胃潰瘍だったのである。消炎鎮痛薬によって悪化さ
せていた可能性が高い。この例とは逆に、腎癌術後に
おこった遷延性の側腹部痛に対してCTや腹部エコー
などさまざま検査を施行されたが異常なく、痛みの原
因不明で紹介受診された患者さんがいた。痛みのお
こった経過や知覚低下、アロディニア領域の存在から、
手術によって肋間神経が損傷されたことによる神経障
害性疼痛であると容易に診断できた。これらの例のよ
うに、検査を重視するあまり、痛みの原因を知るための
問診や理学的所見が十分確認されず、誤った診断から
不適切な治療を施されている患者は少なくない。その
他、壮年期の非特異的腰痛に対して心理社会的背景を
十分に評価せず腰椎固定術を施行し却って痛みへの囚
われを強める結果となる例や、痛みの訴えに対して身
体的な評価しかなされずにうつ病など精神科疾患を見
逃され、治療の機会を得られずに数年間過ごした例も
珍しくない。医療者の痛みに対する正しい知識や情報
の不足が好ましくない結果に結びついた事例は、多く
の医療機関を受診された後に我々の施設に紹介されて
くる典型的な患者像の一つなのである。身体的要因と
心理社会的要因に加えて、痛みの難治化の3大要因の一
つに「痛みに対する不適切な診療」が挙げられる。我々
は、医療者や一般人に対する痛みに対する正しい知識
の普及や医療システムの整備によって、慢性痛への移
行を抑制できると期待している。
5)患者からの痛みの訴えに対する状況判断
患者から痛みの訴えがあった場合に、医療者の対応
の方向性を決めることは重要である。患者が医療現場
で痛みを訴える状況を次の4つの場合に分類できる。
それぞれふさわしい対応が異なる。
①痛みを手掛かりに診断することが必要な状況
②原因は既知で治癒とともに痛みの消失が予想されるが、痛
みそのものに対して鎮痛が必要な状況(例:術後急性期
の痛みなど)
③がんに伴う痛みに対する緩和医療が必要で、月単位(まれ
に年単位)の鎮痛が必要な状況
④非がん性慢性痛で痛みの緩和だけではなく、痛みによる活
動への影響を検討し、総合的判断が必要な状況
②の急性痛は大抵の場合、最終的に治癒とともに痛
みも消退する。痛みが強い間、薬剤や神経ブロックな
どにより積極的に除痛を図るのが基本的な考え方であ
る。③のがんに伴う痛みの場合、生命の存続に不安の
ある心理状態での痛みであり、麻薬性鎮痛薬を含め手
厚く積極的に痛みを緩和することが重要である。④の
非がん性慢性痛に該当する病態は多岐にわたる。腰痛、
頭痛、関節痛など頻度の高いもの、複合性局所疼痛症候
群や線維筋痛症など、比較的まれではあるが原因が解
明されておらず治療抵抗性のものなどである。非がん
性慢性痛は完全な痛みの消失を期待することが困難な
場合が多く、治療方針そのものが医療者、医療機関、診
療部門ごとに異なる。腰痛など頻度の高いものは本来、
運動療法など自己管理で予防することが望ましい。難
治性の痛みの診療は、器質的な身体的側面からだけで
はなく、神経障害性疼痛の可能性や精神科疾患合併の
有無、心理社会的要因による病状の修飾などを総合的
に評価したうえで、患者ごとに適切な治療や対応法を
提供し、効果を見ながら修正するという念入りで高度
な診療を必要とする。
医療者は改めて教育されるまでもなく、たいていの
場合患者の痛みの訴えを適切に判断し対応していると
思われるが、状況の判断を誤ったために悲惨な結果に
至る例も少なくはない。病態や状況によってふさわし
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い治療が異なることを学習できる教育体制づくりが必
要である。
み、地域単位での痛み関連研修会の開催や院内研修会
の開催なども少しずつ行われるようになってきてい
る。また一方、市民公開講座の開催、痛み関連の出版物
やホームページなど種々の媒体を介した一般人向けの
痛み関連情報の発信が増えつつある。しかし、対象に
応じた教育内容の策定や使用する教育資材の作成、普
及活動など取り組むべき課題は多い。
2─対象
今まで述べてきたように、痛みに関する教育の対象
者は、医師、歯科医師、薬剤師、リハビリ療法士、看護師
などの医療者、及びそれぞれの職種の学生、患者、一般
市民、マスコミ、医療関連企業の職員、医療や教育と関
連のある行政、痛み関連の基礎研究者など非常に多岐
にわたる。それぞれの背景や役割、知識や目標に差が
あり、教育の問題は長期的な視点から総合的に考えて
いく必要性がある。平成23年度から厚生労働省の慢性
の痛み対策研究事業の一つとして「痛みに関する教育
と情報提供システムの構築に関する研究」が始まった。
本研究班ではまず、医療系学生の教育プログラムを作
成し、広い視野から痛みに対する標準的な考え方をま
とめ普及させることを目的とした。平成24年度には「痛
みの教育コンテンツ」と題したパワーポイントスライ
ド180枚余りからなる講義用教育資材を作成し、自由に
ダウンロードできるシステムを構築した。さらに歯学
部教育用、リハビリ療法士教育用、薬学部教育用の教材
を本年度中に作成する予定である。これらの教育コン
テンツは医療系学生に対する教育に用いることを想定
して作られたが、院内セミナーでの使用など医療者へ
の教育にも活用できる。
近年、痛みについての教育の重要性が認識されるよ
うになり、各痛み関連学会での教育への取り組みが進
3─教育用コンテンツの内容およびダウンロード方法
教育用コンテンツの内容は、痛覚の基礎医学的知識
に始まり、定義、分類、評価法、代表的疾患、治療法など
から構成されている(図1)。痛みに対して幅広い見識
を有する各方面の専門家の努力によって完成した。内
容の正確さとわかりやすさの両立は困難で、教材作成
は容易なことではなかった。既存の出版物ではあまり
触れられてこなかったが、今後重要になると予想され
る項目として以下の項目を取り上げた。「痛みと心理」
「プラセボ効果」「治療上の3つの場面」「痛みの疫学」
「痛みによる社会的コスト」「非特異的腰痛」「線維筋
痛症やCRPSなど疾患概念や治療に関して専門家の中
でも意見の集約が未だ困難な病態」「非がん性疼痛と
がん疼痛 の治療上異なる点」
「痛みと精神的問題」
「リ
ハビリテーション」「慢性痛に対する集学的アプロー
チ」などである。細かい知識の集積ではなく、痛みに
ついての適切な考え方を理解できるよう工夫した。講
義やセミナーでの使用を想定し、使用にあたっては、個
人の責任のもとに一部だけの使用や改変も許可し、ダ
図1 痛みの教育用コンテンツ内容(例)
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ウンロードの権限に制約はない。スライド内容の補足
のため、パワーポイントのノート機能を活用し、必要に
応じて個々のスライドの内容に解説を加えている。改
善すべき点は多数あり、今後システムに内蔵されたア
