スカイ・ハウンド - タテ書き小説ネット

スカイ・ハウンド
イーグル・プラス
タテ書き小説ネット Byヒナプロジェクト
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︻小説タイトル︼
スカイ・ハウンド
︻Nコード︼
N4287BH
︻作者名︼
イーグル・プラス
︻あらすじ︼
大陸の超国家オーファが侵攻を開始してから数ヶ月。命令主体た
るロラン東政府と分断された、最南端の防衛軍基地から、わずかな
数の部隊がオーファ軍に対して抵抗を開始する。彼らの人間模様と
その戦闘の記録。
※某国で使用されている兵器が敵側に登場しますが、政治的意図・
その他もろもろの意図は一切ありません。
1
01 エンゲイジ︵前書き︶
実在するジェット戦闘機を主役に描いた戦闘機好きによる小説です。
知識もかなり不足していますので、メカニックに関する助言など、
ばしばし受け付けます。ただ、敢えてファンタジーに徹している部
分もありますので、ご了承を。
では、楽しめていただけたなら幸いです。
2012.10.21 友人から支援絵頂きました! ありがとう
!
2
01 エンゲイジ
<i59425|7121>
太平洋上は、雨期を前にして、途切れ途切れに雲が浮かんだ、や
や薄暗い天候。
春と夏の境目にあるこの季節、常に風は強く、大海は穏やかさと
は無縁だった。
ひとたび海に落ちれば、世界屈指と名高いロラン防衛空軍の救難
隊ですら、救助は絶望的。
それでも今日はまだ穏やかなほうだ。
雲の隙間から時たま陽光が覗き、高度6000メートル上空から
見下ろしたのなら、多少は美しく見える。
増して、そこにきらきらと輝く石片のような瞬きがあれば、ファ
ンタジックにすら思えてくるだろう。
︱︱花火が上がる。
黒煙と白煙を交互に吐き散らして、燃えた鉄が穏やかな海面に波
紋を生み出す。
ひとつ、
ふたつ、
みっつ。
ミサイルの噴射煙が、そのサーカスをことさら無粋に彩った。
重苦しい呼吸音が響く。
酸素の辛い味。
キャノピィを通して、雲の隙間の太陽が目を射る。
握る操縦桿。
3
フライト・グローブの中が、酷くぬめる。
﹁サジタリウス2、避退しろ、スターボード︵右舷︶!﹂
警告を発しながらコントロール・スティックに加圧。
90度ロール。そのまま引いて、急旋回。
横目、F−2Aのストレーキから空気が剥離。白い飛沫を上げる
のが見えた。
失速限界ギリギリの急旋回。
強烈なGに歯を食い縛って耐えながら、僚機︱︱サジタリウス2
がフレアを撒き散らしながら、ミサイルを回避するのを視界に捉え
る。
赤外線追尾の短距離ミサイルだ。だからレダ基地の倉庫に残って
いたこんな旧式フレアでも騙せた。
サジタリウス1は機体を正姿勢に。一瞬背後を振り仰ぎ、誰から
も照準されていないこと確認。
サジタリウス2の背後についていたMig−21フィッシュベッ
トもどきをHUDのど真ん中に見据えて、空対空高速ミサイルをロ
ックオン。
能力向上改修を施されたF−2の対空性能の前では、旧式のJ−
8に回避する術などない。
﹁FOX3!﹂
フォネティック・コードを告げて、ミサイル・レリーズを押し込
む。
発射を告げるアラート。
結果を見届けることなく再びブレイク。
視界の端にHIT表示が出るが、気にすることはない。それは当
4
然の結果だからだ。
だが。
﹁くそ、馬鹿か!﹂
サジタリウス1は思わず毒づいた。
レーダーはもはや見ていない。
そんな暇などなかった。
攻撃照準波をキャッチしたら即座にブレイク︵離脱︶。
これは鉄則だ。
だがそれが鳴りやまないのだ。
これでは気の休まる暇もない。
ひたすらにシザーズをジグザグに繰り返す。
たまに視界に敵が飛び込んできたら、撃つ。
その繰り返し。
﹃サジタリウス2、敵機撃墜! これで4機目だ、大サーヴィスだ
ぜ畜生!﹄
サジタリウス3、4が同様に戦果を報告する。
キルレシオは圧倒的に自軍が上回る。
事実ロラン空軍の損害は今のところゼロ。
対して敵側は既に数十機が墜とされている。
だが。
﹁人海戦術にも程がある、馬鹿!﹂
確実に敵機を撃破しているはずだが、減る気配がまるでない。
空はフィッシュベットもどきとラビ改の回遊で未だに埋まってい
た。
5
その数およそ20機。
今や戦場に残っている味方は、レダ南部諸島の残存戦力では最も
練度の高いサジタリウス小隊、それも空対空改修を受けたF−2が
6機だけだ。未改修のF−2、骨董品のF−4はとうの昔に対空ミ
サイルを撃ち尽くして撤退している。
東ロラン防衛軍にとって、最南端に位置するレダ諸島は最後の砦
だ。
ここが制圧されれば、西ロラン政府並びにオーファ進駐軍は、オ
ーファ本国との直近の拠点をもう一つ得ることになり、ロランの友
好国であるフェーン軍とも分断され、やっと共闘を申し出てくれた、
かの国との連携も難しくなる。
レダ基地防衛軍は、命令の主体たる東ロラン政府と切り離された
状況にあり、孤立した戦いを強いられている。
そんな中で、最も貴重な資源であるパイロットを失うわけにはい
かないのだ。
航空隊司令であるアマル中将の考えは正しい。しかし正しいから
と言って現状が改善するわけでもない。
20対50の戦況をここまで持ち込んだこと自体が奇跡に近いの
だ。
﹃サジタリウス1、悪い報せだ﹄
﹁言わなくていい、気が散る!﹂
レダ基地からモニタリングしているはずの管制官からの通信。
この状況で無線を使うのは危険なはずだが、せっぱ詰まった声か
ら、危急の用件であることだけは分かった。
6
﹃⋮⋮援護に来る予定だったフェーン国空軍が、オーファ軍の迎撃
に遭遇した。到着が遅れる。恐らく到着する頃には弾薬も使い尽く
している﹄
思わず笑いが零れる。
無理にでも笑わなかったら、罪もない管制官を怒鳴りつけていた
ことだろう。
﹁それで、指示は﹂
﹃撤退してほしい﹄
﹁E−767は。見捨てるのか? まだ視界にも入れないうちに?﹂
﹃⋮⋮高価なAWACSとパイロット、前者を優先するような軍隊
に、俺は身を置いた覚えはないんだ。撤退してくれ。中将からも許
可が出ている﹄
﹁くそっ﹂
歯噛み。
この任務のそもそもの目的は、敵の撃滅ではない。
ロラン本州から逐電し、この南部諸島を目指して逃亡中の空中管
制機2機と、その護衛部隊をエスコートすることだ。
無論、この事態をオーファ軍が見逃すはずはない。
ロラン空軍が所有するE−767は世界で最も高価な航空機の一
つ。
おまけにそのうちの2機は、対ステルス用の最新鋭レーダーを搭
載している。
これから東ロランを食っていこうとするオーファとしては、何と
してでも撃墜しに掛かるだろう。
西ロランを占拠しているオーファ進駐軍は、東ロラン政府との戦
7
闘に戦力を割いているため、ロラン本州からの追撃は護衛機だけで
対処できると判断した。
というより、そこで墜とされたのでは、もうどうしようもないだ
けだったが。
レダ基地航空隊は、オーファ本土から発進すると予測される敵航
空隊に対し、太平洋上で横殴りを仕掛けることにしたのだ。
その目論見事態は成功し、こうして敵編隊と交戦中なのだが⋮⋮
見誤っていたのは、その数だ。
総勢50機というのは、どう考えても尋常ではない。航空師団一
つがまるまる飛んできたことになる。
もっと早くに気づいていれば対処のしようもあったのだが、敵は
上下に長い編隊を組んでレーダーの目を誤魔化していた。
ピーナッツ・マニューバの応用版だ。
しかもその中には旧式中の旧式、J−7やJ−8といったミス・
コピー機まで混じっていた。
そいつらの大半は、F−4のミサイルの前にあっさり撃墜された
が。
恐らくそれすらもオーファは計算済みだっただろう。
おかげでロラン軍20機中14機はミサイル切れで撤退を余儀な
くされた。
この戦力差でガン攻撃を仕掛けるなどという愚は犯せない。
そもそも現代の航空戦でガンなどそうそう当たるものではない。
サジタリウス1は当てる自信があったが、その間に背後を取られ
ないとも限らない。
今は、とにかく自分が墜とされないことこそが肝要だ。
戦争はまだ、始まったばかりなのだから。
﹃ここで敵を足止めしただけでも、十分意味はある。護衛対象はF
−15の編隊に守られている。連中の弾薬を使わせた今なら、辿り
8
着けるはずだ﹄
だから頼む、と年老いた管制官は苦々しげに撤退を打診する。
彼がそう告げる間に、背後にJ−8がつく。受動レーダーが照準
波をキャッチ。コクピットに警告が響く。
すかさずエルロンを切って半ロール。左にブレイク。
背後の敵機がついてきたところで素早くコントロール・スティッ
クを逆に切り返し、横滑りしやすいF−2を制御すべくラダーを蹴
りつける。
逆方向に刃を翻すようなブレイク。
それにかなり反応の遅れた敵機が追いつこうとしたところで、再
び同じ手順で逆に切り返した。
翼が剣のように煌めく、シザーズ。
着いてこようと機首を回したJ−8がたちまち横滑り失速を起こ
して脱落。墜落することはないだろうが、立て直すのには時間がか
かる。
旋回性能も速度も、何もかもF−2が上回っているから、二、三
度シザーズを繰り返すことで簡単に振り解いた。
技術にも差がある。
恐らく緊急招聘された新兵か、ろくに訓練もさせてもらえなかっ
た下級兵だろう。
あっちの国は戦闘機パイロットが亡命するのを防ぐために、燃料
を十分入れていない機体で訓練していると聞く。飛行時間も足りま
い。
一対一なら、バレル・ロールなりなんなりでオーヴァ・シュート
させてそのまま撃墜も出来るのだが、無理はしない。伝説的なエー
ス・パイロットだって、単機で15の敵機に囲まれた時には逃げに
徹したのだ。
﹃サジタリウス1、ミスト、聞いているのか!﹄
9
﹁サジタリウス隊!﹂
管制官からの声を遮るように叫ぶ。
部下6人の頼もしい返事。未だに健在なことは、あとで誉めるべ
きだろう。
残り弾薬を確認。既にミサイルは撃ち尽くしていた。サジタリウ
ス1は先ほど放ったのが最後の一矢だ。
﹁敵にミサイルを残しているのはいるか!?﹂
﹃肯定! 高空でこっちの様子を窺ってるJ−10が、まだミサイ
ルを全部持ってる!﹄
サジタリウス2、カイエンの報告。
﹃敵の思惑に嵌ったってことですね⋮⋮増槽もまだ捨ててない! なめやがって!﹄
サジタリウス4、クリスマスが唸る。怒りのせいか、口調からメ
ッキが剥がれていた。
﹁聞いての通りだ。少なくともあのJ−10にミサイルを使わせる
までは撤退出来ない。一戦して疲れ果てた護衛対象が、あのミサイ
ルを撃ち込まれたら、一溜まりもないぞ﹂
﹃だがそちらにはミサイルがもうないだろう!?﹄
﹁J−7とJ−8の燃料はもう保たない。じきに撤退せざるを得な
いはずだ﹂
一旦、低空に逃げる。敵がついてこないのを確認しながら、キャ
ノピィを振り仰いで部下達の奮戦を見た。
そもそもにして性能差の大きい旧式機との戦闘は兎も角、あのJ
−10が戦闘に参戦してきたら状況は厳しい。
こっちはフレアもミサイルも使い切った。
10
あのミサイルが本命なら、それなりに良いモノのはずだ。
避けられる確証など、ない。
﹁ピクシス、やるしかない﹂
管制官のコードネームを呼びながら、上昇を開始。
﹃待った。待った待った待った!﹄
サジタリウス3、トラビスが警告を発しながら急降下してきた。
互いにキャノピィを向け合った状態ですれ違い、サジタリウス1
はトラビスが左手を振って制止を促しているのが見えた。
残ったJ−8が、集結して陣形を再編している。
形は円環。
互いの尻を追いかけ合うようにして、円を描きながら飛び始めた。
これは、
﹃ワゴン・ホイールだと!?﹄
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01 エンゲイジ︵後書き︶
初の投稿小説ですが、如何でしたでしょうか。
様々な作品のオマージュや引用が含まれています。知ってる方は目
くじら立てずにニヤリとしてくだされば幸い至極。
ご意見、ご感想など頂けたなら作者が喜びます。
※1話が長すぎるとのご指摘を頂きましたので、1話を分割しまし
た。
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02 アッサルト︵前書き︶
1話分だったのを分割し、2話に再構成しました。内容はほぼ変わ
りません。
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02 アッサルト
﹃ワゴン・ホイール!? 馬鹿にしてるのか、あいつら!﹄
サジタリウス5、カーミラは多少のことには動じないベテランで、
この部隊ではカイエンの次に長い。
その彼女が思わずそう叫ばずにいられないほど、その戦術は馬鹿
げたものだ。
J−8の間にはF−2が1機、楽々入り込めるだけの隙間がある。
だから1機を墜とすためだけに、その隙間に入り込むのは至極容
易なことだ。
しかし間に挟まった1機は、その背後にいる敵機に尻をさらけ出
すことになる。
いい鴨だ。
つまりこれは、防御に徹した布陣。
ミサイルの信頼性が低かった、ジェット戦闘機による空戦の黎明
期に使われた戦法だ。
今の時代にこんな戦法を取れば、遠距離からミサイルを叩き込ま
れて終わり。
こちらがミサイルを撃ち尽くしたことを悟っての布陣の変更だ。
もはやガン攻撃しかないこの状況で、これをやられた。
﹃⋮⋮遠距離からガンをバラまくか?﹄
﹁全機は墜とせない。それにこいつら、燃料切れまで飛び続けるつ
もりだぞ﹂
サジタリウス1は、やっとその意図を悟った。
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こいつらは初めから帰還を想定されていない。
燃料切れになって墜ちるまで、ダナ航空隊の足止めを命じられて
いたのだ。
そこを見誤った時点でこちらの負けだった。
﹃J−10だけを墜とすわけには?﹄
﹁J−8が妨害してくる。その隙にミサイルが飛んでくるぞ﹂
﹃詰みか⋮⋮!﹄
﹁⋮⋮⋮﹂
睨みつけ、冷静になれと自分に言い聞かせる。
ワゴン・ホイールが形成された今、すぐに背後を取られなくなっ
た分、考える余裕が出来た。
今頃レダ基地では、帰還した部隊が大急ぎで補給を受けているだ
ろう。
護衛対象の現在位置は分からないが、かなり近いはずだ。
空戦で消耗していることを考えれば、まっすぐ最短ルートで飛ん
でくる。
護衛対象がこの空域に到達するのと、味方部隊が引き返してくる
のと、どちらが早いか⋮⋮
駄目だ、と首を振る。
戦っている間にかなり北に移動してしまった。
最初のエンゲージより時間がかかるだろう。
このままでは、味方部隊が追いつくのは護衛対象が撃墜された後
になる。
何か方法はないか。
15
燃料だけはまだある。
サジタリウス1は考え、考えて⋮⋮
︱︱何も思いつけなかった。
﹁⋮⋮燃料ギリギリまで奴らを足止めして、撤退する﹂
苦々しい口調で告げる。
数で圧倒されることほど、戦闘機乗りにとって屈辱的なことはな
い。
空戦の腕なら、ミサイルだろうがガンだろうが負けることはない
のに。
それが、単なる数の暴力で押し切られることに、血管がブチ切れ
そうなほどの怒りを覚えた。
サジタリウス隊が一斉に﹃コピー﹄と返す。
高空のJ−10にだけ注意を払いながら、J−8の進路妨害に向
かおうとして⋮⋮
不意に、余裕たっぷりに飛んでいたカナード機が、戸惑ったよう
に翼を振った。
次の瞬間、飛来した閃光のようなものに貫かれて、膨れ上がるよ
うに爆散。
﹁ピクシス!?﹂
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﹃ミサイルだ! すまん、いきなり現れた、報告が間に合わなかっ
た!﹄
続いて2機目が同じように餌食になった。
残った2機のJ−10が慌てて散開する。
J−8のワゴン・ホイールは、何が起きたのか理解できないとで
も言うように、そのまま飛んでいる。
そこで初めて、サジタリウス1のレーダーに接近警報が鳴り響い
た。
機影。
IFF︵敵味方識別信号︶には応答なし。
低空を飛来し、レーダーの目を逃れてここまで接近してきた部隊
がいる。
﹃タリホ︵視認︶! あれは⋮⋮!﹄
目の良いクリスマスが叫ぶ。
同時にサジタリウス1もそれを見つけていた。
蒼海を割るような低空。
突っ切ってくる、6機編隊の姿があった。
カナードと無尾翼デルタ翼。
単発のエンジンに、胴体両側のエア・インテイク。
J−10と似た特徴を持ちながらも、明らかに違うシルエット。
スマートな外観を持つその戦闘機は、本来この地域では見かける
はずのない機体だ。
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﹁︱︱グリペンか!﹂
JAS39グリペン。
遠い異国の地で生産された、マルチロール・ファイター。
当然、フェーン空軍の機体ではない。
あれは⋮⋮
﹁ピクシス、確認を取れ! ⋮⋮アレは味方だな!?﹂
﹃今、連絡が入った! 航空PMCs︵民間軍事会社︶⋮⋮ブラッ
ク・フェザー社の戦術航空隊だ!﹄
﹃ブリーフィングで言ってたアレかよ⋮⋮正直期待してなかったぜ
!﹄
﹃オーファ軍をフェーン空軍に任せて、低空を全速でこっちに向か
ってきたらしい!﹄
グリペン隊が流麗な曲線を描いて上昇する。
ほれぼれするほど統制の取れた動き。
その翼からミサイルが次々と放たれ、ワゴン・ホイールは崩壊し
た。
そのままさらに上昇。
反転。
インメルマン・ターン。
まるでT−4、ブルー・インパルスの曲芸を見ているようだ。
だが違うのは、その機動には明らかな殺意が籠められている。
編隊から1機が、ロールを打ちながら離脱した。
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魔法のように鮮やかなマニューバで、逃げていたJ−10の背後
につく。
そのままミサイルを発射。
サジタリウス1と同じように、命中を確かめるより先に離脱。
その先にいたJ−8をすれ違いざま、ガン攻撃で撃墜した。
息を呑む。
凄腕だ。
その間に、残ったグリペンは編成を2機編隊に変更して、残った
J−8の掃討に掛かる。
サジタリウス1は我に返る。
最後のJ−10がアフター・バーナーに点火。
そのまま雲の中に逃げようとしていた。
﹁逃すか﹂
さんざん虚仮にされた怒りをぶつけるように、今まで使用を控え
ていたアフター・バーナーをこちらも点火。
一気に加速してその後を追う。
加速力はこちらが上だ。おまけにミサイルを積んでいない分、軽
い。
すぐに敵の背中がみるみる近づいてきた。
レディ・ガン。
レティクルど真ん中に捉える。
ガン・コントロール・スイッチに指を掛けた。
一瞬だけミラーで背後を確認。僅かに振り返り︱︱これは100
年前の戦争で、彼女が尊敬するとあるエース・パイロットが必ず行
っていた習性だ︱︱、自分を狙っている敵がいないことを確認。
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指に力を籠める。
と︱︱
﹃ミスト、そいつは俺がやる﹄
通信機から聞こえてきた声に、思考が止まる。
だが躰は止まらない。
トリガを押し込む。
2秒。
毎分6000発。
合計およそ120発の機関砲弾が、J−10を背後から貫いた。
︱︱天空から降り注いだ砲弾が、同じ機体を穿ったのは、全く同
じタイミングだった。
文字通り八つ裂きにされたカナード機が爆散。
爆風をかわしたF−2の目の前。
白銀に照らされた機体が上方から一散に滑り落ちてくる。
サジタリウス1はそれを見る。
グリペン。
流線型のポリカーボネイト。
コクピットの人影が一瞬だけ見えた。
ヘルメットとバイザー、酸素マスク。
視線は一瞬の交錯でもう一つのものを捉えた。
尾翼にペイントされた黒犬。
牙を剥くでもなく、ただ超然と前だけを見据える、猟犬のシルエ
20
ット。
目を見開く。
擦れ違った。
翼の後流で機体が揺れる。
それを制しながら、180度ロール。
緩やかなスプリットSを描きながら、後方に機首を向けた。
蒼海、曇天の隙間からヤコブの梯子が伸びている。
光の柱を縫って、黒犬のグリペンが疾っていく。
不意に、見せつけるように、軽く翼を左右に振った。
バンク。
翼がチカリと光った。
既に敵軍の姿はなかった。何機かは本国に向けて逃走したらしい。
5機のグリペンの元へ、“黒犬”が合流していく。
荒い息を吐きながら、見届ける。
﹃サジタリウス1、隊長! 無事ですか?﹄
クリスマスの声が遠い。
今見たものが信じられず、ただ息を吐く。
﹁馬鹿な﹂
﹃え?﹄
否定した自分の声が空々しい。
﹁何で今更⋮⋮﹂
真上からのガン・キル。
21
人を食ったようなバンク。
あの、エンブレム。
4年越しでも見間違えるはずがなかった。
﹁シリウス⋮⋮今更⋮⋮貴方なのか⋮⋮?﹂
2024年6月7日。
後にロラン戦争と呼ばれるこの動乱において、この戦闘は一つの
転機として記録される。
一つはフェーンが正式にロランと同盟を結び、軍事行動によって
オーファに対抗することを決定、実行に移した日として。
もう一つは、航空PMCs“ブラック・フェザー”社が、東ロラ
ン政府との契約により、太平洋での初戦闘を記録したこと。
これを機に、一方的ですらあったロランとオーファの戦争は激化
を開始する。
東ロラン政府が平和ボケから醒め、戦時国としての自覚を持った
日とも言えるだろう。
そして、サジタリウス1、TACネーム﹃ミスト﹄、レイン・ネ
スト少佐にとっては。
過去との再会、止まっていた時間が動き出した日でもあった。
22
03 マッド・ティ・パーティ?
﹃DC︵防空司令所︶から今、報告が入った。作戦は成功。E−7
67と護衛部隊は健在だ﹄
﹃⋮⋮何とか、今回はうまくいったようだな﹄
﹃だがPMCsの力を借りたというのが痛い。フェーン軍の力も、
だ。出来れば我らだけの力で解決したかったものだ﹄
﹃それは無理というものだろう。開戦時の連敗によって、我が空軍
はかなりの損害を被った。増してレダ基地の戦力だけともなれば、
たかが知れているのだから﹄
﹃分かっている。希望を述べたに過ぎんよ﹄
﹃レダ島は孤立している。次の敗北はこの基地の壊滅を意味する﹄
﹃同時にそれは、レダ島を通じたオーファの補給ラインが成立する
ことになる﹄
﹃そうなればロランの敗北は決定する﹄
﹃西ロラン政府は喜ぶだろうがな﹄
﹃それも一時のことだ﹄
﹃︱︱オルレア共和国は、東政府軍への武器の供与こそ約束したが、
東西に分裂したロランが再び国家としての意思を統一するまでは武
力介入を行わないと明言した﹄
﹃高みの見物を決め込むつもりか﹄
﹃悪いことばかりでははない﹄
﹃ああ。そのおかげで、ルーヴェ連邦がオーファを表立って軍事支
援することがないのだ。ルーヴェを刺激しないためだと考えれば、
23
腹も立たん﹄
﹃かたやルーヴェの武器供与で戦うオーファ、かたやオルレアのバ
ックアップで戦うわれわれロランか。まるで代理戦争だな﹄
﹃南北アレサのように、大国の代理戦争で分裂するわけにはいかな
い。内戦だけは絶対に避けねば﹄
﹃︱︱われわれがすべきことは三つある﹄
﹃︱︱ひとつは、ロラン国内での内戦を絶対に阻止すること。これ
は西政府の意思とも合致する﹄
﹃オーファによる情報操作が始まる前に、西政府と統合する必要が
あるな﹄
﹃西ロランのマスメディアはオーファの傀儡だ。時間的猶予は少な
めに見積もる必要があるぞ﹄
﹃傀儡メディアは、東にもいるがな﹄
﹃︱︱ふたつめは、東西ロランの再統一。これによってオルレアの
軍事協力を得ることができるようになる。その代わり、ルーヴェの
参戦の危険も増すが﹄
﹃これまで通り、武器の供与だけを要請することも視野に入れてお
かねばな。ルーヴェが参戦すれば、世界大戦にまで発展しかねない﹄
﹃︱︱みっつめは、言うまでもなくオーファ軍の駆逐﹄
﹃それは当然だが、後先考えずに戦って勝てばいいというわけでは
ないのが痛いところだ﹄
﹃仕方あるまい。本来、本土にまで攻め込まれている時点で我々は
24
負けているのだ﹄
ブラック・フェザー
﹃それを取り戻すためののPMCs⋮⋮BF社だ。フェーン軍もま
た、オーファからの侵攻に備えねばならん以上、手駒を増やすには
これしかない﹄
﹃他国に借りを作るよりはマシ、か﹄
﹃いずれにせよ、今は耐えねばならん﹄
﹃だが時間の猶予もない﹄
﹃しかし、機を捉えれば、まだ勝ち目はある﹄
﹃希望を持て。我らがそれを失えば、ロランは敗北し、オーファは
太平洋への鉄扉を開ける鍵を手にすることになる﹄
﹃そうだな。⋮⋮アマル准将、貴方には苦労をかけることになる。
出来る限りのことはしたつもりだが、結局はあなたたちレダ基地部
隊頼みということになってしまう﹄
﹃覚悟は出来ています。︱︱そして、負けるつもりもありません。
それに、航空戦力はある程度充実しました。最低でも、レダ島だけ
は守り抜いてみせましょう﹄
﹃PMCsには、君のかつての部下もいるそうだな﹄
﹃はい。︱︱奴が口利きをしてくれたとは思えませんが、頼りにな
ることだけは間違いありません。ライト少将もそれを見越して彼ら
を傭ってくれたのですから﹄
﹃期待しよう。われわれ東防衛軍も、ロラン海からのオーファ軍の
援軍を防ぎ続けることをこの身に誓う﹄
﹃領域防衛軍もだ﹄
﹃では、ご武運を﹄
25
﹁⋮⋮ま、私がBF社を傭った理由は、それだけではないんだがな﹂
26
03 マッド・ティ・パーティ?︵後書き︶
政治話はあまりやりすぎるとクドくなりますね。
必要最低限にとどめようと思い、このような形になりました。
政治フェーズになるたび、更新が滞りそうな予感が今から。
27
04 ランディング・ギア︵前書き︶
政治話というだけなのもアレなので、連続更新。
まあ、前置きです。
28
04 ランディング・ギア
﹁あ、来ました、来ました。わー、まさかロランでグリペンが見ら
れるなんてなあ﹂
ロラン空軍の整備兵、メイ・ランドクリフは滑走路脇から光学双
眼鏡で、蒼穹から滑走路に滑り込んでくる6機の機影を確認。
上司に無線でそれを報告。
曇り空なのに、地上はじっとりと汗を掻くほどに蒸す。
ツナギと帽子をしっかり着込んだメイがこの役目を任されている
のは、昨夜のカードで整備部隊全員から食券を巻き上げたのが原因
だ。
調子に乗りすぎるんじゃなかったと後悔しつつも、こうやってP
MCsの、しかもロランではまずお目にかかれない機体を真っ先に
観測できるのは役得だ。
﹁やっぱ、カナードいいなあ。ぴくぴく動いて調整してるよ。可愛
い﹂
﹃フェチなこと言ってないで、ちゃんと見てろ。ギアは出てるか?﹄
﹁んー、まだ出してませんね。ていうか、速度出過ぎです。これ、
着陸する気なさげですよ﹂
﹃なんだって?﹄
メイは双眼鏡から目を離して、目視にてグリペンを待ち受ける。
予言通り、グリペン6機はトレイル編隊を組んで、基地上空を次
29
々にローパス。
一寸の乱れもない完璧な編隊飛行!
