調査・計画・設計Ⅰ部門:No.17 九頭竜川自然再生事業について 宮原 1近畿地方整備局 企画部 技術管理課 康佑1・ (〒540-8586 大阪府大阪市中央区大手前1-5-44) 九頭竜川では下流域で「水際環境保全・再生」・中流域で「砂礫河原再生」の再生テーマを掲 げた自然再生の試験施工が実施されている.試験施工後のモニタリング結果の報告と現時点に おける自然再生事業の評価を報告するとともにモニタリング計画を含めた今後の課題・展望を 概説する. キーワード 自然再生・礫河原・モニタリング 1. はじめに 平成20年度に策定された「九頭竜川自然再生計画」で は「多様な生物を育む九頭竜川の豊かな河川環境の再 生」を目標とし,下流域の「水際環境保全・再生」・中 流域の「砂礫河原再生」・本川と支川における「支川・ 水路連続性再生」の3つの再生テーマを掲げている.自 然再生事業の実施においては,河川がもつ独特の性質が あることから試験施工を実施して事後モニタリングを行 い,技術的知見を得た上で,次の整備段階へフィードバ ックする段階的整備手法をとっている.本稿は平成21年 度に試験施工箇所の現況とモニタリング結果及び今後の 課題等について報告するものである. 小尉地区 森田地区 渡新田地区 五領地区 図-1 検討対象範囲 表-1 対象区間の河道形状等 2. 検討対象範囲及び検討材料 地点名 左右岸 テーマ 施工年度 (1) 検討対象範囲 検討対象範囲は九頭竜川水系九頭竜川の小尉地区・ 森田地区・五領地区・渡新田地区である(図-1参照). これらの地区の内,渡新田地区のみが施工前となってい る(表-1参照). 小尉地区 左岸 8.6~9.2k 水際環境保全 H21 年度 森田地区 右岸 20.8~21.0k 砂礫河原再生 H21 年度 渡新田地区 右岸 25.3~25.5k 砂礫河原再生 五領地区 右岸 26.0~27.0k 砂礫河原再生 (2) 検討材料 これらの地区において物理環境調査として横断測 量・河床材料調査,生物環境調査として植生調査・魚類 調査を出水前(夏季)と出水後(秋季)で行った(表-2 参照).ただし,平成22年度は大規模な出水が発生しな かったため,一部の調査については出水後の調査を中止 した.各調査の概要は以下のとおりである. a) 物理環境調査 横断測量の測量箇所は調査範囲の内,冠水が想定され る代表的な測線とした.これにより,河川流量に対する 冠水頻度を検討するとともに,水際から水陸移行帯の勾 配等を把握した. 河床材料調査は調査範囲の表層10㎝の河床材料の分布 状況を把握するとともに,冠水頻度が高いと想定される 代表的な箇所において面格子法により河床材料の粒径を 計測した.なお,河床材料調査箇所は上記の横断測線上 に設定した. 1 H21 年度 調査・計画・設計Ⅰ部門:No.17 b) 生物環境調査 植生調査は横断測量の測線上の植生を相観及び優占種 によって群落区分を行い,水際から横断的に分布する植 生の状況を把握した.なお,植生調査を実施したのは小 尉地区のみである. 魚類調査は『平成18年度 河川水辺の国勢調査基本調 査マニュアル【河川版】』を参考に投網・タモ網を用い て魚類の採捕を行い,種類・個体数等を記録した.なお, 森田地区では周辺でカマキリ(別名アラレガコ・九頭竜 川では生息地が天然記念物指定)の生息が確認されてい ることから魚類調査を実施した. 夏季 秋季 マコモ群落 表-2 対象地区別の調査実施状況 対象地区 小尉地区 (8.6k~9.2k) 森田地区 (20.8k~21.0k) 調査項目 物理環境 生息環境調査 生物環境 植生調査 物理環境 生息環境調査 生物環境 魚類調査 五領地区 物理環境 (26.0k~27.0k) 生息環境調査 渡新田地区 物理環境 (25.3k~25.5k) 生息環境調査 芳野川樋門 生物環境 (25.3k~25.5k) 魚類調査 調査時期 出水期後 夏季 秋季 出水期前 出水期後 夏季 秋季 出水期前 出水期後 平成22年 中止 7月22日 10月1日 7月21~22日 12月3・7日 7月27日 10月7日 7月20日 中止 出水期前 7月21日 秋季 12月7日 ヨシ群落 図-2 小尉地区の植生分布 T.P.