幸福の定義 - タテ書き小説ネット

幸福の定義
blue birds
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︻小説タイトル︼
幸福の定義
︻Nコード︼
birds
N6157N
︻作者名︼
blue
︻あらすじ︼
雫は松島に、明は阿蘇に、お盆を迎えるためそれぞれ帰省してい
た。彼らが経験し、日々感じる思いは、メールを通してお互いに伝
そして、
えられる。ある日、明とその友人たちはご神木に彫られた二つの言
葉と出会う。
この言葉はメールに乗って松島の雫たちに届けられる。
雫は倉にある“ありもしない宝”の地図に同様の言葉が書かれてい
ることに気づく。
1
プロローグ
プロローグ
﹃とある少年と少女の約束﹄
彼女らがこの世に生を受けてまだ4年ほどしか経
とある時代の、とある世界の、とある国に、普通の少女と普通の少
年がいました。
っていません。
彼女らは、彼女ら以外の大多数の子供たちがそうするように、幼稚
園に通っていました。
﹁ねえ、雫ちゃん、俺のこと好き?﹂
﹁うん。好きだよ。私は明君のことが好き。﹂
この年頃からでしょうか。﹁恋﹂や﹁愛﹂といった概念に興味を持
ち始めるのは。
しかし、この年代の子供たちに理解できるものではないでしょう。
もちろん、この少女たちも例外ではありません。
﹁やった!なら俺と結婚しよう!今から雫は俺のお嫁さんだ!﹂
正確に言うと婚約者なのですが、ここでそれを言うのも無粋でしょ
う。
﹁え?結婚?う∼ん。結婚かー、結婚はまだ早いよ明君。﹂
いつだって女という生き物は現実的なものです。どうやらこの少女
も例外ではないようですね。
2
﹁でも、雫は俺のことが好きなんだろ?俺も雫のことが好きだもん。
俺たちは愛し合ってるんだから結婚しないとダメだ。﹂
そしていつだって男は馬鹿なもの、そしてこの少年も例に漏れずに
馬鹿なようです。
﹁え?そうなの?う∼ん・・・分かった、結婚するよ。私・・・明
君と結婚する。﹂
どうにも他人に流されやすい性格の少女のようです。それでいいの
か少女!もっと自分を大切に!っと思わなくもないですが、この年
頃の子供たちにはよくある会話です。
﹁うん!やっぱり雫はいい女だ!物分りが早い!じゃあ、結婚でき
るようになったら結婚しよう。それから大きい庭のある家を建てる
んだ!子供は三人!白い大きな犬も飼おう!﹂
そしてこちらの少年は具体的なのかアバウトなのかよく分からな
いですね。まあ、生来適当な性格なのでしょう。
さて、ここで一つの﹁約束﹂が成されました。たわいもない微笑ま
しい﹁約束﹂です。
この﹁約束﹂はこの盟約が成されて約6年後、つまり彼らが小学校
4年生になったときに一つの臨界点を迎えることになります。
今回語るのは私が知る彼らの物語です。彼ら以外の彼らが、どうい
った選択をしたのかは私には分かりません。
正確に言うと分かるのですが、しかしそれは???知っていると言
うよりは、誰でも分かることなので割愛させていただきます。
3
物語の結末としてはハッピーエンドの類に入ると思いますが、それ
を判断するのは少なくとも私ではなく、この物語に関わったそれぞ
れの人々でしょう。
今回の物語は二つの時代の、二つの﹁約束﹂が、二つの場所で同時
に紡がれるというものです。
美しい﹁約束﹂が生み出す美しい結末と、その光によって生み出さ
れる陰の物語。それを始めましょう。
4
﹃2008/08/02 am:9:00∼10:00 熊本市内にて﹄
隆君、いつもありがとうね。これは今日のお礼よ。受け取って﹂
そう言って、青年に茶封筒を差し出す女性。
﹁いや、優花さん、これは受け取れませんよ!だって、ちょっと荷
物運びと手伝っただけなのにこんな・・・﹂
﹁若いもんがつべこべ言うな!大学生なんだから色々と入用でしょ
う?いろいろと!分かってるって!分かってるから皆まで言うな!
この優花さんはすべてお見通しなんだから!私も大学生時代はいろ
いろとあったものねえ?ねえ?あなた?﹂
御近所でも評判の、﹁大概分かってない賢者﹂の通り名を持つこの
女性、もとい優花と呼ばれた女性が、話を隣の夫に振る。
﹁ああ、そうだな、本当に色々とあったな。本当に。・・・特に江
藤とやらかした﹁狂言結婚式﹂は今でも後輩に語り継がれていると
思うぞ﹂
﹁何よ、昇。そのおかげで私と結婚できたんだから儲けもんでしょ
う?いや∼、今でのあのときを思い出すと照れちゃうわ。あんなプ
ロポーズ、昇しかできないと思うよ!﹂
優花は頬に手を当てて勝手に照れてるし、優花に昇と呼ばれた男
性は苦笑している。
﹁まあ、そうだろうな。あの時はようやく見つけた俺の﹁願い﹂が
消えてなくなるかもしれないって状況だったからな。あんな状況じ
ゃなければ、誰もあんなことしないっと、話がそれてるけど、隆君、
それは何も今日の分だけじゃなくていつもの分だよ。明がいつも本
5
当にお世話になってるからね。それも含めた御礼だよ。本当は家庭
教師代を払っても良いくらいだと思ってるんだけどね。どうだい?
ここらで一つ、家の明の家庭教師を正式に引き受けてはくれないか
な?﹂
﹁ははは、そんな大したことしてないんでホントに気にしないで下
さい。俺自身、榎本道場で教師の真似事させてもらってる間は楽し
いんですから﹂
彼らの話だけ聞いててもまったく状況が分からないと思うので、
ここらで一旦話を整理しておこう。
現在この場に居るのは江藤夫婦︵昇・優花のペア︶と、隆と呼ば
れる人物である。
彼らの関係は御近所さんというよりは師弟という関係に近い。正
確に言うと、隆が弟子で優花が師匠だ。
優花の旧姓は榎本で、彼女の家系は代々から空手の道場を営んで
いる。先ほど彼らの会話に登場した榎本道場において優花はその5
代目の師範であり、その道場に隆は通っている門下生なのだ。
そして、隆が先ほどから
基本的に稽古は月・水・金の週3回、時間帯的には午後5時から
6時半の1時間半に渡り行われている。
家庭教師うんぬんかんぬんを言われているのは、週3の稽古が終っ
た後に道場で小一時間ほど希望する子供たちに無料で勉強を教えて
いるからだ。
隆は隈本大学教育学部に通う学生であり、教師になるために日々
勉強にいそしんでいる。そんな隆にとって複数の人数を相手に授業
できるという環境はありがたいもので、自分の将来への投資という
意味もこめてタダで子供たちの勉強を見ているのだ。
そんな子供たちの中に明という少年が居る。
彼は昇と優花の子供であり、現在小学校4年生の男の子だ。性格
的には活発な子で、それが災いして粗相をしでかすことも多い。一
説によると性格的には﹁もう1人の江藤﹂なる人物に似ているため、
6
一時期彼らの身内の中で﹁もしかして明の父親は・・・﹂と波紋を
呼んだらしいが、よく考えてみると、その﹁もうひとりの江藤﹂な
る人物と明の母親である優花の性格が似ていために、そう見えるの
だろうと彼らを知るもの達の間では一応の決着がついている。
現在その明は家中の窓の鍵が閉まっているかを確認している。し
ばし、三人して明の帰りを待つ。
♪
﹁お母さん、全部鍵かかってたよ。火の元も閉めてあったし、水道
も大丈夫だった。﹂
確認を終えたらしい明が家から出てきた。
﹁よし、よくやったぞ息子!母がほめて遣わす!じゃあ、隆君に今
日のお礼を言って、車に乗りなさい。おじいちゃん家に行かなきゃ
ならないからね﹂
これに素直にうなずく明。
﹁うん、分かった。今日はありがとう、隆さん!今日はいっぱい手
伝ってもらって助かりました!だから隆さんに一つ言いこと教えて
いくね!夏は二人を開放的にする季節だから忍さんと仲良くしない
とだめだ!そろそろ決めないと、愛想着かされて捨てられちゃうぞ
!﹂
薄ら寒い風が吹く。夏なのにね?