凄まじい轟音と強風が、メイの帽子を弾き飛ばした。
グリペンはそのまま緩やかなループから、大Gのかかる小半径ル
ープ。合計三連続の大回転だ。
﹁ヤッホ︱︱︱︱︱︱︱︱!﹂
思わずハイになって叫ぶ。パイロットにはまるで聞こえなかった
だろうが。
何事かと出てきたパイロットや整備士連中が、同じようにぽかん
と空を見上げ、最後には喝采と口笛を吹き上げる。
﹁おい、誰かハンカチ振ってやれよ!﹂
なんて声まで聞こえた。
パフォーマンスが終わって満足したのか、グリペンはコンバット・
ピッチで機速を一気に落とし、順番に着陸態勢に入った。
ギアとフラップを下げる。
ふわり。
わざわざ滑走路真ん中あたりで接地。
アンチスキッドをオフにしているのか、滑らかな減速。
さすがに着陸距離が短い。
エプロン手前でぴたりと停止。そのままタキシングに入る。
30
パフォーマンスの一環と、機体性能を見せる意図だろう。
実際、物見気分をやめて興味深げに唸る連中がほとんどだ。
この国は今、戦争をしている。
﹁メイ、どうだ。面白ぇ機体だろ﹂
かつて海外の展示会で、この機体を実際に触ってきた整備班長が
にやりと笑って聞いてくる。
﹁はい、とっても。でも惜しいなあ。あれを整備するのはPMCs
のメンバーなんですよね?﹂
﹁だろうな。だが機会があったら見学しとけ。整備性の高い機体っ
てのは、見ておくだけで勉強になるもんだ﹂
﹁了解。︱︱それにしても可愛いなあ、グリペン﹂
﹁⋮⋮⋮﹂
﹁小柄だし。カナード可愛いし﹂
﹁ま、気持ちは分からんでもない﹂
﹁ですよねー﹂
呑気にそう返した時、グリペンが納められていくエプロンに、猛
烈な勢いで走っていく空軍少佐の姿を認めた。
﹁あれ、ネスト少佐。どうしたんだろ、血相変えて﹂
あの冷静なF−2チャーマーが、あんな表情をするのは珍しい。
切実なような、激怒しているような、矛盾した表情。
例えるならば、別れた恋人を街角で見つけて追いかける時のよう
な。
31
﹁まさかねえ﹂
肩を竦めるメイの脇、整備班長がぼそりと呟く。
﹁今のグリペンのエンブレム⋮⋮まさかなあ﹂
32
05 シリウス
フェーン空軍のF−CK−1経国で編成された、第104飛行中
隊、通称﹃スクルド﹄中隊がダナ空港に着陸したのは、ロラン空軍
とPMCsに遅れること30分後のことだった。
編隊は4機が欠けていた。機体トラブルや燃料切れで撤退したの
だ。
今のところ損害はない⋮⋮というより、相手が完全に足止め目的
だった。
スクルド中隊4番機パイロット、アヤル・スーは、ヘルメットを
引き剥がして、ふらふらとタラップを降りた。
地面に立つなり、膝が笑って機体に寄りかかる羽目になる。
フライト・スーツの下にぐっしょりと汗を掻いているのが分かっ
た。今すぐにでもシャワーを浴びたい気分だ。
もしくはダナ島の海に飛び込みたい。
︱︱初の実戦だった。
訓練とは違う、本物のミサイルが飛び交う戦場。
訓練で好成績を収めていたことも手伝って、空戦には自信を持っ
ていたアヤルだが、その鼻っ柱を盛大にへし折られた気分だ。
何も出来なかった。
とにかくパニック状態。
飛んでいるのが敵なのか味方なのかすら、分からない。
敵と味方の機体の形状はまるで違うというのに、だ。
33
パイロットの六割頭とは言うが、これでは三割働いていたかどう
かも怪しい。
アラートが鳴り響いたら慌てて避退行動。
やっていたのは、それくらいだ。
ショート・ヘアの前髪が、額に、汗でべったりと張り付いていた。
それをどけて、ミサイルを全基積んだままの愛機が、防衛軍整備
兵によってエプロンに牽引されていくのを、吊り気味の目で憂鬱げ
に見遣る。
このていたらく。
同期の中ではトップ・クラスだと信じていた腕前が、全否定され
たようだ。
おまけに、いいところはPMCsに持って行かれたし。
ため息。
とにかく、へこんでいても始まらない。
頭を切り換えよう。
パイロットに必要な素質の一つでもある。
悩みを引き摺らないこと。
上手くいかなかったなら、反省し、検証して、次に活かせばいい。
シャワーを浴びれば、多少は落ち着くだろう。
その前に隊長によるデブリーフィングがあるが。
ツナギ状の飛行服のファスナを開けて上だけ脱ぎ、袖を腰のとこ
ろで縛る。
タンクトップの腕には、機械の発する熱風もわずかに涼しい。
とりあえず、自分の隊長を捜すため、歩き出した矢先だった。
34
﹁何故、貴方がここにいる?﹂
聞こえてきた静かな怒声に、アヤルは足を止めた。
ロラン軍の計らいで、フェーン軍とPMCsには、民間の旅客機
を収納するスペースが宛がわれていた。
あれこれ苦慮した末の並べ順なのだろうが、エプロンの出口によ
り近いほうにフェーン軍、遠いところにPMCsの機体が配備され
ていた。
声が聞こえてきたのは、フェーンのアストラ空港から同時期に飛
び立ったグリペンが格納された場所で、男女が言い合っていた。
いや、言い合っているというより、女のほうが一方的に食って掛
かっている。
口調こそ冷静で、女性は腕を組んですらいるが、今にも胸倉でも
掴みそうなほどの怒気を全身に漲らせているのは分かった。
﹁邪魔なら他所に行くが﹂
﹁場所のことを言ってるんじゃない﹂
﹁知ってる。少佐か、出世したなレイン﹂
﹁4年も経てば何もかも変わる。貴方は4年間、何を?﹂
﹁辞める時、言っただろう。当てはあると﹂
﹁それが傭兵か? 笑わせる﹂
﹁手厳しいな﹂
﹁当たり前だ!﹂
何やら尋常成らざる様子だ。
男のほうは機材で顔が見えないが、声からして壮年近くだろう。
背が高く、体つきもがっちりしている。
35
女性は自分より年上。30前後だろうか? 黒髪を、短めだが綺
麗に切り揃え、目つきは半分閉じられたように、猫目の自分よりも
さらに鋭い。鍛え上げられた軍人の目つきだ。アヤルと同じくらい
小柄な躰に、防衛空軍の飛行服を着ている。
︱︱ということは、F−2チャーマーか。
飛行中に聞いた報告では、わずか6機で3倍近い敵を相手に持ち
こたえていた隊がいたらしい。
是非とも会ってみたいと思っていたが、こんなに早くチャンスが
来るとは。しかし話しかけられる雰囲気ではない。
惜しいは惜しいが、ここはこっそりと立ち去るのが正解だと思い、
忍び足で歩き出す。
﹁︱︱この戦争の引き金を引いた張本人が、﹂
﹁!?﹂
あまりと言えばあまりに衝撃的な言葉に、思わずまた足が止まる。
﹁部外者として戦争に参加しようと? それとも贖罪のつもりか﹂
﹁どちらでもないな。会社が参戦を決定した。社員の俺は特に不満
もないからそれに従った。たまたまそれがロランだっただけだ﹂
﹁では、開戦後に戦死した防衛軍の隊員には、何も感じないと?﹂
﹁特には。軍隊にいるんだ。それくらいは覚悟しておくべきだろう﹂
36
﹁同感だ。だが貴方がそれを言う権利は、死んでも認めない﹂
どうやら思った以上に深刻な話らしい。
というか、聞いてはいけない話を聞いている気がする。
汗を掻いていた躰が急速に冷えて、しかし今度は冷や汗が滲んで
きた。
今度こそ、こっそり出て行こうとして、焦った拍子に服の裾を立
てかけてあったモンキーレンチに引っ掛けてしまった。
﹁あっ﹂
倒れかけたそれを、すんでのところで受け止める。
が、重い。
しかも腰を入れていない状態で持ったものだから、腕力だけで支
えている形になった。
これは⋮⋮動けない。
陸軍時代に鍛えていたとはいえ、この体勢でこの重量はきつい。
ぷるぷる震える腕を必死に保持しながら、ひとり、﹁ああ、あた
しはこんなところで何してんだろう﹂と頭の中の冷静な部分が嘆い
ていた。
立ち聞きしていた挙げ句にこの格好。誰かに見られたら死にたい。
﹁⋮⋮とにかく、詳しい話はデブリ後に聞かせてもらう。逃げるな
よ﹂
﹁分かった﹂
﹁くそ、返事だけはいつも即答なんだ⋮⋮﹂
37
だがそんな願いとは裏腹に、肩を怒らせた防衛軍パイロットがこ
ちらに向かってくる。話が終わってしまったらしい。
何とかこっちに来ないでくれという願いも虚しく、パイロットは
アヤルの目の前に到達。
そこで初めて彼女に気づいて、目をぱちくりさせた。
そういう仕草が不思議と可愛らしいのが、ロランの女性だ。
﹁あー⋮⋮﹂
リアクションに困ったようにうめく。
そりゃそうだろう。こっちも困る。
﹁何をしているか、聞いても?﹂
﹁す、すいません、立ち聞きをするつもりはなかったんですが⋮⋮﹂
﹁いや、それは何となく分かる。⋮⋮とりあえず、そのレンチを降
ろすといい﹂
﹁あ、は、はい﹂
ようやく重かった工具を元の位置に戻して、深くため息。
その頃には、男のほうも何事かと様子を見に来て、おかしそうに
にやついている。
穴があったら入りたい。
ようやくにして体裁を取り繕い、敬礼。
﹁えーと、失礼いたしました。自分はフェーン空軍第104飛行中
隊所属、アヤル・スー少尉であります﹂
﹁フェーン軍だったか。こちらこそ見苦しいところをお見せして申
し訳ない。レダ島基地混成航空隊、第84飛行中隊、レイン・ネス
38
ト少佐です﹂
同じように敬礼を返す。階級はネスト少佐のほうが上だが、それ
で態度が変わらなかったところを、アヤルは評価した。寧ろ敬語に
すらなっている。
自分たちを面白そうに見ている男の存在に目を向ける。
一歩引いたような年上の男。40前後だろうか、しかし心身共に
壮健そうな大人。
﹁あの、そちらは?﹂
﹁ああ、航空PMCs“ブラック・フェザー”社、戦術戦闘航空隊
の、﹂
﹁シリウス。﹂
名乗りは遮られた。
レイン・ネスト少佐がきつい目を、今し方シリウスと呼んだ男に
向けている。
﹁こういう場でロラン人の貴方が、他国人と何の予備知識もなしに
接するのは、要らん誤解を招きかねない。自重してもらいたい﹂
﹁今のお前の発言こそ、誤解を招くと思うが﹂
﹁あとで説明する。とにかく、話をややこしくしないでくれ﹂
﹁分かった。︱︱みんなからはシリウスと呼ばれている。君もそれ
でいい。どうせ空の上でしか呼び合わないだろうしな﹂
少佐の言をあっさり聞き入れて、シリウスと呼ばれた男はその場
を立ち去っていく。
どうにも二人の間についていけず、目を白黒させていたアヤルに、
少佐が申し訳なさそうに、
39
﹁すみません。ちょっと彼は複雑な事情が絡んでいまして。詳しい
説明は追々します﹂
﹁あ、いえ⋮⋮でも、大人な方ですよね﹂
﹁私が子供っぽいと?﹂
﹁い、いえ! そういうことでは⋮⋮﹂
﹁冗談です﹂
そこで初めて、少佐が笑う。
意地悪でニヒルで、乾いたユーモアを感じさせる笑い。
不思議とその表情が似合っていて、からかわれたのにも悪い気が
しなくて、アヤルも同じように笑みを返した。
40
06 R&R
デブリーフィングは作戦目標の達成を労う言葉に始まり、敵味方
の損害、本日の東西情勢の変化の概要、護衛目標のパイロットたち
の簡単な感謝の言葉から、フェーン空軍の紹介と続いた。
PMCsの紹介の時、特にそのメンバの中にシリウスがいたこと
に、数人がざわついたが、当のシリウスが何食わぬ顔をして、何も
喋らないものだから、その場はそれだけで終わってしまった。
アマル准将は苦い顔をしていたが。
﹃見覚えのある顔があるが︱︱﹄
准将のフォローはどう控えめに聞いても苦し紛れだった。
﹃それでも、今回は味方だ。それも心強い。各人、気にすることな
く、自分の任務を遂行してくれ﹄
それでもかつての同僚、それもやんごとない理由から除隊された
男が再び目の前に現れたことに、動揺のざわめきは消えることはな
かった。
﹁まさか、元防衛空軍の方だとは思いませんでした、シリウス﹂
﹁BF社の戦術航空隊は、退役軍人が大半だ。珍しいことでもない﹂
﹁ロラン軍人は、ロラン軍以外では戦わないものだと思っていまし
たから﹂
﹁昔からロラン人の傭兵はいたさ。航空PMCsでは珍しいだろう
がな﹂
41
そもそも、航空PMCs自体が、CEOであるジェイムズ・ハッ
カライネンが設立するまで、この世界に存在しなかった企業体制な
のだが。
デブリーフィングが終わった後、アヤル・スー少尉はシリウスと
話をする機会を得られた。
ただし、そこには不機嫌な顔のレイン・ネスト少佐も同行してい
たが。
とりあえず夕飯にしようということで、食堂に行こうと提案した
シリウスだが、
﹁貴方がいきなり食堂に行ったら要らん騒ぎになる﹂
というレインの言葉で一蹴。
結局、PX︵売店︶で食事を買って、適当なところで食べようと
いうことになった。
﹁そういえば、F−15はどうした? 見当たらないが﹂
﹁さあな﹂
﹁さっきもそうだったな。イーグルがいれば、もう少しあの空戦も
状況が違ったはずだ﹂
﹁そうかもな﹂
﹁そうえいば⋮⋮ロラン本土からE−767の護衛をしていた、6
機しか見当たりませんね﹂
﹁知らん﹂
﹁F−4も足りないようだが﹂
﹁さあな﹂
﹁成る程。深くは聞かん﹂
格納庫の壁を背に座って、レイン、シリウス、アヤルの3人は噛
み合わない会話を続けていた。
42
時刻は夕方。
茜色の光線が差し込む空港に、RF−4が引き出されてくる。
牽引車を操縦する整備兵がこちらに軽く合図。
敬礼で応えて、カップ麺を啜る。
シリウスはおにぎりに齧り付いていた。
アヤルはハムバン、それも特大だ。
﹁やはし、ロランの飯は美味い﹂
感慨深げにシリウスが呟く。
レインは皮肉げに、
﹁懐かしいか?﹂
﹁そうだな。米自体久しぶりかもしれない﹂
しみじみとした返答に、表情を変えないままレインは告げる。
﹁その米の供給も最近危うい。備蓄米が底を着きかけている﹂
レダ島の米の収穫率は決して高くない。
耕地面積が小さいからだ。
海産物の量は豊富だが、やはり主食となる米不足の影響は大きい。
﹁そうなると兵の士気は低下するだろうな﹂
﹁でも、市民に回す分を抑えれば、まだ保ちますよね﹂
アヤル・スー少尉の言葉に、レインとシリウスは同時に苦笑した。
43
﹁え、戦時中は軍が最優先って当然のことですよね?﹂
﹁この国ではそれは当然じゃないんだよ、少尉﹂
﹁え﹂
﹁防衛軍が食うのは一番最後だ。どれだけ戦果を挙げようとな﹂
﹁そんな。それでは戦争には勝てません﹂
﹁勝つんだよ、それで。それが国民の望みだ﹂
﹁変わらんな、何も﹂
シリウスが嘲笑にも似た呟きを零す。
その視線の先、滑走路に進入したRF−4がエンジンの回転数を
上げていた。
従来のF−4よりも、偵察機として、電子装備や速度、航続距離
の面で改良を加えた機体だ。
増槽を3本積んだフル装備。
ミサイルは短距離型を2発だけで、後は全て偵察用の機器で身を
固めている。
機首にはガンポッドもない。代わりに搭載されているのは高性能
カメラだ。
﹁何も変わっちゃいない。国民も。そして、防衛軍もな﹂
現在も使用されているF−4と違い、近代化改修を受けていない
ための旧式ターボ・ジェット・エンジン特有の、甲高い吸気・排気
音。
長く、悲鳴のようなそれを、湿った空に響かせながら、RF−4
がゆっくりと加速。
44
現在、レダ島基地、民間空港と共有して使用している滑走路には、
民間機の使用が許可されていない。
周囲の格納庫には、旧式のC−1とオルレア製のC−130、E
−2Cが見えて、後は全て戦闘機とヘリだ。
戦前は肩身狭く、空港の片隅に追いやられていた機体たちだ。
こうして軍用機が堂々と空港に並べられている様は壮観ですらあ
る。
それらに見守られるようにして、滑走路をたっぷり使い、十分な
機速を得てから、クリップドデルタのずんぐりした機体が浮かび上
がる。
雨期の曇天と、海に沈みゆく太陽の狭間に、退役間近の歴戦の機
体が離陸していく。
その光景は理屈でなく、美しい。
﹁あの機体の作戦目的は?﹂
スー少尉が、興味本位で聞く。
レインは片膝に頬杖をついて、いい加減に答えた。
﹁さあ。おおかた、今日の戦闘空域の偵察だろう。救難隊も出てる
しな﹂
﹁オーファ軍救助のために救難隊を出したって、本当ですか?﹂
﹁デブリーフィングで言っていたのが嘘でないならな﹂
﹁敵国なのに?﹂
﹁そういう国だと諦めてくれ。私も、この国のそういうところは嫌
いじゃないんだ﹂
耳が痛いであろうシリウスが、煙草に火を点けた。
45
昔と変わらない、オイル・ライタだ。
彼だって変わらないじゃないか。
少佐は苦笑い。
きっと、再開してから初めて彼に対して笑ったんだと思う。
46
06 R&R︵後書き︶
そろそろ次の状況に移りましょうか。
47
07 DACT
7日後。
天候は回復し、今は晴天の割合が多い。
ロラン防衛空軍、フェーン空軍、そしてBF社戦術戦闘航空隊﹃
ゲーティア﹄が合同訓練を行うのには良い日だった。
といっても、戦時中にそれほど悠長なことは出来ない。
実戦武装した数機が交互に飛び立って、訓練の帰り道に周辺偵察
を行うことになっている。
本格的な空戦の訓練というよりは、互いのポジショニングや呼吸、
いざというときの連携行動などの確認の意味合いが強い。
現在飛行しているのは、ロランからF−2が2機︵サジタリウス
隊ではない︶、フェーンのスクルド中隊から経国2機、﹃ゲーティ
ア﹄のシトリー小隊からグリペン2機。
最初は、互いの機体の性能を確認しあうだけの軽いDACT︵異
機種間戦闘訓練︶。
それから連携訓練だ。
訓練となると、アヤル・スーにとってもそうそう負ける気はない。
先日の失態を今度こそ補うためにも、訓練はしっかりとやってお
きたかった。
日頃の訓練こそが実戦でモノを言うのだと、それだけは間違いな
いと信じて、今もここにいる。
増槽もミサイルも抱えたままだから、それほどの高機動が出来る
48
わけではないが、
開始の合図と同時にアヤルは素早く機首を上げてズーム・アップ。
ハイレート・クライム。一気に高度を稼いだ。
インメルマン・ターンを使わなかったのは、互いに条件が同じな
ら、先に高度を確保したほうがいいと考えたからだ。
ミサイルは使用禁止。
ガンの仮想攻撃が当たった側の勝利。
3勢力ごとに別れてのチーム戦だ。
初期位置は、互いが1点を睨んだ三角形を形成した状態からのス
タート。インメルマンを使えば後背を晒すことにもなった。
今も昔も、ドッグファイトでは背後と上が絶対的に有利な場所と
なる。
スクルド4、アヤルは、アフター・バーナーなしのほぼ垂直上昇
の状態から、機速を失う前にループに入れて下方視界を確認。スク
ルド5が後ろにしっかりついてきていた。優秀なウィング・マンだ。
下方ではF−2が2機、息のあった動きで経国から離脱。距離を
離すことで、高度のアドバンテージを薄める目的か。
グリペンはどこか、と探して、その姿がどこにも見つからないこ
とにぎょっとする。慌ててレーダーを確かめると、自機とF−2以
外のフリップ︵光点︶が存在していない。
︵どっちかの真下にいる!︶
即座にそう判断して、ループから背面降下。ポイント・ロールを
して死角を補いながら見回すが、見つからない。どこにいる。
49
相方が警告を発する。
﹃F−2が接近﹄
﹁仕方ない。そっちから迎え撃つ。ポート︵左舷︶、ナウ﹂
2機の経国が左に緩い旋回をしながら、F−2と対面交差。
現代戦において、正面からのガン攻撃はほぼ当たらないと考えて
いい。
FCS︵火器管制システム︶もそう判断し、この場合は撃っても
判定にならない。
もっとも、本来ならミサイルを撃ち合って決着がついている状況
なのだが。
この場合は訓練なので何も問題はない。
両陣営、素早く翼を翻してターン。
旋回戦に移る。
未だに姿を見つけられないシトリー隊の存在が不気味なせいで、
互いに消極的に旋回するだけだ。
と、パッシヴ・レーダが攻撃照準波をキャッチ。いつの間にか後
ろを取られていた。
F−2は攻撃位置にはない。
グリペンに間違いない。
ルール上、ミサイルは撃てないが、それでも戦闘機乗りの本能が
コントルール・スティックを動かす。
﹁訓練だから﹂などという理由で動かなかったら、それこそ訓練
の意味はない。
素早く避退。
今度こそインメルマン・ターン。
50
一旦上昇して高度を確保する。
が。
﹁うわっ﹂
いきなり視界がホワイト・アウト。
真っ白に包まれた。
︵雲に突っ込んだ!︶
F−2との巴戦で、高度が下がっていたから、取り戻そうと上昇
しすぎたのだ。
﹁くそ﹂
慌てて高度を調整して雲から抜ける。
︱︱そして、コクピットに響くロックオン警報。
﹃撃墜だ。悪いな、スクルド4﹄
ロランのF−2が真後ろにいた。
﹃こちらスコーピオ2、こっちも食わせてもらったぜ﹄
僚機も﹃撃墜﹄されていた。
向こうが読んでいたというより、こちらが彼らの前に飛び出して
しまったのだ。
51
つまり、こういうこと。
インメルマン・ターンは上昇し、ループする途中で機体をロール
させ、速度を上昇力に変換するマニューバだが、その性質上、どう
してもそれまで正面だった空間に背を向けることになる。
その状態で高度を何もせず下げれば、相手の鼻先にテイルを晒す
ことになる。
慌てた結果がこのざま。
突然のロックオンに動揺して、まんまと罠にはまった。
悔しさに歯噛みしながら、負けを認める。
まだ、あの実戦のロックオン警報の恐怖を克服できていない自分
の失策。
そして、周囲の天候状態を把握できなかった自分の未熟だ。
﹃こちらシトリー1。まだ時間があるな。もう1試合やろう﹄
BF社﹃ゲーティア﹄から入電。
シリウスのいる隊の隊長でもある。つまり、シリウスの直接の上
司だ。
いつの間にか、編隊の最後尾に上昇してきていた。
ここまで行動を把握できなかったことに、今更ながら戦慄する。
予想以上の手練れだ。
と。
ピ、という音と共に、回線が開いた。
聞こえてきたのは、シリウスの声。
それも、ひと言だけだ。
52
﹃次はお前のターンだ﹄
﹁え?﹂
その意味を図りかねている間に、さっきと同じ条件で再スタート。
さっきの反省を踏まえて、最初からインメルマン・ターンで上昇。
ここはでは定石通りだったが、さっきと違うのは︱︱
﹃スクルド4! グリペンがF−2に向かってる!﹄
僚機、スクルド5からの報告に目を遣ると、さっきの隠密行動と
は打って変わって、派手な動きで海洋迷彩のF−2を追い回してい
る2機のグリペンの姿が目に移った。
しかし、いつの間に後ろを取ったのかすら見えなかった。
﹁後ろ取るの早すぎ!﹂
愚痴りながらも、スライス・バックで急降下。
F−2を先に撃墜しても、あのグリペンに勝てる気がしない。
なら、シトリー隊が敵を追っている隙にキルしてしまうのが順番
として妥当だと判断した。
どんなエースでも、敵を狙っている時は背後が無防備になるがち
なものだ。
卑怯だと言う奴は、パイロットじゃない。
油断した奴から墜ちていくのがこの世界だ。
53
急降下からローリング。速やかにグリペンの背後についた。
グリペンはF−2と激しいシザーズを繰り広げているが、世界屈
指の練度と謳われるロラン防衛空軍相手に、明らかに﹃ゲーティア﹄
は勝っていた。
本来ならウィングマンであるはずの黒犬のエンブレムが先に立ち、
F−2を執拗なまでに追い回している。
まるで猟犬だ。
F−2は急減速、急降下。
機速で勝っていたグリペンは、一瞬だけの上昇から、一度ロール
を打って運動エネルギーを消費、降下に繋げる。
ハイ・G・ヨーヨーだ。
それも鋭い。
ぴたりと食らいついて離さない。
F−2はジグザグにヴァーティカル・ローリング・シザーズ。
だが流石に焦っているのか、機体が滑り気味。
黒犬のグリペンはまるでそれらを弄ぶように、ぴったり背後につ
いている。
もう、撃てるんじゃないのか?
