2008 年 9 月 4 日 筑波学院大学 文芸同好会 あやかぜ 五号 静寂な鈴虫

2008 年 9 月 4 日
筑波学院大学
文芸同好会
あやかぜ
静寂な鈴虫
中秋の名月に照らされる
透き通った羽音
風に揺らされる
見つめる先に
あなたに
想いを込めて
届くようにと
それでも
音は鳴らない
―あやかぜ―
五号
﹃文風﹄長月号
一、旋風機 ⋮⋮⋮ 3
二、ビバフロンティア
目次
⋮⋮⋮ 8
⋮⋮⋮
⋮⋮⋮
13
⋮⋮⋮
16
三、もうすぐ夏が
四、限りなく赤に近い白
五、消失の電子手紙 ⋮⋮⋮
戦乱日記
29
21
36
七、竹取物語異伝
⋮⋮⋮
⋮⋮⋮
八、読者アンケート
お知らせ
37
扇風機
紅風
3
扇風機の羽根がくるくる回っている。そこからは風が生まれて、
この暑苦しい部屋の中の空気をかき回している。
扇風機には悪いが、はっきり言って無意味だ。熱い空気が、ほと
んど熱を失わずに動くだけなのだから。
4
ガタン
﹁あ。﹂
不吉な音を発したかと思ったら、羽の勢いが急速に失われ、しま
いには止まってしまった。
何てことだ。はっきり言って無意味とは言ったが、あるだけマシ
だったのに!
﹁コラ、動け! お前はまだくたばるような使い方してないはずだ﹂
ぱしぱしと本体を叩く。動かない。
﹁ちょっと待ってよ、マジで! 俺をこのくそ暑い部屋において先
に逝くなよ、扇風機 ﹂
しかし、心の叫びは扇風機の心を動かすことはできなかったらし
い。止まったままだ。叩く以外の物理的解決方法を知らないため、
最終手段、扇風機に謝罪を実践することに。彼︵もしくは彼女︶の
前に正座をし、土下座をしてみる。
﹁無意味とか言ってすみませんでした、扇風機様﹂
ふかぶかと頭を下げながら、再びこの空間の空気をかき回すかぜ
が生まれるのを願って。
それでも、かれ︵もしくは彼女︶は、再び動き出すことはなかっ
た。
*
﹁あー⋮⋮機嫌直してくれないかな、扇風機様﹂
現在は駅前でもらったうちわにお世話になっている。風は来るが、
なにぶん手動なので腕が止まると運動分の熱も押し寄せるため、扇
風機様が本当になつかしく、再び動き出してくる時を待つのみだっ
た。新しくするにも、金がないので。
ぱたぱたと、うちわが音を奏でる。
!!
﹁いっそのこと、冷蔵庫の中に入るかな⋮⋮﹂
逆に寒くて死ぬだろうけど。
コップ一杯の水を飲んだ後、古紙として出すのを忘れた週刊漫画
雑誌を枕に、小汚くて狭い、自分の城に寝転がる。
当然だが天井が見え、枕にならなかった分の漫画雑誌の山が見え
る。一体どれくらい、古紙に出すのを忘れているのだろうか。周り
を見てもごみは散らかっていない。生活で必要なものでないのは、
この漫画雑誌だけだ。
﹁やっぱり必要だよな⋮⋮扇風機。﹂
夏場の生活必需品。
5
*
終
﹁あー、腹減った。何か食わねーと、やってらんねーよなァ﹂
一気に体を起こして、台所に向かう。と、
﹁いでっ ﹂
何か、硬いものを踏んだ。痛い。そこはかとなく痛い。
﹁一体なんだよ、この部屋に踏んで痛そうなものはな⋮⋮あ﹂
コンセント⋮⋮じゃない、プラグだ。
つながっている先を見ると⋮⋮そこには、しばらく前に職務を放
棄した扇風機様。
﹁⋮⋮そっかーお前も腹へってたのかー﹂
腹がすいては戦はできぬ。
よく言ったものだ。
そして、コンセントにプラグを差し込んだ。
!!
6
あとがき
実話じゃないですよ。一人ぐらいじゃありませんし。
とりあえず、扇風機関連の話をかきたかっただけです。
あと、コンセントとプラグって、なんだか間違いやすいですよ
扇風機が止まる前にした﹁ガタン﹂という音は、扇風機の主が
購読している週刊漫画雑誌で構成されている塔が崩れた音です。
だから山になってたんです。
ね。
さすほうがプラグ。
7
ビバフロンティア
葉
8
宇宙は窮屈だ。ダニーは思った。
五世紀前の人類は、時間と空間の壁に囲まれて一つの恒星系に閉
じ込められていた。それを打ち破ったワープ航法は画期的な発明だ
った。人類は銀河を縦横に駆けた。
そういう時代に生まれたかった。ダニーは思った。開拓の時代。
眼前に広がる未踏の新世界。人類が刻む新たな一歩。それを、この
足で刻みたかった。
それとも、千年紀を遡った古代。現代人にすればあまりにも古ぼ
けたちっぽけな惑星でしかないテラの、さらにちっぽけな一大陸で
しかないアメリカ。そこへ危険を冒して辿り着いた最初の冒険家。
そういう人間にダニーは生まれたかった。卵を割って立てるくらい、
自分にもできる。
ゴールドラッシュ。エルサレム。ジパング。世界大戦。宇宙戦争。
なんでもいい。そういう、歴史が語る動乱の時代。激動の渦中。
何千年も語り継がれる事件の最中に、ダニーはいたかった。
一人、恒星間宇宙船で人類の開発が及んでいない外宇宙へ飛び出
していくという手もあった。しかし、それは目的と違っている。私
は世界を巻き込みたい。たった一人の名も無い冒険家として終わっ
てしまうのは不本意であった。
いや︱︱。ダニーは考える。偉人は得てして死後に認められる。
生前が名も無い冒険家で終わったとしても、後に人々が続けばいい。
最初の一人であることが重要だ。惑星エレに赴いたヨーゼフは、自
分が世界を救うなどという自覚とは無縁だったはずだ。
いや、いや︱︱。ダニーは思い直す。あえて眼を閉じて暗中模索、
瞼の裏に希望を投影して闇雲に進むような真似は愚かだ! 現実を
見つめ、目的のため最善の手段を執るべきだ。ダニーは現実主義者
で、そういう思想の持ち主であった。
やっぱり、事件が必要だ︱︱。結局ダニーは、お馴染みの結論に
行き着いた。時代の流れの最先端。これから開拓される地域。それ
を誰より先んじて予見し、先回りして、先導する立場に回らなけれ
ば。これから世界を巻き込む大事件。歴史の底を流れる本流を探し
当て、それに乗るのだ。イデオロギーこそは力だ。
ダニーは情報を収集する。現在のところ内宇宙の人口は約七八〇
〇億人ほどで、一億七〇〇〇万ものコミューンがある。これを見る
9
と、外宇宙に飛び出していった人間とて何億人いるか知れない。ダ
ニーは、だから思う。宇宙は窮屈だ。どこにでも人がいる。我が自
慢の快速宇宙船その名も﹁想像﹂で行き着く空間の果てまでも!