ンケート機能によって教育コンテンツ使用者からの批
判を受け、改訂する計画である。現在1,000件以上ダウ
ンロードされており、ダウンロードした人の職種は医
師をはじめ、リハビリ療法士、薬剤師、看護師、企業研究
者、医療系教育機関の教員などである。診療科として
は麻酔科、緩和医療に携わる医師、整形外科、神経内科
などが多い。リハビリ療法士、緩和医療に携わる医師
以外の医療者のダウンロードも多い。
ダ ウ ン ロ ー ド 方 法 は https: //www.itamikyouiku.jp/
contents.php に ア ク セ ス し( 図2)、
“ 公 開ID : socgt2”
と入力し、利用に関する規定その他に同意すると登録
情報入力画面になる。必要事項を入力するとダウン
ロードできるURLを記載したメールが届く。ダウン
ロードコンテンツは17.93MB、スライド188枚からなる
パワーポイントファイルである。このシステムは、平
成21・22・23年度 文部科学省特別経費「医療安全能
力向上のための効果的教育・トレーニングプログラ
ム開発事業」により、国立大学法人大阪大学医学部附
属病院中央クオリティマネジメント部が、企画設計を
行った「医療安全教育用コンテンツ提供システム」を
基本に開発した。
長浜宗敏氏初め関連各位に感謝する。
痛みの教育コンテンツ製作協力者
柴田政彦
池本竜則
井関雅子
井上 玄
今村佳樹
岩田幸一
牛田享宏
大島秀規
沖田 実
(大阪大学大学院医学系研究科疼痛医学寄附講座)
(愛知医科大学運動療育センター)
(順天堂大学医学部麻酔科学・ペインクリニック講座)
(北里大学医学部整形外科/北里大学東病院)
(日本大学歯学部口腔診断学講座)
(日本大学歯学部生理学教室)
(愛知医科大学学際的痛みセンター)
(日本大学医学部機能形態学系生体構造医学分野)
(長崎大学大学院医歯薬学総合研究科リハビリテー
ション科学講座運動障害リハビリテーション学分野)
亀田秀人
(慶応義塾大学医学部リウマチ内科)
川真田樹人 (信州大学医学部麻酔科蘇生学講座)
小山なつ
(滋賀医科大学生理学講座統合生理学)
住谷昌彦
(東京大学医学部附属病院麻酔科・痛みセンター)
竹下克志
(東京大学医学部附属病院 整形外科)
竹林庸雄
(札幌医科大学整形外科)
中塚映政
(関西医療大学保健医療学部 疼痛医学分野)
中村雅也
(慶応義塾大学医学部整形外科)
平田幸一
(獨協医科大学神経内科)
細井昌子
(九州大学病院心療内科)
三木健司
(尼崎中央病院整形外科)
宮岡 等
(北里大学医学部精神科)
宮地英雄
(北里大学医学部精神科)
矢谷博文
(大阪大学歯学部統合機能口腔科学専攻顎口腔機能 再
建学講座)
山下敏彦
(札幌医科大学整形外科)
横山正尚
(高知大学教育研究部医療学系医学部門麻酔科学 集中
治療医学講座)
和佐勝史
(大阪大学医学科教育センター)
長櫓 巧
(愛媛大学医学部麻酔科蘇生科)
和嶋浩一
(慶応義塾大学医学部歯科口腔外科学教室)
4─まとめ
医療において「痛み」への対策は重要であるが十分
ではない。今後の発展にとって、痛みに関する知識を
医療者をはじめとして多くの人々に普及することが基
礎となる。手始めとして医療系学生用教育を目的とし
た痛みの教育コンテンツを作成したので紹介した。
本教育コンテンツの作成およびシステム構築に尽力
いただいた、研究班の研究分担者、大阪大学医学部附属
病院中央クオリティマネジメント部中島和江准教授、
柴田 政彦 しばた・まさひこ
大阪大学大学院 医学系研究科
疼痛医学寄附講座 教授
兵庫県生まれ
大阪大学大学院 博士課程修了
医学博士
専門は麻酔学
図2 痛みに関する教育コンテンツ提供システムのホームページ
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医療費・薬剤費の動向と医薬品産業の課題
− 今後の政策動向と求められる企業の対応 / 研究開発の方向性 −
慶應義塾大学大学院 経営管理研究科 教授
中村 洋
医薬品産業は規制産業であることから、医療費・薬
剤費の動向などの外部環境変化を背景にした政策に大
きな影響を受ける。
以下では、注目すべき外部環境変化を取り上げ、今後
の政策動向と求められる企業の対応ならびに研究開発
の方向性について考察を行う。
GDP比は200%超(2011年)で、先進国最悪の状況で
ある(図2横軸を参照)。深刻な状況が伝えられているギ
リシャやスペインよりも、日本政府の財政状況は悪い。
したがって、医療費に対する財政支出拡大についても
多くは望めない状況が今後も続く。
3)今後も増大する医療費上昇圧力
一方で、今後も医療費の上昇圧力は増大する。その
要因の一つは、高齢化の進展である。これから人口減
に直面する日本でも、高齢者人口は伸び続ける。一人
あたりの医療費は、高齢者の方が若年層より高いため、
高齢者人口の伸びとともに医療費が増え、それをより
少ない現役層で支えなければならない構造が続く。
第二の上昇圧力要因は、満たされない医療ニーズの
存在である。ヒューマンサイエンス財団が定期的に発
表している資料によれば、満足できる治療法がなく有
効性ならびに安全性が高い医薬品があまり存在しない
疾病領域が、まだまだ多く存在する注1)。そのような「満
たされない医療ニーズ」向けの医薬品に対しては、研
1―注目すべき外部環境変化
1)GDPの伸びの低迷
日本における名目GDP(一定期間内に国内で産み
出された付加価値)は1990年代以降停滞している。図1
からは、経済の規模を示す名目GDPの変化率と、国民
医療費ならびに介護費の変化率がほぼ連動しているこ
とが読み取れる。したがって、高い成長が今後望めな
い日本において、医療費・介護費の伸びが抑制される
ことがうかがえる。
2)厳しい財政制約
日本の政府の借金(一般政府債務残高)の対名目
点線は、
OECD
図1 名目GDPの変化率に連動する医療費の変化率
図2 経常収支赤字、財政収支赤字の国際比較
26
JANUARY
2 013 / HUMAN SCIENCE
T O P I C /A R T I C L E
究開発促進のため薬価は高めに設定せざるを得ない。
その結果、薬剤費の高騰を通じて、医療費の上昇につ
ながりかねない。
4)続々と上市する高薬価の医薬品
上記の議論に関連し、高額な薬価が算定される医薬
品が目立つようになってきた。その背景として、製薬
企業によるオーファンドラッグへの取り組み、満たさ
れない医療ニーズの高い疾病への取り組み、抗体医薬
など製造コストの高い医薬品への取り組みなどが挙
げられる。ただ、高額な医薬品の上市が続けば薬剤費
高騰の要因となり、医療保険財政の持続可能性への懸
念が高まる。そのため医薬品などの費用対効果に関
する議論が活発化している。
5)医薬品の急増する大幅な輸入超過
先程、日本政府の財政状況はギリシャより悪いと述
べたが、ギリシャのような信用不安に陥っていない理
. . . .
