目金柑少年 53 次 Ⅱ Ⅰ 重力と対話する記憶の糸をたぐりよせて成立させたくなるなにものかを求めて他の国々へ 36 パリへの飛躍 ︑ 欧州への跳躍山海塾の設立 17 東京のカオスに浮かぶ 10 海浜から 3 26 46 51 vii 1 目次ダンスと身体共鳴と共振 78 79 一歩表か遥つ情がかの行とみ彼像感の方 76 情隠か喩ら 77 74 のの彼ひ方びへき 73 71 ゆ海常闇卵花虹面るはににをとのや滝揺沈立 59 二裏かれむてツな 66 て静るの 56 振い寂こ環動るとのと場 62 かた動のらめ揺なののか儀 60 うで式ちに 64 57 68 viii 目次 Ⅲ 鏡のない稽古場息の行方を探る 137 134 フォーカスとアウト・フォーカス 131 仮意床自想識面動性ののと袂糸可他袒変動所有 123 性／テしな 119 ンいシ所ョ有ンと 127 リラクゼーション沈黙の劇場 110 白についての再考差異と普遍性終わりなき問答 97 106 84 114 95 ix 場身やに体さてとし仮く 91 想・て 86 いねい山海塾あとがき作品 162 他者の記憶のなかで宙に浮かぶブリッジ 154 149 人と人間 146 日本の古語と身体のルーツ実像と鏡像の交感 140 143 Ⅰ ・ Ⅲ 聞き書き＝岩城京子 159 x Ⅰ 記憶の糸をたぐりよせて Ⅰ もちろん兄や妹とも楽しく遊んだ事実は覚えているのだが ︑ それよりも自分ひとりで自然と対峙したと海浜からと十歳下の妹とともに暮らしていたのだが ︑ なぜか兄妹と遊んだ記憶はあまり鮮明には残っていない ︒ 3 漁師たちの生命力で ︑ 町全体が素朴な活気に満ちていた ︒ そんな小さな田舎町で ︑ 私は父母と年子の兄そしてその戦争の残香から早く抜けだそうと奔走する人々のみなぎる力 ︑ 日々食べていくことに懸命なこは横須賀のなんてことない漁師町で ︑ 私が生まれた一九四九年はまだ戦後の煤けた匂いが残っていて ︑ まわっても ︑ いつまでも自分の脳裏に刻まれて消えないのは ︑ やはり生まれ故郷に広がっていた海 ︒ そ十六のころまで家族とともに海辺に隣した小さな町を転々とした ︒ ただどれほどいろいろな海を見て原風景を掘りおこしていくと ︑ こうした不思議な身体感覚を伴う記憶がふっくらと蘇ってくるのだ ︒ ができないのか ︒ なぜ水は空気より重く ︑ 手を浸すだけで奇妙な圧迫感を覚えるのか ︒ 自分の内にある説明のつかない漠とした疑問を持つことが多かった ︒ なぜこの陸の際から一歩進み ︑ 水の中に入ることそのゆるやかに傾斜した波うちぎわで ︑ バシャバシャと水を叩き遊んでいた ︒ 幼い私はよくそんなとき ︑ 記憶の糸をたぐりよせていくと ︑ あの海浜に辿りつく ︒ 生家の前に広がっていた穏やかで美しい海辺 ︒ 海浜から｢そういえばゆうべは暑く ︑ 寝苦しく ︑ 闇に向かって眼を見開き ︑ なにか恐ろしい質問をしてしまっン・ノートにこう書き記した ︒ か ︒ ちなみにこの恐ろしい感覚は後年﹃金柑少年﹄の創作に際し自分のなかで蘇らせ ︑ クリエイショの向こうからは無限に繰りかえされる波音が耳に響いてくるのに ︑ なぜ自分の生命には終わりがあるのてしまったのだ ︒ 楽しい日々は永遠につづくと思っていたのに ︑ なぜ終わらなければならないのか ︒ 風ミットがあることを忽然と知ってしまった ︒ あるとき ︑ 死に対する疑問がふっと闇の中から芽生えてきしかしある夏の夜 ︑ 遊び疲れて寝ていたあるとても暑い夜 ︑ ふと夜中に目を醒ましその〝永遠〟にリな曰く言い難い感覚までも抱くようになった ︒ からその太陽の昇り降りのリズムが ︑ 人間の生死の循環と重なり ︑ 自分の内にまで入りこんでくるようの淡々とつづく連続性が ︑ いつまでも終わることのない永遠のように感じられたのだ ︒ そしてあるとき日の日の出と日没に ︑ 否応なく接することになる ︒ 幼い私にはこの海と溶け合う太陽の繰りかえし ︑ そ残っている ︒ 海辺では夾きょ雑うざ物つぶがつないため ︑ 水平線までまっすぐに景色を見渡すことができる ︒ そして毎体の文脈はぼんやりと忘れてしまったが ︑ なぜかこの一節だけが私のなかに幼少期の記憶とともに深く永遠が ︑ 海と溶け合う太陽が ︒ ｣ ( 小林秀雄訳 ︑ 岩波文庫 ) という一節があることを知った ︒ いまでは詩歌全後年のことになるが ︑ 私はアルチュール・ランボオ﹃地獄の季節﹄の詩に﹁また見つかった ︑ 何が ︑ きの感覚 ︑ 初めて水に接したときの記憶がはっきりと身体に残っているのだ ︒ 4 Ⅰ ールに組みこまれるよりも﹁どこか違ったところで生きたい ⁝ ⁝ ﹂という想いを ︑ 幼い私は漠然とたず海浜からうした競争原理のレールに乗りたくない﹂という反発ないしは疑問がどこかに潜んでおり ︑ そうしたレ 5 たわけで ︑ そんな彼らが息子に安定を求めたがる気持ちはよくわかる ︒ けれども私のなかには逆に﹁そう暗黙の期待をかけられる ︒ もちろん親世代は ︑ 戦前・戦中・戦後という大変な時期をくぐり抜けてき周囲からはそうした競争相手を蹴落とし ︑ 高倍率の受験戦争に競り勝って ︑ 一流大学に進むようにとい進学していくにつれ ︑ 学校そのものの数が減るため ︑ どんどん学年あたりの人数が増えていく ︒ そして同年齢の子どもが多いかということを哀しいほど思い知らされた ︒ しかも年齢を重ね ︑ 中学校 ︑ 高校と私はいわゆる戦後のベビー・ブーム世代で ︑ とにかく学校に行きはじめると同時に ︑ どれだけ自分とう自由闊達な表現に身を浸すことを後押ししたように思えるのだ ︒ らない ︒ つねに私のかたわらには ︑ この自由で雄大な海浜の風景がそっと寄り添っており ︑ ダンスといて振り返ってみると ︑ この横須賀の広大な海浜がどこか人生の揺籃期に影響を及ぼしている気がしてなていくこと﹂に必死だったくらいだ ︒ ではなぜこのような仕事に ︑ いまついているのか ︒ そうあらためそもそも父も母も特に芸術に携わる仕事についていたわけではないし ︑ 周囲の人々も皆むしろ﹁食べただダンスに対する好奇心は ︑ まだこのころは現れていない ︒ た気がする﹂あれは高校のダンスパーティーのとき ︒ 当時日本ではあまり誉められたものではなかったパーティーのに触れることになった ︒ のほうが幾倍も大切になっていったほどだ ︒ そしてまた ︑ この愉しき高校時代に初めてダンスというもアーチー・シェップにかなりのめりこんだ ︒ 正直 ︑ 学業よりも段々と ︑ こうした音楽に身を委ねることそのころはフリーのジャズが流行っており ︑ いっときはジョン・コルトレーン ︑ マイルス・デイヴィス ︑ 友人と訳もなくつるんだり ︑ 二十四時間営業のジャズ喫茶に好んで入り浸るようになったり ︒ ちょうどた ︒ だがそのころから ︑ 私のレールからの脱線にはさらに拍車がかかることになる ︒ 演劇を志しているこのヨット購入計画は ︑ その後すぐ ︑ やや内陸地の鎌倉へ引っ越すことが決まり儚くも潰えてしまっくり出そう ︑ という大望を抱いていたほどなのだから ︒ てしまえばいいのに！﹂とさえ思った ︒ なにせそのアルバイトで貯めたお金でいつかヨットを買い海にほうが ︑ 正しく自分の時間を過ごせているように思えた ︒ だからあるときなど﹁このまま時間が止まっ学校で競争相手に囲まれ勉学に励む毎日よりも ︑ 朝から日が暮れるまで懸命に働くその浜辺での毎日のト屋の仕事に従事することになった ︒ 仕事といえどもそれはまさに心躍る日々であり ︑ なぜか私には ︑ そのころはまだ十代半ばで ︑ やはり海辺近くの小さな町に住んでいて ︑ そこで夏の数か月 ︑ 貸しボーこの曰く表し難い気持ちは ︑ ある夏のアルバイトをきっかけにさらに明白なものとなった ︒ さえていたのだ ︒ 6 Ⅰ ﹁やはり大学には行くように﹂ ︒ しかしそのころは既になんらかの形で﹁表現していきたい﹂という茫漠海浜からに心を近づけていくようになっていった ︒ だがあるとき父が再び ︑ レールに乗ることを勧めてきた ︒ 7 出していた ︒ そしてジャズや演劇 ︑ ロックとリズム＆ブルース全盛のディスコに ︑ 知らず知らずのうちきなかったのだからしょうがない ︒ そう ︑ 