1995年2月号(No.167)

ISSN 0285-286I
〈研究紹介〉
影で宇宙を診断する
大阪大学理学部池内
ビ y グパン 7'1由'がえf モフによって提案されたと
了
シナリオを降立しようという立場て二観 il\ll :,(が飛
き,直ちに二つの雛|問が指摘された。一つは司有
械が]に!fi lm した 80年代から多くの研究が出始めた。
限年齢の宇宙なら.当然,いかにして 1 ・宙が誕生
私も,爆発が引き令となった銀河誕生のモデルを
したかの説明がなされねばならないこと。もう一
1981 年に出して以米,必 j-:'I市の数少ない草Jl. illi! を手
つは.一僚で等方であるはずの字市に.どのよう
がかりにして,銀河形成やその初期進化を調べる
にして精進が生まれたかの問題である。 l時刻l セ'ロ
研究を続けている。
と現イ正という,宇宙時閉め 0111 端における物質の状
いたるテー "?Ii ,
7 エーサーのスペクトノレ中に
態についての難問といえる。前者は素粒下的宇宙
見られる吸収線の解析を通じて
論,後者は観 iW! 的宇宙論と呼ばれ,現イ1 もなお宇
河 l間二2;.銀河間のガスの物理状態を明らかにする
宙論の中心課題である。典型的には,ホーキング
問題である。吸収線は,クエーサ
のベビ
サーと私たちの問に分布する銀河や銀河問のガス
ユニパースが前者の"?ーガレ y ト・ゲ
ラーの泡情造がf産省の,
1980年代に大きな話題と
なった研究成果である。
や芸の吸収によって生ずる。いわば
彩の濃さ( I吸収体の密度),
観測的宇宙論は.現:{Eの宇宙の姿から過去へと
1童万の銀河や銀
の光がクエー
r 彩」である。
~~の幅( I吸収体の温度) ,
;拶の数の H寺|目l 変化( I吸収体の進化)などから,銀
観測を通じてたどりつつ.理論的には,銀河やク
河や銀河|甘l 物質の物製状態を採ることができる。
エーサーのモデノレを設定して必然、 (Il) な字 'di i11i化の
「計五を利用して遠宇宙を診断する」のだ。実際,
-1 ー
それらの天体が発する光は弱すぎて像は蛾れない
ところで,絡止系のライマン・アルファ卸線の
が,影なら捕らえられるというわけである。
主として.
波長は 1216 オングストロームで紫外線級であり.
7 エーサーの水素原子( H I)からの
宇宙膨岐によって可視光の波長にまで亦方偏移し
ライ 7 ン・アルファま車線の短波長 1P.IJ に多数見つか
たものが地上望遠鏡で観測できる。従って.宇宙
っている「ライ 7 ン・アルファの森 J と呼ばれる
の亦方偏移 z が 2 以上の宇宙を調べることになる。
吸収線の起源について調べてきた。その III ガスの
近くは見えずに速くが見えるのだ。また司
柱密度やド y プラー幅から求めた吸収体のガスの
イオンの吸収線も e lVや Mg I1の 7 プレ y トて
B
E霞量 J川じ=索
転
密度や温度から,これは質量がI0 5- M0 の天体て'
されていて'それらも紫外線域にあって z の大き
あることがわかる(球対粉、を仮定している)。典明
い領』戒を観測している。
1990年にハップル字面望遠鏡 (HST) が打ち上
的な銀河の質なの 1010-11 ~と比べると圧倒的に
小さく.これらは銀河 i悶の雲て'あろうと推測され
げられて
る。観測されている吸収総の数から.銀河の 1000
ようになった。 liST のキー・プロジェクトとして
倍以上もの例数寄 IS<'であることがわかる。多数の
クエーサーの吸収線系の系統的観測が取り上げら
銀河問の主が宇宙空間に漂っているのだ。
れ,主JUlIiJ 時間が優先的に割り当てられている。そ
この雲の 1山立は 1 万度以上で,
自らの重 1; では
z が 2 以下の近傍の宇宙が観測できる
の1fi_嬰な結果として司次の二つがある。
閉じ込めることができない。従って.何らかの 11
その一つは
z が O から 2 まて"の近傍 'j ・ rti のラ
でこれを閉じ込めないと自由膨娠してしまい.~
イマン・アルファの森の数が
illリて'きないはずである。そこで. (1)芸を取り巻〈
宙から,妊長した数と比べて 10倍以上も多〈存在し
jllinl 問のガスの尽力で閉じ込めるモデル(これは
ているという結栄である。銀河 II日の 22 が多数漂っ
我が銀刊I 系ハローに存イE する雲のモデルとして 19
ており
50年代に従突きれている),
の.I'll 由は,£・の進化が何らかのl1l\ FH で公化したか.
(2) 冷たいダーク 7 タ
z が 2 以上の遠宇
r 宇宙'は.なお曇っている J のである。そ
ーが芸に f・J- lI;1i しており.そのilI. 1;で閉じ込めるモ
i卓'下宙と近傍の宇宙で異なった主:に入れ換わった
テソレ(ミニハロ
か. "')\、ずれかであろうと A号えられる。弘の解釈は,
と呼ばれている) ,の二つを悦楽
した。その作々で去を l 万度にまでH畳めているの
7
Tf.t紫外光が
は.
いうものである。このため'王の 1副主が下がり }.j 命
クエーサーから放出された繁外線を重ね合わ
せた 1r:;;t紫外光である。
z - 2 を境にして急速に減少したと
が付1 びたと考えるのである。実際.
7 エーサーの
空間密度も z - 2 で急速に減少しており.
7r .fr::紫
外光もそれに比例して減少したとすると白然であ
る。むろん,この解釈だけが唯ーではない。近傍
のライ 7 ン・アルファの fib' 銀 inl と関連があると
いう観 iUlI も出されており,まだモデ J レが雌立して
いるとは言い難いからである。
もう一つの HST による草委な結果は司ヘリウム
が 1
I
n
l
<t脱したイオン
(He
I)
に
よ
る
連
続
I吸
収
の
観
測
て
"
あ
る
。
こ
れ
は
通
常
ガ
ン
ー
ピ
ー
タ
ー
ソ
ン
・
テ
ス
ト
と
呼
ば
れ
て
い
る
観
i
l
I
NASA のハッフル宇宙望遠鏡 (HSTl 。これま
でよりずっと遠方の銀河ガ群細に観測できるので,
宇宙の昔の姿ガ少しずつ解明されてきている。
(編集蚤員会揮入,写真
NASA 鑓供)
'l で
,
銀
iul 日1
~
1
日l に
ー
憾
に
分
布
す
る
ガ
ス
が
存
抗
し
て
い
る
場
合
.
そ
の
ガ
ス
中
の
原
子
の
l吸
収
線
が
重
な
リ
作
っ
て
と
H
i
e
で
き
る
だ
ろ
う
と
い
う
予
想
で
あ
っ
た
。
初
め
は
.
水
JJ;\ 了
(
-2-
l吸
収
と
し
て
検
出
-/I;.
HI
)
の
ラ
イ
7ン
・
ア
ノ
レ
フ
ァ
線
に
つ
い
て
提
案
特
に
興
味
深
い
の
は
されたが,これまで上限値しか件られていなかっ
た。そのため銀河|問ガス l 万度以 1:1こ加熱されて,
h
i 同
移
ほぽ完全屯離の状態にあると考えられていた。
に l吸
収
体
の
数
が
!
I
"
I
力
HST は.
れ
も
'7エーサーからの He II のライ 7 ン・ア
CIV
z が 2 以
上
で
は
H
S
T
'Ii 時 11 )
と
J七
2 以
下
で
は
減
少
す
る
(
こ
の
成
果
で
あ
る
)
と
い
う
針
妙
な
振
る
舞
い
を
ポ
す
。
他
の
す
べ
て
の
波長 IJIIjに述統 l吸収が起こっていることを検出した
が
減
少
す
る
(
宇
宙
膨
娠
に
よ
っ
て
空
間
密
度
が
下
が
り
のだ。初めて銀河!日Iti スの存在が維認、されたこと
検
出
本
が
下
が
る
)
こ
と
を
巧
え
れ
ば
,
銀
河
進
化
の
何
になる。この結果と HI のガンーピーターソン・テ
ら
か
の
特
徴
を
表
し
て
い
る
と
思
わ
れ
る
。
こ
の
ストの t 限f也および caBE によって得られてい
l吸
収
は
.