由として、日本は国として借金をしていない(つまり、
日本は持続的な経常収支黒字国である)ことが指摘
できる(図2縦軸参照)注2)。したがって、日本が信用不
安に陥らないためには、財政収支の赤字幅縮小ととも
に、経常収支の黒字の維持が不可欠となっている。
しかし、経常収支の大きな柱である貿易サービス収
支は、震災、円高ならびにタイ洪水などの影響で、昨年
から赤字に転落している。また、別の柱である所得収
支(主に、国境を越えた投資収益の収支)は黒字を維
持しているが、投資の源泉である国内の貯蓄が高齢化
の進展で今後減少することが予想され、中長期的には
懸念材料となる(実際に、2012年9月には、一時的な
要因とはいえ経常収支が季節調整済で赤字に転落し
た)。
その中で、2011年の医薬品の貿易赤字幅は1.4兆円
で、しかもその赤字幅は急増している(図3参照)。日本
の貿易収支の赤字幅(同年)が1.6兆円であるため、そ
の額がいかに大きいかがわかる。もちろん、これらの
数字を比較し、医薬品の貿易赤字が日本の貿易赤字の
何%を占めるという表現は適切ではない注3)。しかし、
医薬品の輸入超過幅が巨額であることは軽視できな
い現実であり、医薬品で輸入超過が改善されれば、日
本の貿易収支の改善に大きく貢献することは確かで
ある。
急増している医薬品の大幅な輸入超過の根源的な
要因は、日本の創薬力の低下である。これまで日本企
業は、日本における有機化学合成の強みを背景に、革
新的な新薬を次々と上市してきたが、新薬の研究開発
の流れが、低分子化合物から高分子、分子標的薬など
に移る中、優位性を徐々に失ってきた。
2―外部環境変化から見た今後の政策の方向性
上記の外部環境変化を見れば、今後の政策の方向性
がおのずと見えてくる。第一の方向性は、満たされな
い医療ニーズに対する研究開発の支援の継続である。
満たされない医療ニーズがまだまだ多く存在する以
上、再生医療などの新しい領域での研究開発促進や、
創薬基盤の強化を通じて、これまで以上に戦略的でメ
リハリの利いた政策支援が求められるであろう。
第二は、日本の財政収支改善のために製薬業界にも
応分の負担が求められることである。具体的には、長
期収載品の価格低下への圧力増、ならびに高い薬価の
医薬品への何らかの抑制(薬価抑制あるいは処方制
限)が、製薬業界にとって差し迫った脅威となろう。
第三に挙げられるのが、医薬品の輸入超過改善のた
めの政策である。上述のように日本の経常収支黒字
の維持が国として今後の最優先課題になっていくな
か、高付加価値産業である医薬品産業における大幅な
輸入超過は無視できないデータである(ただ、製薬業
界においては、この急増する大幅な輸入超過を大きな
問題とはとらえられていない。「大きな問題でない」
という論調は、政府ならびに業界の危機意識を低下さ
せ、政策支援〔業界の政府への働きかけ〕の遅延につ
ながり、業界全体にとって逆効果になりかねない)。
輸出 輸入 (輸出−輸入)
3―医薬品産業の課題と製薬企業の対応
次に、医薬品産業が直面する課題として、「長期収
載品の価格低下への圧力増」、「経済性評価」、「急増
(出典:財務省貿易統計)
図3 医薬品の急増する大幅な貿易赤字
注1)ヒューマンサイエンス振興財団「平成22年度国内基盤技術調査報告書」参照。
注2)経常収支黒字がこれまで累積してきたため、日本は依然として世界一の純債権国である。
注3)日本の貿易収支は、あくまでもそれぞれの産業の輸出と輸入の差額の合計であり、黒字の産業もあれば、医薬品産業よりも赤字幅の大きい
産業も存在する。
27
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2 013 / HUMAN SCIENCE
T O P I C /A R T I C L E
する大幅な輸入超過」を取り上げ、製薬企業の対応に
ついて考察する。
1)長期収載品の価格低下への圧力増
ジェネリック医薬品普及が、医療従事者の認知なら
びに医療機関経営の点(比較的低い薬価差益や取り扱
うためのコスト)から、あまり進まなかった注4)。一般
名処方の普及で24年度の3割の数値目標が達成された
としても、欧米諸国の水準に比べれば浸透度はまだま
だ低い。
一方で厳しい財政事情を鑑みると、長期収載品の薬
価引き下げの動きは不可避である。薬剤費上昇抑制の
ために、長期収載品を引き下げる方が、より直接的で、
効果的である注5)。
ただ、長期収載品への依存度が高く、パイプラインの
乏しい日本企業への配慮で、引き下げは徐々になるで
あろう注6)。しかし、製薬企業側が安心するのは将来に
禍根を残しかねない。まだ、時間的な猶予があること
を活用し、研究開発型企業は、長期収載品からの収益に
依存したビジネスモデルからの脱皮を図ることが急務
となる。
2)経済性評価
上述の外部環境変化(厳しい財政事情、続々と上市
する高薬価の医薬品)から、現在、経済性評価の議論が
進んでいる。ここで、以下、3点について、経済性評価
の議論の行方ならびに製薬企業がとるべき対応につい
て言及したい。
第一に、当該医薬品の費用対効果が、あらかじめ設定
された「閾値」を上回るか下回るかで保険償還の是非
の判断基準にすることの実現性は低い。たとえ実現し
た場合でも、「閾値」の設定がすなわち「命の線引き」
と解釈されかねず、政治的な反発は大きいこと(後期
高齢者制度の導入の際に問題になったように)が予想
される。
さらに、実際のオペレーション上の課題も指摘でき
る。まず、「費用対効果」の計算の精度については、計
算の際に使う前提によって計算結果に大きな違いが出
てくることが当然予想される。また、「費用」ならび
に「効果」の範囲をどこまでとるかによっても、費用
対効果の計算結果は大きく異なる。さらに、費用対効
果を適切・迅速に計算できる人材が少ないと、その計
算結果が出るのを待たなければ保険償還の是非が決定
されず、新たなドラッグラグの可能性も指摘できる。
第二に、「費用対効果の高い」医薬品に関しては、経
済性評価の議論において薬価上ポジティブに評価され
ると考えられるため、「費用対効果」を意識した研究
開発が製薬企業に望まれる。ただ、
. . . . 財政上の問題から、
経済性評価が製薬業界に全体的にプラスになることは
考えられない。また、経済性評価の議論において、「費
用対効果の高い」医薬品に対する薬価上ポジティブな
評価は、「費用対効果の低い」医薬品への何らかの抑
制があって初めて実現することが予想される。
第三に、医薬品における非効率性にどう対処してい
くかということを業界としても知恵を出していく必要
がある。さもなければ、使用できる予算が限られるな
か、長期収載品の薬価引き下げ(ならびにジェネリッ
ク医薬品普及)に頼った政策が今後さらに加速しかね
ない。また、業界の産業発展につながる産業政策・支
援も期待できない。例えば、高額でも結果的に有効で
ない確率が高い医薬品の存在、処方されても実際に服
用されず残る医薬品など、無駄といわれても仕方がな
いことが多くある。このような課題に対して、業界と
して具体的に取り組む姿勢を打ち出すことが望まれ
る。
3)急増する大幅な輸入超過
「急増する大幅な輸入超過」に対して、業界の一部に
は大きな問題でないという論調があるが、それでは官
民とも危機意識が低下し、政府からの支援も期待薄で
. . . . . .