十代の私はこのような好奇心の赴くままに様々な場所にくりけれど﹁米軍基地の中を覗いてみたい﹂という心が疼くような好奇心にはどうしても打ち勝つことがで国人家族と親しくなったりもして ︑ いま思えばあまりにも身勝手な自己矛盾を抱えていたように思う ︒ いた時代の話だ ︒ そういえばあのころは反戦デモに友人と参加すると同時に ︑ 海で知り合った軍属の米これが六〇年代半ばごろの話袂袒 ︒ 周囲を見渡せば ︑ いたるところにベトナム反戦の匂いが渦巻いて初めてダンスステップというものを学ぶことになった ︒ やらずいぶんと踊りに行っていたらしい ︒ いずれにしろ私はそうして ︑ 意外にモダンだった母親から ︑ た ︒ 詳しく聞いてみると母は若いころにはダンスシューズまで持っていて ︑ 戦後のダンスホールへどうジルバを教えてくれたのだ ︒ それまでは母が踊れるなどついぞ知らなかったので ︑ これにはとても驚い行きたいのです﹂ ︒ すると母は﹁いや ︑ 踊れなきゃダメだよ﹂と緩やかに諭し ︑ なんとその場で簡単なに﹁おまえは踊れるのか﹂と逆に言葉を突きかえしてきた ︒ ﹁いいえ ︑ 踊れないけれど興味があるからという場に足を踏み入れるため ︑ 私はおずおずと母に伺いをたてた覚えがある ︒ しかし母はそんな息子父は話し合いの最初こそ ︑ 眼を曇らせこちらの意見に難色を示していた ︒ だが私がめげずに言葉を重ことができる ︒ 場を持つことにした ︒ 遠い昔の出来事ながら ︑ そこで父と交わした会話はいまでもはっきりと思い出すしかし両親はその決断に ︑ やはり大きな不安を覚えた ︒ そこで私は父と ︑ ある日 ︑ 静かな話し合いのを大きく駆りたてたのだ ︒ はない ︒ ただなんらかの形で表現活動に携わってみたいという素朴な気持ちが ︑ その養成所への好奇心あえず応募してみることにした ︒ そのとき特に明確に﹁俳優になりたい﹂という志を抱いていたわけで設機関が新しく設けられることを知った ︒ そして﹁第一期生﹂という新鮮な響きに妙に心惹かれ ︑ とりがらゆるゆると考えつづけた ︒ そんな日々の中で偶然にもあるとき ︑ 青あお山やま杉すぎ作さく記念俳優養成所という私った ︒ その後一年間 ︑ なにもせず﹁いったい自分はなにをしたらいいのだろう﹂と ︑ 心の揺れに溺れなたのだ ︒ ただそれはかなり決定的な出来事であったにもかかわらず ︑ 不思議と挫折感にはつながらなかまじい数の若者がその予備校に集まってくるのをみて﹁やはりダメだ﹂と一気にやる気が失せてしまっだが悲しいかな ︑ この大学予備校はたった一日でドロップアウトしてしまった ︒ 初日にあまりにも凄てもらうことにした ︒ た ︒ そこで両親をどうにか説得し一年の猶予をもらい ︑ 予備校に通いながら大学行きの決断を保留させたる希求を持ちはじめるようになっていたため ︑ この父親の提案にすんなり従う気持ちにはなれなかっ 8 Ⅰ 海浜からんとひとりで自活することを約束した ︒ 9 そうして父は ︑ 俳優養成所の三年分の授業料をすっと差しだしてくれた ︒ 私も父に ︑ 東京に出てきち十年はやりなさい ︒ そして十年経ってダメだと思ったら ︑ そのときにはちゃんと就職しなさい﹂｢おまえの時代は ︑ 自分で自分の将来を決めていくことができる ︒ ただやると決めたからには ︑ 必ずみちた思春期を思い出したらしい ︒ そしてだからこそ最終的に父は ︑ 静かに心を定めこう告げてきた ︒ と訴えてきた姿を見て ︑ 自分自身も当時 ︑ 戦争などに行かずやりたいことがあったんだ ︑ という希望に国に盗られてしまった人間なのだ ︒ だから息子が十九のときに﹁こういうことをしたいのです﹂と切々半まで ︑ 終戦を迎えたニューギニアの戦地から帰ることができなかった ︒ つまり青春の一番いいときを ︑ に ︑ 私の挑戦を認めてくれるようになった ︒ 父は二十歳のときに一銭五厘の赤紙で徴兵され ︑ 二十代後ね説得しつづけるにつれ ︑ 次第に ︑ 自分の失われた青春袂袒 ︑ いや奪われた青春を息子に託すかのようをバレエのバーレッスンから学んだり ︑ 足の捌さばき方を日本の仕舞から習得したり ︒ 別にそれそのものをに若いうちに無意識裡に触れられたことが ︑ 私の現在の視野を確実に広めている ︒ 例えば腰の落とし方なく ︑ 各ジャンルのとば口だけを広く浅く学習しただけなのだが ︑ そうして様々なジャンルの身体手法える ︒ 西洋の踊りも日本の舞いも ︑ いま思えば到底それはプロフェッショナルな次元と呼べるものではそれにここで学んだ様々な基礎技術は ︑ のちのち考えるとずいぶんと自分の糧になっているように思が新鮮で楽しかったのかもしれない ︒ ったわけだが ︑ それはなぜなのだろう ⁝ ⁝ ︑ なにか情報を頭でなく﹁身体でレシーヴする﹂という感覚エ・クラスも受けることにしていた ︒ だから結果的にいちばん力を注ぎ学ぶことになったのはダンスだッド ︒ しかも私は養成所の基礎授業に加え ︑ 自主的に外部で週二回のモダン・ダンスと週一回のバレレエの基礎 ︑ 地唄舞に仕舞 ︑ そしてなによりも私の身体感覚に影響を与えた野の口ぐち三み千ち三ぞうさんの体操メソニスラフスキー・システムの演劇 ︑ 演劇概論 ︑ グレアム・メソッドのモダン・ダンス ︑ クラシック・バ待望の養成所に入学すると ︑ 日々 ︑ 実践的な学習が怒濤のごとく私のなかになだれこんできた ︒ スタ東京のカオスに浮かぶ 10 あとがきの頃の海辺から山海塾の舞踏へ﹄をＩ ︑ Ⅲ 部とし ︑ いま一度文章の加筆修正などを岩城さんにお願いしにむけての小文と ︑ 古いノートにメモのように残っていたデッサンを添えて Ⅱ 部としました ︒ ﹃子ども 159 今回 ︑ その二冊を合本して独自の日本語版として刊行するにあたり ︑ ﹃重力との対話﹄に ︑ 舞台公演パフォーミングアーツ・ジャーナリストの岩城京子さんにまとめていただいたものです ︒ 数々のインタビューでこれまで語ってきた内容をまとめてはどうかとの提案から ︑ 聞き書きの形式で ︑ フランスで出版された右の二冊のうち ︑ 前者は﹁精神のいぶき﹂というシリーズの小冊です ︒ 後者は ︑ ( 天児牛大﹃子どもの頃の海辺から山海塾の舞踏へ﹄アクト・スュッド社 ︑ 二〇一三年 ) A C T E S S U D , 2 0 1 3 U s h i o A m a g a t s u , d e s r i v a g e s d ’ e n f a n c e a u b u t ō d e S a n k a i J u k u , p r o p o s r e c u e i l l i s p a r K y o k o I w a k i , ( 天児牛大﹃重力との対話』﹁〔精神のいぶき﹂シリーズ〕アクト・スュッド社 ︑ 二〇〇〇年 ) U s h i o A m a g a t s u , d i a l o g u e a v e c l a g r a v i t é , “ l e s o u f f l e d e l ’ e s p r i t ” , A C T E S S U D , 2 0 0 0 あとがきくださった岩波書店の木村理恵子さんに感謝申し上げます ︒ 天児牛大の気なしに渡したところ ︑ あれよあれよという間に合本として提案くださり ︑ 構成 ︑ 助言も含め進めて仏版の二冊に目を留められ ︑ 日本語の原稿がありましたら読ませていただけませんかと問われ ︑ なんじめとする他の国々の劇場および関係者の方々へは感謝の念にたえません ︒ 活動の根幹です ︒ づけてくれている蟬丸をはじめとする踊り手 ︑ スタッフ ︑ 舞台公演を主催してくださっている日本をは舞台作品は一人の作業では成立しません ︒ 山海塾創立時からのメンバーであり常にその根幹を支えつ逢いの中でも大変意義深く大きなものです ︒ 至るまであまたの教示をくださり ︑ 創作への姿勢と勇気づけをいただいていることは ︑ 私にとっての出との出逢いによって ︑ 今日があるように思われます ︒ 中でも画家中西夏之さん ︒ 絵の立場から ︑ 現在にま麿し赤た兒 ︒ さんとの出逢いに始まり ︑ 多くの方からの刺激を受け山海塾創立に至り ︑ その後も思わぬ人々 160