若
い
銀
河
の
ハ
ロ
ー
に
広
が
る
ガ
ス
に
よ
っ
て
る宇宙背来輯射の黒体分布からのズレ( y パラメ
生
じ
て
い
る
と
ーター)の I'. 限値を用いると,銀河|問ガスの t且 IX>.
映
し
て
い
る
と
す
る
モ
デ
ル
を
計
り
ー
し
て
い
る
。
ハ
ロ
ー
や官 l交の仙の申I~ をかなり厳しく制限できる。
の
ガ
ス
は
銀
河
内
総
の
l吸
収
体
が
.
宇
宙
l時
間
と
共
に
数
CIV
の
J号
え
ら
れ
て
お
り
.
ハ
ロ
ー
の
運
動
を
反
JI~.'t.
hlt の i ,
f
;
!
I
i
!
J
と
強
〈
関
連
し
て
い
る
か
ら
.
若
い
銀
河
の
進
化
過
院
が
予
測
で
き
る
の
で
しかし.新たな問題が生じてきた。 liST の観測l
は
と
与
え
て
い
る
。
から.銀河!日Iff ス中のヘリウムがほとんど 1 lui 電
こ
れ
ら
の
観
測
的
宇
宙
論
の
研
究
は
外
国
の
デ
ー
タ
を
2 回 'Iii離までイオン化がi並んで
いないことカ q~1 らかになったことである( 2I司'屯
も
と
に
し
た
型
論
的
解
析
だ
が
.
そ
れ
か
ら
一
歩
踏
み
出
し
離までイオン化が進んでいると. lI ell の述絞l吸収
て
.
白
ら
デ
ー
タ
を
得
て
そ
れ
を
解
析
す
る
万
が liST によって倹山されたほど ~rtl
z の
減
少
(
字
I し.
ルファ線にあたる 304 オングストロームの輝線の短
離の状態にあり
の l吸
収
線
系
で
,
宇
宙
の
亦
<}色じなし、から)。
Ifl] を
進
め
て
い
る
。
ア
メ
リ
カ
の
グ
ル
ー
プ
と
共
同
て
ー
進
め
て
い
る
ところで,銀河川ガスの 1m 熱 iJj;!は.やはリクエー
υ
S
S
サーからの紫外線放射のiii:ね合わせである iT l;t 紫
u径2.5m の専肘笠速鋭に CCD モザイクカメラを
外光と与えるのが自然、である。とすると.そのス
取り付け.北の Jd或の π ラジアンの純 Itij で 5 年 IHJ
ペ 7 トルは 7 エーサーと同じソフトなスペクトノレ
かけて 19 等までの銀河や 7 エーサーをサーベイす
(強度が振動数についてー l のベキで友される)
る。さらに,それらのスベクトノレを織って. 800 メ
とf- :l!,!される。ところが.このスベクトルだとヘ
リウムのはとんどは 2 同屯離されてしまう。 lie
の
ま
で
イ
オ
ン
1ヒ
が
止
ま
る
た
め
に
は
.
2
サ
ー
ベ
イ
)
ガパーセクまでの銀河の大応分布や.
I
dt 凶i で
あ
る
。
クエーサー
の吸収線データをこれまでの 10 倍以上に榊やす計
画である。現在.科研 'I~ の特別推進研究て・CCD カ
7-r 1i( 紫
外
光
の
ス
ペ
ク
ト
ノ
レ
の
ベ
キ
は
(
デ
ジ
タ
ノ
レ
・
ス
カ
イ
ノラを作っており.秋からの試験観測に向けての
よ
り
小
さ
く
な
け
れ
ば
な
ら
な
い
。
そ
れ
で
は
ク
エ
ー
サ
ー
か
ら
の
紫
外
線
の
重
ね
準備を進めている。おそらく 21 世紀の天文学は.
合
わ
せ
で
説
明
す
る
こ
と
が
で
き
な
し
、
。
ク
エ
ー
サ
ー
以
この DSS データをもとに「すばる J や liST を駆使
外
の
ハ
ー
ド
な
ス
ペ
ク
ト
ル
を
持
つ
紫
外
線
源
が
存
住
す
した観 i([lWJ'-f:i±i論が花を咲かせるだろう。それら
る
の
か
.
何
ら
か
の
l吸
収
が
あ
っ
て
ス
ペ
ク
ト
ノ
レ
が
;
急
に
の研究の),1;礎十j けができればと考えてい。
な
っ
て
い
る
の
か
,
今
後
の
課
題
で
あ
る
。
以
|
二
は
.
(いけうち・さとる)
銀
河
1m の 2・
が
ガ
ス
を
起
尚
;
*
~
だ
が
,
遠
)j r
T
)
銀
河
そ
の
も
の
杉
は
.
ネ
ン
ウ
ム
の
l吸
収
線
と
考
え
ら
れ
て
い
る
。
こ
れ
ら
の
j己
ぷ
は
lと
す
る
場
千
干
の
!*:,{ミや
JI. に
よ
っ
て
作
ら
れ
る
か
ら
.
あ
る
。
こ
れ
ら
の
吸
収
線
系
を
7グ
制集委 μ 会よリ一一一一いつも lSAS ニュ
il
読していただきあリがとうございます。
1況
に
尾
の
進
化
が
進
ん
だ
紡
*
・
,
銀
河
内
の
(
太
陽
組
成
の
一一-0- 0 一一-0 一一-0--0--0 '-0 ー
Jl lI il ti ス
に
10 分
の
スを愛
4 月号か
ら A 4" 司l で発行いたします。
if 元
素
が
か
な
り
これを機により一層の紙 l而充実を目指しますの
l 脱
皮
)
含
ま
れ
て
い
る
か
ら
で
でご期待下さい。執筆者の皆憾,こ: thl,力お願いい
H寺!日
l系
列
で
見
る
と
.
j
H
たします。
ill の
進
化
を
追
跡
す
る
こ
と
が
で
き
る
。
q
a
お知らせ XX****XX~XXXXXXXXXX~XXXXXXX 菖虫
食研究会・シンポジウム
*教官人事異動
発
令
年
月
日
|
大気圏シンポジウム
開 fit
u
、ド成 7 年 3 月 6
場
所
'j':'1山科学研究所本館 2 階会議場
n01ト
7 f:l(刈
n
杓虎 7 年 3
場
所
'j-:'ri
J8f
:
l
(
I
j
(
)
-9
i科
学
研
究
所
本
館
(
所
内
昇
任
)
TfefI| 宇宙輸送研究呆
場
"
l 防本首JOYI
日(,f.;)
10
n(剣
1)~ Jf m II
、 I' 成 7 年 3 月 16 日(村
場
所
下
山
科
学
研
究
所
本
館
日~Jfm 日
'F 成 7 年 3
場
所
憤
浜
|
封
、
〉
ー
大
"
f
:
;jfIJ
3 月
・
川
係
0
4
2
7
(
5
1
)
ぬI
1
5
T.'!
2
5
5
3
0
PLANET-S
2
3
4
1
0
M-34-2TVCJ
に
似
ら
れ
て
い
る
。
故
近
.
宇
宙
号機の打ち上げ
めHち
七
げ
ら
れ
た
附.f iL J.>細かい肉体微粒チが存イ
rし
2
2
3
5
)
2
0
2
5
3
0
lit の Jt をすかして
tti はダストド
1 'ri;J;欣射の鋭
COBEl
街
並
は
さ
ら
に
IMI) の
た
flU 品
(
5ュ
1
0K)のダストカずあるらしいことを'1'した COB
ない。今岡の'夫験は国立天文台のグノレ
J54 えられている。これらの
IH lj5 三:として観
也 U"' 妓
ぷ
験
E のllI. il\l)では視野が 71主と広〈詳しいことは解ら
呆の形成.ひいては太陽系や惑lJl.の形成に大きな
る。それがこの
,
f, 1
5
6
)
(NTC)
'f ・宙空間には宇宙賂(ダスト)と
に見える附,
C同
M-V
*5-520-17
ダストはかつては.