ある。業界として危機意識を強く持ち、政府とともに
国内の創薬ならびに製薬(生産)基盤の強化に取り組
む必要がある。
また、業界自らが輸入超過是正案を提示することで、
主導的な役割を果たすことが可能となる。この問題は
政府にとっても中長期的に最優先事項に一つになりう
るため、業界から良い案が出せれば実現の可能性は高
くなる。例えば、「国内生産・研究開発に対するイン
センティブ(税制)」、「急増するバイオ医薬品の代替
としてバイオ後続品普及促進」(バイオ後続品を国内
生産するためのインセンティブ)、「国内創薬基盤の強
化」、「国内治験活性化と治験薬の国内生産支援」、「診
断薬の国内生産支援」などである。
ここで注目される政府支援の一つの方向性として、
バイオ後続品の国内生産拡充支援を挙げたい。高額な
バイオ医薬品の輸入を、特許切れを契機に国内生産に
切り替えることができれば輸入超過の是正につながる
し、より安価なバイオ後続品の普及で医療費の上昇抑
制にもつながり、医療保険財政への寄与ならびに患者
負担軽減につながる。
また、パイプラインの乏しい企業にとってもバイオ
注4)日本ジェネリック製薬協会の発表によれば2012年度第1四半期シェアは、数量ベースで25.3%、金額ベースで10.3%である。
注5)また、新薬創出・適応外薬解消等促進加算導入の見返りとしての長期収載品の引き下げも予定されている。
注6)税納付額に関し、医薬品産業がトップクラスであることも、政府が長期収載品の薬価の急激な引き下げをためらう一つの理由になりうる。
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後続品を手掛けることで一定の売り上げ確保が可能に
なる。さらに、生産ならびに治験ノウハウの蓄積を通
じて、新しいバイオ医薬品の研究開発あるいは実質的
なコストを大幅に低減するテクノロジーの開発につな
げることができれば国際的な競争力強化につながる。
業力」を活かして新薬ならびにパイプラインが豊富な欧
米企業とのアライアンスが可能になったことである。
しかし、多くの日本企業が「2010年問題」の影響を払
拭しきれていないだけでなく、ジェネリック医薬品の浸透
ならびに長期収載品の薬価低下、外資系企業の日本での
営業力の強化により、先行きは決して楽観視できるもので
はない。
今後は、日本企業にとって欧米企業との差別化が重要
になってくる。例えば、日本企業の立地を生かした日本の
アカデミアの活用の再活性化が挙げられる。海外企業が
日本のアカデミア発の成果を活用する事例がみられ、日
本企業の日本のアカデミアの活用がこれまで必ずしも十
分でなかったことも見えてきた。今後は、
「オープン型」
オープンイノベーション(主に研究の初期段階で、自らの
研究成果を積極的に公開することで、より多くの社外の
研究者を巻き込み研究を発展させる手法)も必要になっ
てこよう。
また、先行する欧米の大手企業にとっての「ホワイトス
ペース」
(既存企業の組織に適合しない「ビジネスモデル
の空白」)を狙い、集中的に資源を投入する必要性もある。
バイオ後続品/バイオベター、既存薬の層別化を可能にす
るテクノロジーなども狙い目の一つである。
4―求められる研究開発の方向性
最後に、上述の外部環境変化を受けて、製薬企業に求
められる研究開発の方向性について述べてみたい。
1)満たされない医療ニーズへの対応(付加価値創造
型の創薬)
希少疾病を中心に、満たされない医療ニーズがまだま
だ多く存在することから、このニーズに対する創薬(付加
価値創造型の創薬)は依然として強く望まれる。市場規
模の小さいオーファンドラッグでも、作用機序と疾病メカ
ニズムへの深い理解により、より多くの患者数の疾患に横
展開ができれば、経営的に大きく貢献する。そのため、欧
米の大手企業においても、オーファンドラッグへの注目が
高まっている。
ただ、
大手企業は経営上、
横展開を強く意識せざるを得
ない。そのため、多くの日本企業が該当する中堅企業で
も、大きな横展開が見込めない成分あるいは横展開して
も市場規模の小さい成分に関しては、入り込む余地が十
分ある。
2)実質的にコストを大幅に低下させるテクノロジー
さらに大きく期待するのは、実質的にコストを大幅に低
下させるテクノロジーである。製造コストが相対的に高い
バイオ医薬品などでの大幅なコスト(製造立ち上げから
の累積的な製造コスト)低下のみならず、持続性を高める
ことでの実質的なコスト削減が実現できれば、その分薬
価が下がっても開発した企業側は利益を確保できる。さ
らに、政府ならびに患者負担も軽減し、まさにwin-winの
状況になる。
製薬業界ではこれまで、付加価値創造型の創薬が主流
であった。経済・財政の問題がひっ迫する中、今後コスト
低下型のテクノロジーにより注目が集まることは必然の流
れであろう。ただ、
「付加価値創造型の創薬」の発想し
かできない企業にとっては、発想の転換は難しい。他の
産業で価格破壊が起きたように、新しい発想を持つ企業
(新規参入企業でも既存企業でも)の動きが注目される。
3)欧米企業との差別化の必要性
多くの日本企業の戦略(マスマーケット市場依存からの
脱却、がんなど満たされない医療ニーズが強い疾患への
注目、積極的なアライアンスなど)は、基本的に欧米企業
の後追いと指摘されても仕方がない面がある。
日本企業に若干有利に働いていたのは、
「2010年問題」
が深刻化する前に蓄えてきた豊富なキャッシュ(低いジェ
ネリック医薬品の普及率も寄与)と円高で企業規模に比
較して大きな投資体力があったことと、日本市場での「営
5―最後に
医薬品産業は規制産業であるため、政府の政策に大き
な影響を受ける。その政策に影響を強く与えるのは、医
療費・薬剤費ならびに財政・経常収支の動向であること
は疑いがない。企業側が政府の立場に立って今後の政策
を考えることで、その動向を読むことは可能である。動向
を先取りした研究開発で、新たな時代を切り開こうとする
企業に大きな期待をしたい。
中村 洋 なかむら・ひろし
慶應義塾大学大学院 経営管理研究科 教授
広島県生まれ
一橋大学卒
スタンフォード大学 経済学部 博士課程修了
Ph.D
専門は経済学(産業組織論)、経営学
29
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T E R R AC E
英国ライフサイエンス戦略の概要 3
オックスフォードシャー及びロンドン・ライフサイエンスクラスター
英国大使館 貿易・対英投資部 対英投資上級担当官
(ライフサイエンス担当)
武井 尚子
英国総領事館 貿易・対英投資部 対英投資上級担当官
(ライフサイエンス担当)
広瀬 由紀子
ロンドン&パートナーズ(ロンドン市振興機構)
日本事務所代表
西川 等
英国ライフサイエンスのクラス
ターとして、今回はケンブリッジに並
ぶ重要地域である南東イングランド
のオックスフォードシャー及びロン
ドンを取り上げる。
年 に 設 立 さ れ た、 ア イ シ ス・ イ
ノ ベ ー シ ョ ン(ISIS Innovation:
www.isis-innovation.com)がある。
MRCハ ー ウ ェ ル 研 究 所(www.
har.mrc.ac.uk)は、
マウスを用いて、
遺伝子と疾病の関係を研究してい
1─オックスフォードシャー
る 最 先 端 の 研 究 所 で あ る。 様 々
ロンドンを取り囲むように広がる
な疾病タイプのマウスを保有し、
南東イングランドは、バークシャー、
ニューロサイエンス、代謝、機能的
Diamond Light Source
バッキンガムシャー、イーストサセックス、
ゲノム学などの分野で研究をおこなって
ハンプシャー、ワイト島、ケント、オックスフォード
おり、サービスも提供している。ハーウェル・サイエン
シャー、サリーおよびウエストサセックスからなる人口
スイノベーションキャンパスには、英国政府が出資して
860万、ロンドンの通勤圏といえる地域も含まれ、英国
いるシンクロトロン施設、Diamond Light Source(www.
diamond.ac.uk 写真参照)があり、40%が構造生物学の
の中でもライフサイエンス企業が集中している地方の
研究に使用されている。利用者の多くはアカデミアで
一つである。Amgen、Genzyme Therapeutics、UCB、
あるが、GSK、ファイザーなどの企業も利用している。
Bristol-Myers Squib、Vernalis、Shireな ど の グ ロ ー バ
この地域のネットワーキング組織としては、1999年
ル企業が南東イングランド地方に拠点をもっており、日
に設立されたOxford Bio Network(OBN: www.obn.org.
