1 歯車列で結合された閉路形遊星歯車機構

第7章 閉路型遊星歯車機構の速度設計
前章までにおいて閉路型遊星歯車機構の4個の直線と動力流の関係、およびそれらを表
現する座標上の位置とその意味について述べた。ここではこれらの関係を使ってこの機構
の速度関係の設計をする方法について考える。一方、このような機構の具体的な事例とし
てはこの機構の中に無段変速機を組み込んだものがある。この場合、無段変速機は歯車に
比べてトルク容量が小さいのが普通である。そのため無段変速機だけで大動力の変速をし
ようとしても自づから限界がある。それに反して歯車は大きなトルクを負担できるので、
歯車と無段変速機を組み合わせた閉路型遊星歯車機構ではこの限界を乗り越えることがで
きる。この機構では小さな動力負担で無段変速機に変速機能を分担させ、歯車で大動力を
分担することによって、全体として大動力の変速を実現できる。ここではその様な機構の
具体的応用例をあげ、前節までの方法を用いてそれを解析する。このように設計または解
析するときに必要な動作点と機構常数を求める手法について、図上で求めるための手法と
これを求めるための数式について述べている。なお、ここでの考察は機構の中の損失は考
えない条件下での動力状態を扱うが、損失は動力部分が大きなところで発生することを考
えれば第1次近似としての見積もり設計の段階では、ここでの考察は十分有用な情報を得
ることができると考える。なお損失のある場合の考察はこの後(13章以後)で取り扱う。
1.歯車列で結合された閉路形遊星歯車機構
1.1 動力状態とJ直線およびj14の関係
3端子遊星歯車機構と歯車列Bを結合した図7.1-1の機構を一つの例として考える。ここ
で歯車列Bは図に示すような歯数Z1 、Z2 、Z3 、Z4 を持つ2組の歯車列である。これ
をシステム図として表せば図7.1-2のようになる。ここでRは後に述べる無段変速機を示し
ているが、この図7.1-1ではその機構は省略され直結軸で表されている。さらに遊星歯車機
構πは2K-H形遊星歯車機構とする。
z3
z2
i
H
z4
⑥
v
④ ②
R
u
⑤ ①
z1
B
図7.1-1
7章1
v2.2
②
③
s
π
④
v
B
⑥
π
閉路型遊星歯車機構の例
図7.1-2
1
③ u
⑤
①
システム図
一般化遊星歯車機構πの具体的な構成を図7.1-3のようにs、i、Hの要素からなると考
え、これらをπの端子①、②、③を遊星歯車機構要素s、i、H のどれと対応させるかに
よって、表7.1-1に示すように6通りの組み合わせが考えられる。この組み合わせで考えら
れる角速度の関係は特性図上では(1、1)点を通る6本のJ直線群を持つことはすでに
述べた。図7.1-4は図7.1-3に示す2K-H型遊星歯車機構の要素と端子①、②、③の組合せに
よる直線群を示し表7.1-1ではそれらの直線に対する端子と要素の組み合わせの対応関係
を示している。またこの直線群ではどの線を採っても動力状態α、β、γの全ての領域を
横切る事もすでに触れた。なお図7.1-1の機構は①=s、②=H、③=iの組み合わせの例
である。
π
②
③
z i=64
π
表7.1-1
i
直線グループと端子と要素の組合せ
H
図7.1-3
直線 グループ
Ⅰ
Ⅰ-1
Ⅰ-2
Ⅱ
Ⅱ-1
Ⅱ-2
Ⅲ
Ⅲ-1
Ⅲ-2
z s=20
①
s
π機構と遊星歯車機構の具体的事例
Ⅲ-2
Ⅰ-1
i=①、s=②
i=②、s=①
Ⅲ-1
1
H=①
Ⅰ
j23
②
s
i
H
H
i
s
③
i
s
s
i
H
H
Ⅰ-2
i=③、s=②
ω2
ω3
H=③
①
H
H
i
s
s
i
i=②、s=③
Ⅱ-1
i=①、s=③
2
H=②
Ⅱ
Ⅱ-2
i=③、s=①
1
Ⅲ
-1
0
1 j2
13
3
-1
図 7.1-4
ω1
ω3
J 直線
J直線群
歯車列Bの歯数によって決まるj14は(ω2 /ω3 )、(ω1 /ω3 )座標と同じスケー
ル上では原点を通る直線で表わされることも既に述べた(6章4.1)。図7.1-1の例ではそれ
らは次式で与えられる。
(7.1-1)
j14=(Z2 Z4 )/(Z3 Z1 )
このj14は原点を通る直線群であるので一つのJ直線とは必ず一つの交点を持つ。つまり
J直線とj14二つの直線群の中からそれぞれ1個の直線を適当に選ぶことによって、座標内
7章1
v2.2
2
のどの位置にでもその交点をとることができる(図7.1-5)。
ここでj14は端子①、②の間を拘束する機構(B-R)の関係であるので、J線とj14線
の交点は1自由度機構となった遊星歯車機構πの速度の関係を与える。また図7.1-1の機構
では、端子①とvの角速度は等しいことから、特性図上の横軸ω1 /ω3 は入力軸と出力軸
の伝達比の関係を示している。即ちこの閉路形遊星歯車機構全体の伝達比はJ線とj14線が
交る点の横座標の値によって決まることがわかる。
さてこの交点の位置は全座標内のどこかに取ることができ、その点は必ず動力状態α、
β、γのどれかに対応している(6章)。このことから交点の位置は閉路形遊星歯車機構
の各軸の角速度の関係を与え、その位置はまた、動力の流れの状態を定める点でもある。
したがって数字のみの議論としては遊星歯車機構πと歯車列Bを組み合わせて閉路形遊星