﹁・・・うん、そうならないように頑張るよ。ありがとうな、明﹂
﹁明、後で少し話があるからお父さんのところに来なさい。優花、
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明に変なこと教えるな。まだ小4だぞ。いくらなんでも・・・﹂
﹁いやいや、私じゃないし。明、怒らないから誰からそんな話聞い
たの?大体想像つくからいいんだけど、確認のためにね?﹂
﹁うん?メトウおじさんだよ?恋の妖精にして愛のキューピットの
メトウおじさん!そしてあるときはお母さんの愛人さん!﹂
どこかに携帯を握りしめながら駆けていく優花。おそらく恋の妖
精さんに用があるのだろう。
その顔はまるで聖母。でも、内心は阿修羅だと思う。
﹁明、お父さん明に話したよな?あの馬鹿は愛のキューピットなん
かじゃないって。現に あの馬鹿は奥さんに見限られて捨てられて
るんだぞ?愛のキューピットはそんなへまはしないだろ?しかも奥
さん、愛想尽かしすぎて今はブラジルだ。地球の裏側だぞ?どんだ
け嫌われたんだよ!って思わないか?まあ、確かに哀のキューピッ
トといえなくもないけど。まあ、だからあのおじさんとあまり会話
しちゃいけません。馬鹿になるから。﹂
﹁え∼、でもメトウおじさん面白いのに。﹂
抗議する明。
それに乗っかるように隆が話しに入ってくる。
﹁メトウさんって、卓也さんのことですよね?確か昇さんと苗字が
同じだったと思うんですが。﹂
﹁そうそう、そいつのことだよ。あの馬鹿、何をやらかしたのか知
んないけど、奥さんの・・・って言うか隆君は知ってるか。明里さ
ん。たまに家に来ると見物人が寄ってくるぐらい美人な人だから覚
えてるだろう?で、あの馬鹿は折角結婚してくれた彼女を結婚生活
8年目にしてえらく怒らせてね。今じゃ別居状態だよ。しかも日本
とブラジル。どんだけだよって思うだろう?﹂
﹁はあ、それはまたすごいですね。前々から話に聞いてて、ずっと
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すごいなと思ってたんですが、今回のはまた一段とすごいですね。
何よりも奥さんの行動力が凄すぎですね。夫婦喧嘩で地球の反対側
まで行くってバイタリティは尊敬に値します。﹂
﹁お父さん、でもメトウおじさんは明里さんと喧嘩してないって言
ってたよ。あれは迎えに着てあなたっ!ていうシチュエーションだ
から気にしなくて良いんだって。いわゆるギャルゲーの・・・﹂
隆 が明の会話を中断しに入る。これ以上は危なそうだから。
﹁明?そろそろ車に乗ったほうが良いんじゃないかな?ほら、お母
さんもちょうど帰っ・・・って優花さん怖い!ちょっとそれは怖す
ぎです!あっ!明振り返るな!今の優花さんはちょっとお見せでき
ない!﹂
﹁優花、顔が狼になってる。ほら、また明が泣き出すから落ち着け
?な?江藤は逃げないから。逃げたらあいつもどうなるか分かって
るから、な?だから落ち着け?﹂
男連中にえらく失礼なことを連呼されている優花の顔は未だに聖
母その人だ。しかし、この顔のときの優花の二つ名は﹁閻魔﹂。こ
のときの優花を見かけたら近くに救急車を必要としている人が居な
いか確認することが、この近所近辺の常識となっている。
﹁何よ。隆君も昇も失礼だよ?人を化け物みたいにさ?まあ、いい
けどね。それはそれとして、明?速く車に乗りなさい?予定よりも
遅れちゃってるんだから。﹂
﹁閻魔﹂の一声を聞いた明は慌てて車に乗り込む。このときの母親
の機嫌を損ねるとえらい目に会うのは当の昔に学習済みなのだ。
明が車に乗り込んだのを確認して優花は隆に向き直る。
﹁今日はホントにありがとうね、隆君。ほんとに助かっちゃった。
9
それで、これはそのお礼なんだから、ちゃんと受け取りなさい。そ
して忍さんのために使いなさい。さらに言うなら、使った後はどん
なことに使ったのかきちんと報告するべきだよね?私に。逃げたら
だめだよ?じゃあ、昇行きましょうか。﹂
そう言って車に乗り込む優花。
男どもはその後ろで。
︵マジですまんな、隆君。今日のところはそれを受け取っておいて
くれ。さもないと、優花が暴れだす。︶
とアイコンタクトを交わす男二人。
︵了解です。今日はこちらこそありがとうございました。このお礼
はまたいつの日にか︶
無言のうちに意思疎通を図った男二人の内、昇は車の運転席へ、
隆は最後のあいさつをするために明が座る上席の窓から顔を出す。
﹁じゃあな、明。優花さんと昇さんの言うことちゃんと聞くんだぞ
?それと雫ちゃんに出すメールを忘れるなよ?そっちこそ愛想つか
されないようにな!﹂
そう言って笑いかける隆。
﹁分かってるって。お母さんに逆らうわけないじゃん。隆さんこそ、
しかっりな!﹂
そう言って笑い返す明。
﹁いろいろとありがとう。隆君。そっ
﹁それじゃあ、昇さん、優花さん、失礼します。久しぶりの帰郷、
楽しんできてください。﹂
ちこそ、楽しい夏休みになることを祈ってるよ。﹂
第三者からすれば、﹁あれ﹂って何
﹁しっかりするのよ隆君。私たちが帰ってきてあっちに進展がない
ようなら。﹁あれ﹂よ?﹂
だよ!と言いたくなるが、男三人が黙り込んでしまった様子からす
ると、ろくなことではないらしい。
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エンジンがかかり、車が動き出す。
では、と短い別れのあいさつを交わし、彼らは一旦別れることに
なる。
しかし、数奇な運命の末に彼らはこの夏休み中に再び会うことと
なる。そうなることをこのとき彼らはまだ知らない。
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﹃2008/08/02 pm:4:00∼6:00 松島にて﹄
雫という名の少女がいる。
彼女には特にこれと言った特技があるわけでもなく、彼女自身はご
くごく平凡な女の子だ。彼女は3日ほど前から故郷の松島に夏休み
を利用して帰郷しており、現在は、彼女の友人とその姉、そして姉
の友人の4人で海水浴に来ている。
﹁おーい、雫ちゃん!こっちこっち!はぐれたらダメだよー!迷子
になって、サザエ鬼に海中に引きずり込まれるよー!あれ?海中に
引き込まれて、迷子になるのかな?そのときは迷子じゃなくて行方
不明?う∼ん、まあ、どっちでもいいか﹂
この一声にびくりと反応する雫。彼女はこういったオカルト全般の
話が苦手で、特に水物関係はダメらしい。
﹁もう、止めてよ。歩お姉ちゃん。そんなこと言われたら泳げなく
なるでしょう!﹂
そう言って頬を膨らませて怒る雫。彼女自身は自らの怒りを前面に
押し出しているつもりなのだが、その表情がまた可愛いと思ってい
る歩には逆効果にしかならない。
﹁大丈夫だよ雫ちゃん!お姉ちゃんが守ってあげるから!だからお
姉ちゃんから離れたらダメだよ?雫ちゃんは千佳と違って可愛いん
だから!そんな雫ちゃんをお持ち帰りしたいって思ってるのはなに
もサザエ鬼だけじゃないんだから。最近は物騒だからね。変な人た
ちからもお姉ちゃんが守ってあげる!さあ!雫ちゃん!お姉ちゃん
の下に!このお姉ちゃんの胸に飛び込んできなさい!﹂
と、無い胸を一生懸命、雫に向けて押し出す健気な15歳。その
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隣から嘆息が聞こえる。
﹁可愛くない妹で悪うござんしたね。そんな可愛くない妹より、夏
休みにしか来ない雫の方が大事ですか。そうですかそうですか。ま
あ、いいんだけどね、そこは。実際何かあってもお姉ちゃん役に立
たないし。・・・胸もないし﹂
歩は千佳の発言の﹁胸も・・・﹂くらいのところから顔を般若にし
て妹を追い回している。なぜか彼女は小4の千佳よりも胸が無い。
どうしてないのか本人にも分からない。
ただ、妹の千佳は同世代の娘に比べて発育がいい。同じ遺伝子を引
き継いでいるはずなのにこの差はいったいなんなんだろうか、と彼
女は常日頃疑問に思っているのだが、彼女がきちんと遺伝学を学べ
ばその理由は分かることだろう・・・納得はできないだろうが。
﹁おーい、歩?。小4の妹にマジ切れは不味いんじゃないのかー?
ものは考えようだぞー。肩こらないだろー。お前?﹂
そうつっ込むのは歩の同級生にして親友。15歳にして弾けるボ
ディを体得してしまった有香だ。彼女は胸に神を宿らせている。
基本的にこの年頃の男どもの女性の価値基準は完璧に外見に重点が
置かれるため、顔立ちもいい有香は中学校でモテモテである。
﹁うるさい!肩がこっても揉めば直るだろう!だけど貧乳は揉んだ
って直らないんだ!大きくならないんだ!揉んで大きくなるのは妊
娠してからだって何を言わせるのよあんた!私はかわいそうじゃな
いぞ!これからだ!これから私はうう・・・﹂
ちなみにここはプライベートビーチでも何でもないので、当然他の
海水浴客も居る。彼らの反応はまちまちで、完全に無視するものも
居れば、やたらと歩に共感している人も居て、中には﹁ぺっタンコ
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は何も恥じることではない。それはまさしく・・・﹂と意味不明な
