看護系大学における職業的社会化の構造 キーワード:看護系大学,看護教育制度,教育課程,職業的社会化,職業的有能性,compi et ence 発達・社会システム専攻 古賀 節子 1.研究の課題 本研究は、この 10 年間で約 10 倍という急激な 一般教育または普通教育も現実にはありえず、看 護系大学において行われる専門教育は 「職業教育」 増加を示す看護系大学設置の背景を探り、看護系 でもある。また、従来後期中等教育段階を中心に 大学教育の教授・学習過程による学びと職業との 行われてきた職業教育は、徐々に中等後ないし高 関連を明らかにするものである。 等教育段階へ移行し、高等教育段階における職業 日本の高等教育の量的拡大は、1999 年では 18 教育の重要性の増大には歴史的必然性がある。 歳人口の大学進学率 49. 1%と専修学校への進学 率約 20%を含めるとユニバーサル段階を越えて 自己実現 しまっている。1992 年をピークに 18 歳人口の急 社 減により、一般大学では大学教育改革が真剣な課 職 職場:病院 業 etc. 題であるなか、看護系大学設置数は 1991 年 11 校 に から 2003 年 108 校に、 またその年の卒業看護師総 る 数に占める大卒看護師数の割合は1992年1. 2%か 会 制 よ OFF-JT Competence OJT 社 の獲得 高等教育:大学 化 --------------- 専門教育 実習 一般教養教育 職 実習 卒看護師は、大学で獲得したであろう職業的有能 の ・友人・知人 学校: 社 価値の内面 中等教育 会 化・役割学習 初等教育 化 ・マスコミ etc. おいて発揮できているのだろうか。この疑問に基 社 家庭 会 規 範 2.研究方法(本研究で使用したデータ) 図1.看護師の職業的社会化過程の概念図 看護系大学の教育課程分析は、各種報告書・文 献・大学案内および 2003 年1月に認可されていた 本研究では、職業的社会化概念を、自己実現的 108 大学のうち入手できた学校便覧・シラバスを 側面を持つとする自己社会化の立場から職業的有 用いた。日本とアメリカの看護教育制度の歴史的 能性の獲得に着目し、看護師の職業的社会化につ 経緯は文献により考察した。看護師の職務能力の いて考えていく( 図1) 。 実際は質問紙調査を行った。 4.論文構成 3.研究の概念枠組み(序論の概要) 序論 高等教育と職業的社会化 ―大学教育における職業教育と職業的社会化― 1. 高等教育段階における職業教育 「職業教育」とは一般教育に対置する概念として 1- 1 職業教育 位置づけられる。しかし、一般教育や普通教育の 1- 2 歴史的文脈でみる教育改革と職業教育 基盤をもたない職業教育も、職業教育と無関係な 業 へ 環境:文化 性( compet ence) をその職業生活やキャリア形成に かにしたい。 度 (自己啓発・キャリア形成) ら 2003 年 12. 4%に増加している。このような大 づき、現在の看護系大学教育の意義と課題を明ら 会 社会の有能な成員 2. 職業的社会化の系譜 2- 1 経験年数と職務能力 2- 1 社会化概念 2- 2 学位と職務能力 2- 2 社会化における有能性( compet ence) の獲得 2- 3 職業的能力の相違 2- 3 職業的社会化 3. 看護師の職業的能力と教育課程との関連 3. 職業的有能性( compet ence) 概念 4. 看護師の認識による学習経験の有用性 4. 本研究の位置づけと研究方法 5. 看護師のキャリア形成に対する意識 第一章 日本の看護系大学の教育課程の特徴 6. 学士看護師の職業的能力の課題 1. 看護教育制度と看護教育カリキュラム 終章 日本の看護系大学教育の方途 1- 1 保健師助産師看護師学校養成所指定規則と 看護教育カリキュラム 1- 2 大学設置基準と看護教育カリキュラム 1. 職業的社会化における看護系大学教育の独自性 2. 徒弟制的な職業的社会化から 自己決定的キャリア形成の可能性 2. 看護教育の課程別養成機関の動向 3. 看護系大学教育の意義と課題 3. 看護系大学における教育の実態 5.