B
.
月
1
5
(1 宙研)
I具l わりを持っていると
J
H
2
I: ヶ
谷
区
常
純
(
内
線
PM 総
合
ぷ
験
肌里町 j
(
U
日
科
大
学
院
\l 昨 j宝
械
4
2
0
1
8
H
4 月)
月
3
1
0
f
ド 'Iii 推進研究率、
助教授
)
J1
6f
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l(村
(
償
浜
市
保
1 附
入
札
不
台
ロ
ケ
ッ
ト
・
衛
星
関
係
の
ス
ケ
ジ
ュ
ー
ル
(
倒防 4引 I
克晶 DJJ
博止|下両推jji 研究呆
研
究
快
及
ひ
7・ M 究
所
研
究
協
力
説
J
U
,
r,
'f:Ui ぽ世 I 学研
衝撃波シンポジウム
宇
宙
科
学
企
画
情
報
解
析
シ
ン
ポ
ジ
ウ
ム
ミ~
克 ,Uh
教授
(
0
5
5
9
) 85-2
1
1
1
5
下山探仕 l二 F 研
克長助教校
観測所助教段
7
.2
. I l 八川
'
I
.
:
jI
:+
'
1
1fNランド(中小企革研時七ノ 7-)
|日 j 介
せ
先
.
宇
宙
科
I
'''',ii探査 L? 研
l 織山幸嗣|鹿児品川空間
2 階
会
議
場
7年3 月 8 日
(
*
ト
所
子商楠送研究晶
D
h
T
'
助教 t1
宇
宙
圏
研
究
会
J) ~J H~ f
:
l
、
p
:
成
日i旧
)
鵬
異
動
事
項
氏
名
7
.I
. I l 制S
宇宙エネルギシンポジウム
|羽 H~
司e
11\1分解能を 0.2 度まて-~ I:可め.また
JU 絵のよう
プが.空
311e 冷凍機を使
って絶対 1副主 0.3K まで冷却されたボロメターによ
11\1) されてきたものであ
l らが出す熱波射を,
A~
って検出感度を改著してオリオン l ,t'lt の中での冷
外科 l て'観測することができるようになり明るい亦
た,, 'j': 'di・践の分布と特性を村点。 lこ I1lUl\lj しようとす
外線 1己主として
るものである。オリオン HI--E は濃いガス 25 に取り
III 篠弘ることができるようになっ
た。!皮射される熱}点射はダストの温度で決まり.
1
f
t
AS な
ど
で
は
飢
以
|
ご
)
で
l£tの
111Iまれていて .
11\1) i庄
長
が
遠
亦
外
線
(
l
00 ミ
ク
ロ
ン
1Jわ
れ
た
の
で
司
得
ら
れ
た
↑
月
報
は
比
較
的
沿
r,', ij v 、
(
そ
れ
で
も
絶
対
以
皮
の
,A-, 外科i の!ill. 11Iリなどで多くの!忠始 JT~.
が見つかっている j-~j 所である。
'j ・ 1 川区はこれらの
カ'ス芸の冷却.収納に深い|矧わりを持っていると
50-60K)
ダ
ス
ト
与えられておリ,その車古巣である3- 1 \ の形成 i的 fit の
-4-
がじゃまになるので.太陽が丁!立地球の反対 11111 に
あり.しかも月が望遠鏡の悦野から速いときでな
いと難しい。そのため,打ち上げ時刻l はこの時期
数 H 聞の午前 1 1昨という条件がついている。
n ち卜げ準備作業は F 定通り順調に&iんたずが,
当初I)f 定した 1 )128 日の午前 1 II与打ち上げの約 l
時 IHI 前に.突然地上系のー青1\ に部品の劣化から不
調i が生じ,打ち卜げは矧 I~ の同 H年釦l に延期i された。
判I.~, :1'[の倣伎の努力で,判明には完全に修復さ i し
|分なd1!,j ~,~もおこなわれて再び打ち上げ準備は終
研究に欠かせない観測対象であリ.観測には大き
った。幸い翌日も前日に劣らぬ快時に必ま tl.
な期待がかけられていた。この実験は昨年度行わ
ケントは~釦l に発射さ tl. 鋭iIl'J(立全て成功した。
れる子~であったが.
験の段階てで
t反 ill1J.
1.打l ち上げ Iii
同時にセスナ機による,深夜の海上での回収体
I'釘常による llle 冷凍機の J副主
上昇が懸念されたためやむなく実験の延期をもため
のIt索もはじまったが.Th凡できず司セスナ機は
給 illl のため一時雫浴に刈った。
1H29 日午前 10時現品。まだ回収体が発凡されて
たらのて:昨年一年間改良を加え.今年皮肉挑戦
したものて'ある。
-I)ち I: げは.
いないのは心残リであるが,今年 l主力止後のロケッ
--f.定よリ 1 日j!量れの I
30 分
に
行
わ
れ
,
ロ
ケ
~
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作
し
.
目
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の
観
測
器
と
も
に
正
常
に
動
i主
鋭
は
オ
リ
オ
ン
10 ・
の
術
域
を
安
勢
f
1
ー
ベ
イ
観
分
布
と
[
J
231
:
12
1
1
L
r
に深〈感謝する次第である。(小川 l京嘉明)
JI~ 芸
を
取
り
阿
む
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10 ・
×
*冥土への広き門
系
の UJJ け
を
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日
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な
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実
行
し
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オ
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J副
主
に
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刻
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l雲
内
の
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き
た
。
尚
,
実
験
終
了
後
,
共
通
計
器
部
は
パ
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の
受
信
,
J盟
索
,
説
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ヘ
リ
コ
プ
タ
ー
に
よ
る
サガミハラ共和国の共 fl~ です。
3 時限桃成.各時限に 2 人の議師で\映画{,j き.
実
験
を
終
え
る
こ
と
が
で
き
た
。
(
奥
miti
川l 仲II は.以下のとおりでした。
1II糾I.N
号
機
は
.
地
上
か
ら
で
は
観
測
で
き
な
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紫
X線
の
ilil.
P
L
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ム
イ
オ
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よ
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験
.
微
小
1
1
'
\
力
それぞれ入れ答え制です。各時限のタイト Jレと品
之
)
号
機
の
打
ち
上
げ
外
線
と
極
端
紫
外
線
(
紫
外
線
と
軟
で
の
天
体
観
~反尾太郎
2 時版元~~,の世界
小!引件~~.的I:IJ r
.
'
i-f
i
l
l
l株
の
性
能
式
l 分iJlf
~II if主する X 線天文'芋
井上一.
衛
星
に
搭
載
す
る
ヘ
リ
'I' 性
水
ぷ
の
掬
線
観
測
Fで
の
介
金
の
柱
IHI の
領
域
)
l現
象
の
実
験
,
と
い
ろ
い
ろ
欲
伝
っ
た
H的
を
も
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.
I
t
!
に
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載
装
置
の
­
1
i
I
1(姿勢制御系
共通系合金実験装目立)を l己l 収
31 時
|
民
宇
f
.
ti へ
の
旅
立
ち
的
川
泰
正
1
,
成
する計画であった。
特に.
r 宇宙学校」という fl~ しが始められて 3 -4三
会航で 1 i われました。宇Ili 科学研究所と銀河 i車問l
凶
収
(
写
以
)
な
ど
す
べ
て
が
順
調
に
行
わ
れ
成
功
慨
に
5-520-19
撮影・杉山吉昭
日になります。今年は 1 月 29 日に.相技師( ii,産業
ユ
ー
卜
に
よ
る
絞
降
下
を
行
い
.
