『東京ラブストーリー(上・下)』文春文庫 - Hi-HO

僕の私の読書感想文
﹁このドラマの最終回、た し か沖縄で見たんだよな。旅行中だった 春休みに﹂と 、ふと
急に二十年近くも 前のことを 思い出した。﹃東京ラブストーリー﹄、 漫画原作のテレビドラ
マで、当時フジテレビがぶいぶい言わせていたトレンディードラマ の代表作で あ る。また
バブル満開の時期 のドラマでもあるので、 調子こいていた日本を振 り返るのにも 最適なド
ラマでもある。僕 はその頃、 愛媛から上京 して、バ イ ト三昧の日々 を送るうかれた大学一
年生だった。お金 を使う こ と に忙しい大 学 生だった。 その春休み、 沖縄に初めて 行ったの
だが、その目的は ダイビング のライセンス を現地講習 で取得するためだった︵ちなみにい
ま何かの話で僕が ダイビング のライセンス を持っていると言うと劇 的に驚かれる︵苦笑︶︶。
そこの合宿所の大広間のテ レ ビで、このドラマの最 終 回を講習生みんなで見たのである。
旅行に行ってまで テレビドラマ見なくてもといまなら 思うかもしれないが、リアルタイム
で見なければならない、それくらい当時、 話題のド ラ マだったのである。
僕は、そのドラマ を継続的に 見ていたわけではなかった ︵それよりもバイトに忙 しかっ
た︶。ただ話題になっているのは知 っていたので、時々見ている 感じだった。それ よりもこ
のドラマが漫 画 原 作だったことを知らなかった。実は 漫画の方の﹃ 東京ラブストーリー﹄
は読んではいたのである。こ の作品、もともとは週刊 の漫画雑誌に 連載されていたので、
バイト先の休憩室 に投げ置かれた飛び飛び の雑誌をペラペラめくる 感じで見てはいた。が
しかし、好きだ・ 嫌いだ、寝 る・寝ないのなんかまだらっこしい漫 画だなあという印象し
かなく、すっかり 忘れてしまっていた。なので漫 画 原 作と同じタイトルであるドラマタイ
トルを聞いても、 その漫画のことを思い出 すことがなかったのである。
最近、文藝春秋社 から文庫版 としてこの﹃ 東京ラブストーリー﹄が 再刊された。 上下巻
二巻で、各巻ともなかなかいい値段なのではあるが、 サイモンさ ん の思わく通り 、両巻セ
ットで買ってしまった。最近 は漫画を読むことすらなくなってしまったのだが、 久々に週
末の深夜に一気読 みしてしまった。そしてそこで﹁あ っ﹂と気がついたことがあった。今
回は、漫画の読書感想文というものがありえるのかはわからないが 、ともあれこ の新装版
﹃東京ラブストーリー﹄を記 念して、その 読書感想文 である。
原作者のサイモン さん、柴門 ふみさん、一九五七年生まれの徳島県出身、お茶の 水女子
大学哲学科を卒業 、その後、 漫画家となり 、最近では 変わったテ ー マのエッセイ を続出さ
せるエッセイスト でもある。 僕は、読書感想文でこの サイモンさ ん の作品を取り 上げてい
ることが多いと思 うのだが、 別に取りだててのファン ということではない︵どちらかとい
うと男性向きではないと思う︶。じゃあ﹃東京ラブストーリー﹄かというと、それでもない。
孝一朗
澤野
2010/08/23
僕の私の読書感想文
実はそのきっかけは、サ イ モ ンさんの恩師 ?の土 屋 賢 二お茶の水女 子大学教授の 作品﹃わ
れ笑う、ゆえにわれあり︵文春文庫、一 九 九 七年発刊︶﹄に収録 される解説﹁ふ み の恩返し
︱解説に代えて︱ ﹂が強く印 象に残ったからである。 それでサ イ モ ンさんのエッセイをい
ろいろ読むようになって、感想文を書くようになったのである。
ツチヤ先生は岡山県人な の だ が、まあ二人 とも変わっているというか、ヘンなことにこ
だわるよなあと苦 笑しながら 、い つ も作品を楽しませて頂いている。
﹁しかし岡山 と徳島っ