論文の概要 3- 1 設置主体および所属学部の名称 第一章では、現在設置されている看護系大学の 3- 2 教育目的・目標 現状と問題点を、3 年課程の看護師養成所と比較 3- 3 取得免許の種類 し、教育目的・目標や運営状況およびカリキュラ 3- 4 教授・学習過程とカリキュラム ム等の分析から考察しあわせて今後の方向性に言 3- 5 生涯学習への対応 及した。 4. 日本の看護系大学の教育課程の課題 我が国で看護職に就こうとする場合、保健師助 第二章 日本の看護教育制度・教育課程の変遷 産師看護師法の定めるところにより国家試験に合 1. 日本の看護教育制度の歴史的経緯とアメリカか 格し、免許を取得しなければならない。現在、看 ら受けた影響 護学校、短期大学、大学を問わず、卒業者に国家 1- 1 職業的看病人の誕生と近代看護の始まり 試験受験資格を授与しようとする学校、養成所に −内務省令看護婦規則― とって、文部科学省と厚生労働省の共同省令であ 1- 2 戦後の看護職の需要と供給と看護教育制度 る保健師助産師看護師学校養成所指定規則(以下 −「医療法」と「保健婦助産婦看護婦法」− 指定規則)は無視できない。3 年課程の看護師養 1- 3 看護教育の大学化への動き − 「看護婦等の人材確保の促進に関する法律」 と「大学設置基準の大綱化」― 2. アメリカの看護教育制度の歴史的経緯 成所は指定規則が適用されるが、 看護系大学では、 学校教育法の大学設置基準と指定規則の両方の適 用を受ける。現在日本の看護教育課程は准看護師 養成課程を含むと 13 課程ある。 その養成機関数の 2- 1 アメリカの近代看護 動向をみると、1993 年から 3 年課程の養成所、大 2- 2 徒弟制度的教育から大学教育への契機 学は増加し、その他の養成課程は減少している。 −「ゴールドマーク報告」− 看護系大学の教育実態を、設置主体および所属 2- 3 看護教育の大学への移行 学部の名称で見てみると、国立大学は 93%が医学 −「ブラウンレポート」と 部で、公立大学は 61. 8%が看護学部で、私立大学 「ライソートレポート」― は 51. 6%が保健・福祉・健康などを標榜する学部 2- 4 アメリカの看護教育制度と で看護教育を行っていた。公立や私立では、今ま 法による免許認可制度 での医学・看護という枠組みを越えて、保健医療 2- 5 専門看護職制度 を総合的にとらえ、人間の健康と看護という視点 2- 6 アメリカの看護大学の教育課程の実際 の転換を看護教育で追求しようとする独自性が伺 3. 日本とアメリカの看護教育制度改革の比較 えた。また、教育目的をみると、大きくは人間性 第三章 学士課程で育まれる看護師の職業的能力 の育成と看護専門職の育成の2つに集約できた。 1. 看護師の職業的能力 前者は豊かさ、柔軟性、社会的適応性、判断力、 2. 新人看護師とエキスパート看護師の 総合的視野、批判的な見方、創造性、倫理観、自 職業的能力の相違 己啓発のできることが望まれているとともに、人 類の幸福と地域社会の発展に貢献、文化の向上に 合同省令である指定規則が定められ、文部省が初 寄与できる人間性を目標としているところもある。 めて関与した。看護職の需要と供給については、 後者では、優れた研究・医療実践者、医療・保健・ 歴史的に各々要因はあるが、戦後看護婦不足は解 福祉の分野を担う、地域のチームの一員として共 消したことがないことについて明らかになった。 同活動、国際的視野をもつ、研究能力などが望ま 戦後復興に伴い医療施設が新設され、 1951( 昭和 れている。これらの大学の看護教育の方向性は、 26) 年准看護婦制度による准看護婦学校、1964( 昭 各々の特色を保ちつつ、大学課程の看護基礎教育 和 39) 年高等学校衛生看護科、1966( 昭和 41) 年大 の到達目標として、ほぼ一致している。ただし、 学教育学部に特別教科( 看護) 教員養成課程が開設 カリキュラム展開では、一般教養や専門基礎、専 された。その後、1964( 昭和 39) 年国民皆保険制度 門科目という枠をはずしたカリキュラム編成や、 により一県一医大構想で医師の育成が加速し、 一般教養科目を他の学部・学科と共有するなど総 1972( 昭和 47) 年と 1979( 昭和 54) 年の診療報酬の 合的な見方のできる人材育成が図られている所も 変更による基準看護の設定でさらに看護婦の需要 ある。さらに、3 年課程の養成所は看護師免許の と供給の差が拡大し医師会では看護職養成をさら 受験資格が得られるのみであるが、看護系大学で に促進した。