ことほざいている妻子もちが居る。妻子もちは当然、奥さんにビン
タを張られ、娘からは﹁男なんて・・・﹂とか言われている。
﹁お姉ちゃん。泣かないで。これからだよ。雫もまだぺっタンコだ
もん。でも、義明先生が言うには、雫はこれから大きくなるらしい
から、お姉ちゃんもきっとそうだよ。だから元気出して一緒に牛乳
飲もう?﹂
出ました、伝家の宝刀GYUNYUです。ぶっちゃけ、これで本当
に大きくなるのか疑問ですよね?だってあれ、脂肪の塊ですよ?太
る確率の方が高いですね。まあ、きちんと運動すれば、話は別でし
ょうが・・・。
﹁雫ちゃん・・・ありがとう。お姉ちゃん、元気でたよ・・・。そ
うだよね?だって人生80年だもんね?まだ15年しか経ってない
んだから、これからだよね?うふふ・・・﹂
小学4年生に適当な慰めをされた中3は壊れかけていた。特に、
自尊心が。
﹁やるわね雫ちゃん。私たちがいくら言ってもへこたれない歩を一
撃で粉砕とは﹂
下手に邪気が無い雫のような子がこういうことを言うと、かなり
サクッと来る。
この後、歩は何とか自力で自尊心を回復させ、いつもの元気を取り
戻した。その後は例年通りのお祭り騒ぎ。浜辺で城を作ったり、無
意味にヤドカリを集めたり。
楽しい時間は過ぎていく。それは平和な時間で、とてもいとおしい
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時間で・・・。でも、多くの人にとっては当たり前のもので・・・。
そんな大切で、あるのが当たり前の時間が過ぎていく。
♪
時間は過ぎに過ぎて、現在夕方の5時半。泳ぐには、ちょっと適
さない時間帯になってきた。
﹁よっし、雫ちゃんもう帰ろうか。まだ明るいけど、5時半だしね。
どうせいつでも来れるしね。﹂
そう言って、雫に笑いかける歩。そんな彼女に痛烈な突込みが入る。
﹁えらく楽勝ムードだね?歩?忘れちゃいないだろうけど、一応私
たち受験生だよね?その辺の基本事項分かってる?﹂
﹁千佳いくよー。荷物持てー。速く帰らないとサザエ鬼が来るぞー。
﹂
中3にもなって、聞こえないふりをする親友。あまりにも子供っ
ぽい親友に有香は思わずため息を漏らす。
﹁歩お姉ちゃん。お勉強は大事だよ?逃げてちゃ何も始まらないと
思う。だから、明日はしっかり受験に備えて、大勉強した方がいい
と思う。﹂
しっかりした小4も居たもんだ。それに対して、小4に勉学の重
要性を諭される中3。もう、どっちが姉貴分か分からなくなってい
る。
﹁・・・うん、ごめんね。雫ちゃん。・・・そうだよね。お勉強大
15
事だよね。・・・じゃあさ、明日は頑張るから・・・明後日は遊ん
でいい?﹂
この台詞のために、家への帰り道の途中、歩は、有香から﹁姉貴分
名乗るならもっとしっかりしろ﹂とか、千佳からは﹁お姉ちゃん器
小さすぎ、そんなんだから胸も・・・﹂など、散々なことを言われ
続けることになる。・・・自業自得なのだが。
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﹃1944/08/16 ある島にて・・・︿世界録の断片1﹀﹄
Tips−執念
﹃・・・帰るんだ。絶対に帰るんだ﹄
男は泥にまみれた銃を握り締める。かつては大儀のもとに黒光りし
ていたその銃も、輝きを失って久しい。
﹃約束したんだ。だから帰るんだ。絶対に﹄
銃にはもう弾は残っていない。男に残されたものは生への執着の
み。
﹃俺は・・・﹄
そして轟音。世界が光と絶望で包まれる
﹃ :2008/08/02 pm7:00∼7:30 阿蘇 実
家にて﹄
昇たち一行は隆と別れてからたいしたトラブルも無く、無事に昇
の実家である江藤家にたどり着くことができた。
彼らを迎えてくれたのは昇の両親、つまり、明の祖父母の厚志と
無花果であった。
17
彼らは息子夫婦と孫の久々の帰郷を喜び、もう時間も遅いからおな
かもすいただろうと、豪勢な晩御飯を明たちに振舞ってくれた。
おいしい食事のおかげで話も弾み、気がつくと、ちょっとした宴会
騒ぎのようなテンションになっていた。
そんな食事中、普段はがつがつ食べる優花がやたらしおらしくご
飯を食べていたため、明が優花をからかった。
その後、明は﹁あれ﹂を執行され、自分のうかつな発言を後悔す
ることになるのだが、それはまた別の話。
♪
﹁あれ﹂執行により、ずたぼろにされた明と、それを︵息子が自分
の奥さんにボコボコにされるのを︶眺めていた昇は、﹁あれ﹂執行
後に一緒にお風呂に入り、現在は自分たちにあてがわれた部屋に戻
って寝る準備をしている。
﹁おい明、明日はどうするんだ?裕也君たちと遊ぶのか?﹂
昇は自分の分と現在お風呂に入っている優花の分の布団を引きな
がら息子に問いかける。
そしてその問いに対し、自分の分の布団を引いていた明は簡潔に答
えた。
﹁うん、そうするつもり。だってそれ以外にすることないでしょ。
右見て草原、左見て牛。何も面白いものなんか無いじゃん。だった
ら裕也達と遊ぶ以外すること無いよ。こっちにいる2週間はひたす
ら裕也達と遊ぶつもり。それ以外の選択肢は俺には無い!﹂
この学生にあるまじき答えをよこした息子に徹はため息混じりに苦
言を呈する。
﹁いやいや遊ぶ以外には何もしないってそれは無いだろう。学校の
宿題とかはどうした?まだ全然手をつけてないだろう?そんなこと
じゃあ、お母さんに怒られるぞ﹂
この父親の苦言に明は少しもひるみはしない。
18
﹁あんなのすぐに終るって。・・・ねえ、お父さん、前から聞きた
かったんだけど、お母さんって、宿題ちゃんとやってたのかな?な
んとなくだけどお母さんって、宿題とかてきとうにしてた気がする
んだよね。いつも﹁宿題はちゃんとしなさい!そうしないと﹁あれ﹂
よ!﹂とか言って俺を威すけど、その辺はどうなの?﹂
﹁・・・ちゃんとしてたに決まってるだろう、明。そんな馬鹿なこ
と言ってないでささっと寝ろ。明日は早いんだから﹂
﹁・・・今一瞬だけど間が空いたよね、お父さん・・・まあいいけ
ど。だいたい明日は早く起きなくてもいいじゃん。明日何かあるの
?だって、もう・・・﹂
﹁田舎の朝は早いんだ。だから寝過ごすと朝ごはんがなくなる。そ
んなんじゃ一日遊びとおせないだろう?だから早く寝なさい。﹂
﹁・・・﹂︵息子︶
﹁・・・﹂︵父親︶
父親をじっと見つめる息子。
息子の視線から逃げ続ける父親。
そんな静かで不毛な親子の戦いは、話題の中心である優花が風呂
から上がって彼らの部屋に戻ってくるまで、しばし続いた。
19
﹃ :2008/08/02 pm9:00∼9:30 松島 実家にて﹄
﹁ずばり、もうディープキスぐらいは経験済み!﹂︵親父顔の歩︶
﹁・・・!?﹂︵顔を真っ赤にして、ぶんぶんと首を振り否定する
雫︶
﹁お姉ちゃん馬鹿じゃないの、いってもキスぐらいよ。で、どうな
の雫?﹂︵やっぱり親父顔の千佳︶
﹁!?!?!?﹂︵顔をさらに真っ赤にして、ぶんぶんと首を振り、
再び否定する雫︶
﹁いやいや雫ちゃん、おじさん分かってるんだよ?君みたいなおと
なしそうな子に限って案外・・・って、痛いじゃない千佳!なにす
んのよ!﹂
﹁お姉ちゃんやりすぎ。雫は純粋なんだから、イランことはいわん
でよろしい﹂
どこからか出したハリセンでおもいっきり歩の頭を叩いた千佳。
彼女は現在パジャマ姿である。というより、彼女たちはパジャマ姿
である。
彼女たちが今やっているのは、プチパジャマパーティー︵飲み食い
なし︶と彼女たちが呼んでいるもの。
簡単に言うとダベリ。
彼女らは例年、雫が夏休みに帰郷している間は大体この時間に三人
でプチパジャマパーティーをするのだ。
そして今日の話題は﹁恋バナ﹂なのである。
﹁年長者の頭をそんなもので叩くなんてあんたいい度胸してるじゃ
ない。こちとら中学生よ?小4のガキンチョの分際で﹂
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さっきまで布団に寝転び、仲良く雫をからかっていた姉妹はもう
いない。
パジャマ姿の歩がゆっくりと立ち上がり、なんかの拳法っぽいポ
ーズをとる。
これを迎え撃つように立ち上がる千佳。その手には、﹁仲良きこと
は美しきことかな﹂と書かれたハリセンが握られている。
﹁ふん!そんなの関係ないわよ。実際ご近所さんに話きいたって、
しっかりしてるって言われてるのは私のほうじゃない。そんなに年
長者であることを前に出したいならもっとしっかりしたら?それに
お姉ちゃん立っていいの?立つと年長者としての、女性としてのシ
ンボル︵胸︶の優劣が強調されちゃんだよ?まあ、こうして並んで
みると改めてわかるけど、私のほうがやっぱりお姉さんだね。しっ
かりしてるし、胸あるし﹂︵別にどうでもいいことでしょうが、パ
ジャマは案外旨を強調するアイテムなのです。︶
その一声を聞いた歩の顔に自愛が満ち溢れる。
﹁訂正しなさい、千佳。今ならまだ間に合うから。﹁ごめんなさい、
自分調子こいてました。これからはあらゆる面で秀でた歩お姉ちゃ
んに口答えせず、ただただ従って生きていきます﹂って言ってごら
ん?そうしたら許したあげるから・・・ね?﹂
この要求に素直に従う千佳。
﹁ごめんなさい、自分調子こいてました。これからはあらゆる面で