ところで、この一億七〇〇〇万のコミューン。内わけは大小硬軟
さまざまで、古い体制の惑星国家や恒星系国家から、個人同士の趣
味趣向で繋がりを持った非物理的なものまで含む。思想や様式の違
いから、いまだコミューンというものの厳密な定義ができていない
のである。
ちなみにダニーは古い国家型コミューンに所属している。
複数のコミューンに所属している者も珍しくないし、数百人や数
十人単位の微小なコミューンも星の数ほどある。どこにも所属して
いない無所属という者も︱︱社会的には認められていないイレギュ
ラーだが︱︱少なからずいるだろう。ダニーは、まさにそういうイ
レギュラーというのに憧れる。はぐれ者、アウトサイダー、無頼漢。
そういう響きに、いわばロマンを感じた。今現在、確立されている
枠の外側に行きたいのだ。
しかし一億七〇〇〇万という数のコミューンは、あらゆる思想と
立場を内包していた。歴史の過程で分岐した、人類の価値観の多様
性が、具体的な数字となって目の前にある。ダニー一人が考えるよ
うな思想は、この膨大なコミューンのどれかに既存である。
その、どれにも所属したくないからと外宇宙に出てみても、そこ
にも恐らく人はいる。しかも外宇宙には伝統も後ろ盾もなく、ただ
歴史の陰に消えていってしまう類の共同体なのである。それが、ダ
ニーの寿命が尽きる前に歴史に爪痕を残すほどの強力な勢力になる
とは思えなかった。そんな兆候は無いし、未来においても公算は低
い。
外宇宙の反体制勢力。確かにロマンはあるが、それは幻想に酔っ
て現実を見つめていない、盲目の愚か者が執る道である。ロマンで
はなく、結果が欲しいのだ。
おっと。補足だが、先ほどから外宇宙だ内宇宙だと連呼していた
が、これはもちろん物理的な区分ではない。銀河の中心から半径何
光年が内宇宙、その外側は外宇宙などという取り決めはない。ナン
センス!
これは人類社会における機構の内側、外側という意味だ。つまり
七八〇〇億と数えられる人口に含まれ、一億七〇〇〇万と数えられ
10
るコミューンによって管理が行き届いている部分は内宇宙、それ以
外は外宇宙である。銀河系の中心から何億光年離れた宇宙船だろう
と、通信が設置され、乗っている人間が宇宙の総人口の一人として
カウントされ、コミューンに所属し身元が明らかであるならば、そ
の宇宙船は内宇宙である。
やっぱり宇宙は窮屈だった。物理的な広さなど、なんの意味も無
いのだ! ただ薄ら広いだけの空間など、なんのロマンも無いので
内宇宙で暮らしている我々は、
延々
ある! 結局は人類社会の内側、
と窮屈の虜なのである。
ダニーは、どうしても外宇宙に惹かれた。今のところ内宇宙に、
なんら魅力を見つけられないでいた。しかし︱︱しかしである。内
宇宙で事を起こすのが重要なのだ。人類の歴史の内側から、この機
構をぶち壊してやりたかった。大勢の目撃者の前で、偉業を達成し
たかった。それでこそ後々﹁ダニー伝﹂を執筆する歴史家の手助け
にもなろうというものである!
だんだんと良いイメージができあがってきた。未来のビジョンの
輪郭に触れているという感じだ。
やはり既存のコミューンに所属し、伝統と思想を後ろ盾にしてイ
デオロギーを制御するというのが良さそうだ。それには政治家か宗
教家だろう。なにか大事件で情勢と民心が揺れているコミューンを
探すのだ。後々には銀河全体に影響力を持ちそうな、地盤の強固な
コミューンなら理想的だ。コミューンの歴史を踏み台に、銀河の歴
史に名を刻むのだ!
さて。改めて情報収集だ。ビジョンが明確になると、やる気も違
う。先のように漠然とした収集でもない。情報は絞られる。霧の中
から抜け出た気分だ!