てねえ・・・変わっている人 多いのかなあ ﹂と時々思 うことはあるのだが、多く の人にと
って僕が岡山と徳 島にこだわる理由の方がわからないのかもしれない。僕は高校 三年間を
愛媛の松山で過ごしたのだが 、当時の大学進学の相場 が岡山と徳島 が関係していたので、
岡山と徳島という 話になるのである。
愛媛県は四国4県 のひとつであるが、平 均 的な日本人の 人にとっては相当に印象 が薄い
らしく、僕は何度も﹁愛 知 県から来たの ?﹂と間違われたことがある︵﹁愛﹂しか 合ってい
ないと思うのだが ︶
。
﹁四国4県は、鳥取・島 根の山陰2県 と並ぶ︵印象の薄 さ︶﹂という話
を聞いたこともあるが、ど こ も県自体が限界集落になっている感じもあって、高 校三年間
しかいなかった身 ではあるが 、がんばって 欲しいというか応援し た い気分はある 。その印
象の薄い4県であるが、時 計 回りで紹介すると香川︵ 高松︶、徳島︵ 徳島︶、高知 ︵高知︶、
愛媛︵松山︶の順 である︵カッコ内は県庁所在地︶。
いまの事情はわからないが、 僕が高校生の 頃、松山で大 学・短大の 進学を考える 人は大
半が市内の大学に 進学し て い た。県外に出 る人は比較的少数だ っ た と思うが、京 都を志望
する人が多かった 印象がある 。国立志望だ と、東大・ 京大は別と し て、岡山・愛 媛の順だ
った。そして学校 の先生になるとか、薬 剤 師になるとか資格の必要 な仕事の話になると、
広島とか徳島が出 てきていた 。愛媛の人で 高知とか香 川に行くというのは少ない 感じだっ
た︵それなら県内でいいじゃないかということで、勧めていない感じもあっ た︶。おそらく
高知や香川、徳島 の人も同じだったのではないかと思 うのだが、四 国4県と言ってもそん
なに人の交流があるわけではないのである 。電車だ っ て不便だし、 高速道路も な い時代の
話である、隣県と 言っても実 感のある存在 ではないというのが四国 の人の平均的 な感覚な
のではないだろうか。
僕は徳島には一回 しか行ったことがないのだが、阿波踊 りと大学進学先としての ﹁薬の
徳島﹂ぐらいの印 象しかなかったのだが、 行ってみて 驚いたことがあった。そ れ は徳島と
いうか徳島の人っ て阪神、つまり大阪・神 戸に向いていて、残りの 四国3県には 背を向け
孝一朗
澤野
2010/08/23
僕の私の読書感想文
ている感じがあることだった︵徳 島の人、あってますか?︶。まあ地理的にはそっちの方が
近いし、日本の地方都道府県 はみんな東京 に向いているので、別に 奇異な話ではないのだ
が、ほんと﹁四国な ん て関係あ り ま せ∼ん﹂という感じ でこれまたびっくりしてしまった。
隣県の香川は国等 の地方出先機関が集中しているので 行くことはあるのかもしれないが、
深い山脈で仕切られている高 知とはどうなんだろうか 。そして直線距離にしても 相当に遠
く、深い山々で隔 絶されている愛媛な ん か は、隣県というよりも完 全に外国的な 関係なの
かもしれないと、 なんかそう 思ってしまった。
そんな四国と言っても外国のような関係の 徳島と愛媛 であるが、徳島出身のサイモン先
生の代表作﹃東京 ラブストーリー﹄、その 主人公の設定 が愛媛出身になっているのである。
漫画のイントロでもそう描いてあるが、クライマックス となるシーン はすばりそのもの﹁エ
ヒメ・ラブストーリー ﹂。僕はこの漫画自身は読んでいたが、バイト 先の休憩室に 置いてあ
った飛び飛びの号 をかいつまんで読んでいたので、設 定がそうなっているのを知 らなかっ
た。そういえば思 い出した、 あの沖縄で見 たドラマの 最終回、伊 予 鉄と梅津寺パークが出
てきて、なんであんなとこが 出てくるんだ ?と不思議 に思ったんだった。カンチ ︵主人公
男性の名前︶の基本設定が愛媛出身になっていたからだ 、二十年ぶ り に驚いた事実 だった。