秀でた歩お姉ちゃんに口答えせず、ただただ従って生きていきます。
・・・はん!﹂
でも、一言多い。
21
﹁あれ?千佳?最後なんか一言余計なのついてたよね?﹁はん!﹂
ていらないよね?まったく千佳はあわてんぼさんなんだから、しっ
かりしなきゃだめだよ。じゃあもう一回。はい、﹁ごめんなさ・・・
﹂﹂
﹁うるさい!馬鹿姉!これでも食らえ!﹂
そういってハリセンを高速で歩の顔に向かってたたきつける千佳。
しかし・・・
﹁ふん、口と胸で勝てても、やっぱり肉弾戦は私のほうが上だね、
千佳?﹂
そのハリセンを間一髪でかわす歩。ちなみに彼女は合気道の段持
ちである。
﹁うるさい!今日こそ私が勝つ。この布団がみっちり敷かれた場所
じゃ、お姉ちゃんだってそうそう動けないでしょう!今日こそ私は
すべてにおいてお姉ちゃんを超えるのよ!﹂
かわされたハリセンを構えなおす千佳。彼女も合気道をやってい
るのだが、なかなか上達せず、この分野においては姉の歩を超えら
れていない。
﹁そんなもの︵武器*ハリセン︶に頼ってる時点であんたはもうだ
めなのよ。さあかかってきなさい、千佳。一から教育してあげるか
ら﹂
再び構えなおす歩。
これに対して千佳は、
﹁ふん、それはこっちのセリフだ馬鹿姉!﹂
と絶叫をあげて歩に飛び掛っていった。
22
・・・数分後
﹁千佳ちゃん・・・﹂
死に体をさらしている千佳を介抱する雫。
千佳は完璧に歩に手玉に取られ、散々転がされたあげくに無駄に
胸をもまれまくって、すんすん泣いていた。
﹁悲しいわよね、雫ちゃん。姉妹で争うなんて。何でこんなことに
なってしまったのかしら・・・、こんなこと、私は望んでいなかっ
たのに・・・﹂
勝者であるはずの歩がなぜかおとなしい。普段なら絶対にばか騒ぎ
しているはずなのに、なにやら勝手に落ち込んでいる様子。
おそらく、仕返しとばかりに千佳の胸をもんでいるうちに、自分
の胸の無さを再認識させられたのだろう。
﹁歩お姉ちゃん・・・﹂
雫の呟きが夜の静けさに溶けていく・・・
こうして勝者なき戦いは幕を閉じた。
・・・今日も松島は平和である。
23
﹃ :2008/08/02 メールによる情報交換 9:50∼10:10﹄
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明君、こんばんは。
今日は特別に変わったことは無かったから、大して面白い話もあり
ません。
唯一あるとすれば、歩おねえちゃんと千佳ちゃんとの喧嘩でしょ
うか。
今日は二回、二人の喧嘩を見かけました。
どっちも最終的に千佳ちゃんが歩おねえちゃんの胸の小ささを馬
鹿にしたのが原因です。
明君にはもうお話しましたよね?お姉ちゃんたちの胸のこと。
それで、さっき二回目の喧嘩がすんだところなのですが、それを見
て私はやっぱり喧嘩はいけないなと思いました。
千佳ちゃんは歩おねえちゃんに胸を5分ぐらいひたすらもまれて、
お嫁に行けなくなったって泣いてたし、お姉ちゃんはお姉ちゃんで、
﹁何が悪いって言うのよ。私は頑張ってる。毎日牛乳とビタミンD
を取ってコツコツと頑張ってる。なのに・・・﹂
と泣いてました。
お母さんにそのことを話したら、﹁人を呪わば穴二つ﹂っていわ
れました。
たぶん言葉の使い方が違うと思います。
今日はこれくらいです。明日は千佳ちゃんと宿題をやる予定です。
今まで遊んでばかりでちっとも宿題のほうが進んでません。
明君は宿題終わりましたか?終わっているならすごいです。さす
24
が明君って感じです。
今日はこれくらいでしょうか、書くことは。
それじゃあ今日はこの辺でバイバイです。おやすみなさい明君。
雫より、明君へ
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
−−−−−−−−−−−
﹁・・・﹂
明は雫のメールを読んで絶句していた。
メールの内容が内容なだけに、どう返信していいかわからないのだ。
なにしろメールの内容が胸にしか触れていない。
唯一触れられる話題といえば宿題の話だが、どう考えてもこっち
はサブ︵追伸といもいう︶で、﹁胸﹂のほうがメインだ。
メイン︵胸︶の話題を無視してサブ︵宿題︶の話をするか。
それともメイン︵胸︶の話題についての感想を送るか。
﹁いや、胸について語る男ってありえないだろ。﹂
小4とはいえ、男の明には軽く扱っていい内容ではない。という
か、雫も何でこんな内容を・・・と思わなくもない。
雫は人見知りする性格で、面と向かってしゃべるとなれば、こん
な内容じゃない、普通の会話でも結構恥ずかしがってできないこと
が多い。
しかし、なぜか彼女はメールとなると、平気でこんな爆弾を投げ
てよこすのだ。
たぶん、このメールを日記感覚で書いてるからだろう。
雫からすれば今日起こった出来事をそのまま書いて、それについて
の感想をただ漠然と書いているだけなのだ。
読む側のことを気にしていないといってもいいかもしれない。
25
﹁・・・俺って、ひょっとすると男として見られてない?﹂
明の精神成熟度はその辺の小4よりははるかに速い。それは明自
身も自覚していることである。
これにはいくらかの理由があり、だいたいは父親である昇の悪友
こと卓也のせいなのだが、時たま爆弾発言を投げかけてくる雫もそ
のうちのいくらかを担っている。
﹁・・・﹂
そんな明ですら画面を前にして何もできない。明の脳内コンピュ
ータは現在フリーズ中のようだ。
・・・十数分後
﹁ふう、終わった。﹂
雫にメールを送った明の顔は、一仕事終えた男の顔だった。けっ
して小4の子供がしていい表情ではない。
﹁やっぱり困ったときには隆さんだなー。﹂
結局このガキンチョは自力で問題を解決できず、全幅の信頼を置
く大学生に泣きついたのだ。
﹁さすが大学生・・・俺もああ成れるのかなー。﹂
いろいろと大人の階段を駆け上がっていく小学4年生。
そんな小4をやさしく夜が包み込む。
こうして明の帰郷第一日目が終わったのであった。
26
第二章:静かに回りだす運命﹂
魔法使いによる考察1﹄
時空というものはデジタルな存在である。
そうであるが故に、現在と過去は互いに独立した関係であるとい
うのは疑いようの無い事実であろう。
しかし、デジタルな存在である時空に身を置く我々が、﹁現在﹂
と﹁過去﹂の関係性を観測した場合、その関係性をデジタルなもの
ではなく、アナログ的な関係であるように感じるのもまた事実であ
る。
無限に独立して存在する時空から二つの時空を選び取り、一つの
道筋に収束させる現象。
この現象が指し示すのは、単に世界のあり方だけでなく、我々と
いう自我を持つ知的生命体が、連続性の上でしか存在できないこと
︵あるいは、我々という存在が、個々に独立した存在から連続性を
生み出すこと︶をも指し示していると考えられる。
﹃ :2008/08/07 am9:55∼10:00 松島 27
家にて﹄
﹁雫ちゃん、ちょっといい?﹂
朝の涼しい時間。
﹁うん、ちょっとまって。もうすぐ解き終わるから﹂
小学4年生たる二人の少女が仲良くノートを広げて、あることを
やっている。
﹁ねえ、千佳。それくらいだったら私でもいけるよ。ちょっと貸し
てごらん﹂
そこに混じる中3。彼女は、前日に雫と交わした約束を守るべく、
少女達と供に参考書を広げていた。
﹁いや。お姉ちゃんに聞いたら後で因縁付けられるもん﹂
まったくもって、奇妙な光景。
﹁そんなことしないって。ほら、貸して﹂
﹁いや﹂
言葉の応酬がなくなり、場を静寂が満たす・・・というより、緊
張が走る。
﹁・・・﹂
﹁・・・﹂
この日、雫と千佳の二人は夏休みの宿題を終わらせる気でいた。
理由は、特にない。
﹁いやいや、千佳。ほんとに何もしないって。ほんとにただの親切
だって﹂
そしてこの日、千佳の姉である歩は彼女にしては珍しく、本当に
無償で千佳のことを手伝おうとしていた。こちらも、理由は特にな
い。
﹁うそ。お姉ちゃんがそんなことしてくれるはずない﹂
姉妹の揺るがない信頼関係。十年という月日を同じ屋根の下で過
ごしてきた彼女らの間には、どうにもならない絆が生まれていた。
﹁だから、今日は??﹂﹁いや。絶対頼まない﹂
28
日頃他人のことをまったく顧みない人間がたま∼にこういう要ら
ん親切心を出すとどうなるか。
﹁だから??﹂﹁いや﹂
当然ながら断わられ、断わられた本人は意地になる。
﹁あのねーーー﹂﹁いや﹂
そして。
﹁ちょい、あんた??﹂﹁うるさい﹂
最終的に。
﹁いい加減に??﹂﹁いいよ、千佳ちゃん。どれ?﹂﹁あ、これな
んだけどね。私ここまでは分かるんだけど、ここからーーー﹂
パシンと涼しい部屋に乾いた音が響く。中を舞うノート。いや、
舞うというより、滑空するノート。
﹁お姉ちゃん?﹂
よく分かってない様子の雫。宿題に集中していた証拠だ。
﹁・・・﹂
﹁・・・﹂
無言の姉妹。二人ともぴくりとも動かないし、一口も開かない。
そんな微妙な空気の中、雫がノートを取るために腰を浮かそうと
し、
﹁雫ちゃんは座ってて。それは、雫ちゃんの仕事じゃない﹂
千佳に止められる。
﹁おねえちゃん、とって﹂
空気が凍る。夏なのにね?
﹁いいよ、貸し一ね﹂
腰を浮かす歩。がしかし、
﹁やっぱいい﹂
千佳が前言を即座に撤回。彼女は素早く立ち上がりノートのもと
へ??