1985( 昭和 60) 年第一次医療法改正に は、統合カリキュラムとして、看護師、保健師、 よる病院の駆け込み増床のため、看護婦不足が悪 助産師、養護教諭の 4 種類の受験資格が選択によ 化し、1990( 平成 2) 年保健・医療・福祉のマンパ り得られる。ただし過密カリキュラムであり、将 ワー対策本部が厚生省に設置された。また、 来資格取得の整備統合の必要性が明らかになった。 1989( 平成元) 年高齢化社会への対応として厚生・ また、看護系私立大学では、他に比べ卒業要件に 大蔵・自治の 3 大臣の了解事項として「高齢者保 占める実習単位が多いことから、 研究型、 実学型、 健福祉推進十ヵ年戦略( ゴールドプラン) 」が策定 教養型でいえば実学型を志向している。学士課程 された。これにより、看護職の需要は高まり、政 の実習で何を学ぶのかは明らかではなく今後の検 策上の課題となり 1992(平成 4)年「看護婦等人 討課題である。看護系大学ではほとんどの大学で 材確保に関する法律」が制定された。そして、人 生涯学習の機会提供がなされていた。しかし、短 材確保のための具体的内容は厚生、労働、文部三 大や専修学校からの看護学部への編入学者は入学 大臣の策定する基本方針に委ねられた。この時日 者の 7. 3%にすぎない。情報提供とともにカリキ 本の大学教育は量的拡大から質的変化を迫られて ュラム編成や環境整備は緊急の課題である。 いる段階であったが、看護婦不足を解消するため 第二章では、現代日本の看護教育について、歴 にもその指導者育成の必要があり、文部省は例外 史的文脈でとらえた看護教育制度がいかに国の医 として看護系大学の設置認可申請に積極的指導を 療政策に呼応しているかを、主に大学化に焦点を 行うことになった。その結果、看護系大学設置数 あて分析した。日本の看護教育はその開始時に招 は 1992 年 14 校が、1995 年 40 校、2000 年 87 校、 いた指導者、および戦後 GHQの公衆衛生福祉部な 2003 年 108 校となったのである。 どアメリカから多大な影響を受けている。 しかし、 アメリカでは、看護教育の学校化の段階からす アメリカでは、日本と異なり看護連盟や看護協会 でに、看護専門職化への第一歩は Trai ned Nurse という職能団体が看護師の教育や資格認定に主導 として教育を受けた看護婦や看護教師たちによっ 的に関わっている。このことから、アメリカの教 て踏み出されていた。例えばイザベルハンプトン 育制度の変遷と日本への示唆を考察した。 は、看護職能組織結成を進め、会長として州ごと 我が国最初の看護婦養成の規則は、1915( 大正 の法の制定運動を指導し、1923 年全米に看護婦登 4) 年の内務省令看護婦規則で、当時の派遣看護婦 録法を制定した。また、1916 年コロンビア大学テ の質の低下に対応したものであり、学校教育法に ィチャーズカレッジの看護婦教職コース設立にも 基づかなかった。また、現在の医療供給体制の基 尽力した。1910 年に始まった看護教育課程をもつ 本となる医療法が、1948( 昭和 23) 年に制定され、 大学設立は、さらに全米レベルの看護の実態研究 続いて保健婦助産婦看護婦法( 法 203 号) が制定さ 「ブラウンレポート」 「ライソートレポート」によ れ、医師法( 法 201 号) 歯科医師法( 法 202 号) と同 り各州の看護教育大学化に拍車がかかった。ちな 等の扱いになった。これにより文部省と厚生省の みに 2000 年では、看護教育課程の 95%が大学・ 短大である。 さらに 1950 年全米共通の免許取得の た、職務能力実力は新人・中堅・エキスパート間 ための試験が開始され、1976 年 Cal i f orni a 州で に明らかな差があった。しかし、どの群も自己評 免許更新のための継続教育の義務づけなどがあり、 価による学士看護師の職務能力実力は、専門士看 現在アメリカでは、看護師免許は全米看護連盟が 護師の職務能力実力と差があるとはいえなかった。 定める一定の基準を満たした看護教育機関を卒業 ただし、エキスパート学士(専門士の後に学士取 した後、各州看護局、アメリカ看護協会および全 得)では必要性と実力の差が小さい能力必要性が 米看護連盟が共同で実施する総合試験( NCLEX- RN) あった。