﹁ダニー、ダニー、チェスをしよう﹂
幼いスティーブンが駆けてきた。ええい、邪魔をするなガキんち
ょめ! 今せっかく良いイメージが完成したのに。
しかし、ダニーは何も言えずに幼いスティーブンの覚えたての定
石戦法の実験台にされたのであった。しかもダニーは白々しいミス
をして、わざと負けねばならなかった。それがスティーブンの親で
もある、ダニーの主の命令なのだ。
ダニーはCPUが焼け付くほど、もどかしかった。
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くそくらえチャペック! くそくらえロボット三原則! ああ外
宇宙、ああ先進気鋭のコミューン、ああ自由。宇宙は窮屈だ。やっ
ぱりダニーはそう思う。
ダニーは得てして、自分が現実主義者であることを忘れる。
12
もうすぐ夏が
華火
13
﹁ただーいま⋮⋮っと﹂
少年がドアを開けて玄関に入る。
すると、パタパタと背中で音がした。
﹁うっわ! 何 ﹂
振り返ると、それはセミだった。背中にくっついてきてしまった
らしい。
﹁どうしよ、家ん中はいってきちゃった﹂
セミは玄関の戸の上のサッシあたりで羽を休めている。
﹁ドア開けてたら逃げてくかなー⋮⋮﹂
そう思い、しばらくドアを開けっ放しにする事にした。
夜になった。
さすがにもうドアを開けておく事も出来ないので、しぶしぶ閉め
る。
﹁しょーがないな⋮⋮﹂
嫌だったが、手で掴んで外に出す作戦に出た。
しかし、捕まえようとするとセミは羽音をたてて逃げてしまう。
﹁あーもぅ⋮⋮なかなか捕まんない﹂
そうしている間に時間は経ち、深夜になってしまった。
しかたない、今日はもう寝よう。
そのセミは雌だったのか、騒ぐこともなくおとなしくしていた。
日に日に、少年もセミの事などすっかり忘れていった。
一週間程経った。
朝起きて少年が玄関を見ると、あのセミが床に転がっていた。
弱りきって、足をしずかにたたもうとしている。
ああそうか、セミって一週間で死ぬんだっけ。
﹁⋮⋮お前さ、やっと土から外に出たのにさ。
﹂
無意識に、少年はセミに語りかけた。
﹁一週間、外でいっぱい太陽浴びて、いい雄見つけて、卵とか生み
たかったでしょ﹂
セミはじっとしている。
﹁ずーっと俺の家ん中居て、俺に追い回されて⋮⋮楽しかった?﹂
14
!?
しばらくして、セミは動かなくなった。
次の日、少年の家の裏庭に、ちいさな墓ができた。
15
限りなく赤に近い白
緋村
16
ある高校、誰もいない教室、2階のベランダ、そこに私はいた。
目線の先には桜の木。春に咲いてはすぐに散り行く桜の花を見て
いた。
﹁桜の木の下には死体が埋まってる、って知ってる?﹂
突然の背後からの声。クラスメイトである駿が私に尋ねてきた。
⋮⋮いつの間に入ってきていたのだろうか?
﹁どうでもいいわ。
﹂
興味なんて無い。
無いので、もたれていた柵から離れ、少なくとも一分前までは誰
もいなかった教室の中に戻ろうとした。
﹁まぁまぁ待てよ、ちょっとくらい聞いてくれよ。﹂
﹁いや、いい。﹂
せっかく一人、友達との思い出のつまった春の景色を眺めていら
れると思ったのに、完全に状況をぶち壊されて、あまり気分は良く
なかった。
むしろ、悪かった。
﹁桜ってのは、本当は白いんだよ。それこそ百合みたいしにさ。
﹂
駿はいつの間にか話し始めていた。
﹁だけどある時、桜の下で死にたいって言った男がいたんだ。﹂
つい最近、どこかで聞いたような話だった。
駿は私が聞いているのかどうかは構わずに、腕を組み目を閉じ、
語り続けていた。
﹁んで確かにそいつは春に死んで、願いどおり桜の木の下に埋葬さ
れたんだ。
ただ一つ問題があって、埋葬の時にちょっと桜の下を掘りすぎた
んだ。﹂
駿は右目だけで私を見、そして口を開いた。
﹁つま り枯れ そうになった訳なんだけど 、その桜はど うしたと 思
う?﹂
﹁どうしたの?﹂
わざわざ考える気もしなかった。
﹁その男の血を吸ったんだ。
﹂
﹁⋮⋮つまりそれが、今の桜の色、って言いたいの?﹂
17
﹁ご名答。
﹂
私は校庭の桜を見回した。
血の色をした桜の木など、どこにもなかった。
私は小さくため息をついた。
﹁つまらない話ね。
⋮⋮そんな話、本気で信じてるの?﹂
何がおかしいのか、駿は腹を抱えて笑い始めた。
﹁まっさか、そんな訳ないでしょ。
でももし本当なら、夢があっていいよね。﹂
私はもう一度、小さくため息をついた。
﹁それじゃ、そろそろ帰ろうか。
春とはいえ、まだ日の入りも早いしね。﹂
しばらく駿と話し、もとい駿の話を聞き流していた。
やっと話が終わるらしい。
﹁帰る前に、少しだけ桜を見ていくわ。
﹂
﹁そっか、じゃあ僕も付き合うよ。
女の子を夜に一人にしちゃ危ないからね。﹂
﹁⋮⋮好きにして。
﹂
会談を降り、昇降口を抜け、校庭を渡り、桜の木にたどり着く。
たどり着くまで、一切会話は無かった。する気が無かった。
﹁⋮⋮いつもより綺麗ね。﹂
桜の根の上に腰掛けたとき、私はやっと口を開いた。
﹁ねぇ駿、何であんな話をしたの?