﹁!?﹂
行けなかった。歩に凄まじい足払いを浮けたから。
29
﹁・・・はい、千佳。貸し一ね。﹂
妹を想いっきりすっ飛ばした姉は何事もなかったかのようにノー
トのもとへ。そしてそれを拾い、不自然すぎるさわやかな笑みを浮
かべ、ブツを手渡す。
﹁・・・﹂
﹁・・・﹂
﹁・・・﹂
その後いったい何があったのかは割愛させてもらうとして、場面は
明達のもとへと飛ぶ。
30
﹃ :2008/08/07 am9:55∼12:00 阿蘇 神社にて﹄
松島で姉妹の姉妹による姉妹のための仁義なき戦いが繰り広げられ
ているころ。
﹁おい、春日井。巫女服着ろよ、巫女服﹂
阿蘇でも同様の悲劇が起ころうとしていた。
﹁前から思ってたけど、あんた頭おかしいんじゃない?﹂
﹁いや、おかしいのは信也じゃないだろ。どっちかっていうと、春
日井がおかしいと思う。なあ、明?﹂
﹁うん。裕也と信也に一票﹂
暑い日本の夏にあり、阿蘇という土地はその高山地域という特性
のためにかなり涼しい。
しかし、その空気に響く会話の内容がいろいろと篤い気がするの
は、決して気のせいではない。こういう頭の悪い会話が許されるの
は小学校の低学年までだ。ちなみに、彼らは全員小5。
﹁明、お願いだからあんただけはマトモでいて﹂
とはいっても許されるだけで、イタいことに変わりはないのだが。
﹁なんでだよ?お前、巫女だろ。なら巫女服着ろよ﹂
﹁しつこいな!わたしは巫女だけど、巫女服着るのは神儀があると
きだけよ!ちょっとテレビでなんかあるとす
ぐ影響受けるのって端から見てると本当にイタい!﹂
31
ひたすら男子勢から巫女服を所望されているのは、春日井 暦。
彼女は神社の娘で、ときおり客引きのために巫女として家業を手伝
っている。
もちろん、そんな特殊なことをしてるものだから、生徒という刺
激のない日常を過ごす子供らに話の肴にされるのは仕方のないこと
だといえなくもない。特に、この年頃からなら。
彼女らが今集まって遊んでいるの場所は、まさに話題中心である
彼女の家の庭である。つまり、神社の境内だ。
この神社の歴史は古く、起源を求めてときを遡れば室町時代にま
で行き着く。
﹁でもさ、暦の服のバリエーションの無さはちょっとどうかと思う。
ふつう、もうちょっとおしゃれすると思うけど﹂
﹁さっすが市内在住の明!良いこと言うな﹂
﹁でもよ、裕也。普段着で巫女服は着ないよな?いくらなんでも﹂
それはそうだ。
﹁あのね、私だってこれでも服には気をつかってるんですけど・・・
﹂
自分の服を見下ろし、ふてくされたように抗議する暦。確かに、
彼女がいうように彼女自身は服に無頓着というわけではない。彼女
の持つ服の種類は、同年代の女子のそれよりも若干多めといっても
過言ではなし、服の組み合わせのセンスも悪くはない。
﹁それは分かる。だけど、そこをもうちょい頑張ってもいいじゃん
32
よ、と思うのが僕たちこの辺の男子の願いなのです。なんせお前は
この辺じゃレッド・・・なんだっけ、裕也?﹂
﹁この間授業でやったやつ?えっと、絶滅危惧種の・・・レッドア
ニマル?﹂
﹁なんか、戦隊ものみたいだね、その動物﹂
正解は、絶滅危惧種におけるレベルレッド。
﹁女は“種”じゃないからね、あんたたち﹂
くらくらする会話にこめかみを押さえながら暦が注意を促す。そ
の、ありがたい巫女の神託に対して信也は。
﹁細かいことは横においとけよ。俺たちが言ってることは分かって
るんだろ?﹂
﹁・・・まあね﹂
少子化。これは、阿蘇なんていう半分陸の孤島と化した山村では
笑えない問題である。
現在、阿蘇市五木村に在住している子供の数は中学生を含めて3
0名。その内訳は小学生7人に中学生13人。あと、幼稚園児以下
がまとめて10人。
さらに細かく小学生の部を見ると、6年生が2人、4年生が3人、
2年生が1人、1年生が1人となる。
﹁あ∼、春日井以外の女見てー。そんで、お近づきになりてー﹂
ちなみに、子供30人のうち女子の数は一人。つまり、暦がこの
辺で唯一の女子ということになる。
33
﹁明は良いよな。お前んとこの学校、一学年140人はいるんだろ
?そのうち、ドンくらいが女?﹂
﹁半分くらい・・・かな?﹂
いいなー、とバカ二人の声が澄んだ山の空気に響く。
﹁ほんと、ばかみたい。女は量より質よ﹂
良いこと言う小4女子春日井暦。まさにその通りであるからして。
﹁だったら、おしゃれしろよ。この眉毛ブス﹂﹁裕也に一票であり
ます!暦被告は、その特異な性別を生かし、
我々男子の目の保養となるべきなのであります!﹂
この言い方はないが、そう思う男子は少なくない。とはいっても、
本気でそれをのぞんでいる子供など小学生にはいないのだが。
﹁・・・明。こういう奴って、女子にどう思われてるか教えてやっ
て﹂
﹁ギャルゲーなら、死亡フラグ。現実でも、死亡フラグ﹂
映倫的に18歳以下は知らなくていい概念で説明する小4。ちな
みに、彼の学校でのあだ名は﹁歩く死亡フラグ﹂。
こんな発現を日常的にしているので、さもありなん。
﹁﹁﹁?﹂﹂﹂
明以外の三人は互いに顔を見合わせ、お互いに知らなくても良い
34
単語の説明を互いに求め合っている。
﹁あれ?ギャルゲーって知らない?﹂
うなずく三人。
﹁あ∼、そこからか・・・。え∼っと、ギャルゲーってのは??﹂
その後。
明の株価が男子勢の中では良い意味でプライスレスとなり、暦の中
では悪い意味でプライスレスになったことはいうまでもない。
35
﹃ :2008/08/07 am11:55∼15:30 松島 家にて﹄
姉妹戦争が、雫の泣き落としと母親の雷とで鎮圧されてから早一時
間。
﹁あのクソ姉・・・﹂
小さなレディの口から出たとは認めたくない言葉を吐き散らす怪
獣が、たいそう立派な倉に一匹。あぐらをか
き、肩肘をつき、﹁歩の歩み﹂と銘された本を憎々しげに眺めてい
る。
﹁もう、千佳ちゃんも悪いんだよ?せっかくお姉ちゃんが教えてく
れるって言うのに変に意地はるから﹂
怪獣の横には、小さな少女が一人。彼女は当初、﹁ねえ、ちゃん
と掃除しようよ。でないと、またおばさんに怒られるよ﹂と怪獣を
たしなめていたが、存外に今開いている本??もといアルバムが面
白かったため、ミイラ取りがミイラ取り状態になってしまっている。
﹁ふふ、雫ちゃん。これ見てると、あのクソ姉は身長だけはタケノ
コみたいにスクスク育ってるってことは分かるけど、胸のほうは直
立不動で静止してるがごとく、“歩んでない”ってことがわかるよ
ね?﹂
﹁もう、またそんなこと・・・よくないよ、そういうの。﹂
36
今朝方起きた姉妹戦争は結局のところ喧嘩両成敗となり、歩はボ
ランティアとしてクソ暑い海へ掃除しに。もう一人の当事者である
千佳は涼しいが、空気が相当淀んでいる年期の入った倉でのカビ臭
い書物の整理と目録作りを言い渡されていた。
そんなお仕置きの最中、憎っくき姉のアルバムを見つけてしまっ
たのだ。ならば、することは一つ。
すなわち、他人様にはお見せできない恥ずかしい過去探し。
﹁でもさ、あのクソ姉もこんなふうにかわいく笑えてた時代があっ
たんだね。ここなんか凄くない?ものすごく女の子っぽいよね?そ
れがどうよ今は。妹の私に関節決めて、猿山のボスざるみたいな声
で高笑いしてるんだよ?なにがどうなったらそうなるんだろうね?﹂
まさに、この﹁歩の歩み﹂の魅力はそこにある。現在の歩を知っ
ている人間が、このアルバムの中に眠る“かつての歩”の愛らしさ
を目の当たりにしたとき、当然、﹁いったい何が彼女を変えてしま
ったんだ?﹂と思わずにはいられない。そう、基本的にまじめな雫
から、本来の任務である掃除という大義を奪ってしまう程に。
﹁ねえ、千佳ちゃん。わたし思うんだけどさ、千佳ちゃんのアルバ
ムって家の中にあるよね?﹂
﹁そうだけど、それが?﹂
﹁ううん、大したことないんだけど、なんでお姉ちゃんのだけ倉の
中にあるのかなって思って﹂
﹁そう言えばそうだね・・・。なんでだろ?﹂
顔を見合わせる二人。がしかし、そこに答えはない。
﹁次、見よう?﹂
37
﹁ああ、そうだね﹂
♪
彼女達のアルバム閲覧はそれから小一時間程続き、その結果。
﹁お姉ちゃんて、やっぱり良いお姉ちゃんだね。千佳ちゃん?﹂
﹁・・・﹂
という結論に達していた。
なぜか。
それは、とある良い話をアルバムで発見したからだ。
アルバムには、所々に千佳と歩の両親の走り書きが残されている。
そしてその良い話は、歩が合気道を始めた
ころの写真と、市の合気道大会に優勝したときの写真の下に刻まれ
ていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
歩が合気道を始めたころの写真への寄せ書き
千佳が近所の男の子達にからかわれているのをみて、歩が激怒。
向かっていくも返り討ちに。その日の夜、珍しく神妙な顔で﹁強く
なりたい﹂と言ってきた。なんでと聞くと、﹁お姉ちゃんだから﹂
と一言。本当に優しい子だと、我が子ながら誇らしく思う。雄仁さ
んにそのことを話すと、苦笑いをしていた。歩は、父親似らしい。
38
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
市の柔道大会に優勝したときの写真への寄せ書き
歩には武道の才能があったらしい。なんと、合気道を初めてたっ
た三年で黒帯に手が届く程に。そして今日、市が開いた大会で優勝。
私も妻も我が子の成長を喜ぶ。
しかしながら、歩は強くなる程に、女の子らしさを捨てていって
いるのではと不安になる。あんなに可愛らしかった娘が、自分の身
の丈以上の男の子を投げ飛ばしてほくそ笑んでいる光景を目の当た
りにすると、何か間違っている気がしないでもない。そして確か、
投げ飛ばされていた少年は歩が合気道を始めるきっかけになった子
だ。因果応報と言うかなんと言うか・・・しかも、そんな姉をまね
て、千佳も合気道をやりたいと言ってきた。私はどうするべきなの
か。今晩にでも妻と話し合おうと思う。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 合気道という武術は一見するとたいして力の要らない楽な格闘術
に見えるが、実際はそうではない。基礎的な身体を作るにしても、