アヤルはそう思ったが、構わずグリペンの動きに追随。
敵が背後にいないのは分かっていたから、黒犬に迷わず狙いをつ
ける。
54
ロックオン。
ガン・コントロール・スイッチに指をかけた。
途端。
グリペンが消えた。
そう思うほどの一瞬。
ダッチ・ロールで上昇、相手の上後方を占位し、急襲をかけたの
だと気づく。
F−2を撃つ、その瞬間を狙ってやる。
そう思い、息を詰めて機を窺う。
が。
グリペンは突然、機速を上げると急降下。
そのままF−2を追い抜いて、海面スレスレにまで降りていった。
﹁なっ?﹂
しかし視線を戻すと、そこにまるで撃ってくれと言わんばかりの
状態でF−2が目の前にあった。
ガン・モードでロックオンのキューが出ている。
撃てる。
﹁ガンズ、ガンズ、ガンズ!﹂
55
コードを叫んでトリガをめいっぱい引く。
モニタ上で表示された砲弾が、正確にF−2を捉えた。
撃墜判定が下る。
﹁よっし!﹂
快哉を叫ぶ。
僚機も同時に、もう1機のF−2を﹃撃墜﹄。
油断している暇はないと思い、グリペンを補足すべく機動を行お
うとした矢先。
ピーと言う音がして、モニタに﹃被撃墜﹄のサインが出た。
﹁え?﹂
ぽかん、としている間に、僚機からの、
﹃すいません、中尉⋮⋮﹄
という、恐縮した声。
黒犬のグリペンが、目の前を悠々と通り過ぎて、上前方に留まる。
まさかと思い、高度を下げて背後を伺う。
そこには、いつの間にかもう1機のグリペンが陣取っていた。
そういえば、黒犬とF−2にばかり気を取られて、もう1機のグ
リペンの動きを見逃していた。
56
﹁あっちゃあ⋮⋮﹂
顔を押さえてうめく。
これが実戦だったら、1機撃墜の戦績と共に自分は名誉の戦死だ。
しかし⋮⋮
︵今の手応え⋮⋮︶
冷静になった頭で、考える。
まるでグリペンが自分に獲物を譲ったような動き。
そして、僚機がいつの間にか後ろを取っていたという事実。
﹁操られたみたい⋮⋮﹂
先ほどシリウスが言った、﹁お前のターンだ﹂という言葉の意味。
その結果がこれなのだとしたら。
身震いする。
自分はもしかして、とんでもない英雄と知り合ったのかもしれな
かった。
﹃くそう、やるなあ。さすがシリウス。元アグレッサーの名は伊達
じゃねえな﹄
F−2のパイロットが悔しそうに笑う。
﹃無線で言わないほうがいい﹄
57
﹃オット、こりゃ失礼﹄
シリウスの返答は情ないものだ。
︵アグレッサー⋮⋮飛行教導隊︶
仮想敵として、軍の訓練を担当する、最強のパイロットたち。
その一人だったのか。
道理で強い。
﹃さて、じゃあ準備運動も済んだし、連携訓練に移ろうか﹄
﹃待て。︱︱DCから入電だ﹄
内容は、
﹃所属不明機が当海域に侵入。ここからさほど遠くない。確認に迎
えとのお達しだ﹄
58
08 ファースト・アタック
﹃所属不明機が当海域に侵入。ここからさほど遠くない。確認に迎
えとのお達しだ﹄
ロランもフェーンも、国籍不明機出没の有名スポット。
その飛来元は、大半はオーファかアレサ。ロランの場合はこれに
ルーヴェが加わるが、どちらにせよ珍しいことではなかった。
﹁コピー。スクルド隊も同行する﹂
﹃シトリー1、コピー﹄
﹃ツー﹄
﹃何かあり次第、スクルド隊とスコーピオ隊の残りが駆けつける手
筈だ。それじゃ、スコーピオ1が先導する。ついてきてくれ。アフ
ター・バーナー点火で北に向かう﹄
﹃コピー。バイゲイト、ナウ﹄
アヤルは、スロットルの親指位置にあるスイッチを押し込む。
アフター・バーナー点火。
どん、という重たいGと共に急加速。
6機の混成編隊が北に向かう。
海上を高度四〇〇〇メートルで飛行。
ロラン機を先頭に経国が続き、グリペンが殿を務めている。
この編隊はそのまま、政治的な扱いを意味しているのだろうな、
とアヤルがぼんやり思った頃、
59
﹃DC、スコーピオ1、アンノンをジュディ︵レーダーで確認︶。
機影は7機。1機はでかい。輸送機と思われる。間もなく視界に入
る。ピクシス、指示を請う﹄
管制官のコードネームを呼びながら、F−2のパイロット。
通常のスクランブルと同じ手順のはずだから、これから警告と、
それを無視されれば威嚇行動に移ることになる。
﹃こちらピクシス。アンノンを視認次第、警告行動に入り、領空外
に誘導せよ﹄
﹃スコーピオ1、コピー﹄
戦前から繰り返されてきた手筈。もはやどちらも慣れたものだ。
アヤルも特に疑問に思うことなく、それに追随しようとして、
﹃ピクシス、DC。こちらシトリー2、シリウス﹄
︱︱低い男の声が、それを中断した。
﹃なんだ、シリウス﹄
心底不思議そうな老管制官の声に、淡々とした要請。
﹃﹁敵機﹂に対し、先制攻撃の許可を請う﹄
一瞬、その場の誰もが沈黙した。
﹃説明をするまでもないだろう。今は戦時中だ﹄
60
﹃い、いや、待て。いきなり撃つというのは﹄
﹃向こうは撃ってくる。俺は死にたがりじゃない﹄
﹃少し待て。今、准将に、﹄
﹃ではいつ撃つ?﹄
﹃待て、現場の状況を鑑みて、それから指示を、﹄
シリウスは容赦なく迫った。
﹃これは実戦だ。即答しろ、DC﹄
﹃待て! いいから待て! じ、准将!﹄
﹁奴め⋮⋮!﹂
指揮所のトップであるアマル准将は、追い詰められた獣のような
笑みを、獅子のような顔に浮かべた。
﹁ここでわれわれを試す気か!﹂
﹁いかがいたしますか? 准将。防衛軍法に基づけば⋮⋮﹂
﹁奴が言っているのはまさにそれだ。われわれが非戦争時の防衛法
を遵守するか、それとも戦時国として、敵を殺すか﹂
つまり戦時国としての自覚があるかどうかを見極めるつもりだ。
﹁し、しかし、奴は一軍人です。こんな要請自体がナンセンスでは
?﹂
﹁奴はBF社の傭兵だ。気に入らないことがあれば、上司に報告が
行く。東政府とBF社との契約は、﹂
61
︱︱戦争に勝つための戦力の提供。
﹁BF社上層部が、ロランを﹃戦争に勝てない国である﹄と判断し
たなら、最悪、契約放棄すらあり得るぞ﹂
﹁し、しかしロラン防衛軍はシビリアン・コントロールを是とする
軍隊であり⋮⋮﹂
﹁シビリアン︵文官︶?﹂
准将は嗤った。
笑いながら、背後を振り返る。
そこには本来、政府から派遣された要人が座るべきトップ・ダイ
アスがある。
だがそこは今、空席だ。
西政府側であった政府高官はとっくの昔に本州に亡命している。
東政府とレダ島が断絶されている今、代わりの文官が派遣されて
くることもない。
レダ島知事は、開戦後も明確に反戦を掲げている。
それはそれで評価できる根性だったが、一度、基地まで押しかけ
て指揮所に入れろと言ってきた時には辟易したものだ。
入ってこられても、彼に指揮権などないし、はっきり言って迷惑
なだけだ。
﹁そんなもの、どこにいるというのだ﹂
絶句する部下に代わり、准将はマイクを手に取った。
シリウスは﹁これは実戦だ﹂と言った。
議論に時間を掛けていては、独断専行をされる可能性があった。
62
結論は即断でなければならない。もう随分時間が空いてしまった
が。
︵いや、︶
苦い気分で思い出す。
随分どころではない。
自分とシリウスに限って言うならば、この決断は既に4年遅い。
﹁シリウス、私だ﹂
これで通じるだろうと思い、名乗らないまま告げる。
﹁⋮⋮先制攻撃を許可する﹂
DC内の息を呑む気配を感じながら、続ける。
﹁ただし、アンノンを視認し、﹃敵国の攻撃能力を持った軍用機で
あること﹄を確認してからだ﹂
﹃確認する。目視にて、﹁攻撃能力を持った敵国軍用機﹂であるこ
とを確認した後、先制攻撃を仕掛けるという、DCからの命令で間
違いないな?﹄
﹁この期に及んできさまに責任を擦り付ける意味はない。それが私
の命令だ﹂
﹃目視距離外から撃たれた場合は?﹄
﹁集団的自衛権は既に東政府の国会で確立されている。反撃を許可
する﹂
63
交戦規定にはまだ穴が多いが、オルレアのものに準拠した戦時特
別措置法案が、現在国会で議論されている。
現在のロランは東政府でも、捕虜の扱いに関する規定すらまだな
い状態だ。
東政府にわずかに残ったハト派の野党が抵抗しているためだ。だ
がそれは必要なことでもある。
﹃了解。まあ、撃たれて生きていればの話だが。ついでにもう一つ﹄
﹁なんだ﹂
﹃それはこの編隊全体に対する命令か﹄
慎重だな、と思う。
それだけ彼は、この国に失望しているということか。
いや、そういう考え方そのものがナンセンスなのだ、と思い直す。
この男は今、軍隊ではなく会社に拠って働いている。
自身の全力をどこにどのように尽くせばよいのか。
﹃国のため﹄などという曖昧な基準も、﹃仲間のため﹄という希
薄な基準も存在しない。
そこにあるのは限りない合理性だ。
それを確認するための言葉だったのだと思い至り、准将は頷いた。
﹁そうだ﹂
﹃了解した。通信終わり﹄
ほとんど一方的に通信が切られ、DC内が沈黙に包まれる。
しかしそれも長くは続かない。
戦闘機はマッハ0.9の速度で飛行している。
64
目標との接触まで幾許もない。
その間、地上勤務のメンバーが無意識に願っていたのは、﹁頼む
から味方機か、それともさっさと領空から離脱してくれ!﹂という
ものだった。
厄介事を嫌うというより、無意識のうちに100年の平和に慣れ
きった心が、そんな気持ちを生んだのだ。
自分たちの手で争いを生み出したくない、という気持ちは、戦争
を経験したことのない世代なら、持っていて当然のものだった。
だが報告は無情に入る。
﹃こちらスコーピオ1、ボギー、タリホ︵国籍不明機、目視で確認︶
﹄
﹃スコーピオ2、ボギーの尾翼に統一アレサの国旗マークを確認。
︱︱敵国だ﹄
戦争は、とっくの昔に始まっていた。
﹃レーダーに反応あり﹄
洋上を航行中の、その編隊は、そんなロラン防衛軍の遣り取りな
ど知る由もなく、ただ事実だけを確認した。
﹃どうせロランのF︵戦闘機︶だろう。侵略者どもめ。まだここが
自分たちの国だと思っているんだ﹄
統一アレサ軍の中佐は、そう吐き捨てた。
65
彼らが100年前の戦争で、アレサにどれだけ非道な行いをして
きたかは、幼い頃からずっと聞かされ続けている。
そのうちの幾つかは確認されていない事実だが、火のないところ
に煙は立たないと言う。
どちらにしても、ロランがかつて、自分の祖国を侵略したことは
間違いのない事実なのだ。その謝罪も賠償も、100年経った今で
も行われていない。
その上、アレサの領土を何度も自分たちのものだと主張し、こち
らの証拠を悉く捏造だと決めつけてきた。
誤りだった情報はいくつかあったかもしれないが、全て否定して
くるのは奴らにやましいことがあるからに違いない。
﹃どうしますか? 隊長﹄
﹃ふん、どうせ連中は警告するだけだ。向こうから撃てやしないさ。
近づいてきたら、編隊を解いて取り囲む。悪いロラン人どもを嬲り
殺しにしてやれ﹄
﹃了解!﹄
︱︱この辺りが、アレサ空軍とオーファ空軍の決定的な差だった。
オーファ軍は戦前の経済崩壊と、それに伴って分裂した国家を再
統一するために、自治勢力に対して武力闘争を仕掛けた。
そのため、﹃先に撃たなくてはやられる﹄という意識が非常に強
い。
一方でアレサは、長い間、分裂した南北で休戦状態という名の緊
張状態が続いていたとはいえ、最終的には北の自壊によって、実戦
66
をろくに経験しないまま統合された過去を持つ。
或いは、戦争を仕掛けた主体であるオーファという国と、独立を
謳ってはいるものの、北アレサの難民が流入したことで経済が破壊
され、オーファに経済的に完全に支配されているアレサとでは、こ
の戦争に対する真剣度が違っていたのもあるかもしれない。
その上、アレサもオーファと同様、何度もロランの領空を侵犯し
ては、専守防衛の原則に従って攻撃できない防衛軍のスクランブル
機をおちょくっては、体のいい空戦訓練の相手にしてきた。
つまり、彼らは完全に、防衛軍を舐めていた。
そして何より、PMCsの部隊がそこにいるのだという事実を、
完全に失念していたのだ。
戦端が開かれる。
ドグファイト・モード、オン。
全サーキット・ブレーカ、オン。
シーカ、オープン。
ロックオン。
﹃︱︱FOX2﹄
67
09 スプラッシュ1
﹃敵機を確認。アレサ国籍機と断定。F−15が6機、C−130
が1機だ。うちでも使ってる構成だな﹄
報告を聞きながら、アヤルは実戦の予感に、フライト・グローブ
の中が湿り気を帯びてくるのを感じた。
﹃翼下、胴体下部に空対空ミサイルを確認。攻撃能力があると判断
する﹄
条件は満たされた。
アヤルの予想に反して、防衛軍のパイロットは高揚しているよう
だ。
アヤルにはその心理が理解できないのも無理はなかったが、長年
に渡って、彼らは国籍不明機への対処に、撃つことも出来ず、引く
ことも出来ず、時に小馬鹿にされ、時に指揮官である政治家に無茶
な要求をされ、挙げ句に守るべき国民から﹁税金泥棒﹂、マスコミ
からは﹁人殺しの暴力装置﹂と呼ばれ、それにひたすら耐えてきた
のだ。
今この瞬間、先に撃って良いと言われて、俄然やる気になるのも
無理はない。
誰だって、いつ領土上空にまで侵入してくるか分からない国籍不
明機を、﹃撃墜せず、威嚇射撃もせず、警告だけで何とか追い出せ﹄
という命令をひたすら守ってきたら、我慢の限界が来る。
70年近く、その命令を遵守してきた防衛軍の感情たるや、筆舌
68
に尽くしがたい。
﹃スコーピオ1から各機へ。大きく迂回して、敵編隊の背後からア
タックするぞ﹄
指示と共に、6機が緩やかな弧を描いてターン。
こちらをレーダーで確認しているだろうに、輸送機と6機の護衛
機は悠然と空を飛んでいる。
まるでこちらが撃ってくるとは思っていないかのようだ。
アヤルは首を傾げる。
頭でもおかしくなったのか?