本企業では、アステラス製薬,第一三共、興和、大塚製薬、
uk)があり、活発な活動を展開している。2011年現在、
積水メディカルなどがあげられる。今回は、この地方の
163社がメンバーとなっている。内訳は、創薬ならびに開
中でライフサイエンスクラスターの中心となるオック
発をしている企業35社、創薬や開発をサポートするサー
スフォードシャーの著名な研究機関およびネットワー
ビスの提供企業20社、診断分野の企業25社、ラボ資材の
キング組織について紹介する。
企業25社、医療テクノロジーの企業が30社、その他が28
約2万人の学生を擁するオックスフォード大学は、ケ
社となっている。これらの企業が292のパイプラインを
ンブリッジ大学と並び各種の世界大学ランキングで常
有しており(2010年)、そのうち124が初期、前臨床段階、
にトップレベルの優秀な大学として評価される名門大
168が臨床ステージにある。
学である。ライフサイエンス分野では、Department of
また、OBNは、様々な規模のネットワーキングイベン
Biochemistryが欧州の中でも有数の規模をほこる。オッ
トを開催し、パートナリングの機会を増やし、投資を呼
クスフォード大学病院NHSトラスト内にあるオックス
込む活動をしたり、資材・サービスの共同購入により、
フォードバイオ医学研究センター(Oxford Biomedical
メンバー企業により良い環境を提供している。OBNは、
Research Centre http://oxfordbrc.nihr.ac.uk)は、オック
スフォード大学と連携し、トランスレーショナルリサー
クラスター内にCapital Advisorsという資金調達専門の
チに焦点をあてている。また、オックスフォード大学が
部署を立ち上げ、メンバー企業に対し、ビジネスプラン
100%出資する知的財産・技術移転会社としては、1987
のリビューをしたり、臨床や薬事の計画の見直しから、
30
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T E R R AC E
投資家に対するプレゼンテーションのアドバイスなど
のサポートを通じ、メンバー企業の資金調達に際し、建
設的なコンサルテーションをしている。
OBNが主催する代表的なパートナリングイベントに
は、Bio Trinityがあり、今年は4月24 ~ 26日に開催さ
れ、26 ヶ国から約800名の参加者があった。イベントの
期間中1 , 8 0 0 のビジネスミーティングがアレンジされ、
10カ国から80の投資家が参加した。2013年は5月14 ~
16日に開催される予定である(http://www.biotrinity.com/
silverstripe/)
。
RAEの仕組みはやや複雑だが、対象となる英国の約
150の高等教育機関(HEI)が発表した、或いは公共財
になった研究成果を、項目(UOA: Unit of Assessment)
別に分け、それをイングランド、スコットランド、ウェー
ルズ、北アイルランドの各高等教育カウンシルと呼ばれ
る専門家、技術ユーザーなど約1000人からなるサブパネ
ルが一次評価をし、更にそれを約80名程度のメインパネ
ル(ここには、アメリカのMITやプリンストン、ドイツ
のマックス・プランク研究所などのスタッフも招聘さ
れる)が最終評価する。
評価の方法だが、従来は機械的な7段階評価だったが、
RAE2008からは、次の4つのカテゴリー別のより柔軟な
評価方式「質のプロフィール」が導入された。「質の
プロフィール」というのは、その評価対象の研究に下記
の1*から4*までの評価がどの位の割合で含まれるか
を%で表したものである。
2─ロンドン
英国の首都ロンドンも、ライフサイエンス企業の一大
集積地であるが、ここでは、ロンドンに於けるライフサ
イエンス研究の評価(大学と大学評価制度)に焦点を
当てる。
ロンドンには、ライフサイエンス研究活動で世界的に
高い評価を受けている大学・機関が集積している。18
のカレッジを擁するロンドン大学や、そこから分かれ
たインペリアル・カレッジ・ロンドン、ガン研究所な
どが知られているが、その高い評価の土台となるもの
が、英国の大学評価制度(RAE:Research Assessment
Exercise)である。英国のRAEの直接の目的は、公的補
助金の配分を決める客観的、具体的な指標をつくること
である。従って納税者へのアカウンタビリティから、誰
でもインターネットで容易に閲覧することができるよ
うになっている。大学のランキングとしてはタイムズ
紙の「世界トップ200大学」などもあるが、これは外国
人教員比率、留学生比率、教員一人当たりの学生数比率
なども評価項目に入っているのに対し、RAEは純粋に
研究の質を問うものである。第一回のRAEは1986年に
行われ、以後1989、1992、1996、2001年そしてRAE2008
と改定されてきた。
4*:独創性、重要性、厳密性の点で世界をリードしていると認
められる。
3*:独創性、重要性、厳密性の点で世界的にみて優れているが、
最高のレベルにあるとまでは認められない。
2*:独創性、重要性、厳密性の点で世界的な水準にあると認め
られる。
1*:独創性、重要性、厳密性の点で国内的に認められる。
U/C:レベル1にまで達していない、あるいはRAE評価のコンセ
プトに合致していない。
また、従来基礎研究に比べ、低く評価される傾向に
あった応用研究、実用研究、あるいは学際的研究がより
積極的に評価されるようになったのもRAE2008の特徴
である。
ここでは、いくつかの研究部門について結果を紹介し
よう(表参照:スペースの関係上4*で30%以上の評価
を受けた大学のみを挙げている)。
表 英国の大学評価制度による評価例(1)
一般臨床研究部門(UOA4)
大 学 名
ケンブリッジ大学
インペリアル・カレッジ・ロンドン
4*
35
30
研究活動への評価の割合
3*
2*
1*
45
20
0
45
20
5
U/C
0
0
ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン
( ロンドン大学 )
40
30
25
5
0
オックスフォード大学
エジンバラ大学
35
40
35
40
25
20
5
0
0
0
31
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T E R R AC E
表 英国の大学評価制度による評価例(2)
一般基礎医学部門(UOA5)
研究活動への評価の割合
4*
3*
2*
1*
U/C
ケンブリッジ大学
45
40
10
5
0
オックスフォード大学
40
35
20
0
5
(但しこの RAE2008 ではこの部門での発表研究が少なく、評価対象大学数が少なかった)
大 学 名
疫学、公衆衛生部門(UOA6)
大 学 名
ブリストル大学
ケンブリッジ大学
インペリアル・カレッジ・ロンドン
4*
35
40
40
ロンドン衛生熱帯医学大学院
( ロンドン大学 )
オックスフォード大学
クイーン・メアリー
(ロンドン大学)
研究活動への評価の割合
3*
2*
1*
35
25
5
45
15
0
30
30
0
U/C
0
0
0
35
35
25
5
0
40
25
30
0
5
30
50
15
5
0
医療サービス研究部門(UOA7)
大 学 名
4*
ロンドン衛生熱帯医学大学院
( ロンドン大学 )
クイーン・メアリー
(ロンドン大学)
ヨーク大学
研究活動への評価の割合
3*
2*
1*
U/C
30
35
30
5
0
30
35
35
0
0
35
40
20
5
0
プライマリーケア(* 2)、地域医療部門(UOA8)
研究活動への評価の割合
4*
3*
2*
1*
U/C
バーミンガム大学
35
30
30
5
0
マンチェスター大学
40
40
15
5
0
ノッティンガム大学
30
40
25
5
0
オックスフォード大学
45
40
10
5
0
(* 2)プライマリーケアというのは地域の総合医療機能のことで、主として家庭医がこの機能
を果たす。
大 学 名
こうして見ると、多くのライフサイエンス関連部門
で、ロンドン大学のカレッジが各部門でトップクラスの
評価を受けていることがわかる。なお、特定の疾病や分
野(心臓病、ガン、薬学、免疫など)を対象としたUOA
の結果も出ているが、詳細についてはロンドン&パート
ナーズ(ロンドン市振興機構、www.londonandpartners.