ビ
ー
コ
ン
*5-520-19
一宇宙学校の記ー
1 宙研の i円動を相校 l息 iii の市民に理解してJj'[く
tII 置
な
デ
ー
タ
を
取
得
す
る
こ
と
セ
ス
ナ
機
に
よ
る
ト草川 IIJ が令観測項目とも完全な成功で終了したこ
とは誠に必ばしいことである。関係各位のご協力
lit 11\1 1 に
成
功
し
た
。
打
ち
上
げ
ら
れ
た
サ
プ
ミ
リ
波
望
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「
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長
」
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林
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お
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せ
っ
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ま
し
た
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総
合
司
会 i生
で
す
。
初
代
小
山
孝
一
日
j.b!河紫外線と極端紫外線の観 illil は'.上 2去
の Jil専なガスによる太陽や片の反射光などの散乱
L己 Jj' ~.
絢
側
た
る
名
校
長
の
{
主
で
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三
ん
な
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不
足
で
す
。
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て
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難
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I.
次J
W 内
川
泰
内
と
い
う
l則
校
長
は
た
い
へ
J と
強
嬰
.
慰められましたが
r 余陛をもって答わった」と足l
したとのJll!由で,臼凶宇宙空間観測所(高野忠教
っています。もっとJlJ心深〈要人を選ぶべきです。
授.加藤隆二助教授あて)に対し,写兵のような
講師の 20分ずつの話の後の 50 分で,たっぷりと
'
r
:
'
d
i
:
。
た
し
で
忠
:
桃
寸
J主
し
と
義
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覧
司
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師
講
,
は
に
l
I
f
~
る
ゃ
し
っ
お
と
」
い
感謝状が NASA のダニエ l レ・ゴ
01 い
ば
れ
あ
も
分
ら恥i きました。(的川泰宣)
が
気
り
か
っ
し
て
っ
入
0
3弁
熱
の
も
分
,
t' .1 an 時
の
義
主
/レディン長宵か
τ'lieN凶onaf Amma山口lIllIi S)Xlι Am叫羽泊凶肌
IlI l は 0
3 な
に
分
"'"創..前ε
。
す
ま
い
ま
し
て
っ
亙亙圃亘亘EM疋贋亘忌
戸山
の
学
科
な
佐
宇
と
,
て
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あ
6が
性
個
は
一
尚
の
師
議
の
人
か
訴
の
ら
な
お
,
は
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さ
川
的
。
り
あ
り
あ
が
勢
姿
話
対
Preci
,・ ω/I
TOPEXJPOSEl00N
GlobalPa
.
l
IionlngS;
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.tem
OrbitDe term 附a tJ on 且rperiment
Team
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TadashiTakano
重
て
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を
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が
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,
り
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け
わ
に
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司
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と
た
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街
い
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の
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D. 叩 Spac 漕 N. 加。 ,. 11- S~-Statj
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る
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た
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の
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球
地
,
し
ば
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を
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ッ
ケ
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岨飽鯛"'.柵瓜・,
演
を
生
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。
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畠世誕IL
*
思
と
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な
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て
き
生
ら
た
っ
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ゃ
し
を
M-3S11-8号機 (EXPRESS) の実験報告
ク
γ'ッ
ラ
リ
。
ん
せ
ま
き
で
も
話
対
正月もそこそこに 4 日からフライトオベレーン
駄
!
な
手
得
不
。
す
ま
り
あ
が
要
必
っ
ら
も
て
し
ス
i西
や
約
ヨ/を始めた o クリスマスと新年を家族と過ごす
て
っ
も
を
感
近
税
。
ん
せ
ま
り
な
ば
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け
7じ
な
わ
百
も
談
ため帰国していたドイツチーム(1 5 名) ,ロシアチ
1
i
~
議
.
に
め
た
う
ら
も
ま
し
を
介
紹
の
庭
家
ご
iや
味
趣
の
ーム( 10 名)も KSC に戻り EXPRESS!的思の作業
小
た
れ
ま
生
に
日
た
え
み
が
ラ
ロ
ー
オ
"
て
道
海
北
。
た
し
を loJ 1
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1再 1~
お
の
場
会
,
も
に
名
指
の
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突
,
は
計
博
光
の
ん
さ
限
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:1' 'J jl(I{
ILも
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ま
生
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小
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l
'
1
:
jlit
し
た
。
ロ
ケ
ッ
ト
,
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|百JJ と.切り返してきます。
された。|司日.日独!日 l で FRR (
FlightReadiness
Review)
会
談
を
も
ち
,
全
て
が
予
定
通
リ
蜂
っ
て
い
る
ことを碓芯した。
15 1:1いよいよ段終段階に入った。
人は.なんとか努力して ι 柴で点(まこと)を
午後 211 与,
伝えあうもの。大切な与えや普遍 H(J なことを伝え
の
窒
素
ガ
ス
充
ようとするもの。それは,科学でもなんでも大切
l時刻午後
なこと。
ジュー/レに入った。作業は淡々と
~JqJ) h の努力,
ともチ定の作業
を }llfi 測に I自 f ヒし, 9 1:1, !桁!芸カ f ロケット側に rll ~き t度
さ
や
。
た
し
ま
れ
く
て
し
釈
会
と
ン
コ
ョ
チ
で
横
の
ん
さ
く
し
lNu
π"X'"
必ist l/J ~f 帥 ,fiitlgo!
。
弁
九
壷
な
的
動
感
!
て
っ
あ
け
料
の
角
折
.
ら
た
っ
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制
岡
田
神
拶
,
~
.
ψ.
.
.
.
.
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下
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''''''1'Jj7t:J1'1:X/1'O.
JI~
山
'
字
を
生
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(
に
of- 勾.mmo.,
w血
附
.
,
刷
幽W時
四 ...a>rIiA仰向山
CooperottngAg
ende.
(J, 伺 N. 帥ork
ι
M 雌
刷
戸
市
酬
明
~Pi ~"j 附のみごとな頑長リによっ
EXPRESS!
前皇へ
jut も
無
事
終
え
,
午
後
6 時
,
予
定
発
射
1011 与 45 分を目指して打ち卜.げタイムスケ
}I~自 B測に j韮められ.
発射 1 I 寺問 20 分前,外気泌
て,聴衆のうれしそうな以応を感じました。「どう
Jilt 終作業てゆある持活圧
5 'C で外気
℃以I:J を l的たしており,ランチャ
したら.宇市町f で働けるの」とも.聴かれました。
".・・・w
r)ゼ l ーの l -.i主にいい話が聴けた」といって刈った
帽
お裂さんがいました。宇宙'学校記念の「修 f 祉, li 」
はT-r i までもっていってもらえそうです。
(平林久)
合 TOPEX/POSEIDON の追跡に NASA から感謝
状
NASA/ESA の海洋観 iIliJl:1'j J1J. TOPEX/POSE
l
DON の
判
官
、
軌
道
を
決
定
す
る
上
で
大
き
な
役
割
を
栄
た
6
1it 条件(
0
出しに進ん
だ。その後もスケジュールi泊りに進み.発射 20分
Hi) から.いよいよ大諸めとなった。俗載機器チェ
ック,内 ms屯淑へ切符え,発射 4 分断l 泊脱コネク
タ外 L ,
1 分前点火系コントローラスタ-
秒
前
タ
イ
マ
作
動
正
常
餓
Bit-
発射と
r,
30
i並んだ。この|自
I.
M管
制
ネ
ー
で
の
ベ
テ
ラ
ン
の
子
際
よ
さ
に
い
つ
も
な
が
ら
感
服
す
る
。
発
射
時
の
天
候
は
風 1 m/s.
H古 i l
,
外
気
温
5·C.
ラ
ン
チ
ャ
ー
修
正
角
も
台
地
に
説
ff を
残
し
て
('Yi か
て
二
定
刻
に
年 l 月 25
M
8 号
機
は
飛
び
立
っ
た
。
残
念
な
結
巣
と
な
っ
た
が
,
そ
の
後
の
飛
'
I
.
記 rM-3S
j也
上
風
南
の
げ
に
こ
ぎ
つ
け
た
。
こ
の
間
幾
多
の
凶
鰍
が
あ
っ
た
が
.
H~ki 兄
に
つ
い
て
は
下
[]-8 号
機
の
飛
捌
結
果
に
つ
い
て
J( 平
成 7
園
内
お
よ
び
t
l 't 巾
,科
学
研
究
所
)
に
記
さ
れ
た
通
リ
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A
R
A
を
は
じ
め
と
す
る
ド
イ
ツ
!