感想は脇に置いて、サーキット・ブレーカを全てオンにして、全
兵装のロックを解除。
いつでも撃てるようにする。
実は先の実戦でこれをやり忘れていて、チャンスになっても撃て
なかったという苦い経験がある。
戦端を切ったのはシリウスだった。
﹃シーカ、オープン。ロックオン。FOX2、FOX2﹄
何の呪文かと、一瞬思った。
シリウスが誰よりも早く、2発の中距離高速ミサイルを発射した
のだ。
ミサイルは噴射煙を長く曳きながら飛び去り、次の瞬間、2つの
爆炎が、蒼穹に華開いた。
69
﹃なっ!?﹄
﹃なんだ! 何が起きた!﹄
﹃グール3と5が食われた!﹄
﹃馬鹿な、撃ってきやがった!﹄
﹃ロラン軍は撃たないんじゃなかったのか!﹄
﹃くそ、何て奴らだ、人殺しめ!﹄
﹃ブレイク! ブレイク! 散開して敵を輸送機から引き離せ!﹄
﹃よくもやってくれたな! 殺してやるぞ、侵略者め! 殺してや
る!﹄
﹃こちらスコーピオ1。IFFの起動を忘れるな。味方を撃つなよ﹄
﹃今までさんざん虚仮にしてくれた釣りだ。持ってけ、FOX2!﹄
シリウスが放った最初の2発は、回避運動すら取ろうとしなかっ
た世界最強の戦闘機2機を木っ端微塵にした。
恐らく、パイロットはミサイルが当たって機体ごと粉々になるそ
の瞬間まで、自分は撃たれないと信じていたのだろう。
だが現実は、こうだ。
4機に減ったF−15が慌てて散開。
その際に展開したフレアで、ロラン側が撃った残りのミサイルは
虚しく宙空に飛び去る。
F−2と経国が二手に分かれてそれを追う。
70
F−15との訓練経験があるロラン軍は問題ないと判断したのか
︵無理もない。ロランもF−15を採用している︶、グリペンがこ
ちらを援護するように追随してきた。
確かに、機体性能に関しては経国もグリペンも、F−15には及
ばない。
世界最強の名は伊達ではない。
もの凄いエンジン・パワーで強引に旋回するF−15に、先に後
ろを取ったというアドバンテージを守るだけで精一杯になる。
旋回するということは、機体の速度を維持するために必要な運動
エネルギーを消費するということだ。
速度の落ちたジェット戦闘なんて、ただの的。
だから、それを強引にパワーで補えるF−15は、強い。
無論、強い理由はそれだけではないのだが、今はその差が如実に
現れていた。
シザーズを繰り返しても機速を失わない戦闘機。
先日戦った、オーファのJ−8とは比べるのも愚かしい機体性能。
3対2という圧倒的な有利であっても、振り切られないようにす
るのが精一杯だった。
近年の戦争で、戦場に投入されたことそのものを非難された機体
だ。
曰く、﹁強すぎて勝負にならない﹂と。
﹃こちらシトリー1。スクルド4、低空戦に持ち込め。高空では奴
らが有利だ﹄
﹁そんっ、なことっ、言ったって!﹂
71
PMCsからのアドバイスに応じる暇もない。
右へ左へと旋回を繰り返すシザーズ合戦は、機体性能ではなく、
純粋にパイロットの腕で勝ち負けが決まる。
自分が乗る機体の特性と、旋回性能、減速性能の限界を熟知し、
そのギリギリのところで互いの腕を試し合うのだ。
機体の限界を見誤り、空中で﹃滑った﹄ほうが敗者となる。
失速した機体、つまり空中で止まったも同然の姿を晒し、﹁もう
どうにでもして﹂という状態になる。
してみると、未だに後ろを占位したままでいられる自分の腕は、
決して敵に劣るものではないのだ。
恐れるなと自分を鼓舞。
相手の姿勢を崩すこと。
背後にいる自分は、敵より一手多く動ける。
それに気づいて、アヤルは咄嗟にガンを1秒だけ撃った。
ストレーキから放たれた曳光弾は大きく外れて、F−15の上方
を掠めるだけに終わったが、上昇を危険と判断したF−15が徐々
に高度を下げ始めた。
狙ってやったわけではない。
だが低高度になれば、機体の重いF−15は、その性能を大きく
落とす。
その分、軽い経国がつけいる隙が生まれるはずだ。
案の定、砲弾への恐怖と、これ以上高度を下げることへの躊躇で、
72
F−15の動きが目に見えて鈍り出した。
︵シトリー1が言ってたのはこれ!︶
恐らく、低空での戦闘には慣れていないのだろう。
目に見えてまごついた敵機に食らいつく。
ロックオン。
ミサイル・レリーズを押し込む。
だが、勢いが余りすぎた。
距離が近すぎてミサイルが使えない。
コンピュータが、自機にも危険が及ぶと判断して、アヤルの指示
をキャンセル。
その隙を突いて、F−15がバレルロール。急減速。
アヤルは必死にそれに合わせてロールをするが、攻撃が失敗した
ことに動揺して反応が遅れた。
オーヴァ・シュート。
F−15に背後を取られた。
最強の戦闘機に。
ぞっとする。
背後を確認。
73
僚機、スクルド5が慌ててエア・ブレーキを展開、減速している
のが見える。
だがそんなことをしている時点で、援護位置にいないことは明白
だ。
狙ってか、偶然か。
そんなことには関係なく、レッド・アラートが響いているのは事
実。
ブレイク。
フレアを射出。
早すぎた。
まだ敵は撃っていない。
慌てた拍子に致命的なミス。
まずい。
そう思った途端、レーダーのF−15が突如消滅した。
ロックオンも解除される。
﹃シトリー1、スプラッシュ1︵敵機撃墜︶﹄
落ち着いた男声。
そうだ。
後ろには。
︵味方がいた⋮⋮︶
74
2度目の実戦で、多少は慣れたと思っていたが。
まだまだ、6割頭だ。いや、5割か。
前よりはマシになったはずだと信じたい。
﹃仲間がいるんだ。慌てることはない、スクルド4﹄
﹁はい⋮⋮感謝します、シトリー1﹂
諭すような父性に満ちた声に、思わず安堵しかける。
﹃もっとチームを信じろ。“あいつ”みたいにな﹄
あいつ? と聞き返そうと思ったが、まだ戦闘中であることを思
い出す。
まだ1機目だ。
前方にいる。
追いかけようと加速。
と、回線に入電。
﹃スコーピオ1、スプラッシュ1︵敵機撃墜︶!﹄
﹃スコーピオ2、こっちもやった! ウチのイーグルに比べりゃ屁
でもねえ!﹄
どうやらあちらの2機は片付いたらしい。
敗北を悟ったのか、最後のF−15がアフター・バーナーに点火。
逃走に転じる。
輸送機を置いて。
75
﹁敵を逃がすな。要らん火種を撒き散らしかねない﹂
アマル准将は腹を決めて、そう命じた。
やるなら全機墜としてしまえ。
中途半端に﹃逃げるものは追うな﹄と言えば、あのアレサ軍機は
帰還後、自分の立場を守るためにでっち上げの報告を出しかねない。
いや、十中八九出すだろう。
例えば、﹃自分たちは領空侵犯などしていなかった﹄と国際社会
に訴えれば、非難をわずかでも生み出しかねない。
アレサやオーファから大量の金をもらっている国内のマスコミも、
それに乗じてネガティブ・キャンペーンを張るだろう。
今のロランは、世界に見捨てられるか否かの瀬戸際にいると、准
将は認識している。
そして、内戦の一歩手前にいるとも。
少しの妥協も許されない。
ならば、全機墜としてしまうしかない。
一度始まった戦争だ。
最後の皿まで食らう覚悟がないのに、殺人の命令など下す資格は
ない、と准将は考えた。
そしてそれは、恐らくシリウスが望む答えだっただろう。
望む答えを返すつもりはなかった。
だが、この場においてそれは、最も正解に近い命令なのだと思い
76
知らされた。
﹃スコーピオ1、コピー﹄
﹃ツー﹄
﹁スクルド4、コピー﹂
F−2に続いてアヤルも応え、アフター・バーナー全開で、目の
前のイーグルを追い始める。
と、スクルド5が申し訳なさそうに、
﹃すみません、こちらスクルド5。燃料ビンゴです﹄
ビンゴとは、﹁帰投するために必要な分の燃料しか残っていない﹂
という意味だ。
﹁増槽は?﹂
﹃実戦開始時に切り落としました﹄
﹃こちらピクシス。了解した。帰還を許可する。無事に戻ってこい﹄
﹃さっきの訓練で無駄な動きが多くて⋮⋮本当に申し訳ない﹄
﹁気にしないで。落ち着いて帰還を﹂
本当に恐縮している後輩に、明るく声を掛ける。
﹃こちらスコーピオ2。護衛は要るかい?﹄
﹃いえ、大丈夫。感謝します、スコーピオ2﹄
反転して去っていく僚機をバックミラー越しに見送ってから、再
び前方に集中する。
77
だが、
﹁くそ、速い!﹂
2発の強力なエンジンを備えたF−15の最大推力は、経国やF
−2のそれを上回る。
全力で逃げに転じられたら、捉えるのは至難の業だ。
こうなると機体性能の差が物を言う。
どうしようもないと感じながらも、せめて燃料ギリギリまでは追
ってやると決意して増槽を切り離す。
機体が軽くなり、さらに加速。
それでもじりじりと距離が遠のく。
ミサイルの射程範囲からも逃れられている。
﹃くそ、加速性能ならF−2のが上なのにな!﹄
スコーピオ隊の愚痴が聞こえる。
それは経国にも言えることだ。
駄目だ。
逃げられる。
そう思った次の瞬間。
ふと、日が陰った、と思った。
頭上を振り仰ぐ。
天頂にある太陽。
78
そこから、背面、スライス・バックの姿勢から、一散に滑り落ち
てくる機体があった。
グリペン。
優れたアヤルの視力は、太陽の逆光の中でも、尾翼の黒犬を捉え
ていた。
黒犬。
狼。
太陽を背にした、
天狼。
シリウス
︵ああ、だから天狼星⋮⋮︶
不意の納得を得ると同時、その狙いに気づいた。
高度とは即ち運動エネルギーだ。
遙かな高みから落ちてくる物質は、重力によって速度を得る。
グリペンは今、アフター・バーナーを全開にし、高度を速度に変
換し、機体性能以上の速度を発揮している。
2機を撃墜後、F−15の逃走に先んじて高度を上げ、いつでも
対処できるようにしていたのか。
それに気づいた時、アヤルの背に先ほどロックオンされたときと
はまた違う、ゾクゾクするような感覚が走った。
79
降下加速するグリペンの先にいるのは、無論、イーグルだ。
パイロットは気づかないのか、それとも周囲を見回す余裕もない
のか、コースを変えない。いや、
︵ロックオンしてない?︶
その考えが胸をよぎった時、
﹃スクルド4﹄
入電。
シリウスだ。
続く言葉は、ごく短いものだった。
﹃お前のターンだ﹄
グリペンが発砲。
ガンはF−15の鼻先を通り抜けた。
当たらない。
だがロックオンの警報もなしに上から撃たれたパイロットは、さ
ぞかし仰天したのだろう。右にブレイク。
︱︱戦闘機というのは、非常にデリケートな乗り物だ。
80
車のように、ハンドルを右に回せば右折出来るという、単純なも
のではない。
右旋回一つ取っても、3枚の翼を、コンピュータ制御されている
とはいえ、上手く操らなければ、失速を招く。
ましてや、マッハ2.5の全速力で飛んでいるときに無理な急旋
回をしたなら、どうなるか。
がくり、と旋回中のイーグルが姿勢を崩すのが見えた。
機首が下がり、不自然な体勢で急減速。
︵“滑った”!︶
パイロットも、急減速による相当なGを受けて、前後不覚のはず
だ。
つまり、﹁もうどうにでもして﹂という状態。
アヤルはアフター・バーナーをオフ。
エア・ブレーキを引く。
減速して、進行方向を調整。
オーヴァ・シュートしないようにしながら、見る見る近づいてく
る敵機をサイト内に捉える。
ロックオン。
撃てる、と思うより先に、指がミサイル・レリーズを押し込んで
いた。
﹁︱︱FOX2!!﹂
81
フォネティック・コードを叫んだのは、ミサイルが機体を離れて
からだった。
反射的に、イーグルと反対方向に旋回。
爆発に巻き込まれないようにするためだ。
それでもミサイルの航跡を目が追っている。
酷くゆっくり、それはスローモーションの中で見えた。
ミサイルがイーグルの、平たい背面に突き刺さる。
それがひしゃげ、次の瞬間爆発し、破片がイーグルを真ん中から
バラバラに引き裂くのまでがはっきりと見えた。
撃墜した。
撃墜した。
︱︱墜とした。
興奮から呼吸が荒くなり、それを感知したマスクが、酸素供給量
を増やして頭を冷やす。
﹁⋮⋮スクルド4、スプラッシュ1⋮⋮﹂
報告は、それから十秒以上も経ってからのことだった。
82
09 スプラッシュ1︵後書き︶
政治的なことはあまり語りません。
右も左も知りません。
この小説は、ただカッコイイ戦闘機が、カッコよく活躍するだけの
小説です。
83
10 アポトーシス
爆煙も鉄片も、風と重力に流されて瞬く間に消えた。
今し方存在していたのが、まるで嘘のように。
そこには何もない。
ただ、空だけがある。
墜とした。
イーグルを。
世界最強の戦闘機を。
安価なF−16をベースに作られた、フェーンの国産戦闘機が。
﹁あは⋮⋮﹂
思わず笑みを零しそうになって、
同時に手が震えているのに気づく。
これが、人を殺したことによるものなのか、歓喜によるものなの
か、判別はつかない。
ただ、確かなことは、自分が世界最強の戦闘機を︱︱
﹃やっぱアレサのF−15、たいしたことねえなあ﹄
﹃まあ、こっちで墜とした機体、明らかにフラップおかしかったし
な。整備不良じゃねえか﹄
﹁⋮⋮⋮﹂
84
スコーピオ隊の面々の雑談が聞こえてきた。
﹃あの国、共食い整備してるし、絶対整備不良だろ。こないだはマ
ンホールにイーグルのギア落として1機ぶっ壊したし﹄
﹃北を刺激したくないから、あんまり近海で訓練も出来てねえだろ
うしなあ⋮⋮﹄
﹃統一したっつっても、難民流入防ぐために国境で隔離したままだ
しなー。それでも流れてきて経済破綻したけど﹄
﹁⋮⋮⋮﹂
思わず俯く。
いや、まあ、噂には聞いていたのだけど。
アレサ軍は、陸軍は強いが、空海軍は伝統的に弱い。
正直、ロランのF−15よりバージョン・アップされている機体
だったとはいえ、かなりレベルの低いモンキー・モデル︵海外に輸
入する際に作られる、性能を意図的に落とした機体。自分のものよ
り強い機体を他国に売る国はない︶だっただろうし、それも自前で
ろくに改造してないだろうし。
いやいや。
前向きに考えよう。
ロランのF−15が強すぎるだけだ。
国際平均で見れば、アレサのそれだって、まあ一応強い部類には
入るだろう。
きっと。
85
﹁こちらスクルド4、理論武装完了⋮⋮!﹂
﹃こちらシトリー1。何だか分からんが、とりあえず敵輸送機の処
遇を決めないか? DC、指示を請う﹄
思い切り受け流されて再び俯く。
と、電子音。
﹁あ。﹂
経国の航続距離は短い。
グリペンの半分ほどしかない。オーファとの政治的な軋轢から、
わざと航続距離を落とされたという噂もある。
増して戦闘のために増槽を落としたから、もうタイム・リミット。
﹁スクルド4、燃料ビンゴです﹂
﹃DC、了解。帰投してくれ。参戦したフェーン軍では君が敵機撃
墜一番乗りだな﹄
味方は管制官だけだった。
﹁すいません、皆さん。後のことはお任せします﹂
﹃おう、気をつけて帰れよ﹄
空域を離脱していく経国をレーダーで確認して、DC内のアマル
准将はひと息つく。
フェーン空軍に犠牲者が出ると、いろいろと問題が出てくる。
86
無論、防衛軍なら良いというわけではないが。
それでも懸念材料が一つ減ったことに安堵した。
おまけに撃墜スコアもついた。
これはフェーンの士気を大いに高めてくれるだろう。
﹃こちらスコーピオ1。アレサのC−130の頭を押さえた。指示
を請う﹄
﹁こちらピクシス。誘導して、レダ基地に強制着陸させる。警告行
動を開始しろ﹂
﹃コピー。これより警告行動に入る﹄
が、こちらの問題がまだ残っている。
敵のC−130は、当然空対空装備などない。
撃ってくる危険性はないから、このままどうにでも出来るのだが
⋮⋮
﹃こちらシトリー2。提案だが、墜としたほうが早くないか﹄
過激なことを言ってくる輩が、やはりいた。
﹁こちらDC。非武装の機体を墜とせば国際的な非難を浴びかねな
い。自重しろ、シリウス﹂
﹃了解。それはいいが、強制着陸させた後の捕虜の扱いは、もう決
まってるのか?﹄
﹁⋮⋮⋮﹂
准将は顔を顰める。
その通り、決まっていない。
87
防衛軍法どころか、ロランに存在するどの法律にも、捉えた﹃敵
国兵﹄をどう扱うかという記述は存在しない。
平和憲法を有するロランは、﹁戦争をしないこと﹂が前提である
ため、その手の法律を作ろうとすると﹁また戦争を起こす気か﹂と
国内外から一斉に非難の声が上がるのだ。
いや、国外からの非難は、お隣の3国からしか湧いてこないが。
平和憲法の基礎を作ったオルレアですら、﹁もう憲法変えても良
い頃合いだろう﹂と遠回しに打診されていた。
その矢先の戦争だ。
当然、今も東政府の国会で活発に議論され、必要なものは次々と
制定されているが、野党の抵抗もあって実現していないものも多い。
当面は、現存する法律を拡大解釈するなどして対応するしかない。
この場合は不法入国と兵器持ち込みあたりで手を打つことになる
だろう。
だが法律の拡大解釈は、融通を利かせすぎれば結局のところ、法
律そのものの無意味化を招く。
早くしっかりとした戦時法を整える必要があるが、それは准将の
手の届かない場所での話だ。
﹁それはお前達が心配することじゃない。とにかく、輸送機をレダ
島に引っ張ってこい﹂
﹃了解﹄
シリウスの声に感情が含まれていないのには、正直、救われる思
88
いだった。
どうにも試されている気分が抜けない。
自分が、ではない。
ロランという国の有り様そのものが、だ。
かつての部下であり、もっと前は教え子でもあった男は、今、ロ
ランの内実を知りながらロランの外側にいる。
その冷徹な声が、何もかもを見届けようとしているように思えて
しまい、そして自覚せざるを得ないのだ。
自分たち防衛軍やロランという国家そのものが、如何に国際的に
見て希有というか、非常識な存在であるのかを。
戦時協定もない。
捕虜の取り扱いに関する規定もない。
戦闘行為に関する規則もろくにない。
あってもそれは、軍を雁字搦めに縛り付けるためだけのものだ。
なのに、武力だけは持っている。
専守防衛のためだけだと誤魔化して、それでも戦力だけは持ち続
けている。
武力を捨てるという選択肢だけはあり得ない。
それは国家としてあってはならないことだからだ。
ならば、武力を御するものが必要だ。
それがない。
極端なことを言えば、戦闘行為が開始された時、ロラン防衛軍は
如何なる無法を、国際的に非難される蛮行を行っても、国内におい
89
ては何も問題がないということになる。
何せ規定がないのだ。
インターネット犯罪が社会問題化する中で、法律で規制されてい
ないハッキングや違法ダウンロード行為が犯罪として処理されず、
認識すらされていなかったように。
抑制力はせいぜい、国際社会からの非難だったろう。
全て他人任せの国家。
何が起きても起こしても、それが善か悪か、正か邪か判断するの
は海外。
国際社会を基準にモノを考えるということは、国益を、国民を二
の次にしているということでもある。
それはどうしようもない、国民に対する無責任を表しているので
はないか?
准将は立場上、どうしてもそう考えずにはいられない。
﹃自らの責任において判断を下せない﹄ことが、こんなにも苦し
いことだと知ったのは、前線を退いて部下を指揮する立場になり、
マクロな視点を手に入れてからだ。
元々政治畑とは無縁だったこともあり、その疑問ばかりが浮かぶ
ようになった。
一体我々は、何を基準として、何を守り、何と戦い、そして何を
持って勝敗とすればいい?
﹃こちらスコーピオ1。アレサ機は進路を変更。予定通りレダ基地
に誘導する﹄
﹁DC、了解。︱︱准将﹂
90
﹁ああ。ただちに陸軍と警察に連絡。アレサ兵の対処に備えろ﹂
だが、今はやるべきことをやるだけだ。
法令や命令が変われば、それに従う。
変わらないなら、今まで通りにやる。
︵守るということは、︶
准将は指示を下しながら、思う。
︵守る対象を定義してから決めねばならない︶
防衛軍は、ロラン国民の命を守ることを至上目的としている。
アレサ人ではない。
オーファ人でもない。
オルレア人ですらない。
ロラン人だ。
確かなことは、それだけだった。
そのはずだ。
経国がゆっくりとアプローチしてくるのを、レイン・ネスト少佐
はエプロン手前で、腕組みをして見守っていた。
戦闘があったことは聞いている。
そして、シリウスが絡んでいる以上、何かあっただろうことも想
像がつく。
91
何より、経国の翼からミサイルが2発消えているのが、現実を物
語っていた。
その場に自分がいれば、と思う。
止めたかどうかは知らない。
寧ろ荷担したかもしれない。
それは現場の状況を知らないと何とも言えない。
だが、戦争は始まっている。
今日も、戦闘が起きた。
なのに自分がそこにいなかったということ。それが、こんなにも
腹立たしいものだとは、戦前は想像もつかなかった。
煙草をエプロン脇の灰皿に放り込む。
潔癖性の事務官が、とち狂って基地の全面禁煙を訴えだした時に
は﹁こいつ殺そう﹂と思ったが、レインを筆頭とした愛煙家の抵抗
にあって幸い実現しなかった。
嫌煙権と人は言うが、自室で一人で吸っている人間の喫煙権まで
奪うのは、それはもう自由権の侵害だろう。
もちろん、副流煙で他人に危害を及ぼすのはレインも望むところ
ではないが、
︵飛行機とか車の排気ガスも、人体に良い物なわけはないよな⋮⋮︶
とは思う。
ちなみにレダ基地のパイロットの主たる喫煙スペースは、機体が
並ぶ格納庫の扉脇だ。
ここ、オイルの匂いがするから、正直場所の選択をミスっている
と思う。
92
事務官の連中は、煙草が原因で火事でも起きて、何としてもこの
基地を全面禁煙にしたいのだと見える。
経国が無事に着陸。
それを見届けると、さっと機体の飛んできた方向を見る。
昼間の星が見えるわけでもないが、その向こうでは、まだ状況が
続いているはずだった。
アヤル・スーが着陸して、ほっとひと息ついたところで、通信で
怒鳴られた。
﹃何をしてる! 輸送機を強制着陸させるんだ、さっさとタキシン
グして滑走路を空けろ!﹄
﹁あ、す、すいません!﹂
ただでさえ消耗する空戦を、緊張でさらに疲れ果てていて、そこ
まで気が回らなかった。
慌てて戦闘機を滑走路から移動させると、エプロンに立っている
見覚えのある女性が手を挙げた。
レイン少佐だ。
こちらも軽く敬礼。
機を降り、経国がエプロンに牽引されていくのを横目に、アヤル
は灰皿脇のベンチにどっかともたれ掛かった。
93
﹁お疲れ﹂
﹁⋮⋮疲れました﹂
正直に告げる。
﹁煙草は要る?﹂
﹁あ、いえ、私は吸いません﹂
﹁いい心掛けだ。勝敗は?﹂
﹁私たちの勝ちです。イーグルを6機やりました﹂
﹁そりゃ金星だな。アレサのイーグルは40機しかない。その7分
の1を奪ったわけだ。こいつは向こうの大統領、明日には川に浮か
んでるかもな﹂
アレサの大統領が辞任後、逮捕されたり不審死を遂げているのは
世界でも有名な話だ。
﹁それで戦争が終わればいいんですけど﹂
﹁終わるものか。遺族と、一人称のでかい連中が黙っていないさ﹂
﹁はは⋮⋮﹂
一人称がでかい、というのは、ことあるごとに﹁われわれ国民は
怒っている﹂とか﹁市民を代表して﹂とか言う輩のことだ。
そして少なくともロランにおいては、そういうことを喚く連中は
遠巻きに見守られる宿命にある。
何故なら、当の国民・市民は、そんな主張をした覚えも、思った
こともないからだ。
酷い時には100年前の戦争のことを、政府関係者でもなんでも
ないロラン出身者が、勝手に﹁ロラン人を代表して﹂謝ったという
こともある。
勝手に代表になられたロラン国民は当然、大いに憤った。
94
﹁で、君は墜とせたか? 中尉﹂
﹁あ、はい⋮⋮シリウスの援護のおかげで、1機﹂
﹁やるじゃないか。アレサ空軍とはいえ、これでイーグル・キラー
だな﹂
﹁でも、その直前に後ろを取られて、危うく死ぬところでした﹂
﹁生きていれば関係ない。機体に被害もないようだしな。次に活か
せばいい。味方に損害は?﹂
﹁ゼロ﹂
﹁パーフェクトだな、今のところは﹂
﹁え? 今のところは?﹂
﹁これからが厄介だ。強制着陸なんて、ほとんど成功したことない
んだぞ、この国﹂
大抵は好きなだけ領空を飛ばれて、政府の命令で手出しも出来な
いまま、最終的には逃げられるのがいつものパターンだ。
見れば、陸軍の応援が駆けつけてくるのが見えた。
基地の警備隊も出てきている。
SAMや対空砲も次々と引っ張り出され、準備は万端という感じ
だ。
一様に浮き足立っているというか、明らかに緊張している。
﹁自分が機体から降りたって、状況はまだ、続いてる﹂
﹁⋮⋮⋮﹂
フェーンの援軍が到着するまでに、この人は何機墜としたのだろ
うか。
ふと、そんなことを思う。
95
しかもシリウスと司令所との遣り取りを見る限り、先制攻撃はあ
れが初めて。
それまで、集団的自衛権を利用して、何とか渡り合ってきたとい
うのだろうか。
それはどれだけ厳しい戦いだったのだろう。
想像もつかない。
今回は最初にシリウスが2機を墜としたから、あっさり終わった
だけだというのは、さすがにアヤルでも分かる。
それを、前大戦後、発足からずっと続けてきた防衛軍というのは、
どういう組織なのだろうか。
﹁見えた。C−130が1機。F−2とグリペンも後ろについてる﹂
﹁あ、ほんとだ﹂
飛行服が暑い。上だけ脱いでそれを見守る。警備隊が前進して、
いつでも飛び出せる態勢を作る。
ふと、レイン少佐が呟いた。
﹁⋮⋮速すぎないか、あれ﹂
﹃こちらスコーピオ1。輸送機の速度が速すぎる﹄
﹃アレサの輸送機に告ぐ! 進入速度が速すぎる。減速しろ! 繰
り返す、減速しろ!﹄
96
一度は落ち着いたDC内が再び騒然となった。
まさか、という思いが全員の脳裏を過ぎった。
それは同時に、予測していた事態でもある。
﹁防空設備は稼働状態にしてあるな?﹂
﹁いつでも撃てます﹂
だが、準備をしたところで、撃てない。
撃てない理由があった。
﹁警察の対応は?﹂
﹁基地に入れないだけ、という一点張りです﹂
﹁くそ⋮⋮﹂
問題は基地の外にある。
准将は吐き捨て、自らマイクを取る。
﹁DCよりスコーピオ隊。今すぐ輸送機に、ギアを降ろさせろ。そ
れで意思確認をする﹂
﹃コピー。アレサ輸送機、われに従う意思があるなら、ランディン
グ・ギアを降ろせ。繰り返す⋮⋮﹄
全回線に、複数の言語で呼びかけるのが聞こえた後、
﹃スコーピオ2よりDC。ギアの露出が確認出来ない⋮⋮いや、加
速しやがった!﹄
﹁輸送機からの返答は!﹂
﹃ない! 基地まであまり距離がないぞ! 撃墜するなら今だ!﹄
97
緊張度が一気に高まる。
﹁基地に体当たりする気か⋮⋮!﹂
誰もがまさか、と思い、しかしこのタイミングで速度を上げる理
由はそれだけしか思い浮かばない。
﹁DCよりスコーピオ隊、何とか進路を変更させられないか!﹂
﹃じゃあ発砲許可をくれ! エンジンを一発吹っ飛ばせば進路を変
えられる! 奴が洋上にいる間なら行ける!﹄
﹁駄目だ﹂
准将は苦い顔で応える。
﹁マスコミがここ数日、ずっと基地を張ってる。非武装の輸送機を
防衛軍機が撃墜した、なんて映像が撮られたら、攻撃材料にされる
ぞ!﹂
﹃じゃあどうしろってんですか! 滑走路に突っ込まれたら、俺た
ちどこに降りればいいんですか!﹄
滑走路だけではない。
格納庫に突っ込めば、ただでさえ少ないレダ基地の戦闘機や輸送
機を失うことになる。
そして最悪、市街地に突っ込めば⋮⋮結果は言うまでもない。
﹃マスコミの顔色なんて気にしてる場合ですか! ああ、駄目だ、
洋上で墜とせるラインを超えた⋮⋮!﹄
ち、という舌打ちが聞こえた、と思った。
通信機越しであることは明らかだった。
98
そして、それが誰のものであるのか、准将には即座に思い当たっ
た。
﹁待て、シリウス!﹂
レイン・ネストは確かに見た。
C−130の後ろについていたグリペンが急加速。
輸送機の頭上を飛び越えて急減速した。
コクピットの目の前にぴたりと占位。
そして、アフター・バーナーを一瞬、点火。
少佐の耳が、かしゃり、という音を捉える。
音のした方を見ると、警官の目を如何にして盗んだものか、明ら
かにジャーナリストと思しき、でかい一眼レフを構えた男が、レン
ズを空に向けて、シャッタを連続で切っている。
﹁貴様! そこで何をしてる!﹂
レイン少佐の声に反応して、警備隊が即座に走り出す。
男は構わずシャッタを切り続けている。
そちらのほうは専門外だ。
報せるだけ報せて、再び空に目を遣ると︱︱
﹁︱︱墜ちる!﹂
アヤル中尉の声。
99
言葉通り、グリペンのアフター・バーナーを、コクピットからも
ろに浴びた輸送機は、慌てて機首を下げた。
結果、バランスを崩す。
鈍重な輸送機はそこから立て直すことは出来ず、滑走路手前に激
突。
轟音を上げて地面を削りながら、滑走路のアスファルトに到達。
破片を撒き散らしながら、滑走路を捲り上げていく。
そして、止まった。
手はず通りに消防隊が駆けつける。
速やかに放水が開始される中、レインが最初に気にしたのは滑走
路の距離だった。
削られたのはほんの十数メートルほどだろう。
だが、でかい輸送機が手前に陣取っている。
﹁大丈夫、進入角を広めにとっても、降りられます﹂
いつの間にかエプロンから駆け出してきた整備兵、メイ・ランド
クリフが言った。
彼女はインカムを片手に、
﹁こちら整備班です。DC、F−2には武装も増槽も全部落として、
念のため燃料も投棄させてください。スペック上だとそれでこの距
離、行けるはずです!﹂
淀みない指示を出す。
100
本来なら越権行為だが、同じように出てきた整備班長が、通信を
引き継ぐ。
﹁よう、准将、俺だ。メイの言う通りだぜ。F−2はそれで降りら
れる。グリペンは⋮⋮まあ、余裕で降りられる。大丈夫だ。燃えて
る輸送機に脚を引っ掛けねえようにだけ、言い含めとけ﹂
﹁降りられますか?﹂
信用していないわけではないが、レインは思わず問いかける。
﹁大丈夫ですよ。F−15だったら、ちょっと足りないかもですけ
ど﹂
﹁心配すんな。最悪でもオーバー・ランしてギアを傷めるだけだ。
⋮⋮まあ、そんな体たらく晒したら海に叩き込むがな﹂
この基地にいるパイロット全員、頭が上がらないし足を向けて寝
られない整備班長が請け合うならば大丈夫だろう。
ようやく信じる気になって、防衛軍機、PMCs機のアプローチ
を見守る。
︱︱4機はほどなくして、問題なく着陸に成功した。
101
10 アポトーシス︵後書き︶
週1で書くのってきついんですね⋮⋮!
仕事忙しくなってきたから、休日に一気に書くしかねえ!
でも質は落としたくない⋮⋮ここが踏ん張りどころか!