com/business/ 電 話 050-3317-4068)にお問い合わせく
ださい。
32
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2 013 / HUMAN SCIENCE
F R OM FO U N DAT I O N
− 平成24年の財団事業の主なトピックス −
「がんの個別化医療」のテーマでワークショップを2日
間に亘って開催し、参加者と一緒に個別化医療を議論
したいと思います。
■ 研究事業は官民共同研究に特化して実施しております
これまで当財団で行ってきました政策創薬総合研究
事業は、平成24年4月から政策創薬マッチング研究事業
と名称を変更し、官民共同研究の特色と目的を明確に
して実施しています。画期的・独創的な医薬品等の創
製のための技術開発、医療現場のニーズに密着した医
薬品の開発および長寿社会に対応した保健・医療・福
祉に関する先端的、基盤的技術開発に関する研究事業
を、A分野:医療上未充足の疾患領域における医薬品
開発に関する研究、B分野:医薬品開発のための評価
科学に関する研究、C分野:政策的に対応を要する疾
患等の予防診断・治療法等の開発に関する研究、D分野:
医薬品等開発のための先端的技術・方法の開発、の4
分野について行っております。
■ バイオインターフェースは11年目に入りました
バイオインターフェースは、バイオベンチャー企業、
各種TLOと賛助会員企業等との活発な技術情報交換を
通じて、バイオ技術の移転を目的として開催していま
す。40 ~ 50名の少人数で講演40分、質疑20分と、十分
討議する所が最大の特徴です。今年は、定員40名のと
ころ61名、61名、46名と多くの賛助会員、ベンチャー
企業、官・大学・報道などから多様なご参加を得て、既
に3回開催しました。さらに平成25年2月にも開催する
予定です。
■ ヒューマンサイエンス研究資源バンクは創薬に有用な
研究資源を提供しています
■ 各専門委員会を中心に本年も活発な調査活動を実施し
ております
ヒューマンサイエンス研究資源バンクでは、ヒト組
織、細胞、遺伝子について1995年の開設以来29,390件の
分譲依頼を受け、78,335試料を研究者に供給してきま
した。
ヒト組織バンクでは、国内の他機関では実施してい
ない「手術で摘出された新鮮組織及び細胞の供給」を
行っております。現在は、消化器系臓器のがん部位・
非がん部位ペアー組織、皮膚、内臓脂肪、臍帯および滑
膜を医療機関から受け入れ、数時間以内に関東・関西
の研究機関に届けています。また、バンクで調製した
内臓脂肪由来の脂肪前駆細胞、関節リウマチ患者や変
形性関節症患者由来の滑膜細胞(18ロット、1,130本)
について品質検査や性状解析を実施しており、これら
の細胞も創薬研究用試料として利用が増加していま
す。
細胞バンクでは、海外向け分譲が全体の3割を占め、
年々増加しています。また、分化能を有する細胞株な
ど約1,000株の高品質な細胞株を保存し、詳しい情報と
ともに研究者に分譲しています。遺伝子バンクでは、
約1,400人分の健常な日本人由来DNAが各種疾病患者
由来DNAの対照試料として有用性が高く、日本人の遺
伝子解析用として利用されています。
国内基盤技術調査では「気分障害の医療ニーズ」、ま
た将来動向調査では、「慢性腎臓病(CKD)」をテーマ
にアンケート調査を実施中です。国外調査では、創薬
基盤強化の新機軸を探ることを目的に、オープンイノ
ベーション、バイオマーカーを中心テーマとして、欧米
各国の製薬企業、バイオテック企業、研究・医療機関、
及び関連行政機関などを訪問調査いたしました。
なお、「創薬技術(分子イメージング、次世代シーケ
ンサー、ヒト化モデル動物)」、「個別化医療(コンパニ
オン診断薬を中心に)の規制動向」
、「研究資源におけ
るオープンイノベーション」の3テーマについて調査
を実施し、HSレポートとして発行する予定です。
■ セミナー等は満員での開催となりました!
今年度のセミナーは、平成23年度が案内開始1 ~ 2週
間で定員に達した反省を活かし、大きい会場(定員250
名)での開催と致しました。
6月に国立感染症研究所で「基礎研究講習会」を開
催し、定員80名のところ89名の方にご参加いただきま
した。また、7月には「調査報告発表会」を灘尾ホー
ルで234名の参加を得て開催しました。国費で行って
いる三つの調査報告書(国外、医療ニーズ、将来動向)
について発表会を行い、好評を博しました。
11月には、
「慢性腎臓病(CKD)」についてのセミナー
を244名の参加を得て開催し、聴講者のアンケート結果
で極めて高い評価を頂戴しました。
12月には「糖尿病」セミナーを開催しますが、こち
らも案内後、約1か月で定員に達したため、参加申し込
み受け付けを終了しました。さらに平成25年3月には
■ 財団の技術移転事業である「厚生労働大臣認定TLO」
事業は堅調に推移しております
本事業では、厚生労働省所管の国立試験研究機関等
の研究から生み出された成果を有効に活用し、社会に
還元させることを目的としております。
平成24年度は、厚生労働省所管研究機関の研究成果
である発明等の掘り起こしに注力し、加えて事業性の
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F R O M FO U N DAT I O N
BOOKS
観点から厳選した特許出願等を行うと共に、実施許諾
先を海外も視野に入れ幅広く探索する活動を推し進め
て参りました。具体的には、平成24年度10月までに13
件について国内特許出願を、4件について国際特許出
願を、15件について各国移行を行いました。また、本
年度の民間事業者への実施許諾状況は、4件について
契約条件で合意に達することができました。
我が国の現状に鑑みると、今後も予算の削減に伴っ
て技術移転の可能性を考慮し出願案件を厳選せざるを
得ない状況が続くものと考えられるため、より質の高
い発明を発掘し、インキュベーション方法も考慮に入
れて各機関の知財を切に必要とする民間事業者に技術
移転することを、より一層努めなければならないと考
えております。
実施施設認証センター」を設置し、認証申請受付を開
始しました。現在までに45件の施設(国立試験研究機
関3件、製薬企業等42件)を認証しました。特に、平成
24年度に入り、新規に認証した施設は25件、継続申請に
基づき認証した施設が3件となっています。現在、各社
からの認証申請を受け、実地調査日程の調整を行い、実
地調査を実施しております。実地調査時の出席者の調
整に時間を要する例が多いことから、申請日順での認
定ではなく、実地調査及び評価終了順に認定を行うこ
ととしています。
■「バイオジャパン2012」に出展し、財団の各種事業を広
く紹介しました
平成24年10月にパシフィコ横浜で開催された「バイ
オジャパン2012」の展示会に出展しました。財団のブー
スに国内外から多数の来訪者を迎え、主に研究資源バ
ンク事業、TLO事業、動物実験実施施設の外部評価・
認証事業等の財団の事業を広く紹介し、普及に努めま
した。
■ 動物実験実施施設認証センターへの申請が急増しまし
た
平成20年7月に「厚生労働省の所管する実施機関に
おける動物実験等の実施に関する基本指針」への適合
性の外部評価・認証評価業務を進めるため「動物実験
痛み
慢性疼痛
― 基礎・診断・治療
―「こじれた痛み」の不思議
著者/花岡一雄
出版/朝倉書店
著者/平木英人
出版/筑摩書房
407ページ/発刊 2012.8.15 定価9,800円(税別)
ISBN978-4-254-32249-1 B1235250
206ページ/発刊2012.1.10 定価740円(税別)
ISBN978-4-480-06644-2 B1157917
目次 1 基礎編(痛みに関するレセプタなど;末梢痛覚路;中枢神経系
要旨 その苦痛を、家族から「大袈裟だ」といわれたことはありません
における痛覚路 ほか);2 診断編(頭・目・耳・口;首・肩;胸部 ほか);
か。整形外科医などの所見以上に苦しくて、いくら周囲に説明してもな
3 治療編(疼痛管理の全体的アプローチ;薬物治療;神経ブロック ほ
かなか分かってもらえない独特の痛み方ではないですか。何度検査し
か