その後の術の取得にしても、大の男が音を上げるような厳しい鍛錬
を強いられる。この類いの術式はいざ戦闘となった場合、敵と自身
の両方を守ることが可能である武術であるが故に、その代価として
求められる時間と努力も、それに応じて高くなるのだ。
﹁ねえ、千佳ちゃん。もういいよね、掃除しても﹂
ブスッとしている千佳に笑いかける雫。この台詞だと、まるで雫
は千佳のアルバム閲覧︵姉の弱み探索︶に仕方なしにつき合ってい
39
たように聞こえるが、全然そんなことはない。
﹁・・・﹂
千佳は、そんな雫の笑顔から逃げるようにアルバムを丁寧に片付
ける。
﹁いいなー。私も、お姉ちゃん欲しーなー﹂
そう言いながら千佳の横でクスクス笑う雫。彼女の仕事は倉の換
気だけだったので、掃除開始数分で終了してしまっている。︵もと
もとする必要もなかったのだが︶
なので、今は千佳の真横で目録作りを手伝っている。
﹁そういうのはね、兄妹がいない一人っ子だから言える台詞なの。
普段は良いもんじゃないんだから・・・兄妹って﹂
未だに仏頂面の千佳であるが、既に本来の役目である書物の整理
と目録作りには戻っている。︵雫が目録作りをやっているので実質、
整理のみ︶
それからしばらく、彼女達は黙々と作業を続けた。どちらも一言
も口を開かない。しかし、そこにある空気が宿す気配は朝のそれと
は違い、とても暖かく穏やかで、しかしどこか気恥ずかしさを秘め
る、そんな微笑ましいものだ。後は、この空気が歩と千佳の間でも
流れることを望むばかりである。
時が流れ、作業も進む。それに伴い、お腹もすく。
♪
40
倉の中に漂う穏やかな空気を破ったのは、﹁おやつよ∼﹂という
偉大なるツルの︵母の︶一声だった。もちろん、少女達は仕事に区
切りをつけ、おやつのもとへ。
倉から雫と一緒にでた千佳は、太陽のまぶしさに目を細める。
このとき千佳は、歩に謝ろうと思っていた。いろいろと思うこと
はあるが、今日の喧嘩においては、自分にも非があるのは確かなの
だから。
それに、自分の中にあるこの照れくさい気持ちを伝えるよりは、
謝ることの方が遥かに簡単なことだとも思えたのだ。
﹃なんて謝ろうか・・・﹄
庭を横切る間、玄関で靴を脱ぐ間、必死に考える。しかし、思い
浮かばない。
こういうときに限って、姉に謝ったことなどほとんどないという
事実に思い至る。どうすれば素直に謝れるのか、どうすれば、少し
でもこの自分の気持ちを伝えられるのか。
﹃・・・﹄
先ほど玄関で脱ぎ捨てられている姉の靴を見た。多分今なら、居
間にいることだろう。姉は、こういうことか
ら逃げる人じゃないから。
もう、廊下を歩いている。居間はすぐそこ。なのに、思い浮かば
ない。
﹃・・・﹄
41
結局、千佳が行き着いた結論は、﹁なるようになる﹂だった。残
念ながら、時間切れ。腹をくくり、気恥ずかしさを押し隠し、廊下
と部屋を隔てる障子を開く。そして、やおら居間に入ろうと部屋を
覗き込んだ瞬間に。
﹁・・・どういうこと、お姉ちゃん?﹂
﹁何が?﹂
胸にあった照れくさい気持ちも、素直に謝ろうとしていた決意も、
倉から持ってきたはずの穏やかな想いも、霧散していた。
﹁そのロールケーキ、誰の?﹂
﹁あんたの﹂
雫は千佳の右斜め前方で、無言で立ち尽くしている。そして、何
を思ったのかそっと障子を閉めた。
即座に千佳が障子開け放ち、居間に乗り込む。
﹁そのカフェオレ、だれの?﹂
﹁これ、エスプレッソ﹂
﹁そんなこと聞いてないのよ、このクソ姉。誰のかって聞いてんの
よ﹂
﹁あんたの﹂
用意されていたおやつの皿とカップは3つ。なのに、残っている
のは歩が現在進行形でぱくついているのを除けば、一つしかない。
﹁どういうこと?﹂
﹁ごちそうさまでした。たいへん、おいしゅうございました﹂
42
丁寧に頭を下げる歩。
きちんと正座し、指をそろえて頭を深々と下げるその様は、千佳
をいらだたせる以外の役目は果たさない。
未だに廊下で立ち尽くす雫。彼女は何を思ったのか・・・は何と
なく分かるが、再び障子を静かに閉めてどこかへ逃走。
多分、何かを呼びにいったのだと推測されるが。
﹁・・・﹂
﹁・・・﹂
その後。
本日二度目の第二次姉妹対戦が勃発し、これまた母親の雷とげんこ
つで鎮圧されることになるのだが、本当に遺憾ながら、割愛させて
頂く。
43
Tips−少しだけ先の未来
﹁それで?あなたは、こうなることを予想していたの?﹂
表情を打ち消して問う忍。
これに対し隆は、﹁ある程度はね﹂と、短く答えた。
こめかみを押さえながら、忍は夜のカルデラに目を向ける。
そこにあるのは、夜闇にひっそりと身を沈めた優しい夜の世界だけ
であった。
﹁ほんとうに、どうしようもない人ね、あなたは。それが教師を志
す人間のすること?あの子達、きっと今頃苦しんでるわ・・・一言
言ってやれば良いじゃない、あの子達に。”そんなこと、気にする
必要ない”って﹂
忍は、言う。”そんなこと、気にする必要は無い”と。
しかし。
﹁物事は、常に多面的な意味を持ってる。それはつまり複数の価値
を持つことであり、君に言わせれば、”そんなこと”ーーーなんだ
ろうね﹂
44
隆は返す。
これに忍はムッとした表情で隆を見返し、そして﹁どういう意味よ﹂
と問いただした。
﹁別に、深い意味はないよ。きみにとっての”そんなこと”は、あ
の子達にとって¥”そんなこと¥”ではなかったというだけのこと。
あの子達はこの夏、それぞれが美しいと、あるいは、正しいと信じ
た道を走り抜けた。結果、神木の誓いは果たされ、約束の二人は再
会を果たした。そしてーーー﹂
隆は頭上を見上げ、星を見る。そして、まるでそこにまぶしい何か
があるように、目を細めた。
﹁あの子達は、振り返ったんだよ。自分達が来た道を。自分たちが、
正しいと信じた一夏の道をね﹂
隆は視線をそのままに、続ける。
﹁
¥”悲しみしか生み出さない戦争¥”が生み出した”モノ”ーーー
それはやはり、生まれたこと自体が間違いなのか。
¥”だれかのためにと歩んだ道の始まり¥”ーーーそこには、果た
して本当にその”だれか”はいたのか。
45
ーーーなんて、そんなこと、確かに考えること自体がバカらしいの
かもね。
﹂
隆は視線を外すと、その夜初めて忍の目をまっすぐ見つめ、言った。
﹁けれど、ぼくはそれはとても大切なことなんだと思う﹂ーーーと。
46
﹁20080807
pm14:00−17:00
森にて﹂
たとえ阿蘇唯一の女子が怒って帰ってしまったとしても、明達の物
語は問題なく続く。
﹁信也、そっちいたかー?﹂
﹁んにゃ、いねぇー。明はー?﹂
﹁こっちもいないーってか、くさいよこれ!﹂
腐ったバナナ︵蜂蜜付けストッキング入り︶を前に、キャッキャと
騒ぐ三匹の猿。
そこには、女子を怒らせたことに対する反省も、後悔も、なにより、
恐怖が感じられない。
﹁あーーーーもう!クワガタいないじゃん。カナブンいるけど!こ
いつら、逃げる気配すら無く蜜吸ってるけど!﹂
明の前には、二匹のカナブン。しかし欲しいのは、カブトムシとク
ワガタ。
明達は汗だくで三時間も森を練り歩き、やっと出くわした昆虫がこ
の二匹だけだった。
三匹の猿が、カナブン二匹に集まる。
そして。
﹁おまえら、蜜吸うな!﹂
言うやいなや、腐ったバナナを蹴飛ばす裕也。
これにはさすがのカナブンも驚き、飛び去った。
47
ふーふーと鼻穴を膨らませて息をする裕也は、それでも我慢ならな
かったらしく、﹁チェストー﹂のかけ声とともに木に一発蹴りを叩
き込む。
ときおりではあるが、こういうことをするとクワガタが落ちてくる
ことがあるのだ。
そして、今回裕也のもとに降ってきたのは、一匹のムカデ。しかも、
胸の辺りにいい感じに引っかかり、服を這い出す。
﹁dsjがおいsfdgjms:dかfl:sdklgじゃ:いg﹂
新世界の言葉を吐き散らしながら、木の枝でムカデと格闘する裕也。
もともと国語は苦手な裕也だが、それでもいつもはまだマシに喋る。
﹁ああ、ばちあたり。神木蹴ったりするから・・・﹂
信也が、あきれ顔で裕也を見る。助けるそぶりなど微塵も見せない
のは、親友たる信頼感の成せる技か。
﹁これ、御神木?この神社の?え?バナナ?え?﹂
焦る明。
さらりと信也が口にしたことは、どう考えても罰当たりの対象が裕
也だけでないことを示していた。
﹁ああ、心配ないよ。この御神木、越後の家のやつじゃないから。
えーっと、なんかよく分かんないけど、この木は昔から神様が宿る
木って言われててな。まあ、言われてるだけで、自称神木なんだよ。
48
﹂
﹁自称﹂の使いかがおかしいのはご愛嬌。
また、そう言いつつ信也は、ストッキングバナナを木の枝でのけて、
明にその裏を見てみろと言った。
はたして、そこあったのは。
﹁
いつか二人で、かならずこの景色のもとに
この約束を、いつか二人で果たしましょう
﹂
そこにあったのは、たった二行の言葉。
それこそは、遠い彼の日に果たされるはずだった、ありしひの﹁約
束﹂。
﹁うわー、ガッツリ掘ってあるね・・・だれ、こんな罰当たりなこ
と下の・・・信也と裕也?﹂
果たされるべきだった、彼の日の﹁約束﹂。しかし、果たされずに
終わってしまった過去のモノ。
しかし・・・
﹁いやいや、さすがのおれたちも、バナナはぶら下げれるけどなー
ーーこれはちょっと無理だわ。あー、裕也なら行けるかも。じっさ
い、さっきあいつ蹴ってたし。で、まあ、ようするに、俺が言いた
いことは、こんなことしたやつがいるんだけど、そいつはけっきょ
49
く、何の罰もあたらなかったて話だってこと﹂
物語は、再び動き出す。
それは、﹁再会﹂という大義のもとに。
あるいは、﹁だれかのため﹂という、優しさのもとに。
﹁ふーん。なら、もんだいないのか、バナナくらい・・・で、裕也
は?なんか、さっきから静かじゃない?﹂
そう、物語は動き出すのだ。すべからく、そうであるべくして、動
き出すーーーが、その前に。
﹁貴様ら・・・ウチの管轄ではないとはいえ、御神木にそんなもん
ぶら下げるとはいい度胸だな﹂
しかるべき制裁は、しかるべきモノ達に与えられるべきであり。
﹁げっ、越後のおやじさん!?﹂
﹁え、あれが?ぜんぜんにてないーーーーうわー!!!無理ムリ!