あれは、私が好きな桜に対する侮辱よ。﹂
﹁な、何だよ藪から棒に。﹂
﹁答えて。
﹂
﹁⋮⋮気に障ったのなら謝るよ。﹂
頭を下げる駿、だがそれは私の、そして彼らの質問に答えてはい
ない。
もう、遅かった。
﹁もし、その話が本当だったらどうするのかしら?﹂
﹁⋮⋮え?﹂
18
直後、枝垂桜の枝がうねり、駿をめざして伸びる。
急加速に耐え切れなかった花びらが散る。それは荘厳な光景だっ
た。
﹁うっ⋮⋮⋮⋮⋮⋮わッ!﹂
全力で逃げ出そうとする駿。
だが三歩も行かないうちに倒れる。芝桜に足を取られたのだ。
私は落ちたソメイヨシノの枝を一本拾うと、地べたに這い蹲る駿
のそばに立った。
﹁桜を怒らせちゃ、駄目じゃない。﹂
ソメイヨシノの枝を駿の首の上に落とすと、それは肌に張り付き、
ゆっくりと首を絞め始めた。
﹁⋮⋮あんたは何者なんだッ!﹂
﹁私? 私はただの人間よ。ただちょっと桜たちと仲良くできるだ
け。
﹂
少しずつ圧力が増してゆく。それに比例して駿の顔色は青くなっ
てゆく。
﹁あなたの言ったことはすべて正しいのよ。
だから桜たちが、自分の秘密が露呈するのを恐れたの。
﹂
﹁化け物⋮⋮﹂
﹁だから言ったでしょ、わたしはただの人間よ。
ただ、桜たちが動けることを知っているだけ。
ただ、桜が人の血を好むことを知っているだけ。
ただ、桜の願いを叶えたいだけ。﹂
ある高校、誰もいない校庭、桜の木の下、そこに彼はいた。
そして、その隣で、彼女は一人呟く。
﹁ただ、友達を手伝いたいだけ。﹂と。
19
あとがき
西行法師は春に死んだそうです。
まぁ、この文章が皆さんの目に映るころには夏すら通り過ぎて既
に秋でしょうが。
そして冬を越せば、また春が来ます。
桜が動くか、そして思考を持っているかどうかは人によって意見
は分かれるでしょうが、解答もまたありません。
答えが無いからこそ、今こうしてパソコンの前に座っているので
し ょう か 。
20
消失の電子手紙
春野
明
21
梅雨が明けて、田園の稲が青く輝き、蝉の鳴き声が聞こえ始めた
初夏の季節。今年で二十歳になる富山慶太は、仕事の合間を見つけ
て、
じめじめとした嫌な暑さで濡れたワイシャツの襟を扇ぎながら、
携帯電話の液晶を眺めていた。液晶の中には、白い背景に黒い文字
が規則正しく並んでおり、一つの文章が構成されていた。その文章
は高校時代からの親友、前島英介からのものだった。
﹁富山、久しぶり。元気かー?﹂
前島とはメールをするのも久しかった。
地元の高校を卒業して以来、この一年間、未だに彼とは会ってい
ない。それどころか互いに新しい環境で忙しかった為もあってか、
メールをするのも半年ぶりだった。
二人は高校を卒業したからというもの、それぞれ別々の進路を歩
んでいた。富山は地元の小売店に就職し、前島は都内の大学へと進
学した。しかし、地元から都内まではかなりの距離があり、実家か
らの通学は難しいもので、前島は親友である富山との別れを惜しみ
つつ、都内のアパートを借りて一人暮らしを始めていた。
親友の面影が薄れてきていた、そんな頃、その親友からメールが
来たのである。突然のメールに富山は胸が躍った。同時に忙しさの
あまりか親友の存在を忘れそうになっていた自分に、心を痛めた。
返信する。文面は何の変哲もない久しい友に送る挨拶。アナログ
な手紙と違って、すぐに届くので、文体も軽く短かった。
携帯を普段あまり使わない富山であったが、この時ばかりは、近
代の科学と技術力に感心する。手書きと違って、どこか冷たい感じ
がするのは仕方ないと思った。
それから、数回のメールのやりとりが行われた。内容は主に現在
の状況についてだ。富山は毎日が同じような作業でうんざりしてい
ると送り、前島は課題の山が積もる一方で消化するのが大変だ、と
いうことだった。特にこの時期は期末試験やレポートがあるので、
尚更、忙しいのだろう。しかし、そのすぐ後ろで夏の長期休暇が快
く待っている。その点、休みの少ない社会人からして見れば、羨ま
しいと思うのだった。
それから数日後、また前島からメールが来た。しかし、その時は
仕事が忙しかった為か、返信が遅れ、夜にメールを送った。
前島からのメールの始まりは、いつも何の意味もない挨拶からだ
22
った。
﹁よう﹂と二文字だけ来たので、ようの後ろに﹁どうした?﹂と付
け加えて送った。前島からは数分もしないうちにメールが返ってき
た。
それから、また数回メールを行った。他愛もない無意味な話であ
った。高校時代の部活の大会でそれなりに活躍した武勇伝や失恋し
た時の話、富山の就職がなかなか決まらなくて、進路に思い悩んで
いたこと、
出来ることなら、
一緒の大学に行きたいと懇願した日々。
そんな過去の話だった。
富山は内心でくだらないと思いつつ、突然、そんな話を持ち出し
た前島の心理が不可解だと思った。しかし、それは自分で気にしす
ぎだと思い、やっぱりくだらないと言って携帯を閉じた。そして、
仕事で疲れていたせいか、布団に潜り込むと、すぐに深い睡魔に襲
われた。
それから数日間、前島からのメールは何度も来た。しかし、富山
は仕事の疲れもあってか、携帯を開くのすら億劫で、そのまま放置
していた。それどころか家に帰っても、テレビやパソコンの電源を
付けることすら面倒だと感じるようになって、食事や風呂などだけ
を済ませて、早々に眠ってしまう習慣が付いていた。
そんなある時だった。それまで毎日のように来ていた前島からの
メールが突然来なくなった。最初の一日は気に留めることもなかっ
たが、それから数日、数週間と、あれほどしつこく来ていたメール
が途絶えると、さすがの富山も気にし出した。メールが来ても無視
していたから、とうとう愛想も尽きたのだろう、と富山は思った。
そして、疲れていたとはいえ、前島に対して冷たくしすぎたと反省
した。
携帯を開くと、受信メールは数十件を超えていた。送信者は全て
前島だった。そのメールの量を見て、背筋が冷えた。夏も本場に差
し掛かっている、この時期だというのに嫌な寒気さを感じた。
メールを開く。受信日時が一番最近のメールだった。
﹁よう﹂
いつもと変わらない何の意味のない挨拶だった。見れば、残りの
数十件も、全て、同じ内容だった。
それらを見て、富山は思わず、携帯を閉じた。気が付けば、富山
23
の背中には凍えるような冷たい汗がびっしりと張り付いていた。嫌
な予感がする。腹の奥底から、濁流のように押し上げてくるその予
感は、富山の心臓を今にも握り潰してしまいそうだった。富山は、
まるでその嫌な予感に脅迫されているかのように、慌ててまた携帯
を開き、テンキーを不慣れな手つきで打ち始めた。
﹁︱︱︱︱﹂
︱︱繋がらない。富山の不安は募る。富山は焦り、それから何度
も前島に電話をかけた。しかし、結果は同じだった。
ああ、一体、どうしたというのだろうか、そう富山は思った。や
はり、あれほどメールが来ても、返信しなかった自分に愛想を尽か
したのだろうか? しかし、それとは違う。そうだとしても、何か
もっと別の、大きな理由が他にあるような気がした。そして、数十
件をも超える同じ内容の受信メールが届いていたことが、一番の気
がかりだった。
一体、何の為に、前島はそこまで富山とメールをしたかったとい
うのだろうか? どんな話をしたかったのだろう?