歯車機構を構成することによって、入出力の伝達比がとりうる全数域の値に対応させるこ
とができる。
J 直線
ω2
ω3
Ⅰ
ω2
ω3
2
1
j 23
Ⅱ
j14 直線 1
1
ω1
ω3
ω1
ω3
0
-1
1 j2
13
2Ⅲ
3
-1
O
1
2
-1
図7.1-5
J直線とj14直線
以上のことから目的とする系の伝達比を望ましい動力状態の中に収めるためには、端子
①、②、③の軸と遊星歯車機構要素s,i、Hの組み合わせを選定し、歯車列Bの伝達比
j14を定めJ直線とj14の交点を望ましい位置にとる必要がある。次にその例として動力流
が分流状態(α領域)にある系の設計問題を考える。
1.2 α領域に動作点をとる歯車列Bの決定問題(例題)
設定課題:図7.1-6の2K-H型を用いて図7.1-2に示す閉路型遊星歯車機構を構成し、ω1 /
ω3 =3において動力流状態が、α2 領域にするために必要な歯車列Bの構造を求めるこ
と。
7章1
v2.2
3
Y
α2-2
3
π
z i=64
α1-3
2
α1-2
1
-2
i
0
-1
z s=20
H
1
α2-4
-1
2
3
4 X
-2
s
図 7.1-6
α1-1
α2-1
α2-1
α2-3
α2-3
α1-4
-3
2K-H 型機構
図 7.1-7
動力流がα2型になる領域
まずω1 /ω3 =(X=)3において、α2 の領域を通過するJ直線は図7.1-7よりα2
J直線のω1 /ω3 軸(X軸)との交点j213 が3より大きく
-1の領域を通ることから
なければならない。すなわち端子①、②、③とs、i,Hの組み合わせの中では図7.1-5、
表7.1-1を参考にして、①=s、②=i、③=H(jisH =j213=42/10)がこの条件に当
てはまる。したがって歯数の関係からこのJ直線上に於いて、ここでの遊星歯車機構の運
動をω1 /ω3 =3の状態に固定するためには、J直線のω1 /ω3 =3の点(e点)を通
るj14直線を求めることに帰結する(図7.1-8)。即ちJ直線の通る座標は与えられている
からJ直線上のω1 /ω3 =3のY座標(ω2 /ω3)は簡単な計算によって3/8がえられる。
この点が系の動作点である。従ってe点を通るj14直線の勾配として1/8を得る。
Y
2
j
1
23
=42/32
j 線
14
参照線
1
e
3/8
0
1
2
3
6
4
-1
J直線
図7.1-8
7章1
v2.2
j14
2
j 13 =42/10
e点よりj14を求める
4
8
X
ここでj14の大きさはこの直線が参照線を横切る点のX座標で与えられるので、数値とし
てはこの勾配の逆数で、j14=8で与えられる。したがって歯車列Bの伝達比を8に選ぶこ
とによって、今、問題としている閉路形遊星歯車機構として図7.1-9の系が解として得られ
る。この系の動作点eはα2領域であるのでBの歯車列を流れる動力流P2は④から⑥を結
ぶ直結軸を流れる動力P1よりも小さい(P1/P2>1)。この動力の分流比率は動力分配の式
(6章2.3)で次のように与えられる。
P1
= j 3 v 21v =
P2
1
ω
j 13 3 − 1
ω1
1
= 2.5
42 1
−1
10 3
=
2
(7.1-2)
(7.1-2)式からわかるようにこの場合端子①を流れる動力は端子②の動力の2.5倍になるこ
とを示している。
P2
z
v
P 1 ⑤①
1
z s=20
s
B
図7.1-9
z 4 z1
z3 z 2
=8
j14=
H
4
z1
z i=64
④
②
z
⑥
i
z3
2
③
u
π
e点の解
ここで系の伝達比をω1 /ω3 =3に保ったまま歯車列Bに流れる動力(②の動力)の大
きさを端子①に流れる動力の大きさに比べて,さらに小さくするには交点eをY軸と平行
に動かしてJ直線上をX軸に近づければよい。当然その時にはJ直線とj14の勾配は変わ
るが、J直線上の点が横軸に近づくことはj3v21v(=P1/P2)→∞に相当し(6章2.3(1)参照)、
端子①を流れる動力は端子②を流れる動力よりも相対的に小さくなる事を意味する。した
がってこの場合はj213 が3よりそれほど隔たりがなく、3以上の値をもつ遊星歯車機構の
選定を行なうことになる。そしてj14直線もまた勾配が小さくて、J直線との交点の横座標
が3となる値に定めればよい。
ところで入出力の伝達比ω1 /ω3 が3であるための機構を求めるだけならば、このよう
な閉路形遊星歯車機構にしなくても、1個の遊星歯車機構で今求めようとしている伝達比
は実現できる。例えば図7.1-10のラビニヨウ型遊星歯車機構においてZ3/Z1=3の条件が
満たされるならば端子②を固定したときω1/ω3=3が満足されるので、閉路型遊星歯車機
構を構成する必要はない。従って、題意を満たすために閉路形遊星歯車機構をあえて採用
する理由は、機構の構成上求めようとする伝達比の正確な値が遊星歯車機構の構成条件に
7章1
v2.2
5
より1個の遊星歯車機構で得られない場合や、閉路型遊星歯車機構の歯車列Bの歯数を変
えることによって何段かの変速比の得られる機構がほしい場合など、特殊な場合である。
π
Z3
①
Z1
③
②
図7.1-10
7章1
v2.2
題意を満たす遊星歯車機構
6