なにそれ、ああああああああああああああ!!!!!!裕也がーー
ーー!!!!!﹂
まあ、さしよりまずは。
結城に腹いせとばかりにこの御神木の件をちくられて、およそ現代
社会では想像もつかないお仕置きを受けているサル三匹の・・・は
なしは跳ばすか・・・
50
51
2008/08/03 メールによる情報交換 8:50∼9:30
2008/08/03 メールによる情報交換 8:50∼9:30
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オッス、雫。
今日は俺の番なのも分かってて、色々書きたいこともあるけど、手
が震えてタイピングできないんだ・・・
とうぶん、物干竿は見たくないよ・・・
服干す以外に、拷問にも使えるんだぜ、あれ。
まあ、それはさておき、今日の面白いことだよな。
・・・ごめん、ない。つらいことはあったけど。
でも、何か罰当たりなのは見つけた。
こっちに越後神社ってあるんだけどな。
その神社の御神木に、
﹁いつか二人で、かならずこの景色のもとに
この約束を、いつか二人で果たしましょう﹂って、掘ってあってさ。
なあ、罰当たりだろ?御神木だぞ?
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でもさ、そいつには、罰が当たらなかったらしいけど。はは、俺た
ちにはあった他
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﹁・・・﹂
雫は、不自然に途切れたメールを前にして固まっている。
それにはいくつも理由が挙げられるが、そのひとつは明がやらかし
たと思われる﹁ばちあたり﹂の内容が気になるからということであ
り、そして、さらにいえば、﹁物干竿﹂で行われたという拷問の内
容も多少は気になるところではあるが。
しかし、その中でもあえて挙げるとすれば。
﹁この言葉、たしか今日見つけた地図に書いてあったような・・・﹂
そう、さらに気になることは、今日千佳と一緒に倉でみつけた、﹃
ありもしない宝の地図﹄に書いてあった言葉を、明がメールで一字
一句違えること無く送ってきたたことだ。
﹁どういうこと?なんで、明君がこの言葉を・・・?﹂
この日、雫はその真相を突き詰めようと、わざわざ古くさい地図を
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スキャナーで取り込み、メールに張り付け明に送るのだが・・・
結局、明からの返信はこの日雫の元に届くことはなく、なんとも言
えないもやもやを抱えたまま、雫は床につくことになる。
※
補足情報:世界録の断片2ー拷問は終わらないー
﹁ちがう!裕也達が勝手にしかけてた!だって俺昨日は家に!﹂
﹁アキラ、コッチにキナサイ﹂
必死に優花から逃げ回る明。
思い起こせば、夕食時までは、平和だったと思う。今日のことは、
バレていないはずだった。
﹁いや、息子呼ぶ声じゃない!だって、もう、物干竿で!﹂
﹁ヨソはヨソ。ウチはウチよ、アキラ﹂
メールはかろうじて、送信した。
雫との日課は、なんとか守れた。
しかし、たとえ雫からメールを返されても・・・・返信は不可能。
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﹁うああああああ!﹂
明は家の中を逃げ回ったあげく、庭に転がり出る。
目的は、物干竿。
今日の。
あの、越後の親父さんの妙技を再現できるなら、自分は母に勝てる。
そう自分に言い聞かせ、明は。
﹁うああああああ、しずくぅぅぅぅうううう!!!!﹂
惚れた女の名を絶叫しつつ、母親に飛びかかって行った。
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そして、結局明がたどり着いた結論は。
おかあさん>>>>物干竿>女>>近所の犬>教頭先生ーーーだっ
たとさ。
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Tips∼ノゾマレタ、センソウ
世界録の断片3 望まれた戦争
﹁大統領。情報部より、日本により近日ハワイ奇襲が行われるとの
情報が上がってきています。如何なさいますか﹂
そう、黒服の男は告げた。にこりともせず、ただ淡々と。
それがどのような意味を持つのか理解していながら、まるで感情な
どないかのような、事務的な口調で、一国の一大事を国の長に伝え
たのだ。
﹁それは本当か!?すばらしい!そうか・・・やっとか!やっと始
められるか!﹂
黒服が伝えたことは、﹁これから戦争が始まる﹂−−−ということ
だ。そう、これから、人と人とが殺しあう、戦争が始まるのだ。
・・・にもかかわらず、そのことを伝えられた長は、それを吉報と
して受け取っていた。
﹁火種は用意できました。これを機に、民意は戦争へと傾くでしょ
う−−−問題は、火種の大きさです。このことを各領域の司令官に
お伝えになられますか﹂
火種は用意できたと、黒服は言う。
そして。
﹁ははは、お前も冗談がうまくなったな!この状況で、伝えるだと
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?なぜだ?偉大なる大義の誕生には、悲劇という前座が必要だ!そ
して、その悲劇は大きければば大きいほどいいに決まっている!﹂
火種は・・・悲しみは、大きいほどよい−−−そう言われてなお、
黒服は表情一つ変えない。
その火種が悲劇で燃え上がると知りながら。
﹁了解しました。では、そのように手はずを整えてまいります。で
は、詳細なプランが確立しだい、またご連絡に伺います。では、失
礼します﹂
黒服を見送る大国の長。
長は、黒服が去った後、ぽつりと、こうこぼした。
﹁これで東洋を猿どもから解放できる。しかも、三国同盟も持ち出
せば、欧州への介入も可能になる・・・ここからだ。ここから、新
世界への一歩が踏み出せる!﹂
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﹃2008/08/08 am:6:30∼8:00 松島
実家にて﹄
﹁たしかに、地図の言葉と一緒だね・・・一字一句、不思議なこと
に﹂
パソコンの前に腰を下ろし、古くさい地図とメールとを交互に見
ていた千佳は、そう呟いた。
彼女の目には、不思議な力がちらついている。
﹁このメール送ってきたの、雫ちゃんの彼氏だっけ?なんかさ、な
げやりすぎない?なんで返信ないの?こっちはわざわざスキャナッ
てるのにさ﹂
千佳の肩に手を置き、パソコンを覗き込んでいる歩の目も、千佳
と同様の光を帯びている。なぜかこの姉妹、地図と明のメールに興
味津々である。
そして、そんな姉妹の後ろでは。
﹁か、かれしじゃないよ!明君は、仲のいいお友達!友達なの!﹂
と、抗議する雫の姿がある。
しかし、地図に夢中の二人にとっては、そんなことはどうでも良
いこと。メールの送り主が雫の彼氏であろうが友達でだろうが、そ
んなことは些細なことなのだ。 今この時点で重要なのは、このメールの送り主が地図について重
要な情報を握っているということである。
﹁千佳、これやっぱり阿蘇の地図なんじゃない?ぜったい、そうだ
って。﹃地図はおばあちゃんが持って来た!説﹄は正しかったんだ
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よ!﹂
ぴょんぴょんと飛び跳ね、興奮気味にまくしたてる歩は本当にう
れしそうだ。
千佳も千佳で、歩のジャンピングの土台にされているにも関わら
ず、﹁かもね﹂と返すだけ。
いつもなら、﹁そんなことされたらイタいって分かんないかな、
このイタ女!﹂と言ってケンカになるところだ。
﹁え、どういうこと?おばあちゃんが何?ねぇ、教えてよ。千佳ち
ゃんもお姉ちゃんも、ずるいよ・・・わたしだけおいてけぼり!﹂
先ほどから独り蚊帳の外だった雫だったが、どうにも我慢の限界
に来たらしい。
二人の間に無理矢理体をねじ込んで、話に割って入る。
彼女にしては珍しくアグレッシブな行動だ。
﹁んーーっとね、雫。ちゃんと説明するから、とりあえずは体を抜
こう。そんなことしなくても、ちゃんと教えるから﹂
二人分の重みを背負う千佳の顔は、若干引きつっている。今千佳
がつぶれれば、パソコンも一緒につぶれることだろう。
千佳がこつこつとお年玉をため、夏のバーゲンセールでやっとこ
さ購入に嗅ぎ付けたばかりの、新品のノート型パソコンが。
﹁でもさ、雫ちゃん。ほんとになんで彼氏はメール返さないの?今
すぐ、向こうと連絡とる方法ない?わたし、直で彼氏君と話したい
んだけど﹂
色々とギリギリの千佳の上、歩は平然と地図の話を続ける。彼女
は体は一番大きいくせに三人組体操の一番上なので、下の人間の苦
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労など気にかけるそぶりも無い。
そして、その歩の発言はもちろん雫の要求を満たすような内容で
はなく・・・
﹁だから、ちゃんと説明してって言ってるでしょう、お姉ちゃん!