ても「異常なし」と診断されたり、毎回異なる病名を告げられたりして
著作権者:紀伊國屋書店/トーハン/日本出版販売/日外アソシエーツ
いませんか。日本人の七人に一人に疼痛があり、その八割の人は治療効
果が上がっていないと推定されます。痛みは我慢するほど膨れ上がり
ます。でも、大丈夫。一緒に「こじれた痛み」を癒しましょう。
目次 第1章「心因性による慢性疼痛」とは何か(痛みは個人的感覚;
痛みの感覚は無限大 ほか);第2章「得体の知れない痛み」という疾患
(人気作家を襲った激痛;こんな激痛が心因から起きるはずがない ほ
か);第3章 なぜ心療内科医が痛みを診るのか(断腸の思い;がっかり
盲腸 ほか);第4章 治療という戦い(厚さ五センチのカルテ;痛みの
キャッチ法 ほか);第5章「分かってもらえない痛み」への理解(悩み
を相談する人の心理;「分かってもらえない」いらだちが痛みを増幅さ
せる ほか)
著作権者:紀伊國屋書店/トーハン/日本出版販売/日外アソシエーツ
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平成24年の事業活動と発行資料(2012年1月~ 12月)
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資料名
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発行日・実施日
■ 研究事業報告書
平成23年度厚生労働科学研究費補助金(創薬基盤推進研究事業)政策創薬総合研究 研究報告書
「-政策創薬におけるヒューマンサイエンス総合研究(官民共同研究)の推進-」
「創薬に向けたバイオマーカー探索研究に資するヒト組織及びヒト組織由来細胞の供給・品質
の向上に関する研究」(H23-バイオ-指定-007)総括・分担研究報告書
2012/05/25
■ ワークショップ、基礎研究講習会、調査報告書発表会、セミナープ
平成23年度 第14回ヒューマンサイエンス総合研究ワークショップ
「日本で考えるバイオ後続品開発の明日」 要旨集
平成24年度 第32回ヒューマンサイエンス基礎研究講習会
「国立感染症研究所における研究活動-感染症対策に向けた予防・治療戦略-」要旨集
2012/01/25
2012/06/15
平成24年度 第2回ヒューマンサイエンス調査報告書発表会
「医薬品開発における医療ニーズ把握と将来動向-海外の創薬動向とうつ病、肺がん、
慢性疼痛治療の課題-」 要旨集
平成24年度 第40回 ヒューマンサイエンス総合研究セミナー
「慢性腎臓病(CKD)の創薬ターゲットはどこにあるか」 要旨集
平成24年度 第41回 ヒューマンサイエンス総合研究セミナー
糖尿病の成因解明と克服への道-新しい創薬の必要性を探る-」 要旨集
2012/07/24
2012/11/19
2012/12/21
■ 調査報告書(厚生労働科学研究費補助金)
平成23年度 政策創薬総合研究事業(調査・予測研究)国外調査報告書
「ヒトゲノム解読10年を経た個別化医療の進展と新たな創薬の方向性を探る」
平成23年度政策創薬総合研究事業(調査研究)国内基盤技術調査報告書
「2020年の医療ニーズの展望Ⅱ」
【分析編】
2012/02/29
2012/03/23
平成23年度 政策創薬総合研究事業(調査・予測研究)将来動向調査報告書
「慢性疼痛の将来動向Ⅱ」【分析編】~臨床と基礎の連携による神経障害性疼痛治療薬
創出を目指して~
2012/03/30
■ 調査報告書(一般事業)
HSレポート No.75研究資源委員会調査報告書
「研究資源拠点としてのバイオバンク-構想と運営-」
HSレポート No.76規制動向調査報告書
「遺伝子治療と細胞治療-医薬品開発ならびに臨床研究の現状と規制の動向-」
HSレポート No.77調査報告書
「RNA研究と創薬技術開発の新展開」
2012/03/30
2012/03/30
2012/03/30
■ バイオインターフェース(創薬のための知的相互交流)要旨集
第37回バイオインターフェース講演 要旨集
第38回バイオインターフェース講演 要旨集
第39回バイオインターフェース講演 要旨集
第40回バイオインターフェース講演 要旨集
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2012/05/31
平成23年度厚生労働科学研究費補助金(創薬基盤推進研究事業)創薬バイオマーカー探索研究事業
2012/02/14
2012/05/17
2012/08/22
2012/11/12
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F R OM E D I T O R
BOOKS
“香り”はなぜ脳に効くのか
緩和医療
― アロマセラピーと先端医療
― 痛みの理解から心のケアまで
著者/小川節郎;鈴木勉;池田和隆;下山直人;松島英介ほか
出版/東京大学出版会
著者/塩田清二
出版/ NHK出版
190ページ/発刊 2010.6.18 定価2,400円(税別)
ISBN978-4-13-063401-4 B1027540
213ページ/発刊2012.8.10 定価740円(税別)
ISBN978-4-14-088385-3 B1236708
目次 第1章 痛みを考える-がん患者と緩和医療(緩和ケアとは何
か?;緩和医療の歴史 ほか);第2章 医療用麻薬による痛みの治療-
要旨 いい香りを「嗅ぐ」だけで、重度の認知症患者の症状が改善さ
誤解や副作用を考える(がん性疼痛治療における医療用麻薬;WHO
れたり、がんによる疼痛がやわらぐ-“香り”の成分は、私たちの脳や
方式がん疼痛治療法 ほか);第3章 人によって違う痛みと鎮痛(痛み
体内に、どのように吸収され、作用しているのか。西洋医学では太刀
と個人差;鎮痛薬の効き目の個人差 ほか);第4章 がんの痛みのい
打ちできなかった「治りにくく予防しにくい」疾患の画期的な治療
ろいろ-症状に応じた治療法(がんの痛み治療の現状;がんの痛みの
方法として、いま注目されているメディカルアロマセラピーを、嗅覚
種類と性質 ほか);第5章 がん患者と家族の心のケア-疼痛との関係
のメカニズムや最新の臨床例からわかりやすく解き明かす。
を中心にして(緩和医療の概念とその実態;がん患者の疼痛とその評
目次 第1章 嗅覚のメカニズム-ヒトはどのようにして“香り”を感
価 ほか)
じるのか(においを感じる「仕組み」を知る;なぜ何千種類ものにお
いを嗅ぎ分けられるのか ほか);第2章“香り”が人体におよぼす作
情報提供者:紀伊國屋書店 / トーハン / 日本出版販売 / 日外アソシエーツ
用-アロマセラピーのサイエンス(急速に進む「におい」の研究;“香
り”と医療-メディカルアロマセラピー ほか);第3章 治りにくい・
予防しにくい疾患に効く“香り”-メディカルアロマセラピーの最新
研究(医療現場で導入が進むアロマセラピー;認知症患者の脳を刺激
する“香り”ほか);第4章“香り”の効能を楽しむ-精油の使い方(精
油を正しく使う;精油選びで知っておいきたいこと ほか)
情報提供者:紀伊國屋書店/トーハン/日本出版販売/日外アソシエーツ
編集後記
2013年になり新たな気持ちで新年を迎えられているこ
とと思います。本年もよろしくお願いいたします。さて、
新年を迎えた時には皆様も今年こそ!という年頭の目標を
立てられているのではないでしょうか?私事で恐縮です
が,個人的には日ごろ運動不足の面もありますので、今年は
少々身体を動かそうと思っています。昨年のオリンピック
の水泳陣は好成績を残しましたが、この姿をみて刺激を受
けたことも事実です。学生時代は水泳でかなり鍛えていま
したが、最近は身体のあちこちに一時的もしくは継続的な
痛みが出ている部分もあります(運動不足だけではないで
すが)。
今月のINTERFACEは『慢性疼痛の治療の現状と将来』
と題して4人の先生方に討論をしていただきました。中で
も慢性疼痛は中年に多く、その緩和には仕事への差しさわ
りのないレベルを目標としている、とのコメントがありま
したが、まさに自分もその状況であることに、改めて再認識
させられました。慢性疼痛が身近に、それも自分にも関わ
る話となっていることで、今後のこの分野への見方も変わ
りそうです。