この﹃東 京ラブストーリー ﹄で描 か れ る愛媛 のシ ー ンであるが 、﹁あ あ多分 、あそこか
ら見た光景な ん だ ろうな﹂ということは何 となくわかる。そして驚 くのは、ど こ もマイナ
ーというか、とりわけ有名な 観光地と い う か県外の人 に積極的に売 り出している 場所では
ないのである。ま あ作家さ ん は出版社やいろんな人の 協力で取材ができるので、 県内を詳
しく知る協力者がいたのかもしれないが、 よく見つけたというか、 よく知っているなあと
感嘆してしまった 。そして何 で愛媛、というか松山だったんだろと 思ってしまう 。風光明
媚な場所なら阿南 とか徳島 県 内でもあるし 、高校の光 景だって四国 ならどこでも 似たよう
なもんである。ま あ こ れ だ け はサイモンさんに訊いてみないとわからないことである。
そして﹃東京ラブストーリー ﹄をこの現代 に読んで思うのは、エレガントに画が 描かれ
ているということである。こ の話、男女の 恋愛関係の 話なので、何 度かベッドシーン︵い
ま言わないなベッドシーンなんて︵苦笑︶︶が出てくるのだが、ほんと 上品に描かれている。
最近は漫画の性的描写が過激 になってそれを規制しようなんて動きもあるくらいだから、
僕自身が慣れてしまったこともあるのだろうが、い ま の漫画相場か ら見たらヒ ヨ コが眠っ
ているようなレ ベ ルである。 しかし当時は ﹁ねぇ、セックスしよ! ﹂というリカ ︵設定は
カンチの恋人︶の セリフで一 世を風靡したのである。 最初は﹁携帯 のない恋愛﹂ というの
孝一朗
澤野
2010/08/23
僕の私の読書感想文
に驚くかなと思ったのだが、 そちらはぜんぜんで、男 女の距離間というか恋 愛 感 情とその
関係性の時代感にただ驚いてしまった。
この﹃東 京ラブストーリー ﹄、同級生 である 三人が 高校を 卒業 し、そ れ ぞ れ が別の 道を
歩み、数年たって 東京で再開 、そこから動 き始めた物 語を描い て い る。主要な登場人物は
主人公であるカ ン チ、幼なじみの三上健一 、そして高 校のヒロイン だった関口さとみの三
人で、そこに闖 入 者としての 赤名リカが登 場する。基本的にはカ ン チと三上に よ る関口さ
とみの奪い合いという黄金律 の物語な の だ が、当時は 自由奔放なリ カの言動が注 目を浴び
ていた。なのでドラマの方は 、漫画原作の ウェイトと は若干異なり 、カンチとリ カの物語
になっていた。当 時の僕でもさとみの設定 はイライラ するというか 、なんか面倒 くさいと
思っていて、リカ みたい子いいなと思っていた。
このリカ をドラマで 演じたのが、 当時 トレンディー 俳優 だった 鈴木保奈美さんである。
この﹃東京ラブストーリー﹄ の下巻には、 サイモンさんと鈴木保奈美さんの対談 が収録さ
れていて、ドラマ をめぐってちょっと回顧 が行われている。そこでへえ∼と思ったのは、
鈴木保奈美さん、この話のオファーがあったとき、さとみとリカを選 んでいいと言 われて、
リカを選んだということだった。鈴木保奈美さんがさとみ役だったらと考えると 、なんか
ヘンな感じもするが、リカの 方が好き か な と思って選 んだそうである。
このリカ役が鈴木保奈美さ ん の当たり役となるのだが、 このドラマ 、外国でも相 当ウケ
たらしく、鈴木保奈美さんが 外国に行くと ﹁リカ!﹂ と声をかけられたそうである。そん
な鈴木保奈美さ ん がハワイに 行ったとき、
あ の女、ワタシは 大嫌い!﹂
・・・
﹁店員さんが、私 を見て﹁あなた、リカ! ﹂と叫んだ ︵笑︶。﹁とっても大好き﹂ って言わ
れました。
﹁あなた、とってもよかった。それに比べて サトミ
って︵笑︶。でも 私、それを聞 いた時に、﹁ 有森さん、 すごい﹂と思 いました。﹂