なんで教えてくれないの?それに、明君はともだち!﹂
説明する気がまるで無い歩に抗議するように、雫も二人の間から
体を抜かない。
プルプルとしだした千佳の上、二人は平然と会話を続けようとし
ていた。
﹁ふたりとも、いいかげんにして・・・﹂
顔を真っ赤にして耐える千佳の頭上には、﹃ノロけを話す従兄弟﹄
と﹃アホな姉﹄が二人。
すでに若干、千佳がつぶれかかり、人間タワーにきしみが生じて
いる。
この三人組組体操の臨界点はきっと、もうすぐそこ・・・
﹁明君はお友達ね。はいはい、わかりました。分かりましたよ、雫
ちゃん。だから、彼氏の電話番号教えて?﹂
﹁もう、お姉ちゃん!だから!﹂
﹁いや、あんたたち、まじで、もう、ほんとに・・・﹂
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このような下らない押し問答がしばらく続いた後、人間タワーは
決壊。
つぶれた千佳はデコを机の枠に思いっきり打ち付け、撃沈。
雫は千佳の上を滑りながら畳に投げ出されただけで、無傷。
机の上に投げ出された歩は、無駄に良い運動神経を生かして、パ
ソコン大破だけは回避。がしかし、その代償として妹にかかと落と
しをプレゼントすることになる。
まあ、いつも通りといえば、いつも通りの光景なのだろうけれど。
今回ばかりは千佳が可哀想すぎる感がある。
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TIPS~
TiPS~
問わずにはいられない問い
問1:なぜ、彼の時代の日本人は戦争という道をえらんだのか。
問2:なぜ、彼の時代の世界は戦争という惨劇を許したのか。
問3:なぜ、後悔をし続けながら人は再び、人を殺すという道を選
ぶのか。
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答えになっていない答え
答1:ある意味では選んだと言える。ある意味では、選ばされたと
言える。
そしてある意味では、彼らは選ぶことすら︱︱︱許されえて
いなかったとも言える。
答2:世界にはいくらかの種類がある。
この場合の世界とは、おそらくは﹁人﹂の投影物にすぎない
﹁虚像世界﹂を指しているのだろう。
だとすれば、答えは明確だ。世界は許すも何も、初めから望
んでいたのだ。いわゆる、﹁人﹂にとっては
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惨劇と称される戦争をね。
答3:時は、あらゆるモノを風化させる。
故に、人が﹁後悔﹂などという過去依存的な概念で戦争の抑
止に臨む限り、当然の帰結と言える。
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少しだけ、先の未来﹃20−−08/0− 過去を救い上げるもの
多くの人々が悪だと評する戦争がなければ、私という存在は生ま
れなかった。
戦争が、想い合う二人を引き裂いたから。
悲劇しか生まない戦争が、私のおばあちゃんから大好きな人との
時間を奪い去ったからこそーーーだからこそ、その結果として、私
今こうして、此処に居る。
﹁過去は、変えられる。それでも、私はそれを成すことは、絶対に
間違いだと思う。
⋮⋮あなたの言うように、私は、悲劇しか生み出さない戦争が生み
出した、惨劇の異物なのかもしれない。皆が言うように、タイムト
ラベルでの過去修復こそが、世界を救う最後の希望なのかもしれな
い。
それでもーーー﹂
過ちという名の過去に築かれた未来は、そのすべてが救いの無い
ものであるーーーはずがない。
過去を救うということは、過ちという過去を、﹃なかったこと﹄
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にすることではないはず!
﹁過去を救うのはいつだって、現在<いま>を生きる私たちなの。
そして、それが本当に救い足りえたのかを評価するは、未来の私た
ち!﹂
いつかの夏の日に得られなかった答えは、世界の終焉を前にして、
私のもとに届けられた。
本当に今更だけれども、彼は私の問いに答えてくれたんだ。
だからこそ、私は諦めるわけにはいかない。
こんなことで、私は未来を見限ることは出来はしない。
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﹁20080808
am10:00−11:00
さて、阿蘇チームでは、宝探し開始です。
森にて﹂︵前書き︶
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﹁20080808
﹁20080808
am10:00−11:00
am10:00−11:00
﹁はいはい、ちゅうも∼く!!!﹂
森にて﹂
森にて﹂
パンパンと手を叩きながら、明はその場に集まった仲間の視線を
自身へと集めた。
メンツは、昨日と同じである。騒いでいる場所は、昨日暦の親父
さんにお仕置きされた、神木の傍。
ちなみに、そこに居る全員が全員、長袖長ズボンに水筒及び首掛
けタオルという、フル装備の出で立ちだ。
﹁それでは、これより裕也副総監から本日のミッションについて説
明がある!
全員、心して聞くように!﹂
話を振られた裕也は、﹁サー、イエッサー﹂と、明らかに管轄が
違うだろうという人の返事を返す。
それを見た信也は反笑いのあきれ顔。暦に至っては真顔で、﹁死
ねば良いのに﹂と呟いていた。
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そんな冷めた二人を余所に、裕也は話を進める。
﹁昨日、明総督のPCあてに、このようなものが送られてきた!
一見するとミミズがのたうち回っているようにしか見えないが、と
ころが!
ところがよく見ると、これは地図なのだ!ーーーということに、俺
は気がついた!﹂
でん!とばかりに裕也は地図という名のコピー用紙を、二人に押
し付けた。その際、少しばかり、暦の控えめな胸にソフトタッチを
かまして二三発しばかれたのは、ご愛嬌だとしておこう。
﹁まぁ、地図っちゃ地図じゃね?
しかも、ピンポイントで此処に宝が埋まってそうな地図だな⋮⋮で、
これが?﹂
信也達が覗き込んだ地図は、まさに、地図だった。それは、あか
らさまに自分たちの神木を中心点において描かれたものである。
刻まれている地名や、ちょっとした目印となる自然物、あるいは
山のカタチなど、それらすべては、﹃地元の人間﹄しか分からない
だろう書かれ方だ。
⋮⋮あからさまに、うさん臭い代物である。仮に、これが地図だ
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とすれば、これを書いたのはどう考えたところで地元の人間なわけ
で。
そんなものが、明のPCに送られてくるようなシュチュエーショ
ンはあり得ないわけで。しかも、誰から送られてきたものかを二人
は語らないわけで。
そんなわけで、だらだらと汗をかきながら信也は、裕也に問い返
したのだ。
暦も、信也と同じように感じている様子。
﹁だから、さがすんだよ、宝をさ!
いやーーーー夢を、探すんだ! 皆で!﹂
声高に叫ぶ裕也と、それにウンウンとうなづいている明。
信也と暦はそんな二人を背に、下山しようと身支度を始めた。
あまりにも、連れなさすぎる光景である。
﹁ちょっ、おまえら、ひどくない!?
もうちょっとつき合えよ!﹂
あわてて暦と信也の袖を掴んだのは、明だ。二人の行動が理解で
きないとばかりに、その顔には驚愕が満ちていた。
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それを見下ろしながら、暦はため息まじりに返す。
﹁あのね、いきなり朝一で
﹃9時半に登山フル装備で縁結びの神木までこい、さもなくばマジ
で後悔するぞ﹄とか、何の説明もなく、そんな分けのわかんない電
話されただけでもーーー腹立つのに、オチがこれ?﹂
暦に同意するとばかりに、信也もうなづいた。
ちなみに信也に関しては、﹁登山装備、昨日の神木、9時半、作
戦実行﹂という、イタ電レベルの集合大号令である。
﹁だいたい、これが地図として、だからなに?
おまえら、やるならもうちょっとやりこめよ⋮⋮こんなの、だれも
引っかからないって﹂
イタ電レベルの電話を受けた信也は、二人の言う宝探しをやはり、
ただのイタズラとしてしか認識していなかった。信也の中では、地
図にそって宝箱を探し当てると、﹃はい、残念でした、また来週!﹄
と書かれた紙が一枚きり入っているというオチまで見えている。
﹁いや、これマジだって!俺たちもそんなに暇じゃねぇよ!?﹂
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時間は無限にあり、俺はそのすべてを遊びに費やすと言ったのは、
だれだったか。暦の記憶では、目の前のサルだったように思えてな
らない。
⋮⋮喚く裕也に、暦は﹁だったら、だれから送られてきたのよ、
その地図?﹂とため息まじりに問い返した。暦的には、これで試合
終了、3−0で、自分と信也の勝ちーーーと、成るはずだった。
ところがである。
﹁送っての来たのは、おれの彼女だよ。
雫って、前にも話したろ?あいつが、それ送ってくれたんだ⋮⋮﹂
答えたのは裕也ではなく、明だった。
空気が、微妙に凍る。
それは、KYの日本代表に選ばれてもおかしくないと評される明
にも、読み取れる程に。
具体的には、暦がその場の空気を凍らせていたーーー裕也に。
目の前にたまたま居た、無実の裕也に無表情でアイアンくろーを
掛ける事によって、
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ギチギチと、裕也の頭から快音を響かせる事によって、暦は真夏
の空気を、背筋が寒くなるくらいにはーーー凍らせていた。
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﹁20080808
次回は、松島へ。
am10:00−11:00
雫たちは、祖母の病院へと向かいます
森にて﹂︵後書き︶
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tips−過去と現在の乖離1︵前書き︶
この設定はフィクションです。なので、政治的、宗教的、あるい
は、○○的目的で故意に作成されたものでは在りません。
だって、ごらくのための、作り話ですから。
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tips−過去と現在の乖離1
※この設定はフィクションです。
アカシックレコードα、β:大東ア戦争
世界基盤1
19−−,−−,−−
強きものが弱きものを制すのは理であり、至極当然の在りかたで
ある。
ゆえに、植民地主義が確立。
列強諸国はこぞって勢力を拡大し、弱気ものたちを征服、搾取を
成す。
この思想はグローバルスタンダードであり、ゆえに、自国を守る
ためには軍国化する以外、道はなし︵搾取されることを、受け入れ
れば、話は別だろうが︶
ひとびと
つまりは、これが、世界の選択である。
アカシックレコードα:衰退世界
世界基盤−1
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201−,−−,−−
かつての日本は、帝国主義を貫いていた。
つまりは、悪徳侵略国家だったのである。これは恥ずべき歴史で
あり、故にこそはわれわれは、かつての罪を清算するために︱︱︱
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tips−過去と現在の乖離1︵後書き︶
Tipsとして、ちょこちょここういうのが入ります。
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PDF小説ネット発足にあたって
http://ncode.syosetu.com/n6157n/
幸福の定義
2012年10月18日13時47分発行
ット発の縦書き小説を思う存分、堪能してください。
たんのう
公開できるようにしたのがこのPDF小説ネットです。インターネ
うとしています。そんな中、誰もが簡単にPDF形式の小説を作成、
など一部を除きインターネット関連=横書きという考えが定着しよ
行し、最近では横書きの書籍も誕生しており、既存書籍の電子出版
小説家になろうの子サイトとして誕生しました。ケータイ小説が流
ビ対応の縦書き小説をインターネット上で配布するという目的の基、
PDF小説ネット︵現、タテ書き小説ネット︶は2007年、ル
この小説の詳細については以下のURLをご覧ください。
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