日
I関
係
省
の
信
念
と
情
熱
で
こ
れ
ら
を
来
り
越
え
て
き
た
。
こ
の
よ
う
な
経
過
を
よ
く
承
知
し
て
い
な
が
ら
,
実
験
あ
る
。
E
X
P
R
E
s
a
l
画
の
検
討
が
始
ま
っ
て
か
ら
早
経
過
し
て
い
る
。
当
初
,
投
与
Eさ
れ
た
予
成
|
二
げ
も
結
局
4年
が
主
任
と
し
て
ご
期
待
に
添
え
ず
,
関
係
~
の
方
々
に
多
大
i打
ち
の
ご
迷
惑
を
お
掛
け
し
ま
し
た
こ
と
を
陳
調
欽
し
ま
す
。
5年
冬
期
(
雛
回
疋
紀
)
I 年
延
期
と
な
り
.
や
っ
と
今
凶
の
打
ち
上
M
3
S
I
8
号
機
の
飛
朔
状
況
平
成
M-3S[]-8 号機は‘
II 本標準 H与のヰ成
1
5t
l2 時 45 分
に
鹿
児
I:J~ 県
内
之
浦
の
発
射
場
(
鹿
児
山
下
街
空
IH l! iWJ 所
)
か
ら
のE
X ドR
E
S
小
手 (1)£
い
で
第
7 年 l 月
1J ち
上
げ
ら
れ
ま
し
た
。
俗
械
y ク
モ
ー
タ
)
に
点
火
し
ま
3段
点
火
と
同
時
に
,
レ
追
尾
が
不
能
に
な
り
第
ダ
に
よ
る
3段
と
第
4 段
の
点
火
は
線
認
で
き
ま
せ
ん
で
し
た
。
H 牛:fJI
の
触
媒
精
製
尖
験
を
実
施
し
た
宇
宙
科
学
研
究
所
鹿
児
島
宇
宙
空
間
観
測
所
で
は
.
日
後
オ
ー
ス
ト
ラ
リ
ア
で
回
収
.
こ
の
際
1
:
1
H
\ 共
同
の
再
突
本
際
準
時
の
入
実
験
が
行
わ
れ
る
予
定
で
し
た
。
1 月 16 日 O 時 19 分
か
ら
26 分
ま
で
,
第
l
周
恒 l目
の
衛
星
か
ら
の
電
波
を
受
信
し
.
ま
た
サ
ン
チ
ャ
第 1 段
ロ
ケ
ソ
ト
と
第
飛
糊
は
月 25 日
宇
宙
科
学
研
究
所
y ト
(
キ
し
た
。
し
か
し
第
Sl 軒
並
は
ド
イ
ツ
の
製
作
で
.
軌
道
上
の
微
;
1
境
下
で
4 段
ロ
ケ
7
~
1
2段
ロ
ケ
iE' 市
で
し
た
が
.
~'1
に
な
っ
て
ロ
ケ
ッ
ト
が
徽
y ト
の
途
中
ま
で
の
2段
ロ
ケ
t
H
O
)
ゴ
地
上
局
に
お
い
て
も
.
y ト
の
燃
焼
中
l
U
I
(
上
下
.
左
右
方
向
)
を
円
本
標
準
時
の
1 月 16
n1 時
02分から 30秒間. EXPRESSl街些からの可波を受
信しました。これにより m3 ↓生ロケ y ト.11\41'生I
ロケ y 卜が正常に燃焼したことは舷認されました
始
め
ま
し
た
。
ロ
ケ
が.その後地上局では司衛星からの電波を受信す
y ト
燃
焼
中
の
姿
勢
安
定
は
ノ
ズ
ル
自
主
か
ら
液
体
を i直
立
噴
射
す
る
タ
イ
7の
姿
勢
制
御
装
置
に
よ
っ
て
維
ることができなくなりました。
持
さ
れ
ま
す
。
計画では. f.翁尽を打ち出す高度がI也表から約 210
七
記
の
よ
う
に
ロ
ケ
め
に
,
娠
中
I
t
i
肉
体
は
を
修
正
す
べ
〈
姿
勢
i
1
た
た
め
.
制
御
に
使
う
噴
射
y ト
の
機
体
が
振
動
を
始
め
た
O.
I
'1' 1%
km( 近地点) .その場合地球の表!則における衛星尚
l主が地表から故も i車〈約 400km (遠地点)でしたが,
と
微
小
で
し
た
が
.
そ
れ
~1 御
装
位
が
高
頻
度
て
'
作
動
し
続
け
i世
を
第
l
i
t
!!
P
.
が
予
定
よ
り
高
め
の
高
度
(
約
2段
の
,
+
,
j主
で
使
い
さ
れ
た
た
め
に
,
地
球
の
衷
噴
射
液
が
な
く
な
っ
た
の
で
.
点
高
度
は
y ト
の 2向
上
げ
の
I"] き
で
あ
っ
た
た
め
,
予
道
寿
命
は
2段
ロ
ケ
ッ
ト
燃
焼
終
了
後
予
定
の
ス
ケ
ジ
ュ
ト
の
機
幅
I
i
を
水
平
に
J丘
地
120
km 以
下
に
な
っ
た
可
能
性
が
十
分
あ
り
ま
2
3
周
囲
で
あ
っ
た
と
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え
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ま
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。
(
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は
,
打
ち
上
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宙
オ
ベ
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ー
ン
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ン
・
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ン
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ー
3段
の
た
め
の
姿
勢
制
御
装
置
に
切
り
伴
え
て
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,
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勢
の
誤
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近
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.
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。
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た
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低
高
度
て
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の
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度
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気
抵
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に
よ
り
軌
定
の
軌
道
を
外
i
L
.
ロ
ケ
ッ
ト
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高
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の
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に
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り
ま
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定
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不
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態
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ッ
ト
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勢
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庄
は
急
速
に
地
加
し
ま
し
た
。
し
た
。
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マ
〉
両
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く
な
り
.
逆
に
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し
て
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ま
い
ま
し
た
。
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差
が
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ケ
250km)
,
ロ
ケ
ソ
ト
全
体
に
ス
ピ
ン
回
の試みをあ
t 後として、
SOC)
9 時
間
後
に
お
け
る
衛
星
電
波
受
信
EXPRESS
ミ y シ
ョ
ン
の
遂
行を断念しましたロ
3段
ロ
ケ
ン
ト
,
次
以
上
一 7 ー
カイパーベルト天体
北海道大学山本哲生
カイパーベルト天体は新慢の太陽系の小天体で
ある。カイパーベルトと言う名称は.
1951 年にア
れる。沈 i取が進行し隆主主:-1主が向くなると.f!!!:の層
は重力的に不安定となり,多数の/IlfJJl!に分裂する。
メリカの天文学者カイパーが段速の惑星.実上星
これが惑星のたまごとも fj. うべき微惑iTl である。
の外聞Ijに,太陽を中心としたベルト状の主主星の巣
1敢 ZE 星は万一いに衝突・合体 L. 惑爪へと成長した。
があることを従叫したことに由来している。カイ
微議!ilは隆から JS星への成長 i品位て4鍵になる天体
ノぞーベルト天体は惑星と比べてたいへん小さいう
である。
ん地球からの距離が速くて司観測が困雛なため,
y トとカリフ
オノレニア大学パークレー校のルーによって
~3m.
1原料である盛の量が少なかったため.微 fさ J{ は惑
段近まで仮説的な天体にすぎなかった。
2 年半白;j にハワイ大学のジェウィ
一方.原始太陽から十分離れた領域では .
9; 王
星サイズまで成長できない。太陽系が j形成されて
尚l もないころには.現拍の 1・UM よリ外側の領域
星の外相Ijにはじめてカイバーベノレト天体と恩われ
に,このような微惑星ー未熟惑州ーが多数あったと
る新天体が発見された。 1992年 8 月 30 日に.彼ら
考えられる。カイパーベノレトから太陽系の従来て
は'兵二七尾の外 1111) を公転している太陽系の来ての新
オーノレ卜の雲に至る広大な太陽系 ~H Ijに.現在で
天体を初めて比つけたのである。この新天体は 19
も英大な数の小天体力、未発見のまま多〈妓されて
92QBl と名付けられた。その後.