(m) 700m3/s 時の水位 3. 検討結果 (1) 調査結果 a) 小尉地区 整備箇所周辺ではヨシ群落・マコモ群落が夏季から 秋季を通して確認されたものの夏季と秋季では植生に大 きな変化はなかった(図-2参照).整備前の詳細な植生 図がないものの整備によりヨシ・マコモの生育に適した 環境が創出された可能性が高い.ただし,大幅なヨシ・ マコモ群落の拡大は確認されなかった.大規模な出水に よる生育環境の攪乱が植生に及ぼす影響を把握できてい ない. b) 森田地区 森田地区は 700m3/s(鳴鹿大堰地点.以下流量は全て 鳴鹿大堰地点の値である)の出水により冠水が生じた. 出水前後で地盤高は水際部分で若干の変化を生じている (図-3 参照).出水前後で表面河床材料の面積は粒径の 小さい砂・細礫が増加し,中礫が減少したため、変化が あった.(図-4 参照).しかし,出水前に礫河原が広が っていた場所に部分的ではあるもののヤナギタデ群落等 が発達した(図-5 参照). ━ 出水前 ━ 出水後 水際等で地盤高の変化が あった. 図-3 森田地区の地盤高の変化 100% 80% 32% 28% 60% 45% 48% 40% 20% 24% 24% 出水前 出水後 大石 中石 小石 粗礫 中礫 細礫 砂 出水前後で河床 材料の分布面積 が変化した。. 0% 図-4 森田地区の河床材料別の分布面積の変化 2 調査・計画・設計Ⅰ部門:No.17 d) 五領地区 広範囲に礫河原が広がり,水際近くでは礫河原環境に 特徴的な植生となるカワラヨモギ-カワラハハコ群落が 形成されており,河床材料は細礫の面積が最も多い状況 となっていた(図-8参照).事業前は平水位との比高差 が大きくセイタカアワダチソウ等の乾燥地に生える植物 が生育していた状況を考えると,現時点で本来目指すべ き礫河原環境に近い状態であると考えられる.今年度は 大きな出水が発生しなかったことを理由に出水後調査を 中止したため詳細は不明であるが,森田地区の出水前後 の結果を鑑みると地盤高や河床材料等に大きな変化は生 じていないと考えられる. 図-5 森田地区の植生変化 魚類調査は調査範囲(図-6 参照)を“本川”・本川 と分離した水域である“たまり”・本川と接続する小さ な水域である“わんど”に分けて実施し,夏季に 4 目 4 科 15 種・秋季に 4 目 4 科 18 種が確認された.夏季と秋 季で確認種数や確認個体数に変化があったものの,魚類 相の調査内訳や確認状況から季節的な変化が確認された (図-7 参照).カマキリは夏季の調査により本川で確 認された.これらの状況から 700m3/s 程度の出水では 地形や河床材料等の変化が生じるものの,自然再生事業 が目標とする礫河原の維持には一定の効果があったと考 えられる. 図-8 五領地区のカワラヨモギ-カワラハハコ群落 たまり 掘削範囲 (2) 自然再生の効果検証 a) 水際環境再生(小尉地区) 水際環境再生はマコモ等の抽水植物が繁茂することで, 本川 マコモを餌とするオオヒシクイ(国の天然記念物・環境 省レッドリスト準絶滅危惧種;福井県坂井市の坂井平野 に数100個体が毎年飛来し,九頭竜川を餌場としている ものの近年飛来数が減少傾向にある)が飛来してくるこ とを最終的な目標としている.小尉地区ではマコモ等の 図-6 森田地区の魚類調査地点 抽水植物の再生が部分的に確認された.しかし,現時点 ではマコモ群落の発達の有無や出水等による攪乱の影響 80 14 個体数 は不明確なままである.今後もモニタリング調査を継続 種数 12 していく. 60 10 b) 砂礫河原再生 8 下流域(森田地区)で試験施工した箇所については中 40 6 小洪水(700m3/s程度)でも若干ではあるが河岸の変動 4 や河床材料の攪乱が確認された.植生等に劇的な変化は 20 生じていないが、一定の効果があったと考えている。 2 上流域(五領地区)で試験施工した箇所については、 0 0 夏 秋 夏 秋 夏 秋 冠水していないため出水後の調査を実施しておらず,現 本川 たまり わんど 時点では整備効果の確認は出来ない.