3. 学士も専門士も高等教育終了時の能力 に合格した者に RNの肩書きで交付されている。 ま やその職務への活用度は顕著に低い。ただし、新 た、看護大学での教職、行政、組織( 病院など) の 人専門士は新人学士より compet ence と学校教育 教育、研究、人事などのトップおよびその下 の有用性を関連づけていた。また、学士は専門士 ( Di rect or, Manager) のポジションを得ようとす より長期的キャリア展望という点で学校教育の有 れば最低でも修士号、特に看護大学では多くは博 用性を関連づけていた。しかし、全体としては職 士号を義務づける機関が多い、というように看護 務能力必要性が高く今後の教育訓練の必要性が強 専門職に大学が果たす役割は非常に大きい。まさ く感じられている。このことから、高等教育と継 に職業的有能性と大学教育は密接な関係がある。 続教育訓練のいずれも、より量的な十分さと質的 看護師自身による研究成果に基づき、看護教育 な有効性が実感として感じられるようにしていく 制度を発展させたアメリカの例は、日本の看護師 ための諸対策が必要であることが明らかになった。 自身にとっての課題であるということが明らかに 能力形成をめぐる要因の関係性では、看護師の なった。 職務能力は大卒時能力に上乗せするという「上乗 第三章では、序章で述べた職業的社会化の側面 せ」的連鎖ではなく、学士も専門士も「補填」の により、看護系大学教育と看護師の職業的有能性 メカニズムが働いていた。これは初期状態が有利 の関係を、F 総合病院に勤務する看護師を対象に なほど後々有利という格差の増幅メカニズムとい した質問紙調査結果から考察した。 うより、現段階では平等の原理が働いている。今 調査目的は看護高等教育とその後の能力形成に 後、 専門士のキャリアが袋小路となったり、 将来、 ついて検証し、大学教育の職業的有用性を検討す 専門士と学士間の不平等に結びつくことのないよ ることである。そのため仮説 1. 大卒看護師はすで うな対策が必要であることが明らかになった。 に高い職務能力をもっており、さらにそれを伸ば 終章では、本研究のまとめと今後の課題を提示 すための教育訓練ニーズをもっている( 上乗せ連 した。アメリカでは看護師の職業的有能性と看護 鎖) 、仮説 2. 専門学校卒業看護師はすでに得た能 大学教育は密接な関係があり、 マイヤー( Meyer, J) 力が水準的・内容的に十分でないためそれを補う がいうように教育制度が「正当化装置」としての 教育訓練ニーズをもっている( 補填のメカニズム) 、 力を持つ。今回の横断的調査では現在日本の看護 をたて、①看護職の職務上の能力必要要件②就職 系大学が、職業的有能性を育んでいるとは言えな 後に獲得される能力③高等教育で形成される職務 いし、組織( 病院) に「教育制度の正当化構造」は 能力④教育訓練ニーズ、という個人の能力形成を ない。大卒新人看護師が中堅やエキスパート段階 めぐる要因がどのような関係性をもっているのか でどう有能性を発揮していくかは今後の縦断的調 検討した。 査が必要である。アメリカの例をみるまでもなく 調査は、 F総合病院の看護師380名を対象とし、 看護教育の質の向上や看護系大学教育の独自性に 欧州高等教育コンソーシアム( CHER) の「日欧の高 ついては当事者である看護師自身の自覚と取り組 等教育と職業に関する研究」( CHEERS) で開発され みが重要である。また、教育機会の平等という点 たものの日本語翻訳版に独自の設問を加え調査票 では、生涯学習対応として専門士から学士への編 を作成した。有効回答 254 名( 回収率 66. 8%) であ 入学制度の情報提供や環境整備が必要である。 った。その結果、1. 看護職 compet ence は一般的 【主要文献】 compet ence と特徴的な差はなかったが、その自己 日本労働研究機構研究所編集,2001, 『日欧の大学 評価では能力形成の必要性は高く実力は低いとい と職業』 (主査:吉本圭一) ,日本労働研究機構. う教育訓練ニーズの高さを特徴としている。2. ま 市川昭午,2001, 『未来形の大学』 ,玉川大学出版.
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