いる可能性は大きい。そして.これらの大体は.
JJl.イ王まで太陽系
の外域に 10個を越す同植の天体が発見されている。
これらの天体のサイズは直径数百キロメータて:
461意年前に太陽系が形成されたころ,惑 JI! に集積
しきれなかった微惑星の化石である可能性が高い。
もっとも小さい惑星である冥王星と比べても,そ
われわれのモテ'ル(l SAS ニュース 1993年 8 月号
の 10分の l 位!支にすぎなし、。大きさという点では.
参照)によると,このような残存微惑 lf は JJl.:(rーで
カイパーベルト天体は f惑星というよりむしろ.大
も多数存在し,現在までに観測されている微惑星
主主星または小惑 J,l に近い。
は,微惑星雲の内端の少数I洋必に属する微惑尽に
一方.その軌道は惑星の軌道の特徴を兼ね備え
過ぎない。もっとも残存微惑思が集中している群
ている。すなわち,カイパーベルト天体は,惑星
議は太陽から 100-200AU( lAU は太|場と地球の平
の軌道面とほぼ同じ軌道蘭内を,太陽を中心とす
均距離でf.~)l. Sf草寺ロメータ)の距離付近にある。
る円に近い怖円軌道を焔いて周囲している。
来年打ち上げが予定されている宇宙亦外線望遠
カイパーベルト天体はどのような「氏素性」の
天体なのだろうか?
鏡 ISO や現在建設中の「すばる」のような大望遠
鏡で.微惑星雲の全貌が明らかになることを楽し
現イゼの太陽系形成論のシナリオによると,われ
みにしたい。太陽系形成において重要な役;怖を演
われの太陽系は次のような過程を経て形成された
じるものの,これまで理論的な概念にすぎなかっ
と考えられている・ 461意年前,銀河系内の時現盟
た微惑星の存イE が,これらの鋭 illl) によって,初め
主の一部から.われわれの太陽系を生む母体とな
て直接実証されることになるだろう。
ったガスと腹からなる円盤,原始太陽系星雲が形
カイパーベノレト天体は披近発見された「太陽系
成された。!原始太陽系.!Ii雲内の塵は,やがて円悠
ローカノレ線」の新駅であるとともに,太陽系誕生
の中心 i固に向かつて沈澱してゆく。その結*.太
の記録を保存している i~ 重な ltlt 占の~J'(でもある。
陽系星雲の中心出付近に膝の集中した層が形成さ
-8-
(やまもと
てつお)
a 主義 LIfi .
芭 ι
差
眼
き
熱
た
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に
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ー
ギ
ル
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立作業は深夜の仕事となった。
。
ン
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の
ス
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の
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る
す
置
位
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熱
£
"
1
ディスカツンヨンの度に活躍したのが.SPS2∞o
システム機能モデルのために作ったレクテナの一
あ
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光
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て
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.
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。
る
.
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5
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6
人 U は0
6 日
。
人
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要素(以後ミニレクテナと呼ぶ)である。このミ
ん
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の
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に
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の
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川
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神
ば
え
言
で
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ニレクテナは, -Nのダイポーノレアンテナと絡流
,
る
い
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の
こ
。
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い
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ば
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思
と
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は
て
い
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か
山
火
な
き
大
の
つ
二
用ダイオード.コンデンサ,発光ダイオードから
問
I笥
際
は
方
い
3 ,1
0
7
なる簡単なものだが.電子レンジから漏れ出る微
は
野
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ど
ん
と
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は
に
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.
め
た
の
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。
る
あ
も
海
。
い
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弱な~tI波にも反応して発光ダイオードを点灯させ
r
i山
が
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ー
ロ
ス
な
い
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さ
と
る
め
眺
ら
か
端
t
J
の
ることができる。 WPT の説明にはもってこいだ
と言うことで, CNESのピニョーレ氏が宇宙研に
山
,
は
に
際
実
.
し
か
。
る
い
て
Iて
っ
な
述
と
へ
l
m 剖i所
る
至
.
れ
さ
食
浸
く
し
激
り
よ
に
等
ル
ー
コ
ス
は
招月号研究只として滞在されたときに.彼の発案で
差
高
標
に
1 ,1
0
以
分
半
の
般
而
ぬ
。
る
す
七
イ
存
が
谷
の
|
以
持ち運びに便利なようにアレンジし直したもので
~Iえ
言
も
と
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ノ
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る
ある。
:iI 年 )21
Jに
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イ 星
衛
電
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陽
太
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問
。
た
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を
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機
る
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,
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,
と
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展
の
ル
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モ
能
機
ム
テ
ス
2ほ
間
週
モデルの準備で頭がいっぱいの私にとっては,
S
P
ミニレクテナを手にしながら大
A面白にディスカ
WPT(無
ツンヨンしているフランス人の姿は.五ま初.滑倍
線電力伝送)ワークショップへの参加。宇宙研の ですらあった。しかし.ピニョーレ氏のあまりの
一般公|刻で展示したあのモデノレにフランス・レユ 熱心さに
r どうやら述自の馬鹿騒ぎは,単にワー
ニオンの|五|ι 博物館から317 がかかったのである。
クショ y プの宣伝ではなさそうだ。WPT の実験
もう一つの川務であるWPT のワークンヨ y プで
をレユニオンでやるために,人々のコンセンサス
は,フランス,ロンア.イタリアの研究者と,レ
を本気で得ょうとしているようだ
u と気がついた
ユニオ/におけるWPT実験の可能件ーを論ずるt!J:
のは到指してから4 日自のことであった。日本で
になっていた。少なくとも事前の了解では,手
Lの
はケーススタディを論じると言っても単に技術的
JTI務はそれだけであった。
な話に止まることが多いと思う。しかしレユニオ
香港.モーリシャスと来リ縦、、で約
2 0時間をか
ンでは全〈違った。実現に向けて.ありとあらゆ
けレユニオンに到泊。*たして恥を待ち受けてい
る機会を利用して説明して歩くのである。私には
たのは.政・'日.))ト・"f:界の人々とのWPT に関
-Hi.のカルチャ-;/ョックであった。彼と寝食を
する食 'J~1Ifのテ。イスカッンョン.記者会見,新聞・
共にしていた(台,せざるを得なかった)以は.
テレビのインタビュー, W;!L化地域(谷底の村)
かくしてWPT 実験の実現に向けて, 日夜を問わ
への現地ぷ,in ,住民との対話集会,フランス本上
ず飛び回ることになった。平均睡眠時間
4 時間1 あ
ツールーズのCNES (フランス字'山・局)職員との
まりと言う強行軍ではあったが.何物にも代え難
テレビ会i誌と実に多岐に波る仕事の山であった。 L 、経験をさせてくれたピニョーレ氏に.この紙面
中でも|華!日したのがJt,l:低
2 時間に及ぶ毎度の食ヲ
l~ ,
を借りて心から感謝したい。レユニオンの人々の
こちらはーr"J に進まない展示準備にやきもきする
熱き版差を感じ続けた2 迎聞であった。
が,そんなことはお怖いなしに
H寺が過ぎていく。
i追って必然的にS PS2000システム機能モデルの組
-9-
(なるお・よしひろ)
_,J.~~
~、~~誉宙
一宇宙構造物の話
その 6-
適応構造とインフレータブル構造
1957年のスプートニクの初飛行から.宇宙開発
名取通弘
やアクチュエ -1 機能の他に,コンビュ
タ機能.
の歴史はまだ 40年を経過したにすぎなし、。今まで
特に記憶機能を令する構造物などが々えられてい
話題になってきた字'出精造物のうち多くは未だ実
る。それらの機能には形状や振動制御など為的の
現していない。そして卜分な経験の訴僚がないう
制御機能.また憐造物主主造時の構造体の制御など
ちに次の新たなステップが始まりつつある。ひと
が含まれる。図 1 に千而形状適応トラスの一例を
つは続発する軌道上での機桃の不具合への対応で
示す。料材にエンコーダ付きのポー J レスクリュー・
あり,もうひとつは術以 y ステムの問機能化やコ
アクチュエ -1 を装備して,
ンパクト化への対応である。前者には.環境遇応
まな二次曲面に形状を変化できる。この写真は;}:
ttや向己修復機能を備えた構造物の開発があり,
問機械学会誌の適応椛造物研究の紹介記事( 1
9
9
0
後者にはインフレータプル構造のような高収納効
年 II 月
)
の
目
頭
に
率の展開型構造物や 7 イクロメカニズムの開発が
能
性
を
ア
ピ
ー
あげられる。
一
例
(
可
変
形
状
ト
ラ
ス
.