と語っている。そしてサ イ モ ンさんは﹁女 優さん冥利 に尽きる話ですね﹂と返している。
週末の深夜に一 気 読みしてつくづく思う の は、その恋愛 の時代感もさながら、自 分の好
みがすっかり変わってしまったことだった 。間違い な く大学生の僕 は、赤名リカ のような
タイプがいいと思 っていた。 そして煮え切 らないというか、いつも グズグズした 感じの関
口さとみは、現実 の子も そ ん な感じの子ばっかでほ ん と面倒だなと 思っていた。 それが二
十年経つと、俄 然、関口 さとみの方 が良くなったのである。
﹁えーどうして!﹂と 我ながら
孝一朗
澤野
2010/08/23
僕の私の読書感想文
思ったのだが、理 由は簡単で 、そういう雰囲気の子がいなくなったからである。 僕が大学
生の頃は自分で意 見を持つというか行動を 決めるというタイプの子 は極めて少なかった。
しかしいまはそうでない子の 方が明らかに 少なく、多 くの男性はそんな言動に心 労を重ね
ている︵苦笑︶。そうなればさとみの方が 良くなるのは、当たり前で あ る。結局、この二十
年の間に女性の社会進出が進 み、女性の自己決定と い うものが人間 として当たり 前のレベ
ルまで戻ったということなのだろう。
この対談 にも 出てくるが、﹃東京 ラブストーリー﹄ の続編 に関 するオファー が定 期 的に
なされているようである。しかも サイモンさ ん と鈴木保奈美さんのそれぞれに︵笑︶。漫画
もドラマもネタ切 れで過去の 名作に頼り た い気分はわかるが、僕は 続編ではなく 、いま一
always三
度﹃東京ラブストーリー﹄を ドラマか映画 でやったら 良いのではないかと思う。 ただし今
度は、カンチとさとみの物語 を肯定的にで 、である。トレンディー ではなく、
﹃
丁目の夕日﹄のような 懐かし路線 で行くので あ る︵﹃時をかける 少女﹄のようなタイムスリ
ップものでも良い ︶。カンチの配役は 若干悩むところもあるが 、さとみの配役はもちろんア
ラフォー男子世代 に絶大な人 気がある若手女優長澤まさみさんである。名前もちょっと似
ている感じだし、年齢的にも漫 画設定とちょうど同じぐらいで適役なのではないだろうか。
ただ不安 な の は、こ の新﹃ 東京ラ ブ ス ト ー リ ー﹄、 アラフォー 女子にはものすごく 不評
になるかもしれない。きっとさとみ的女子 だったアラフォー女子な ら平凡なカ ン チとなん
か結婚せず、プレーボーイで 医者の三上と 結婚すれば 良かったと思 っているに違 いないか
らである。まあいまはデ ジ タ ル・リマスターとかでいろいろ加工できるみたいなので、女
子版も作ったら良 いかもしれない︵笑︶。
もし長澤 ま さ み主演 、新﹃ 東京ラ ブ ス ト ー リ ー﹄、 本当にできたら愛媛県としては 彼女
に頭が上がらないのではないだろうか。
﹃世界の中心 で、愛をさけぶ﹄に続き、二 度目の登
場である。最近、 ロケ地め ぐ りが盛んらしいので、またまた愛 媛 観 光が盛り返してしまう
かもしれない。感 謝の気持ち を込めて﹁まさみ大明神 ﹂ぐらい作っ た方が良いかもしれな
いが、他の四国3 県も大丈夫 である。徳島 はサイモン 漫画記念館、 高知は﹁龍 馬 伝﹂の福
山さん︵あっ彼は 長崎だ、それならサ イ バ ラ先生のご 登場を︶、香川 はうーん っ と・・・、
うどんで行きましょう!僕は 、四国は﹁全県テーマパーク ﹂構想で行 くしかないと 思うが、
4県が一緒にがんばるというかその可能性 はまずないので、別にどうでもいい話 である。
それよりも設定をなぜ愛媛にしたのか、徳島出身のサイモン先生に 訊いてみたいと思う。
︵柴門ふみ著﹃東 京ラブストーリー︵上・ 下︶﹄文 春 文 庫,二〇一〇 年.︶
孝一朗
澤野
2010/08/23