投球時痛を生じた肩関節後方不安定症と 後下方筋群タイトネスを有する2

スポーツ傷害(J. sports Injury)Vol. 14:14−17 2009
投球時痛を生じた肩関節後方不安定症と
後下方筋群タイトネスを有する2症例
愛知医科大学病院 リハビリテーション部
塚田晋太朗(PT)
・飯田 博己・中路 隼人・岩本 賢・加藤 貴志
愛知医科大学 医学部整形外科学教室
岩堀 裕介(MD)
現 病 歴:中学生の頃から日常生活での右肩脱臼感を自覚
はじめに
していた.平成 19 年 11 月頃から,徐々に投球時の右肩痛
と肘内側痛が出現するようになった.その後も疼痛の改善
今回,投球時痛を生じた肩関節後方不安定症と後下方筋
が得られず,平成 20 年8月下旬,近医受診し投球中止と
群タイトネスを有する2症例を経験し,投球時痛の消失が
なった.同年9月中旬,当院紹介受診となった.
得られたので報告する.
初診時評価:主訴は,右肩・肘の投球時痛,テイクバック
での右肩脱臼感であった.疼痛は,投球時の late cocking
症 例①
において,右肩前方及び右肘内側に認めた.圧痛は主に
右肩甲骨周囲筋に認めた.整形外科的テストでは,両側
症例紹介:17 歳男性(高校硬式野球部所属),右投右打,
の肩関節弛緩性を認め,関節可動域測定では,投球側の
ピッチャー.
肩後下方筋群に著明なタイトネスを認めた.JSS Shoulder
診 断 名:右投球障害肩(腱板関節面断裂,インピンジメ
Sports Score は 50 点であった(表1).また,肩甲骨の可
ント症候群,internal impingement),右肩後方不安定症.
動性低下を認めた.投球フォームの問題点として,wind-
表1.症例① 初診時評価
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up では体幹後傾を認めた.early cocking では,右肩外転
結 果:投球時痛及び右肩脱臼感が消失し,全力投球が
挙上時に脱臼感が出現するため,上肢挙上不足となり,
可能となった.初診時に認められた肩甲骨周囲筋の圧痛は
肘 下 が り,hyper angulation が 生 じ て い た. ま た,late
消失し,肩後下方筋群タイトネスと肩甲骨の可動性が改善
cocking 以降では,それまでの体幹後傾による後方重心が
した.JSS Shoulder Sports Score は 50 点から 75 点へ改善
影響し,体幹回旋不足となっていた.
した.
治療方針:約1ヵ月の投球中止期間中に,コンディショニ
症 例②
ング,特に肩甲胸郭関節機能に対してアプローチを行い,
投球再開後は,必要に応じて投球動作の調整を行うことで,
投球時痛の消失と脱臼感の緩和を図ることとした.治療上
症例紹介:15 歳男性(硬式野球クラブチーム所属),右投
工夫した点として,肩後下方筋群タイトネスに対するスト
右打,サード.
レッチングにおいて,後方亜脱臼を助長させないよう,肩
診 断 名:右投球障害肩(腱板関節面断裂,インピンジメ
甲上腕関節に軸圧を加えながら,反対側の上肢や体幹・下
ント症候群),右肩後方不安定症.
肢を動かしてストレッチングを行うよう指導した(図1).
現 病 歴:平成 20 年6月上旬,投げ込みを行った翌日の
(a)
(b)
図1.肩後下方筋群に対するストレッチング例
(a)肩甲上腕関節に牽引ストレスが加わることで,本症例では後方亜脱臼を助長する危険があった.
(b)上肢を接地し,肩甲上腕関節に軸圧を加えながら,反対側の上肢や体幹・下肢を動かしてストレッチングを行うよう指導した.
表2.症例② 初診時評価
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投球時に右肩急性痛が出現した.その後,疼痛が持続した
体幹回旋・前傾不足となっていた.
ため,同年7月上旬,近医受診し,投球中止となった.同
治療方針:機能低下の著しい腱板機能や体幹機能に対して
年7月中旬,当院紹介受診となった.
積極的にアプローチし,投球動作の調整を行うこととした.
初診時評価:両側の肩関節弛緩性と,投球側の肩後下方
結 果:投球時痛が消失し,90%以上での投球が可能
筋群に著明なタイトネスを認めた.JSS Shoulder Sports
となった.初診時に認められた右体幹筋伸張性低下,肩
Score は 29 点であった(表2).また,肩甲骨の可動性低下,
甲骨可動性の低下が改善した(図2).投球フォームは,
右体幹機能の低下が認められた.投球フォームは,wind-
early cocking での肘屈曲角度,肘下がりが改善した.さ
up で体幹後傾を認めた.early cocking では右肘屈曲不足,
らに,late cocking 以降では体幹回旋・前傾が改善した(図
また,右肩挙上時に疼痛が出現するため,肘下がりとなっ
3).JSS Shoulder Sports Score は 29 点から 80 点へ改善
ていた.late cocking 以降では体の開きの早さが影響し,
した.
図2.体幹筋の伸張性,肩甲骨可動性の変化
初診時に認められた右体幹伸張性低下,肩甲骨可動性の低下が改善した.
〈early cocking〉
〈late cocking〉
〈acceleration〉
〈follow through〉
図3.症例② 投球フォーム
初診時の問題点 wind-up:体幹後傾 early cocking:肘屈曲不足,肘下がり late cocking 以降:体幹回旋・前傾不足
結 果 early cocking の肘屈曲角度,肘下がりが改善した.さらに late cocking 以降の体幹回旋・前傾が改善した.
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考 察
ま と め
肩甲胸郭関節の動きは肩甲上腕関節の安定性と密接な関
今回,投球時痛を生じた肩関節後方不安定症と後下方筋
連をもっており,上肢挙上動作に伴い肩甲骨が外転し上腕
群タイトネスを有する2症例を経験した.2症例において
骨頭の下に回り込むことにより,挙上位にある肩甲上腕関
は,元々の関節弛緩性に加え,投球動作で生じた肩後下方
節の剪断力は減少し,関節安定性が増すとされている1).
筋群タイトネスが肩甲胸郭関節機能の低下を生み,不安定
加えて,投球は運動連鎖に基づく全身運動であるため,体
症をさらに助長するという問題点がみられた.それらの問
幹・下肢の機能低下は上肢に頼った投球フォームとなり,
題点に対して,肩甲上腕関節のみでなく,肩甲胸郭関節,
肩・肘への負担の増大につながる.
体幹,投球フォームも含めたアプローチを行い,疼痛の消
今回の2症例においては,元々の関節弛緩性に加え,投
失と野球活動への復帰が得られた.
球動作で生じた肩後下方筋群タイトネスが肩甲胸郭関節機
参考文献
能の低下を生み,不安定症をさらに助長するという悪循環
が生じていたと考えられた.また,それらに過度な投球負
荷,不良な投球フォーム,デコンディションなどの要因が
複雑に絡み合い,投球障害が発生していたと考える.
2症例にみられた問題点に対して,肩甲上腕関節のみで
なく,肩甲胸郭関節,体幹,投球フォームも含めたアプロー
1)Rowe CR, Sakellarides HT. Factors related to recurrences
of anterior dislocations of the shoulder. Clin Orthop 1961;
20:40 − 47.
2)飯田博己,岩堀裕介.投球障害肩.MEDICAL REHABILITATION 2006;73:60 − 69.
チを行い,投球時の疼痛は消失し,良好な結果が得られた.
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