周辺環境に適応する機能を持った構造物を適応
'jim
1皮物 I[Li などのさまぎ
さ
れ
て
,
新
し
い
情
造
物
の
Jレ
し
た
。
凶
uf
2 は
適
応
ト
ラ
ス
ビ
ー
ム
の
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で
.
ス
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ー
ス
ク
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ン
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の
応
用
が
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え
ら
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て
い
る
。
イ
ン
フ
レ
ー
タ
プ
ル
椛
機造物とし寸。打ち上げ時に畳み込まれる展開構
く
畳
め
て
造物も広い怠 l床でそれらの一向である。センサー
'I 札
道
上
や
月
i主
の
よ
う
な
股
1m 椛
造
は
小
さ
卜で符易に!民Il
fJ で
き
る
の
で
,
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1960 年
代
か
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地
1街
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コ
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)
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討
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1980
ョ
ン
の
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め
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年
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に
は
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が
13 の
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う
な
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ン
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ナ
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造
を
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討
し
た
が
,
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政
事
情
の
た
め
残
念
な
が
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実
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は
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送
ら
れ
た
。
周
辺
の
ト
ー
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ス
店
lIB を
ま
ず
膨
ら
ま
せ
,
次
い
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鏡
面
部
分
を
形
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く
る
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プ
リ
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あ
っ
て
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状
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空
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に
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リ
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化
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せ
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庄
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に
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り
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い
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1(li 精
度
を
実
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け
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。
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れ
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フ
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プ
ル
構
造
の
開
発
を
て
が
け
た
(
図
再
び
米
国
(J PL)
4)
,
そ
の
後
段
近
に
な
っ
て
.
は
イ
ン
フ
レ
1 プ
ル
構
造
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り
上
げ
,
ス
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ル
タ
ン
を
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っ
て
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5 の
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う
な
ア
ン
テ
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情
造
物
の
展
開
実
験
を
計
阿
し
て
い
る
。
図2
適応トラスビーム (VGT)
l白J壬
は 14m
, 1996
年
に
尖
施
の
万
針
で
あ
る
。
(
な
と
り
・
み
ち
ひ
ろ
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図3
図5
-)0
IN-STEP
実
験
用
リ
フ
レ
ク
タ
(JPU
「出会いと別れ」
一
研
究
所
生
活
40 年
一
あ
節。
はあ
季る
市下時
てに
のは
ベダ、
すわ
のの
下て
がべ
M天す
酒
巻
正
守
<
を 11
l
J
が
っ
て
ア
ン
テ
ナ
の
美
し
い
姿
が
視
界
に
飛
び
込
ん
M
で
く
る
時
の
風
景
は
忘
れ
ら
れ
な
い
。
三
浦
研
究
室
て
。
は
宇
宙
構
造
物
の
研
究
の
お
手
伝
い
を
神のなされることは皆その時にかなって美し, 'OJ
(
伝
道
の
舎
3 :1主
1 ・ lla 節)
し
た
。
ま
だ
誰
も
手
が
け
て
い
な
か
っ
た
分
野
で
.
い
ろ
い
ろ
な
構
造
概
念
を
縫
笑
し
た
が
文
章
や
図
面
で
は
埋
解
し
て
い
た
だ
け
な
い
。
そ
こ
で
概
念
模
型
を
作
っ
て
説
明
す
る
。
イ
申
展
マ
ス
ト
を
作
っ
た
初
期
の
頃
中
庭
で
写
真
を
今
ま
で
に
幾
人
か
の
人
に
送
る
言
葉
を
舎
い
て
き
た
が
嫌
っ
て
い
た
時
.
一
時
退
院
を
さ
れ
て
い
た
森
歪IJ 頭
自
分
の
番
が
ま
わ
っ
て
き
た
。
年
末
に
原
稿
の
依
頼
編
集
委
只
長
日
<
r遺
言
状
を
よ
ろ
し
く
」
を
先
生
が
た
ま
た
ま
通
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か
か
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ご
覧
に
な
り
「
な
か
な
受
け
て
‘
ま
あ
年
を
錯
し
て
か
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と
思
っ
て
い
る
う
ち
に
か
商
白
い
で
す
ね
。
実
現
で
き
る
と
い
い
て
'
す
ね
」
と
言
締
切
が
迫
り
あ
わ
て
て
筆
を
と
る
。
わ
れ
た
言
葉
が
耳
に
残
る
。
研
究
所
生
活
2 D を
理
解
し
て
も
ら
う
た
め
に
「
三
浦
折
り
」
の
地
図
。
テ
ン
ン
ヨ
ン
ケ
ー
プ
ル
・
40 年
余
り
を
振
り
返
る
と
沢
山
の
シ
ー
ン
が
浮
か
ん
で
は
消
え
,
月
並
み
な
表
現
だ
が
"
走
馬
灯
'
ト
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ス
機
迭
を
説
明
す
る
概
念
モ
デ
ノ
レ
は
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ン
テ
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の
の
よ
う
に
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れ
て
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無
量
の
思
い
で
あ
る
。
こ
れ
も
キ
ザ
応
用
を
考
え
て
い
た
の
で
司
ナ
イ
ロ
ン
ス
ト
ッ
キ
ン
グ
を
だ
が
一
言
で
言
え
ば
「
出
会
い
と
別
れ
の
生
協
で
購
入
(
校
賀
川
鋭
面
を
模
擬
し
た
。
学
会
や
シ
40 年
」
と
で
も
言
う
べ
き
か
。
沢
山
の
人
々
と
の
出
会
い
が
あ
り
別
れ
が
ン
ポ
ジ
ウ
ム
で
説
明
す
る
に
は
?
ス
ト
も
そ
う
だ
が
携
幣
あ
っ
た
し
,
ま
た
に
使
手
Mわ
っ
て
き
た
{
士
~
/
}
で
も
あ
っ
た
。
小
学
生
の
頃
.
凶
誌
の
教
科
書
で
知
っ
た
「
航
研
機
J
IJ な
ほ
う
が
良
い
。
小
さ
く
畳
ん
で
大
き
く
{
申
1
;
1
'
す
,
拡
げ
る
。
小
田
捻
先
生
円
<
の
一
隅
だ
っ
た
と
思
う
。
か
つ
て
の
飛
行
少
年
(
非
行
に
研
究
所
生
活
で
や
は
り
忘
れ
ら
れ
な
い
の
は
ス
ポ
ー
ツ
あ
ら
ず
)
に
と
っ
て
は
鮮
烈
な
印
象
で
あ
っ
た
。
で
あ
る
。
凝
り
性
の
三
浦
先
生
が
相
手
と
な
れ
ば
.
つ
い
宇
宙
.
そ
の
頃
は
主
と
し
て
ロ
ケ
y ト
の
研
究
に
手
を
染
め
た
の
は
航
空
研
究
所
が
復
活
し
た
1958
こ
ち
ら
も
む
き
に
な
る
。
そ
の
典
型
年
池
田
健
ス
か
ら
コ
ン
ポ
ジ
続
い
て
い
る
テ
ニ
ス
は
そ
の
お
陰
で
あ
る
。
冬
の
ス
キ
ー
出
娠
を
利
用
し
て
の
山
行
も
北
海
道
か
ら
屋
久
島
に
ま
で
y 卜
系
へ
.
そ
し
て
内
面
燃
焼 }J 式
に
変
わ
っ
た
頃
で
あ
る
。
機
体
の
デ
ザ
イ
ン
や
及
ん
だ
。
#
!
