スピンナノチューブにおけるスピンギャップ形成のメカニズム解明

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成果概要
課題番号 hp130098
スピンナノチューブにおけるスピンギャップ形成のメカニズム解明
坂井 徹
JAEA SPring-8
1. 研究の背景と目的
磁性を持つナノチューブとして、スピンナノチューブと呼ばれる物質が低次元磁性体や強相関電子系
の分野で注目されている。中でもフラストレーションの効果と量子効果が最も大きい S=1/2 三本鎖ス
ピンナノチューブに焦点をあて、その基底状態と低エネルギーの励起について、数値的厳密対角化と
有限サイズスケーリングの手法を適用して解析した。従来の研究[1,2]により、この系は十分大きい桁
方向の反強磁性的交換相互作用がはたらくときには、スピンギャップが開いていることが知られてい
る。しかし、このスピンギャップが無限小の桁相互作用でも開くのか、あるいは有限の臨界点があっ
て、それ以上に強い相互作用が働くときだけ開くのか、これまでの30スピンまでの解析では明確に
なっていなかった。そこで本研究では、京コンピューターでなければ実現が困難な、世界記録となる
システムサイズの42スピン・クラスターの数値対角化を成功させ、さらに一次元系においては現在
最も信頼されている有限サイズスケーリング法のひとつであるレベルスペクトロスコピー法を適用し
て、スピンギャップ形成の量子相転移を解析した。その結果、十分高い精度で有限の臨界点が存在し、
この臨界値より大きい桁相互作用のときのみスピンギャップが開くことが明らかとなった。さらにこ
の臨界値を高い精度で見積もった。この成果は、今後のスピンナノチューブに対する新物質設計にお
いて非常に重要な指針を与える。
2. 計算モデル
本研究では、ユニットセルが正三角形の S=1/2 スピンナノチューブを解析した。鎖方向の交換相互作
用定数を J1、桁方向の交換相互作用定数を Jr として、その比α=Jr/J1 を変化させ、ギャップレス相とス
ピンギャップ相の間の量子相転移について調べた。
ランチョス法に基づく数値的厳密対角化法により、
世界最大規模となる42スピンまでの有限サイズのクラスターについて、シングレットの基底状態と
低励起状態のエネルギー準位を計算し、スピンギャップを見積もった。
3. 並列計算の方法と効果(性能)
我々は、有限サイズクラスターに対する厳密対角化法を採用した。対角化法の計算はランチョス法に
基づいて行われた。この方法は、フラストレーションを有する低次元系で有効な方法である。量子モ
ンテカルロ法がフラストレート系の計算では負符号問題に直面しているため、厳密対角化法もこのよ
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うな系においては非常に重要な計算手法となる。ただし、厳密対角化法では、量子モンテカルロ法と
比べて著しく小さい系の計算しか行えないという欠点がある。厳密対角化の計算では、ハミルトニア
ン行列の(ヒルベルト空間の)次元を有する巨大ベクトルを数本、コンピュータのメモリに格納しな
ければならないため、計算を実施する計算機の資源(メモリ)量によってどこまで計算できるか、が
決まってくる。しかしながら、この行列次元はシステムサイズに関して指数関数的に増大するため、
小さな系でもすぐに巨大な次元となってしまい、計算が困難となる。そのような状況で、できるだけ
大きな系を厳密対角化の計算で取り扱うため、我々は、巨大ベクトルを小さな部分に分割し、分割さ
れた各々を分散メモリ型コンピュータのメモリに分担して格納するMPIプログラムを開発した。
我々のプログラムでは、ノード間データ転送が必要となる時に実施しながら計算を進めている。デー
タ転送に関する時間コストが急激に増大するのを抑えることができるようにベクトルの分割法を工夫
している。このプログラムにより、他の計算機システムでは計算の難しい大きな系の事例について、
計算が可能となることが重要である。我々のプログラムの並列計算特性として、京コンピュータの 1
万ノード以上の同時利用において実行並列化率 99.999%および並列化効率約 66%が得られており、京
コンピュータを有効に利用できていることが分かる。
4. 研究成果
三本鎖スピンナノチューブにおいては世界記録となる42スピンの有限サイズクラスターの数値的厳
密対角化に成功し、シングレットの基底状態エネルギーとトリプレットの第一励起エネルギーを計算
してスピンギャップを見積もった。これと同時にシングレットの第一励起エネルギーも計算して、こ
のトリプレット励起とシングレット励起が入れ替わる点を用いて、レベルスペクトロスコピー法に基
づいてスピンギャップ相とギャップレス相の臨界点を決定した。この結果、十分な精度をもって、ス
ピンギャップが無限小の桁相互作用で開くのではなく、有限の臨界点以上の桁相互作用が働いて初め
て開くことを結論することができた。また、精度の高い臨界点の値を見積もることにも成功した。こ
の成果は今後のスピンナノチューブの新物質設計において重要な情報を提供する。
5. まとめと今後の課題
S=1/2 三本鎖スピンナノチューブのスピンギャップの振舞をランチョス法に基づく厳密対角化法によ
って調べた。世界記録となる42スピンまでのクラスターのスピン励起の計算に成功し、これとレベ
ルスペクトロスコピー法により、高い精度をもってスピンギャップが無限小の桁相互作用により開く
のではなく、有限の臨界点以上で初めて開くことが明らかとなった。今後の課題としては、このスピ
ンギャップの形成消失の量子相転移のユニバーサリティクラスを決定するため、いくつかの臨界指数
を決定する計算を実行したい。
参考文献
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[1] T. Sakai et al., Phys. Rev. B 78 (2008) 184415.
[2] T. Sakai et al., J. Phys.: Condens. Matter 22 (2010) 403201.
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