102
11 プライド
目の前に、トンカツ定食がある。
きつね色によく揚げられている。
まだ油がじいじいと音を立てて、できたてであることを主張して
いる。
キャベツも添えられて、実に旨そうだ。
実際、ソースなしでも食える旨さは、当初驚きだった。
ロラン人の飯が旨いというのは、前から聞いていた通りだ。
フェーンの料理も負けてはいないが、この独特の旨さは種類が全
く違うものだ。
アヤル・スー中尉は、それを頬杖ついて見つめてから、大きく嘆
息。
﹁食べないのか﹂
声に反応して見上げると、レイン少佐がトレイを抱えてやってき
た。
トレイの上は賑やかだ。
味噌汁、白米、焼き魚に野菜の煮物にゆで卵。
これでも戦前に比べて質が落ちたという。
だがパイロットには常に最高の食事が与えられる。
それだけ過酷な職業だからだ。
103
﹁いえ、食べます。ちょっと考え事していて﹂
アヤルはそう答えながら、とりあえず箸を手に取る。
﹁毎日食べているな?﹂
﹁ええ。流石に、あの日の夜は吐きましたけど⋮⋮それでも、翌日
には何とか普通に食べられるようにはなりました﹂
初撃墜を成し遂げた日のことだ。あれから数日経っている。
といっても、吐いたのは別に、人を殺したことが理由ではなかっ
たのだが。
﹁それは良かった。食べられないと言い出したら、フェーンの兵士
でもぶん殴ってる﹂
過激な言葉に、少佐の背後にいたフライト・ジャケットの女性兵
がくすくすと笑う。
﹁わたしの時はほんとに殴られましたからねー﹂
自分よりも若いかもしれない。
そのくらいの小柄で童顔な、少女と呼びたくなるような兵士だっ
た。
だがウィング・マークが胸にある。
パイロットだ。
﹁あ、失礼しました。少佐の隊の4番機を務めています、スノウ・
エイラ少尉です。コールサインはサジタリウス4、TACネームは
クリスマスです。トレイ持ってるので敬礼できませんけれど﹂
104
﹁なら降ろしてちゃんとしろ。中尉はお前より階級が上だ﹂
﹁はい﹂
アヤルの前の席にトレイを置くと、改めて敬礼。
そうすると真面目な顔になる。
まあ、それでもティーンに見えてしまうのは仕方のないところか。
アヤルも慌てて立ち上がって答礼。
満足したように頷いて、席に着く少佐。アヤルの隣だ。
﹁さて、食事にしよう。⋮⋮シリウスは?﹂
少佐のふと思いついたような質問に首を傾げつつも、
﹁私と入れ違いに食堂を出ました。司令部の方に呼ばれたようです﹂
﹁そうか﹂
淡々とした返答。
そのまま、特に会話もなく食事が進む。
アヤルもようやく、トンカツを口に運ぶ。
サクサクとした食感を楽しみながら、熱い米と一緒に咀嚼すると、
途端に食欲が復活して、あとは一気にがつがつと箸が進む。
どんなに辛いことがあっても、常に食事だけは怠らないこと。
女性である以上、定期的に体調を崩すことがある。
ただでさえパイロットとしてのハンデを背負っているのだから、
その他の体調面では絶対に不調を出したくはない。
実績のあるレイン少佐ならともかく、やっと実戦に出たばかりの
自分には、そのわずかな不調で一度でも飛べなければ、パイロット
105
として不適格と見なされる可能性すらある。
パイロットいうのは、それだけ厳しい世界だ。
自分を自分で律することができなければ、絶対になれないし、続
けられない。
胸中でそんなことを考えていたら、少佐がさっさと食べ終わるの
が見えた。
﹁早いですね﹂
﹁偵察後だからな﹂
現在、本州から逃れてきたE−767は2機とも修理中。
交替でE−2Cが哨戒任務に出てはいるが⋮⋮
輸送機が墜落して出来た大穴は今、突貫で地元の道路業者が修理
している。
影響としては、滑走距離が短くなったため、F−4とRF−4が
飛べなくなった。
当然、大型の輸送機も同じだ。
C−1はかなり離陸距離が短いが、さすがに戦闘機ほどではない。
積荷がなければ離陸可能だが、それでは意味がない。
結局武装をある程度軽くしたF−2、経国、そしてSTOL︵短
距離離着陸︶性能が非常に優秀なグリペンの3種が偵察までこなさ
なくてはならなくなった。
ちなみにこの修理業者の選定にも一悶着があった。
レダ島知事が、業者に圧力を掛けて防衛軍の要請に応じないよう
に手を回していたらしい。
106
だが、こういう時に物を言うのが日頃の行いで、レダ基地のメン
バーの中に、業者と親しい者を募って仲介を依頼したところ、思っ
た以上の人数を確保することが出来た。
普段から礼儀正しくあれとアマル准将が訓戒し、地元民とも親し
く交流してきた結果がここで出たわけだ。
当然、業者には行政側から何らかのペナルティがある可能性があ
るが、それを心配する声への、業者の返答は至極単純なものだった。
﹁命あっての物種だ﹂
C−130が特攻を仕掛けた事件は、当たり前に人心を大きく揺
さぶった。
意識が変わった人々の反応は2つに分かれた。
一つは、前者のように防衛というものを強く意識する者。
もう一つは︱︱
食後の茶を飲みながら、少佐が退屈しのぎにテレビをつけた。
途端、食堂にいた兵士たちの視線が少佐に集まる。
﹁余計なことすんな﹂という目だ。
戦争突入直前に買い換えられた、最新の液晶大画面に像が浮かぶ。
﹃全く、恐ろしいことです﹄
聞こえてきたのは、ニュース・コメンテーターにしては感情的な
107
声。
映し出されたのは、かなり遠方から撮影されたと思しき、C−1
30と、その背後を飛ぶ戦闘機。
静止画だが、1機の戦闘機が輸送機の鼻先を掠めて飛んでいるそ
の瞬間だ。
﹃こんな挑発的な飛行、許されることではありませんよ﹄
その台詞を聞いただけで、アヤルは食欲が一気に減衰するのを感
じた。
それでも最後のトンカツを頬張り、茶碗の米を掻き込む。
もしゃもしゃと咀嚼しながら、敵意の籠もった視線でテレビを睨
みつけると、如何にも偉ぶった態度の、どこかの大学教授らしき太
った人物が大仰に頷くのが見えた。
﹃全くですね。C−130というのは輸送機でしてね、当たり前で
すが、武装なんてしてないんです。それが着陸しようとしたところ
で、目の前でこんな危険飛行をしたら、どんなベテランパイロット
だって操縦を誤って墜落します。これは、防衛軍のパイロットのせ
いで起きた﹁事故﹂ですよ。許し難いことです﹄
現在、レダ島は勢力図上で言えば、西ロラン政府の領土に取り残
された形になっている。
故に、東政府の放送がシャットダウンされ、西政府側の放送だけ
が流される。
例外は、オルレアの放送局を通じて流れる国際放送くらいだ。
﹃レダ基地の司令が会見で、これは相手が自爆攻撃を仕掛けるつも
りだと判断した故の行為だと言っていましたが?﹄
﹃誰だって死にたくはありませんよ。100年前の我が国の愚行じ
108
ゃないんです。特攻なんて普通は考えません。異常な人間の考える
ことです﹄
﹃しかし、さっきのVTRじゃカットされてましたが、会見による
と、輸送機の速度がありすぎて、とても着陸できる状態じゃなかっ
たそうですよ﹄
そこで、別の大学教授らしい人物が口を挟んだ。
禿げ上がった頭をつるりと撫で回し、飄々とした態度だ。
それを聞いた他の出演者は一様に﹁余計なこと言うな﹂という顔
をしたが、先に喋っていた教授が焦ったように反論する。
﹃後ろから戦闘機が追っかけてくるんです。そりゃ慌てて速度も上
がるでしょう﹄
﹃ははあ、成る程。確かにあたしも昔、後ろからパトカーが追っか
けてきたときにゃ、慌ててアクセル踏んじゃいましたからね、そう
いうこともあるかもしれませんねえ﹄
おかげでキップ切られちゃいましたよ、という愚痴に、場がやや
しらける。
テレビを見ていた何人かは皮肉に気づいたのか、苦笑を浮かべて
いる。
﹁あの教授、誰だ、クリスマス﹂
﹁隊長、テレビ見ないですもんね。帝大のすごい人らしいですよ。
キプリング名誉教授。誰も文句言えないほどの権威だとか。で、た
まにテレビに出ては、ああやってテレビ関係者いじめるのが楽しく
て仕方ないって、こないだブログで言ってました﹂
﹁ブログやってるのか、あの歳で⋮⋮﹂
﹁マスコミ嫌いだけど、テレビに出たがりで、すごい大量のコネク
109
ション持ってるから、テレビ局が拒否してもあの手この手で出てく
るっていう﹂
﹁若いなあ⋮⋮﹂
少佐、呆れたようにうめく。
事実、敵意に満ちた目をテレビに向けていた他の兵たちも、キプ
リング教授の飄然とした態度に、毒気を抜かれたように肩の力を抜
いた。
狙ったタイミングではなかっただろうから偶然だろうが、レイン
少佐のおかげで、基地全体を包んでいた怒気が僅かたりとも緩和さ
れたのは事実だろう。
だが、輸送機が特攻した夜の報道はもっと酷かった。
まるで防衛軍が民間機を撃墜したとでも言いたげな偏向報道。
事実関係も何も調べないまま、好き勝手に防衛軍をけなし、貶め
る識者たち。
アマル准将と東政府が、それぞれの地で開いた緊急記者会見で、
﹁人殺し﹂と罵り声を挙げるマスコミ。
交戦状態なのだから、国際法的にも何の問題もなかった。
市街地に墜ちる可能性もあったのだから、判断は正しかった。
そんな防衛省側の主張は、大声を挙げれば勝ちだとばかりに話を
聞かず、喚き散らす記者の騒乱に掻き消された。
挙げ句、スタジオでコメンテーターは、准将が勢いに呑まれて言
葉を濁したのを、﹁やましいことがあるからだ﹂と締めくくり、完
全に防衛軍とフェーン軍が悪役にされた。
アヤルは憤慨のあまり、食べたものを戻すほどのストレスに見舞
110
われた。
他の隊員も怒り狂って、中には悔し涙を流す者までいた。
今までの戦いで犠牲になった隊員のことにはひと言も触れられず、
敵国の兵士を殺した自分たちが人殺し呼ばわり。
それは、想像を絶するほどの屈辱と怒りを生んだ。
だから、自然と食堂でテレビを点けるのは禁忌になっていたのだ。
レイン少佐はあっさりそれを破ったが。
﹁目を逸らしても仕方ない、ですか?﹂
﹁というか、慣れだ、慣れ﹂
アヤルの疑問に、少佐はそう答えた。
﹁どうやったって、軍隊に対する批判は出るさ。それは社会として
健全な機能だ。これがやり過ぎなのは言うまでもないがな﹂
たいして気にもしていない様子だった。アヤルにはそれが不思議
でならない。
﹁だが見たくないから見ない。聞きたくないから聞かない。そんな
ことやってたら、自然と社会から取り残されることになる。そんな
パイロットは、私は使いたくない。部下にしたくもない。ちゃんと
社会から自分がどう見られているかを知った上で、自分の分を弁え
て行動しないと、それこそ⋮⋮﹂
テレビの中では、帝大教授の更なる﹃この輸送機、ランディング・
ギアが降りてないなあ﹄という発言を強引にカットして、街角のイ
ンタビューが流されていた。
女子学生と思しき少女が、何も考えてない顔でこう言う。
111
﹃ていうか、わたしぃ、空軍のパイロットに会ったことあるけど、
キライなんですよねぇー。エリートぶってるっていうかあ﹄
この言葉に、憤ったのは若いパイロットで、苦笑したのはそれよ
り多少年上のパイロットで、ベテラン連中は無反応を貫き通した。
﹁⋮⋮ああいう人間になる﹂
少佐は肩を竦めた。
アヤルは呆然とした思いで、画面の中の少女を見た。
少なくとも多くの国において、戦闘機パイロットとは、エリート
ぶっているどころの話ではなく、正真正銘のエリート集団だ。
夢は諦めなければ叶う、というのは、パイロットの世界において
は全く通用しない妄言だ。
どれだけの熱意があって、どれだけの努力を重ねても、適性審査
に落ちれば即座に﹁用無し﹂の烙印と共に追い出される。
どんなに頭脳が優れていても、体力が劣っていれば駄目だ。
体力馬鹿にはもちろん無理だ。
両方揃っていても、身体に何らかの、飛行における不具合が見ら
れれば、それだけで夢は破れる。
才能がなければ、なれない。
才能だけでも、なれない。
112
才能、努力、情熱、環境、そして時には運さえも味方にして、や
っと自分たちは戦闘機パイロットになった。
驕りではなく、誇りを持って言える。
自分たちは、そういう凄まじい競争の中を勝ち抜いてきた、選ば
れた人間なのだと。
アヤルは思う。
何であそこに呼ばれているのか知らないが、あの防衛軍を批判し
ている教授やマスコミに、航空力学の基礎の基礎でも理解できるの
か?
9G⋮⋮自分の体重が9倍になって襲ってくる、あの重圧に耐え
るだけの体力があるのか?
錐揉み自由落下からの立て直し訓練で、正気を保ったまま上下を
把握するだけの空間認識能力があるか?
自分の躰を絶え間なく襲う、プラスGとマイナスG。頭に血が昇
り、次の瞬間には頭に血が行かなくなるあの感覚を味わいながら⋮⋮
パイロットは自分の機体の特性を考慮し、航空力学的に自分の飛
び方を組み立て、そして手足をそれに合わせて動かし、さらには敵
がどこにいるのか、どんな動きをするのか、何を考えているのかま
で予想し、自分はそれをさらに上回らなければならない。
肉体的にも、頭脳的にも、精神的にも、戦闘機パイロットとはそ
の国の人間たちの中で最高の人材だ。
一般の民間人は百歩譲って仕方ないとしよう。
だが、マスコミは、国民の知識の動脈たるマスメディアは、それ
113
を理解していないのだろうか?
﹁理解してる奴もいるさ﹂
少佐は言う。
﹁だが理解してない奴のほうが多い﹂
続けて告げる。
﹁理解していて、見ないふりをしている奴はもっと多い﹂
最後ににやりと笑った。
﹁あいつらと同じになりたくないだろ? だから、目を逸らすな。
現実を見て、受け入れろ﹂
その大人ぶった態度が何だか悔しくて、意地悪にアヤルは問うた。
﹁じゃあ、何故少佐はテレビを見ないんですか?﹂
﹁つまらん上に、見る必要性も感じないからだ﹂
きっぱりと断言された。
負けじと、
﹁では、何故今点けたんですか?﹂
﹁自分の立ち位置を改めて認識しておこうと思ったからだ。禊ぎみ
たいなものだな﹂
﹁禊ぎ?﹂
﹁洗礼といったほうが分かりやすいか? 意味は少し違うけど﹂
114
﹁ああ、いえ⋮⋮分かります。でも、立ち位置って?﹂
﹁私たちが誰を守るのか。誰を守っているのか﹂
﹁つまり?﹂
﹁ああいう馬鹿を平然と口にして、他国に阿る連中も、私たちは守
らなきゃいけないってことさ﹂
肩を竦めるレイン少佐は、ニヒルと呼ぶには逞しく、正義感と呼
ぶにはクールに過ぎた。
目を白黒させるアヤルに、少佐は笑いかける。
﹁報われない仕事だということを、自覚しろってことだ。誰も誉め
てくれないし、それを求めてもいけない。ただ、為すべきことを為
せ。それが私たち防衛軍人の存在意義だ﹂
画面の中では、よく分からない反戦と平和主義を並べ立てた番組
の最後を、司会者がこう締めくくっていた。
﹃われわれロラン人は100年前の戦争で、オーファとアレサに酷
いことをしたんですよ。これはその報いなんです﹄
その時代に生きていた人間なんて、もう一人もこの世にいないは
ずなのだけれど。
40年前からずっと、彼らは同じことを言い続けている。
きっと、さらに100年後も言い続けているんだろう。
115
11 プライド︵後書き︶
このことだけは、一度は触れないといけないと思いました。
防衛とイエロー・ジャーナリズム。
出来る限りこういう、批判的なことは書きたくないんですけど、
でもこれに触れないと、この設定の話は意味がないんですよね。
これを読んで反感を抱く方もいるかもしれません。
賛否含めて感想を頂けると、私自身勉強になります。
116
12 アヤル・スー
夜。
何となく昼間の少佐の言葉が頭に残って、寝付けずに基地の中を
歩いていたアヤルは、自然とその足を、愛機が眠る格納庫に向けて
いた。
というより、他の場所はほとんど閉まっている時間だ。
徹夜組がいれば、格納庫くらいは開いているだろう。
そう思っての判断。
案の定、煌々と灯る明かりを見つけて、吸い寄せられるようにそ
ちらへ。
驚くべきことに、何人かの人影が見える。
グリペンの格納庫だ。
経国の方は閉まっている。自分たちの後から来たフェーンの整備
班は、仕事を終えて宿舎に戻ったようだ。
見えるのはロランの整備班が二人。それと、
﹁⋮⋮BF社﹂
ロラン防衛軍の整備士と、PMCs社のフライト・ジャケットを
着た二人を認めて、不意に足が止まる。
一人はシリウスだ。
周囲は静かで、格納庫から聞こえてくるコンプレッサの音だけが
低く響いている。
117
だから、声も明瞭に聞き取れた。
﹁⋮⋮じゃあ、やっぱり最低ランクのモンキー・モデルなんですね、
この機体﹂
﹁ああ。それを独自にBF社が改造している。正味、ブラック・ボ
ックスなんてないも同然だしな。国家からライセンス生産を勝ち取
った企業は、うちが初めてじゃないかな﹂
話しているのは主に、メイ・ランドクリフとか言う若い整備士と、
禿頭のBF社パイロット。
ロランの整備班長は腕組みをしたまま、グリペンを眺めている。
シリウスはその班長とたまに言葉を交わしている。
そんな、4人の構図。
禿頭の男⋮⋮コール・サインだけ覚えている⋮⋮シトリー1が言
葉を繋ぐ。
﹁まあ、そんなわけで、あなた方が我々の機体を整備することに、
われわれとしては何の問題もないと判断したわけです。こちらの整
備班だけでは数が足りない⋮⋮というわけではないが、いざという
ときに他に整備できる人間がいるというのは心強い。この情勢下で
酷なことを頼んでいるという自覚はあるが、ジェイムズ⋮⋮うちの
社長の意向はそんな感じです﹂
﹁そいつはいいがな﹂
くるりと整備班長が振り向く。
頑固そうな顔。への字に結んだ口許。
如何にも﹁ロラン人の技術者﹂という風情だが、それに長身が加
わることで迫力がある。
どすの利いた声で班長は続けた。
118
﹁戦争がおっ始まってからこっち、整備班はデスマーチが続いてん
のは分かってんな? 部下の奴らもいい加減、徹夜続きだ。そこに
別の仕事を請けるとなりゃ、俺の一存だけじゃ決めらんねぇ﹂
﹁承知しています﹂
シトリー1が頷く。
﹁あなた方の上司にも、われわれから説明をします。ただ、現場で
実際に働くあなた方に先に話を通すのが筋だと思いました﹂
﹁へっ﹂
笑い声。
﹁おめえ、元の軍隊じゃ割と階級高かっただろ。おべっか使うのが
上手ぇ﹂
﹁恐れ入ります﹂
﹁ま、話は分かった。後は上に話を通してくんな。どうすんのか決
めるのは、最終的に連中だ﹂
﹁ありがとうございます﹂
話が纏まった中で、メイという名の整備士が指を鳴らす音が、高
らかにエプロンに響く。
﹁やたっ、グリペンいじれるっ!﹂
﹁おめえはもうちょい、そのワーカ・ホリック治せ。ぶっ倒れても
知らねぇぞ﹂
﹁大丈夫ですよぉ、班長。眠くなったら遠慮なく寝てますよね﹂
﹁ああ、主翼の上でな。⋮⋮今度やったら海に叩っ込むぞ﹂
﹁うげぇ﹂
119
舌を出したメイは、そのまま﹁じゃ、仕様書見せてもらいますね﹂
と奥に引っ込んでいく。
成る程、PMCsのグリペンを、ロランの整備班が面倒を見られ
るようにするわけか。
確かに、整備性の高いグリペンは、それをすることでさらに稼働
率が上がるだろう。
ほぼフルタイムで回せるようになる。
こんな深夜にそんなことを話し合っているのを聞けたのは、幸運
だった。
やましい意味ではなく、そういうことをオープンに話し合ってい
ることに好感を覚えたのだ。
軍隊という組織はとかく秘密主義だ。
経国も、国産の戦闘機ということがあって、例え友好国であって
も、ロランの整備班を近づけることができない。
メイが、たまに興味深そうにエプロンを覗きに来る度に心苦しい
思いをしていたのだが。
こちらでもそれが出来たらな、と思うが、さすがに難しいだろう。
ロラン防衛空軍の機体稼働率は、世界でも5本の指に入る。
戦時下の今はさすがに落ちているだろうが、それでもオーファや
アレサよりは上だ。
そんな彼らのノウハウを、うちの国も学べたらな、とは思う。
﹁で、何か注文はあるか? シリウス﹂
整備班長の言葉で、思考の淵から戻る。
機体を眺めているシリウスは、こちらに背中を向けていて表情が
見えない。
120
﹁ありません。こちらの整備班に全部伝えてある﹂
﹁そりゃ細けぇ注文はそっちから聞くがよ。おめえ自身はどうした
い。だいたいのニュアンス﹂
﹁この機体は軽すぎる。だから出来る限り出力重視で﹂
﹁分かった。そんじゃ、俺ァ上がりだから、何かあったらメイに言
っとけ﹂
﹁了解﹂
﹁⋮⋮変わんねえなあ、おめえ﹂
﹁そうですか?﹂
﹁4年前と何もな。傭兵になったと聞いた時にゃ、どうなったもん
かと思ってたが﹂
﹁変わりましたよ、割と﹂
﹁そうかい。ま、どうでもいいっちゃ、どうでもいい。じゃな﹂
﹁俺も准将のところに行く。話は通した。シリウス、お前はもう休
め﹂
﹁多分、この時間もオフィスにいる。行くならそこだ、オルジャハ
ン﹂
﹁分かった﹂
そうして、シリウスが1人残る。
一瞬、グリペンのレドームが赤く光る。
煙草に火を点けたんだ、とアヤルは悟る。
しばし迷った。
燃料はぎりぎり。
でも手の届きそうな場所に相手の戦闘機がいるという状況。
121
仕掛けるか、どうか。
決断は一瞬だった。
歩み寄る。
﹁あの⋮⋮﹂
思っていたより緊張していた。
粘つく喉から出た声は、掠れている。
ロランの夏は、間近だった。
﹁今の話、聞いてたか?﹂
背中を向けたままの声に不意を突かれる。
﹁あ、はい。すいません、立ち聞きするつもりは⋮⋮﹂
﹁聞かれて困るような話なら、こんなところでしない﹂
﹁そ、そうですよね﹂
叱責されているわけではないと知り、安堵の息を吐く。
シリウスが、エプロン前のベンチに座る。
シリウス
煙草の赤い光点だけが、夜闇に浮き上がっている。
まるで一等星だ。
﹁どうした、座らないのか﹂
﹁えっ﹂
言うことがいちいち唐突というか、ぶっきらぼうで戸惑う。
122
一応、こちらに気を遣っているのだろうか。
考えてみれば以前、レイン少佐を挟んで話したきりだ。
緊張しながら隣りに座る。
煙草の匂いが、油と、土草の匂いに混じっている。
﹁さっきのは、別に何てことのない話だ。本社からの応援が到着す
るまで、ロランに面倒を見て貰うだけだ﹂
﹁応援、来るんですか?﹂
﹁今はフィンデルに出張ってる。やはりオーファが相手だな。それ
が終わったら、こっちに合流する予定だ﹂
﹁どのくらい?﹂
﹁機密だ⋮⋮と言いたいところだが、別に口止めもされてない。1
0機くらいの第四世代が来る﹂
﹁それじゃあ、その部隊が来れば、だいぶ今のシフトが楽になりま
すね﹂
﹁どうかな﹂
﹁え?﹂
﹁いや、忘れてくれ﹂
セレスタイト
天青石がどうとかいう独り言が聞こえた気がした。
が、忘れろと言われたら、それ以上聞けないのが軍人の性だ。
話題を変える。
﹁パイロットなのに、煙草吸うんですね﹂
﹁肺活量に影響が出るような吸い方はしてない﹂
﹁レイン少佐もそうでしたね。でも、じゃあ、吸う意味もないんじ
ゃないですか?﹂
﹁うん、まあそうだ﹂
123
意外と素直に認めるので、くすりと笑う。
それで気が緩んだのか、知らず、控えていた質問をしてしまった。
﹁何故、防衛軍を辞めたんですか?﹂
さっき、この誰にも靡かなさそうな男が、整備班長に敬語で接し
ているのを見たのが、心に引っ掛かっている。
ここはかつて、この人の居場所だった場所なのだろうか。
それとも⋮⋮
﹁別に秘密にするようなことじゃない。他の奴に聞けば、答えて貰
えるだろう。聞かなかったのか?﹂
﹁いえ⋮⋮何だか、話したくなさそうでしたから、深く聞けなくて﹂
﹁慎ましいな。まるでロラン人だ﹂
何気ないその言葉に、アヤルは意味もなく頬が熱くなるのを感じ
た。
慎ましい、なんて形容詞、言われたのは生まれて初めてじゃない
だろうか。
小さい頃から、戦闘機に憧れる“変な女の子”だった。
スポーツも勉強も学校で一番。
女の子にはもてたが、男には自分よりも何もかも上手くできる、
嫌な女、出しゃばりな女。
女の子から見ても、趣味が戦闘機のプラモデル集め、休みの日に
は空軍基地に自転車で一直線という、﹁カッコイイけど変わった子﹂
扱い。
124
将来を嘱望されて、挙げ句に選んだ先が空軍。
両親は、最初は嘆いたが、戦闘機に乗っている自分の写真を送っ
たら、大喜びしてくれた。
そんな自分だから、慎ましさなんてものとは無縁だと思っていた
のだが。
いや、きっと半分冗談みたいなものだろう。
そう言い聞かせて、気分を落ち着ける。
﹁い、いえ、そんなことは⋮⋮﹂
こっちの動揺を知ってか知らずか、灰皿に煙草を押しつけたシリ
ウスは肩を竦める。
﹁ま、気が向いたら話そう。今日はそういう気分じゃない﹂
﹁あ、はい⋮⋮﹂
﹁星は好きか?﹂
﹁え?﹂
﹁星だ。訓練に使わないのか?﹂
﹁あ、いえ。ロランのエースの著書を読んで以来、星は眺めるよう
にしてます。⋮⋮昼間の星は見えませんけど﹂
﹁良い心がけだ。多分、援軍のフェーン空軍の中では、お前が一番
筋がいい﹂
﹁え、﹂
思いも寄らない賛辞に、どう反応して良いのか分からない。
﹁先日のDACTの後の戦闘は良かった。敵の動きを乱すためにバ
ルカンを撃っただろう﹂
125
﹁ああ⋮⋮ええ、はい﹂
これまでのフライト内容は全てノートに書き記して保存している
し、あの時の行動は後々役立つと思ったので、何度も頭の中で繰り
返し再生している。
﹁飛行機は何で飛ばす?﹂
またもや切り替わった話題。
まるでシザーズを試されているようで、アヤルは腑抜けた気持ち
を戦闘モードに切り替えた。
これは模擬戦を挑まれている、と。そう考える。
﹁“熱意と努力と、根性で飛ぶのだ”、ですか?﹂
そう言うと、通じたらしい。
シリウスが歯を見せて笑う。
40前後だろうと思ったが、話してみるとその覇気もユーモアも、
30代前半と言われて通じるほどだ。
恐らく、心身共に同じだろう。
この男を年齢通りに見てはいけない、と思う。
﹁そうだな、まずそれは大前提だ﹂
往々にして、軍隊において精神論というと、すぐに100年前の
戦争の愚行を引き合いに出す輩がいるが、こと厳しい選抜を勝ち抜
いてなる戦闘機パイロットには、精神論は必要不可欠なものだ。
126
熱意がなければ、途中で折れる。
努力をしなければ、放り出される。
根性がなければ、折れた後、立ち直れない。
この精神論を馬鹿にする人間は、多分、パイロットのみならず、
どの社会に出ても上手くやっていくことは出来ない。
﹁次に必要なものは、分かるか?﹂
﹁航空力学です﹂
﹁うん、その通りだ﹂
認められたような気分で少しくすぐったい。
が、次の質問にはさすがに詰まった。
﹁では、最後の最後で必要なものは何だ?﹂
﹁え⋮⋮﹂
最後まで操縦桿を手放さない根性⋮⋮ではない。それはさっき言
った、大前提だ。
そもそも最後とはどういう意味だろうか?