;
\
天
候
に
阻
ま
れ
ノ
ズ
/
レ
の
設
計
,
強
度
計
算
や
性
能
計
算
な
ど
ロ
ケ
ッ
ト
諦
め
た
飛
騨
の
笠
ガ
岳
は
今
で
も
ト
ラ
イ
し
た
い
と
思
う
。
駒
場
か
ら
i持
を
受
け
た
。
駒
場
の
テ
ス
ト
ス
タ
ン
ド
諸
先
生
.
先
輩
・
同
僚
の
諸
兄
姉
に
と
き
に
は
ご
迷
惑
を
の
中
か
ら
何
度
帰
。
)
出
し
た
こ
と
か
。
お
か
け
し
た
か
も
し
れ
な
い
が
暖
か
く
受
容
し
交
わ
っ
て
に
も
し
ば
し
ば
通
っ
た
。
小
型
!
の
試
験
ロ
ケ
ッ
ト
や
観
測
ロ
ケ
y ト
が
多
か
っ
た
が
.
の
球
形
ロ
ケ
y ト
の
飛
朔
試
験
と
い
う
こ
と
で
特
に
印
象
に
残
っ
て
い
る
。
N
T
e
く
だ
さ
り
.
さ
ま
ざ
ま
な
般
会
を
与
え
て
く
だ
さ
っ
た
こ
K- lO S-1 は
初
め
て
と
,
お
一
人
お
一
人
に
心
か
ら
感
謝
申
し
上
げ
た
い
。
40 年
間
日
々
同
じ
こ
と
の
繰
り
返
し
だ
っ
た
か
も
し
れ
で
の
初
期
の
頃
の
実
験
も
懐
か
し
い
。
特
に
あ
の
ケ
ー
ブ
ル
敷
設
と
撤
収
作
業
。
丙
村
な
い
。
し
か
し
そ
の
同
じ
こ
と
も
よ
く
考
え
て
見
れ
ば
実
sse
で
は
は
全
〈
別
の
新
し
い
こ
と
に
出
会
っ
て
い
た
と
も
思
う
。
純
先
生
に
実
験
場
の
案
内
を
し
て
頂
い
た
こ
と
を
覚
え
て
い
る
。
関
わ
っ
て
き
た
。
UDse
3 日
間
待
機
し
た
が
つ
い
に
j胤
野
辺
ま
で
直
接
,
間
接
に
ご
指
導
頂
い
た
で
の
燃
焼
実
験
司
燥
燃
し
て
吹
っ
飛
ん
だ
ノ
ズ
ル
を
土
嚢
K
s
e
現
在
ま
で
四
季
を
通
じ
て
の
山
主
主
り
,
一
つ
一
つ
に
思
い
出
が
あ
る
。
光
生
の
研
究
室
に
所
属
し
た
と
き
か
ら
で
あ
る
。
推
薬
が
の fJJ )1"から桁
r今
度
は
ど
ん
な
手
品
を
見
せ
て
く
れ
ま
す
か
」
。
の
悦
型
に
出
会
っ
た
の
は
礁
か
理
工
学
研
究
所
の
所
長
室
ダ
ブ
ル
ベ
大
吉
郎
に
は
ア
ン
テ
ナ
建
設
の
初
め
か
ら
こ
れ
か
ら
い
つ
ま
で
与
え
ら
れ
る
か
,
残
さ
れ
た
人
生
へ
ま
た
思
い
を
新
た
に
し
て
旅
立
ち
た
い
。
あ
り
が
と
う
'I i
.
で
林
道
を
上
っ
て
行
く
と
き
カ
ー
ブ
ご
ざ
い
ま
し
た
。
(
さ
か
ま
き
・
ま
さ
も
り
)
40 年
1
1
アニスと私
阿部美和子
手ムが軟式テニスに山会ったのは,今から 10年 tjij
れるのである。識の))かは言わすもがなである。
合術では.初参加1 f'i はミーティングの時 .
の 1985年の, Ii:であった。
それから遡ること 4 年前。現研究所が発足した
日の数 H 前,店、はガンを'在告された。昨令の 'S'
に l伝った~の!日l て二ラケットを持ち.)(;振りをする
n
という洗干しも受けた。
から j j盟 110 の IHI に試験切 IJ~J.入院.手術。
ある時.阿部さん il~l立のままと百われその通り
転修する可能性があると万われた。
あれや.これやあったが,
'Ii 座
していたら.その紡*がイ 1 怖さん・ (I() 川教授共著
:I,ll ガン持11 から解波さ
〔軟式テニス上達の fl 苧〕のぞ、い見本のモデルに
れ人心地がついて気づいたことは.なんとも体力
なって登場していた。牛;に・l在る等生まれてこの )J
が無いこと。特に腕の力がまったく無い。重い荷
初めで終わりであるから,ちょっぴりてれくさい
物は持てないし',11 司I の吊革に捕まっていても振
やら恥ずかしいやら絞維な気持ちであった。
動に様え切れずよろけたリ.人に寄りかかられる
大マ:対抗や共済などの対外試合にも女性が少な
と倒れたり。だがそれもそのはず,胸筋が切除さ
いので出場山米た。といっても枇初は無干Ji.'ol.~ '1 ' の
れているのだから無理ーはない。そこでせめて,腕
うちに終わってしまったが。
試合中ばしっとポー J レが当たった隊な感じがし
の力だけでも付けようと,健康な時していた卓球
を始めた。ところが腕の娠リの瞬発;J)が強すぎて.
たが,試合を続けようとして注立され.慌てて川
腕にむくみが出,
1) 医者に行ったところ,議 fg の筋肉の断絶を起こ
JL 太体状にな 1) ドクタースト y
プがかかってしまった。
していると診断され.その後半年以上テニスが出
丁度その頃司卓球人気は下火になり.テニスに
来なかった‘Jj:もある。
移行する人がI甘えつつあった。幸いな事に,初心
~が憎ん
今だに満足のいくフォームも出米ないが,一昨
1 週間に何回か初心者練潤日が設けら
年の夏頃ふっと力が抜けた。考えてみれば,それ
れていた。なにしろ生まれてこの万.テニスのラ
は最初から言われていた事で 8 年目にしてやっと
ケ y トを持ったことも無かったが.思案をしてい
出来たのである。:II:識しないと力が人ってしまう
ても仕方がない。まず始めた。指持者ーが手で出し
が,
たボールを.一列に並びl順番に受けるのだが彩、の
ーノレが打てたと実感できるのである。随分無駄な,
番になるとあの大きいラケ y トで空振りばかり。
無い腕力を使っていたと思うが,運動神経の鈍い
些か腐って,落ち込んでいた矢先.対外試合が
あるが女性が足りないのでコ
;J)が抜けた H寺は振り切る瞬発力が出て良いポ
私にはil1iより運動最で体得する4J.しか山来なかっ
トに立っているだ
たのかも知れない。教える先生がたの忍耐力に全
けで良いから出て欲しいとの話。日可l お世話にな
くもって感謝する。
ている先生の頼み.我 f査も言いづらくつい OK して
後から初心者の方が入って来ても .5JI が付くと
カウントの取方も
私より上手に成っている。落ち込みそうになるの
知らず.今考えると厚顔無恥もいいとこ,赤而の
を,健康の為.健康の為と自分に言い聞かせ,今
歪り。だがテニスの面白味を垣間見る思いがした。
も風が吹こうが少々の雨でも毎日昼休みコートに
しまった。ルーノレもさること,
初めて出場した良正がでの優勝(これはテニス
出ている。先生はじめ毎日相手になって下さる万
々。良い人達に忠、まれてとても幸せである。
苦誌の人を一番上手な人と一番下手な人をこ列に並
べ,ペアを作り試合をして優勝チームに杯が送ら
ISAS ニュース
発行
'j':Hi 刊乍研究所(立;部Ti)
(あぺ・みわこ)
N
o
.
1
6
7 1995.2.
⑤ 229
州公川以利快
ISSN 0285-2861
JJ;( J! iI1ITh'
, 3-j-j
TEL0427-51 3
9
1
1
TheI
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fSpaceandA
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の Il U f; わ t.W , 庶
務
課
法
尉
・
出
版
係
(
内
線
1
2
22"
)
ま
で
お
願
1
J
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た
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ま
弘