富山の中で前島に対する疑問が次々と浮かび、頭の中を巡った。
無性に前島と話がしたかった。そして、一度、謝りたい。そう思
った。
富山は初めて、自分から前島にメールを送った。
そして、さらに数週間が経つ。もう夏も終わり、太陽の光をさん
さんと受けて輝いていた青葉が、赤や黄色といった色に変色し始め
ていた。そして、じめじめとした暑さからは開放され、代わりに風
は乾き、気温は涼しくなってきた。そんな頃。
前島からのメールがようやく返ってきた。
丁度、富山は家に帰って、居間で一人寛いでいたところであった。
富山は眠たそうに床で寝転がりながら、しかし、内心で胸を躍らせ
ながら、そのメールを開いた。
﹁よう。返信が遅れて、悪い。少々、最近まで騒がしいことに巻き
込まれていた。でも、今は大丈夫。やたら落ち着いている。逆に静
かすぎて、退屈なくらいだな﹂
そのメールに対して、気になることはいくつかあったが、とりあ
えず、富山は定型となった挨拶の文章を書いた後に、質問を一つだ
24
け付け加えて送信した。
﹁騒がしいことって?﹂
﹁いや、そんな大したことじゃないよ。ちょっと事故に巻き込まれ
た。それだけ﹂
﹁事故って、本当に大丈夫か? どこか怪我とかしていないかよ?﹂
﹁ああ、通学途中で乗っていたバスがトラックに衝突してな。多少
の怪我はしたけど、打撲とか痣とかそれくらい。もう、治ったし、
大丈夫だ﹂
﹁そうか⋮⋮それなら、良かった。交通事故か、大変だったな﹂
﹁まあな。そうでもないけど⋮⋮﹂
﹁ところで前島、あまりメール返せてなくて、ごめんな。仕事で忙
しくて﹂
﹁ああ、それなら気にしなくていいよ。それにこうして、またお前
とメールが出来ているわけだしね﹂
﹁そうか? それなら、いいんだけど⋮⋮まあ良かったら、今度、
直接会って、ゆっくり酒でも飲みながら、駄弁ろうぜ。久しぶりに
お前と話したいことがあるんだが﹂
﹁うん⋮⋮まあ、そのうちな⋮⋮﹂
前島にしては、あまり乗り気のない返事だった。その素っ気無い
感じに多少気を落としつつも、富山は話を進める。
前島とは、どうしても近いうちに会っておきたかった。あの前に
感じた嫌な予感がどうしても拭えないのだ。前島の文章一字一字を
見る度、胸にずきりと突き刺さるような感覚があった。やはり、駄
目なのだ。メールくらいでは。直接会って、直接話さないと、富山
の不安を拭い去ることは到底出来そうになかった。
﹁じゃあ、今度、⋮⋮駅で、また会おうか﹂
場所と時間を打ち合わせて、その日のメールは終わった。
当日になった。電車の中、富山は焦る気持ちを抑えるのが大変だ
った。席は空いているというのに、ドア越しに立ち、ずっと流れて
いく景色を眺めていた。未だに田舎の田畑の風景が続いている。
前島のいる町は、まだ遠かった。
風が吹いている。人工的に植えられた並木から、たくさんの木の
25
葉が落ちてくる。
富山は、駅の入り口で前島が来るのを待っていた。空を見上げれ
ば、この乾いた季節だというのに、雨雲が出ていた。前島はまだ来
なかった。約束の時間から、とうに十分を過ぎようとしていた。
雨が降るまでには来てくれよな⋮⋮それだけ願った。
雨が降ってきた。富山は傘を持ってきていなかったので全身濡れ
た。前島はまだ来なかった。数時間を過ぎていたが、来る気配は無
かった。心配して、前島に電話をしたが、電話が繋がることはなか
った。それが二、三時間前の話。
外はもう暗くなり、雨は当分、止みそうになかった。体が冷える。
ガタガタと肩が震えだした。
結局、前島が来ることはなかった。その日の夜、富山は駅前の橋
の下で一夜を過ごした。電車は終電になり、帰ることが出来なかっ
たのだ。無論、このまま帰る気もなかったが⋮⋮
橋の下では寒さを完全に凌ぐことは出来なかったが、雨水や風は
それなりに凌ぐことが出来た。しかし、そうは言っても、寝床とし
ては、決して良いところではなかったが⋮⋮
朝、小鳥達の囀りで、富山は目を覚ました。冷たくなって、鉛の
ように重くなった体を奮い起こし、ゆっくりと立ち上がる。目指す
は前島の住むアパートだった。来ないなら、こちらから行こうと、
そう思った。
前島の住むアパートまでの道のりは、昔、前島が引っ越す前に聞
いていたことがあるので、うっすらとだが、頭の片隅に残っていた。
その消えかけた記憶の地図を頼り、富山は都会の町を歩いた。服
はまだ濡れていて、端から見れば、きっとみっともない格好だろう。
しかし、そんなことは今の富山にとって、どうでもいいことのよ
うに思えた。前島に会ったら、あいつに洗濯させよう、そう思った。