やられたとき? パイロットはそのことを考えない。
脱出して、生き残り、再起する方法を考えるだけだ。
つまりそれは、
﹁それは、機体性能や腕を総合した実力が互角で、かつ互いに諦め
ず、勝負がつかない時のことですよね?﹂
127
﹁飲み込みが早いな。その通りだ﹂
﹁それは⋮⋮分かりません﹂
素直に認める。
ここで知ったかぶりをすれば、この男、かつてはロラン防衛空軍
最強だった男から、大事な言葉を聞き逃すという確信があった。
シリウスはもう1本の煙草に火を点け、紫煙を吐き出してから続
けた。
﹁心理戦だ﹂
簡潔だった。
﹁相手をびびらせて、判断を遅らせたり、間違わせたほうが勝つ。
もしくは生き延びる。だから、こないだのあれは、すごく良かった、
と俺は判断する﹂
﹁相手をびびらせる⋮⋮﹂
﹁相手の思考を読む、というのも大事だ。特に、ルーキーのそれは
読みやすい。訓練でお前をいいように扱ったのも、お前の経験不足
につけ込んだからだ。だが二度目は通じないだろうな﹂
﹁もちろんです。同じへまは二度とやりません﹂
反射的に顔を上げる。
負けん気だけは、それこそ誰にも負けないつもりだ。
例え目の前の男が相手であろうと。
128
そしてアヤルのその反応は、シリウスにとっては好ましいものだ
ったらしい。
にやり、と今までとは種類の違う笑み。
何かの獲物を狙うような目つきに変わった男は、まだ長い煙草を
灰皿に捨てて立ち上がった。
少なくとも、気に入られた、ということだけは分かったから、そ
の唐突な行動に不安を覚えることもない。
ただ疑問の目を向けると、
﹁じゃあ、俺からは何も教えないことにしよう﹂
﹁え?﹂
意地の悪い笑みを浮かべたシリウスを見上げる。
﹁学びたければ、俺から盗め。お前は多分、そっちのほうが遙かに
上達する。もっと、綺麗に飛べるようになる﹂
﹁え、あの、それって⋮⋮﹂
﹁もう休め。睡眠不足はパイロットの敵だ。美容にも悪いしな﹂
最後のひと言は、ずるい。
固まったアヤルを置いてけぼりにして、シリウスの背が夜の闇に
消えていく。
しばしその場で呆然と立ち尽くしてから、ふらふらとグリペンの
格納庫に入る。
明るさが欲しかった。
このままだと側溝にでも転げ落ちそうな気がしたのだ。
129
エプロンの奥では、メイが早速、グリペンの整備用のインスペク
ション・パネルを開いて、資料と見比べながら、ふんふんと頷いて
いる。
と、こちらに気づいて、
﹁あれ、まだいたんですか。整備班はともかく、フェーンのパイロ
ットが入っていいかどうかはまだ微妙ですよ﹂
﹁⋮⋮⋮﹂
﹁あと、シリウスってあたし、4年前は整備士養成コースの真っ只
中だったんで、何があったかとかは知らないですよ﹂
﹁⋮⋮⋮﹂
どうやら、会話が丸聞こえだったらしい。
ぼんやりとした頭でもそれは分かった。
だけど、別のよく分からない感情に支配されて、別のことに意識
が回らない。
﹁あと、やめておくのが無難って気はしますけどね、他人事ながら
アドバイスすると﹂
認められたこと、盗めと言われたこと、それらの言葉を反芻して、
自然と気持ちが高揚する。ただ、持て余しているせいか方向性が定
まらなくて、ふわふわと空気中を彷徨うグライダーの気分。
﹁いや、これも噂でしか知らないですけど⋮⋮シリウスと、あのレ
イン少佐。4年前、付き合ってたらしいですからね﹂
﹁⋮⋮⋮﹂
アヤル・スー中尉がその言葉を理解するのには、実に10秒の時
130
間を要した。
これが戦闘だったら、致命的どころの話じゃない。
素人の対空砲火に墜とされるレベルだ。
無反応を見て取ったメイは、駄目だこりゃと言わんばかりに肩を
竦めて、作業に戻る。
理解してからは一瞬。
次の瞬間、格納庫いっぱいに、アヤルの声が響き渡った。
﹁うそっ!?﹂
131
12 アヤル・スー︵後書き︶
ヘビィな話が続いたので、ちょっとライトな乗りに。
何とか日曜中に更新できた⋮⋮
132
13 バフェット︵前書き︶
9月30日、加筆しました。
133
13 バフェット
レイン・ネスト少佐の朝は早い。
原子時計並みに体に正確な時間が刻み込まれ、朝6時きっかりに
は、目覚ましも点呼もなしに目が醒める。ちなみにレダ基地の起床
時間は6時半に定められている。
そしてシャワーを浴び、ランニングを済ませる。
8時間たっぷりと睡眠を取っているから、体のキレもいい。
︵ま、こんなに規則正しい生活できるのも、今のうちだろうが︶
今はまだ余裕があるため、全員がある程度、生活リズムを調整し
ている。
だが、何か決定的なことが起きれば、レダ基地所属の防衛軍全て
のリズムが崩れるのは間違いなかった。
既に航空隊は、朝・昼・夜の3つのシフトに別れて生活するよう
指示が出ており、レインは昼のシフトだ。
太陽が天頂に差し掛かる頃には、いつでも飛べるようベスト・コ
ンディションに整えておく必要がある。
運動を終えたレインは、納豆、米、卵と味噌汁という朝食を、ち
らほらと起床したり、深夜シフトを終えた隊員がいる食堂で済ませ
ると、不味そうな顔で牛乳を飲む。
と。
134
視線を感じて振り返ると、何やら眠そうな顔のアヤル・スー中尉
が、その眠たげな視線をこちらにじっと注いでいた。
﹁⋮⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮﹂
﹁いや、おはよう﹂
﹁はい、おはようございます﹂
何やら得体の知れない緊張感のようなものを感じて、レインは神
妙に挨拶。
中尉はそのままカウンターに行くと、自分の定食を受け取って再
び戻ってくる。
座ったのは、レインの目の前だ。
ぼそぼそと、朝にしては多い食事を摂りながら、しかし視線がた
まにこちらを向く。
気まずい空気で、さらに不味くなった牛乳をひとくち。
﹁不味そうに飲みますね。私、好きですよ。⋮⋮牛乳﹂
﹁いや、昔から苦手で⋮⋮というか、ちゃんと眠れたか?﹂
﹁ええ。ちょっと考え事をしていて、1時間ほど寝るのが遅かった
だけです。消灯時間を破ったわけじゃありません﹂
﹁そうか﹂
﹁でも、苦手なら何で飲むんですか、牛乳﹂
何でそこに絡んでくるんだろう。
135
﹁いや、ほら、100年前の戦争で、エイゼル地方の戦車撃破王が、
毎日牛乳飲んでたって話を聞いてからだ。一応、私も対地攻撃が専
門だしな﹂
﹁あの人ですか。軍用機に携わる人間があの人を目標にするのって、
筋トレしてればいつか手から光線が出るはずだっていう考えに近い
と思うんですけど﹂
﹁否定はしないが⋮⋮ほんとにちゃんと眠れてるか、君?﹂
﹁大丈夫です。飛行には差し支えないコンディションです﹂
﹁そうならいいが⋮⋮﹂
何だろうか、この、観察する狩人のような視線は。
男だらけの航空隊に配属された新人時代を思い出す。
一夜にしてこの変化である。一体何事か。
席を外そうにも、嫌われているわけでもなさそうだし、不快な思
いをさせられているわけでもないから、それもそれで変だなあと思
ってそのまま座り続けてしまう。
嫌いな牛乳を全部飲み干して、卓上の麦茶で口直し。
さすがに不躾な視線はなくなり、食事に集中し始めたアヤル中尉
を、今度はこちらがぼんやりと観察。
よく日に焼けた肌に、タンクトップから露出した腕はよく引き締
まっている。
現在はフライ・バイ・ワイア・システムの普及によって、昔ほど
の腕力が必要とされなくなったが、それでも戦闘機乗りが空戦機動
で消耗する体力は想像を絶する。
そうでなくても、高G下では腕を持ち上げるのさえ一苦労なのだ。
136
腕も太くなる。
女性としての人生は、ほぼ諦めないと務まらない職業。
︵結構、可愛いのに、何でこんな職業に就いたんだろうな︶
なんてことをお節介に考えたりもしてしまうが、それこそ人のこ
とは言えない。
好きになってしまったものは、仕方がないのだ。
一人でこっそり苦笑すると、中尉と目が合ってしまった。
きょとん、と首を傾げる仕草は、確かにこちらに敵意も悪意も持
っていないものだ。
さっきは本当に寝惚けていたのかもしれない。
﹁いや、すまない。何でもない、気にしないでくれ﹂
﹁はあ⋮⋮﹂
やがて三々五々、点呼で叩き起こされた隊員たちが、朝の運動を
終えて食堂に集まってくる。
のんびりとお茶を飲みながら、資料の類を眺めていたレインは、
そろそろ訓練の準備をしとくかな、と思って立ち上がろうとする。
そこで、アヤル中尉のもの問いたげな視線に気づく。
﹁⋮⋮何か?﹂
﹁えーと⋮⋮﹂
しきりに周囲を見回している。
何か訊きたいことがあったようだが、迷っているうちに他の連中
137
が来てしまって、訊くに訊けないというところか。
一部隊を任されている隊長だからか、そういう葛藤には敏い。
外で話そうと切り出すべきか、と迷っているうちに、食堂に備え
付けのスピーカーから⋮⋮いや、それ以外の、基地にあるスピーカ
ー全てから、司令部からの放送が入った。
緊急招集だ。
レインは佐官。
予想されていることはほぼ聞かされている。
コードはC。
全ての思考を戦闘・戦術・戦略に切り替えて、アヤル中尉のこと
も頭から切り離す。
来るべきものが来たのだ。
﹁作戦を説明する﹂
アマル准将のブリーフィングは、いつも前置きもなしに唐突に始
まる。
薄暗いブリーフィング・ルームの中、席が足りないほどひしめく
隊員。
体調的に問題がないなら、別時間のシフトも隊員まで呼び出され
ている。
﹁東政府からの秘匿回線で、情報が入った。大規模な航空部隊がつ
138
い先ほどオーファの最東端の島、ルテナン基地に集結しつつある。
恐らく、そう時間を掛けずにこちらに向かってくるはずだ﹂
プロジェクタから投影された地図に、多数のマーク。
それをレーザ・ポインタで示しながら准将は続ける。
﹁およそ一大隊。だが数の上ではもっと多いと見たほうがいい。前
回の反省もあるしな﹂
密集隊形を組まれれば、レーダーの目の多少は誤魔化される。
前回はそれで騙された。
﹁滑走路の修理が完了していたのは僥倖だったな﹂
﹁地元の業者に感謝しないといけませんね﹂
副官の言葉に准将は頷き、
﹁集結した部隊の中には爆撃機の姿も確認されている。恐らく、滑
走路の修理が完了するより先に攻撃を仕掛けるつもりだったのだろ
う﹂
彼らの基準からすると、滑走路の修理には今少しの時間が掛かっ
たはずだ。
﹁⋮⋮従って、今回は本格的にレダ基地を攻略にかかるはずだ﹂
爆撃機、という言葉に、息を呑む気配が周囲から伝わる。
当然だが、基地だけを爆撃してくれるという、都合のいい考えは
通用しない。
139
﹁この情報がある以上、領空に入ってきた敵機を、1機たりとも後
ろに通すわけにはいかない﹂
﹁返り討ちにしてやりましょう。全機上がれることを示してやれば、
連中もさぞ驚くでしょう﹂
﹁どうかな﹂
スパイはどこにでもいる。
特にロランはスパイ防止法もない、スパイ天国とまで揶揄される
国だ︵正確には先週、ようやく制定されたのだが︶。
既に敵には、滑走路の健在は悟られていると考えるべきだろう。
﹁いずれにせよ、これまでの中でも最も厳しい戦いとなる。ここに
いる面子が全員、また顔を揃えることはないと思ってほしい﹂
最前列に陣取るレイン・ネストは、こっそりと背後の隊員たちを
振り返る。
誰もが、何を今更、という顔をしていた。
これまでの戦いで何人も失っている。
ここ数週間は、BF社の参戦で一方的な勝利を収めることが出来
たが、その前の戦いは惨いものだった。
失われたパイロットも、機体も多い。
誰も数えていない。
ただ、﹁ああ、減ったな﹂と、夜、食堂を見回して思うだけだ。
そもそも宣戦布告と同時の攻撃で、10機以上の機体とそれ以上
の人命を失った。
ICBM︵大陸間弾道ミサイル︶が落下した東ロランでは、民間
人にも死傷者が出ている。
140
誰もが、ミサイルが落ちてくるその時まで、﹁戦争なんて起こる
わけがない﹂と、平和な今日を信じていた。
だが、今はもう違う。
明日には自分は死んでいるかもしれないという気持ちを、嫌でも
持たざるを得ない。
特に、レインたちを始め、ロラン本州から、多くの仲間を失いな
がら逐電してきたメンバーにはその傾向が強い。
覚悟を決めた面構えを見て取り、満足してから姿勢を正す。
﹁彼我の戦力差に大きな差があるのも問題だ。こちらは機体性能で
大幅に上回るが、数の上では2倍以上。絶対に負けるという数字で
はないが、こちらは背後に国土がある。1機も通せないことを考え
れば、状況はこちらに圧倒的に不利と言える﹂
淡々と事実を述べる准将に、しかし悲壮感も何もないところを見
て、レインは何か策があるのか、と推測する。
元戦闘機乗りということもあり、准将は無茶な命令だけを告げる
無能な指揮官ではないのはよく分かっている。
﹁︱︱何か策がある、と考えている者もいると思う。まあ、私とし
ても、優秀で替えの利かないパイロットを無策にこんな戦いには投
入したくはない。そこで、策というか、今回は新兵器を使う。手元
の資料を見てくれ﹂
紙製の簡素な資料をめくったレインは、そこに記載されている簡
易図面と用途を見て、ぽかん、と口を開けて絶句した。
そこに表記されていた兵器の詳細は、現代戦では完全に馬鹿げて
いるとしか思えないようなコンセプトを、大まじめに検討した末に
141
生まれたことを如実に表されていた。
﹁まるっきり大艦巨砲主義じゃないか⋮⋮﹂
﹁ていうかスペオペの世界⋮⋮﹂
誰かがうめく。スペオペというのはスペースオペラのことだろう
か、とその手の話に疎いレインは思う。
﹁えー、補足するとですね⋮⋮﹂
整備班のメイ・ランドクリフがいつの間にか准将の横に現れてイ
ンカムを手にしている。
﹁今回の戦闘は、こいつを如何に最大の効果を発揮させるのが肝に
なると思うんです。あと、未完成というか、試射も済ませてない兵
器なので、成功率も未知数⋮⋮まあ、うちの開発陣が失敗するわけ
ないですけど﹂
﹁これ、お前らが作ったわけか?﹂
辛うじて声が出せるようになったレインが問うと、メイはない胸
を張って、
﹁はい!﹂
﹁変態が!﹂
﹁うわ、ストレート! でも何ででしょう、技術者魂を刺激されま
すよその罵倒⋮⋮!﹂
駄目だ、この変態。
うっとりし出したメイは放って、准将にまともなコメントを期待
して目を向ける。
142
目を逸らされた。
﹁い、いや、うむ。大丈夫。いつも自分の機体を調整してくれてい
る整備班と開発班を信じろ﹂
﹁そんなこと言われても、これは⋮⋮﹂
﹁と、兎に角! これを搭載するF−4は小回りが利かなくなる上、
撃ったら撃ったで酷く目立つだろうと予想されている。諸君ら、混
成飛行隊の任務は、敵を分散させないようにしつつ、F−4が十分
な接近を果たすまで気づかせないことだ﹂
﹁グリペンはどうする?﹂
どこか間の抜けた空気でも、何も変わらない声。
振り返る。
シリウスだ。
一番後ろのパイプ椅子で、騒ぎには関知せず、と言った風情で座
っていた。
﹁BF社、シトリー隊はその再出撃性能の高さを利用して、2班に
分かれたローテーション出撃を行い、部隊の支援を行って貰う﹂
調子を取り戻した准将の言葉に、禿頭の男、TACネーム﹃ヴァ
ルチャ﹄シトリー1が答える。
﹁了解した。シリウス、お前は俺と組め。シトリー3から6を第二
班とする。整備班には俺から伝えておく﹂
﹁了解﹂
居並んだ、人種も国籍もバラバラの傭兵達が、不動の姿勢で応じ
143
た。
﹁かなりの長時間連続出撃になるぞ。覚悟しておけ﹂
﹁はっ﹂
士気が高いのはシリウスがいるからか?