しかし,砂礫河原 図-7 森田地区の魚類の確認状況 に自生するカワラヨモギ-カワラハハコ群落が確認され ており,一定の効果があったものと考えられる.今後の c) 渡新田地区 大洪水による河床攪乱の影響を把握し,必要に応じての 渡新田地区は自然再生事業(礫河原再生)は未実施で, 追加的対応を検討していく. 事業効果を考察することができないため,調査結果は割 愛する. 種類数 個体数 わんど 3 調査・計画・設計Ⅰ部門:No.17 (3) 今後のモニタリング計画の考え方 前項で今後のモニタリングの必要性が確認されたこと から今後のモニタリング計画の考え方を整理した.また, Case 上流に位置する真名川ダムからのフラッシュ放流と組み 合わせることで,攪乱効果を検討した.真名川のフラッ 1 シュ放流による流量増は出水期の流量と比較すると小規 模であるものの,植生等の芽生え前である早春季に実施 することができるため攪乱効果が期待できた.そこで, 九頭竜川の定期横断測量結果等を用い,対象区間の平均 2 河床勾配(I=1/330)と粗度係数(n=0.035)を定め,試 験施工した箇所の HQ 関係を把握し,礫河原再生の試験 施工をした箇所の河床材料がどれぐらいの流量の洪水が 生じた場合の限界掃流力と代表粒径の関係から河床が 3 “動く”か否かを検討した.検討流量は九頭竜川の既往 の実績流量に真名川ダムのフラッシュ放流量(200m 3 /s)を上乗せした値とした(表-3 参照).なお,590m 3 /s は近年(H16~H22)の最小年最大流量(確実に生じ 4 る最大流量)とほぼ同値である. 表-4 試験施工箇所の冠水の検討流量 検討流量 (m3/s) 森田 五領 21.0k 26.4k 300 冠水する 場所(一 部)は動 く 370 全地点で 動く 390 全地点で 動く 冠水する 場所(一 部)は動 く 冠水する 場所(一 部)は動 く 冠水する 場所(一 部)は動 く (590) 参考 全地点で 動く 全地点で 動く 26.6k 動かない (非冠水) 冠水する 場所(一 部)は動 く 一部で冠 水し,冠 水する場 所では動 く 冠水する 場所(一 部)は動 く 表-3 試験施工箇所の冠水の検討流量 Case 1 内容 H16~H22 平水流量 97m3/s +フラッシュ 200m3/s H16~H22 の 3~4 月最大流 量の最小流量 170m3/s+フ ラッシュ 200m3/s H16~H22 の 3~4 月平均流 量 184m3/s+フラッシュ 200m3/s H22.3 の最大流量 582m3/s (フラッシュ流量の上乗 せなし) 検討流量 (m3/s) 備考 4. 今後の課題 300 ①上述のとおり水際環境再生については今後もモニタリ ングを継続する.このモニタリング結果から例えば,地 盤高の調整やマコモの植栽等の必要な追加的対応を講じ 2 370 ながら試験施工を実施していくことでオオヒシクイが定 期的に餌場として飛来するという目標を達成したいと考 えている. 3 390 ②砂礫河原再生については,大きな洪水後のモニタリン グの機会を捉え整備箇所の出水の影響の確認を実施する. (590) 参考 4 また,上流域で計画している「真名川ダム弾力的運用」 「鳴鹿大堰フラッシュ放流」と連携しながら試験施工箇 所のきめ細かな物理環境及び生物環境モニタリングを実 その結果,各流量の試験施工箇所の冠水と河床材料 施するとともに,必要な追加的対応を検討し、新たな地 の状況は表-4のとおりである.590m3/sの流量が流れる 区で試験施工を実施し,有効な礫河原再生手法を確立し と概ね全ての箇所で攪乱が生じる可能性がある.一方で, ていくものである. 今年のような小洪水(700m3/s)では攪乱は限定的であ ③自然再生事業の実施にあたっては可能な限り事前の把 った可能性があるため,今後は複数回の異なる流量洪水 握を行い,定量的な目標達成度合いを検証することで事 時に植生や地形の遷移データを取得し,流量と攪乱の関 業効果を明確にしていく必要がある. 係を把握するする必要があると考えられる. 4
© Copyright 2024 ExpyDoc