ところで、患者が医師へ痛みを伝える場合、「ズキズキ」
や「チクチク」など独特の擬態語が日本の表現法の中には
存在すると思います。このある意味日本の文化が、医者と
患者の間のコミュニケーションで使われ,痛みの中身を理
解し合える共通語となっています。
企業の研究開発担当としては、全く科学的なコメントで
はありませんが、この感覚と痛みの種類、心理的あるいは精
神的な状態での差異などとも繋がって、日本独特の文化と
サイエンスが結びつくと面白い面も出てくるかもしれない
と思ってしまいました。人間の感覚を科学で解明すること
の難しさの本質部分かもしれません。
株式会社ポーラファルマ
医薬研究所長
久保田信雄
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2 013 / HU MAN SC IEN CE
GA L L E RY
クロツバメシジミの幼虫が冬を生き延びる術
クロツバメシジミ
ツメレンゲに産み付けられた
クロツバメシジミの卵
クロツバメシジミが潜む
ツメレンゲの越冬葉
昆虫は様々な形態と特異な代謝で冬を乗り越えます。
ルコール類の濃度が上昇し、氷点下になっても細胞は凍
今回は、小さなクロツバメシジミの若齢幼虫がどのよう
る事なく、腸内の消化物の氷結からも免れています。
にして厳しい冬を生き延びるかを紹介します。
もう一つ、この食草からクロツバメシジミが受ける恩
クロツバメシジミは、ベンケイソウ科植物を食草とし、
恵は、晩秋に咲くツメレンゲのタワー状の花穂の蜜のお
岩肌のむき出した崖等の他の植物の生育が難しい日当た
かげで晩秋の産卵が可能なため、耐寒性の高い若齢幼虫
りのよい場所に生息しています。クロツバメシジミはこ
のステージで越冬できることです。加えて孵化直後の幼
のような風雨にさらされた場所で、卵から孵って若齢幼
虫のサイズだとロゼット状の狭い越冬葉に潜り込むこと
虫の姿で越冬します。
ができ、天敵の温血動物や冬の霜や雪の直撃から身を守
幼虫で越冬する蝶には 2 つの代謝型があります。一つ
ることが出来ます。
は、餌をとらない冬眠型、もう一つは、今回取り上げた
3 月、長かった冬も過ぎ昼間暖かくなると、丸く固ま
クロツバメシジミのように温度の上がる日中に餌をとり、
ったツメレンゲなどの蕾のような越冬葉は、急速に水分
僅かずつでも成長を続ける低代謝型です。このタイプの
を取り込み広がり出します。それまで越冬葉の中に潜ん
幼虫には、
「細胞内水が結晶化しオルガネラを破壊するの
でいた若齢幼虫は鱗片状の葉の外に出て活動を始めます。
を防止する」
「消化管内部の氷核物質の積極的排泄、氷核
こうして無事冬を生き延びるのです。
物質となる原因食物を取り込まない」等々の能力が必須
になってきます。
通常この越冬型のタイプの幼虫が食べる食草は、寒冷
期になると多量の糖と多糖アルコールを蓄えるようにな
今泉 晃
ります。この食草を食べた幼虫は、体液中の糖 / 多糖ア
医療法人社団珠光会 企画管理室
CONTENTS
JANUARY
HEADING
STAINED GLASS
INTERFACE
2013
VOLUME
24 / NUMBER
1
Season’s Greetings
by Toichi Takenaka
Chairman, Japan Health Sciences Foundation
Alchemy II-1
by Mikio Yamazaki
Professor Emeritus, Chiba University
Treatment for Chronic Pain, Current Status and Future
Takahiro Ushida
Professor, Aichi Medical University
Toyoshi Hosokawa
Professor of Department of Pain Management & Palliative Care Medicine
Director of Pain Treatment & Palliative Care Unit, University Hospital,
Kyoto Prefectural University of Medicine
Koichi Noguchi
Professor & Chair, Department of Anatomy & Neuroscience, Hyogo College of Medicine
Setsuro Ogawa
Professor and Chairman, Department of Anesthesiology, Nihon University School of Medicine
TOPIC/SCIENCE
Chronic Pain Mechanisms and Strategies for Its Relief
by Megumu Yoshimura
Professor, Kumamoto Health Science University
TOPIC/SCIENCE
Mechanisms of Intracerebral Pain and Itch Perception
by Ryusuke Kakigi
Professor, Department of Integrative Physiology, National Institute for Physiological Sciences
Professor, Department of Physiological Sciences, School of Life Sciences, The Graduate University
for Advanced Studies
TOPIC/ ARTICLE
TOPIC/ARTICLE
System Construction for Pain Education
by Masahiko Shibata
Professor, Department of Pain Medicine, Osaka University Graduate School of Medicine
Trends of Healthcare/Drug Expenditures and Challenges for the Pharmaceutical Industry Future Policy Trends and Directions of Strategies/R&D Sought for Pharmaceutical Companies
by Hiroshi Nakamura
Professor, Keio Business School, Keio University
TERRACE
The Strategy for UK Life Sciences-3 Clusters in Oxfordshire and London
by Naoko Takei
Senior Inward Investment Advisor, Trade & Investment Dept, British Embassy (Tokyo)
by Yukiko Hirose
Senior Inward Investment Advisor, Trade & Investment Dept, British Consulate General (Osaka)
by Hitoshi Nishikawa
Representative Japan, London & Partners
GALLERY
How Does “Black Cupid Butterfly” Survive the Winter.
by Akira Imaizumi
R&D Planning and Coordination Division, Shukokai Inc.
FROM FOUNDATION
BOOKS
FROM EDITOR
Book Guide
Editor’s Postscript
Ⓒ 財団法人 ヒューマンサイエンス振興財団 ISSN 0915-8987
MP30110
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ヒューマンサイエンス振興財団
○ ○ ○ ●
財団法人
Activities of Japan Health Sciences Foundation in Year 2012