それとも、あのリーダーのカリスマだろうか。
どちらもありそうな話だが、本来、戦闘行為ではなく、教導任務
を主とするPMCsだ。
人格的にも技術的にも、相当高度な連中なのだろう。若い奴もい
るが⋮⋮
﹁では作戦の詳細を説明する︱︱﹂
﹁その前に、准将﹂
飛行隊長の一人が挙手。発言の許可を求める。
﹁この新兵器、名前が記載されてませんが、何と呼びましょうか?﹂
﹁トゥールハンマーじゃね、やっぱ?﹂
誰かが巫山戯て口を挟む。
元ネタを知っているらしい何人かが忍び笑いを漏らした。
﹁波動砲ってのもアリなんじゃないですかね﹂
﹁砲じゃねえだろ﹂
﹁グングニルとか!﹂
﹁お前は14歳か!﹂
作戦前の緊張を紛らわす冗談の類だ。
目くじらを立てることでもないだろうとレインは思って、我関せ
144
ず。
と、メイがおずおずと手を挙げて、
﹁あのー、実は開発陣で仮に付けてあった名前があるんですけど⋮
⋮いいですか?﹂
全員の視線が集まったところで、彼女はその名を口にする。
﹁ゲイボルグです﹂
﹁﹁﹁﹁お前もか!!!﹂﹂﹂﹂
145
13 バフェット︵後書き︶
結局日曜になってしまいました⋮⋮
人生、一寸先は闇ですね。
仕事終わる前に次の仕事見つけねえと⋮⋮
146
14 サラダ・ボウル
出撃の準備は直ちに整えられた。
狭苦しい滑走路に、次々と戦闘機が引っ張り出され、離陸してい
く。
本当に、全部上げるつもりだ。
罠だとしても、正面からの敵を全力で迎え撃つしかない。
本州からE−767を護衛してきたF−15も出撃に志願し、認
可された。
志願せずとも辞令が下りただろうが。
メイ・ランドクリフはエプロン中を駆け回って、チョーク︵車輪
止め︶を次々と取り外すという、ちょっとした運動をしながら思う。
甲高く頼もしい轟音を上げるジェット・エンジン。
この中のどれだけが戻ってくるのだろうか。
パイロットの一人が、事務官と口づけを交わしているのを見た。
ラダーの途中で名残惜しげに地上を振り返る者もいる。
これが最後の出撃になるかもしれないと、分かっていて飛んでい
く彼らの心中を、自分はただ察して、機体の異常がないか、最後ま
で確認することしかできない。
祈っても無駄だ。
147
だからただ、全力を尽くす。
サジタリウス中隊のところに駆け寄り、ミサイルの安全ピンを手
早く抜く。
エンジン音に耳を澄ます。
問題ない。いい音だ。
他に問題はないか、F−2のレドーム下に潜り込んだところで、
轟音に掻き消されそうな声が聞こえた。
﹁聞きたいことがあります﹂
ロラン防衛空軍のレイン・ネスト少佐と、フェーン空軍のアヤル・
スー中尉の声だ。
﹁どうせシリウスのことだろ?﹂
少佐は笑ったらしい。
自分の機体を点検しながら、応じている。
気づかれていないのをいいことに、デバガメするメイ。
﹁あんまり話すことなんてないぞ﹂
﹁は、はい⋮⋮でも、他の人には聞きにくいというか⋮⋮﹂
﹁ま、何だかんだ言っても外国からの客は珍しいからな﹂
分かってない。分かってませんよ少佐。
多分、中尉は、そういう理由で聞きに来てるんじゃありません。
﹁戻ってからで、構いませんから﹂
﹁そういうのをな、世間一般じゃあ、死亡フラグって言うらしい﹂
﹁知ってます﹂
148
﹁知ってるのか。私は知らなかったぞ。カーミラとかクリスマスに
聞いて知った﹂
﹁えー⋮⋮﹂
﹁ロラン人全員がオタクと思うなよ﹂
耳が痛い。
世間的に見ても重度のオタクであろうメイは、こっそり舌を出す。
﹁ま、どっちにしても死ぬ気はないけどな。そう簡単にサジタリウ
ス隊を損耗するわけにはいかない。私たちには私たちの役目がある﹂
﹁はい。私も、まだやらなきゃいけないことがたくさん残ってます﹂
﹁よし、じゃあ幸運を。グッドラック、アヤル中尉﹂
﹁グッドラック、レイン少佐﹂
自分の機体の元に戻っていく二人を見届け、他方目を遣れば、2
機のグリペンが滑走路にタキシングしていく。
F−15が離陸。
その後に続いて滑走位置に着く。
黒犬のエンブレム。
元最強のイーグル・ドライバーの駆る戦闘機が、アフター・バー
ナーを点火して、他の機体とは明らかに格の違う短距離離着陸性能
を見せつけて、離陸していく。
しばし陶然と、噴射煙を曳きながら遠ざかっていく機影を見つめ
る。
夏は間近。
空はわずかに雲がかかっていて、
その蒼穹に、戦闘機が消えていく。
149
100年前の夏、誰かもこうやって戦闘機を見送っていたのだろ
うか、と。
ふとそんな詮無いことを考えた。
怒鳴り声が聞こえる。
整備班長が、手の遅い部下を叱りとばしている。
エンジンの熱で、一瞬だけぼうっとする頭。
騒がしさに三半規管が麻痺する。
まるで場違いな場所に来てしまったような錯覚。
喧騒の中に取り残された孤独感。
が、それも一瞬のこと。
インカムに準備を急かす通信が入り、正気に戻る。
まるで現実感が湧かないが、確かにこの騒々しさは生まれて初め
て経験するものだ。
つまり、今が平時ではないってこと。
あの新兵器を開発したのだって、そうだ。
作っている間はまるで道楽のように、全員で一丸となっていたの
に、
﹁⋮⋮⋮﹂
格納庫の奥、﹃それ﹄を取りつける作業をしているF−4に目が
行く。
いざ使うことになると、それが引き起こす結果にまるで現実感が
湧かない。
興味が向かない。
150
結果を知っても、多分、何も思うことはないだろう。
冷たいのではない。
つくるとはそういうことだ。
これが人を殺すかもしれない、と考えるなら、
誰も金属バットなんてつくらないし、
包丁もつくらないし、
もっというなら、ロケット弾に使われるグラスファイバーも、
金属だってつくらない。
ただ、つくれると思い、自分の知っている誰かの役に立つかもし
れないからつくっただけだ。
汗を拭って、もう一度だけ空を見上げる。
あの空に、もうすぐ戦火が上がる。
自分たちのつくったものが、命の火花を散らす。
* *
戦闘は正午に程近い空で始まった。
オーファ側は相変わらずの人海戦術。
古来、何も変わらない。
﹃敵を人の海で溺れさせる﹄。
151
他人の命を無駄にすることに賭けては、天才といえる国家だ。
旧式の戦闘機だが、数を揃えてミサイルをぶら下げれば確かに脅
威にはなる。
ロラン・フェーン連合軍は、長距離高性能ミサイルによる先制攻
撃で敵の先陣を撃墜したものの、それだけでは数が全く足りない。
おまけにECM︵電子対抗手段︶を使用しているらしく、肝心の
ミサイルがその効果を弱められていた。
こちらも虎の子の電子戦訓練機YS−11Eを出してECCM︵
対電子戦妨害手段︶を実行して対抗しているが、長距離ミサイルの
有利を崩されたのは痛かった。
出来れば、ミサイルの性能に物を言わせて、遠距離から一方的に
削りたかったのが連合軍側の本音だったが、相手が対抗手段を採っ
てくるであろうことは予想されていた。
なればこそのYS−11Eの投入だったが。
既に高性能なアクティブ・レーダー・ミサイルを撃つ距離ではな
くなっていた。
短距離ミサイル、それも熱源探知式のそれだけを頼りに、互いが
互いの背後を取り合おうと旋回戦に入る。
瞬く間にそれは全空域に伝播し、両陣営の戦闘機が入り乱れる。
流動的相互認識と呼ばれる状態。
通称、サラダ・ボウルだ。
レインもまた、そのボウルの中身となって、機体を45度バンク
させた状態で旋回中。
目的の敵機を見上げる形で追い続ける。
152
この流動的相互認識状態のデメリットは、言うまでもなく敵がい
つ背後に来るか分からないことだが、メリットもある。
即ち、こちらも味方の後ろを確認できることだ。
﹃こちらカプリコン3! 背後に付かれた、誰か援護してくれ!﹄
追っているJ−8から目を離して視線を巡らせると、それらしき
機影を確認。
F−2の2機編隊の背後に、J−10と思しき戦闘機がこれも2
機、食いついている。
﹁こちらサジタリウス1、援護に向かおうか?﹂
﹃こちらDC。許可できない。そのままサラダ・ボウルを維持しろ﹄
どうするのか、と思ったが、別の場所から返事が来た。
﹃シトリー1、了解、シトリー2が向かう。それまで回避に専念し
てくれ﹄
シトリー2のコール・サインは、つまりシリウスのことだ。
それだけで、レイン・ネストは彼の位置を咄嗟に見出した。
上だ。
彼は常に上を取る。
案の定、2機のグリペンがサラダ・ボウルより高い位置にエンド
レス・エイトを描いて滞空しており、そのうちの1機が離脱して半
ロール。
機体を背面にして、急降下していくのが見えた。
153
やや古い言い回しだが、高々度のことを飛行機乗りたちは、﹃止
まり木﹄と呼ぶ。
そこはパイロットの聖域だ。
敵より高所は、より広い視界という絶対的なアドバンテージを得
る。
機体の背後や後方は死角だが、僚機がいればそれも消える。
さらに、いざ攻勢に転じるとき、高度はそのまま速度という武器
になる。
さながら、木の枝に止まっていた鷹が、獲物を見つけて飛び立つ
ように。
まさに今、グリペンはその、解き放たれた鷹だった。
ぐんぐん速度を上げて、追われているF−2の元に馳せる。
重戦闘機⋮⋮例えばイーグルならば、その速度はさらに上がるだ
ろう。
ふと、かつて共に飛んでいた時のことが頭を過ぎる。
慌てて頭を振った。
駄目。
今、それを考えては駄目。
戦闘中だ。
シャット・ダウン。
よし、OK。
操縦桿を握り直す。
改めて、追っていた敵に視線を戻した。
位置関係は変わりない。
154
このボウル内において、敵を撃墜するのはかなり難しい。
何故かというに、すぐ後ろにも敵がいる状況で、旋回半径を小さ
くするために速度を落とせば、それはそのまま敵に隙を与えるとい
うことになるからだ。
現に、功を焦った味方機が、敵1機を撃墜すると同時に背後の敵
に撃墜されるということが、各所で散発的に起きた。
食い合いだ。
そして、数で劣るこちらは、消耗戦になれば負けるのが道理。
保険としてのイレギュラー要素、つまりボウルの外からちょっか
いをかけるグリペンの存在はあるものの、現状として自分たちは、
勝ち目のない戦いを強いられている。
だが、今までと違って、悲壮感も焦燥感もない。
﹃こちらDC。“ク・フリン”到着まであと3分。各機、持ち堪え
てくれ﹄
新兵器がどれほどのものかは知らない。
そもそも成功するかどうかも知らない。
だが、自分が撃墜されないことだけに集中し、流動的相互認識状
態を保持するだけなら、防衛空軍の練度なら、決して無茶な命令で
はなかった。
先ほど味方のF−2を狙っていたJ−10が爆散。
グリペンの姿を探すと、急降下の勢いを殺さないまま、海面スレ
スレで緩やかなループ。
そのままこっちに向かってくる。
行き掛けの駄賃とばかりに、レインが追っていたJ−8の鼻先を
155
掠めて、そのまま急上昇。
驚いたJ−8が旋回を緩めた。
レインは背後を確認してから、わずかに減速。旋回を鋭くする。
すると、ぴったりと、まるで狙ったように、J−8のテイルが目
の前に来た。
知らず、舌打ち。
思惑通りってことか。
﹁相変わらず、気障なんだから⋮⋮﹂
愚痴りはするが、手は抜かない。
シーカ・オープン。
ロックオン。
バックミラーで背後を再度確認。
﹁FOX2﹂
敵が反応するより早く、ミサイル・レリーズを押し込んだ。
パイロンから短距離ミサイルが切り離されて点火。
噴煙を曳きながら、目標に向けて飛んでいく。
双発のでかいエンジンに吸い込まれたそれが、敵機を粉砕するの
をエルロン・ロールでかわして、水平飛行。
アンロード機動。
スロットルを開けて、旋回で失った速度を素早く取り戻した。
グリペンは再び遙かな高空、止まり木に戻っていた。
156
腕は鈍っていない。
いや、寧ろ躊躇いがなくなった分、4年前よりも動きが鋭くなっ
ている。
なんという男だろう。
自分よりも年上のクセに。
パイロットとしてはもう、引退を考え始める時期だっていうのに。
まだ、強くなるのか。
太陽の眩しさだけではない理由で、レインは眼を細めた。
羨ましい。
あそこまで自由に飛べたなら。
空中戦という名のパーティは、もう10分以上続いている。
近年のドグファイトとしては長いほうと言える。
もう、お互いに決め手に欠けて、ぶんぶん旋回しているだけの状
態。
たまに散発的に、炎が上がる。
どちらかが墜ちる。
どちらなのかは、敢えて考えない。
今はただ、耐えるだけだ。
﹃こちら空中管制機ゴールデン・アイ。敵はボウルに固まっている。
その状態を保持しろ。状況を動かすな。︱︱ク・フリン到着まで、
あと1分。各機、離脱の準備に入れ﹄
来た。
157
無線のスイッチを入れる。
ECMの影響で多少ノイズが入っているが、ECCMが頑張って
いるおかげで、一応声は届くようだ。
﹁サジタリウス隊、聞こえたな﹂
返事を聞いて、続ける。
﹁多少、敵を引き連れてもいい。味方の攻撃に巻き込まれるなよ﹂
レーダに反応。
IFFが味方と認識。
反撃の狼煙を上げに来た、ロランの旗手だった。
*
作戦空域に接近している機体はF−4。
引退間近の、旧式の機体が2機。
増槽を2本、両翼に下げ、もう一本、本来増槽が取りつけられる
場所に、その﹃新兵器﹄がぶら下げられている。
それ以外の武装はない。
載せられないわけではないが、ある理由からオミットされた。
﹁こちらク・フリン1。間もなく作戦行動を開始する﹂
もう、敵機に察知されているだろう。
だが、2機だけで来たなら、さほど重要視されないはず。
迎撃が来たら、それで作戦は失敗だ。
158
来るなよ、と念じつつ、無理のない角度で上昇し、さらに距離を
縮める。
この作戦の成功率は未知数。
整備班は100%成功すると言い切っていたが、いいとこ五分五
分といったところだろう。
百歩譲って100%成功するとしても、そこには細かな計算と、
多くの前提条件をクリアする必要がある。
その要素の一つが、絶対にミスをしないパイロットの存在。
そのために、20年近くF−4の操縦を務めている﹃ファントム・
ライダー﹄の中でも屈指のベテラン⋮⋮TACネーム﹃オズマ﹄が
選ばれた。
そして成功したとしても、作戦遂行後の機体には敵機が追撃して
くる可能性が高い。
ペイロードの優秀なF−2を差し置いて、新兵器のプラット・フ
ォームにファントムが選ばれたのはその為でもある。
撃墜されても、退役が決まっているから、経済的に痛くない機体。
︵だが、まあ⋮⋮︶
オズマは口許が笑みを形作るのを自覚した。
︵悪くないじゃねえか。老兵に最後の花を持たせてくれるってんだ
からよ︶
予定していた高度まで上昇。
そのまま緩やかに下降に転じた。
159
アフター・バーナー点火。
下降のエネルギーを利用して、重武装さえも利用して、加速、加
速、加速。
古臭いメーターが回転し、どんどん速度が上がっていく。
この装備ではマッハ1.9が限度。
だが、それを超えて、マッハ2に到達。
︱︱さらに速度が上がり、機体が警告を発する。
Gリミッタを無視して、さらに加速。
敵と味方が入り乱れる空戦領域は、もう目の前だ。
腹を押しつぶすようなGに耐えながら、オズマは叫んだ。
﹁︱︱こちらク・フリン1。これよりゲイボ⋮⋮ゲ⋮⋮ええい、新
兵器の発射シークェンスに入る!﹂
*
﹁ク・フリン1、発射シークェンスに入りました!﹂
戦況を報告するために騒がしいDCの中、緊張の面持ちでモニタ
の数字を見つめる整備班を横目に見ながら、アマル准将はこっそり
と呟いた。
﹁⋮⋮やっぱり、あの歳でゲイボルグは恥ずかしいか﹂
160
14 サラダ・ボウル︵後書き︶
2週間も空けてしまった⋮⋮OTL
お待たせしてすいませんでした。
いやまあ、プライベートでいろいろとゴニョゴニョ。
それはそれとして、明日はセントレアでブルー・インパルスを観て
きます。
イヤッホオオオオオウ!
161
15 ゲイボルグ︵前書き︶
友人が応援絵描いてくれました。ありがとう!
http://www.pixiv.net/member︳il
lust.php?mode=medium&illust︳id
=30874990
第一話に挿絵として挿入しました。
162
15 ゲイボルグ
﹁要は、超高速大型ミサイルです﹂
出発前のブリーフィングでの、整備班の説明は至極単純なものだ
った。
設計図は手書きのものしかないということで︵この時点で嫌な予
感はあった︶、配られたハード・コピィを資料に説明しているのは
メイだ。
何故他にもいるのに彼女が、と思うが、後で聞いたところによる
と、パイロットから顰蹙を買いたくないから彼女に回された、とい
うのが本音らしい。
確かに明るく憎めない性格だから、こういう時には持ってこいな
のかもしれない。
とまれ、彼女が古い投影機で資料を映し出す。
一見何の変哲もないミサイルの外観だが、
﹁⋮⋮ラムジェット・エンジンか﹂
現役のパイロットにはすぐに分かったらしい。
最前列、サジタリウス中隊の隊長が唸る。
彼女は基地の中でもベテランに属する、腕の良いパイロットだ。
本土からの撤退組の一人だが、彼女の隊の存在は、戦力的にも大
きな価値がある。
メイ・ランドクリフ伍長は肯定する。
163
﹁正確にはIRR、インテグラル・ロケット・ラムジェットです。
初速を固体燃料の燃焼エネルギーから得て、スピードが乗ったらラ
ムジェットにシフトするようになってます。まあ、ぶっちゃけて言
ってしまうと、現在開発中のXASM−3のシステムをそのまま使
って、ガワだけ空対空ミサイルに変えたんですけど﹂
﹁変えただけって⋮⋮﹂
別の隊員が思わず、と言った風に声を上げる。
無理もない。
ミサイルの設計は戦闘機のそれと同じく、非常にデリケートなも
のだ。
外側を変えただけ、などという生やさしいものではないだろう。
恐らく、一から設計することになったはずだ。
整備班は連日の偵察や出撃前後の整備に追われていたはずだが、
一体どこにそんな時間があったのだろう。
﹁XASM−3より軽いですから、最高速度はマッハ5以上に到達
するはずです﹂
﹁⋮⋮それ、機動性はどうなんだ?﹂
﹁ありませんよ。ていうか、搭載するコンピュータ、満足なのが調
達できなかったんで、追尾性能は低いです。それに高速が加わると、
ほぼゼロですね、ゼロ﹂
﹁それじゃ役に立たない⋮⋮こともないか﹂
レイン・ネスト少佐が何かに思い当たったのか、考えるように俯
く。
我が意を得たとばかりに頷いた伍長が続ける。
164
﹁ええ、このミサイルのコンセプトは、﹃当てて、爆発や破片で墜
とす﹄じゃありません﹂
ばん、と机を叩く。
投影機が揺れて、部屋全体が揺れたような錯覚を得たアマル准将
は、自分の疲労を改めて自覚した。
﹁要するに︱︱極超音速の飛行体から発生する衝撃波で、周囲の敵
を纏めて吹っ飛ばすんです﹂
﹁ク・フリン1、現在マッハ2。発射速度基準に到達。敵機までの
距離を測定﹂
﹃こちらDC、速度を維持しろ。カウントダウンのタイミングはこ
ちらで取る﹄
﹁だがマッハ5以上となると、ミサイルの強度が保たないんじゃな
いか?﹂
﹁その通りです。強度は何とか確保しましたが、摩擦熱の問題があ
ります。こちらも、ミサイル先端から冷却剤を噴射することで多少
緩和したつもりですが、完全にはほど遠いですね。当然、射程距離
165
も縮みます﹂
﹁それだと、ミサイルが最高速度に達する前に壊れる﹂
﹁ええ、さらに言うと、多分、超目立ちます。ミサイルが真っ赤に
発光すると私たちは予想してます。いろいろとシミュレートしまし
たけど、ミサイル単体ではどうしても無理がありましたね。主に素
材の問題です﹂
﹁⋮⋮要するに、解決する方法があるんだな?﹂
﹁ええ。最高速を得る前に耐久力が限界を迎えてしまうなら、初速
を上げればいい。つまり、︱︱プラット・フォームの速度が充足し
ていればいいんです﹂
﹁ク・フリン1、敵部隊をピパーに捉えた。機体が悲鳴を上げてる。
これ以上の加速は危険だ﹂
﹃もうちょっとです、もうちょっと我慢して! いま、そちらにカ
ウントダウンを送りますから!﹄
﹁プラット・フォームとなる戦闘機がマッハ2の速度に到達した状
態でミサイルを発射。ミサイルは即座に点火して加速を開始します。
一定速度⋮⋮だいたいマッハ3ですかね⋮⋮になれば、ラムジェッ
ト飛行に切り替わりますから、固体燃料の量も最小限で済む。軽く
なってさらに初速が上がります。あとは最高速度に到達し、衝撃波
を撒き散らして、最後に爆発する。プランとしてはこんな感じです﹂
166
要するに、普通に投げたら途中で壊れるから、全速力で走って投
げろ、というわけだ。
ね、簡単でしょ? とでも言いたげなどや顔にとりあえず持って
いた消しゴムを投げつけて、ネスト少佐が質問。
﹁あいたっ﹂
﹁しかし、それでもミサイルの強度が足りないのは事実だろう。効
果範囲は? 飛行時間は? 相手も、御丁寧に馬鹿でかいミサイル
をぶら下げた怪しい戦闘機を、見逃してくれたりはしないぞ﹂
﹁細かいデータは資料にありますよう。まあ、仰る通り、馬鹿正直
に真っ正面から突っ込むなんて考えてません。ここから先は、パイ
ロットの皆さんや作戦司令部の方々と話し合って決めた内容なんで
すけど⋮⋮﹂
つまり、それがこの状況。
戦闘機部隊を先行させ、巴戦に持ち込み、密集隊形に誘い込む。
密度が一定以上になったのを見計らって、F−4が突入。
発射シークェンスに入ったところで、味方機は急速離脱。
これによって中心部の敵戦闘機部隊を、衝撃波によって一気に殲
滅せしめるというのが、今回の作戦の趣旨だ。
問題は︱︱
167
﹁問題は有効果距離です。何度も言うように素材の強度の問題で、
戦闘機を撃墜できるほどの衝撃波を出していられる距離は、短いで
す。だから最大限の効果を発揮するためには、敵を中心に集めて、
最適の距離からミサイルを発射すること。最適の位置で最高速度に
達すれば、最大限の効果が生まれます﹂
﹁その位置ってのは、当然コンピュータに入力してあるんだろうな
?﹂
﹁⋮⋮⋮﹂
﹁おい﹂
﹁いやー⋮⋮先ほども申しましたように、コンピュータでいいのが
調達できませんで⋮⋮こちらで計算は済ませておきましたので⋮⋮
そのですね、ホーミング機能なしでミサイル撃っていただくことに
なるんです、こんちこれまた﹂
﹁﹁﹁ふざけんな!﹂﹂﹂
パイロット勢、心の叫びだった。
﹁い、いやほら、昔の戦闘機だってマニュアルで爆弾落としてたわ
けですし。それにちょっとIRRがひっついただけだと思ってくだ
さいよ!﹂
﹁極超音速の爆弾があるかー!﹂
﹁いや、ほんとに大丈夫ですって! ミサイルはとにかく真っ直ぐ
飛ぶようにはしました。その上で、敵部隊との距離を測った上で、
タイミングのキューをDCから出せるように、そのくらいは入力し
ます﹂
168
まあ、試射もしてないんでぶっつけ本番ですけど。
というのはマイクのスイッチを切っての呟き。
聞こえた准将としてはため息をつかざるを得ない。
﹁あと必要なのは、マッハ2まで戦闘機を加速させて、完全にタイ
ミングに合わせて、正確な位置に向けてミサイルを発射できるパイ
ロットです。かつ、敵に注目されることなく接近できるだけの腕前
も欲しいです﹂
使用機体は諸々の事情からF−4。
その中で最も腕の良いのが⋮⋮
﹁“オズマ”タークス中佐、君だ﹂
ここだけは准将が告げた。
F−4のガン・モードを正確に扱えるほど、F−4の機体特性に
知悉したパイロットであること。
それがオズマが選ばれた理由だ。
﹁E−2Cとのリンクもしていないミサイルだ。目視で撃つとなる
と、F−4の機動性では危険なほど敵に接近することになる。おま
169
けに直前に、Gリミットを超えるだけの速度を出している。下手を
すれば空中分解すらあり得る﹂
説明を受けたタークス中佐は、真剣な顔でそれらの言葉と、手元
の資料を睨みつけている。
﹁だが、私は敢えて、頼む、とは言わない。ただ命じる。数の差が
圧倒的である以上、こんな未完成の新兵器にも頼らざるを得ない。
そこに優秀なパイロットが必要であるなら、投入することを躊躇う
べきではないからだ﹂
﹁⋮⋮⋮﹂
周囲のパイロットたちもまた、固唾を呑んで准将の言葉を聞いて
いる。
﹁だから、敢えて言おう。お前がやれ。︱︱英雄になって、帰って
こい﹂
﹁⋮⋮そう言われて引き下がるようじゃ、最初からF−4には乗っ
てませんってね﹂
ゆっくりと、スターク中佐が立ち上がる。
その顔には笑みがあった。
自信と自尊心を擽られ、その上で出来るという自負に満ちた力強
い笑みだ。
﹁コピー。了解しました。この変態兵器を、敵のど真ん中に叩き込
んでやりますよ﹂
スターク中佐が敬礼する。
170
﹁あのオンボロ爺さんがこの戦闘の切り札になるなんざ、ファント
ム・ライダーとしては嬉しい限りです﹂
返礼したのは一人ではない。
その場のパイロットや整備士、将官たち全てが敬礼で応じた。
この戦闘に負ければ、レダ基地はオーファに蹂躙され、ひいては
ロランの敗北が確定する。
それがたった一人のパイロットの手に委ねられるというのを、全
員が受け入れた。
既に開戦から数ヶ月が経過している。
基地の誰もが運命共同体だった。
﹃ピパーに捉えたまま速度を維持して! カウントダウン、開始し
ます! 10︱︱﹄
こちらの接近に気づいたのか、ロラン・フェーン連合軍が突然散
開したことに疑義を抱いたのか、1機のJ−10がこちらに向かっ
てきた。
だがオズマはスピードを緩めない。
舵を切ろうともしない。
171
チャンスは一度。
﹃9﹄
背後に万が一に備えて、同じミサイルを搭載したF−4が追随し
てきているが、2度目のアプローチをする頃には、敵部隊もかなり
散開してしまっているだろう。
﹃8﹄
だから、外せない。
J−10が見る見る近づいてくる。
真っ正面、ヘッドオンだ。
﹃7﹄
駄目か、やられる。
オズマが心静かにそう思った途端、真上から疾った閃光が、J−
10のコクピットを貫いた。
J−10はそのまま爆発することもなく、ゆっくりと傾いて、海
に向かって墜ちていく。
一瞬だけ頭上を仰げば、カナードを備えたスマートなシルエット
が、太陽を背にして通り過ぎるところだった。
﹁あいつめ﹂
﹃6﹄
172
笑う。
あの男とは同期だ。
エリート・コースであるF−15に進んだ時から、ほぼ没交渉状
態になってはいるが、それでもパイロットの絆というのはそう簡単
には切れない。
﹃5﹄
さて、と気を取り直す。
計器を一瞥。
Gリミットを超えたことで、あちこちが悲鳴を上げているが、長
年乗り続けてきた相棒がまだ保つことは分かる。
﹃4﹄
武装のロックにも問題はない。
流れるように全て解除。
いつでも撃てる。
﹃3﹄
汗が流れた。
マスクの中でそれを舐める。
﹃2﹄
レリーズに指を掛ける。
﹃1。︱︱ファイア﹄
﹁行けよ。︱︱ゲイボルグ﹂
173
マッハ2で飛行するF−4のパイロンから切り離されたミサイル
は、直後に固定燃料に点火。
みるみるうちに速度を上げて、オーファ軍編隊に迫る。
管制室ではその速度を固唾を飲んで見守っている。
ぐんぐん数字が変化していく。︱︱マッハ3。
異変に気づいたのか、オーファ空軍が動き出す。
だが、密集しすぎた編隊が災いして、その隊形にほとんど変化は
ない。︱︱マッハ4。
ミサイルの先端部が赤熱。
真っ赤な光を放ちながら迫ってくることで、ようやく何かの脅威
に気づいたらしい。
だが遅い。︱︱マッハ5。
音もなく︱︱
オーファ空軍の中心部を、ミサイルが通過。
そして、編隊を抜けて虚空に飛び出す直前、運の悪いJ−8に激
174
突して爆散。
それ自体は何ということのない、小規模な爆発。
だが、次の瞬間に、それが来た。
衝撃波の嵐。
それは荒れ狂う暴風となって、編隊に襲い掛かる。
それ自体が強力なエネルギーとなって、中心近くにいた旧式機は
衝撃に耐えられず翼が分解。
やや離れたところにいた機体も、衝撃波が吸気口に流入すること
で、吸気が滞り、エンジンが停止。
さらに、衝撃波に巻き上げられた機体が、各所で僚機に衝突した。
離れたところからそれを見ていたレイン・ネストは、こちらまで
届いた衝撃波の余波を受け流してからうめく。
﹁あんなものを飛ばして喜ぶか、変態どもめ!﹂
ミサイルが通過したところから、次々と爆炎が上がっている。
その数は10を軽く超える。
間違いなく、敵の何割かを撃墜した。
175
オズマ中佐はやはり良い腕をしているが、それ以上に、
﹁⋮⋮こんなものを町工場で作ったのか、ウチの整備班は!﹂
﹁敵部隊、混乱しています! 撃墜数を計測中⋮⋮﹂
﹁ク・フリン隊、離脱を開始。スコーピオ隊、ク・フリン隊を支援
せよ﹂
﹁残りの隊は全機、混乱しているオーファ軍を叩け!﹂
喜色が滲む声が飛び交うDC内で、深い、とても深い息を吐いて
椅子に沈み込んだメイ・ランドクリフ伍長の肩を、アマル准将は叩
いた。
﹁よくやった。最高の成果だ﹂
﹁ありがとうございます⋮⋮いやー、何とかなるもんですね、班長﹂
こちらは鉄面皮を崩さない整備班長が、淡々と告げる。
﹁きょうび、宇宙ロケットだって町工場で作れるんだ。素材と知識
さえ揃えば、ミサイルだって作れる﹂
﹁毎日、あの人海戦術に対抗する兵器作れないかってミーティング
して、残業終わったらみんなで町工場に押しかけてた甲斐がありま
したねー⋮⋮﹂
﹁ミサイルに使われてるコンピュータは、班員の家から持ってこさ
せた家庭用ゲーム機から抜き取ったものだしな。恐ェ時代になった
176
もんだ。民生品から簡単に兵器が作れる﹂
﹁簡単じゃなかったですよう。⋮⋮出来ない気もしませんでしたけ
ど﹂
ロランで一番危険なのは、こいつらなんじゃないだろうか、と思
ったアマル准将だった。
177
15 ゲイボルグ︵後書き︶
ついに出ました変態新兵器。
いやー、トンデモ兵器って考えるの楽しいですね。
マッハ5くらいあれば、密集した編隊にダメージを与えることは可
能なんじゃないかと、あれこれ資料を見て出した結論だったんです
が、違ってたらマッハ7くらいにしときます︵ぇー
ツッコミ・アドバイス、お待ちしております。
あと仕事ください。
178
16 ホット・フュエル
﹃何だ、今のは!﹄
﹃味方の大半が吹っ飛んだぞ!﹄
﹃すごい衝撃だった、ロランの新兵器か!?﹄
﹃島に残ってるのは寄せ集めの敗残兵じゃなかったのかよ!﹄
﹃くそ、残っている奴は応答しろ! 部隊を再編成⋮⋮﹄
﹃メーデー! メーデー! エンジンが停止した! 助けてくれ!﹄
* *
﹃敵は混乱している。今のうちに陣形を再編しろ﹄
ゲイボルグ・ミサイルによって撃墜された機体は20以上に及ん
だ。
辛うじて撃墜を免れても、コントロールを失い、事前に低空に引
きずり込まれていたが故に、持ち直す前に海面に叩きつけられる機
体も相次いだ。
敵の被害、合計にして34機と測定。
当然、混乱の甚だしいもので、統率を失った敵部隊は烏合の衆と
化した。
それでも尚、ロラン・フェーン連合軍より数だけでは多い。
ゲイボルグも、二度目はない。
179
今度こそ、小細工なしの真っ向勝負が始まった。
ロラン側はツー・マン・セルの編隊を組み、常に互いの背後を守
り合いながら飛ぶ。
敵にこれだけの被害を与えたのだから、実質的に勝利は確定して
いる。
これ以上撃墜する必要はなく、ただ足止めと生存に集中するべき
だとの、アマル准将の判断だ。
実際それは英断だと、レイン・ネストは評価する。
だが、面子を重んずるオーファが、果たして敗北のまま撤退を良
しとするか?