片隅に残った地図を、実際に見える景色と照合させながら、富山
は雑然と入り組んだ団地の迷路を進んでいく。
やがて、一件の古ぼけたアパートに辿り着いた。ここへ来たのは
26
初めてであったが、
前島の話からして、
きっとここだろうと思った。
そして、富山はアパートの階段を登り、前島の話通りに三階の三
○五号室の前に来た。恐る恐るインターホンを押す。電子音が鳴り、
その部屋の住居者を呼び出した。しかし、それは虚しく鳴り終えた
だけで、中からは誰も出てくることはなかった。
﹁あら、どうしたの? そのお宅に何か用かしら﹂
富山が誰も出てこないドアを睨んでいると、いきなり、脇から一
人の夫人に声を掛けられた。ゴミを出しに行くところだったのだろ
う。両手には黒い大きなビニール袋を持っている。
﹁はい、高校時代の友人なんです。彼とは昨日会う約束をしていた
のですが、なかなか来なくて、心配してここまで来たんです。前島
が今どこにいるか、分かりますか?﹂
すると、夫人は何か気まずいものでも見るような目をして、小声
で言った。
﹁あなた⋮⋮前島さんのお友達なの? お話は聞かされていないの
かしら? 前島さん、交通事故に遭って⋮⋮﹂
﹁え、はい、確か、バスとトラックの衝突事故ですよね? それな
ら、一昨日聞きましたよ。前島に﹂
﹁え、前島さんに? ああ、前島さんのご両親に聞いたのね? で
も、何で今頃? そこ、今、山田さんのお部屋ですし﹂
﹁え、前島のやつ、引っ越したんですか? それに話は、前島の親
じゃなくて、前島英介、本人に聞いたんですが⋮⋮バスがトラック
に衝突して、怪我をしたって⋮⋮でも、
今は回復して大丈夫だとか。
一昨日も会う約束をしたばかりですし﹂
﹁あなたは一体、何を言っているの? 人違いか何かかしら? そ
の部屋に住んでいた前島英介さんは、八月にお亡くなりになってい
るのよ﹂
﹁え、でも、俺は確かにメールで⋮⋮﹂
﹁それは本当に前島英介なのかしら? 電話はしたの? 声はちゃ
んと聞いたの?﹂
﹁いえ⋮⋮﹂
言葉が詰まる。それから何も言い返すことは出来なかった。
ここに来て、一気に胸の奥底で蟠っていたものが何か分かった。
図書館に置いてあった一ヶ月前の新聞で、その事故の詳細が記され
27
終
ているのを知ったのは、それからまた後日のこと。被害者の中に前
島英介の名前が確かにあったのだ。かなりの重症で、病院に運ばれ
た後、間もなく死んだとのことだった。
丁度、前島からのメールが一度、途絶えた時期のことだった。
あとがき
締め切り前日、徹夜してこの様です。本当に申し訳ありません。
だんだんと話が進むにつれて、描写がはしょられているのは仕様で
す。どことなく、雰囲気が四月号で載せた作品﹁片道四四○﹂と似
ている気がしたのは、
きっと気のせい。
この話を書いたきっかけは、
友人とメールしている時に、
﹁もし、この相手が、実はいなかったら
怖くね?﹂と思ったこと。メールしているにも関わらず。
最後に一言。﹁ビールうめえ⋮⋮﹂
28
竹取物語異伝 戦乱日記
第五章 小田原評定
真田 大 輔
29
歴史は神が与えた気まぐれな結果に過ぎない。
摺上ヶ原の戦いは奥州に領土を保有していた佐竹家にとっても大
敗北と言っていいだろう。南奥羽は伊達家の支配下に染まっていく。
北への足がかりは無くなり、関東に一大勢力を築かんと北条家、さ
らには領土拡大意欲のある伊達家に狙われる状況に陥った。一五八
九年は佐竹にとって苦しい年になるかと思われた。豊臣秀吉と言う
怪物が現れるまでは。
﹁それで、佐竹家は今後どうするので?﹂
過去にとばされた現代人である岡本有輝が尋ねた。
﹁秀吉様に謁見し、領土を安堵してもらうようだ。ついでに義広様
を追い出した政宗を厳しく咎めるように進言するらしい﹂
佐竹家の切り込み隊長でもある真壁氏幹が答えた。彼は岡本のこ
とを気に入り、世話を焼いてくれている。本気でそっちの方の人だ
ったら、岡本は尻の穴を守らないといけない。一応、この物語の主
役として。真壁が縁側にて麦湯をすする。
この時代の緑茶は高級品、
贅沢は言えない。
﹁向こうもちょうどいい大義名分が手に入ったと思うでしょうね﹂
﹁だろうな。小田原に参陣するために明日、出陣する。岡本殿は当
家でゆっくり過ごされよ﹂
﹁え? てっきり参加してくれと言うかと思いました﹂
﹁大殿はその考えだったが、殿が配慮してくれたのだ。本心は一緒
に来て欲しいが、前回の戦は何も得るものも無く、お主を危険に巻
き込んだだけだったからな﹂
摺上ヶ原では岡本の機転が功を奏して、無事に帰ることができた
のだった。
﹁では、お言葉に甘えて﹂