大いに疑問だった。
人の命を安売りすることにかけては大先輩の国だ。
既に半数近くの戦闘機を失った汚名を返上するために、損害が9
割に達そうとも、相手を全滅させようとする可能性は、ある。
﹁長期戦に備えて、増槽はギリギリまで持っとけ。無理に墜とそう
とするなよ。航続距離はこっちが上だ﹂
部下達に告げて、陣形を再編したサジタリウス隊を2つに分ける。
自分は4機を率いて、オーファ空軍に襲い掛かった。
いつかと逆の構図だな。
苦笑いしながら、F−2と自分が得意とする低空飛行から、上空
を確認。
まごついている敵機を見つける。
180
あれから食おう、と判断。
部下達に標的を告げ、敵影が通り過ぎた瞬間に機首上げ。
上昇の途中で機体を捻るようにロール。
インメルマン・ターンで背後を取った。
相手は3機。
ひっかき傷のような航跡を、回り込むようにしてなぞりながら背
後を取る。
部下達の放ったミサイルが、一瞬で敵戦闘機を粉砕する。
ただちに機首下げ、アンロード加速で機速を取り戻す。
隊形を維持したまま戦えるということは、現状が圧倒的に有利と
いうことだ。
今の勢いのうちに、出来るだけ敵の戦力を削いでおきたい。
そう思った矢先、突然目の前に4機の戦闘機が飛び込んできた。
グリペンとJ−10がそれぞれ2機ずつ。
黒い犬が描かれた尾翼。
それが一瞬翼を振ったかと思うと、素早く離脱。
サジタリウス隊の目の前に、J−10が取り残される形になる。
﹁また⋮⋮!﹂
まるで狩りの仕方を教える親鳥のように。
181
嫌味に感じる人間もいるだろうが、今は戦時中だ。
フォネティック・コードと共にレリーズを押し込んで、短距離ミ
サイルを発射。
たちまち散華した2機を尻目に、グリペンを探す。
その機影を捉えるより早く、通信が割り込んでくる。
﹃こちらシトリー1。フュエル・ビンゴ。ミサイルも撃ち尽くした。
これより帰投して補給を受ける﹄
﹃ツー﹄
ヴァルチャの報告に、無愛想な声が続く。
﹃了解、シトリー1、シトリー2。シトリー3から6が、ただちに
そちらに向かう﹄
グリペンの航続距離は、F−2のそれに比べて遙かに短い。
増して、援護を繰り返すために増速を繰り返し、アフター・バー
ナーもだいぶ使っただろう。
身軽になった機体で、最後にこちらに獲物を誘導してきたという
ところか。
︵ミサイルなしで敵を撃墜したようなもの︶
それを当たり前のように、あの二人はこなす。
改めてレベルが違うことを思い知る。
対地・対艦攻撃なら兎も角、空戦では圧倒的に彼らのほうが上だ。
元アグレッサーのシリウスを傭っていることから推測するに、そ
ういう、﹁腕はあるが何某かの理由で軍隊にいられなくなったパイ
ロット﹂を引き抜いているのだろうが⋮⋮
182
思考を断ち切る。
今は戦闘中。
レイン・ネストは隊を率い、新たな標的を求めて高度を上げた。
* *
﹁タリホーーーーーーー!﹂
間延びした声で、メイ・ランドクリフが報告。
4機のグリペンが飛び去った滑走路に、すぐさま2機のグリペン
が飛来したのを視認。
それ以外にも、既に基地には、燃料切れや弾薬切れを起こした機
体が次々と帰還している。
ゲイボルグ・ミサイルの結果がどうなったかを見届けて、すぐさ
まエプロンに降りたが、最初の1機目が還ってきたところから一気
に忙しくなった。はっきり言って休む暇がない。
管制塔も、最初の攻撃成功の高揚感が完全に吹っ飛んで、如何に
効率よく安全に戦闘機を降ろし、補給の終わった機体を揚げるかで
大わらわになっているだろう。
そんな中でグリペンの補給は、最優先で取りかかることになって
いる。
183
何故かと言うに、もともとホット・フュエルを前提にして設計さ
れている機体なので、燃料の補給もしやすく、なおかつミサイルの
取りつけが非常に簡単に出来るので、﹁出来ることから片付けてし
まおう﹂という状態の現場からすると、最優先でやってしまえる機
体なのだ。
手動でミサイルの設置が出来てしまうので、他の戦闘機への補給
作業を中断することなく、担当の整備士が作業に取り掛かれる。
もちろん、危ないといえば危ないので、出来る限り機械でやるよ
うにはしているが。
長距離ミサイルを2発、短距離ミサイルを4発と、増槽を取り付
ける。
機関砲の実包も入れ替え。
ふと鼻を突く火薬と鉄の焼けた臭い。
機関砲のスリットが黒く汚れていた。
撃ったのだ。
それを実感。
ミサイルはなくなるだけだ。
でも、ガンは違う。
撃てば汚れる。
ウェス
生々しい実感の端に、触れた気がして、メイは布を取り出して、
汚れを拭った。
﹁よぉーし、ミサイル取り付け完了ォッ!﹂
184
﹁ガンの実包も装着! 問題なし!﹂
﹁工具カクニーン、よし!﹂
﹁安全ピン抜いたかァッ!﹂
﹁完了!﹂
﹁おやっさん、行けます!﹂
エプロンに用意した休憩所で、チューブの携帯食とペットボトル
の水を摂っていたパイロットが、落ち着いた足取りでグリペンの元
にやってくる。
夏の熱気と機体の排熱で、滑走路には陽炎が立ち籠めている。
その中を歩いてくる男の顔は不明瞭で、まるで正体不明の怪物の
ようだ。
が、それに畏怖するような感性を、メイ・ランドクリフは持ち合
わせていない。
彼はパイロット。
それもとびきり優秀な。
同じパイロットであれば、恐れることもあるかもしれないが、自
分にとっては、自分たちが整備したい機体の性能を最も発揮してく
れる、極端に言えば最高のパーツに過ぎないのだ。
そんなことを考える自分は、人間としてどこかおかしいのかな、
と思わないでもないけれど。
ともあれ。
﹁シリウス!﹂
185
声を掛けて駆け寄る。
﹁機体の準備はできてます。ミサイルの安全ピンは全部抜いて、機
銃も実包入れ替え済み﹂
﹁ありがとう﹂
簡単な礼を言って、シリウスは機体をぐるりと回りながら、最終
チェックを自分の手で素早く済ませる。
﹁疲れはありますか?﹂
問うた言葉に、彼は振り返り、初夏の日差しの下でにやりとした。
﹁疲れない飛び方を知ってる﹂
整備班長の合図で、機体から全員が離れる。2機のグリペンは滑
走路にタキシング。
アフター・バーナーを点火して、加速したかと思うと、あれよと
思う間に機首を上げて離陸。
相変わらずのあっけないほどの離陸を見送り、メイはひと息。
あとは、彼らが帰ってくるのを祈るばかりだ。
186
16 ホット・フュエル︵後書き︶
お待たせしてすいませんOTL
テンション下がると何も手につかなくなりますねー。
とりあえず12月には何とか仕事見つけたいところ⋮⋮
今受けてる会社がかなりいい印象なので、何とかここに⋮⋮!
あ、次は本格的な空戦です。
出来るだけ早くアップします。
あと、仕事ください。
そういえば入間のブルーインパルスがバードストライクに遭いまし
たね。
墜ちなくて良かった⋮⋮ホントに良かった⋮⋮!
187
17 ドグファイト
戦闘空域までの空は、嘘のように静か。
ただ、高空を駆け抜けた戦闘機たちの、ヴェイパー・トレイルが、
淡い名残となって空に刻み込まれている。
高度の高い空は湿気が多いようだ。
シトリー隊に入電。
﹃DCよりシトリー隊。目標空域以西に、低空より進入する機影を
確認した。脅威ライブラリに該当あり。爆撃機とその護衛編隊だ﹄
シトリー1であるところの、“ヴァルチャ”オルジャハンは、冷
静に返す。
﹃混戦状態の戦域にこちらを釘付けにして、脇をすり抜ける手筈っ
てところか。数は?﹄
﹃爆撃機2、護衛戦闘機8だ﹄
﹃2機? 爆撃機編隊にしては少ない﹄
﹃いや、情報通りだ。ルテナン基地から離陸した爆撃機の数は2機。
それ以外の基地から飛んできたというなら話は別だが、今のところ
確認できない﹄
﹃護衛機は?﹄
﹃恐らくJ−11。Su−27フランカーのオーファ版だ﹄
Su−27は世界最強の戦闘機、F−15イーグルに対抗すべく
ルーヴェ連邦が生み出した制空戦闘機だ。
その比類なき空対空性能の高さは、中東各国での売れ行きを見れ
ば一目瞭然。
188
特に格闘性能においては、イーグルさえも凌駕すると言われてい
る。
無論、安価で量産の利くグリペンとは比べるべくもない。
が。
﹃シトリー1、了解。迎撃に向かえばいいんだな? 座標をくれ﹄
﹃⋮⋮⋮﹄
返信にはわずかな沈黙を挟んだ。
﹃行けるのか? モンキー・モデルとはいえ、曲がりなりにもフラ
ンカーだぞ?﹄
﹃やり方次第さ。AEW︵早期警戒機︶とデータリンクして、長距
離ミサイルで先制する。行けるな、シリウス?﹄
﹃コピー﹄
﹃⋮⋮了解。ピクシスにホークアイからのリンクを要請。目標は?﹄
﹃先頭のJ−11﹄
﹃爆撃機ではなく?﹄
﹃ミサイル何発で沈むか分からないからな。それに、J−11が爆
装してないとも限らん﹄
﹃分かった。後続の部隊はそちらに向かわせる。無理はするな﹄
﹃シトリー1、コピー﹄
﹃ツー﹄
送られてきた座標を元に進路を修正。
全ての武装のセイフティを解除して、敵に備える。
189
黒犬のエンブレムの機体は、シトリー1の左後方。
だが、これからの戦闘に備えて、徐々に高度を上げている。
J−11とドグファイトをするつもりだ。
﹃︱︱相変わらず自信たっぷりだな、シリウス﹄
﹃やり方次第だ﹄
シトリー1も倣って高度を上げる。
しばらく、ジェット・エンジンの音だけが蒼穹に響き渡る。
時刻は15時28分。
グリペンのレーダが、敵影を捉えた。
﹃ジュディ﹄
﹃データリンクは完了している。射程距離に入り次第、ミサイルを
発射せよ﹄
﹃コピー﹄
﹃グッドラック、シトリー隊﹄
コクピットのコンソールに光点が複数。
その中で、先行している戦闘機を、シトリー1、2がそれぞれ2
機ずつ標的として入力。
ミサイルの誘導そのものはE−2Cホークアイが行ってくれる。
﹁︱︱捉えた﹂
190
長距離高速ミサイルがグリペンのパイロンから切り離され、1秒
に満たない落下の後に点火。
閃光のような速度で突き抜けていく。
同時に、ホークアイからの警告。
﹃ロックオン警報! 敵からもミサイル発射を確認! 数は4。回
避しろ、ユニフォーム、ユニフォーム!﹄
﹃ECMポッド起動、︱︱ブレイク!﹄
ヴァルチャが発した警告の言葉が終わるより、早く、2機のグリ
ペンは上下に素早く別れた。
外付けのECMポッドが周囲の電波情報を攪乱し、敵のミサイル
の目を誤魔化すべく電子戦を開始する。
﹃こちらのミサイル、確認命中。全弾命中だ﹄
﹃これで残り4機﹄
何しろBF社兵器開発部門謹製、終末誘導にIIR︵赤外線画像︶
を導入した高性能ミサイルだ。
よほど強力な電子対抗手段と、画像全体を焼き付かせるような強
力なフレアでもない限り無効化は難しく、推力偏向誘導による高い
誘導性能によって回避も難しい。
無論、あちらも同じミサイルを使っていたら、回避は不可能なの
だが。
幸いなことにECMの効果はあった。
敵ミサイルのロックから外れたことを確認してから、2機のグリ
ペンはアフター・バーナーに点火。
191
電子戦に勝利したとはいえ、何度も周波数を変えて撃たれたので
は嬲り殺しだ。
一刻も早く接敵する必要がある。
もっとも、接敵したらしたで、相手は世界最高クラスの格闘性能
を誇るわけだが⋮⋮
強い戦闘機というのは、つまりそういうことなのだ。
﹃もう2発、来るぞ!﹄
﹃祈ってろ﹄
シリウスのすげない返答。
その通り、ECMポッドの性能が敵の対電子戦装備を凌駕してく
れていることを祈るしかない。
そのミサイルが素通りしていくのを見届けた頃、敵編隊を目視。
爆撃機はTu−16のオーファ国産バージョン、H−6だ。
﹃シトリー1、エンゲイジ﹄
﹃シトリー2、エンゲイジ。︱︱まず1機やる﹄
シリウスは真っ正面、先刻ミサイルを撃ったらしくパイロンに空
きがあるJ−11に向けて対面交差を仕掛けた。
巧みにミサイルとガンの発射象限を逃れたところからの接近。
ミサイルを撃つ間もなく、2機は交錯した。
一瞬、グリペンのガンが火を噴いた。
直後にJ−11が炎上。
そのまま洋上に落下していく。
192
﹃スプラッシュ1﹄
﹃トロル4までやれらたぞ!﹄
﹃対面交差で⋮⋮!?﹄
﹃慌てるな、機体性能はこっちが上だ!﹄
﹃2対3だ﹄
﹃こちらDC。呆れて物も言えない﹄
﹃ヴァルチャ。俺が護衛機を引き付ける。爆撃機を頼む﹄
﹃分かった。シリウス、護衛機は任せた﹄
﹃コピー﹄
互いにパスした状態から、翼を翻して反転。
再びの対面交差を無意識に恐れたJ−11が、グリペンの背後に
回り込もうと大きく旋回を開始している。
ヴァルチャ、シリウスは同時に上昇。
敵機が後方に付いたところで散開。
2機がシリウスに、1機がヴァルチャに追尾した。
予想通りだ。
﹃ヴァルチャ、回避に専念しろ。すぐに向かう﹄
﹃了解﹄
193
シリウスは速度を緩めないまま、上昇からループに転じ、そのま
ま下方にダイブ。
上空では爆撃機からの対空砲火が開始され、ヴァルチャはそれを
巧みに掻い潜りながら、後方のJ−11から逃げている。
﹃Tu−16じゃなくて良かった。あっちのほうが砲門が多いから
な﹄
﹃J−11も同じだ。推力がルーヴェ製とは違うな﹄
軽口を叩きながらも、それでもグリペンよりは上なのだ。
降下中のシリウスの機体に、J−11が2機、背後を取る。
ロックオン。
4発の短距離ミサイルが発射された。
シリウス、フル・スロットルでダイブ。
アフター・バーナーに1秒点火。
みるみるうちに海面が近づいてくる。
機首上げ。
同時に増槽、切り離し。
反動でグリペンの機体が通常より急激な角度で上昇。
海面スレスレで引き起こしに成功。
ミサイルの機動性は、その速度のせいで戦闘機よりは低い。
海面に着弾。
J−11はシリウスより高い位置で引き起こし。
194
だがその際に速度を落としすぎた。
シリウスはフル・スロットルで上昇。
距離を稼ぐ。
ややオーヴァ・シュート気味になったJ−11は、エンジン推力
に物を言わせて上昇。
すぐさまグリペンに追随する。
さらに2発のミサイルが、先頭の機体から、少し遅れて2発目が、
ウィングマンから放たれる。
だが距離がある分、対応するための十分な時間がシリウスにはあ
った。
タイミングを見極めた上でフレアを射出。
最初の2発を難なく回避。
ループからエルロン・ロール。ピッチを下げてアンロード加速。
ミサイルは重力という余計な要素が絡む上下の運動に弱い。
それを利用して少しでも時間を稼ぐ。
高度を落としたくないので、その状態から機首を上げる。
敵位置を確認。
ミサイルの行方を見守っているのか、距離は十分にある。
徐々にミサイルが近づいてくるのをバック・ミラーとレーダで確
認しながら、カナードを押し下げた。
機体がいきなり機首下げ。
機体全体が凧のように風を受けて、急激な失速。
195
マイナスGに耐えながらエア・ブレーキを開くと、高度が一瞬落
ちた。
その頭上をミサイル2発が通過していく。
次のミサイルを撃たれる前に、J−11の下に回り込む。
敵はそれを嫌がって、スライス・バック。
こちらの背後に回り込むために、背面ループに入る。
シリウスはその隙に上昇。
敵が追随。
距離があるため、ミサイルをまた撃たれると判断。
そのままラダーを切って横滑りすると、傍目には正常姿勢での上
昇に見えるために、速度の目算を見誤ったJ−11が接近してくる。
だが実際には、横滑り状態で無理な上昇をしているため、見た目
に反してグリペンには速度がない。
パイロットが気づいた時には、敵機が被弾した際に破片や爆風が
及ぶ危険がある、最小射程を超えて肉迫していた。
慌てて機関砲を撃つが、そもそも狙いが定まっていない。
シリウスはそのまま横滑り上昇を続ける。機速がどんどん落ちて
くる。
︱︱すると、その視界ちょうどに、ヴァルチャとそれを追う敵機
が飛び込んでくる。
シリウス、後方確認。
J−11はエア・ブレーキを展開して減速。射程距離を保とうと
196
していた。
上昇中の方向転換は難しい。
だからシリウスは一度フェイントをかけてから、素早くエルロン
を逆方向に切り返して、ヴァルチャの援護に向かう。
アフター・バーナー点火。
敵が最も不運だったのは、シトリー隊が補給を終えたばかりで、
燃料が十分にあったという点だ。
おかげで燃料を大幅に消費するアフター・バーナーの使用を躊躇
わなくて済む。これは大きなアドバンテージだ。
敵機の位置をレーダで確認しながら、ヴァルチャに通信。
﹃今、行く﹄
﹃了解﹄
阿吽の呼吸でヴァルチャが旋回を緩める。
絶好の機会とばかりにその背後についたJ−11に向けて、シリ
ウスは短距離ミサイルを発射。
ヴァルチャはフレアを射出して離脱。
敵機にミサイル命中。
そのまま機体を正姿勢に戻すと、ようやく追いついた2機の敵を
再び相手取る。
再び対面交差を仕掛けるが、やはり敵はそれを嫌ってブレイク。
シリウスはその片割れに追随。
197
攻守逆転。
短距離ミサイルを選択。
ロックオン。
1発目をリリース。
3秒数えて2発目を発射。
J−11はアフター・バーナーを焚いて速度を上げ、十分にミサ
イルを引き付けた上でアフター・バーナーをオフ。
フレアを射出しながら、同時に素早く右に反転。
一発目はかわされた。
しかし2発目をかわす手段はない。
ヒット。
が、巨大な双発エンジンの片方を吹き飛ばしたに過ぎない。
浅いダメージ。
この頑丈さも、フランカー・シリーズの強みだ。
しかし戦闘能力は実質奪ったと見ていい。
もう1機に向かおうとしたところで、J−11の2機が、申し合
わせたように機体を翻し、西、オーファ方面へと向かうのが見えた。
﹃こちらシトリー1。爆撃機2機を撃墜した。シリウス、そっちに
墜ちていくから巻き込まれるなよ﹄
﹃早いな﹄
﹃フレアを使わせなければこんなもんだ﹄
198
その言葉の証拠に、ゆっくりと降下していくH−6は、2機は、
大袈裟な炎はあげていない。
﹃エンジンをやったのか﹄
﹃一番確実な手だ。コクピットは防弾仕様だしな﹄
対面交差で片方のエンジンをガン攻撃で仕留めたのだ。後方から
は機銃で迎撃される恐れがある。
対空砲火は滅多に当たるものではないが、機銃に対して正面から
近づけば、鴨撃ち同然の状態になる。
如何に大型エンジンを備えているとはいえ、爆撃機の重量で片肺
をやられれば、任務続行は不可能になる。
護衛に失敗したことを悟り、J−11は離脱したのだろう。
賢明で冷静な判断だ。
伊達に最強クラスの戦闘機に乗っているわけではないらしい。
﹃こちらシトリー隊。脅威は排除した。繰り返す、脅威は排除した。
爆撃機の着水を確認してから帰投。その後、再出撃する﹄
﹃こちらDC、その必要はなさそうだ。爆撃機が墜とされたからか、
燃料切れかは分からんが、敵が次々と撤退を開始している。追撃の
必要はないだろう﹄
﹃了解。爆撃機の着水を確認後、帰投する﹄
﹃DC了解。以上﹄
その巨体に相応しく、H−6の降下速度は遅い。
パイロットは今、懸命に機体を軟着水させようとしているはずだ。
次々と爆弾が投棄され、海面に水柱を上げている。
これだけの量の爆弾がレダ島に落とされていれば、間違いなく基
地だけでなく他の施設もやられていただろう。
199
﹃ワンデイ・エースになり損ねたな、シリウス﹄
﹃うん?﹄
﹃4機だろ?﹄
﹃どうでもいい﹄
黒犬のエンブレムのグリペンは、空戦の終わった空は静かに飛び
たいんだとでも言いたげに、先ほどの激しい機動が嘘のように、静
かに蒼穹の真ん中にたゆたっていた。
200
17 ドグファイト︵後書き︶
お待たせしました。
フランカーとグリペンは、本来勝負にならない機体です。
いろいろ言い訳して、グリペンが勝てるような状況を作りました。
まず結果ありき。
その上で言い訳を考えるのが私のやり方です。
僕はフランカーも好きですがグリペンが大好きです。
そのうちフランカーにも活躍シーンをあげたいなあ。
あと、シャイニーフェスタのグルーヴィーチューンの楓さんが強い
です。ボスケテ。
20121123追記:
ちょっと区切りになったので、少し休憩がてら短編小説を書きます。
更新は少し空くかもしれませんが、続けるのは確定なのでしばらく
お待ち下さい。
新小説URL http://ncode.syosetu.co
m/n0138bl/
深く考えずに楽しめるコメディです。よろしければ是非。
201
PDF小説ネット発足にあたって
http://ncode.syosetu.com/n4287bh/
スカイ・ハウンド
2012年11月30日02時19分発行
ット発の縦書き小説を思う存分、堪能してください。
たんのう
公開できるようにしたのがこのPDF小説ネットです。インターネ
うとしています。そんな中、誰もが簡単にPDF形式の小説を作成、
など一部を除きインターネット関連=横書きという考えが定着しよ
行し、最近では横書きの書籍も誕生しており、既存書籍の電子出版
小説家になろうの子サイトとして誕生しました。ケータイ小説が流
ビ対応の縦書き小説をインターネット上で配布するという目的の基、
PDF小説ネット︵現、タテ書き小説ネット︶は2007年、ル
この小説の詳細については以下のURLをご覧ください。
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