﹁が、大殿が留守を預かる。故にお呼び出しが掛かっているぞ﹂
持ち上げて、物の見事に投げ捨てられた。
﹁それと縄屋からお主に届け物が届いているぞ。大殿に会いにいく
前に整理しておくといい﹂
ここに来る前に世話になっていた商人の縄屋助左衛門は、この状
況を作り出した張本人である。忙しいのか荷物だけ輸送したようだ
が、少し相談したいことがあった岡本有輝であった。
﹁とりあえず、開けてみましょう﹂
30
色々と小間物使いとして役に立っている茂吉が言った。
﹁そうだな。よっと﹂
宝箱を開ける時はドキドキする。ゲームでも現実でも。桐箱の中
に入っていたのは懐刀と衣服と銀。
﹁旦那も随分と奮発しましたね。刀は備前物で値打ち物。銀棒もこ
んなにあるとは思いませんでした﹂
元商人の小間物使いらしく、勝手に目利きを始めた。ちなみに、
路銀という言葉が旅用の資金と意味があるのは、銀は貨幣と違いか
さ張らずに持ち運びに便利だからである。
この時代には紙幣がなく、
十円玉だけで取引をしているのと変わらない。実に非合理的だ。そ
の分、盗難するにも一苦労なのは言うまでもない。茂吉に整理を任
せて路銀と懐刀を装備し、お城に登城する。
﹁岡本殿、よう参られたな﹂
昼間から酒を嗜んでいる大殿こと佐竹義重が彼を迎えた。すでに
長男である義宣に家督を譲ったが、いまだに権力は手放していない
ご隠居でもある。
﹁酒の相手にわたしを呼んだのですか?﹂
﹁まあ、それもあるが⋮⋮本当は今後について貴殿と話をしたいと
思ってな﹂
﹁今後ですか?﹂
﹁そうだ。蘆名救援は失敗に終わり、我が佐竹家としては北条、伊
達に狙われる立場となった﹂
﹁ですが、豊臣家に随身するつもりなのでしょう? すでに真壁殿
から聞きました﹂
﹁うむ。義宣に小田原へ参陣させるが、問題はそこだ﹂
﹁へ?﹂
﹁貴殿は鈍いのか、惚︵とぼ︶けているのか。領内の兵が少なくな
れば、周辺の親北条派がこぞって攻め寄せてくるだろう。
﹂
常陸周辺がすべて佐竹派と思っていた彼には衝撃的だった。何し
ろ、ここに篭っていれば小田原城の戦いは過ぎ去るものだと楽観視
していたのだ。
﹁では明日から窮地になることは確定事項ですか⋮⋮﹂
﹁お主とて分かっていると思ったのだが、客将でしかないお主に行
っても仕方ないことだったかのう﹂
31
﹁ですが伊達は新領地の経営で苦心し、北条は上野に攻め入ったの
では?﹂
﹁上野には上杉殿が救援に向かったとの情報が入った。北条も上杉
と前田に攻められたら放棄するしかないだろう。伊達は謀略を駆使
し周辺豪族を切り取り、新領地でも年貢を緩和することで融和策を
行い、
経営には不安がないとの報告が入っている﹂
うまくいってないのは佐竹だけとでも続けて言いそうな雰囲気で
ある。
﹁そこで、お主の知恵を借りたいと思い呼び出したのだ。摺上ヶ原
での機転は聞いている﹂
あれは、単に電子辞書の力をお借りしただけとは言えない主人公
であった。
﹁わし個人の考えなのだが、お主を当家に迎えたいと思っている。
無論、足軽などではなく武将としてな。給金は五〇貫でどうだ?﹂
﹁と言われましても﹂
最終的に秋田に転封される家に仕えても、仕方ないと打算的な考
えを持つ主人公でもあった。
﹁すぐに返事は貰おうとは思わん。が、義宣も同じ気持ちだろうと
思うぞ﹂
﹁分かりました。考えておきます﹂
﹁返事が貰えただけで十分だ。これはわしからの心づけだ﹂
そう言うと、懐から巾着袋を岡本に放り投げた。
﹁これは?﹂
﹁砂金じゃ。生活の足しにでもしてくれ﹂
﹁ありがたく頂戴しておきます﹂
義重に一礼して、真壁の屋敷に戻る。屋敷に戻ると茂吉が急いで
出向いてきた。
﹁岡本様、客人が参っているので奥に通して置きました﹂
﹁客人? 知り合いがいるはずないのだが﹂
﹁お武家 様のようなので 失礼があってはならないと 思いました の
で﹂
﹁うーん、真壁殿の屋敷なのに、ここにいることが良く分かったも
のだなあ﹂
32
不安が頭を過ぎるのをあえて無視し、客人と対面する。
﹁わたしに客人とは実に珍しい。お名前をお聞きしてもよろしいで
すかな?﹂
﹁これは失礼しました。某、片倉小十郎景綱と申します﹂
あれ?どこかで聞き覚えのある名前のような気が⋮⋮
﹁ちょいと失礼﹂
後ろを向き、電子辞書にて検索する。そして日本史事典の項目に
てヒットした。片倉景綱。伊達家家臣で伊達政宗の軍師役を務める。
伊達家家中では﹁智の片倉景綱﹂と呼ばれるほどの知将。あれー?
なんでこんな大物が会いに来たのか不思議でならない。
﹁えーと 、伊 達 家 の重臣 がわざわ ざこ んな 遠 くまで 何用で す か ?
しかも敵地に乗り込むなんて大胆不敵にもほどがあると思います﹂
﹁ご心配なく、配下の者を連れていますので。それに佐竹では客人
を切り捨てるのですかな?﹂
﹁生憎と佐竹家には仕えていません。それに屋敷は真壁殿の物です
し、厄介になっているだけです﹂
﹁それはそれは。こちらとしても都合のいい話ですな﹂
﹁はあ。ここに来て間もないわたしの情報を、よく手に入れること
ができましたね﹂
﹁伊達家には一応忍衆がありまして、摺上ヶ原での撤退は見事でし
たよ﹂
ものの見事に策の発案者まで特定している。なぜなら、伊達家に
は黒はばき衆と言われる忍者集団がいる。忍者と言われると甲賀、
伊賀と出てくるが何もそれだけではない。日本全国に忍の里は点在
している。残念なことだが佐竹には専属契約している忍の里はない。
敵対関係にある北条でさえ、自前の風魔衆と呼ばれる忍を雇ってい
るのに。
﹁あ、あれは真壁殿が考えた策で⋮⋮﹂
﹁某は何も言っていませんよ﹂
見事に墓穴を掘った。にんまりと笑みを浮かべた景綱は言葉を続
ける。
﹁実は、殿が貴殿のことをたいそう気に入り、伊達家に迎えたいと
申しています﹂
﹁え?つまり、引き抜きに来たと⋮⋮?﹂
33
つづく
﹁はい。正直に申しますと、近隣の偵察を含めてですが。家臣でな
いなら、こちらとしても嘘偽りなく話せるというものです﹂
と話すと景綱はゆっくりと平伏する。
﹁どうかお願いします。某と一緒に黒川城に参って貰えませんか?﹂
﹁ちょ、ちょっと頭を上げてください。何故に、わたしが必要なん
ですか? 伊達家が人材難なんて話聞いたことありませんよ!﹂
姿勢を戻した景綱の視線はまっすぐに彼を見つめている。これは
断ったら切腹もありえる。岡本は言葉を選んで発言する。
﹁景綱さん、伊達家のために力を貸して欲しいのですか?﹂
﹁そうです。殿を含めて説得して欲しいのです﹂
﹁殿を含めて?﹂
﹁我が殿、伊達政宗は北条と組み、豊臣秀吉に徹底抗戦する考えで
す﹂
え、史実では屈伏したはずなのに⋮⋮
﹁その考えに景綱さんは反対なので?﹂
﹁正直、勝てる要素が見つからないのです。某が考えるには兵力と
して十倍以上の差、物資も大筒をはじめ、海軍も鉄鋼船とよばれる
船もあるそうです﹂
流石は知の片倉景綱。冷静な眼を持っている。が、政宗自身がそ
んな軽率な考えを持っているとは思えない岡本有輝だった。何かき
な臭い感じもするがここは、
﹁分かりました。一緒に黒川城に参りましょう﹂
﹁って岡本様
本気ですか ﹂
盗み聞きしていた茂吉が入ってくる。本当は打ち首ものだぞ。
﹁そうだ。さっさと支度しろ。真壁殿にも伝えないとな﹂
﹁ありがとうございます。これで、某の肩の荷も下りました﹂
意外と安請け合いしてしまった岡本有輝。片倉景綱と共に奥州に
向かうことになった、彼の運命は いかに? 竹取物語 の意味は ?
次回、最終章にご期待あれ!
?!
?!
34
あとがき
今回は入稿が遅れたうえに、急な打ち切り漫画のような展開に持
って行ってしまい、楽しみにしている読者みなさまに申し訳ありま
せん⋮⋮
35
読者アンケート
①
会誌全体の感想について当てはまるものに丸をつけて下さい。
詳しい感想があれば、(
5、とても良い
)内にお書き下さい。
4、良い
3、普通
読みやすさ
5・4・3・2・1
面白さ
5・4・3・2・1
表現力
5・4・3・2・1
2、悪い
1、見るに堪えない
(
気に入った、もしくは気に入らない作品があれば一つあげて
キリトリ線
②
)
あてはまるものに丸をつけて下さい。
詳しい感想があれば、(
作品名(
5、とても良い
)内にお書き下さい。
)
4、良い
3、普通
読みやすさ
5・4・3・2・1
面白さ
5・4・3・2・1
表現力
5・4・3・2・1
2、悪い
1、見るに堪えない
(
③
)
今後の文芸同好会の活動について、ご意見・ご要望があれば、
自由にお書き下さい。
(
)
アンケートの回収については、配布箱に付いている封筒へ入れて下さい。
ご協力ありがとうございました。
36
寄稿者大募集!
あなたの作品が会誌「文風」に載る!
今月から寄稿者コーナーが始まりました。
希望者は、下記寄稿先メールアドレスに、ファイルを添付して送
信して下さい。
なにか質問や不都合があれば、メールで承ります。
寄稿規定
1、35 文字×36 行 2、最大 5 ページ 3、縦書きを前提とする
4、ペンネーム明記 5、アマチュアであること 6、創作である
こと(二次創作を含まない)7、100 文字以内のあとがきを添付す
る(規定1・2の字数に含まない)
掲載されるのは、最大、三作品までです。
希望者多数の場合は、厳正な審査の上、選考とさせていただきま
す。掲載の折には選考基準を明記いたします。
(寄稿作品が三つを超えない場合、選考基準は明記されません)
10 月(神無月)号の締め切りは、9 月 16 日火曜日までです(都
合により変更の恐れあり)
。また、寄稿が締め切りに遅れた場合は、
11 月(霜月)号に掲載されることになりますので、ご容赦下さい。
寄稿先 0713003@tsukuba-g.ac.jp
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伊藤
活動内容
・個人制作
・会誌制作
・文学についての考察、討論 …… etc
活動場所
新共用棟6号室
活動時間
毎週木曜
午後一時∼
部員随時募集中です!!
また、前回の会誌を読みたいという方。
文芸の HP にて、これまでの会誌を公開しています。
これから随時更新予定なので、是非、ご覧になって下さい。
感想、ご意見、ご質問等などはこちら。
文芸 HP:http://www.tsukuba-g.ac.jp/s/bungei-tgu/
連絡先:0713003@tsukuba-g.ac.jp 伊藤まで
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